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第一回テーマ小説大会:わるきゅーれ


遠い未来。
人類は温暖化と大気汚染、そして何より放射能で覆われた地上を見限り、地下世界『フロンティア』を建造。
深度3000メートルの新天地を、新たな生活空間としていた。
これは、『フロンティア』への完全移民が完了し、この暗い世界でさらに500年が経ったあとの物語である。



『フロンティア』居住区

「ユーリ君。じゃ、喪主から挨拶を」

少年はそう促され、立ち上がった。
名前はユーリ。いかにも異国情緒漂う名前だが、れっきとした日系人である。
漢字では、「友理」と書く。

「はい、わかりました」

喪主、の理由は、唯一の家族であった父親の死である。
夜道(といっても地下世界はいつでも夜のようだが)で、ギャング集団に撃ち殺されたのだ。
犯人のギャングは事件から三日後に検挙されている。
ただでさえ治安が悪いのだ。ギャングに撃たれるなんてそう珍しいことではない。
ないが…、たった一人の家族を失ったことは、ショックでない訳がない。

「お忙しい中、お集まり頂きありがとうございます」

ユーリの父親は研究職をしていた。母親はいない。
仕事に没頭する父親に、早々と見切りを付けたのだ。

父親の研究は『地上への回帰』。
食料不足が深刻化する地下世界で、避けて通れない課題である。
貧困層の餓死者はもう無視できない数である。
だがかれこれ100年近く、新しい進展が見られない不毛な分野でもあった。
政府はことあるごとに「回帰の実現」をアナウンスしているが、どうあれ進展はない。

よく父親は、ユーリにこう言っていた。
「私は、この目で空を見てみたい」



ユーリは、一人の家を出た。
忌引きを目一杯使ったあとの、久しぶりの登校である。
今日も、赤外線と紫外線を含んだ赤色の疑似太陽光線が、薄暗い地下世界を照らしている。

自転車に跨り、表通りに出た。
「暑っいなあ…」
季節の設定は夏。
可視光線の少なさから明度は低いが、赤い疑似太陽光はそれはそれで暴力的だ。



放課後、一人で帰るでもなく教室でボーッ、としていると、自分に話かけてくる奴が現れた。

「なぁオイ、シケた面してんならちょっと話聞かせてんか」
ユーリは顔を上げた。
ソイツは、同じクラスのスマであった。
本名はスマ何とかなのだろうが、クラスの奴がスマスマ呼ぶので、下の名前はおろか正確な名字もわからない。
日系で、ひょうきんな性格。それくらいしか知らない。

「…何だよ」
のっけから失礼な奴だ、と付け加えるのを阻止するかのように、ソイツは話し始めた。
「おまえの親父、ギャングに撃ち殺されたんだってなあ」
忌引き明けのやつにこんな事を言って殴られても文句は言えないが、基本穏やかなユーリは静かに返した。
「まあな。それがどうしたよ」
「ギャングの武器が、どんなだったか知ってるか」
「…人の話を聞けよ」
ギャングから押収されたのは、25口径の拳銃だった。
親父は心臓を撃ち抜かれて、使われたのもその銃みたいだ、とユーリは教えた。

「ほう。で、遺体から弾は検出された?」
すかさずスマが質問を重ねた。
「…いや、貫通したらしくて。出てこなかった」

それを聞いたスマは、なるほど、と呟き、わざとらしく考え込み始めた。
「で、それがどうしたんだよ」
「いやな。俺さ、武器とかには少し詳しんだわ」
…で?
「殺傷力の低い25口径拳銃で弾が貫通。お前の親父さん、体が二次元か?」
…はあ?
「そんな事はありえない、ってこった」
「お前は何が言いたいんだよ」
流石のユーリでも苛立ってきた。
こんな話題でからかわれて気分がいい筈がない。
「ああ悪い悪い。いや実はな、俺の親父も全く同じ手口で殺されたんだ。三年ほど前に」
「…なんだって?」
「言ったまんまだよ。俺の親父も研究職だったんだ。『地上への回帰』のな」
スマの言っていることがいまいち掴めていないユーリ。
「俺らは二人とも、『地上への回帰』を研究していた父親を殺されたんだよ。ギャングでない誰か、おそらく政府の人間に」
「…政府?」
「俺の読みでは、だがな」
なぜそこで政府が出てくるのか。
なぜ政府は親父を殺さなければならなかったのか。
「一つ目、体を貫通させるには狙撃銃、しかもかなりの長物が必要だ。そんなもん、政府以外に持ってるやつなんていない」
「……」
「二つ目、政府は『地上への回帰』が現実的になっては困るんだ」
困る…?
「ああ。回帰自体はもう実現できるレベルまで来てるんだぜ」

回帰に必要な条件は、地上の自然環境の復活といわれている。
植物の光合成により、上がり過ぎた二酸化炭素濃度を元に戻し、温暖化を止める。
「でもそれには、放射能の消滅が必要、と言われてるんだよな…」
「それだ。実は放射能なんて、とっくの昔に失せてるんだ、って親父の論文にあった」
「そうなのか?」
「ああ。もっとも親父がその論文を発表する前の日に撃たれたから、知らないのも当然だ」
『親父殺したのは政府』説が、ますます現実味を帯びた。
「…だとしたら、今ごろ地上は緑に覆われている、と」
「流石。ご名答だ」
「現実的になっては困る、って言うのは?」
スマが説明した。
当然ながら回帰には巨額の費用がかかる。
そこまでして回帰しなければならない主な理由は、食料問題の解決のためだ。
実際に食料問題に直面しているのは貧困層であり、同時に彼らは治安悪化の元凶でもある。
政府としては、巨額の費用をかけてまで彼らを救う義理などないのだ。

中途半端に論文が提出され、それを丁寧に否定することも、それを見た貧困層に暴動を起こされるのも面倒だ。
ならば元を断てばいい。偶然にも治安は悪いのだから、殺すことも容易い。
「あくまで俺の考察だがな」
だがスマの考察には、少なからず説得力があった。

スマはこう息巻いた。
「俺は悔しい。回帰を現実化させるんだ。親父の遺志を継いでな」
「……」
「っていうのは建前。もちろんそれもあるけどな。だが一番の理由は…」

「空が見てみたんだ。だから、まずは地上に行ってみないとな」