『福島の女たちは、ついに立ちあがり、そして座り込んだ!』 先日の女たちの座り込みの簡単な報告。

皆さま:

先日の女たちの座り込みの簡単な報告です。
いろいろな形でのご支援・ご協力、本当にありがとうございました。

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『福島の女たちは、ついに立ちあがり、そして座り込んだ!』

 福島の人はおとなしい。もっと怒ってもいいのに。そんな声がどことなく聞
こえていた。私たちが怒っていないハズはないし、それどころか、悲しさと悔
しさに日々気持ちがかき乱されている。いい加減な「風評」に抗すべく、何か
やってみたい、それも目に見える形で_という思いが高まっていた。

 「やっぱ、ハンスト?」「それもいいけど、多くの人が参加できるようなも
んがいいんじゃない」「場所は、県庁前か東京か」「どうせなら国会前だよ
ね」女たちの会話は乗りも軽やか。トントン拍子にコトは決まっていった。座
り込みのわずか1ヶ月前のことである。輪は日毎に膨らみ続け、県内女性10
0人のエントリーは、余裕で超えていった。準備段階における実働スタッフ1
0人足らず。どのような組織に頼るわけでもなく、一人ひとりが得意分野を最
大限に活かし、直前には睡眠時間を削って奔走し、メールを打ち続けた。以下
は、座り込みが開始されてからの「毎朝の記者会見」と基本行動の「座り込
み」以外の、その記録の一部です。

27日[午前]:経済産業省申し入れ。
若い役人7名を相手に、福島の女たちは訴えた。「子どもを避難させて下さ
い。安全で美しい福島を返して下さい。原発は不要なものであり、私たちはも
うだまされません。福島の悲惨な事故がありながら、原発再稼働・アジアへの
輸出など断じて許しません。自主避難を権利として認めてほしい。あなた方の
首をかけて、子どもたちを守って下さい。」女たちは声を大にして、あるいは
声を震わせながら訴える。(泣き声が、会見中ずうっと聞こえていた)

27日[午後]:第2衆議院議員会館へ。二人ずつ組になり、皆で手分けして女
性議員全てに面談申し込み。議員は不在か、いても「来客中」で顔も見せてく
れない。

28日[午後]:①渡利地区院内集会へ傍聴。②首相官邸内へ。これは前日の女
性議員訪問が実を結ばないと分かり、「本当は総理大臣に会いたいんだよね、
私たち。」と考えを変えたことがきっかけだった。アポ無しである。懐に訴
状、田中正造もさにあらんとばかりのオモムキ。せめて柵越しに官邸をのぞ
き、警備に追いやられるかァ。その道に詳しい人に打診してもらう。やっぱり
ね~と諦めかけていたら、すでに夕闇迫る時刻になって急きょ「秘書が会え
る」とのこと。スワッとばかり、6人を恣意的に選ばせてもらい、静かに官邸
に向かう。静かにというのは、あの状況の中でこのことが衆知されれば、当然
官邸へと人の流れができ、会見はおぼつかなくなるばかりか、元気な人たちが
門前で小競り合いを、など予測されるからだった。

 テント付近を抜け出し、足早に歩きながら前相談。それぞれの話す内容を確
かめ合う。嫌でも緊張感が高まる。厳重なチェックを受けて官邸内へ。あ、こ
こはテレビで見たことがあるヨ。通された部屋は、秘書ではなく「総理大臣補
佐官」の部屋だった。ここでも皆さん、本当に良く頑張った。福島の悲しみを
  • 困難を、避難生活の不条理を、自分の言葉でしっかりと伝えることができた
と思う。いうべきはいえた。さて、あとは議員さん、あなたは何を決断してく
れますか?20分の会見予定が40分になっていた。粘り強く仲介し、この会
見を実現してくれた方々に、心から感謝している。

29日[午後]:①デモ行進②人間と手編みチェーンで経産省を囲んだ!③かも
め広場でのエンディング集会_どれもこれも、女たちは必死にマイクを握り、
あるいは歌い、あるいは握手しハグし合った。そして、全国からの共感と連
帯、あったかい支援に感動していた。あのときの思いが形になってしまった。

福島の女たち111人の参加。3日間の座り込み延べ人数(受付をキチンと

 した人だけでも)2371人、
 29日(土)のデモ参加者約1300人。

大阪・ヒロシマ・富山・北海道・和歌山・LA・ニューヨークで、福島の女

 たちに連帯する座り込み。

全国の女たちが、福島の女たちに引き続いて5日まで経産省前で座り込み。

 計10日間のアクションとなった。

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★マスコミはだめですが、ネット上にはたくさんの動画が出ています。
★報告集会を近々開催します。「グリーナムコモンの女たち」上映付き!!


「原発いらない福島の女たち」黒■■子
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