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ss2-05 神速──12 Second “Zeus”──(後)

───殺すっていうのは、救いにも成り得るのかな。

今はもう居ない“過去”の少女。幾度もの実験を繰り返し、分解し、作り出された彼女。

あの日、1度目の失敗作。コアの回収に出向いて、回収寸前に俯いた彼女。

彼女が、そう言った。


「あん?」

仰向けに倒れ、ブレードを向けられている彼女。

「私は、何も解らない。自分が何のために生まれたのか、自分がなぜ、あなたと戦っているのかも」

「……」

「でも、何も無い、もとから存在していたのかどうかも怪しい私が生き残るより、あなたが生き残る方が有意義なことなのかもしれない」

「意味がわからねぇな」

「…ねえ、私を救ってよ。その剣で私を貫いて、私を解き放って」

そう言った彼女の笑顔が、わからない。





最速の二人。他のすべてを、雨粒一つの落下速度すら追随を許さぬ速度で攻防がくり広がっている。

唯一ある高台に幾つもの流れ弾と刃の痕が散在し、更に焦げ跡のような黒が幾つも刻まれている。

双方が早すぎて、互いに互いを認識できない。あるものはアイセンサーの残像と、鋼鉄の雨と薙ぎ払われる刃。

降り注ぐ雨が海に沈むまで、互に何百メートルもの距離を駆け、神速の攻防をひたすらに続けていた。


一瞬の駆け引きの中、二人は戦いにのみ全神経を集中させていた。最早裏切りのことなど二人の頭にはなかった。

そんな中で、夜鴉が言葉を零した。

「もう、モルモットとして生きていくのはお断りだ──ッ」

望んで生まれたわけではなかったのに。

一瞬だが、それでも認識することの出来た声。

「“俺”は俺の物だ。誰にも渡さない──ッ」

“コイツ”は、アストラエアや、あるいはアルテミスとは真逆だった。

自分の存在意義を見いだせず、ただ機械的に作業をこなす、それこそ本当の意味での「ロボット」と何ら変わらなかった。


──殺すっていうのは、救いにもなり得るのかな。


(……)

今、楽にしてやる。

決断した。


ヴァンガードは、自らの軛(くびき)を取り除く。届くエラー信号を全てパスした。コードは、彼女たちが知っている。

リミッター解除/code:zeus.


双眼が、割れる。

禍々しい紅の四眼となった瞬間、AURAが起動する。

──目標ノ殲滅ヲ最優先トスル。

頭に声が響く。

このことだったか、と思いつつ、ヴァンガードは、他を圧倒する、死の加速を始めた。



「なッ…!?」


一秒。

消えた。

オレンジ色の光が放たれると同時に、ヴァンガードが消えた。

身体を振り回しながら探すと、異様な光景が視界に入った。

複数、居る。

「残像、だと…?」


二秒。

もはや“速い”という言葉で形容するには足りない程のスピード。

限界を越えた、それこそ“神速”で、ヴァンガードは駆けまわる。

その軌跡に、様々な思いを馳せながら。


三秒。

速さには限界がある。それは物理的な問題ではなく認識能力の問題だ。観測されなかったモノはこの世のモノとは成り得ない。

だが──その限界を超えることを可能とするのが、例の“装置”だった。

死を数える十二秒。限界を超えた極限の世界を、ヴァンガードは垣間見ていた。


四秒。

旋回と同時に、左手の銃を投げ捨てた。

念じると同時に、頭に声が響く。

≪攻撃兵装、アトラデス展開…完了≫

両手で紫の光を放出する剣を握りながら加速を続ける。


五秒。

今のヴァンガードには、あらゆるものが"ゆっくり"と見えていた。

確かに速度には限界がある。高速で飛翔する物体のディティール等を目視で捉えられないように、彼らの反射速度では限界が出てくるのだ。

だが、ヴァンガードは違った。

頭部知覚分野の強引なリミッター解除。それによって、身体の動きをより早く、より速く動くことができる。

その負荷を受け入れるのも、例の“装置”の役目であった。


六秒。

二刀を構えたヴァンガードが、飛翔する。

「チィッ!」

ガトリングを構える夜鴉。しかし、その瞬間に両腕が消失していた。

遅れてきた、風を切るような轟音。そして、尋常ではない喪失感と痛み。


七秒。

橙・紅・紫の3つの色が一瞬で現れ消えて行った。それすら認識することができず、コアを展開する。

誘導レーザー。

機体を回転させながら、4本の光状レーザーを放つ。

綺麗な弧を描いて、ヴァンガードが"居た"場所を貫く。

それはやはり残像であり、夜鴉は内心舌打ちをする。


八秒。

速さという速さを超越した「神速」の中、ヴァンガードは確かに、ナイトレーヴェンへ追いついていた。


九秒。

ナイトレーヴェンは絶句していた。
自らの"最速"が、それを上回る"最速"によって凌駕されている。

(……)

顔を歪めながら、夢中で身体を振り回す。


先程からちらつく残像は、夜鴉の視覚能力低下によるもの。

ラインアイを1本失った夜鴉のセンサーが、速すぎる動きを終えていないのだ。


十秒。

「……貴様は」

不意に、夜鴉が呟く。

降り頻る雨の音が、その言葉をかき消す。が、ヴァンガードはその言葉を捉えていた。

「何故、そこまで──」

速いのか。


十一秒。

疑問を口にする前に、男のそれが遮る。




「───遅ェよ」



斬撃。


紫の光を放つ二刀が、X字に振り下ろされる。

防御態勢に移ろうとする。しかし、両腕を喪失している夜鴉には、回避することすら出来ない。

一瞬の相対の中、空中分解された。

「がッ…」


僅か、十二秒。

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」

雨と共に落ちていく、ナイトレーヴェン。自らの誇る最速を打ち砕かれ、死を遂げた。


ヴァンガードが、力無く着地する。

僅か十二秒という、短い攻防戦。しかし、研ぎ澄まされた神経が、それを何十倍もの長さに錯覚させる。

膝をついて崩れ、海を挟んで正反対側の陸地に居るアビアティックが声をかけてくる。

「無事に終わったよォだな。まるで見えなかったが」

「……」

ヴァンガードは静かに、アビアティックに刃を向ける。

「何のつもりだ?"強者"は生まれた。二人もだ。お前の念願は叶っただろうが」

ヴァンガードの"目的"。

強者の傍で、自らをナンバー2に据えて活動すること。

「……。一度"力"を見ちまった奴は、もう後戻りなんて出来ねえ。だからアンタも、総帥を狙ったんだろう」

「……」

「だが、アンタは負けた。俺の願いが込められた"強者"は、消えてしまった」

「しかし今この瞬間に誕生した。それでいいだろォが」

「だが───だがな、アビアティック」



───最強の獅子に、頭は二つも必要ない。


「ハッ」


気付かないうちに、アビアティックは笑っていた。

「そういうことかよ」

そして、呟く。

「だが、テメェは力を履き違えてる。力は所詮“力”だ」

蝶のような光を出しながら、アビアティックが飛び立つ。

「銃も剣もただの道具だ。それだけでは何の意味も持たない」

目を細め、呼吸を整えてから、アビアティックは続ける。

「俺の力は俺の物。お前の力はお前だけの物だ。お前の力を使うのはお前以外には居ねぇ」

「だからどうした。言葉は要らねえ、死にたくなけりゃ、その力で俺を封じて見せろ!」

ヴァンガードも、酷使した身体に鞭を打って立ちあがり、見上げる。

雨の止んだ空。夜鴉を墓標とする相対、二人は──。



音もなく、動き出した。