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 導入  動機は復讐心だった。  様々なコードとその先の巨大な機械に繋がれた試験管型の培養基の中で、私は生まれた。成長促進剤を投与され、生まれたばかりの私の脳に、無数の情報が入力、蓄積される。  幼い身体は日を跨ぐごとに通常の数倍で成長し身体年齢が二十歳を越えた頃、私は「完成」した。  地球連邦軍が開発した、殺戮人間。一年戦争で得られた様々なノウハウ、MSを利用した戦闘技術、知識が私の脳に詰め込まれ、自我を与えられた私は、暗闇の強化人間として、ある主の強迫観念に迫られながら訓練に励む。  やることはただ一つ。かの一年戦争の英雄、「アムロ・レイ」の戦闘データが入力されたシミュレーション形式の模擬戦闘だ。与えられた様々なモビルスーツを使いこなし、アムロ・レイのガンダムを撃破するという目標だ。4年ほど訓練漬けの生活を続け、宇宙世紀0087年頃。私はティターンズ・テスト・チームに配属される。  ティターンズ・テスト・チーム(T3部隊)とは、有り体に言えば兵器の試験(運用・戦術考案・効果検証)を行う部隊だ。ティターンズは権力拡大の為に強大な戦力を必要とし、ティターンズ専用の新型兵器を極秘裏に開発・テストする専門の部隊が必要となる。それがT3部隊である。エリート組織の輝かしい名声とは裏腹に、過酷な任務の連続であり、信頼性の低いテストパーツでの実戦を、私たちは強いられてきた。  誰もが知っている通り、グリプス戦役に於いてティターンズは壊滅した。共に同テストチームも解散され、私は上層部の命により異動することとなる。今現在、「ドルグ」という名の集団、元、連邦軍の特殊連合部隊の一隊である。  形式的には、T3部隊と根本的な違いはない。ここでは、複数の特殊部隊が合同し、互いに競い合うことで、意欲的に訓練やテストに赴くためのシステムが構築されている。しかし、上層部のミス(今になって解ったことだが、これは人為的なものであったらしい)により、我々の部隊だけその任を降ろされ、一時期は実質的な幽霊部隊となり果てた。それをよしとしない人間たちが集まり、少数で部隊離脱を決めたのである。  私は連邦軍の「犬」だった。当時はそれを好機として見ることはなく、同部隊所属の仲間より、上層部の命令を絶対として考えていた。  そんな私に与えられたのが、部隊離脱を謀る者たちの追撃任務である。    ORX-005、ギャプランTR-5。コードネーム、《フライルー》。  薄暗いコクピットの中。静寂を破るジェネレータの稼働音が、私が今、存在している事実をやっと認識させる。  深呼吸し、気を落ち着かせる。訓練の日々の光景がフラッシュバックするが、突然開いた通信回線が、その記憶を蹴った。 『君の任務は、モビルスーツを無許可で運用し逃走した裏切り者の排除だ』  モビルアーマー形態で固定された、真っ黒に塗装されたフライルーの推進器が、いまかいまかとその出力を待っている。バーニアはそれぞれ薄い光を放出しており、今すぐにでも飛び出せそうであった。 『時間だ。固定アームの解除コードを送る』  私は管制官の指示に従い、端末に機体を固定するアームの解除コードを入力する。電子音のあとに、ガシャン、と機体を固定していた数基のアームが装甲から離れ、折り畳まれてドッグ内へ格納されていく。  最終チェック。ジェネレータ出力安定。各計器数値が正常であることを確認する。全システム、オールグリーン。 「────レイル・ナルド出撃する」  私は操縦桿を握り、ペダルを踏み込んだ。数舜後には加速し、漆黒の宇宙を、黒が駆ける。  流れゆく景色は何光年も先の星々の煌めき。そして、機体の周囲を漂う多くの隕石。そのすべてを後方に置き去って、愛機《フライルー》は更に加速する。 「敵機補足」  事前の情報通り。デブリ群の陰に、味方との合流を待つ3機のモビルスーツを確認する。 『各機、指定ポイントで待機。ジェネレータの出力は最低限に、周囲の索敵も怠るなよ』  アイザック=シナムと呼ばれる男の声が、周囲のモビルスーツのコクピット内に響く。 『……高速で接近する機影を確認。データ認証、レイル中尉の機体か!』  通信を傍受した。私の接近に歓喜するそれらは、恐らく私が離脱組の仲間として合流に来たのだと考えたのだろう。 「ふん」  鼻を鳴らし、私は変形コマンドを送る。前進を続けたまま、全高25メートルに及ぶこの機体が蠢いた。識別信号切り替え。レーダ上の青点が赤に切り替わると同時に、右腕に携えたライフルを前方に突き出す。  ロック、トリガー。  長砲身のロングブレードライフルから、圧縮されたメガ粒子が射出された。「敵信号」と認識した3機は流石特殊部隊とも言うべきか、ライフルの射撃よりも前に散らばった。  高速で放たれたビームは隕石を容易に焼いた。直後、隕石の裏からマズルフラッシュが閃光した。  背面に伸びたテールバーニアスタビライザーが蒼い爆炎を放出し、重い機体を上方に無理矢理回避させた。  ドガガガガ!!、とマシンガンがフライルーを追った。しかしその弾道は直線ではない。機体の周りが狙われた、牽制ないし威嚇だ。 『なんのつもりだ?レイル中尉』  再び通信回線。私は応答し、疑問を投げ返す。 「シナム中尉か。貴様たちこそなんのつもりだ」 『あなたは何も感じないのですか? あの部隊の存在意義は、もう無いんですよ』  女の声。部隊内でも数少ない女性パイロットの女は、自らが部隊の意義を否定した。しかし、それは私も肯定せざるを得ない。当時の連邦、否、この頃の連邦は、まさに腐っていたのだ。 「アールトネン・ヘカート。確かに、あの部隊にはもう欠片も意味がないだろう。もうじき解体され、配備された機体も別の戦場へ行く」 「だがどうだ?あろうことか、貴様たちは無断でモビルスーツを出撃させた。……軍法会議ものだぞ」  言葉の割には無感情で、私は言った。私の役目は、そんなものばかりだ。所詮は上層部の代弁者。特殊部隊に身を置きながらも、『裁き』を下すだけの、関係の無いような任務も届く。 『オレたちはもうあんな場所には居られない。邪魔するんなら、仲間のあんたでも撃つ覚悟だ』 「貴様が私に勝てるとでも?ジーン軍曹」 『ッッ!』  一触即発。軽い挑発に乗った新米兵の機体は、エゥーゴで利用されていたネモだ。  身を隠していた隕石の裏から、一気に加速して来る緑。私は冷静に様子を伺い、一瞬で呼吸を整えた。  ジーン軍曹の機体、ネモが持つブルパップマシンガンが、マズルフラッシュを焚きながら震えた。連続で放たれる鋼鉄の雨を、上昇して簡単に交わす。 『待て、ジーン軍曹!』  仲間の制止を振り切って。前方のネモは排莢を装甲に掠めるような無茶な挙動をしながら、さらに接近を続ける。私は機体を左右に振りながら微速後退、相対速度の差は大きい。もうじきその距離は、100を切る。  クロスレンジだった。ネモがビームサーベルを引き抜くよりも速く。私はフライルーの背面のスラスターをフルスロットルさせた。強烈なGがかかり歯噛みする。何度も経験し慣れたといえども、身体が圧迫されるという不快感には変わりは無い。《フライルー》は弾かれたように前に急加速。ネモはマシンガンを投げ捨て、ビームサーベルの柄を握るが、  刹那の相対。莫大な熱量を持った銃剣のような形状の刃を、横薙ぎの要領で振り切る。ヒートブレードは腹部装甲をいとも簡単に切り裂き、腰部のフレームごと両断した。 『なッ……!』  姿勢制御、急制動し180°ターン。ロングブレードライフルの銃口が、上下に分断されたネモの上半身を捉えた。 「甘いぞ、新米」  軸をずらして一射。刃の無いビームサーベルの柄を握った右腕が吹き飛んだ。 『ま、待ってくれよ、おい!』  かろうじて爆発はしていない。為すすべもなく漂うネモ。 「大人しくしていろ。……貴様たちも出てこい、力技でなければ言うことを聞かん馬鹿でもあるまい」 『クッ!』  隕石の陰から顔を見せる機影。彼女のジムⅢだ。 『よせ、アールトネン准尉』  アイザック=シナムは、今にも飛び出しそうなジムⅢを止める。 「機体から降りて情報を吐け。あの馬鹿のような行動を取ればどうなるかは、分かるな?」  静寂した宇宙。少しの間があって、シナム中尉が沈黙を破った。 『先ほども彼女が言ったが。あなたはあの部隊に居て、なんとも思わないのか?』 「解答した通りだ。モビルスーツも人員も別の部署へ異動するのみ。どこに不満がある?」  少なくとも当時の私はそう考えていた。 『私たちには、部隊としての誇りがあった!上層部の軽率なミスで部隊が解散だなんて、納得できるはずがない!』  戦争のために造られた身体。与えられた自我はしかし、明確な、それでいて透明の『首輪』に抗えないでいた。そう思いこんでいた。 「納得がいくかいかないかの話ではない」 『ッ……!』  そうして交渉を進めようとしたとき。  フライルーのレーダーが、別の機影を捉えた。 『モビルスーツの機影、シナム中尉!』  ジーンが叫ぶが、対するシナムは黙ったままだ。 『シナム中尉?』  不審に思ったアールトネン准尉も声をかけてみるが、返事はない。  通信機の故障だろうかと思ったが、その考えは直後に否定される。 『三機──。「敵」だ』 『!』  アイザック=シナムの言葉をトリガーに、隕石に隠れていた二人は散らばった。私はレーダーを見ながら、不審な点に気づく。  赤点。敵性信号。  私はカメラを望遠モードにして機体を視認する。新鋭機ジェガンを筆頭に、ジムⅢ二機、計三機の編隊のようだった。 『もう逃げられんぞ、裏切り者ども』  追撃部隊と思しき三機が、この宙域に居たネモを除く三機へと別れた。こちらに来るのは、隊長機であろう、RGM-89ジェガン。シナム准尉の乗機と同じだ。 「私もまとめて潰すつもりか」 『この宙域の「敵」を撃破するように言われている。……貴重なギャプランの試作機だ。降りるなら命までは奪わん』  命までは奪わん、だと。  私は、連邦軍の都合によって作られて、実験に使い古されて。要らなくなければ捨てると、そういうことか。 「……面白い!」  操縦桿を強く握り、フライルーを変形させる。変形完了と同時にブーストペダルを限界まで踏み込んだ。急加速のG。前方500メートルの距離に、ジェガン。  ミノフスキー粒子の存在から、モビルスーツの戦闘とは有視界戦闘が基本となる。さらに接近。  両翼となるムーバブル・シールド・バインダーの先端に備えられた二門のビームキャノンを起動。トリガー。  ビシュゥ、と青いビームが一直線に向かう。敵機のジェガンは構えたシールドで防御。表面が融解し、クレーターにも似たへこみを二つ作った。  距離200、全高25メートルの巨体が、薄い緑のジェガンへ襲いかかった。 『速いが、被弾面積が台無しだな!』  迫り来るビームガン。回避の代わりに、変形コマンド。  開いた両腕が前に突き出され、シールドバインダーがビームガンを弾いた。変形中にはとてもできない無茶な挙動をなんとかやってのけた愛機に感動しつつ、左腕にビームサーベルを構える。 『チィ、そんなことが!』  ジェガンの男は、牽制のつもりの一射をもろともせず、更に加速するフライルーに動揺しているようだった。しかし流石は新型に乗るほどの腕ということか、すぐに切り替え、同じくビームサーベルを構えた。  一閃。  青とピンクが混じりあい、強烈な閃光と音が響く。Iフィールドによって保護されたメガ粒子の刃が相互作用し、スパークを生み出していた。  私は先に動いた。  ビームサーベルの出力をカット。機械の力によって釣り合っていたジェガンの右腕はそのまま振り下ろされる。先読みができたなら話は簡単で、巨大な体躯を反らし、ビームサーベルを避けた。 『!?』  大きく振り下ろして隙だらけになるジェガン。右腕に構えるロングブレードライフルのヒートブレードに熱変換したエネルギーが行き渡り、刀身は赤く発光する。  ビームサーベルの横薙が来る前に、私は右腕を振り下ろした。  袈裟切りの要領で、肩口から腰までをばっさりと両断した。 「これが、連邦のやり方か……不安因子はすべて潰す。『レイル・ナルドも離脱しようとしていた』とでっちあげて……!」  最初からわかっていたはずだった。  そう、最初から。  私自身が、連邦によって無理矢理造られた存在なのだから。 「……」  周囲を見渡すと、もう戦闘の様子はない。あの二人も無事に撃退したようだ。  私は通信回線を開き呼びかける。 「シナム准尉、アールトネン准尉」 「私も行こう。今更だが、私が間違っていたようだな」  私は決心した。  そうして、燃え&ruby(たぎ){滾}始めた復讐心を胸に、私は新生ドルグ部隊へと異動することとなる。
 導入  動機は復讐心だった。  様々なコードとその先の巨大な機械に繋がれた試験管型の培養基の中で、私は生まれた。成長促進剤を投与され、生まれたばかりの私の脳に、無数の情報が入力、蓄積される。  幼い身体は日を跨ぐごとに通常の数倍で成長し、身体年齢が二十歳を越えた頃、私は「完成」した。  地球連邦軍が開発した、殺戮人間。一年戦争で得られた様々なノウハウ、MSを利用した戦闘技術、知識が私の脳に詰め込まれ、自我を与えられた私は、暗闇の強化人間として、ある種の強迫観念に迫られながら訓練に励む。  やることはただ一つ。かの一年戦争の英雄、「アムロ・レイ」の戦闘データが入力されたシミュレーション形式の模擬戦闘だ。与えられた様々なモビルスーツを使いこなし、アムロ・レイのガンダムを撃破するという目標だ。4年ほど訓練漬けの生活を続け、宇宙世紀0087年頃。私はティターンズ・テスト・チームに配属される。  ティターンズ・テスト・チーム(T3部隊)とは、有り体に言えば兵器の試験(運用・戦術考案・効果検証)を行う部隊だ。ティターンズは権力拡大の為に強大な戦力を必要とし、ティターンズ専用の新型兵器を極秘裏に開発・テストする専門の部隊が必要となる。それがT3部隊である。エリート組織の輝かしい名声とは裏腹に、過酷な任務の連続であり、信頼性の低いテストパーツでの実戦を、私たちは強いられてきた。  誰もが知っている通り、グリプス戦役に於いてティターンズは壊滅した。共に同テストチームも解散され、私は上層部の命により異動することとなる。今現在、「ドルグ」という名の集団、元、連邦軍の特殊連合部隊の一隊である。  形式的には、T3部隊と根本的な違いはない。ここでは、複数の特殊部隊が合同し、互いに競い合うことで、意欲的に訓練やテストに赴くためのシステムが構築されている。しかし、上層部のミス(今になって解ったことだが、これは人為的なものであったらしい)により、我々の部隊だけその任を降ろされ、一時期は実質的な幽霊部隊となり果てた。それをよしとしない人間たちが集まり、少数で部隊離脱を決めたのである。  私は連邦軍の「犬」だった。当時はそれを好機として見ることはなく、同部隊所属の仲間より、上層部の命令を絶対として考えていた。  そんな私に与えられたのが、部隊離脱を謀る者たちの追撃任務である。    ORX-005、ギャプランTR-5。コードネーム、《フライルー》。  薄暗いコクピットの中。静寂を破るジェネレータの稼働音が、私が今、存在している事実をやっと認識させる。  深呼吸し、気を落ち着かせる。訓練の日々の光景がフラッシュバックするが、突然開いた通信回線が、その記憶を蹴った。 『君の任務は、モビルスーツを無許可で運用し逃走した裏切り者の排除だ』  モビルアーマー形態で固定された、真っ黒に塗装されたフライルーの推進器が、いまかいまかとその出力を待っている。バーニアはそれぞれ薄い光を放出しており、今すぐにでも飛び出せそうであった。 『時間だ。固定アームの解除コードを送る』  私は管制官の指示に従い、端末に機体を固定するアームの解除コードを入力する。電子音のあとに、ガシャン、と機体を固定していた数基のアームが装甲から離れ、折り畳まれてドッグ内へ格納されていく。  最終チェック。ジェネレータ出力安定。各計器数値が正常であることを確認する。全システム、オールグリーン。 「────レイル・ナルド出撃する」  私は操縦桿を握り、ペダルを踏み込んだ。数舜後には加速し、漆黒の宇宙を、黒が駆ける。  流れゆく景色は何光年も先の星々の煌めき。そして、機体の周囲を漂う多くの隕石。そのすべてを後方に置き去って、愛機《フライルー》は更に加速する。 「敵機補足」  事前の情報通り。デブリ群の陰に、味方との合流を待つ3機のモビルスーツを確認する。 『各機、指定ポイントで待機。ジェネレータの出力は最低限に、周囲の索敵も怠るなよ』  アイザック=シナムと呼ばれる男の声が、周囲のモビルスーツのコクピット内に響く。 『……高速で接近する機影を確認。データ認証、レイル中尉の機体か!』  通信を傍受した。私の接近に歓喜するそれらは、恐らく私が離脱組の仲間として合流に来たのだと考えたのだろう。 「ふん」  鼻を鳴らし、私は変形コマンドを送る。前進を続けたまま、全高25メートルに及ぶこの機体が蠢いた。識別信号切り替え。レーダ上の青点が赤に切り替わると同時に、右腕に携えたライフルを前方に突き出す。  ロック、トリガー。  長砲身のロングブレードライフルから、圧縮されたメガ粒子が射出された。「敵信号」と認識した3機は流石特殊部隊とも言うべきか、ライフルの射撃よりも前に散らばった。  高速で放たれたビームは隕石を容易に焼いた。直後、隕石の裏からマズルフラッシュが閃光した。  背面に伸びたテールバーニアスタビライザーが蒼い爆炎を放出し、重い機体を上方に無理矢理回避させた。  ドガガガガ!!、とマシンガンがフライルーを追った。しかしその弾道は直線ではない。機体の周りが狙われた、牽制ないし威嚇だ。 『なんのつもりだ?レイル中尉』  再び通信回線。私は応答し、疑問を投げ返す。 「シナム中尉か。貴様たちこそなんのつもりだ」 『あなたは何も感じないのですか? あの部隊の存在意義は、もう無いんですよ』  女の声。部隊内でも数少ない女性パイロットの女は、自らが部隊の意義を否定した。しかし、それは私も肯定せざるを得ない。当時の連邦、否、この頃の連邦は、まさに腐っていたのだ。 「アールトネン・ヘカート。確かに、あの部隊にはもう欠片も意味がないだろう。もうじき解体され、配備された機体も別の戦場へ行く」 「だがどうだ?あろうことか、貴様たちは無断でモビルスーツを出撃させた。……軍法会議ものだぞ」  言葉の割には無感情で、私は言った。私の役目は、そんなものばかりだ。所詮は上層部の代弁者。特殊部隊に身を置きながらも、『裁き』を下すだけの、関係の無いような任務も届く。 『オレたちはもうあんな場所には居られない。邪魔するんなら、仲間のあんたでも撃つ覚悟だ』 「貴様が私に勝てるとでも?ジーン軍曹」 『ッッ!』  一触即発。軽い挑発に乗った新米兵の機体は、エゥーゴで利用されていたネモだ。  身を隠していた隕石の裏から、一気に加速して来る緑。私は冷静に様子を伺い、一瞬で呼吸を整えた。  ジーン軍曹の機体、ネモが持つブルパップマシンガンが、マズルフラッシュを焚きながら震えた。連続で放たれる鋼鉄の雨を、上昇して簡単に交わす。 『待て、ジーン軍曹!』  仲間の制止を振り切って。前方のネモは排莢を装甲に掠めるような無茶な挙動をしながら、さらに接近を続ける。私は機体を左右に振りながら微速後退、相対速度の差は大きい。もうじきその距離は、100を切る。  クロスレンジだった。ネモがビームサーベルを引き抜くよりも速く。私はフライルーの背面のスラスターをフルスロットルさせた。強烈なGがかかり歯噛みする。何度も経験し慣れたといえども、身体が圧迫されるという不快感には変わりは無い。《フライルー》は弾かれたように前に急加速。ネモはマシンガンを投げ捨て、ビームサーベルの柄を握るが、  刹那の相対。莫大な熱量を持った銃剣のような形状の刃を、横薙ぎの要領で振り切る。ヒートブレードは腹部装甲をいとも簡単に切り裂き、腰部のフレームごと両断した。 『なッ……!』  姿勢制御、急制動し180°ターン。ロングブレードライフルの銃口が、上下に分断されたネモの上半身を捉えた。 「甘いぞ、新米」  軸をずらして一射。刃の無いビームサーベルの柄を握った右腕が吹き飛んだ。 『ま、待ってくれよ、おい!』  かろうじて爆発はしていない。為すすべもなく漂うネモ。 「大人しくしていろ。……貴様たちも出てこい、力技でなければ言うことを聞かん馬鹿でもあるまい」 『クッ!』  隕石の陰から顔を見せる機影。彼女のジムⅢだ。 『よせ、アールトネン准尉』  アイザック=シナムは、今にも飛び出しそうなジムⅢを止める。 「機体から降りて情報を吐け。あの馬鹿のような行動を取ればどうなるかは、分かるな?」  静寂した宇宙。少しの間があって、シナム中尉が沈黙を破った。 『先ほども彼女が言ったが。あなたはあの部隊に居て、なんとも思わないのか?』 「解答した通りだ。モビルスーツも人員も別の部署へ異動するのみ。どこに不満がある?」  少なくとも当時の私はそう考えていた。 『私たちには、部隊としての誇りがあった!上層部の軽率なミスで部隊が解散だなんて、納得できるはずがない!』  戦争のために造られた身体。与えられた自我はしかし、明確な、それでいて透明の『首輪』に抗えないでいた。そう思いこんでいた。 「納得がいくかいかないかの話ではない」 『ッ……!』  そうして交渉を進めようとしたとき。  フライルーのレーダーが、別の機影を捉えた。 『モビルスーツの機影、シナム中尉!』  ジーンが叫ぶが、対するシナムは黙ったままだ。 『シナム中尉?』  不審に思ったアールトネン准尉も声をかけてみるが、返事はない。  通信機の故障だろうかと思ったが、その考えは直後に否定される。 『三機──。「敵」だ』 『!』  アイザック=シナムの言葉をトリガーに、隕石に隠れていた二人は散らばった。私はレーダーを見ながら、不審な点に気づく。  赤点。敵性信号。  私はカメラを望遠モードにして機体を視認する。新鋭機ジェガンを筆頭に、ジムⅢ二機、計三機の編隊のようだった。 『もう逃げられんぞ、裏切り者ども』  追撃部隊と思しき三機が、この宙域に居たネモを除く三機へと別れた。こちらに来るのは、隊長機であろう、RGM-89ジェガン。シナム准尉の乗機と同じだ。 「私もまとめて潰すつもりか」 『この宙域の「敵」を撃破するように言われている。……貴重なギャプランの試作機だ。降りるなら命までは奪わん』  命までは奪わん、だと。  私は、連邦軍の都合によって作られて、実験に使い古されて。要らなくなければ捨てると、そういうことか。 「……面白い!」  操縦桿を強く握り、フライルーを変形させる。変形完了と同時にブーストペダルを限界まで踏み込んだ。急加速のG。前方500メートルの距離に、ジェガン。  ミノフスキー粒子の存在から、モビルスーツの戦闘とは有視界戦闘が基本となる。さらに接近。  両翼となるムーバブル・シールド・バインダーの先端に備えられた二門のビームキャノンを起動。トリガー。  ビシュゥ、と青いビームが一直線に向かう。敵機のジェガンは構えたシールドで防御。表面が融解し、クレーターにも似たへこみを二つ作った。  距離200、全高25メートルの巨体が、薄い緑のジェガンへ襲いかかった。 『速いが、被弾面積が台無しだな!』  迫り来るビームガン。回避の代わりに、変形コマンド。  開いた両腕が前に突き出され、シールドバインダーがビームガンを弾いた。変形中にはとてもできない無茶な挙動をなんとかやってのけた愛機に感動しつつ、左腕にビームサーベルを構える。 『チィ、そんなことが!』  ジェガンの男は、牽制のつもりの一射をもろともせず、更に加速するフライルーに動揺しているようだった。しかし流石は新型に乗るほどの腕ということか、すぐに切り替え、同じくビームサーベルを構えた。  一閃。  青とピンクが混じりあい、強烈な閃光と音が響く。Iフィールドによって保護されたメガ粒子の刃が相互作用し、スパークを生み出していた。  私は先に動いた。  ビームサーベルの出力をカット。機械の力によって釣り合っていたジェガンの右腕はそのまま振り下ろされる。先読みができたなら話は簡単で、巨大な体躯を反らし、ビームサーベルを避けた。 『!?』  大きく振り下ろして隙だらけになるジェガン。右腕に構えるロングブレードライフルのヒートブレードに熱変換したエネルギーが行き渡り、刀身は赤く発光する。  ビームサーベルの横薙が来る前に、私は右腕を振り下ろした。  袈裟切りの要領で、肩口から腰までをばっさりと両断した。 「これが、連邦のやり方か……不安因子はすべて潰す。『レイル・ナルドも離脱しようとしていた』とでっちあげて……!」  最初からわかっていたはずだった。  そう、最初から。  私自身が、連邦によって無理矢理造られた存在なのだから。 「……」  周囲を見渡すと、もう戦闘の様子はない。あの二人も無事に撃退したようだ。  私は通信回線を開き呼びかける。 「シナム准尉、アールトネン准尉」 「私も行こう。今更だが、私が間違っていたようだな」  私は決心した。  そうして、燃え&ruby(たぎ){滾}始めた復讐心を胸に、私は新生ドルグ部隊へと異動することとなる。

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