黒。 黒のイメージは、大抵が悪いものとされる。 黒人差別も、夜闇を意識される黒から導き出された結果だ。実際は、こじつけかもしれないけれど。 夜の黒、悪魔の黒、闇の黒、黒黒黒。 全ての色を塗りつぶして、ただそこに黒があるだけ。 たたずむ、たたずむ、そこにある。ただそこにあるだけの、孤高の色彩。 絵の具をいっぱいまぜこぜにすると、黒になる。 何を混ぜても、行きつく先は黒になる。彩って彩って、終着点は、夜の色。 夜の黒。悪の黒。良くないイメージの黒。 それでいて、彼女の。 死神の、黒。 私は、とある都会のまっただ中にいた。 喧騒が、私の耳を打つ。 車の行き交う音、人々のしゃべり声、靴と地面が相打って奏でられる音。 かつかつ、ぶうぶう、ぎゃあぎゃあ、きゃらきゃら。 私は聞く。色々な音を、その耳の奥に刻みつけ、頭の中に残す。 色々な音を、それぞれの特色を、色彩を。 音の、色を。音色を。 赤い音がある。黄色い音がある。緑色の音がある。 音が、そこここに満ちている。色々な彩りは、私の耳を動かせこそすれど、興味など湧き立たせることはひとつもなく。 ただ、かしましい、と。それだけを考えていた。 塗りつぶしてみたかった。全てを消した白ではなく、全てが飽和したからのゼロの色を。 全てが混ざり合って、全てが混じって、全てが全てを打ち消して。 混じりけのない、ゼロの、黒を。 私は希求した。 この上なく、この上なく、この上なく。まるで砂漠の中で水を求める旅人のように。 そうして、私は黒と邂逅する。 全てを消してくれる黒、全てを見せてくれる黒。 ……私の、大切な、黒。死神さんの、黒。 「どうしたの? 久しぶりの都会、気分でも悪くなったの?」 だぼだぼの黒衣をはためかせて。よれよれの黒衣をはためかせて。 どこか鋭利ながも幼さが目立つかんばせを見せて。 その周囲が、私の世界が、彼女と私の間にある空気が、全て黒に染まる。 彼女の息づかい。彼女のまとう衣服、その衣擦れの音。 彼女の髪がゆれる音。彼女の鎌が奏でる音。 全てが黒となり、降り注ぐ。黒色の、音色になる。 ぞくり、と肌が粟立った。 ゆらり、と体がよろけた。 それでも私は、薄く微笑んで、彼女に返す。 「いえ。なんか、死神さんって、黒だなー……って思いまして」 「それ、どういう意味?」 くすくすと笑いながら、私の言葉に反応し、彼女は笑う。 私も笑う。どうしてか分からないけれど、そうしたかったから。 「ね、ね、死神さん。手ぇ繋いでもいいですか?」 「なによいきなり……」 「あああああ、わたし、からだ動かなーい。助けてー、きゃあきゃあ助けてーっ。手ぇひっぱってー」 「うっわ、ベタベタの演技ね、それ……。でもいいわ、ほら」 彼女は困ったような笑みを浮かべながらも、私の手を握ってくれる。 小さな手。白い肌。細い指。白い爪。 それでも、それでも。 私は、彼女のことを黒いと思ったのだ。 「ねぇ、死神さん。ちょっと映画見てから帰りましょう」 「え? 今日、いいものは別にないじゃない。何、考えているの?」 「なぁんにも。ただ……ちょっと見たくなって」 「ふぅん。まあ、いいわ、付き合ってあげる」 黒。混ぜて混ぜて結果として出来上がる黒。 どこまでも暗くて、夜の闇を抜き取ったかのようで。 温かくて、温かくて、だけれども、とても冷たくて寂しくて。 「さ、行きましょうか?」 「――はい!」 抱きしめて、温めてあげたくなる、そんな色。 (おわり)