色彩論

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色彩論 - (2007/10/14 (日) 03:08:33) のソース

黒。

黒のイメージは、大抵が悪いものとされる。
黒人差別も、夜闇を意識される黒から導き出された結果だ。実際は、こじつけかもしれないけれど。

夜の黒、悪魔の黒、闇の黒、黒黒黒。
全ての色を塗りつぶして、ただそこに黒があるだけ。
たたずむ、たたずむ、そこにある。ただそこにあるだけの、孤高の色彩。


絵の具をいっぱいまぜこぜにすると、黒になる。
何を混ぜても、行きつく先は黒になる。彩って彩って、終着点は、夜の色。
夜の黒。悪の黒。良くないイメージの黒。

それでいて、彼女の。


死神の、黒。 


私は、とある都会のまっただ中にいた。
喧騒が、私の耳を打つ。
車の行き交う音、人々のしゃべり声、靴と地面が相打って奏でられる音。
かつかつ、ぶうぶう、ぎゃあぎゃあ、きゃらきゃら。

私は聞く。色々な音を、その耳の奥に刻みつけ、頭の中に残す。
色々な音を、それぞれの特色を、色彩を。
音の、色を。音色を。

赤い音がある。黄色い音がある。緑色の音がある。
音が、そこここに満ちている。色々な彩りは、私の耳を動かせこそすれど、興味など湧き立たせることはひとつもなく。

ただ、かしましい、と。それだけを考えていた。


塗りつぶしてみたかった。全てを消した白ではなく、全てが飽和したからのゼロの色を。
全てが混ざり合って、全てが混じって、全てが全てを打ち消して。

混じりけのない、ゼロの、黒を。

私は希求した。
この上なく、この上なく、この上なく。まるで砂漠の中で水を求める旅人のように。 


そうして、私は黒と邂逅する。
全てを消してくれる黒、全てを見せてくれる黒。


……私の、大切な、黒。死神さんの、黒。


「どうしたの? 久しぶりの都会、気分でも悪くなったの?」

だぼだぼの黒衣をはためかせて。よれよれの黒衣をはためかせて。
どこか鋭利ながも幼さが目立つかんばせを見せて。
その周囲が、私の世界が、彼女と私の間にある空気が、全て黒に染まる。

彼女の息づかい。彼女のまとう衣服、その衣擦れの音。
彼女の髪がゆれる音。彼女の鎌が奏でる音。

全てが黒となり、降り注ぐ。黒色の、音色になる。 


ぞくり、と肌が粟立った。
ゆらり、と体がよろけた。

それでも私は、薄く微笑んで、彼女に返す。

「いえ。なんか、死神さんって、黒だなー……って思いまして」

「それ、どういう意味?」

くすくすと笑いながら、私の言葉に反応し、彼女は笑う。
私も笑う。どうしてか分からないけれど、そうしたかったから。

「ね、ね、死神さん。手ぇ繋いでもいいですか?」
「なによいきなり……」
「あああああ、わたし、からだ動かなーい。助けてー、きゃあきゃあ助けてーっ。手ぇひっぱってー」
「うっわ、ベタベタの演技ね、それ……。でもいいわ、ほら」

彼女は困ったような笑みを浮かべながらも、私の手を握ってくれる。
小さな手。白い肌。細い指。白い爪。

それでも、それでも。
私は、彼女のことを黒いと思ったのだ。 


「ねぇ、死神さん。ちょっと映画見てから帰りましょう」
「え? 今日、いいものは別にないじゃない。何、考えているの?」
「なぁんにも。ただ……ちょっと見たくなって」
「ふぅん。まあ、いいわ、付き合ってあげる」


黒。混ぜて混ぜて結果として出来上がる黒。
どこまでも暗くて、夜の闇を抜き取ったかのようで。


温かくて、温かくて、だけれども、とても冷たくて寂しくて。


「さ、行きましょうか?」
「――はい!」



抱きしめて、温めてあげたくなる、そんな色。


(おわり)