第1話

大騒ぎする美羽と、目に涙をうるませて泣きそうな顔の美優。
今にも俺に斬りかかりそうなメイドさんと、
俺と抱き合ったままのドレス姿の金髪の女の子。
混乱に次ぐ混乱の中、何とか正気を保った俺は場所を移動することを提案した。
かろうじてその意見は受け入れられたようで、
ピリピリとした緊張感の中、俺達は一同無言で部屋を出た。

そして舞台は変わって結城家の一階。
リビングに渦中の全員が移動し、テーブルを囲んで向かい合っていた。
一般家庭のリビングでは明らかに浮いているドレス姿の女の子に、メイド姿の女の子。
思いもよらない珍妙な二人の客人に、辺りには相変わらずの緊張感が漂っている。
そういえば、メイドの格好をしているレンさんと呼ばれた女の子には、
気がつけばいつの間にか先ほどまで手に持っていた大きな剣が見当たらなくなっていた。
一体どこへ消えたのだろうか。
本人に聞いてみたかったが、聞いたら理不尽に怒鳴られそうなのでやめておいた。
少しもどかしかった。
「ど、どうぞ」
美優がお盆に載せたお茶を配る。
コトリ、コトリと二度の小さな音を立てて、客人二人の前に湯飲みが置かれた。
「あら、ありがとうございます」
ユリアと呼ばれていた女の子はにこにこと笑っている。
「…………」
対照的に、レンと呼ばれていたメイド姿の女の子は、
一言も言葉を発さずにムスっとしている。
時々、ちょうど向かい側に座る俺の方に目を向けて無言で威圧してくる。
厳しい視線に胃がキリキリと痛む。
どうかやめていただきたい。
このままでは若年性の胃潰瘍になりそうだ。
……そんな病状が実際にあるのかは知らないけども。
「で、何なのよあんた達は」
美羽が、不機嫌そうに口を開いた。
「私ですか? 私は、ユリア・ジルヴァナと申します」
「……ユリア姫様の従者の、レン・ロバインだ」
渋々と言った感じで、ユリアさんに続いてメイドさんが後に続いた。
「あ、俺は結城大翔です。どうぞよろしく」
「結城美羽よ」
「結城美優です。よろしくお願いします」
こちらもそれぞれに自己紹介をすると、
「えぇ。こちらこそよろしくお願いします」
ユリアさんが立ち上がり、身を屈めて丁寧にお辞儀をして再び席に着く。
「あ、そ、そんな。わわ、わざわざご丁寧に」
美優がパニくっている。
「どうどうどう」
俺は立ち上がって同じようにお辞儀をしそうになった美優をなだめた。
ようやく落ち着いたところで、美羽が口を開く。
「で、名前は分かったわよ。でも、私が聞きたいのはあなた達が何者で、
どこから来て、何が目的で兄貴の部屋にいたのか、よ」
美優がうんうんと頷く。
どうやら同じことが聞きたかったらしい。
「そもそも、何で兄貴と抱き合ってたのよ……。
べ、別に羨ましいわけじゃないけど、それにしたって……」
「え、何? 今俺を呼んだ?」
「な、何でもないわよ! 馬鹿兄貴!」
「馬鹿って、おい……」
「うるさい! 馬鹿! 兄貴は黙ってて!」
「……俺が何をした」
美羽が小さな声で何かボソボソと俺の名をだしたかと思うと、突然逆切れした。
反抗期だろうか?
「私達は、ミマエ・ソキウという世界から来ました。
あなた方から見れば異世界から来た、ということになりますね。
目的に関しては、世界の破滅を防ぐためです。
この場に来てしまったのは、ほぼ偶然ですね。
転移魔法はあまり詳しい座標は指定できないもので。
ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
はっきりと語るユリアさんの言葉に、美羽の目が大きく広がった。
「異世界? 魔法? 破滅? 本気で言ってるの?
何なのよそれは? あなたちょっとおかしいんじゃない? 
それともあたしを馬鹿にしてんの?」
「ユリア様を愚弄するかッ!」
イスを蹴倒してレンさんが立ち上がる。
「何よッ! 文句あるの!?」
美羽も負けじと立ち上がり、声を荒げる。
「大体あなた達がそのミマエ・ソキウとやらから来たとして、
何で私達に言葉が通じるのよ! 日本語を普通に喋ってるのはおかしいじゃない!?
それとも、それも翻訳の魔法でも使っていると言いたいの!?」
「その通りだ! それの何がおかしい!」
「……わ、私を馬鹿にしないでッ!!」
「お、お姉ちゃん……」
オロオロと美優が慌てる。
「ま、まぁまぁ。二人とも落ち着いて」
なだめる俺だったが、頭の中は先ほどのユリアさんの言葉でいっぱいだった。
──転移魔法はあまり詳しい座標は指定できないもので。
魔法。
確かにそう言ったのだ、彼女は。
頭の中を、魔法という単語がグルグルと回る。
諦めかけていた、かつての夢。
体の奥が、熱をもったように熱くなってくるのを感じた。
「レン、落ち着きなさい」
やがて、ユリアさんの一言でその場は鎮まった。
「……申し訳ありません」
「……フン」
睨み合っていたレンさんと美羽がまた席に着く。
それを見て安心したのか、美優が大きく息を吐いた。
「まぁ、まずはユリアさんから詳しい話を聞こう」
俺が促すと、ユリアさんは頷いて話を続けた。
「まず、私とレンがやって来た世界は、先ほど申しましたようにミマエ・ソキウと言います。
対してこちらの世界の名はルイレ・ソキウ、と私達は呼んでおります」
ミマエ・ソキウにルイレ・ソキウ、か。
聞き覚えのない単語がぽんぽんと飛び出してくる。
丸っきりファンタジーの世界だな。
「こちらの世界にやってきた目的は、私の世界の王宮から
『黄昏の鍵』と呼ばれる秘宝が何者かによって奪われ、ルイレ・ソキウに持ち運ばれたからです。
私達は秘宝の魔力残滓を見つけ、探知魔法を使ってここまで追いかけてきました。
黄昏の鍵については何分にも古い物のため、ほとんど文献は残っておりませんが、
ただ、その名の通り鍵を示し、世界を破滅に導くほどの力を持つ、と伝えられております」
「……つまり、それを取り戻しに来た、と? でもそれなら、何でたったの二人だけで来たんだ?
探すならもっと多人数の方がいいんじゃないか?」
再び出てきた魔力や探知魔法という魔法に関係ありそうな単語に、思わず反応してしまう。
しかし、慌ててはいけない。
内心の動揺を悟られないように平然を装いながら、俺は疑問を口にした。
「それは精霊の託宣によって、姫様が探索の任に選ばれたからだ。
託宣は絶対にして不可侵。しかし、ユリア様一人ではさすがに心もとないので、
私が護衛としてここにいる。
それに転移魔法は王家でも秘中の秘。おいそれ誰でも使えるわけではない」
横からレンさんが口を挟んだ。
「少人数でしか来られない理由は分かったよ。
でも、精霊の託宣だっけ? それは一体何だ?
それと、さっきからちらほらと姫って単語が聞こえるんだが……」
「あ、はい。そうです。申し遅れましたが、私は王家に属しております。
ミマエ・ソキウでは、政や重要な取り決めは王族による精霊の託宣によって行われるのですが、
王族は民の統治だけではなく、世界そのものを守護するのも定め故に、
偶然、王族の一員であった私が選ばれてここに来たのですよ」
何か凄い単語が聞こえた気がする。
確か、王家とか王族とか?
……何だって!?
「えっと、それは、つまり、ユリアさんは本物のお姫……様?」
「はい、そうですよ」
笑顔で答えるユリアさん。
思わずまじまじと彼女の顔を見つめる。
「え、嘘? 本気でお姫様なの?」
「うわぁ、ユリアさんお姫様なんだぁ……」
美羽と美優も、信じられないものでも見るようにユリアさんを凝視している。
「あたし、本物のお姫様って初めて見た。美優は?」
「私も初めて。うわぁ、何か感動しちゃった」
「あの、みなさん、そんなに見つめられると、照れます……」
もじもじしながら呟くユリアさんはとても可愛かった。
それにしても、俺はお姫様を抱きしめたりしてしまっていたのか。
これは、護衛のレンさんが怒るのも無理はないなぁ。
それでずっと睨まれていたのか。
ふとレンさんの方を見やると、未だ俺の方を厳しい目で睨んでいた。
思わず顔が引きつってしまう。
「あら、どうかなさいましたか?」
「あ、あははは」
俺は誤魔化すように笑った。
「そ、それで、魔法とか精霊とか、世界が滅びることについてもうちょっと詳しく、
お、お話願えますかユリア姫様?」
「分かりました。でも、その前に。
私を呼ぶ時に関してはユリア、で結構ですよ。それに敬語はいりません」
「え、いや、でも」
「よろしいのですか、ユリア様?」
レンさんが困ったように訊ねた。
「いいのです、レン。こちらでは私達は客人です。
それに、こちらの世界では王族という立場も関係ありません。
普通に接してもらった方が良いと思います」
はっきりとした口調には、強い意志が現れていた。
おっとりした見かけによらず、存外に頑固な性格のようだ。
「……ユリア様が、そう仰るなら」
レンさんが渋々言って頷く。
納得できないが、命令なら仕方がないと言ったところだろうか。
「では、ユリア『さん』ってことで」
いくら何でもいきなり呼び捨てはまずいので、俺はさんを付けた。
これくらいが妥当なところだろう。
「はい、分かりました」
俺からさん付けされたユリアさんが、一瞬顔を伏せた気がした。
ほんの少し残念そうだったような。
何となく、そんな風に感じた。
閑話休題。
話は再開される。
「ミマエ・ソキウとルイレ・ソキウは対の存在になっていると、
私達には古くから伝えられております。
世界は互いに干渉し合い、繋がっているため、
どちらかの世界が滅びに瀕すると、
もう片方の世界にも同じく影響がでるとされています」
「それは確かな話なのか? 突然滅びるとか言われても実感が湧かないんだが」
小市民の俺としては、こんな世界を左右するような話は
漫画や映画でしか聞いたことがなくて中々ピンとこなかった。
「この話が本当かどうかは確証はありません。
何分にも、盗まれた秘宝と共に伝えられていた古い話なので。
しかし、事実かどうか秘宝が使われることを待っていては、
万が一の時に互いの世界が滅びてしまいますので」
「それは確かに……」
世界が滅びるなんて嘘だと決め付けて、
のんびりしているうちに世界が滅びてしまいました、では困る。
「私達の世界ミマエ・ソキウでは、全ては精霊による加護を受けております。
万物の根源には精霊があり、人々は精霊と共に生きてゆきます。
精霊との契約によってその力を借りて魔法を顕現させ、
何か事があれば王家の者が精霊によって託宣を受け、それによって指針を得ます」
「王家の人って、こっちの世界で言う昔の巫女さんや神官みたいな感じなのね」
美羽が感心したように言った。
「みこさん……というものがどのような存在かは分かりませんが、
恐らくルイレ・ソキウの概念に当てはめるとそういうものなのでしょう」
「巫女さんでお姫さまかぁ。ちょっと憧れちゃうかも」
わずかに高揚した顔の美優。
頭の中では壮大な妄想が広がっていそうだ。
精霊に託宣に巫女。
大いに結構。
──だが、そんなことよりも今は重要なことがある。
「……えーと、ちょっと質問があるんだけど、いいかな?」
俺はずっと聞きたかった問いをついに口に出した。
「はい、なんでしょうか?」
ユリアさんが可愛らしく小首をかしげる。
期待に胸が膨らむ。
「そ、その。魔法って、俺にでも……使えちゃったりは……するのかな?」
できるだけ普通に言ったつもりだったが、思わず声が上ずってしまった。
ドクドクと心臓の鼓動が早くなる。
テーブルの下で握った手に汗が滲む。
緊張しすぎて、ほんの少し眩暈までしてきた。
──魔法。
かつての、俺の夢。
魔法使いになることが願いにして、全てだった。
もし無理なら無理だと、はっきり言ってほしい。
でも、答えを聞くのが怖い。
怖いけど、聞きたい。
恐れと不安。
でも、それ以上の好奇心。
相反する感情に葛藤する。
否定されると、今までの全てが駄目になってしまいそうな予感がした。
でも、聞かなければ前には進めない。
──やがて、ユリアさんが口を開いた。
俺は、その口元を凝視する。
一言一句聞き漏らさないようにするために。
言葉の全てを胸に刻み付けるために。
「えぇ、使えますよ」
「へっ?」
あっさり言い放った彼女の言葉に、思わず拍子抜けしてしまう。
「ほ、本当に?」
「はい。基本的に精霊との契約さえ交わせば、誰でも使えるようになります。
無論、そこから先は各々の資質や日々の修練によって、
どこまで使えるようになるかは変わるのですが」
そう言うと、ユリアさんは目の前で人差し指を立てた。
「──炎を司る精霊よ」
囁くような言葉と共に、指先にうっすらと小さな炎が灯った。
「凄い……」
魔法という奇跡を目の前にして、美羽が溜め息を吐いた。
美優に至っては、宝石でも見るようにうっとりとした顔でそれを眺めている。
「このような感じです」
炎がフッと消える。
だが俺の心の中では、かつての情熱の炎がメラメラと再燃していた。
「つ、つまり、お、お、俺……」
「はい?」
ユリアさんが不思議そうな顔をする。
「だ、だから、俺も、お、俺俺俺……」
「兄貴、落ち着いて。何かオレオレ詐欺みたいになってる。というか、丸っきり変な人だよ」
「お兄ちゃん、大丈夫……?」
妹達が心配なそうな目でこちらを見ている。
「あ、うん……」
いけない。
緊張してみんなに心配させてしまった。
俺は気持ちを落ち着けるために目を瞑り、大きく深呼吸をする。
落ち着け俺。
大丈夫だ、大丈夫。
こんな時は素数を数えればいい。
素数は孤独な数字。
俺に勇気を与えてくれる。
……素数って何だっけ?
いや、そうじゃなくて、何でもいいから落ち着け。
落ち着かないと、落ち着かないと。
「あの、ヒロト様……? お加減が優れないのでしょうか?」
名前を呼ばれたような気がして、顔を上げる。
ユリアさんがこちらを不安げな顔でじっと見ていた。
「あ、だ、大丈夫です。……ヒロト様って、俺のこと?」
「はい、そうですよ。お加減が優れないのならば、どうかご自愛くださいヒロト様」
優しく言って、にこりとユリアさんが柔らかに微笑む。
「……あ」
心まで溶かしてしまいそうな笑顔に、一瞬言葉を失った。
何て笑顔をするんだろう、この人は。
「あの?」
「あ、うん……」
「ヒロト様?」
「俺は大丈夫で……あ痛ぁッ!?」
と、その時、俺は右足の脛に鋭い痛みを感じて思わず声を上げた。
「な、何するんだ!?」
どうやらつねられたらしい。
隣を向くと、そっぽを向いた美羽が口をとがらせていた。
「兄貴、デレデレしすぎ」
「いや、俺はデレデレなんか……」
「いーや、兄貴はデレデレしてた! だらしなく鼻の下が伸びてた!」
「伸びてないって!」
「絶対に伸びてた!」
「伸びてない!」
「伸びてました! 美優も見てたでしょ!?」
「はぇ!? あ、うん、そうなのお兄ちゃん……?」
突然話を振られた美優が惚けた反応をした。
「違うって! 美羽、美優まで巻き込むなよ!」
「兄貴がデレデレしてるから悪いんでしょ! ねぇ、美優?」
「えーと、私は……」
「だからデレデレなんかしてないって!」
「し・て・ま・し・た!」
「してねぇ!」
「お、お兄ちゃんもお姉ちゃんも落ち着いて……」
不毛な言い争いが尚も続こうとしていた時、
「お前達、いい加減にしろッ!」
レンさんの怒声がリビングに響いた。
まるで鶴の一声だった。
俺達は萎縮して固まり、場はすっかり静かになる。
「あなたはヒロト殿、だったな?」
「は、はいィ!?」
急に名指しで呼ばれ、内心ビクビクしながらも急いで返事を返す俺。
「見たところ、あなたがこの家の家長だな。ちょっとそこに直れ」
「い、いや、もうすでに座っているんですが……」
「口答えをするなッ!」
「サ、サー・イエス・サー!」
「家長ともある者が、この程度の些事でわめいてどうする。
そもそも姫の御前だというのに、礼儀がなっとらん!」
「す、すんません! マジすんません!」
「礼儀とはすべからくして最も重要たるもの。
それを家長でもあり、男児たるヒロト殿が身に着けていなくてどうする。
いいか、私がミマエ・ソキウで王家の近衛騎士団にいた頃、礼儀とは……」
レンさんがどこか遠い目をして語りだした。
「レン、そのくらいにしておきなさい。ヒロト殿が困っておいでです」
「あ、も、申し訳ありません。私としたことがつい……」
間に入ってくれたユリアさんのおかげで、俺はようやくレンさんから解放された。
ユリアさんが途中で止めてくれていなかったら、説教は延々と続いていたことだろう。
レンさんは説教好きで厳しいということが、俺の頭にしっかりとインプットされたのだった。
「助かりましたユリアさん……。
それはそうと、ユリアさんも俺を呼ぶ時には様はいらないですよ」
「分かりました、ヒロトさん。ヒロトさんこそ、敬語はいりませんよ」
「……分かった。これでいいかな、ユリアさん?」
「はい」
ユリアさんが嬉しそうに笑顔を見せた。
「それで、話を戻すけど、実際に世界が滅びるまでに時間はどのくらい残されてるんだ?
「そうですね……」
少し考えるような素振りの後、
「断定はできませんが、秘宝を奪った犯人の目的がその力を解放することならば、
それには膨大な魔力が必要なはずです。
どの様な方法を用いても魔力はすぐには溜まりませんから、
恐らく、長く見積もって一年……と言ったところでしょうか」
「一年か……」
一年は長いようで短い。
それに最高でも一年なので、逆を言えばもっと早い可能性もあるということだ。
つまり、下手をすると……。
「もしかして、数ヶ月くらいで魔力が溜まってしまう可能性も?」
「はい。あまり考えたく可能性ですが、あります」
やはりか。
一応、最悪の事態は想定しておいた方がいいだろう。
一年間のんびり待つなどと悠長なことはしていられない。
と、そこで不意に俺は気が付いた。
俺はさっきからユリアさんに協力しようと考えていないか?
一体何故……と思ったが、答えはすぐに出た。
魔法のためだ。
ユリアさんは、俺でも魔法が使えるようになると言った。
彼女の傍にいれば、魔法について詳しく知ることができるだろう。
──つまり俺は、彼女に魔法を教えてもらいたいのだろう。
足掻き続けても届かなかった夢の切れ端に、ほんの少し手が届いた。
たったそれだけで、俺は彼女に協力しようと決めたのだった。
「それでユリアさん、秘宝のある場所に目処は着いているのか?」
「ええと、大体は。転移魔法では少し座標軸がずれて到着してしまいましたが、
大まかな場所の検討はついています。
ここから……真っ直ぐ北に半刻ほど歩いた辺り、でしょうか」
やけに古い物言いでユリアさんが教えてくれる。
確か一時が現代の二時間で、一刻はその四分の一。
半刻は更にその半分だから……。
「大体、歩いて十五分くらいってとこか」
そこに美羽が話に割って入ってきた。
「ちょっと待ってよ。ここから北に十五分くらいって、私達の学園じゃない!?」
「あ、本当だ。ってことは、秘宝って私達の学園にあるのかな、お兄ちゃん?」
「んー、どうだろう? でも確かにここから北に行っても学園くらいしかないよなぁ……」
確かにうちの学園は広いし、敷地内に何か隠すならうってつけかもしれない。
となると、うちの学園に犯人が潜んでいる……?
「でも、まさかなぁ。学園にあるとは思えないけど……」
「そうよねぇ……」
美羽が相槌を打つ。
「あの、よろしいですか、ヒロトさん?」
「あ、うん。何?」
「その、がくえんという場所は、ヒロトさんには心当たりがあるのですか?」
「そうだよ。えーと、学園は何て言えばいいのかな? 学び舎?
つまり、若者が勉強する場所で、俺を含めてこの家の者は全員通ってるんだ」
「まぁ。それは好都合ですね。私とレンはこちらの世界では土地勘がありません。
それがこんなにすぐに目当ての場所が見つかるとは僥倖です。
いざとなれば、野宿でもしながら怪しい場所を探す覚悟でした」
「の、野宿などとはいけません! 仮にもユリア様は王家の姫君です!
いくら託宣の任が重要とは言え、自重ください!
姫様の御身が夜露で濡れるなどということがあれば、私は、私はッ!」
慌てたように会話に入ってきたレンさんが、テーブルの上で拳を握り締めて震える。
その振動でテーブルがガタガタと揺れた。
……どれだけ力を入れてるんだ、この人は。
「あらあら。レンは心配性ですね」
「ユリア様が気楽すぎるのです!」
「あらあらあら。まぁ、場所も分かった事ですし、早速その学園というところに向かいましょうか」
「はッ。道中、何があろうとも必ずやユリア様をお守りいたします」
「それではヒロトさん、申し訳ないのですが、その学園という場所について
詳しく道筋を教えてもらえないでしょうか?」
「あ、うん。家から出たらまずは道なりに……って、違う!」
そうじゃない。
展開が早いからそのまま答えてしまったが、そうじゃない。
肝心なところが抜けている。
「どうかなさいましたか?」
「どうしたというのだ?」
不思議そうな顔と、訝しげな顔。
どうやら何も気付いていないようだ。
「二人とも、そんな服装で外に出るつもりかッ!?」
メイド服にドレス姿の女の子二人。
しかも、どちらの女の子も抜群にかわいいときている。
このままだと、一歩外に出た瞬間にご近所さんの注目間違い無し。
一体何のコスプレ大会ですか。
ご近所の話題を結城家が独占してしまう。
そんな俺の言葉に、ユリアさんとレンさんは顔を見合わせたのだった。
最終更新:2007年07月13日 02:00
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。