伝説では、クーフーリンは勇敢で慈悲深く、気持ちのいい青年と伝えられている。
戦場では容赦なく敵を倒したクーフーリンだが、信義を重んじ、一度交わした誓いは決して破らない高潔さを持っていた。
ケルトの戦士には“誓約(ゲッシュ)”と呼ばれる、各々の戒めを行う習慣があり、誓約を破った戦士には呪いがかかったという。
クーフーリンはその二つ名の通り、“生涯犬は食べない”という誓約を持っていたが、後に、そういった幾つかの誓約が彼の命を奪う要因になった。
◆
自国アルスターに侵攻してきた敵軍との戦い。
誓約によって国中の戦士が眠ってしまう窮地の中、誓約から逃れたクーフーリンはただ一人で敵軍を食い止めることになった。
敵軍の女王・メイヴは“たった一人の戦士に何ができる”と侮り、意気揚々とアルスターに進軍。
―――だが。
優れた戦車乗りでもあったクーフーリンはこの大軍を一人で撃退する。
厳密には、大軍が通る道を単身で守りきったのである。
幾度となく攻め入るメイヴ軍を撃退するクーフーリン。
アルスター中にかかった眠りの誓約が解けるまで、あと一年。
その一年間のうちにメイヴはアルスターを落とさなければならない。
だがクーフーリンの守りは鉄壁で、誰一人としてクーフーリンを破れなかった。
そんな戦いのおり、クーフーリンは争いの元凶であるメイヴを捕らえるが「女を殺すわけにはいかない」と彼女を釈放した。
女王であるメイヴにとって、それこそ最大の侮辱である。
私的な復讐者と化したメイヴは一計を案じ、実力でクーフーリンを倒すのではなく、誓約を破らせる事で彼の弱体化を狙った。
女王メイヴは「誓約を受け入れるのなら、必要以上にアルスターの領土を荒らさない」とクーフーリンに交渉し、多くの誓約、交渉をクーフーリンに持ちかけた。
……そこには無数の罠があったが、クーフーリンは自らの破滅を承知した上で、女王からの誓約を受けた。
メイヴの誓約は、たしかにアルスターを守るだろう。
だが。その誓約はすべて、クーフーリンを陥れるために働くものだった。
◆
クーフーリンが交わした制約の中でも有名なのは、メイヴと交わした「一日に一人の戦士とのみ戦う」と、旧友フェルグスとの間に交わした「一勝一敗」の、ふたつの誓いである。
数多くの策略の果てに、クーフーリンは己に課した誓約を一つずつ破らされていく。
野戦の最中、羊の肉と騙されて犬の肉を口にし。
友と自国と欧の名誉のため、すべての加護を投げ捨て。
最後には、無二の親友であったフェルグスとさえ戦わされ。
……そうして。完全に力を失った英雄は、防衛の要になる川瀬において、ついに、致命傷となる槍を、その脇腹に受けたのだ。
誇り高いクーフーリンは倒れたまま果てる事をよしとせず、柱に自らの体を縛り付け、絶命するまで戦い続けた。
これが四枝(アトゴウラ)の川瀬。
後に、赤枝の騎士たちに不退転の証とされたルーンである。
|