市民のための自由なラジオLIGHT UP! 第67回、今週は木内みどりさんの司会で東京の自由な隅田川スタジオから放送されました。木内みどりの指先確認、です

、市民のための自由なラジオLIGHT UP! 第67回、今週は木内みどりさんの司会で東京の自由な隅田川スタジオから放送されました。木内みどりの指先確認、です。今週はFMたるみずを聞きました。

 木内さん、今どこにおられて何をされていますか?番組は日時が決まっていないためこのあいさつで、今回のゲストは、家族という病い、が65万分のベストセラーの作家、下重(しもじゅう)暁子さんです。幸せな家族と言う幻想と見て、見えてくるものについて語られます。

 前半のお話、下重さんは紬の着物のイメージがあるものの、今日はシャツ姿、下重さん、昔はNHKアナウンサー、物書きになりたく、しかし食べるために、活字で活動したいのに、新聞、雑誌は男性しか採ってくれず、放送局が採用してくれても、アナウンサーしか女性は採用されず、最初にNHKに行っただけ、アナウンサー志望ではなく、10年前に辞めて、家族と言う病、当たり前として下重さん書かれて、木内さんも、本が出てベストセラー、最初から増刷であり、下重さんは近作、家族と言う病2も出されて、若者よ、猛省しなさい、集英社の小冊子への連載を本にして、若者向けではなく、昔若者であった人のため、また、母の手紙という本も出されて、5年前に母が父に当てた手紙、下重さんの生まれる前、父が手紙を取っておいて、それを読んで愕然として、知らなかった家族のことが書かれて、母は女の子がほしく、父も母も再婚、兄は母の前の連れ子、結核で亡くなり、恋文、携帯もメールもなかった頃、父は軍人で旅順にいて、今の旅順と違い、日本の管轄下、住所は陸軍官舎とはがきで書いていくものであり、結婚されるまでの2年間、微妙な姿勢でやって、母がこんな情熱的な人と知り驚いて、どうやって下重さんが生まれたか、母はどうしても女の子が欲しく、その辺から始まる下重さんの親への反発もあり、親元を離れたく、高校で親元を離れて、進学校に行くために大阪に出て、寄留であり、母にとってどうであったか?下重さん、期待されるのに重荷であり、母はなぜ自分にかけるのか、確信犯であり、木内さん、意志の強い女性の元、意志の強い女性に育ち、母と同じになるのがいや、いい家に嫁ぐものには拒否、アナウンサーは当時毎日お見合い、しかし敗戦時に父が公職追放になり、父は軍人であり、今のように車で迎えに来ず馬で迎えに来て、下重さん4,5歳で、当時の父はかっこよかったが、敗戦後落ちた偶像、そして日本は敗戦前に戻りつつあり、父は絵描きになりたかったのに、長男で軍人になり、軍事教育を受けた父は、時代の犠牲になったかわいそうな人生で、敗戦時に40代、そこから絵を描いても良かったのに、下重さん、日本ペンクラブとして、旅順の官舎を訪ねて、絵と同じ並木、煉瓦の道、ヘルスセンターみたいなところになっており、現地の人に昔の官舎があると聞いて、父と聞いたことと同じ、そこがアトリエであり、父が旅順でのアトリエ、大きな絵を描かれて、母と、兄とともにいて、母をモデルにした絵を描いて、しかし画家として屈折して、軍人をやりたくないのにさせられて、木内さん、下重さんの両親を時代がムチャクチャにしたと言われて、下重さん、二人は戦争の犠牲者であり、比較的恵まれたと思われるが、下重さん100冊以上の本を書かれても、家族と言う病、父、母、兄への手紙、生きていた時には書けなかったもの、連載時には家族を意識せず、しかし父、兄について知らず、個人として知らず、父、母、兄という役割でのみ知っており、外から見たら明るい家庭であったが、心の闇は見えず、闇のないひとはいない、父や母、亡くなって時間が経って知りたいが、知るすべがなく、手紙を書いても返事が来るはずはなく、下重さんが父、母、兄にどう接したか、自分で確認するための手紙であり、木内さん、読み終えてお茶を飲んでもう一度読み、父、母を見直すものであり、もう一冊、私が子供を持たないわけ、子供を持つのは義務でも何でもなく、しかしそんなことを言うと負け犬と言われる、子供が生まれないとまだかというのは暴力であり、家族、家制度は今もあり、日本国憲法は明治憲法の家からの個人の独立であり、憲法13条の、個の尊厳、個→人にするのはとんでもない、家→個人になるのは大変なことであり、多くの文学者は家→個を近代化として、それを家族にまた戻す傾向がASS政権にあり、それにはどういう状況だろうと抵抗しないと大変なことになり、木内さん、国会で政治家を見たら、大人の態度かと呆れて、デタラメな政治家たちに気持ちが悪く、今は女性の方がしっかりして、男はダメ、下重さんの本は図書館で借りても読んでほしい、今の若者は外国で放浪しない、時計にも関心を持たない、下重さんの本はヒントになり、強い女子に辟易としている男性は見るべき、下重さん、親を乗り越えないとダメ、動物もやっているのに、なぜ人間はできないかと言われて、木内さん、青虫が葉っぱを食べており、この青虫を羽化させようと、さなぎになる準備に入り、段ボールを切っていれたらしがみついて、3点で段ボールにくっついて、いずれ羽化するので、収録の時間には羽化しないでほしいと言われて、下重さん、今は燕の巣立ちの時期であり、燕のために仮設住宅を作ったら、そこに燕の雛が生まれて、顔中口みたいなもの、母親が餌をあげて、間もなく巣立ち、食べ物は自分で取らないといけない、これは当たり前で、そして来年になったら戻ってくるものであり、木内さん、仮設住宅と言うと、飯舘村の仮設住宅で40代の方が孤独死して、胸がふさがるのに、こんなことでオリンピックなどとんでもないと言われて、下重さん、敗戦後や、3・11にみんな反省したはずなのに、どこへ行ったか?節電などせず、になってしまったのです。

 下重さん、リスナーへのメッセージ、下重さんはFMラジオをよく聞かれて、言葉の感覚を養ってほしい、言葉は自分が感じていることを示す自己表現、木内さんの青虫の話を聞いて、その人の感性が分かり、感性を活かしたものが大事、日本だと文学で生きるのは大変だが、詩は大切であり、詩人の意味は重く、言葉を大事にして、感じていることを、感性を表現するのはテレビではなくラジオ、最初の本は、夢のハーモニー、五木寛之さんたちがやってくれて、しかしラジオは予算がなくなり、下重さんの文書が好きなのをディレクターが知って、それで書けというもので、そこから本になり、詩文集、もう一人のあなたへ、悲しい時に野菜を食べる、という本はラジオから始まり、ラジオは言葉、言葉に感覚、感性を生かせないのは、人間として衰えているものなのです。

 ここで音楽、下重さんのリクエスト、音楽家になりたく、声楽家を目指して芸大に行きたく行けず、オペラは好きで今も演奏会に行き、聴く方にまわり、最初の出会い、シューベルトの弦楽四重奏曲「死と乙女」の第2楽章です。これも、You Tubeにありました。


 以上、下重さんのお話でした。



 LIGHT UP!ジャーナルは、小出先生が自由な隅田川スタジオでお話です。自由なラジオがロフトナインでイベントをされて、その翌日の収録です。

 小出先生、自由なラジオが始まって1年3か月、小出先生が自由な隅田川スタジオに来られるのは初めてで、スタジオの印象、小出先生は浅草生まれで隅田川は生まれ育ったところ、勝鬨橋もあり、しかし昔は高層マンションはなく、江戸の下町に高層マンションには違和感を覚えられるというもので、少年時代隅田川、不忍池で小出先生下駄をはいて遊ばれて、しかし今は高層ビルの世界。

 小出先生は2015/3に京大を退官されて、松本市民になり、それでも講演を47都道府県でされて、講演は、半年以上先に生きているかわからない(笑)ので約束せず、5件に1件しか講演はされず、6/4の自由なラジオのイベントも、鎌倉での講演の後で木内さんの依頼を断れず、小出先生はたね蒔きジャーナル、MBSラジオの番組で毎日話して、たね蒔きジャーナルを潰さないで、と運動した人たちがラジオフォーラム、自由なラジオが出来て、たね蒔きジャーナルが潰されるという頃から責任を感じて、自由なラジオのイベントも責任感を持って参加されて、講演を断りつつ、日程も決めて、自由なラジオのイベントは小出先生の原則破りでやり、しかし小出先生の責任のあるのは、福島原発事故も責任、核そのものにも責任で、出来る限り引き受けられるものはやるというものなのです。

 木内さんは小出先生のマニアで、小出先生の講演がユーチューブに出たら見て、木内さんは学習したい、小出先生に地理上の感覚も出て、メモするものであり、原子炉の構造も、ポンチ絵で表現して、小出先生、核のゴミを何年補完しないといけないのかと聞かれて、比較的低レベルでも300年、300年先は分からないが、300年前は忠臣蔵の討ち入り、しかし今の若い人は忠臣蔵なんて知らないと言われて小出先生絶句であり、木内さん、忠臣蔵は日本人の好きなネタなのに演じられず、少し前の日本の大切なことを知らないことは問題と言われて、また小出先生は「先生」と言われるのは嫌であり、今西さんが松本市長の菅谷さんと収録、菅谷さんは信州大の先生、小出先生が菅谷さんを先生と呼ばないといけないといけないのに、自分も菅谷さんと言い、しかし菅谷さんも小出先生と呼ぶものであり、しかし昨日のイベントも先生と呼ばれた。

 この国は恐ろしく、川内、伊方、高浜と再稼働、止める方法を知っている人がいるなら教えてほしいと小出先生言われて、これからも、小出先生はこの番組に出られます。



 今週の特集、木内さん、うれしい報告で、前回寄付が10万円あり、今の時代にこれほど必要とされるメディアもないと、長田洋一さん、写真家の方が寄付されて、報道が不自由になり、圧力で自由な発言が阻害されて、自由なラジオがなくなると日本は危なく、しかし、まだ資金的には大変であり、皆様、寄付をよろしくお願いいたします。以上、今週の自由なラジオでした。
最終更新:2017年07月06日 23:01
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。