伊東光晴京大名誉教授「TPP参加は誤り」

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<p><br /> (毎日新聞2010年12月13日記事)<br />  <br /> TPP参加は誤り 日本の米作・畜産は規模拡大政策では存立し得ない<br /><a href="http://mainichi.jp/life/money/kabu/eco/pickup/news/20101210org00m020057000c.html"> http://mainichi.jp/life/money/kabu/eco/pickup/news/20101210org00m020057000c.html</a><br />  <br />   ◇伊東光晴(いとう・みつはる=京都大学名誉教授)<br /><br /> 日本の農業はどうなるのか。国際競争にさらされた時、生き残ることはできるのか。その危惧感は、今も昔も変わらない。<br />  <br /> 並木正吉さんが『農村は変わる』(岩波新書)を書いたのは1960年であった。専業農家の大幅な減少を、後継者の数を予測し、これほど美事に将来を言いあてたものはない。兼業農家の激増である。<br />  <br /> 専業農家が耕作規模を拡大して所得をあげ、兼業農家が農外収入を加えることによって、豊かな生活を維持できるのであれば問題はない。事実、戦前をとっても、婿が地元の小学校の先生というような農家は豊かだった。こうした兼業農家は、ある意味で理想でもあった。米作の機械化はこの兼業を容易にした。<br />  <br /> だが、兼業農家が売る農産物も、専業農家が売るものも、外国からの安い農産物におされ、市場から消えだしたならば、問題は別である。極端な場合を考えるならば、兼業農家は、自分たちが食べるだけのものを耕作し、専業農家はいなくなる状況である。<br />  <br /> 事実、「ウルグアイ・ラウンド農業合意」(93年12月)直前であったが、「世界農業モデル」を使い、米について、関税のない世界で競争が価格だけで行われると仮定したうえで、日本の米作の将来を予測した。その結果は、イン・ザ・ロングランでは日本の米作は当時の4割に減り、自分の家で食べる米だけが作られるという結果なのである。米作専業農家は存立の余地がない。<br />  <br /> これが、同じように成り立たなくなる畜産・乳製品を加え、農産物の自由化に危惧感を持つ理由である。日本の農業は野菜、果物だけになるのか。<br />  <br /> ◇自然的条件の決定的な違い<br /><br /> あらためて書くまでもなく、農業は製造業と違って、自然的条件の違いが重要である。100ヘクタールの耕地が5つあり、その1つが5年に1度水田となり、他が休耕したり、牧草がまかれ、放牧され、有機質が土に戻されたりするという恵まれた条件下のオーストラリアの水田耕作と、日本や中国の零細性の農業とは決定的に違う。オーストラリアの水田耕作の拡大を制約しているのは水不足であるが、日本の零細農業とこの種の大規模機械化農業とは、農民の意欲や努力をはるかにこえた自然条件にもとづくコスト差が発生する。アメリカの水田耕作は、このオーストラリアの水田よりも大規模である。<br />  <br /> もちろん、耕作規模の広さだけが競争力ではない。タイの米作がアメリカのそれに競争できるのは労務費の安さである。だが農業所得の向上を政策目標とするならば、所得の向上とともに、やがて競争力は失われてゆくことになる。わが国の葉タバコは戦後も輸出されていた。それが高度成長にともなう農業賃金の上昇によって、その地位を失ったのと同じである。<br />  <br /> もしも、こうした自然条件の違いを無視して、市場競争にゆだねたならば、条件の劣る地域は、産業として成り立たなくなるのが当然である。<br />  <br /> 確かに、経済合理性を重視し、現実の国際政治を無視すれば、競争劣位の農業を縮小して、優位の産業に特化するのもひとつの政策である。<br />  <br /> しかし、基本的な食糧を生産していない大国が存在しうるかどうかは――レアアースについての中国の輸出制限が大問題になっている時、また弱肉強食下の国際政治の下で――明白であろう。現実の国際政治を考えると、経済効果性をこえ、農業の存立をはからなければならないのである。<br />  <br /> ここで現実にたちかえれば、2つのことに注意を向けざるをえない。<br />  <br /> 第1は、アメリカを含め、強力な農業基盤を持っている国ですら、農業保護の政策がうたれていることである。かつて書いたように、恵まれた自然条件のうえに、輸出支援の政府補助を受けたアメリカの綿花が、額に汗して働くインド、エジプト、ブラジルの綿花に競争を挑んでいくのである。<br />  <br /> ウルグアイ・ラウンドでの米欧の対立が、この輸出をめぐる補助政策にあったことは、忘れてはならない。こうしたことに<br /> くらべるならば、自国農業を保護する日本の政策は、2次、3次の問題にすぎない。<br />  <br /> ◇アメリカの政策は自国の利益中心<br /><br /> 第2は、アメリカの政策である。アメリカは、戦後世界の貿易ルールを決めるガット(関税及び貿易に関する一般協定)を作った国である。にもかかわらず批准せず、他国にはガットの規定に従うことを求め、自らがガット違反で攻撃されると、批准していないというダブルスタンダードで逃れ、農産物についてはガット25条のウェーバー条項(自由化義務の免除)を55年に取得し、自らは輸入農産物の制限措置をとった。<br />  <br /> この55年という戦後の時期、ガットの内国民待遇(ガット第3条――自国の人、物、企業に与えるものと同じ権利を他国の人、物、企業に与えるというもの。俗に自由化原則といわれる)という考えは、主として工業製品に適用され、農産物のように、自然的条件の大きな違いのあるものは、関税で調整すればすむ問題であるというのが当初の考えであった。ガットの対象とするのは工業製品で、農産物は事実上対象外だったのである。<br />  <br /> だが、アメリカが国際競争において強者の地位から落ちるにつれて、アメリカは、内国民待遇の原則を相互主義に変えだした。日本はアメリカにならい、農産物の関税を下げるべきである、等々である。<br />  <br /> そして、ガットに代わるWTO(世界貿易機関)が交叉的報復措置を認めると、ガットとは反対に、アメリカ議会は直ちに批准した。農業分野での保護主義が相手国にあれば、工業製品分野で報復を行うことができる。これが交叉的報復措置であり、これがアメリカの経済外交の武器となると考えたからである。わが国の財界は、これに怯え、農業を犠牲にする道を選びだしたのである。<br />  <br /> ◇ウルグアイ・ラウンドでの日本の失敗<br /><br /> ウルグアイ・ラウンド農業合意で、わが国は大きな政策上の誤りをおかした、と私は思っている。それは当時、経済協力開発機構(OECD)日本政府代表部参事官としてパリにいた篠原孝・現民主党議員がよく知っているところである。ミニマム・アクセス(関税を認める代わりに最低限の輸入量の義務づけ)要求に、項目変更で対抗すればよかったのである。<br />  <br /> 米とか小麦とかトウモロコシとかに細分せず、「穀類」とするならば、大量の小麦、トウモロコシの輸入をしている日本は、米のミニマム・アクセスを行わなくてよいという主張である。米は世界市場では、わずかな、とるにたらぬ貿易商品であり、多国間交渉というウルグアイ・ラウンドの場で問題になるものではなかった。だがアメリカは、クリントン大統領の選挙区アーカンソー州の米を日本に輸出したがっていたのである。当時、ガットの責任者が来日し、日本で米問題が大問題になっているのに驚いていた。現状を続けるつもりだったからである。<br />  <br /> 米が国内で過剰なのに、輸入を義務づけられ、現在、1200万人が1年間に食べる量の米を加工用として輸入している。明らかに選んだ方策は愚挙である。対米従属外交のもたらしたもの以外ではない。<br />  <br /> ◇TPPか、東アジア共同体か<br /><br /> それから17年、問題はさらに飛躍した。2010年11月の上旬から横浜で開かれた環太平洋経済連携協定(TPP)の会議である。TPPはまず4カ国(シンガポール、チリ、ニュージーランド、ブルネイ)で発足し、ついで参加を表明したのは、アメリカ、オーストラリア、ペルー、ベトナム、マレーシアで、日本は協議を開始し、中国、カナダ、フィリピンが会議に参加予定と報じられた。本当に中国が加わるかどうかはわからない。<br />  <br /> 一見、TPPは地域的にもバラバラで、EUのように地域的なまとまりのうえに共同体に進む可能性はない。また、EUのように、アメリカを中心とする経済圏に対抗する経済圏でもない。その点で、故森嶋通夫ロンドン大学教授にはじまり、谷口誠元国連大使・OECD事務局次長が提唱している東アジア共同体でもない。<br />  <br /> 谷口氏はその著書『東アジア共同体』(岩波新書)で次のように書いている。「私は日本が21世紀において、躍進するアジアと共に、そしてアジアの中核として歩むことを切に希望する。そして21世紀に日本がさらなるアジアの発展と安定に貢献し、同時に日本自身が発展し、安全を確保するための道でもある。そのためには、これまでの安易な対米一辺倒の外交姿勢を改め、対欧州外交も視野に入れ、より自主的な、多角的な外交を展開していかなければならない」と。<br />  <br /> 対米対等外交を主張する政治家ならば、東アジア共同体を選ぶだろう。こと農業についてみれば、零細農という点で日本と同じ中国があり、そのうえでの協調政策が考えられることになろう。他方、TPPは、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、アメリカという畜産国、大農法の農産物輸出国が並んでおり、その発端は農業と関係のないシンガポールが主導したのである。しかもそれはすべての関税引き下げ、いや全廃をはかろうというものなのである。零細農をかかえる中国がTPPに加わるはずがない。<br />  <br /> 日本への工業製品の輸入はほとんど無税である。関税全廃でも怖いものなしであろう。他方、相手国の全廃は望むところ。日本経団連がTPP参加に全面的賛成の理由である。だが農業は関税で生きつづけている。米、肉、乳製品等である。どうなるのか。<br />  <br /> 菅首相は、突如、外国に向かって、日本は第2の開国であるとして、TPPへの参加、つまり関税引き下げを宣言した。突如という点で、参議院選時の消費税引き上げ宣言と同じである。菅内閣による「新成長戦略」が、経団連の意向を受けた経済産業省的発想であったように、これも同省の発想であろう。特定官庁の考えに、他省が反対しないようにする手段が、政治主導の名の下で閣議決定するという手法であることも、同様である。日本農業はどうなるのか。<br />  <br /> 農家・農業対策を別にうつと菅首相はいう。泥縄で「農業構造改革推進本部」を作り、農政を改善するのだ、と。新聞報道によれば、それは生産性の向上、規模拡大である。農水省は、民主党の主張である戸別所得補償方式(平均価格と平均コストの差を補償するというもの――これは国際ルールで認められている)を前面に出したうえで、菅首相におもねり、専業農家中心の規模の拡大をこれに加えている。<br />  <br /> ウルグアイ・ラウンド農業合意の時、自民党はこうした専業農家の規模拡大という考えで6兆円を投じたが、効果なく、受益者は農家ではなく、主として建設業者だった。<br />  <br /> 自民党の石破茂政調会長は、民主党の戸別所得補償方式に反対することを明言し、あいかわらず従来の路線である専業農家支援強化の政策を主張している(『朝日新聞』10年11月11日付)。<br />  <br /> ◇対抗力としての国内フェアトレード<br /><br /> 私は11月のはじめ、宮城県の大崎市の、文字どおり米どころの農村を見ることができた。見渡すかぎりの水田――そこで説明をしてくれた農業耕作のリーダーが、5町歩(約5ヘクタール)の米を作る兼業農家だった。米作5町歩ではやっていけません、という答えなのである。私がこの地で知った米作専業農家は、約10町歩を耕す人1人であった。専業米作者がどれだけいるのか。<br />  <br /> 日本が構造改善で規模を拡大しても、前述したアメリカの米作とは競争にならない。自然的条件の差はいかんともしがたいのである。土地制約性のない農業ならば問題はない。現在日本の鶏卵の小売値は、中国より安いのである。土地制約性を無視し、構造改善とか、生産性を上げるとかいう考えは、現実の政策としては力を持たないのである。<br />  <br /> 専業農家比率が高いのは、果樹、野菜を除けば畜産である。もし関税が全廃されたなら、日本の畜産は崩壊するだろう。商<br /> 品として残るのは、米にしろ肉にしろ、高品質のものと、果物・野菜栽培農家であろう。<br />  <br /> 規制緩和し、農業以外からの参入によって日本農業を再生する、と口にする人もいる。例外的な野菜栽培工場を除くならば、それは画に描いた餅である。歴史をみれば、かつて農業も工業のように大型機械化し、資本主義化が進むと考えた時期もアメリカにはあった。しかしアメリカの歴史が示したのは、最適なのは、大型家族農経営だということであった。資本主義的経営が根づかなかったのは、自然を相手にする農業の特質ゆえである。<br />  <br /> 農業において、資本主義の発展があるものとして、これに対抗しようとしたソビエトの農業集団化、それに基づくコルホーズ・ソフホーズが失敗したのも、中国の人民公社が失敗したのも、同じ理由である。規制緩和論の、農業以外からの資本の導入を……は、イデオロギー以外の何物でもない。<br />  <br /> 政策のひとつとしては、経済産業省や経団連の主張のように、農業を海外との自由な競争にゆだね、崩壊するものは崩壊させ、日本の産業を比較優位に移すこともありうる。だが、国際政治の現実においては、ある程度の食糧の自給がないならば、対抗力を失い、他国に従属せざるを得なくなる。シンガポールのような農業がなきに等しい国に、大国は存在しないのである。TPPを主導したのは、このシンガポールであることを忘れてはならない。<br />  <br /> さらにいうならば、農業保護を行っていない先進国はない。<br />  <br /> 国際政治の現実をみれば、農業保護政策は行われなければならない。問題はその内容である。戸別所得補償方式は、その成否を決める実施方法に難しさがある。加えて参議院での少数与党の現状では、それが賛成を得ることは難しい。いや、TPPそれ自身が議会を通らないだろう。<br />  <br /> 可能なのは、日本農業に大きな打撃を与えない国との間の2国間協定で、TPPにならい、関税をゼロに向けていくというものである。それのみが現実的であろう。<br />  <br /> 問題なのは、時間をかけて国内農業を戸別所得補償で整備し、これを定着させ、そのうえでTPPへの参加を表明するのではなく、突然第2の開国を口にし、これから国内農業政策をさぐるという菅首相の政治手法である。それは、矛をまじえた後にあわてて鎧を着ようというようなものである。このような首相の下では政権交代のメリットは生まれず、次の選挙で民主党は大敗するに違いない。<br />  <br /> 前述した11月の宮城県訪問で、私は地元のおいしいご飯をいただいた。その米は、市価(60キロ=1万3000円)より高い2万400円で、鳴子温泉のホテルや仙台駅の駅弁屋が契約して買いとっているという。しかも生産費と価格との差は、地元の農業振興の資金にしている。私はこれを国内フェアトレードと呼んだ。<br />  <br /> 日本の農業関係者は、日本の政治家には期待できないかもしれないことを覚悟し、自分たちで自らを守る体制を作らなければならない。生産者と消費者を縦につなぐ組織の構築である。<br />  <br /> ガルブレイスは、経済の調整メカニズムに競争を加え、「対抗力(countervailing power)」を対置した。市場原理主義にもとづく競争原理に対して、対抗力による国内フェアトレードである。そしてそれは、やがて拡大され、アメリカの市場原理主義に対抗する、国際的ルールになっていかなければならない。<br />  <br /> 2010年12月13日<br />  </p>

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