闇隠騒動


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◆闇隠騒動(やみがくしそうどう)

第参部から遡ること30年前に東北の山奥の闇隠屋敷で起きた異牙史上類を見ない凄惨な「お家騒動」のこと。
別名「異牙・闇隠の内乱」とも、首謀者の名を取って「闇隠 巳呉の乱」とも呼ばれる。
◆乱のきっかけ
以前より体を病んでいた闇隠宗家第43代当主闇隠 巳門は半年に一度の定例会議にて重大な発表をすると一族郎党に告知した。
それは「病を理由にした自身の隠居」と「後継者の指名」であった。
宗家の屋敷に集った誰もが次の後継者は嫡子で天才の名を欲しいままにしていた闇隠 巳呉か、
次男で分家の当主を務めていた闇隠 巳流か、あるいは三男の闇隠 巳郎のいずれかであろうと予測していたが、
実際に指名されたのは末っ子で当時一歳になったばかりの闇隠 蛇那であった。
初めは動揺していた多くも、結局、巳門の「全員で力を合わせて蛇那と家を導け」との厳命に恭順の意を示した三人の男児達の
態度に説得される形で従うことになり、次の朝には新当主・蛇那を中心にした新しい体制が始まる事が決定的となった。
しかし、蛇那を当主に任命した巳門の真の狙いは嫡子・巳呉への牽制であった。
巳門は以前より巳呉が密かに抱いていた邪な野望に気がついており、
彼を当主にすればいずれは異牙全てを巻き込む大乱を起こすことになると読んでいたのである。
◆巳門の誤算と乱勃発
巳呉の乱心、その報が巳門に齎されたのは日付の変わった深夜であった。
家臣やその家族達を無差別に襲い、虐殺していく暴挙を巳門は自ら成敗に乗り出すことで解決しようとするが、
彼の最大の誤算は信頼していた次男・巳流が密かに巳呉に通じ、彼に加担していたことであった。
巳門の体が弱っていたのも実は前々から巳流が毒を盛っていたからであり、それにより衰え著しかった巳門は
呆気なく隙を突かれて三男・巳郎と共に巳流に惨殺されてしまい、火の手のあがった屋敷と共に燃え尽きるのだった。
◆その後
乱の勃発から二時間と経たずして勝利は巳呉側のものとなった。
下忍衆とその家族二百余名、一族二十余名はそのほぼ全てが犠牲となり、生き延びたのは蛇那と彼女の身辺警護を
事前に命じられ共に上手く逃げのびていた、片腕を失いながらも奇跡的に息があり虎に救出された闇隠 巳虎
そして死体に守られ無傷のまま生存していた女の赤ん坊(後の巳虎の妻)のわずか四名だけであった。
これ以降、異牙発足以来700年以上に渡って圧倒的な組織力と人員を誇り常に異牙をリードしてきた超名門・闇隠家は
とうとうその絶大な権力と発言力を失い、やがてこれまでの立場を暗裏や夜霞に取って代わられることになるのである。