OP2


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カーテンの隙間から漏れてくる日差しが眩しくて、目が覚めた。
大きく背伸びをしながら、あくびを一つ。
コキりと、小気味のいい音が背骨から聞こえてくる。
何だか、えらく懐かしい夢を見ていた気がする。
懐かしい、というくらいだからきっと子供の頃の夢なんだろう。
でも、どんな内容だったのかはよく思い出せない。
まるで記憶の一部にフィルターでもかかっているかのようだ。
何か大事な内容だったような気がするが、
思い出せないものは仕方ない。
記憶力にはほどほどに自信はあるし、
ボケが始まったわけでもないのだが……。
『人生は選択の連続だ』
昔、どこかの偉い人がそう言っていた。
そんな気がする。
俺は夢の内容を思い出すことを諦めるという行為を選択をすると、
体を起こしてベッドから降りた。
壁にかけてある時計を見ると、時刻は午前九時過ぎ。
少々遅い時間帯だが、今日は日曜日。
休日くらいはのんびり寝ていても罰は当たらないだろう。
窓の外からは小鳥の囀りが聞こえてくる。
爽やかな休日の朝。
空気の入れ替えでもしようかと思い、
カーテンを開き、窓を開けてみる。
その瞬間、バッサバッサという景気のいい羽音と共に、
やたら大きな鳥が飛んでいった。
クケェーッとか鳴いてる。
訂正。
どうやら小鳥じゃなかった。
かなりの大物だ。
国内にあんな鳥いたっけか……?
まぁ、それはそれとして、気持ちを切り替える。
窓から顔を出して頭上を仰ぎ見ると、
そこには一面の青空が広がっていた。
降水確率ゼロパーセント確実な快晴。
梅雨も明けたし、今日もいい天気になりそうだ。
俺はのろのろと服を着替えると、
遅めの朝食を取るために部屋を出る。
そして階段を下りて一階へと向かった。
さて、我が家の妹達は俺の朝食を残してくれていればいいが。

「あ、兄貴。おはよー」
「お兄ちゃん、おはよう」
キッチン兼リビングへ入ると、我が家の妹達が声をかけてきた。
二人ともテーブルに囲んで、お茶を飲んでいたようだ。
どうやら朝食を済ませていないのは俺だけらしく、
テーブルの上はすでに片付けられた後だった。
ちなみにぞんざいな口調の方が美羽で、逆に丁寧で大人しい方が美優だ。
対照的な二人だが、どちらも世間で言うところの結構な美少女に該当するらしい。
俺の目から見ても彼女達はかなり可愛いとは思う。
が、所詮は妹。
可愛くても妹は妹であって、それ以上でもそれ以下でもない。
人は幼い頃から共にいる異性を見ても、
次第に何とも思わなくなってしまうらしい。
まぁ、そういうことだ。
「ん、おはよう」
こちらも挨拶を返しながら席へと着く。
「それにしても兄貴、休みだからってちょっと起きるの遅すぎない?」
「別に休みの日くらいはいいじゃないか。俺は血圧低いんだよ」
「え、そ、そうだったの?」
「……初耳なんだけど」
慌てたような美優と、呆れたような美羽の声。
「俺は体が弱いし、血圧が低いせいで毎朝死にそうなんだ」
と、わざとらしく少しふらふらしてみせる。
「あれ? あ、やばい。死ぬかも。というか、死ぬ。具体的に言えばあと一分くらいで死ぬ」
「お、お兄ちゃん!?」
「美優……。兄はもうダメだ……」
体から力を抜き、がっくりと肩を落とす。
まさにアカデミー賞物の演技力だと自画自賛。
「お、お姉ちゃん! お兄ちゃんが、お兄ちゃんが!」
「あぁ、もう! 兄貴も美優をからかわないで! 分かった、分かったから美優、落ち着きなさい!」
「ど、どうしよう!? お兄ちゃんが!」
オロオロしながら美優は今にも泣きそうな顔になる。
俺はここぞとばかりに追撃開始。
「俺が死んだら、亡骸は荒野に埋めてくれ。あぁ、今日は死ぬには、いい日だ……」
お決まりのセリフを残してゆっくりと目を閉じた。
「お兄ちゃぁあああん!!」
「アホくさ……」
俺に駆け寄って肩をがくがくと揺らす美優と、
心底どうでもいいというように呟く美羽。
結城家の朝は、今日も平和だった。

「で、これは何かね美羽君?」
からかいすぎて泣き出した美優を美羽と一緒になだめ、ようやく一息付いた後。
俺は美優に淹れてもらったお茶を飲みながら、
眼前に鎮座している皿の上に乗った物体を指差した。
それは、先ほど美羽が持ってきてテーブルに置いた物だった。
「何って、見たら分かるでしょ」
心外だとばかりに、隣に座っていた美羽が不機嫌そうに答える。
「いや、分からないから聞いているんだが……」
まじまじと眼前のそれを見つめてみる。
ででんと置かれた一つの大きめな皿。
皿の上に乗せられたそれは、全てが真っ黒だった。
とても黒かった。
これでもかと言うくらい全身で黒を主張していた。
皿、そして揃えられた箸。
これらのおかげで、かろうじて皿の上のそれは食べ物であることを示していた。
「で、結局何なの、これ?」
俺は箸で黒い塊をつついてみる。
音もなく、黒い物体は瓦解した。
そこからは、鼻をつくような臭いが立ち込めてきた。
思わず顔をしかめる。
「……トーストと玉子焼き、かな?」
「何で疑問系なんだよ」
自分でも自信がないのか、美羽が答えた声は小さかった。
トーストらしき部分は、黒くなりつつもかろうじて原型を保って四角かった。
これはまだトーストだったんだな、と分かる。
だが問題は玉子焼きだ。
これはもう原型がない。
ただ黒い。
そしてグロい。
というか、これはもはや玉子焼きではない。
かつて玉子焼きであった何かだ。
むしろかわいそうな卵だ。
一体どういう調理方法をしたらこうなるのだろうか?
そこに、向かい側に座る美優が申し訳なさそうに声をかけてくる。
「ごめんね、お兄ちゃん。急いでお姉ちゃんが作ったんだけど、
少し焦げて失敗しちゃったみたいで……」
「べ、別に失敗じゃないもん。ちょっと焦がしただけだし……」
か細い声で言う美羽だが、失敗したことはどう見ても明らかだった。
どうあっても自分の非を認めないつもりなのか。
「美羽。つまり失敗したんだな?」
「だから、失敗したんじゃ……」
「失敗したんだな?」
「だから……」
「失敗したんだな?」
「あー、もう! うるさい! 元はと言えば起きるのが遅い兄貴が悪い!
あたしは悪くない! 文句言ってないで黙って食え!!」
激昂した美羽が大きな音を立て、イスを蹴倒し立ち上がる。
そして、唐突に俺の前にある黒い物体を素手で鷲掴みにした。
「さぁ、食え!!」
一瞬のことだった。
それは何人たりとも止められぬ電光石火の動き。
唖然としていた俺の口に、美羽は強引にそいつを突っ込んだのだ。
「が、げ、ぐ!?」
嫌がらせレベルにまで発展している異臭が鼻腔をつき、
炭化した何かとしか表現できない味が、口いっぱいに広がる。
地獄のハーモニーだ。
「お、お姉ちゃん!?」
どこか遠くから美優の声がする。
「吐いたりしたら許さないわよ!」
美羽の手は、がっちりと俺の顎をホールドしている。
その細腕には凄まじい力が込められている。
何がなんでも全部食えと、そう語っている。
「んー! んー!」
俺は涙目になりながらプルプルと首を振って拒否の意思を表した。
「だ・め」
美羽はにっこりと微笑んだ。
こいつは悪魔だ。
悪魔の娘だ。
羽とか尻尾とか生えてるに違いない。
微笑みながら、ホールドした手を緩めない美羽。
こうなったら結城家最後の良心、美優に賭けるしかない!
「んー! んんー!!」
俺は美優に目で合図を送る。
助けて、と。
「……ッ」
美優は、俺と目が合うと辛そうにして顔を伏せた。
残念だけど、こうなったら自分にはどうしようもないから諦めて。
美優の表情はそう言っていた。
……終わった。
美優も当てにならないのならば、もう覚悟を決めるしかない。
「んんッ!」
俺は気合を込めると、口の中の物をろくに噛まずに一気に飲み込んだ。
「わわっ!?」
美羽が驚いたような声を上げ、ようやく手を離す。
俺は急いで湯飲みを取り、お茶で全てを流し込んだ。
ともすれば胃の奥から逆流してきそうだったそれは、かろうじて収まる。
「死ぬかと思った……」
いや、冗談抜きで。
朝からえらい目にあったもんだ。
美羽は時々、こういう風に暴走する癖があるからなぁ。
「自業自得よ」
そっぽを向いて言う美羽。
口調はそっけないが、ちらちらとこっちを伺っている辺り、
少しは悪いと思っているのだろう。
「大丈夫、お兄ちゃん?」
美優がこちらへ来て、背中をさすってくれた。
「ありがと。もう大丈夫」
「お姉ちゃん、ちょっとやりすぎじゃない?」
じろりと、美優が美羽を睨んだ。
「う……。そ、その、あたしもちょっと悪かったかなー。なんて」
「本当にそう思ってる?」
「思ってる思ってる」
「なら、ちゃんとお兄ちゃんに謝って」
「……兄貴、その、ごめんね」
美羽はそう謝ると、頭を下げた。
「全く。お前は美優の前だけは素直なんだから」
「うぅ……。否定できない自分が悲しい」
俺は苦笑しつつ、うなだれている美羽の頭にぽん、と手を乗せた。
そのまま軽く撫でてやる。
美優は、くすぐったそうに目を細めた。
「ま、料理の上達には今後に期待ってことでよろしく」
「……うん」
美羽の髪はさらさらして撫でやすく、とても心地よかった。
しばらく、美羽はされるがままになる。
「お姉ちゃん嬉しそうでいいなぁ……」
その様子を見ていた美羽の一言に、美優は顔を赤くしてパッと俺から離れた。
「なななな、何を言ってるの!? べ、別にあたしは嬉しくなんてないんだからね!?」
「お姉ちゃん、いいなぁ」
「だ・か・ら! 美優、あたしは全然嬉しくは……」
「いいなぁ」
必死に反論する美羽と、ひたすらうらやましいを繰り返す美優。
……だめだこりゃ。
延々と続く平行線の会話に、俺はやれやれと溜め息を吐いた。
「じゃあ、俺は部屋に戻って昼まで寝直すかな」
イスから立ち上がる。
「兄貴、まだ寝る気なの?」
「どうせやることもないしな」
それに、実を言うとさっき美羽に食わされたアレのおかげで少々気分が悪い。
しばらくベッドで横になりたかった。
「あ、お姉ちゃんの代わりと言ってはなんだけど、私が何か軽く作ろうか?」
「い、いや、昼も近いし、それまで我慢するよ」
今すぐ何か食べると、間違いなく吐いてしまう。
それだけは避けたかった。
「ん、分かった。おやすみ、お兄ちゃん」
「あんまし寝すぎるのは感心しないけど、おやすみ兄貴」
「あぁ、おやすみ」
俺は二人に背を向け、軽く手を上げて答えると自分の部屋へと戻った。

ベッドにごろんと身を投げ出し、天井を眺める。
特に何も考えずに、しばらくそうしていると、
もたれ気味だった胃はマシになり、ようやく気分は良くなってきた。
さて、今日は何をしようかなと改めて考えてみるが、
特に用事は見つからなかった。
今日に限ったことでもない。
もうずっと前からだ。
──俺には、やりたいことがない。
学園でも部活に入っていないし、
かと言って部活以外に何かしたいかと言うと取り立てて趣味もない。
かつて子供の頃、魔法使いになりたいなどと思って、
何かに憑かれたように日夜研鑽に励んだ日々もあった。
今ではそれも遠い昔。
その夢を半ば諦めた今となっては、
他にやりたいことも見つからず、
やろうと思うような情熱も起こらず、
ただ毎日を何となく過ごしているだけだった。
「はぁ……」
いつからか一人の時の癖になりつつある溜め息を吐く。
俺は、何をやってるんだろう。
天井にある白い蛍光灯をぼんやり見ながら、自問する。
蛍光灯の灯りに、とりとめのない考えが浮かんでは消えていく。
──溜め息を吐いた数だけ、幸せは逃げていく。
どこかで聞いた言葉を、不意に思い出した。
それなら、俺にはもう幸せなんか残っていないんじゃなかろうか。
もう何度溜め息を吐いたか数えられないほどだ。
「魔法使いになる、か」
言葉に出してみるのは簡単だが、それを成すのは難しい。
それは、この身に染みて分かっている。
「分かっては、いるんだけどなぁ……」
そしてまた溜め息を一つ吐いた時だった。
──不意に、耳鳴りがした。
「……な、なんだ?」
耳の奥が、ギシギシと不快な音を立てている。
部屋の空気が震える。
普段とは違う明らかな違和感。
俺の目の前で、天井の形がゆっくりと歪んだ。
「一体なんだよ!?」
答えはない。
耳鳴りは更に大きくなり、頭痛を誘発する。
ベッドがガタガタと揺れる。
空間が軋みを上げる。
天井の歪みは渦を巻くように回転し、そして──
そこから、不意に女の子が現れた。
「なッ!?」
女の子?
ドレス?
金髪?
誰?
思考がまとまらない。
ろくに驚いている暇すらない内に、
俺へと目掛けてドレス姿の女の子が落下してきた。
「うわぁ!?」
仰向けの体制のまま、慌てて抱きとめる。
思ったほどは重くはなかった。
ふんわりといい匂いがした。
香水の香りだろうか?
……じゃなくて!
「ど、どちら様でしょう?」
「ん……」
俺の上で女の子が身動ぎし、目を開ける。
輝くような豪奢な金髪に、整った顔立ち。
まるで、西洋の人形のような美少女だった。
「あら。こんにちは」
女の子は俺に気付くと、にっこりと微笑んだ。
気品のある、花のような笑顔だった。
「こ、こんにちは」
釣られてとりあえず挨拶を返す。
「重畳ですがお尋ねします。こちらはルイレ・ソキウで間違いないしょうか?」
「ルイレ……ソキウ?」
突然の質問。
聞き覚えのない単語。
頭の中にハテナマークが乱舞する。
「聞き覚えがない、という顔ですね。
つまりこちらはルイレ・ソキウで間違いないようですね」
うんうんと頷く少女。
「えーと……」
俺は展開についていけない。
「このままだと、世界は滅びに向かいます」
「……はい?」
続いて何気なく放たれた女の子の一言に、俺は愕然とした。
「世界が、滅びる?」
なんだそりゃ?
この子は一体何を言っているのだろうか?
「そもそも、そうじゃなくて、あの──」
俺が言葉を続けようとしたその時。
再び、天井が歪んだ。
空気が震え出す。
「またかよッ!?」
「あらあらあら」
俺とは違ってのんびりとした様子の女の子。
天井の渦の中から、また誰かが落下してきた。
──それは、メイド姿の女の子だった。
メイドさんは空中でバランスを取り、
くるっと一回転すると同時にベッドの横に見事な着地をした。
凛とした整った顔。
たなびくスカート。
ドスンと、着地による大きな音が部屋に響く。
着地したメイドさんは、俺達の方に目を向けると大きな声で叫んだ。
「ユリア様、ご無事ですか!?」
「はい。大丈夫ですよ、レン」
ユリアと呼ばれた女の子が落ち着いて答える。
……ベッドの上で、俺に抱かれたままで。
「……貴様、姫様に何をしている?」
レンと呼ばれたメイドさんが、俺を射殺すかのように厳しい視線で睨んだ。
「姫様……?」
このユリアって子のことか?
相変わらず事態が把握できない俺に向かって、
メイドさんはあからさまな殺気を発していた。
「場合によってはその命、ここで尽き果てると思え」
そう言い放ったメイドさんの両手には、いつの間にか大きな剣が握られていた。
その切っ先は俺の首の前でピタリと止まっている。
「な、な、な、何も、俺は」
どもって上手く言葉が出ない。
急展開すぎる。
もう何がなんだか分からない。
そこで、バタンと大きな音を立てて部屋のドアが開いた。
「ちょっと兄貴、さっきの大きな音は何!?」
「お兄ちゃん、何かあったの!?」
入ってきたのは、美羽と美優。
そして、ドアを開けたままこちらを見て動きが止まる。
その視線の先には──
ベッドの上で金髪の女の子と抱き合ったままの俺。
その目の前には大剣を向けて殺し屋のような目をしているメイドさん。
──時が、止まっていた。
泣きそうな顔の俺と、にこにこ笑っているユリアと呼ばれた女の子。
殺る気満々で俺に剣を突きつけているメイドさん。
こちらを凝視し、ドアの前で固まったまま動かない妹二人。
奇妙な空間が形成されていた。

思えばこの日、この時からだ。
傍観者でしかなかった俺が、舞台へと上がるきっかけとなったのは。
こうして俺の、波乱の日々は幕を開けた。
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