最終話1


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『留まっていた理由』



死神さんと背中合わせで寝た、ある夜のこと。
私は、夢を見た。
幽霊となって、初めての夢を見た。

それは、木造建築。
それは、小さな小さな施設。
それは、子供たちが楽しそうに行き交う場所。

孤児院のようなその場所は、外観こそぼろっちかったけれども、どこか温かそうで。
気付けば、私は、立ち上がっていた。

「……行くの?」

私が動いたからだろうか。あったかい背中を預けてくれた死神さんが起きる。
彼女の表情は、眠気に支配などされていなかった。むしろ、私が起きるのを予測していたような、そんな節すらある。
私は、強制的に彼女を起こしてしまったことに侘びをいれて、夢のことを話した。

私は、空を見上げた。
夜の色。暗い暗い、夜の色。暗澹たる黒色の空間。
その中に、小さくまたたく星、ひとつ、ふたつ、みっつ。

「死神さん」
「ん?」
「いって、きますね」

「ええ、いってらっしゃい」




夜闇に彩られし丘陵地帯の大地は、静謐なる美しさがあった。
そこここに映える雑草の数々ですら、月明かりを反射して、どこか幻想的なさまを見せている。

私は、月の放つ、おぼろなる光を背に、歩を進めていった。



ほどなくしてたどり着いたのは、ひとつの施設。
つぎはぎが見える衣服のような……ぼろっちくて、貧乏臭い、その建造物。

誰も足を踏み入れないであろう森の中にあるそれは、社会の匂いなど感じさせなかった。
浮世の汚れも、何もかも、そこからは感じなかった。

電気が辛うじて通っている程度、だろうか。
よもや日本に、こんな場所があることを、こんな施設があることを、驚いたのは私。
他でもない、私。私自身。

「ここ、知っている……」

記憶にないけれど、記憶にある場所。
そんな矛盾を抱えても、私はさして動揺しなかった。
『そういうものだ』と気付いているからなのだろうか。




ひとつ、ひとつ、部屋を見ていく。
幽霊の私は壁抜けが出来るから、その施設の中に入るのは容易だった。

ぼろぼろの天井、壁紙がはがれて無様な姿になっている部屋、安っぽいテーブル。
全てが、痛みに痛んでいた。
その施設らしき場所の中にいた、子供たちの、衣服までも。

夜のとばりをゆらめかせるような、小さな小さな寝息を立てる子供たちを見て。
私は、その瞬間、小さく息を呑んだ。


私とそっくりな顔。私とあまりに似ている顔。私と瓜二つの容色。


――お姉ちゃん。



残酷な甘みを持つ言葉が私の脳裏に響いた瞬間。
私は、過去の記憶を、思い出して、しまった。







そこは、孤児院と称して良いかどうか、とかく判断に困る施設だった。
院長は変な人で、道楽で、路頭に迷う子供たちを保護していった。

道楽、とは言っても、ちゃんと面倒を見たりもするし、学校に行かせてくれたりもした。
施設に住まう子供たちは、親も家もなく、そのことで馬鹿にされたりすることも多々あったが、
奨学金を利用し、全寮制の学校に行き、友人を作って同居したり、そうやって、各々の道を見つけていった。

決して、社会の中では明るみに出ることはないような、小さな建物だったけれども。
そこに詰まる思いの数やいかばかりか、語るべくもない。



そんな施設に、私と、私の妹は引き取られた。



そもそも、私は、人一倍物事を背負う気質があった。
姉だから、姉ゆえに、妹の先にゆかねばならぬと。
そう思い、そう思い、必死に、必死に、大人になるように努力した。

子供なりのあこがれだったのだろう。院長のふところの広さは、子供の私にとって、ひどくまぶしく映ったのかもしれない。
早く大人に、大人になりますように、と。

大人になれば、姉として妹を引っぱっていけるから。
大人になれば、院長のように、人を救っていけるかもしれないから。
大人になれば、おやつを我慢して、妹に分け与えられることが出来るだろうから。


大人に、大人に。そう信じて生きて。


私は、結局――大人にはなれなかった。

その肉体が、成長する前に、私は逝ってしまったから。
私と、妹は、あまり体が強くなかった。
責任を負いすぎる私は、肉体的な負担や精神的な疲労が激しいせいか、病気にかかりやすくなり。

結果として、肺結核か何かであっけなくころりと。
高校生になる前に、逝ったような記憶がある。






そうして、いつだったか知れないけれども、私は空を舞っていた。
妹のことも思い出せず、ただぷわぷわと浮遊して。

色々な場所に行って、色々なものを見た。
体が弱く、孤児院通いだった私には、何もかも新鮮で……けれど、どこか物足りなくて。


そんなおり、私は、死神である彼女に出会ったのだ。


友愛や恋愛、あらゆる愛を否定しながらも非情になりきれない彼女と、
愛というものの実体を知らず、ひたすら盲目的に生きてきた私が、
空で会ったのは必然だったのかもしれない。

孤独を軽んじることなく、どこか外れて生きている私と彼女の波長が合ったのは、
ある種の連鎖的な仲間意識からくるものかもしれなかった。

とかく、そこで私は彼女と出会い、楽しい楽しい時を過ごしたのだ。





「けれど」


私は感じる。なんとなしに分かる。
幽霊の身である私は、自分のことを理解出来る。
どうして、私が、幽霊という身になってまでこの現世にすがりついていたのか。

人は、人のために生きるのだろう。
誰かが誰かのためになり、そのまた誰かが誰かのためになる。

そうして、幾重もの歴史が刻まれていき、今に至る。

だから。

私がここに来たのは。
私がこのような身になってもここに来たのは。

全て、この瞬間のためにあったのかもしれない。


――妹に、言葉を、伝えるためだけに。




 「どうもー、お久しぶりです。親愛なるマイシスター。
私、だめだめな姉でしたよねー。すぐ、死んじゃって。
 あなたに迷惑をかけて、そして、大きな悲しみを刻み付けてしまったと思います。

 ……私の話、全部聞こえなくてもいいです。
 でも、ひとつだけ、伝わってください。
 どうか、どうか、伝わってください。

 生きて、ください。

 あなたは、いつも弱気で、ちょこちょこと走り回っていて、泣いてばかりいたけれど。
 意思は強く、強情で……男の子うけも良かったですから。
 だから、お姉ちゃん、そんなに心配していないんです。……あはは、嘘です。ちょっとだけ心配です。

 生きているだけでいいんです。ただ、生きているだけで、それだけで……。

 そうそう、私、素敵な友が出来たんですよ?
 意地っ張りで、落ち着いていて、とても優しい人。
 そんな彼女の先輩さんとも、最近は仲良くなって。

 ……うん、楽しかったです。とても、とても楽しかったです。
 でも、そろそろ、ね? この、気泡のようにはかない生は、一時の夢のようなものです。

 でも、いいんです。お姉ちゃん、夢の中で飛び回れて……幸せでしたから。
 ただ、ただ、これだけを伝えたくて。

 私のことは気にしないで。どうか、どうか、生きてください」






* * * * * * * *







「……思い出したのね、彼女」

死神は、聞いていた。
遠くから、彼女の言葉を、聞いていた。

それと同時、死神は悟っていた。
彼女と、そろそろ別れねばならないのだと。
この世にいる意味を満たした彼女は、恐らくいなくなってしまうだろうと。

別れはつらいだろう。悲しくなり、泣いてしまう時だってあるのかもしれない。
けれども、それで良かった。

彼女は妹のためにあのような身になり、妹に言葉を伝えた。
彼女の妹は寝ていたが、それでも、彼女の放った言葉の一部分は、しっかりと聞いていた。

生きてください、と。

彼女の思いが伝わった。彼女の生が満たされた。
ただその事実だけで、死神は、とてもとても、満ち足りた気持ちになった。


「……素敵、だったわ。そして、さようなら、私の……友」

とても、とても。

満ち足りた、気持ちになった。