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第一話

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真っ白い空間の中、麻衣はひどく暖かく心地よいものに優しく包まれていた。
とてもいい匂いがする。この匂いをよく知っている気がするのに、何故かどうしても思い出せない。
何だか瞼が重くて目を開けることが難しい。けれど知っている。ここは真っ白い。

(ああ、これは『夢』だ。)

数刻前、布団に潜り込んだ記憶がうっすらと甦る。けれどもこれは布団とは全く違う感触。違う匂い。
人とは異なる少し特殊な『夢』を見る時、いつも麻衣には通常の睡眠時とは違う感覚が訪れた。
そして大抵の場合それは悪夢であることがとても多かったが、けれども今、それと非常によく似た感覚を
味わっているものの、これは決して悪夢ではない気がした。
刹那、麻衣は少し力を込めた腕にきゅっと抱き締められた。力強く、けれども大事な宝物のようにとても優しく。
麻衣はこの腕をよく知っていた。
いつも絶体絶命のピンチに陥った時、真っ先に駆けつけて自分を守ってくれる、あのあたたかく力強い腕だ。
そして今自分が頬を寄せているのはあの胸。危機から救われた時、落ち込んで励まされた時、そして時には冗談で。
これまでに幾度も抱き寄せられた、自分の安心を確認できるあたたかい場所。
その腕に、その胸に、抱き締められている自分があまりに自然で、麻衣は警戒心を抱くこともなく、
ひたすら無防備にそのぬくもりの中に身を委ねる。

腕が麻衣を上向きにさせ、指が麻衣の顎を捕らえる。そして次の瞬間麻衣の唇にその人の唇が重ねられ、
だがそれも麻衣には至極自然で当たり前のようなことに感じたので抵抗せずそのまま身を任せた。
(キス…あったかくて気持ちいいなあ……)
唇のわずかな隙間から舌を差し込まれ、自らの舌を絡め取られる。次第に深く甘くなるキスに麻衣は理性を奪われていく。
交わす吐息の熱さと唾液の水音が、夢にしては妙にリアルだと意識の裏でうっすらと思いはしたものの、口づけの感触の
あまりの心地よさに麻衣の思考は溶かされてしまってはっきりとした形を取ることが出来ない。
「……麻衣………麻衣………………好きだ……………」
キスの合間で小さく囁かれる吐息混じりの声。麻衣の形を確かめるように身体を辿っていく手のひらと指。抱き締める腕。
その胸のぬくもりと安らぐ匂い。
麻衣はその全てを知っていた。思い出せない。けれど自分は『彼』を知っている。
これが恋かどうかはわからない。でも、こうしているのはとても自然なことだった。
麻衣は彼を見つめるためにゆるゆると目を開ける。
目にしみるような目映い白い世界の中、自分に微笑みかける彼の存在だけがリアルで、愛おしさを込めて麻衣は彼を呼んだ。
「ーーーーーーーぼー、さん…………………って、ええええええええええぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!?」
 * * *
真っ赤な顔で、麻衣は布団から跳ね起きた。
「いいいいい今あたし、何て夢見てた………っ!?」
目覚めて夢を認識した途端、ドキドキして胸が苦しい。パジャマの中でイヤな汗をかいているし指は布団をぎゅっと
握りしめたまま離すこともできない。
「ていうか何で相手ぼーさんなわけっ!?」
自分でもワケがわからない。だって相手は10コも年上で兄貴っていうかちょっとお父さんみたいに普段思ってる人だ。
「…あたし…あんな夢見ちゃうなんてもしかして“ヨッキュウフマン”とかだったりするのかなあ……」
こんなに生々しく異性と睦み合う夢を見たのはもちろん生まれて初めてのことだ。
「………しかも好きな人間違えてヘンな夢見てるよ……うわぁ……最低だ……」
麻衣が密かにときめきを覚えているのは、勤務先の毒舌でナルシストな所長様のはずだった。
けれど今夢の中で恋人同士のようなキスを交わしていたのはその彼ではなく別の…
「……あああぁぁやめやめ!もう考えるのやめる!忘れる!寝る!おやすみ!!」
動悸もまだ収まらぬまま、強引に思考を中断して麻衣は力ずくで睡眠の世界に入るためにぎゅっと瞼を閉じた。
ーー明日どんな顔して会ったらいいんだろう。
麻衣が眠りに落ちる直前に思ったのは、恋する彼ではなくうっかり間違えて睦み合ってしまった彼のことだった。
 * * *
「こんな日に限ってぼーさんとふたりで留守番かぁ…」
「なんだよ。俺と一緒じゃご不満だっていうの? 麻衣ちゃんってばアタシに冷たいッ!ひどいわッ!」
がっくり肩を落としてため息をつく麻衣に、『ぼーさん』と呼ばれる男、滝川はいつものようにおちゃらけて返す。
麻衣は日頃から寡黙で無表情な上司とその助手に“留守番”と称して置いてきぼりを食らうことも多いのだが、
今日は仕事の都合とやらで滝川までもが事務所に残って同じく留守番組だ。
よりによって一番顔を合わせづらい相手と事務所で午後中ふたりっきり。何の因果か、それとも日頃の行いって
やつか?などとさらに鬱になりかけていると、滝川が窓の外をぼんやり眺める麻衣に近づいてきた。
「ていうかどーした?んー?今日は麻衣ちゃんはご機嫌ナナメなのかなー?」
「ななな何よ急にヒトの顔のぞき込まないでよっ!顔近い!」
「あーららー嫌われちゃったよー俺ー。かなしーなー」
おどけてしょぼくれたフリをする滝川に、今まで感じたことの無かった妙な動悸を覚えながらも、
まさか貴方とらぶらぶちゅーしたユメ見ちゃいましたーなどと言えるわけもない麻衣は、
「いや、うん、ちょっとね。ゆうべ、夢見が悪くって」
とアバウトに誤魔化すのが精一杯だった。
「ふうん、夢、ねえ………あ、俺昨日すっっごい、いー夢見ちゃったんだ!」
「あ、あぁそう、よかったね」
「ね、ね、聞きたい?どんな夢だったか聞きたい?」
「いや、別にいいよ」
「もー冷たいなー。あーあーそうですか。……まあでも、ホントは教えないけどね!」
「じゃあ言わないでいいよ…」
(正直今ぼーさんとどんな夢だったかなんてトークをしたい気分じゃないんだよ…というかこの話題
どうしてもあのゆうべの妙にリアルな感触とか思い出しそうで困るんだってば!)

非常に良い夢を見たらしく、とても幸せそうな目の前の男の緩みきった顔を見ていると、麻衣は妙に意識して
ドキドキしている自分が馬鹿馬鹿しく思えてきたのだが、
「なあ、麻衣」
急に真顔になった滝川に突然ぎゅっと手を握られて、麻衣は心臓が止まりそうな衝撃を覚えた。
「おまえさんの夢は、いわゆる『夢見の巫女』のような、潜在能力が見せている特殊な夢の場合もある。
その夢が今の事件に関係してるかどうかはわからないが、別にどんな内容でもいいから、いつでも夢見でつらい時や
苦しい時には俺に相談するんだぞ? これでも俺は高野山の坊主なんだから少しは頼りにしてくれよな!」
そう、本当に麻衣がつらい時困っている時、彼はとても真摯に話を聞き、いつでも麻衣を助けてくれる。
「うん。ありがとう。ぼーさん、ホントに頼りにしてるからね!」
「おう、まかせとけ!悪い夢で眠れない時はいつでもオジサンの胸を貸してやるからなー!」
冗談の勢いでぎゅっと抱き締められて、その感触にゆうべの夢を具体的に思い出してしまった麻衣は
「もー離してよーセクハラオヤジー!遠慮させてさせていただきますー!」
ふざけながら慌てて滝川の胸から離れた。妙にドキドキしている自分に気付かれたくなかった。
いつも彼に覚える安心感を感じながらも、何故か更に増した胸の鼓動に気付いてしまった麻衣は戸惑う。
(あたし、何でぼーさん相手にこんなにドキドキしてるの…?)
瞬間の抱擁で感じた滝川の温度と匂いが、彼から離れてからも自分の身体にずっと残っているようで、
麻衣は幸せのようなあたたかい気持ちと身体の中から熱が上がってしまうような不思議な感覚を味わっていた。
 * * *
(ああ、また今夜も同じ夢ーー)
何もない真っ白い世界の中、裸に白い布を纏っただけの自分と、同じように白い布を纏った体格の良い男。
今宵の夢の相手も昨夜と同様、何故か恋する所長ではなく滝川であるらしい。
それにしてもずいぶんとシュールな夢だなあと夢を知覚した麻衣は思う。
「…なんで服着てないんだろう…」
思わず呟くと、
「その方が綺麗だから」
と目の前の男が真顔で答えた。まさか答えが返ってくるとは思っていなかった麻衣が驚いていると
「それに服着てない方がすぐ肌に触れられるし。裸で抱き合う方が気持ちいいよな」
と至極当然のようにうんうんと頷きながら今日も麻衣を抱き締めた。
うん、確かに気持ちいい。と納得して流され彼に身を委せながら、ふと浮かんだ疑問を口にする。
「じゃあ、この白い布は?」
「うーん、たぶん俺んちのベッドのシーツ、かな?」
「…なんで、シーツ?」
「最初から素っ裸だと刺激が強すぎるかなーと思って配慮したんじゃないか?」
「…誰が?」
「……さあ?俺か?それとも麻衣か?」
(すごい。夢の中のぼーさんも、こんなありえないことしてるのにすごくぼーさんっぽい。)
キスの合間に交わす会話さえも夢にしてはやけにリアルで、麻衣は自分の夢の精巧さに我ながらすごい、と感嘆する。

「じゃ、昨日の続き、しよっか」
「…へ?」
「へ?じゃないだろう。だーかーらー、続き。昨日はちょっと大人のキスを覚えたから、今日はもうちょっと
大人な事しようなー。大丈夫、俺優しく教えてあげるから」
ぼーさんが麻衣の身体に手を這わす。
「ええええぇぇっ!?…て、いやだからそうじゃなくって!あの、何で、あたしとぼーさんがこんなことを…」
「まーまーまー。夢なんだから細かいことは気にしない気にしない。」
口づけしていた唇から、頬、耳へと滑っていく滝川の唇の愛撫に、流されないよう麻衣は必死で抗う。
「んぁっ!…ちょ、耳だ、め…っ……いや、気になるよ!気にしようよ!だってあたしたちそんな関係じゃ」
「…麻衣は、俺とこうするの、嫌か?」
動かしていた手とキスを止め、滝川が真剣な顔で麻衣を見つめる。
「俺のこと、嫌い? 俺とこうするの、気持ち悪い? 俺は麻衣が好きだから、麻衣とこういうことしたい。だめか?」
夢の中とはいえ、憎からず思っている異性からこんなことを直球で言われたら、胸が高鳴ってしまうのは如何ともしがたい。
今まで現実の彼にこんなに熱を帯びた目で見つめられたことも、こんなふうに懇願されたこともなかった。
だから麻衣は、どうしたらいいのか全くわからなかったし、こんな彼のことをこんなふうに愛おしく思ったのも
初めてだったので、思わず
「…別に、いやじゃないよ」
と言ってしまった。
それは、消極的ながらも行為を了承する明らかな肯定。麻衣は、滝川に抱かれることを受け入れた。
現実では決してありえない出来事も、この夢の中の自分と彼の間ではごく自然な当たり前のことだと思えた。
 * * *
「ん…っ、んぁ…ああ……んふ………あぁ………」
「いい声、麻衣……もっと……」
「や、あぁ…ぼぉ、さ、…あ、だめ……とけ、ちゃう……よぉ……」
「うん、溶けていいよ、もっとトロトロになっていいから…」
やわらかい潤んだ粘膜の襞をかき分け、舌を這わせながら指を中に出し入れすると、麻衣の理性と身体も
そこと同じように綻びて溶け崩れ、どうしても堪えきれない甘い声と蜜が麻衣から零れ出る。
「……は、あ、あぁ……奥……あつい……ゆび、と舌で……あぁ…ぼー、さん……」
挿入した指がいやらしい水音を立てて動く度に、そこに留まりきれずに溢れた蜜が、麻衣の白い脚を伝って落ちていく。
「…すごい、奥から溢れてくる……やらしい眺めだ…ああ、俺も我慢出来なくなりそう」
「はぁ…はぁ……ん……する………あたしも……あぁん………ぼーさん、に…したい……」
「俺のに…する?…………キス、してくれる?」
「ん、…………したい……する………いっぱい、……させて………」
夢の中の麻衣は、いくらでも大胆になることができた。
「あーヤバいなこんなにエロいなんて……」
「……んぁ……ああ…だめ?……いやら、しいの……いや……?」
「いや、最高。すっごく可愛い。もう俺メロメロだよ……じゃ、麻衣、俺が下になるから、ほら、上に来て」
「…ん……」

ーー最初の夢から1週間、麻衣は毎夜夢の中で滝川に抱かれていた。
夢は随分と淫らで、その上非常に現実的だった。滝川の温度や匂いだけではなく、汗などの体液に濡れた感触や、
彼に触れたり触れられたりした肌や粘膜の感覚もやけにリアルすぎて、朝目覚めた時麻衣は、布団でひとり目覚める
現実に違和感を覚えてしまう程だった。
けれども現実ではないせいか、夢の中の麻衣は、目覚めた後に思い出して自分でも驚いて赤面するほど抵抗も
羞恥もなく、どんな行為も滝川が望むことならばすんなりと受け入れることが出来た。
時折ふと我に返って、こんな淫らな夢をまるで現実のように見られるくらい、自分の中にこういった知識があったこと
に驚いたり、知らなかったはずの行為の感触や快感をここまでリアルに感じられることを不思議に思ったりはしたが、
それもこの夢の中では麻衣にとっては他愛ない、ほんの些細なことだった。
滝川に愛されることがただただ心地よく、幸せで、麻衣は夢の中の逢瀬で淫らに溺れた。
さすがに昼間、現実世界で滝川本人に会えばとても気まずく恥ずかしい思いをしたが、この1週間、どういった
巡り合わせか、タイミングが合わず滝川の顔を見たのは僅かに二度ほどで、それも帰り際のほんの数分程度だったから、
麻衣は夢と現実の大きすぎるギャップを何とか乗り越える事が出来た。

「………ん、……ふ、…………はぁ…、ぼー、さんの、おっきい……」
滝川自身に舌を絡めて咥えていた麻衣が、唇から彼を解放して大きく息を継ぐ。
「ああもう限界。麻衣の中に入れて」
「ん…いいよ…あたしもしたい…」
「今日はどういう格好でしたい?」
「…どんなふうでも……ぼーさんが好きなようにして…? いっぱい、きもちよくして…?」
「じゃあ、麻衣の顔いっぱい見ながらしたい。…ん。俺がここに座るから、麻衣、上に座ってくれるか?」
「わかった……ん……こう、かな……あ、ああぁ……入って、くる……大きくて……あつ……」
脚を広げて彼の上に腰を落とすと、麻衣の中に強い圧迫感を持って大きな杭が打ち込まれる。
痛みはないが、夢の中とはいえ麻衣は挿入の衝撃にまだ慣れることが出来ないでいた。一番太く張り出した部分を
飲み込む時、たくさん濡らされていても入口のところで少し引っかかるのが麻衣には不思議だったが、けれども
中の粘膜を圧迫されて擦られて、異物感と同時に感じるのはそれ以上の強烈な快感と灼熱だった。
「……うん、俺も熱い…麻衣の中、狭い……」
「もう…何度も、したのに…すごく、気持ちいい、けど、まだ…ちょっとくるしい…」
「そうだな、麻衣小さいし、ごめんなー、ん、ちょっと俺ってば人様より立派すぎるかも?」
欲情に掠れた声で、それでも麻衣を気遣いながら冗談めかして笑う彼は、やはり現実のようにリアルだ。

「…ばかぁ……あ…ん…でも、もうへいき、それに、ゆめ、だからあんまり、いた、くない…んぅっ…」
「どうした?」
「なんか…もう…入れられた、ばっか、だけど…っ、あ、なんか、イっちゃい、そぉ…」
「…気持ちいいんだ」
「うん…っ、あ、や、だ、だめ、そんな、ついちゃ、や…っ」
「いいよ、イって、ほら」
麻衣が一番感じる奥の部分を、彼女が気持ちいいように滝川は攻める。
「あっ、や、いや、いいっ、あぁ、ぼー、さんっ」
「………麻衣、今だけで、いいから、俺の名前、呼んで…?」
麻衣を突き上げながら、滝川が快感に喘ぐ彼女に熱の籠もった目で強請る。
その目の切実さに、麻衣は抗えないほどの強い引力を感じる。自分を希う目の前の男のことがどうしようもなく
愛おしくなり、彼の望みは何でも叶えてやりたいと、麻衣は心から思った。
彼にもっと触れたくて、揺さぶられ溺れそうになりながらも懸命に、その頬にそっと手を伸ばす。
「ん…なま、え?」
「うん、名前。法生って」
「ほう、しょう…」
「…そう、今だけ、……夢の中だけでいいから、……俺の事、名前で呼んで…」
そう呟いて麻衣を強く抱き締めると、彼は思いの丈を全てぶつけるように更に強く彼女を突き上げた。
「………っ!あぁっ、はっ、あ、法生、ほう、しょ、あ、ああぁ…!」
「…っ、ああ俺幸せ…、麻衣、好き、大好き」
「ん、イくっ、あああっ!法生…っ!」
「ああごめん、俺もイきそう、………っ!」
「やあ…っ!もぅ、あああぁ…っ!!」
最奥まで強く深く杭が打ち込まれて自分の中に白い熱が吐き出されるのを感じた時、麻衣の脳裏にも白い閃光が弾けた。
白い世界の中、強く抱き締める彼の温もりに包まれて麻衣は果てた。

汗にまみれた身体を互いに抱き締めながら、整わない息のままでキスを交わし続ける。
「……ん……ぅ……法生……」
「麻衣……好きだ……好きなんだ……」
「ん…うれしい……」
「………でも麻衣は、夢の中でも俺のことを好きだとは言ってくれないんだな…」
「え?」
「…いや、お前の気持ちはわかってるし………俺の夢の中でも、やっぱり全部は俺の願望通りにはならないか…」
(…………え?)
少し苦笑しながら口づける滝川の呟いた言葉に、麻衣は強い違和感を覚えた。
「………法生……いや、ぼーさん…………今、何て言った?」
「へ?今…?………ああ、俺の夢の中でも全部俺の思い通りにはならな」
「ちょっと待った!!え!?うそ!?………ぼーさんの、ゆめ!?」
慌てて唇を離し、麻衣は目の前の男に詰め寄る。肩を掴んでガクガクと揺らすと、滝川は困ったように笑う。
「うん。俺のしあわせーな願望まみれ妄想だらけのいやらしーい夢。…………………………………おいちょっと待て。」
麻衣の剣幕に、いやな予感を感じて滝川は笑顔を消した。
「……はい。」

抱き合っていた身体を互いに強張らせ、ふたりはお互いの顔をまじまじと見つめる。
「もしかして」
「………うん。…………あたしも、夢を………ね………」
さすがに抱き締めていた腕を離し、滝川はうつむいて深く深く溜息をついた。
「………待ってくれ……マジかよ……………………………………………………その…いつから?」
「…ちょうど1週間前。先週の木曜日の夜から…」
「ほんっとに最初っから見られてたんですか…」
滝川は頭を抱えて呻いた。麻衣から見ても相当ショックを受けているようだった。
「えぇと…そうなの…? あれが最初?」
「そう最初。あれが初めて。…………えらくいい夢見たなーと思ってたらこんなオチかよ………」
「………いや、あの、えーっと……?」
「あ、やばい」
「へ?」
「ごめん!今のショックで俺の本体の目が覚めちまうみたい!……またあとで続き話す!……本当にごめんっ!!」
「ええええぇぇ!?」
混乱し続けたままの麻衣の目の前で、滝川の身体が薄く透け始めたかと思うと、あっという間に彼の姿は
ふっと白い世界の中に溶けるようにかき消えた。
「…………どうなってるの………?」
何もない真っ白な空間に裸でひとり取り残された麻衣は、呆然と呟いた。
 * * *
そして次の瞬間、目覚めた麻衣は現実世界で布団の中にいた。いつも通りの朝だ。
カーテン越しに朝日が透けて見える。窓の外からは犬の鳴き声や動き始めた世界の朝の音がしている。
けれども麻衣にとってはいつも通りの平和な朝とはいかない。いくわけがない。
ーー世界は、昨夜の夢を境に一変してしまったのだから。

「今のは……本当に…夢、だったの…?」
“限りなく現実的な夢”と呼べるレベルを越えすぎている。
圧倒的にリアルな彼の存在感。そして最後に彼と交わした会話の内容の意味するところは。
「あたし、ぼーさんと…同じ夢を一緒に見てた……?」
この1週間の夢を思い出し、パジャマ姿の麻衣は布団を握りしめたまま火を噴きそうなほどに赤い顔でうつむく。
「………ぼーさんに、…………全部見られた………」
夢でしたこと言ったこと。喘ぎ泣いた声。涙。汗。裸も。自分の身体の隅々まで、あますところなく全部。
…こんないやらしい夢を見たこと自体も。
「……今なら恥ずかしくて死ねる気がする………」
彼は彼自身が見た夢だと言った。けれど自分にも“自分が見ている夢”だという認識があった。

ジリリリリリリリリリリ!!
その時突然けたたましい音が部屋に鳴り響いた。昨夜寝る前に合わせていた目覚まし時計の音だ。
「……とにかく、学校行こう……」
考えたくないことから逃げるように、麻衣は着替えを始めようと布団をめくった。
 * * *
ぼんやりと気が抜けたままその日の授業を終えて学校を出、いつもの惰性の力を借りて何も考えずにひたすら歩いて、
何とかバイト先のSPRまで辿り着くと、事務所前には麻衣が今一番顔を合わせづらい人間が立っていた。
「……よう」
「ぼーさん……」
「……ちょっとお話があるんですが。」
「…あたしにも…ある…」
「じゃあ、場所変えるか。さすがにこの中ではちょっと…な」
「……だね……」

 * * *
「じゃあそのへんに座ってて。今お茶入れるから」
結局たどりついたのは滝川の自宅の一室だった。
落ち着いて話せる場所を求めて、ふたりは最初事務所の近所にある公園に向かったのだが、子供達が楽しく笑い声を
あげて遊びまわるまだ明るい時間帯の公園では、これから話したい話題の内容があまりにもその場に不釣り合いで、
ふたりはどうしても話を切り出すことが出来なかったのだ。
仕方なく、誰にも邪魔されずに落ち着いて話せる場所、ということで彼の自宅まで行くことになった。
…道中は互いに何も話すことが出来ず、非常に気まずいものだったので、滝川から声をかけられて麻衣は少し
ほっとしていた。
思ったよりもシンプルですっきりした部屋だ。麻衣は周囲を見渡してそう思う。
(でも、こういう方がぼーさんには似合うかな。あたしもこういう感じ結構好きだなー………て、何考えてるの)
やはりあんな夢を見てしまった後では妙に意識してしまう。
もう以前のような、兄のように、ときには父親のように思って無邪気にじゃれついていた時には戻れないのかも
しれない、そのことに気付いて麻衣はそれをとても寂しく思った。

「はいどうぞ。コーヒーでいいかな」
「…うん。ありがとう。」
麻衣の重い返事に、コーヒーを出した滝川は全く別の想像をし、慌てて弁解する。
「違うから!ここに連れてきたのは静かに話したかっただけで麻衣にヘンな事するつもりとかじゃないから!」
それを聞いて麻衣も滝川の誤解を解くべく慌てて弁解し返す。
「いやわかってるから!うん!別にぼーさんを警戒とかして緊張してるってわけじゃないから!」
「………いや、あの、改めて。今回の事は全部俺の責任です!本っ当ーに!すみませんでした!!」
床に手をつくと、いきなりガバッっと頭を下げて土下座した滝川に、麻衣は事情を飲み込めず慌てふためいた。
「へ?へ?何なに?何がなの?……とにかく頭上げてあたしにわかるようにちゃんと説明してよー」
仕方なく、滝川は頭を上げて麻衣と向き合うと、苦い口調でゆっくり話し始めた。
「………麻衣は、俺の感情に同調して、俺の夢を一緒に覗いてしまっただけなんだ。麻衣は何も悪くない。」
「同調…」
「感応能力って、わかるか?……超能力のひとつで、一般にはテレパシーって呼ばれてる。たぶん麻衣も本とか映画とか
で見たことがあると思うけど、ESPで道具とか言葉とかを使わずに会話したり、他人の心の中を読んだりする、あれ。」
「うん、聞いたことあるよ…」
「麻衣、おまえさんはその他人の感情を感じ取る力と、それに同調する力が強いんだと思う。何か強く意識や感情が残って
いる場所や人からそれを読み取り、そして夢として具現化する。それがおまえがいつも見ている、あの特殊な“夢”だ。」
「……じゃあ、今度のあの夢は……」
「俺の強い感情を読んで、俺の夢に同調してしまったんだろうな。…しかしえらくリアルな夢だとは思ってたが
まさか本物の麻衣を呼んできて出演させてるとは俺も思ってなかったよ…」
「しゅ、出演って…っ!えっち!このエロオヤジ!!」
「いやまあ、あんなもん見せちまったらどうしたって否定は出来ないな。すまん。」
「………つ、強い感情ってことは、普段からあ、あんなことばっかり考えて…」
「いやそれは違うから!…って違わなくもないけど!………ああもうだからー!」
唐突に滝川は麻衣の腕を強く引いてぎゅっと抱き寄せる。
「…俺は、おまえが好きなんだよ」
「……………!」

突然の告白に、麻衣は何の言葉も発することが出来ない。それどころか、胸を鷲掴みにされたような衝撃で
息をすることも出来ない。そんな麻衣を抱き締めて、滝川は絞り出すように今まで秘めてきた本心を打ち明ける。
「…ずっと、麻衣、おまえのことが好きだった。………おまえは俺をそんなふうに見てないことも知ってるし、
おまえの気持ちも…誰を見てるのかも…知ってる。ちゃんとわかってるから……でも俺は麻衣が…好きなんだ…」
「……ぼーさん……」
「だから、おまえにああいうことしたいっていう気持ちも本当。ずっと、麻衣を俺だけのものにしたいと思ってた。
だから夢の中でそれが叶った時…すごく嬉しくて幸せで、でも虚しくて、おまえにも申し訳なくて、やましくて
この1週間、おまえの顔まともに見られなかった。でもやけにリアルだったからやっぱり幸せで忘れられなくて、
どうしても止められなくて毎晩おまえのことを夢の中で汚して…本当に、すまない…」
「…………」
驚きの方が大きくて、何も考えられない。
ぼーさんが、あたしを、好き? 麻衣の頭の中にあるのはその言葉だけだった。

けれど、固まったまま何も言わない麻衣を見て、違うことを考えた滝川は、深く重い溜息をつくと麻衣から腕を離した。
「……そうだよな。気持ち悪いよな。本当に、ごめんな。………あの夢のことは忘れてくれればいいから。
しばらく、おまえとは顔合わさないようにするから。ていうかもし俺のことが嫌なら、今後は一切SPRには出入りしない。
おまえとは二度と会わない。だから…」
顔ヲ合ワサナイ。SPRニ出入リシナイ。ソウシタラ。
ーーぼーさんと、二度と会えなくなるの?
「………そんなのいや!!そんなの勝手だよ!!」
いやだ。失いたくない。絶対に離れたくない。この優しい声を聞けなくなったら。あの抱き締めてくれる腕を失くして
しまったら。あたしはどうやって生きていけばいい?
決して恋というかたちではなかったが、家族と同じ重さで大事な存在だった滝川法生というかけがえのない人。
麻衣は、どうしても彼を失いたくなかった。
「だめだからねそんなの!あたし別にぼーさんのこと気持ち悪くなんかないよ!どうしたって嫌いになんかなれない!
だってあたしも気持ちよかったもん!すごく幸せだったもん!あんなにあったかくて幸せなこと今まで知らなかったから
ずっとああしていたいって思ってた!ぼーさんのことすごく好きだなあって、だからあたし忘れるなんて出来な…っ」
喪失に怯え必死に言い募る麻衣の言葉を途中で遮ったのは、滝川の抱擁と口づけだった。
「ん…ん…ぅ…」
「麻衣、今の言葉、本当?」
「……ぼー、さん……」
「本当なら、俺は、絶対麻衣から離れていかないよ?」
「……うん…ほん、とう……だから、おねがい……」
麻衣の答えを聞いて、滝川は心を決めた。もう、離さない。
滝川の瞳の中に、仄暗い光が灯る。
「わかった、麻衣。俺は、二度と麻衣から離れない。約束する。もう、麻衣を離さない。」
今しか、ない。
「だから」
麻衣の目を強く見つめて、言う。

「あの夢を、正夢にしよう」


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