「調子は順調かい、嬢ちゃん」

 頭上で身動ぎしている、巨大なキャノンを装着したジムⅢ・セミキャノンに乗る女性パイロット、アールトネン・ヘカートに彼はそう声掛けた。

『危ないですよ。蹴られたくなければ離れててください。というか、早く終わらせてきてください』

「はは、蹴られるのはゴメンだな」

 薄く笑い、彼は携帯端末を開き、あるデータを眺めながら歩を進める。

 あるデータ、即ち今回の依頼は、ジオンがアナハイムから持ち出したデータを回収する、というモノだ。
 どうやら、本社であるフォン・ブラウンから地球に降ろして何かするつもりだったらしく、その途中でデータを乗せたカーゴが襲撃を受けたらしい。

 強奪犯の主犯は女。年齢は二十歳代前半。目的のデータはアタッシュケース状の「箱」に移されて逃走。データのバックアップはあるため破壊してもよい、ということらしい。また、犯人他関係者の生死は問わない。

 が、生かしていても仕方がないというのが、部隊の総意だ。

(……やることは結局、どこも同じか)

 バックに何があるか分からないため、ヨハン、アールトネン、そしてサカキの3人での遂行となる。

『アールトネン准尉と俺はコクピット内で待機する。……ヨハン殿』

 すると、どこかのガレージに隠れている個人改造型ジーラインのパイロット、サカキからヨハンと呼ばれた男へ通信が飛んできた。

「呼び捨てで構わん」

『了解した。じゃあ、作戦通りに』

「はいよ」

 黒と灰の特殊スーツを着込んだ長身の男。

 彼の着ているスーツは、外部からの衝撃を和らげる効果のある、衝撃拡散性特殊スーツだ。アナハイム社のお手製だそうで、ちょっとやそっとの衝撃ではダメージにはならない。無論、銃弾を防御するには心許ないが。

 左腕の上腕、胸のすぐ横には、マガジンでも入りそうな長方形のポケットが備えられている。煙草か何か、長方形の何かが既に込められているが、外から見れば真っ黒で何かは伺い知れ無い。

 彼は金属製の左手を一撫で、それなら両手に革製の手袋を装着し、事務所の下で待機を続けるワンボックスカーに搭乗する。ドアを閉める音を合図に、ワンボックスカーは緩やかに加速を始めた。


 彼に与えられた仕事は単純だ。

 目標が潜伏するという店に客として潜入し、外出のタイミングを外部へ伝え、できることなら拘束する。

 それだけだが、こうした「任務」に赴いたことがない彼にとって、それは割かし難しいものだろう。

(さて、仕事仕事)


 そうして、速やかに目標の喫茶店に到着した。

 緊張を隠すように、ぎこちない動作で入店し、目線だけで周りを見渡す。写真にあった女が居ることを確認すると、近づいてきた女の店員に「一人だ」と言って、標的の横側、9メートルほどの席に座る。

「コーヒーを」

「かしこまりました」

 横目で様子を見るようなことはしない。彼はポケットをまさぐり、掌サイズの小さな折りたたみ手鏡を取り出して、自分の顔を見る。いつもの自分の顔。適当に前髪を弄る仕草をしながら、彼は一瞬だけ手首を捻り、鏡の角度を女に合わせた。

 目標を確認。

 ヨハンは顎を引き、首元に仕込んだマイクに向け、軽くひとつ咳払い。目標を確認したという合図だ。

 角度を戻して、もう一度髪の毛を弄る。すると、目の前からウェイトレスの女性が、トレイを持って近づいてきた。机に隠すように手鏡を直し、今度は正面のお冷やのガラスに反射して映る女の方へ意識を向ける。

 その瞬間に、
 目標の女と、
 視線が交錯した。

「──ッ!」

 女は鋭い動きでジャケット裏から拳銃を引き抜き、今まさに机の上に置かれようとしたコーヒーのカップを撃ち抜いた。目の前で「ぱきん、」と破砕音が響き、ウェイトレスの女性が小さく悲鳴を漏らす。銃声と一連の音に周りの店員や客が徐々に騒ぎ出した。ヨハンは歯噛みしながら立ちあがり、肉眼で女を確認する。

 出口から逃げた。

 彼は顎を引いてマイクに向け、忌々しげにつぶやいた。

「ヨハンより報告。……バレちまったみてぇだ」

『了解。店から北に300メートルの地点に熱源を感知した。モビルスーツを持ちこんできたのか……!』

 耳に入っている補聴器のような連絡用の通信機からサカキの返答があった。彼らも手ごろなガレージ内に分解したモビルスーツのパーツを持ち込んでおり、現在進行形で機体を組みながら、もしもの場合の出撃に備えていた。

「こんな街中でか。クソ野郎が」

『准尉、場合によれば戦闘もあり得る。セミキャノンは即時動けるよう、準備を』

『了解です』

『ヨハン、こちらももうすぐ北部のポイントE27に向かう。そちらにおびき出せるか?』

「いいや」

 転化していく状況だが、ヨハンはそれらを一蹴した。
 彼は財布から紙幣を幾つか取り出して慌てる店員のポケットに差し込みつつ、出口へ向かいながら返答する。

「手は出さなくていい。俺がやるよ」

『……だが、相手は最悪モビルスーツだぞ?』

「自分のケツは自分で拭くさ」

 コーヒー代とコップを弁償させないといけねぇしな、と彼は続けた。騒ぎだてる周りの人間を全て無視して、少し速足に店を出た。あろうことか走って逃走を図っている女の背中を確認すると、彼は不敵に笑いながら追跡を開始する。

「さっさと終わらせるか」

 この歳で鬼ごっこは堪えるからな、と彼は自嘲気味に笑った。



 北へ200メートル移動。ビルの間で堂々と直立しているモビルスーツを確認すると、彼は無線を開いて抑えた声を出した。

「オイ、緑のアレはなんだ」

『ジオンのザク、それもⅠ型。……まだあったんですね』

『過疎の始まってる地域だからな。残党兵が隠し持っていてもおかしくは無い機体だ。あのデータは、解析すればそれだけ利益のあるデータなんだろう』

 ふうん、とヨハンは適当に漏らした。彼はアタッシュケースとモビルスーツを交互に見て、

「アレにデータを積んで逃走する気か。すぐに無力化してやる」

 『どうやって』と問おうとした二人を無視し、彼は右耳に手をやって無線を切る。そのまま専用のスーツの左腕上腕部の、まるでマガジンケースのようにせりでたポケットのチャックを開ける。中から顔を出したのは、長方形の、そこにあるには似つかわしくない計器だ。

 長方形のそれの端にある電源ボタンを押すと、ピィ、と小さな電子音とともにシステムが立ち上がった。中央の真っ黒な部分である液晶画面にも、淡い白で起動中といった文字列が表示される。それを確認すると、次は右手で腰の拳銃を引き抜いて、まずは女の足元に一射した。

 パン、と乾いた音を放って飛翔した鉛玉に、女は機敏に反応して迂回する。『ザク』と呼ばれたモビルスーツはビルの間で待機しているようだった。

「初依頼を白星にするためにも、くたばってもらうぜ」

 ヨハンはザクの表面装甲へ向けて拳銃を放った。がきん、きん、と有効打ではない。

「やっぱ無理か」

『何だコイツ!』

「しがない医者だよ」

 拡声器のように街中で大声を響かせるザクのパイロットに対して吐き捨てるように返しながら、再び女へ視線を戻して一射。かろうじて足にかすり、血飛沫が舞った。転げたところに追撃、と照準を合わせるが。

 ザクが横から強引に間に入って来た。片膝を折り機体が制止する。恐らく女とアタッシュケースをコクピットに回収しようとしているのだろう。

(やっぱりあのケースには……)


 しかし。


「──薄いぞ」

 そんな《壁》では。

 ヨハンは迷わず走り出し、横たわる女を無視して鎮座しているザクの膝に飛び乗った。ザク・マシンガンの銃口も合わせられないほどの近距離。拳銃を腰のホルスターにしまい、空いた右手は左の上腕に備えられた計器へと運ばれる。彼が何かの操作を終えると、左腕の機械義手からゴォォ、という重低音があがる。
 そして、計器の画面にはこうあった。
 《EMERGENCY》と。


 次に彼が行なったことは単純だ。


 左腕を振りかぶり、

 前方に突き出した。

 それだけの、原始的な暴力。


 バゴン!!と、殴っただけでは考えられないような爆音が響きわたり、ザクのコクピットを守るハッチの表面装甲が簡単に打ち抜かれた。先端である拳に接触したフレームはひしゃげ、内部機構を容赦なく食い潰す。金属との摩擦によって左腕を覆っていた特殊スーツが焼失し、煙をあげながら彼の左腕の7割ほどが機体に埋まった。

 腕を突き刺したままヨハンが脇元にあるスイッチを押すと、がちゃん、と金属音が鳴り彼と義手の接続をカットする。ヨハンが膝上から飛び降りると同時に、機械義手に内蔵された炸薬が起爆した。それはザクの内部構造を大きく抉り、コクピットハッチを完全に破壊した。これではもうハッチは動かない。
 ヨハンは右手だけになりつつも器用にバランスを取りながら着地し、女の方へ向き直る。

 古い機体とはいえ生身でモビルスーツを戦闘不能にした男。爆風で吹き飛んだ女はスクランブル交差点の中心で倒れながら彼を見据える。周りの野次馬が騒ぐが、女はそれにすら目が入らないようで、たまらず質問した。

「あなた、何者……!?」

「医者だよ」

「医者はモビルスーツを破壊したりしない」

 冷静なつっこみをありがとう、とは言わない。

 スーツの懐に忍ばせた二本目の機械義手を左腕に装着し、調子を確かめるように適当に手を開閉しながら彼は言い放った。

「まぁまぁ。ちっと着いて来てもらえるかな?」

 連行される。その意思を汲み取った女は血の流れる足に無理を言わせ素早く立ち上がり、拳銃を引き抜いて発砲した。

 しかし、鉛玉は前に構えられた左腕に簡単に弾かれた。

 彼はへこみ一つない無機質な左腕を撫でながら、

「無駄だ。こいつの表面装甲はルナ・チタニウムの合金でな。9ミリ程度じゃ貫けねえさ」

「……ッ」

「付いてくるかそのケースを渡すか。あんたに残された選択肢はそれぐらいしかない。おわかりか?嬢ちゃんよ」

 その台詞を合図に、女は再び動いた。

 重そうなアタッシュケースを振り上げながら、彼女はまっすぐヨハンに襲いかかる。ヨハンは左腕を前にして防御するが、

 空いた彼の脇腹に、足がたたきこまれる。

(ケースは囮か!)

 しかし、その程度の衝撃では何の痛手も受けない。蹴りの一撃はスーツが防御し、アタッシュケースは無事に左腕が防御した。女は反撃の隙も与えずにバックステップで距離を取り、離れた位置で再び相対した。

「……ささやかな反撃か。だが、あんたの今の装備じゃなにやっても無駄だよ」

 軽く挑発するヨハンだが、女はそれを無視して言った。

「もうじき騒ぎを聞きつけて、私の仲間が来る。いくらモビルスーツを破壊できても、複数の人間相手には適わないでしょう。今の体術をみても、装備のスペックに頼っているだけで、特に訓練も受けてないでしょうし。『制圧』の仕方がなっていませんね、お医者さんは素直に人を助けるべきですよ」

「……わざわざご忠告ありがとう」

 直後。

 彼女の言ったとおり、左右のビルの陰からアサルトライフルを携えた私服の人間二人が彼女の左右少し後ろに着き、その二つの銃口が彼に向けられた。距離はざっと6、7メートル。撃たれれば回避は困難だし、いかに義手の防御力が高いと言えど、二方向からの銃撃を一本の腕で防ぐのは不可能だ。

「援軍はいつでも呼べるようにする。そして多方面から攻撃と裏取り。『制圧』とはこのように行なうんですよ。勉強になりましたか?お医者さん」

 挑発を返して今まさに発砲の合図を送ろうとする女。

「いいや」

 しかし、ヨハンは彼女の言を、数分前仲間にしたのと同じように一蹴しながら、左腕でスーツの中からあるものを取り出した。



「これが『制圧』だよ、嬢ちゃん」

 彼が左腕に持つものを見て、女は思わず叫んだ。


「──散弾、地雷!?」

 ヨハンは計器のボタンの一つを押していた。画面には《FULL POWER》と表示されており、ゴォォ、というジェネレータに似た重低音が交差点に響き渡っている。

 間隔置かず起爆。横向きの地雷が無数の鉄球が女たちを襲い、前方の3人は容赦なく薙ぎ払われた。

 反作用の莫大な衝撃を受け止めた左腕の義手が、無機質な合成音で「肘関節損傷」と警告する。動かすと肘がギチギチと、何かが干渉して確かに違和感があった。しかし、動かないというわけでもない。

 煙が晴れると、ヨハンはため息混じりに呟く。

「……やれやれだな」

 どうやらライフルを持った男二人が盾になったらしく、女はところどころ出血しているものの、致命傷にはなり得なかったようだ。

(アタッシュケースにも傷があるが……ま、中身はチップだ。大丈夫だな)

 投げ捨てた拳銃とは別に、スーツの裏には予備の小口径の拳銃が一丁ある。

 彼は静かに左腕をスーツに忍ばせ、小さな拳銃を取り出した。

 機械義手の前腕に仕込まれたレーザーポインターを起動し、女の胸部に合わせる。

(……もう一度、殺す覚悟をしろってか)

「むちゃくちゃ、な……!」

 判断に迷っていると、女が無理をしているような声音で言う。彼はそれに対して、一瞬だけ表情を変え、低い声で返した。

「……派手にやったほうが、本質は隠しやすいだろう。アンタら軍人がやるような、陽動と同じだよ」

「……、」

 意味がわからない、という表情を浮かべる女。

「そのデータは有効活用させてもらうぜ。わざわざご苦労さん」

 自嘲気味に笑いながら、彼はトリガーにかける指に力を込めた。





「こちらヨハン。標的を撃破。モビルスーツのパイロットは多分死んでる。開かねぇコクピットだ、放置しても問題ねぇぐらいだ」

『おお、やっと繋がったか。まさか本当になんとかしちまうとは……。データはどうだ?』

「データ? ああ……。……多分壊れちまってるんじゃねえか。完全に破壊して、どっかに捨てるさ」

『了解。アシをそっちへやるから、帰還してくれ。後始末は他の人員がやる』

「いや、アシはいいよ。寄りたいところがある」

『了解した。では、後ほど。任務ご苦労さん』

「はいよ。嬢ちゃんにも宜しく伝えといてくれや」

 彼は無線を切り、代わりに右手で携帯電話を取り出した。

 そして、聞こえてはいけない声で、通話の向こう側に向けてこうこぼした。



「こちらコバックス。コード内容は[R472-XR]だったよ」
最終更新:2013年11月05日 18:11