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第二話

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滝川の言葉に麻衣は自分の耳を疑う。今、目の前の彼は何と言った?
おかしくなったのは自分か、それとも彼か。もう、何もわからない。
混乱に混乱を重ねすぎて、麻衣の思考はこのめまぐるしい展開についていくことが出来ない。
自分を抱き締める彼の腕に、さらに力が籠もるのを感じて麻衣は困惑した。

「ぼ、ぼーさん………な何言ってんの……」

冗談だと、思いたかった。けれどそうではないと彼から伝わる剣呑な気配に痛いほど思い知らされる。
彼の強い視線に捕らえられて、目をそらすこともできない。口を開き、何かを言おうとしてけれど何も言えず、
麻衣はそのまま息だけを飲み込んだ。背中から石膏でも流し込まれたかのように、全身が強張り固まっていくのを
呆然としてフリーズしつつある意識の裏でうっすらと感じる。
外せない視線の先、滝川の目の奥に、何か仄暗く熱いものを見た気がした。その正体が何なのか、年相応に初心な
麻衣には全くわからなかったが、それを麻衣はただ漠然と“怖い”と思った。こわばる指先が、何故か震え出す。
今目の前にいる、よく知っていたはずの“滝川法生”という男が、まるで知らない人間のような気がした。
彼は、麻衣が今まで見たこともない顔をしている。あんなにも予想外でありえないことだらけだった夢の中でも、
彼がこんな顔をしたことは一度もなかった。

「俺は、麻衣を離さない。決めたんだ。………だから」
滝川は麻衣に再び口づける。そのやわらかく熱い感触は、毎夜夢の中で交わしたキスと同じもので、それは
麻衣の身体の奥底で眠っていたはずの、まだ芽生えたての幼い官能を強引に引き摺り出した。現実では麻衣は
何の経験もしたことがなかったが、夜毎見た淫らな夢は、麻衣自身も気付かぬ間に、麻衣の心と身体を明らかに
変化させていた。麻衣の強張っていた身体に、滝川の唇から彼の真摯な愛情と溶けそうな熱、そしてすでに夢で
覚えてしまったキスの快感が伝わり、震えた指先から力が抜けていく。

それでも何故だかどうしても麻衣は滝川のことが怖い。夢で散々睦み合い、今よりももっと淫らなことをして、
もう何も彼に知られていないことは残っていないはずなのに。彼のことも知ったはずなのに。もちろん現実でも
彼のことを家族のように思い心から慕っていたはずなのに。
彼が、自分のことをとても思ってくれていることを強く強く感じているのに。

それなのに、怖い。ーーー否、だからこそ、怖い。

上手く制御できない思考の裏で、それでも本能は懸命に危険を告げている。
今、逃げなくてはきっと、間に合わない。

まだうまく動かせない身体と理性を総動員して、麻衣は滝川から逃れようと足掻く。
「んぅ……ゃ………やだ………離、し…て………」
「麻衣…逃げないで……」
滝川は抗う麻衣の唇を追いかけて無理矢理奪い、今度は唇を強引に舌で割り開き、そのまま口内を舌で犯す。
歯列をなぞり、まともな抵抗も出来ないでいる麻衣の舌を、言葉と思考を奪い取るかのように激しく絡め取る。
くちくちと、いやらしい水音を立てながら舌に舌を絡ませ、唾液を流し込み、それを無理矢理嚥下させると、
飲み込みきれなかった滝川の唾液が、咽せた麻衣の唇の端から溢れ、ふたりの合わせた唇の間を伝って顎へと
零れ落ちていった。そして顎から流れ落ちる唾液が首筋や胸元を濡らすのを、麻衣は全部を溶かされてしまい
そうな口吻を与えられて朦朧とした意識の裏で感じた。不思議と汚いといった嫌悪感はなく、ただそのぬるりと
滑っていく液体の感触を、恍惚として受け入れる。
こんなにもキスというのは、甘く、苦しく、蕩けてしまいそうなものだっただろうか。
夢の中で交わしたものよりも、ずっとつらくて、もっと生々しくて、もっともっと、きもちがいい。
互いを深く味わって、侵して侵されて、唇から全てが混ざって溶け合っていく気がする。
いろいろなことを夢で知ったと思っていた。けれども本当は何も知らなかったのだと、麻衣は思い知らされた。

強すぎる快感からなのか、それとも何も知らなかった頃の自分を失してしまった悲しみからか、あるいは理由
などない単なる生理現象なのか。彼女自身にももうわかりはしなかったが、麻衣の閉じた瞼から、涙が溢れた。
麻衣の頬から唇に伝う透明な塩辛い雫を、ふたりは甘露のように分け合って舐めた。

息を継ぐ間も与えないキスで麻衣の息が上がっても、強張った麻衣の身体から力が抜けても、滝川は麻衣の唇を
解放しようとはしなかった。すでにぐったりとして抵抗の気配はないが、それでも息継ぎをしたいとわずかな
隙間を求めてか弱くもがく麻衣の頭を押さえ込み、自分以外を与える気はないと言うかのようにキスをし続ける。
それが何であれ、麻衣が他のものを求めるのを見たくない、許せない。
俺だけを求めて、このまま溺れてしまえばいいんだ。滝川は暗く思う。
自分が愚かで卑怯なことはもうわかりすぎるほどわかっている。自分の欲望を満たす、ただそれだけのために
いたいけな少女に非道なことを強いようとしている、汚れきった最低の人間だ。
こんな者が敬虔な顔をして坊主を名乗るなど、甚だ滑稽だと自分でも思う。
彼女がそれを望んでないことも知っている。彼女には淡く想いを募らせている相手がいることも、嫌という程に。
それでも。
滝川は麻衣を自分のものにしたかった。すると決めた。そしてそれを成すならば今しかない、そう思う。

「…………俺は…麻衣を、手に入れるためなら……何でもする……」
欲情に掠れた声で、自らの腕の中で今にも溺れそうな麻衣に囁きかける。
「ごめん、麻衣……俺は狡いから…麻衣よりも大人だから……」
ふたりの乱れた呼吸音と触れ合い続ける唇の合間で囁く、吐息混じりの呟きは、とても低く小さな声で、けれど
それでも麻衣を支配するには十分すぎるほどの威力があった。
「…どうすれば麻衣が堕ちるか、俺は…わかってるんだ……」
「んン……っ」
腰にくる声、というのを麻衣は身をもって実感させられる。脊髄から自分の身体の奥の奥まで甘い痺れが奔って、
もうどうしようもない。まだそこに触れられてもいないのに、その声の狂おしく甘い響きだけで自分の中から
蜜がこぶり、と溢れる。
「………ぁ…………」
その濡れた感触の淫らさに、麻衣は思わず小さく声を上げた。
「…今、すごくいい顔した…………そっか、やっぱり麻衣、俺の声、好きみたいだな…」
からかう声音で笑われて、麻衣は自分の身体の正直すぎる反応を恨めしく思う。
「………声だけで、感じちゃった?」
「し、知らない………っ」
見透かされている。わかってる。けれど、認めたくない。麻衣は耳まで赤くしながらそっぽを向こうとするが、
両手で顔をぐいっと固定されてそれも叶わない。ささやかな抵抗も封じられて、また深く口づけられて、麻衣は
滝川の為すがままに翻弄され続ける。

「……麻衣……麻衣……すごく可愛い……感じ、やすくて………キスだけで……もう腰…立たない、だろ?」
麻衣の動揺する顔がもっと見たくて、滝川はあえて麻衣が恥ずかしがる言葉で煽る。
「…っ!……ばか…っ、ぼーさん、の、えっち…っ、ん、…んぅ……ぼー、さんの、せいだから…ね…ぁ……」
キスに溺れながら、それでも懸命に言い返そうとする麻衣の羞恥の表情は、彼の愛しさを一層募らせる。
「うん………ごめんな……麻衣がそうなったのは…全部、俺が悪いから……俺のせいにしていいから…だから…
 …もっと感じて……俺のものになって……」

全ては自分のせいだから。彼女には何の非もないことは、自分が一番よく知っている。
そして彼女の淫らな変化を心の底から嬉しく思う汚れた自分を、滝川は自身が一番嫌悪している。
それでも彼女を手に入れたい。だから自分の持てる全てで彼女を陥落してみせる。
まだ足りない。もっと追い詰めなければ、麻衣を自分のものにすることは出来ない。

「…………ゃ………ぁ……や…だ……むり、だよ……」
滝川の思う通り、キスに翻弄されながらも麻衣はまだギリギリのところで己の矜持を保っている。
おそらくは淡いけれども強かな思慕が、まだ彼女の最後の一線を守っていた。
けれど滝川に焦りはない。彼には自信があった。麻衣は、必ず自分の手に堕とす。

「無理じゃない…俺は、麻衣がいやだって…言っても…そうするから……ごめん、諦めて」
「……そん、な……ぁ……は……ゃ……あぁ……あた、し……すきな……ひ……と………ん…」

傷つけたいわけではない。けれどもきっと自分は彼の気持ちには応えられない。彼のことを大切に思うからこそ、
麻衣ははっきり言うべきだと思った。乱れた呼吸の中、懸命に言葉を紡ごうと努める。

けれども、麻衣の真摯な努力を滝川は打ち砕く。ここで話を続けさせてはいけない。

「知ってるよ…誰かも知ってる………どれくらいの気持ちで想ってるかって…ことも、な」
「…んぁ……じゃ、じゃあ、……ぁ……どう、し…て……」
「言っただろ?…どれくらい好きか知ってるって。……麻衣の気持ちはまだ、それほど強固なものじゃない。
 まだ、ほんの少しときめいているだけ……違うか? 麻衣は人の感情に強く左右されて夢を見るぐらい、
 特に感受性が強いから、その分、人の気持ちに同調して自分の意思が流されやすい。これから先、いろんな
 ことで揺らぐ可能性だって高い。だから、今はそいつのことの方が好きだったとしても、今俺が頑張れば、
 まだまだ俺にも望みはあるって俺は信じてる。」

言霊、という言葉の通り、強い言葉には強い力が宿る。麻衣の心にどう響くかを確信しながら、滝川は
あえて強い言葉で「まだそれほど好きではないはずだ」と言い切る。
案の定、麻衣は自分でも戸惑い持て余し気味だった淡い恋情に自信を持て切れず、揺らぎ始めた。

「…ん…そ、それは……確かに先の…ことは……まだわかんな、…ぁ……けど……」
「だから俺は、麻衣の隙につけ入るなら今がチャンスだなーって、思ってるよ。」

もう一押し。目的まであと一歩の手応えがある。滝川は王手を掛ける。

「それに麻衣、俺のこと本当はもうかなり好きになってる。俺を男としてかなり意識してる…そうだろう?」
「………っ!!」

麻衣が今いちばん怯え動揺していること、それは今まで家族同様に思って無防備に接してきた人間が、
突然異性として、しかも生々しく淫らな行為をする対象として意識する存在になってしまったことだった。
麻衣はかなり自分の感情に正直な少女だったから、滝川には手に取るように麻衣の戸惑いが解っていた。
(まあ、当然だろうな)
滝川は心中でひとりごちる。これまで父や兄のように思われ慕われていることはよくわかっていた。
だからずっと、彼女に警戒されぬよう、自らの想いは決して明かさぬようにと秘めてきたのだ。
年も離れている。世間からはロリコンと罵られても仕方のない年の差だ。
恋愛の対象外だと思われることは当然のことで、けれども麻衣から無条件に信頼されて慕われることは
それでもこの上なく幸福なはずだった。それを守るためならば、心の痛みは甘んじて受け続ける気でいた。
彼女のほのかな恋情も知っていたし、苦い気持ちながらもそれを応援しようと心に決めていた。

ーーあの日、自らの本音と欲望を夢で見せつけられるまでは。

麻衣にしたいと本当はずっと思っていたこと。懸命に堪え続けていた衝動。
心の奥底に深く沈めて隠していたはずの醜悪なものは、全てあの夢によって暴かれてしまった。
永遠に続く筈だった穏やかなふたりの関係も、その裏で受け続ける甘美な痛みも、全ては、あのこの上なく
幸福な悪夢のおかげで消え去り、その大きな犠牲と引き換えに、滝川は彼女を手に入れる決心をした。
もう、後戻りは出来ない。どちらに転ぼうと、失ったものは二度とこの手に戻らない。
だから、迷わない。良心など要らない。必要なのは、彼女を騙してでも奪うという覚悟だけだ。

「あの夢のせいで…俺と麻衣の関係は変わってしまった。麻衣は俺の本当の気持ちを知ってしまったし、
 ……俺はもう、麻衣が何も知らなかった頃と同じように平気なフリをしておまえを可愛がることは出来ない。
 もう、元には戻れないんだ。」
麻衣が怯えたようにビクリと肩を揺らす。滝川はそんな麻衣を宥めるように頭をそっと撫でる。
「…うん、ごめんな。それは俺のせいだし、麻衣には本当に悪いと思ってる。10も年上の男が女子高生に
 あーんなことしたいって悶々と考えてるって知ったら、普通はひくだろうな。変態だって後ろ指指されても
 まあ仕方ないかなーと、思ってるよ」
これは心からの本音だった。彼女からの叱責も、世間からの蔑みも甘んじて受ける。ただ、それを枷にはしない。

「だから…っ、あたし、そんなこと思ってないって…!」
俯く滝川に、麻衣が慌てて言い募る。
「ありがとう。麻衣は優しいな。…でも俺は…麻衣が俺を嫌いになって、もう顔も見たくないって思うなら
 おまえの前から消えようと…本当にそう、思ってたんだ。おまえを守りたいとずっと思ってた、その気持ちに
 嘘はなかった。あの夢のことも、俺のことも……悪い夢として…忘れてくれればと願った。だけど……」

滝川は怯えた表情の麻衣の肩を抱き、その潤む瞳を強く見つめる。

「おまえは、俺と共にいることを望んだ。俺を失いたくないと、願った。俺を嫌うことは出来ないって、言った。
 俺との夢は嫌じゃなかったって、夢を忘れることは出来ないって……言った」

滝川の強い瞳に魅入られるように、ただ彼を見つめ返すだけの麻衣は、呆然と呟く。

「あたし……そう、言った……だって、あたし……ぼーさんのこと……」
「うん。だから、俺はお前のその気持ちにつけこむことにした」
「つけ、こむ……」
「そう。俺は麻衣から離れたくない。麻衣も俺を失くしたくないって願ってる。でも前と同じ形では一緒には
 いられない。…だから、前と違う形になるなら俺は、麻衣とこういうことを出来る関係になりたいって、
 そう思ったんだ。」

滝川を見つめることしか出来ずにいる麻衣を、今度はやわらかく抱き締めて、そっと触れるだけのキスをする。

「麻衣のことが好きだから。…それに麻衣も、あの夢のせいで俺を好きになり始めてるって感じたから」
「あたしが…ぼーさんを…」

滝川の腕の中で麻衣が自らに確認をするように小さく呟く。麻衣の肩から僅かに力が抜けたのを滝川は見逃さない。

「うん。だからさ、麻衣と本当にそうなるためには何でもするって決めたんだよ。麻衣が揺れてるなら思いっきり
 ガクガク揺さぶって俺の方に倒れてくるようにしようってな。」
「ぼーさんの、方に?」

小さな子供のように甘く拙い話し方で彼の言葉を繰り返す麻衣に、滝川はにやりと悪戯っぽく笑ってみせる。

「そう。俺の方に。俺、もう他の誰にも麻衣を渡すつもりないから。決めたって言っただろ?…まあ幸い、俺ってば
 結構カッコイイと思うし?麻衣も結構俺のビジュアルまんざらでもないだろ?ていうか結構好みだろ? それでー、
 麻衣が気持ちよくなることいっぱいしまくってー、もう麻衣が俺無しじゃ生きていけないッ!ってくらい俺に
 メロッメロにさせて俺から離れられなくなるようにしてー、それからー、毎日毎日麻衣が好きなのは俺だーって
 言い続けて、そのうちに『あれ?そうかも?』って麻衣に思い込ませてやるのさ」

麻衣の緊張と怯えをやんわりと解くように、わざと今まで通りのふざけた口調で、けれども本音を交えて言い放つ。

「ふふ……やだ……ぼーさん…本当に、ずるい……」

麻衣の顔にこの部屋に来てから初めて笑顔が浮かぶ。彼女の潤んだ瞳に安堵の光がようやく宿ったことに、滝川は
全てを忘れて喜んでしまいそうになり、慌てて心中で自分を叱咤する。まだ気を抜いてはいけない。
もう、あと一歩。

「そうとも!俺は狡いんですよー。だって麻衣よりずっと大人だからね。……だからー、可愛い麻衣ちゃんをゲット
 出来ちゃうなら、俺は何だってするんだってば。……さっきからずっと、そう言ってるだろう?」

「……うん……ふふっ……」

いつもの麻衣の、愛らしい笑顔と笑い声。ようやく、ここまできた。麻衣を、手に入れる。

「やーっと、笑ったな。……ごめんな。ちょっと怖い思いさせたかな。でもさ、俺も必死なわけよ。わかってよ。
 麻衣とさ、本当に離れたくないんだ。麻衣のこと、死ぬほど好きなの。だから、な」

さあ、チェックメイトだ。

「俺とずっと一緒にいて、麻衣」


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