泥水


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

友人同士である少女ふたりに、死神たる私が着目したのは、恐らく気まぐれであったのだろう。
毎日のように、学校から帰る際、ふたりは一緒だったから。
ただ、ちょっと好奇心のままに観察することにした、それだけのこと。

ふたりの少女は、いつも談笑をしながら下校していた。
友達、友達、友達。そういったことをしきりに口にしていたような気がする。
そのふたりの笑顔を見て、私はなんとなく不安になった。

嫌な予感が、したからである。
勘のようなものであろうか。なんとなしに、私は、このふたりが離れることになると感じていた。



離れる、といっても、距離的なそれではない。精神的な面で、だ。
固い絆で結ばれているように見えるふたりを視界のすみにやり、いつなんどき、彼女らの関係に疎隔が生じるのか、私は気になった。
もしも離れればそれまでだろうけれど、離れなければそれはそれで僥倖だろうから。

長らくこんな仕事をやっているから、もう人間に情が湧くはずもない。
どこで誰が死んでも、私にはあまり関係がない。目先の人間が爆発四散しても、私は良心の呵責になど苛まれない。
眼前で死ぬ人間を嘆く余裕があるのならば、地球の裏側で数秒ごとに死んでいる人間のことも泣いてみろ。
と、偽善的感情に身をやつした、魯鈍なる奴原にそう語りたい所存。


それはともかくとして。

私は、興味本位でそのふたりを観察していた。気分としては、毎日決まった場所に来る猫を見るようなものだ。
いなくなればそれっきり、別のことに興味が向く。


が、案外、変化というものは唐突に、それでいて都合良く起こるものであり。
別れというものは、とかくとかく唐突に、唐突に起こるものであり。
破局というものは、あっけなく起こるものである。


友人同士だった少女の片方は、ある日、暴漢たちに袋叩きにされていた。
恐らくは、抵抗出来ないまで痛めつけ、意識朦朧としている際に蜜壷を味わい、その後捨てたりするつもりなのだろう。
容赦ない打擲(ちょうちゃく)の嵐を受けたその少女の顔には、もはや理性の色などなかった。

と、そこで、暴行を加えられていた少女の友人が、偶然ながらその現場を目撃してしまったのである。
家も近所同士、ゆえにふたりがその場にて落ち合うのは、奇跡でなく単なる偶然。

暴行を受けた少女は、その影に気付き、助けを求めた。
助けを求められた少女は――逃げ出した。

叫び、泣き、涙と鼻水をみっともなく垂れ流しながら。我が身かわいさに、少女は、友を、見捨てた。
暴行を受けた少女の顔が絶望に彩られるのと、服の破れる音が夜闇にさんざめくまでに、そう時間はかからなかった。



少女は、逝った。死体となった彼女を犯す影はいくつか。
さりとて、魂は天へと向かう。白きもやとなって、それは傍観していた私の前に現れた。
じっと、ことのなりゆきを見ていた、私の前へと。



「あなた、死神・・・・・・?」

「あら、よく分かったわね。まあ、こんなまっくろくろすけ衣装と、鎌もっていれば当然か」

「お願い、お願いよ! あの男たちと、私を裏切ったあの女に、制裁を与えて!」

「? どうして? 制裁? なんで私がそんなことしなきゃならないの?」

「あいつらの所業、見たでしょう!? あの女も私を裏切った! 友達だと、親友だと、信じていたのに・・・・・・!」


白い魂は、歯がないのに歯ぎしりする。よっぽど悔しかったのだろう。
だが、私は。
心が、自分の心が、胸中が、急速に冷えていくのを感じていた。




「殺してよ! あんなひどいことするやつら、生きていない方がいいわよ!」

「・・・・・・あなた、物事を多角的に見ることが出来ない、ガキね」

「!?」

「あのね。あなたを見捨てて逃げた友人、とか言うけれど。逆の立場なら、あなたはどうしたの?
 恐怖にかられて逃げ出すのは当たり前。だって、他人の面倒ごとに自分からくちばし突っ込みたくないもの。
 逃げるのは、基本よ。うらむのは勝手だけれど、あの子を殺すなんてとてもとても」

「でも・・・・・・!」

「それに。誰にだって、家族はいる。殺してよ、なんて簡単に言って良いの?
 その人が失われて、葬式があって、泣きわめく家族の前で、あなたは言えるの?
 私が、その人を、殺しました、と」

「ぅ・・・・・・」

「勘違いしないで。私は、死の担い手だけれど、殺人鬼じゃないの。自分の世界が正義だなんて、子供の考えもいいところよ。
 他人が自分の望む通りに動く、なんて考えないで。人はあなたのマリオネットじゃないわ」

「う、ああぁぁ・・・・・・!」

「あなたが持っていた糸の先に、人形なんて一体もいないのよ。
 他者は全て、自動人形。あなたが操作出来る存在なんて、いるかいないか、といった程度。
 死んで悔しいのは、わずかばかりなら察すること出来るけど。もうちょっと後先考えなさい・・・・・・小娘」


白い魂は、慟哭の声を上げた。怨嗟の悲鳴を上げた。
けれど、そんなものは私には関係がない。子供が、世界を見ただけの悲鳴だ。取るに足らないものだ。

「やだよ! どうして、私が! あいつらを! 殺し・・・・・・!」

だから。私は、眉ひとつ動かさずに、仕事をする。

「次はもうちょっと賢くなりなさい。あなたみたいなイノシシ思考、嫌いじゃないけれど」

私は、鎌を一閃させて、白き魂を強制送還せしめた。
それを見届け、空を見れば。

残酷なほどに美しき黒が、そこここに蔓延していた。


友情とか、愛情とか、そういった感情は、よく分からない。
自分を綺麗な存在に見せたいがためにある、そんな言葉だと私は思う。

愛は、生存本能に隷従しているだけの泥臭い感情を飾る言に過ぎないだろうし。
友愛というのも、人を利用しているだけの関係が大抵で、言葉なんてものは飾りばかりだ。

だから、私は、友情とか愛情とか、そういった言葉が嫌いだった。
自己酩酊を、何よりも忌むがゆえに。
人を利用していることを、美辞麗句という鎧にて飾り、胸を張るような愚昧なる阿呆には、なりたくなかった。




けれど。
だけれど。
だけれども。



「死神さん、何をぼうっとしているんですか?」
「あ、ごめんなさい。ちょっと昔のことでね、考えごとをしていたものだから」
「本当ですかー? なんか死神さん、エロいこと考えてそうな顔してましたよー?」
「あなたと一緒にしないでよ、もう・・・・・・」

今、私は、幽霊の少女と一緒にいる。
彼女との関係は、『友』。なんて、なんて曖昧模糊としたスタンスだろう。

そんな甘い甘い関係に、私は嫌悪するも。


「あ、そうです。死神さん、今日はピカソの『青の時代』特集をやるんですよ」
「そうなの?」
「ええ。ねぇ、見ましょうよー。ピカソの天才性と狂気が、あますところなく見られる作品が、ぞくぞくとっ」
「ちょ、分かったから、抱きつかないで! 恥ずかしいから!」



彼女の無邪気な姿に、この暗い思考が覆われてしまうことがある。
彼女の明るさに、たじろいでしまうことがある。
それは、とても不快だけれども、とても心地良くて。

どこか、あたたかくて。


もう少し、もう少しだけ。

「やれやれ・・・・・・。まあ、行きましょうか。私も興味あるし」


この、甘い甘い泥水を、すすっていたい。