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パブロフの犬


《プロローグ》


昔から、手品師というものが嫌いだった。

手品自体は好きだ。
思わぬ所からコインを出して見せたり、切り刻んだはずの紙をまた出してみたり。
幼い頃そんな摩訶不思議さに魅了されて、テレビで手品番組が放映されていると始まってから終わるまでずっとテレビに張り付いて、親によく叱られたのを覚えている。

だが、それを演出するための種も仕掛けもあると知った時。
裏切られた。と、思った。
元々裏切られるような間柄でもないが俺の幼心は多大な傷を負った。

その傷が俺の将来を決めたのだと思う。


手品師の裏切りを知って以来、どんな物事にも仕掛けがあると信じて疑わなくなり、どんな物事にも科学的な裏付けを求めるようになった。
だから理科系等の勉学は好きだったが、答えが複数個ある曖昧な国語は大嫌いだった。
白黒はっきりしろよ。って。

未解決事件。と聞くとイライラした。
曖昧が嫌いだったから。


結局俺は刑事になった。

勿論、未解決事件を解決するためだ。










「… じゃあ、その時は誰も見てないんですね?」
「だからそうだって何回も言ってるでしょ!」少し古ぼけたマンションの廊下に明らかな苛立ちが込められた女性の声が響いた。

俺は手に持っている手帳をパンと勢いよく閉じると、「そうですか、ご協力有難うございました」と形式的な挨拶をした。
年を感じさせる口元の皺を思い切り歪ませて女性はフン!と言った後に扉を閉める。
その時に出来た風が俺の前髪を揺らした。髪が入ってきて目が痛い。

灰色のパネルが敷かれた廊下を進んで突き当たりのエレベーターに乗り、①のボタンを押した。


「無駄なお仕事ごくろーさん」
マンションから出て目の前に置かれている車の扉を開けたと同時に同僚の長谷見が適当な労いの言葉をかけてきた。
「もう少し歓迎してくれてもいいんじゃないのか?」
「完全に謎の事件を追うバカなパートナーの脚になる俺にこそ労いの言葉が有るべきじゃないのか?」
「仕様がないだろ、俺は運転免許もってないんだから」
「フン」

俺は今5年前に起こった殺人事件について調べていた。
まともな目撃者もおらず、犯人を断定する証拠もないために2年ほどで捜査が打ち切られた、まさに未解決事件と呼ぶべき事件だった。
「そもそもよー、三浦、なんでこんな事件ばっか調べてんだよ」
「いつか言ったろ?俺は白黒はっきりさせたいだけだ」
「じゃあ、俺を巻き込むなよ」
「パートナーじゃないか。それに、どうせ暇なんだろ?」
「んなこたねーよ。俺、今日合コンだし」
「少なくとも今は暇だ」
「くそ」

「じゃあ、次は被害者宅付近を調べてみるかー」
「はぁ!?何言ってんだよ!もういいだろうが!!」
「そっちこそ何言ってんだよ、まだ事件は解決してないだろう?」
「100人以上の人間が2年かけて調べてんだよ!もう何にも見つかる訳ねーだろ!大体―」
長谷見がそこまで喋ったところで携帯の電子音が聞えた。長谷見のだ。

「…はい、もしもし。……はい、はい。………分かりました、直ぐ向かいます」

携帯を切った長谷見は嬉しそうに俺に言った。
「おい!事件だ!すぐに本部に向かうぞ!!!」
「はぁ?本当かよ?」
「本当だよっ!さ!戻るぞー!!」
不謹慎な喜び様の刑事は車を急発進させて本部に向かった。




『事件は池袋にあるマンションにて発生。
被害者はグーリーンハイツ302号室の住民、加藤綾菜とその娘の加藤美鈴です。
加藤綾菜はナイフで刺され重体。加藤美鈴は犯人に連れ去られました。
容疑者は小城健介。加藤美鈴とマンション付近を歩いているのを通行人が目撃しています。』
マイクで声量を大きくさせた男が事件について話していた。

「なんでこんな事件をやんなきゃいけねーんだよ…」俺が周りには聞えないようにボソボソと喋った。
「文句言うなよ。昔よりも今の事件やってる方が有意義だろ?」長谷見が同様に小さな声で喋る。
「そんな事やるために刑事になったんじゃねーのに…」
「これが刑事の本分だろう」
「はー………」
やる気の上がらない俺を置いて事件の説明はどんどん進んでいった。



説明終了後、俺たちが命令されたのは1つだけ。
事件発生地域で聞き込みを徹底的にする事。
古典的だな。と俺がぼやくと、長谷見が「よく言うよな」っていう顔をしていた。



「決めた」市街地を走る車内で俺は突然そう言った。
「何をだよ」前を見ながら長谷見が聞く。
「この事件さっさと終わらして、さっさと元の事件に戻ろう」
「さっさとって…。お前個人が頑張ってどうなる物じゃねーだろ」
「とりあえず今日は一日中聞き込みだな」
「無理だよ」長谷見が即答する。
「なんで?」

「俺、今日合コンだから」
溜息が出た。


《1 アドレス》


心臓の鼓動があれほどはっきりと聞えたのは初めてだった。

目の前にある異常なほどの血液を見て腰が完全に抜けてしまっていた。
息遣いは荒く、瞳はただ一点をじっと見つめてしまっていて動かすことができない。

視線の先にいるのは紅い血溜りの中心に立つ人物。

黒い髪の毛に黒いシャツ。ズボンも黒に近い色をしていた。
悪魔と見紛う風貌だった。


「…だ……誰…?」
かすれた声でそう尋ねるとその男はこちらをゆっくりと振り返った。
















「……… そうですか、お時間を割いてしまってスイマセンでした」
そう言うと通行人の男は返事をする代わりに大きな舌打ちをして去っていった。

「… なんだよ、舌打ちまでする事ねーだろ」
「お前の聞き込みがしつこいからだろうが」
愚痴を垂れていると後ろから長谷見の声が聞こえた。

「どういう意味だよ」
「そのまんまの意味だよ。しつこいの」”しつこい”の部分だけ強調して言ってくる。
「俺の聞き込みのどこがしつこいンだよ」
「全部だな」
「……………」

今、俺と長谷見は渋谷駅の前に来ていた。
容疑者の小城とおぼしき人物が女性を連れて歩いていたという情報が入ったからだ。
理由は当然 聞き込み………、なのだが、どういう訳か全く情報が手に入らない。
そこで思案に明け暮れていた…。というとこだろう。

「お前はそもそも何度も何度も同じ事を聞き過ぎなの。そりゃあ、そんな何回も聞かれたらどんな聖人君子だってイライラするってもんだよ」
「…ウソついてるかもしれねーだろ?」
「なんのメリットがあるんだよ…」

「ま!ここは俺に任せて、聞き込み下手な三浦クンは休んでて居なさいよ」
そう言って長谷見は20代程度の2人組の女性たちの所へ向かった。


遠くからじゃ会話の内容は全く分からなかったが、少なくとも険悪な雰囲気でないことは見て分かった。
長谷見が聞き込みをしている所をあまり見たことがなかったので高みの見物と洒落こんで様子を見ていたのだが、突然3人が動き出したので慌てて長谷見に近づいた。
「おいっ、どこ行くつもりだよ!」
長谷見の肩を掴んで振り向かせる。

すると、きょとんとした顔で「どこって…カフェだけど?」といけしゃあしゃあと言い放った。
「なんでカフェに行かなきゃなんねーんだよ!」
「いやぁ、立ち話もなんだからさぁ」
「長谷見さん、その人誰ですかー?」
そこまで話終わった所でさっきの女性が話に入ってきた。

「ん?おぉ、コイツは俺の同僚。三浦って言うんだ」
「じゃあ三浦さんも刑事なんですかー?ヤバーイ!」
なにがヤバイんだ。なにが。

「とりあえずカフェ行こ!ね!」長谷見が女性たちを誘導する。
「おい!長谷見!」
俺の言葉をまるで無視して長谷見たちは人ごみの中を進んで行ってしまった。








「こちらメニューになります」
「あ、直ぐに出るんでいいで…」
「ありがとうございます~」
長谷見は俺の言葉をまた無視してメニューを店員から受け取った。

「じゃあ私アイスコーヒーで」
「私は紅茶」
「あ、俺ホット」
メニューをほとんど見ずに3人は注文する。
店員が急かすように俺の方を見てくるので、「俺もホットで…」と、あまり飲めないコーヒーを頼んでしまった。

「え?じゃあ君達まだ大学生なんだー。若いなー」
「そうですかー?」
「すごく大人っぽいからさー」
俺1人を置いて3人は喋りだす。
完全に孤立してしまった。というかこれは聞き込みなのか?

長谷見の袖を引っ張る。
「おい!これのどこが聞き込みなんだよ!」女性達に聞こえないようにコソコソ喋る。
「いいから、いいから。俺に任せとけって」
「じゃなくて、聞き込みを…」
「東女大なの!?頭も良いんだー」
またまた無視して話に戻りだす。

「…やってらんねー。俺、聞き込みしてくるわ」
「あ、おい!今からメアド交換するんだけどー」
「勝手にしてろよ!」


身勝手な長谷見を置いて俺はカフェを出た。
そのまま10分程度カフェの前で聞き込みを続けていたが、相変わらず貰えるのは新情報ではなく舌打ちばかりだった。

「だから、お前は俺に任せて休んでろっつたろー?」
女性たちとの会話が終わったらしく、長谷見が戻ってきた。

「お前じゃ話にならん。俺がやる」
「じゃあ新情報。手に入ったのか?」
「…………」
「ほらな」
「お前こそ手に入ったのは女子大生のメアドだけじゃねーか!」
「小城健介らしき男は今 浅草周辺に居るらしいぜ?」
「…どこでそんな情報を……」

長谷見は携帯を開くと俺に突きつけた。
さっきの女子大生のものと思われるアドレスが表記されている。

「女の子の情報網をなめちゃ駄目だぜ?」

「…お前良い男だな」
「当然だろ?」



《2 メモ》


昼頃、俺が本部にある喫煙所で一服していた。

窓からは現在建設中のビルが見える。
なんでも今度から東京に進出してくる会社の本社になるんだそうだ。


煙草を吸い終わったので外に出ようとしたらちょうど誰かが入ってきた。
「おや、三浦じゃあないか」
「何の用だよ。一宮」

一宮は俺と同期の刑事だ。
そいつは高い身長に、何かを射竦めるような目を持っていて、いつも何か不気味な笑みを浮かべていた。
一目見たときから何か嫌な印象を一宮に持っていたので、できるだけ一宮と話さないようにしている。…のだが。

「別に、ただ一服しようと思ってね」
「お前は煙草を吸わねーだろうが」
「そうだったか?」そう言って一宮はクククと笑った。

「何にも用がねーなら俺は行くぞ」
「待った、まぁちょっと俺の話を聞いていけよ」
「話?」
「あぁ、小城健介の話だよ」

「なんでも小城健介と被害者の加藤親子は顔見知りだったらしいな」
「そんぐらい知ってるよ」
「あぁ、そうだろうな。…そして、小城健介は記憶障害者だな」一宮は障害者という単語の時に一瞬だけ顔をしかめた。
「記憶障害者?」
「一日経てばその日の記憶を全て忘れてしまうんだと」
「また便利な頭だな」
「そうだ、人を殺したことも全て忘れる」
「…おいおい、まさかもう忘れてるから罪の意識は無いなんて言うんじゃねーだろうな」
「本人は忘れてるだろうな。ただ、誰か人に教えてもらっていたとしたら?」
「…!」

「例えば…今誘拐されている加藤美鈴とか…な」
「被害者が犯人にわざわざ教えるのかよ?」
「クク…どうだろうな」

「まぁ何もそんな事しなくても、メモ帳にでもなんでも書いとけばいいがな」
「…お前の話はまどろっこしいから嫌いだ」

そこで一宮は振り返ってドアノブを引っ張り扉を開ける。
部屋を出る前に一宮はこっちを見て、「別に、俺はただ白黒つけて貰いたいだけだよ」と言って去って行った。

…だからアイツと話すのは嫌なんだ。


















「… 結局!いなかったじゃねーか!小城ぃ!!!」
「……そうだな…」
「なんでだよ!あの女子大生 見間違えやがったのか!!?」
「いや、確かに信憑性はあったはずだ」
「じゃあなんで!?」
「すでに移動していたか……本当の所はわからねーけど」

観光名物の雷門の前で2人の成人男性が怒鳴りあってる。
観光客にとっては酷く迷惑であろう。全く、躾のなってない奴らだ。と。
まぁ当然のごとく、俺と長谷見である訳だが。

「…おい、まさかアイツら嘘吐いてねーだろうな……?」
「何のメリットがあんだよ!」
「あぁぁあぁぁあああああぁぁああぁあ!!!!面倒くせぇええぇえ!!!!!」

「結局やり直しか…」
「チッ!もう聞き込みは飽きたぜ!?」
「最初の勢いはどうした…」
「うっせ!やりゃあ良いんだろ!?やりゃあ!!!」
「聞き込むのは俺だろうが…」

「あ?お前合コンは?」
「非常に残念なんだが、今日は無ぇ」
「喜ばしいことじゃねぇか」
「チッ」
もう言われなれた舌打ちを軽く受け流して俺はさっさと聞き込みに向かった。