最終話2


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『邂逅、そして、決別』





おだやかな風が流れている。
見晴らしの良い場所、晴天に彩られた場所。
そこで、私は、あの幽霊と対峙していた。

「死神さん……」
「いいのよ。安心して逝きなさい。もしも留まる気なら、切り裂いてあげるから」

私は、笑う。
精一杯の笑顔、精一杯の虚勢、精一杯の静謐。
全てが綱渡りで。笑顔を作ることすら難しくて。意地を、張っていないとくずれおちてしまいそうで。

別れたくない、という言葉が言えれば、どんなに素晴らしいことだろう。
一緒に、ずっといたい、そう言えれば、どんなに素晴らしいことだろう。
けれど、けれども。

私が好いたのは、いつも能天気でにこにこ笑って毒を吐き、それでも芯は強い少女で。
やることをやったのに、未練がましく留まっているような、そんなみみっちい少女ではない。


向こうも、恐らくそうだろう。
私が、冷たいけれども娯楽好きの死神でいる限り。私は、私でいられるのだから。
天に逝く友を引き止めるような女は、もう『私』ではない。その時点で、私は、『ただの死神』という存在へと堕す。





「死神さん」
「なぁに?」

別れは、悲しいだろう。
誰だって悲しい。
私が、こうして、悲しいと感じているように。

「いや、まぁなんといいますか。色々楽しかったですねぇ」
「そうね。映画を見て馬鹿なことを言い合ったり、色々と」
「もうそれも出来ないでしょうが……落ち込んじゃ、駄目ですよ? 恋人が逝っても生きてくださいな」
「こらこら、誰が恋人よ。ま、落ち込みはするでしょうけれどね」

私は苦笑する。
大切な人がいなくなったら、悲しい。それは当たり前だ。
死神の私だから、ことに分かる感情。
幽霊の彼女は、もうじき消えていく。それを止める権利は、私にはないのだ。

死者は、死者。消えゆくものは消えゆくもの。
私は、その法則をねじ曲げてまで彼女を得たくはない。
彼女の方もきっとそうだろう。私たちは、変わってしまえば、きっと、互いに相容れない存在になるだろうから。

瞬間。
刹那的な、幼稚とも言えるほどの今までのやりとりが、走馬灯のように私の脳をかけめぐる。
それはきっと、良いことなのだろう。誰に恥じるでもない、胸を張って『楽しかった』と言える過去がそこにある。
彼女と、過ごした日々がそこにある。






淡い粒。光の粒子。淡雪のように、消え去って。
それが出るのは幽霊の少女から。ぷかりぷかり、と気泡のように浮かび、消える。

薄くなる。光の粒子が出るたびに、その少女の姿は薄くなる。
終焉の時が近しき証左。私と彼女が永劫の別れを果たすまで、あとわずかであることの証左。

「駄目ね。もう泣きそうよ」
「泣いたらいいんじゃないですか? 悲しい時に泣く。それも、生きている証ですよー?」

私が弱音を吐いても、彼女は相変わらずいつも通り。
やれやれ、と溜息を吐く。相も変わらず私は弱いままだ。
でも、それでいいんじゃないかと最近は思う。

そのままでいることが。
そのままで、ありのままで、生きていることが。
あの、風にさやぐ葉のように生きることが。
尊いのではないかと、そう思ったから。

「ちょっとちょっと死神さん、なに笑っているんですか」
「あは、あはは。あははは」
「もーう、気持ち悪いですねー。私も笑っちゃいますよ?」

私は笑った。彼女も笑った。
私は涙を流しながら笑った。彼女も涙を流しながら笑った。
みっともなく、泥臭く、ありのままに。




「ここに、いますから」
「ええ。ここに、『在る』わ」

彼女は、私のもつ鎌を、こつんと手の甲で叩く。
私は、彼女に叩かれた鎌を、ことさらに強く握りしめる。

たとえ、慕情を寄せる相手がそこにいなくとも、柔らかな温かみはそこに残る。

別れたばかりの時は、寂しいだろう。悲しいだろう。泣き明かす夜だってあるかもしれない。
でも、私は、生きているから。生を味わい、自然を、空を見ることが出来るから。

「では、死神さん。今まで、ありがとうございました」
「ええ。達者でね、能天気娘さん」

私たちは、涙でぐしょぐしょになった顔を見せたままに、笑顔で別れた。
幽霊の少女の姿が消える。まるで、彼女の存在がはじめからそこになかったかのように。
笑ったまま別れて。そうして、光の粒子が全て消え去ったのちに、ぽつりと何かが残る。




小さな、小さな、血のように赤いそれは。

「彼岸……花?」

私は腰を下ろした。
その、先程まで幽霊がいた場所で咲きほこる花に、そっと手をやり、包み込む。
それは、とても温かくて。どこか安心出来る鼓動にも似たそれで。手のひらが、満ちた、満ち足りた。

私が手を離せば、その彼岸花はあとかたもなく消滅していた。あの、血のように赤い花は、もうどこにもない。
両手を握りしめる。鎌を、たずさえる。
どくり、と温かな鼓動が、私の全身を、鎌を、全てを、心を、魂を通して一本の線となる。


「私は、生きる。絶対に、とまらない」


決意を胸に、私は飛ぶ。遠い遠い、空に向かって、はじまりの一歩を。
荒々しい跳躍は、私の衣服を揺らめかし、衣擦れの音を出す。
その、かすれた音に混じって。


――生きてください。


あの、柔らかい声が聞こえた気がした。