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丼1

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 最近麻衣は真砂子のことばかり見ている。気がつくと視界に彼女の横顔が入っている。
「どうしたんだろう、私」
 自分でもわからない。坊さんやナルに相談しようにも、きっと馬鹿馬鹿しいと思われて取り合ってくれないだろう。
 結局、自問自答を繰り返す。
「どうかしたんですか、麻衣さん?」
 その真砂子と目と目が合った。
 麻衣が見つめている彼女は、まるで日本人形のような着物姿で、髪は黒くサラサラして枝毛知らずだ。
 透き通るような白い肌には、同じ女としての嫉妬を通り越し、心を奪われるような美しさを感じる。
 仏頂面の横顔が急に正面に変わり、引き込まれるような感覚に陥る黒い瞳が麻衣を射抜く。
「ひゃあ! え、あ、あれ?」
 はっと我に返った麻衣は顔を赤らめ、しどろもどろになり奇声をあげた。
「私の顔に何かついてますの?」
 じろじろと見られたのを不快に感じたのか、大きな目を細め着物の袖を口元まで持っていき、その顔を隠そうとした。
「う、ううん、何でもない。あははは。ゴメン、ゴメン」
 麻衣はとっさに目をそらし、両手を顔の前で振って謝るジェスチャーをする。真砂子が目を合わせなかったらずっと見つめていただろう。
「麻衣、聞いているのか?」
 彼女を含めた数人の前で、話をしているナルが睨みつけて注意する。
 今日は渋谷サイキック・リサーチの慰安旅行として、いつもの一向は、静岡県は伊豆半島の温泉旅館で宿泊することになっている。
 学校はちょうど春休みなので、麻衣もこの旅行に参加している。
 ナルが言っていることは貴重品の管理についてで、男性部屋と女性部屋、それぞれに設置してある金庫の鍵を自分と綾子が預かる、というものだ。
 どちらも和室の畳部屋で三人ぐらいならゆったりと布団を敷くことが出来る広さで、女性陣の麻衣、真砂子、綾子たち三人は問題ない。
 しかし、男性陣四人は、小柄なジョンはいいとして、体の大きい坊さん、リンさんとナルたちがひしめき合い狭苦しそうだ。
「なんだか大変そうだね。面白そうだから、後で遊びに行こう」
 むさ苦しい男共の雑魚寝を想像して麻衣はくすくすと微笑んだ。

 各々の部屋に荷物を置いた一向は、さっそく温泉浴場へ。
「ここの温泉って広そうだね、真砂子」
 着替えを入れた小さなバッグを肩にかけ、たたまれた浴衣を抱えながら麻衣は真砂子に話しかけた。
「温泉が何が楽しんですかね? 私は仕事で何回も行ってますから、別になんとも思いませんよ」
 やれやれという表情でおどける麻衣を小ばかにする。相変わらずかわいげのない反応を示す。
「い、いいじゃない! 私なんておっきなお風呂に入るなんて滅多にないんだから!」
 目を吊り上げて真砂子を怒鳴り散らすが、真砂子は何処吹く風という表情。
 それでも麻衣は、こうして彼女と言い合えるのが楽しかった。
「残念だったな、混浴じゃなくて」
 歩きながら坊さんが麻衣に言い寄ってくる。しゃべり方にいやらしさを感じる。
「別に坊さんの裸なんて見たくないもん」
「見たいくせに。ま、俺なんかじゃなくてナル坊の方か」
「ば、ば、ば、ばっかじゃないの!! ナ、ナ、ナルのは、はだ、裸なんて……」
 ナルと聞いて麻衣の頭がぽーっと沸騰して茹で上がってしまった。
 彼女の脳裏には彼の一糸まとわぬ姿が浮かんでいる。それは光り輝いていて特に下腹部がまぶしく、そこに何があるかは未だ正確な想像ができない。
 確かにナルの全裸を「みたい!」とは思っているが、そんなこと絶対に口には出せない。
「いくら俺たちが魅力的だからって男湯を覗くなよ」
「ば、ばかーーーーー!! 誰が覗くかあ!!」
「じゃあな」と怒り心頭の麻衣をかわし、坊さんはすたすたと先に歩いていった。
「はあ……はあ……はあ……あんの破戒僧が」
 二度も大声を出し騒いだ麻衣は息を切らす。
「麻衣さんたら、顔を真っ赤にして。なにを想像してたんですか? いやらしい。うふふ」
 麻衣より背が小さい真砂子は上目遣いでにやっと笑い、またからかおうとする。
「え? 真砂子だってナルの裸をみたいでしょ?」
 麻衣がきょとんとして真砂子に尋ねると
「え、え、え、え! ま、まさか。す、す、すっぽんぽんのナルなんて!」
 麻衣の質問を受けた真砂子は、びっくりしてその場で立ち止まってしまった。
「あれ? どうしたの、真砂子?」
 麻衣も立ち止まって屈み、下を向いている真砂子の顔を見上げようとする。
「アハハハハ、真砂子ったら顔がまっかっか! 何を想像してたのかな? いやらしい」
 先ほどの自分と同じように茹で上がっている真砂子を見て、彼女に言われた事をそっくりそのまま返した。
「麻衣さんったら!」
 顔はうつむいたままだが、今度は真砂子の髪が天を衝く。
「やっぱり真砂子も女の子だね。安心した」
 紅潮した真砂子の顔は滅多に見られないからか、麻衣はしばらくまじまじと見つめていた。
「真砂子、かわいい……」
 心の中でそうつぶやくと、口ゲンカしたときの怒りとは違う、別の熱い感覚が湧き上がってくる。
「なにしてはりますの? 麻衣はん、真砂子はん」
 後ろから歩いてきたジョンの声で、麻衣はまた自分が真砂子に見とれているのに気づいた。
「あ、ごめん、ジョン。邪魔だったね」
 通路を二人でふさいでいたので、彼に謝った。
「行こう、真砂子」
 まだ動こうとしない真砂子の腕をつかみ、引っ張るようにして浴場に向かった。

 麻衣と真砂子は女湯の暖簾をくぐり、たくさんのロッカーが並ぶ脱衣所に入った。綾子は旅館の売り場へ買い物に行くというので後から来るそうだ。
 旅館は麻衣たち以外のお客さんはあまりいなくて、ほとんど貸しきり状態だ。脱衣所も今は真砂子と麻衣以外はいないし、ガラス戸の向こうの浴場にも人影が見えない。
 麻衣はロッカーの扉をあけ、バッグと、お風呂から上がっときに着る浴衣を投げ入れた。楽しみにしている大浴場を目の前にして胸が躍る。
 上着のボタンをすみやかに外して脱いだあと、はいている紺のロングパンツのファスナーを下ろし両足を抜き取った。
 彼女は肩紐がついた水色のブラジャーと、水玉模様のショーツだけの姿になっている。
「そうそう、真砂子、サウナにも入ろうか? 我慢比べしよう」
 斜め後ろのロッカーを使う真砂子の方へ振り返る。自分と真砂子、女二人しかいないこの空間では、下着姿でも恥かしくない。
 しかし、その方向に目をやると麻衣は心臓が止まるようなほどドキッとした。
 真砂子が、纏っている着物を脱ぐのを見て。
 彼女の身体から真っ白の長襦袢が離れると着物姿では分かり難かった、小ぶりだが形のよい乳房が、ブラジャーに覆われた状態で麻衣の目に飛び込んできた。
 そのブラジャーは持ち主の瞳と髪と同じく真っ黒いものだ。
 小柄な上、子供っぽい顔立ちの彼女には不釣合いなほど大人びた代物で、穏やかな雰囲気を醸し出していた着物と大きなギャップがある。
 麻衣はその姿の彼女を上から下まで観察するように見つめている。同性の下着姿など学校の更衣室で見慣れているはずなのに、紅潮した彼女の顔をのぞいたときに感じた、得体の知れない感情を抱いた。
「な、なにじろじろ見てますの!」
 麻衣の只ならぬ視線に気づいた真砂子は、両腕を胸の部分に巻きつけて身を捩るようにして屈め、いつもより甲高い声で非難する。
「いいじゃない、女同士減るもんじゃないでしょう?」
 麻衣は冷静に言い返した。今までは自分の視線に気づかれたら適当にはぐらかすのに、麻衣は真砂子との距離を縮めようとする。
「こ、こないで!」
 真砂子は近づく麻衣に恐怖を抱いたのか、貝が閉じるようにうずくまった。
「どうしたの? 何を怖がっているの?」
 真砂子を無視するように、麻衣は彼女の真後ろに立つ。もしかしたら、自分の心の奥底にある気持ちが何なのか分かるかもしれない。
 麻衣は真砂子の背中に、コートをかけるように自分の体を密着させた。
「い、いや……やめて!」
 真砂子は拒絶した。彼女の体がガチガチに固まっているのが分かる。
「かわいいよ、真砂子」
 真砂子の耳元でそっとつぶやく。その言葉と麻衣の吐息を受け取った彼女の耳が赤く染まった。麻衣からは見ることの出来ない顔も、恐らく同じようになっているだろう。
「何の冗談ですか!? 女の私にこんなことしても……」
 麻衣は彼女の胸のガードを、後ろから無理やりこじ開けようとする。胸を、乳房をさわってみたい。彼女のそれを見たときに最初に思ったことだった。
「ホントに、ホントに、やめてください!」
 強気でいやみを突きつける、いつもの真砂子とは違う。追い詰められて弱々しい真砂子。
 もっと真砂子のことを知りたい。嫌がれば嫌がるほど、彼女のことを探求したくなる。
「こんな派手なブラとショーツ、誰に見せる物なのかな、真砂子? 私にもよく見せてよ」
 麻衣は意地悪な口ぶりになっている。
「お願い、お願いします……もうやめてください……」
 真砂子は嗚咽に近い声で、止めるように懇願する。
「お風呂、先に入るね」
 余りにも真砂子が自分の侵入を頑なに拒むので、麻衣はこれ以上攻め込もうとする気概を失ってしまった。ぱっと真砂子を解放し、自分の使うロッカーへ戻って行った。
 ロッカーの前で彼女は、腕を後ろへ回しブラのホックを外す。肩紐を横へずらし胸からブラを離すと、大きさは真砂子と同じぐらいだろうか、薄い桃色の小さな突起が頂にある膨らみをあらわにした。
 次に水玉模様のショーツに指をかけ、中腰になりするすると降ろす。彼女は気にしているが、女性らしい大きくてふくよかなお尻を突き出している。
 足首まで下ろしたショーツを、右、左の順に足を上げて脱ぎとり、ブラと一緒にロッカーに投げ入れると、中に入っているバッグから白いタオルとシャンプーを取り出し、浴場へ駆けていった。
 その一連の動作は雑で恥じらいも無く、いつもの麻衣を表しているようだった。

 麻衣がガラス戸を開けて進むと、温泉の湯気に包まれた。
 ごつごつとした大きな岩を囲んで作られた、広い浴槽が奥にあって、高いところにある岩と岩の隙間からお湯が湧き出て、滝のようにそこへ降り注いでいる。
 見上げると満天の星空。まだ春先で肌寒いが、開放的で気持ちいい。
 麻衣は浴槽の近くに置いてある風呂桶でかけ湯をしてから、温泉に入った。湯の中にタオルを入れるのはマナー違反なので、お湯に流されない場所にそれを置いた。
 彼女の裸を隠すものは、浴場一帯を覆いつくす湯煙しかない。
「私、真砂子にひどいことしちゃった」
 岩に背を預け、肩付近まで湯につかる麻衣は、お湯に写る自分の顔をを見つめながら、真砂子に抱きついたことを反省した。真砂子の気持ちを無視し暴走してしまった。
 その後、何事もなかったような無邪気な振る舞いを見せたが、誤魔化せるはずがない。彼女はこんな危険人物とは、少なくとも今は、一緒に入りたくないはず。
 きっと浴衣か自分の着物を着て、早々と部屋に戻って行っただろう。
「こんなにいい湯なのに、私のせいで入れないなんて。私の馬鹿! ごめん真砂子!」
 自己嫌悪に陥っていると、後ろから人の気配がする。綾子だろうか。
 麻衣の近くでかけ湯の音が響いた後、湯気ではっきりとしないが彼女の元に誰かが近づいてくる。
「真砂子!」
 麻衣は驚いて立ち上がった。何も身につけていない、真っ白い肌をさらす真砂子がすぐそこにいる。
 真砂子は何も言わず麻衣と2メートルほど離れて湯につかった。この広い浴槽の中で。
 麻衣はまた真砂子を見つめる病気が発症した。さっき湯気でよく見えなかった真砂子をもっと近くで見たい……
 麻衣は小さな波紋を立てて彼女に接近する。真砂子はきっと逃げるだろう。真砂子が脱衣所のときのように自分を拒否したら、追いかけることは止めようと考えた。
 彼女に対する、自分でも理解できない気持ちが、何となくだがわかり始めてきたから。それは自分の心の中に、一生閉じ込めておくべきものではないだろうか、と感じている。
 でも、もし、万が一真砂子がその場に止まってくれたら――
 近づく麻衣にまるで気がつかないように、真砂子はじっとしている。
 彼女との距離が縮まるにつれ、麻衣の心臓の鼓動が速まっていく。
 真砂子と自分の肩が触れるか触れないかの至近距離で、麻衣は再び半身を湯に浸した。
「真砂子」
 彼女の名前を呼ぶ。
 彼女は依然と無表情だ。ここまで近づけば湯気が立ち込めていても、はっきりとそれがわかる。
 麻衣は思い切って、底につけている彼女の手を握った。
 彼女はその手を振り解こうとはしない。
「真砂子、さっきはごめん」
 彼女の手に触れるとますます心拍数があがる。彼女の顔をまともに見られなくなって目をそらす。
 お湯が湧き出る音以外なにも響かない時間が流れる。
「麻衣さん」
 沈黙を破ったのは真砂子だった。真砂子は麻衣の方へ向き大きな瞳を投げかける。
「いい……ですよ」
 真砂子は何かの許可を麻衣に出した。
「本当にいい……の?」
 何の許可なのかは真砂子は言ってないが、麻衣は念を押した。
「ええ」
 了承を得た麻衣は、心の底から込み上げてくる感情を抑えるのを止めた。

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