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 彼は、戦争で多くのものを無くしている。

 それは、地位であり、居場所であり、家族であり、見方を変えれば自分の体も失った。───そして、最愛の人だ。


 スペースノイドの彼は、14で早期に親離れして地球へ降りた。その1年後、15歳で一年戦争を体感し、戦争の影響で両親は他界。ほぼ一文無しの状態を、後にアナハイムの重役となる男に拾われて親代わりに育てられ、その男の意向で連邦軍のモビルスーツパイロットに抜擢。訓練を経て、23歳という若さでティターンズのエースとなる。受領した新兵器「ガブスレイ」を用い、主に対補給艦戦に投入されて戦果をあげた。

 彼の戦果は凄まじく、しかしそれ故の慢心が己を傷付けた。グリプス戦争終結の間近に大けがをしてしまい、長らく病院生活となる。

 その時期に現在の恋人シャハナと出会い交際を始めた。ティターンズはやがて解体されるが、戦時中に残した戦績のおかげで軍再建時に特殊部隊への配属が決まる。

 しかし、彼が再び戦場へ赴いた頃、ティターンズ残党が、恋人が入院している病院のあるコロニーを襲撃し、即座にこれを鎮圧。多数の敵を一人で退け、同時に自機も中破・死亡扱いとなる。いち早くかけつけたアナハイム重役の知り合いの医者の勧めと本人の望みにより大手術を受け、彼は身体の70パーセントを機械化した。彼はその名をファントム《亡霊》と改め、秘密裏に特殊部隊に復帰。そのころから、彼は四六時中ヘルメットをつけることで顔を隠し始めた。

 特殊部隊に戻ってからは本部の不祥事が続き、ついに部隊を煽動。多くの同志を連れ、連邦軍から離反する。



 ファントムは、特殊部隊で使用している巨大な格納庫に居た。いつものヘルメットに加え、ノーマルスーツも着用している。目と鼻の先にある巨大なハッチの先に、漆黒の宇宙が広がっているからだ。巨大な衛星に繋がっている通路付近では、血しぶきが周囲に舞っているモビルスーツデッキの常駐兵が漂っていた。

 デッキの内部には何機かのモビルスーツが鎮座・待機しており、既にOSを立ち上げ稼働しているものもあった。

 彼らが行っているのは、物資の搬入だ。今日、彼らは連邦に謀反する。三つ並ぶ大型コンテナにそれぞれ機材や人員を可能な限り詰め込み、モビルスーツで護衛しながらひっそりと離脱する。陽動部隊を出しているが、何の障害もなく離脱できるとは、彼も思っていない。

「コンテナ1、物資搬入完了しました」

 非戦闘員の下っ端の男が耳打ちした。彼は静かに頷き、人づてに指示を出す。通信傍受対策だ。

「サカキ、アビアティックはそのままモビルスーツで待機と伝えろ。俺がモビルスーツに乗り込んだタイミングでハッチオープン。コンテナを出す。仕事を終えた者はコンテナ3へ入れ。あと5分でここを出るぞ」

「了解しました」

 男が二、三人の別の人員にそれを伝え、彼らはそれぞれの担当の人間に報告に向かう。

「コンテナ2、機材持ち込み完了」

「わかった。コンテナ3へ向かえ」

 直後、ハッチが開いた。

「バカ、まだ早い!」

 彼は叫ぶが、もう遅い。準備が完了したと錯覚した人員たちは、すかさずコンテナ1と2を漆黒の空を射出した。

「チッ……くそ!」

 彼はやむなく無線を出し、モビルスーツで待機する二人に直接指示を出した。

「サカキは第一コンテナ、アビアティックは第二コンテナを追え!」

 返答を聞かずに通信を切る。彼は周囲の人間に「全員コンテナ3へ入れ。すぐに出る」と伝え皆を急かした。下っ端が慌ただしく動き出したのを確認すると、彼も急いでモビルスーツへ向かう。

 赤と黒に塗装された機体。RX-110ガブスレイ……の、個人改造機だ。

 素早くコクピットに身体を滑り込ませ、待機状態にしていたシステムを起動する。

 コンテナ3に全員が収容されたことを確認し、彼はリニアカタパルトに固定されたコンテナを射出させた。同時にガブスレイのスラスターを起動。淡い光を出しながら、黒と赤が格納庫から脱出した。


 宇宙基地から離脱して数分。本部のおおよそのレーダー範囲外に逃げおおせたことを確認し、彼はようやく無線を復帰させた。

「全員、無事だな?」

『アビアティック。問題ねえよ』

『こちらサカキ。異常なし』

「索敵を怠るなよ。追撃を受ける確率は捨てきれん。ジェネレータ出力とスラスターの使用は最低限に。熱源はできるだけ無くせ。無線もだ」

『言ったそばから、敵さんがおいでなすったぜ。数は2、どうする?』

 アビアティックが吐き捨てるように言った。ファントムは手元のトリガを操作してデータを閲覧しつつ、

「少し早いな。……仕方あるまい。コンテナの防衛をしつつ、二人で一機を頼む。増援は呼ばせるな、速攻でやれ」

『あんたはどうすんだ』

 素っ気ない返しをするアビアティック。

「防衛も攻撃も、同時にやるさ」

 踵を返し、彼は慣性の法則で運動を続けるコンテナを止めた。

 レーダーで敵機の座標を再確認し、フェダーインライフルを構える。

「RGM-89……シナムと同じ新型か」

 距離は500程度。背後には人員を乗せたコンテナがある。

「……やるなら、速効」

 彼は決意し、照準してトリガーを引いた。

 漆黒な宇宙空間の中を、黄色い雷光が迸った。しかし、『ジェガン』はシールドを傾斜した形で構えてそれを難なく受け流し、更に加速して距離は一気に縮まる。

「チッ!」

『落ちろ!』

 繋がった無線から、男の声が響く。まだ大人になりきっていない若い声で、それは、ファントム自身の青年期を彷彿とさせていた。

「……、」

 ブーストペダルフルスロットル。彼は足に力を込めて上昇。半円を描くような機動をしながら、両肩のメガ粒子砲を交互に発射して牽制した。コンテナへの進路を阻み、ジェガンも上昇してビームライフルを構え直す。

 ほぼ反射的に機体を回転させつつ右にそれた。一瞬遅く桃色の蛍光色のビームが通り過ぎ、思わず冷や汗をかく。ペダルを踏み込んで、ガブスレイは一気に距離を縮めた。

 ジェガンは頭部バルカンでそれを迎撃しつつ、ビームライフルを宙に放ってビームサーベルを展開した。

 クロスレンジ。

『この、裏切り者ォ!』

「……、」

 袈裟切りの要領で振われた刃は、しかし虚空を切り裂いた。

 ガブスレイが両腕を前方に突き出し、その両腕部の外側と内側にそれぞれ備えられた、MA形態用のブースターを最大噴射しm最後の最後で距離を取ったのだ。

「まだまだ若いな」

 ファントムは左足のクローアームでジェガンのマニュピレータを即座に破壊し、宙に振われたビームサーベルを左手で握りそのままジェガンの右腕部を肩部から両断した。

「育てば光る重要な人材だった」

 彼はレバーを大きく動かし、ビームサーベルを胸部に突き刺した。融解していく装甲を両足のクローで蹴り飛ばし、動かなくなったジェガンに両肩のメガ粒子砲を放った。

 二本の閃光が、宇宙に大きな花火を作りあげた。

「……こちらファントム。そちらも終わったか?」

 回線の先はアビアティックとサカキのペアだ。

 一言二言を話した後、彼は通信を切って放置したコンテナのほうへ向かう。

 彼は先ほどのエースと思しき若い青年を思いながら、こう零した。


「……相手が悪かったな。俺のときは、こうではなかった」





 2

 『宝探し』の内容を皆に話して、一先ず彼は一息ついていた。

 アビアティックが出ていくのは、まぁ仕方があるまい。彼はこういうことをする人間ではないのだ。

「……さて、俺も行くか」

 誰もいない事務室でコーヒーを飲み干すと、彼はソファの隣に置いていたフルフェイスのヘルメットを装着する。

 それが彼の仮面(ペルソナ);。

 『亡霊』として生まれ変わった、彼の生き方だ。

 立ち上がったその瞬間、コンコン、と事務所の扉がノックされた。

『……、どうぞ?』

 ファントムは訝しげに扉を見た。『任務』が終わるにしては早すぎるし、下部組織の人員は全員出払っている。どこへ行ったのやらわからないアビアティックはノックをしないはずだ。

 事務所の扉を開き、来訪者が現れる。

 茶色いトレンチコートに黒い帽子。両手には手袋。それら妙に着こなすその男は、漫画の中から出てきたのかというような風貌だった。右頬には小さな傷があり、軍人の本職であるファントムよりも細いが、それでいて弱弱しさを感じさせていない。

『誰だ?』

 ファントムは淡々と問う。男は軽い調子で、

「俺はヨハン。あんただよな、近くの喫茶店のマスターが言ってたヤツはさぁ」

『マスターが?』

「協力するよ。あんたらの部隊にな」

 ヘルメットをしていて顔も表情も解らないというのに、ヨハンと名乗った男はフレンドリーに話しかけた。そんな急な申し出に、ファントムは豆鉄砲を食らったような顔になる。ヘルメットのせいで見えないが。

『協力、ね……。あなたは、どんな仕事を?』

 声色から警戒心を見抜いて、ヨハンはニカリと笑いながらこう返した。

「医者をやっている。見たところ、あんたらには優秀な医者の一人もいないみてぇだしな」

『……、そうだな。マスターの推薦とあらば。しかしいいのか?我々の存在を知っている、ということは、その聞いているはずだ』

「連邦に一泡吹かせたい、だったか?いいんだよ別に。俺も昔軍人でな。連邦にはちょっと嫌な思い出があるわけだ」

 たったそれだけでは、しかし彼は納得できなかった。

『……。どうやってあなたを信じればいい?』

 ヨハンは軽く笑いながら、

「連邦に痛手を与えるための手段。その『組織』の情報をやるよ」

『?』

 疑問符を浮かべるファントムの前に、彼は一枚の写真を取り出した。

『……、これが、その「組織」の拠点か』

 映し出されているそれを見て、彼は呟くように言う。真黒な宇宙にぽつりと、スペースコロニーだけが存在した。一見どこにでもありそうなサイドの一角。しかし、所々には軍事産業を思わせる宇宙港や、戦闘の跡と思しき外壁への損傷が見られた。どうにも平和そうなコロニーではない。

 ヨハンはファントムの質問を無視して続けた。

「『組織』を相手にするには、少々骨が折れるぞ。これもそうだが、保有するモビルスーツは裏取引だので寄せ集められた、軍のトップシークレットなモンばかりらしい」

『あなたは……、これを、どこで?』

 再び問われたヨハンは写真を胸ポケットにしまいながら、

「……自慢じゃないが、俺は結構腕のある医者でな。専門は脳外科なんだが……。まぁそのせいで、軍部で重宝されて、裏の事件に触れる機会も多かった。こういう情報網は、その副産物さ」

『……』

「さて、まぁ結局、情報なんてのも信じる信じないは個人に委ねられちまうが……今は無理に信じる必要もねぇさ。信頼は実績で手に入れる。俺は訳あってモビルスーツにゃ乗れねえが、肉体労働が必要な場合は使える人材だと思うぜ?」

 彼は言いながら、左腕の袖をまくって手袋を外した。そこから覗いたのは、

『……機械義手、か』

「機械の出力で重さはあんまり感じねぇが、人工神経で触覚もある。脊髄に直結しているから思考から稼働のプロセスは生身とほぼ同じだ。昔は俺も軍に居たから、そこらの歩兵よりは動けるぜ」

 適当にガショガショと腕を稼働させながら、彼は自慢するように言った。医者が義手を使うというのは珍しい話だった。しかし見る限り、ほぼ生身と同じような自由度で稼働できていた。小指と薬指の動きがある程度連動しているところをみると、その再現性は理解できた。

 ヨハンはニカリと笑いながら、その左手でポケットから一枚のメモを取り出し、ファントムに手渡した。

「俺の連絡先だ。他の奴らが集まったら呼んでくれ。よろしく頼むぜ、リーダーさんよ」