市民のための自由なラジオLIGHT UP!第46回、今回はおしどりマコさんケンさんの司会で、自由な隅田川スタジオから、おしどりのラジオアクティブ

市民のための自由なラジオLIGHT UP!第46回、今回はおしどりマコさんケンさんの司会で、自由な隅田川スタジオから、おしどりのラジオアクティブ、福島原発事故スペシャルです。

 前半は、電話インタビュー、元福島第一原発作業員のまーくん(仮名)さん、子供たちのために南相馬市から山形県に避難されて、そして、避難者の住宅支援打ち切りとともに、避難者のいじめがマスコミをにぎわす、この恣意的なやり方について、まーくんのお話です。

 南相馬市で福島第一原発で働かれていたまーくんさん、おしどりさんは何度も会い、実名は今回はなく、マコさんの原発取材、作業員の高線量被曝の取材時に、まーくんさんから接触で、役に立つことを教えてもらい、会うたびにマコさんドキドキと言われて、まーくん、お久しぶりとマコさんケンさんに挨拶、山形は雪も積もり、東日本大震災6年、まーくん一家が離れて6年、3・11の前は自営業で電気の工事、原発の定期検査の作業員の派遣で、南相馬市は国道6号線で原発から30km、まーくんの家は22、23km、3・11の際には1Fの定期検査で、水の流れの板を交換して、核をやっていると燃料棒の横で高線量、従業員に被曝させたくなく、元請は20ミリまでと言うものの、まーくんは各地の原発で15ミリが限界、家族や子供のいる人もあり、元請に10ミリまで、として仕事をして、4号機は定期検査中、1~3号機はメルトダウン、4号機は使用済み核燃料のプールにあり、しかし3・11の翌週に4号機も再稼働の予定、福島第2の仕事もやり、定期検査の仕事中に、3か月で20ミリ被曝と高く、そして3・11について、まーくんの証言、子どもの安否確認、奥さんの安否確認、家の安否、電話は通じず、車で移動するしかなく、道路も陥没で、行くのに時間もかかり、やっと安否確認できて、お子さんは4人、6人家族、地震の後、原発の状況は、叔母の息子が福島原発のコンピューターをやっており、そことの接触で、爆発する、逃げろと叔母は言われて、まーくんも逃げる用意であり、原発の爆発を知ったのは、地震翌日は叔母や叔父の家にいて、家に向かう途中に、防災無線で連絡、車が混んで、テレビで爆発のことを知り、まーくんは野球の監督もして、他の家庭にも逃げるようにとして、飯舘村の方に行ったらいいかと向かい、しかし停電で真っ暗、川俣町では電気がついて、ガソリンスタンドに長蛇の列、福島市の方の避難所に行き、3/12の夕方6時半、南相馬市を朝に出て、その後、南相馬には戻らず、そのまま避難されて、山形に避難されて、まーくんと奥さんは私用で戻ることはあっても、子供たちは原則山形のみ、お子さんたちは南相馬に戻らずであり、2,3日の避難のつもりでお子さんは避難しても、軽トラックで着の身着のままの避難、大好きな野球の道具のみ持っての避難で、なぜ山形に避難したか、3号機の爆発を見て、あれはヤバイ、3号機はプルサーマル、人体に悪影響、季節風があり、吹きおろしを避けて、山形だと安全と避難して、そしてまーくんは原発で働いていたからの判断で、マコさん、3号機のプルサーマルのことは後で知り、まーくんほど実感はなかったと言われて、原発で働いていて、コンクリートが爆発とは信じられず、ミサイルにも耐えるはずの建物があれで、戦争映画のようなもの、マコさんも取材して、2011年は子供でも年間20ミリの文書を文科省が、3.8マイクロ/時間なら校庭で遊んでもいいと言い、これについてまーくんは、福島の子供のことを見殺しにするのかと思い、そしていじめ問題、日本政府が福島県をいじめているとまーくんは言われて、まーくんは移染が終わったと言われても、放射線管理区域のこと、また土は汚染されており、事故の前なら放射線管理区域になるところで生活しろは、常識では考えられない。

 放射線管理区域は、大人でも10時間まで、飲食や寝ることは許されず、そんなところに福島だけ我慢しろは許せず、福島原発の周囲は、日本の中でまったく違う法律が適用されて、マコさんも福島の農家の方に取材、放射線管理区域で作業しても、防護されないと言われていて、福島の農家は、土の中にセシウムがあり、環境省は農地での飲食や肌の露出禁止を通達で、まーくん、原発でそんなことをしたら指名停止ものと言われて、しかしマコさん、農家の皆さんはそんな中で生きている。

 今年、避難解除で、その農家にも飲食、喫煙禁止であり、マコさんケンさん、帰ってくる農家への説明会に行き、放射能は無くならない、セシウムと共存してくれと説明されて、まーくん、事故の前と一転して、事故を起こしたら何でもあり、福島のみ特別扱い、人権尊重が守られていない。

 まーくんに大切なことを聞いて、お子さんは自主避難でいじめられていないか、大丈夫だが、群馬に避難された方は、事故後避難者が避けられたともあり、こちらは収まったものの、マコさん、避難先のいじめは、2011~12年の、事故直後、避難者の多かった時の方が多く聞いて、まーくんも賠償されていいと言われた人があると指摘されて、マコさん、原発事故から5年で避難者のいじめが取り上げられたのは遅すぎると言われて、まーくん、住宅避難の絵打ち切り=帰ってこいの外堀を埋めることと言われて、これはマコさんも同意されて、避難をすることが良くないと知らしめるニュースだと指摘されて、まーくんも同感で、福島は県庁も要望を受取拒否、鉄道再開の際に、陳情書を渡そうとして、体調不良で行けなかったが、避難されている方は、福島から来たと言わない方がいいのかと相談をマコさんも受けて、まだ幼稚園などだと、小学校に上がる際に、福島出身を隠そうかと思う人もあり、福島と言ったらいじめられるというもので、このタイミングで取り上げられるのは不自然と言われて、まーくん、引っ越しにお金も要り、山形での生活も大変であり、まーくんは人工透析もして、子どもも来年高校であり、当分は山形に避難継続の意思であり、以前、山形に行き、5年避難、住宅支援が無くなり、安全ではないが、あきらめて帰る人がいるとマコさんも言われて、まーくん、避難者も病気になり、住宅支援打ち切りで選択したと言われて、マコさん、住宅支援打ち切りはひどいことであり、それで帰らざるを得ない、あきらめるというのはひどいと言われて、まーくん、東電の賠償の当てはまらない人たちもいて、廃炉に21兆と言うものの、移染もちゃんとした服装をせず、経費を削減して、賠償にもちゃんとせず、こんなことを他の原発で起こしてはならないと思うのが本来の人間と言われて、マコさん、放射線管理区域で放射線を扱う立場で、きちんとした服装でやるべき仕事、移染作業、自分の家の庭を移染するのも同じなのに、防護服なし、気を付けてとチラシが配られているのみ、矛盾している。

 まーくんがラジオを通して訴えたいこと、核事故を二度と起こさないように、一人一人が声を上げて、こんなつらい目に合う人が二度と出ないように、であり、マコさんも、非人間的な核、原発を許してはならないという小出先生の言葉を繰り返して、まーくんのお話は終わりました。



 ここで音楽、東日本大震災6年、阪神・淡路大震災22年、ソウルフラワーユニオンの満月の夕べ、マコさんは長田高校の出身で(長田高校は大被害の新長田ではなく、地下鉄長田の北、長田神社の西です、マコさんは私の後輩です)、ソウルフラワーユニオンの慰問を受けて、この歌は東日本大震災にも歌い継がれました。これはニュースでの生演奏がyou tubeにありました。




 後半はLIGHT UP!ジャーナルで、千葉県での、福島からの避難者が国と東電を訴えている全国の訴訟から、2番目に早く審理の行われている、千葉地裁の訴訟の口頭弁論のマコさんケンさんによる報告です(私も、関西に避難されている皆さんの訴訟の傍聴で神戸地裁に行っています)。

 おしどりさん、3・1以降様々な取材をされて、原発事故の裁判、2017年に判決が次々出て、群馬は昨年10月に結審、3/17に判決、千葉は1/31に結審、判決は9/22、福島地裁の生業訴訟は3/21に結審、この3つの集団訴訟(全国で21)の中で早く、おしどりさんこれらを取材されて、裁判の取材は1日仕事、審理は3時間半、傍聴券が当たり、マコさんは泣いてしまい、何が悲しいか、提訴時には千葉訴訟47人→6人亡くなられて、お子さんがそれを継いで裁判、もう6人も亡くなり、意見聴取した原告、92歳の母親が原告で、福島→千葉に避難、事故の後は大変で、神様に生き延びさせてもらった、しかし避難先で弱り、福島の親友と電話で話すのが唯一の楽しみ、しかしそれも出来なくなり、外で、知らない人たちで、言語障害も出て、早くご主人にお迎えに来てほしいと思いつつ、しかし新聞を読んで、国と東電の責任を追及したい、それは私がやらないといけないと、原告に自分でなり、しかし故郷に帰りたくても、自分が死んだら、骨は海にまいてほしいと娘さんに言い、先祖代々の家も墓も守れず、先祖の墓に入れないから、と娘さんに言い、一度帰って故郷に桜を見たかった、しかし昨年春に亡くなり、娘さんは原告になり、これ以上自分のような思いをする人を出さないでほしいと言い、こんな思いをする人間は、これで終わりにしてほしいと、集団訴訟で、しかし原告には年配の人も多く、生業訴訟は4000人、おしどりさんは水俣病、泉南アスベスト訴訟も取材されて、しかし原告の多くが亡くなり、遺影をもったお子さんが多く裁判に出られて、マコさん、千葉訴訟の取材をされて、その資料を送ってほしい、弁護士事務所で手伝ってほしいとあり、結審でも、まだ高裁、最高裁まで闘いが続き、裁判でどちらが勝っても、高裁、最高裁に行くもので、マコさん、千葉訴訟の取材、6人亡くなり、最高裁までに何人亡くなるのか、水俣病も国が認めない中で、原告も亡くなり、裁判を起こされた、80歳90歳の皆さんは最高裁まで行けず、悲しく、そして腹が立ち、こんな国なのか、裁判を起こしている方は、地元でも賠償金が欲しいのかと言われるが、裁判を起こすのは大変で、二度とこんなつらい目に会う人がいないようにという人たちが総意であり、90前の方が原告になり、最高裁まで行けずとも、闘う原告の意思をマコさん感じられて、そしてあちこちの集団訴訟、皆さん傍聴して、協力すると、原告や脱原発に力になると弁護士の方もいい、裁判所に原発訴訟でちゃんと判決を出せと言う署名もあり(生業訴訟はhttp://www.nariwaisoshou.jp/activity/entry-686.html 千葉訴訟でもあり、http://gbengo-chiba.com/ その他の訴訟でもあります)、私たちの権利を守るために、被災者は闘っており、私たちも協力すべきと、おしどりさんは強調されました。



 市民のための自由なラジオ、マスメディアの取り上げないことを伝え続けます、以上、今週の内容でした。
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