世界が見えた世界・3話 C


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 陽菜が一人増えただけで食卓は大賑わいになった。
「うまーい! ううう、ヒロ君がこんなに料理が上手になってるなんて……!」
「兄貴、今日は随分気合入れて作ってるね……!」
「ここまで凝ってるご飯、あまり、ないよね……」
 陽菜だけでなく美優や美羽も驚いてくれている。ふふふ、がんばった甲斐があったな。
「ふむ、やはりこの味わい深さはすばらしい。ヒロト殿。あとでレシピを教えてもらいたいのだが」
「もちろん。その代わりといってはなんですが……」
「当然、こちらもレシピをいくつか教えさせていただく」
 交換条件成立。俺とレンさんは固く手を握り合う。料理を通して、ひとつの絆が生まれた瞬間だった。……いや、だから俺は別に必要だから覚えてるだけですよ?
「ヒロトさんはすごいですね。レンがここまで料理で人をほめるなんてはじめて見たわ」
「料理は私の主な仕事のひとつですからね。それなりの実力がなければ認めるなど出来ません」
 そこまでほめられるとやっぱり嬉しかったりするけどさ。単純だな、俺……。
「俺しか作るのがいないし、どうせ食うならうまいほうがいいに決まってるからな……妹達はなぜか上達しない美優に食えればいい美羽だもんな」
「ぐっ……だ、だって食事なんておなかに入っちゃえば一緒じゃない!」
「ほほう。それなら、今食ってるそれを食わずに一人だけカロリーメートでも食っとくか?」
「むううううぅぅぅっ!」
 生意気なことを言う美羽を撃沈する。例えどう思っていようとも、目の前にうまい飯があるのなら食いたくなるのが人間ってもんだ。
「……わ、ワタシだってがんばってる、もん」
「黙れ台所立ち入り禁止娘め。お前は俺とレンさんの料理を食って人間様の味付けというものを身につけろ」
「はううううぅぅぅ……」
 うちの台所は劇物製造所じゃない。努力は買うが、さすがに今日ほど酷い結果を出すと堪忍袋が弾け飛ぶ。
「でもねーヒロ君。ヒロ君がこれだけ上手だと、美羽ちゃんも美優ちゃんも正直料理やりにくいと思うんだよねっ!」
「何でそうなるんだ?」
「だって、好きな人にはおいしい料理食べてもらいたいじゃん。好きな人が自分よりおいしい料理作っちゃったらそりゃやりにくいってば」
「別に俺のためじゃなくても、自分のためだとか学校の友達だとか。今ならユリアさんたちもいるし」
 陽菜は深いため息をつく。
「わかっちゃいない……なにもわかっちゃあいないね、ヒロ君! 女心はそんな単純なものではないのだよっ!」
 どおぉんっ! という効果音でも聞こえてきそうなくらい気合を入れる陽菜。それはかまわないが、ひとを指差すんじゃありません。
「ぶっちゃけて言えば! ヒロ君が料理うますぎてへこむしかないんですよもう! 自信なんてつきようがない! 自信がないのに料理なんか出来るかっ! ていうか陽菜がいっちゃんへこんでるんだもんうあー!」
 陽菜さんがご乱心なさった。次々に料理を口に運んでいく。
「あー、ちょっと陽菜さんずるい! アタシだってまだぜんぜん食べてないんだからね!」
「わ、ワタシも、もっと食べる……」
「うわーん! ちくしょー! これじゃあ弁当作ってきて『あ、スゴイうまいね』イベントできねーじゃんかぁ! むしろだめだしされるに決まってるんだぁ!!」
 あー、やったなぁそれ。美羽と美優に。って、まさかこいつらが料理に消極的になったのはそのだめだしが理由だったのかっ!?
「料理ですか……私はやったことがないのですけど、やっぱり難しいんですか?」
「それは作るものによります。卵を焼くだけの料理から、いくつもの食材を合わせたものまでありますから。まあ、経験次第ではありますね」
 レンさんの『経験次第』という言葉にびくりと体を振るわせる美羽と美優。どうやら地味に追い討ちになっているらしい。
 にしても相変わらずこの二人はマイペースだなぁ。さすがにこの二人にまで乱心されたらもう対応しきれないけどさ。
「もぉいいもん! こーなったら、てってーてきに食べつくしてやる! ってユリアちゃん食べるのはやっ!?」
「おいしいですから」
「お、おいしいからって……ち、ちっくしょおー! 可愛くてお上品でお姫様で、その上食べる速さが上がってもそんな綺麗なんて! 反則だぁぁ!」
 陽菜が、陽菜がなんか大変だ! っつーかユリアさんマジで食うのはやっ!? 皿にはそれなりの量がついであるのに、俺と同じくらいの速さでどんどん減ってく!? しかもマナーの見本みたいに綺麗に! なんだこれ、どういう手品だよ……。
「作法も極めればここまでいけるということですな。まあ、慣れです」
「慣れ……っすか。びみょーに納得いかねぇけど……」
 ユリアさんの意外な特技に驚きながら食事を終える頃には、結局料理はひとつとして余っていなかった。女の胃袋、恐るべし……。




「今日は、いっぱいいっぱいありがとね!」
「別にあれで喜んでくれるならこっちとしても大助かりだよ。また、その内飯食いに来いよ」
「うん! でも、その前に陽菜ももっと料理が上手になってヒロ君に食べさせてあげたいところだね」
「まあ、無理するな」
「むぅ~~~!」
 ちょっと意地悪するだけでこれだ。んっとに、面白いな。
「ヒロ君は昔っからそうだったもんね! そうやって人のことからかってばっかり」
「……………………」
 そう、だったっけか。やっぱ、覚えて、ねぇや。美羽や美優には、だいたいこんな感じだったから、まあ、陽菜も、こんな風に接してたんだろう、けどな。
 やっぱ、感覚だけあって記憶がねぇってのは、なんか。…………気持ち、わりぃ…………。
「……ヒロ君? どうしたの、なんか顔色悪いよ!? も、もしかして変なものでも食べたとか!?」
「さっきまで人の飯くってた口でそういう事言うのはこの口かぁ、ああんっ!?」
「ひ、ひたひ、ひたふぃよ、ひろふんっ! ご、ごめんにゃふぁい!!」
 うわ、こいつほっぺたすげぇ柔らかいぞ! なんという触り心地のよさ……これは間違いなく流行る。俺の中で。
「ひ、ひろふん? ひろふーん! はなひへ、はなひへよほ!」
「おお、悪い悪い。なんかすごい触り心地が良くて癖になりそうだった」
「へ? へえぇぇぇぇっ!? ほへ、ほの、ほへ、はっはら、ひょっほふはいはら、はわっへもいいへお…………」
 やべぇ、何いってるのかぜんぜんわかんないけど面白可愛い。
「あのう……何をしているんですか?」
「ってうわ、ユリアさん!? いつからそこに?」
「『昔っからそうだったもんね!』のあたりからですね」
 ……滅茶苦茶最初からじゃん。俺が陽菜を送りに出てすぐ出てきてたのか……考え事してたから気がつかなかった。
「あの……ヒナさんは離さなくていいのですか?」
「ん、ああそうだな」
「ふ、ふひぃ、やっと開放された……天国と地獄が入り混じった長いようで短いような複雑怪奇奇々怪々時間だったよ」
 ずいぶんとカオスな時間を過ごしてるな、陽菜。そんなに強くは引っ張ってないと思うんだけど……。
「それでユリアさん、何か用があったんじゃないの?」
「ええ、ヒナさんとお話がしたくって……少しいいですか、ヒナさん」
「ほへ……う、うん。何だろう?」
 ユリアさんは陽菜をつれて俺から少し離れた……っつーか、そこは陽菜の家の前だ。見送りに出て行ったはずの俺が置いていかれたぞ……。見ている雰囲気だとどうやらユリアさんが陽菜に何かを訊ねているらしい。陽菜は時々何かを思い出すようにしながら、どこか懐かしそうな表情でそれに答えている。
 ん、なんだ、2人してこっち見たぞ? あんな反応されたら気になって仕方ないんだけどな……。
 10分ほど経ってから2人は戻ってきた。いや、陽菜はもう帰っちゃっていいんだぞ?
「すみません、お待たせしてしまって」
「いや、別にかまわないけど……何の話だったのか、聞いてみてもいいのか?」
「それは……どうでしょう?」
 いや、俺に聞かれても……かわりに陽菜に視線を向けてみると。
「あははー……」
 こっちも微妙に困った顔をしている。はぁ……。
「ま、別にいいけどな。陽菜はそろそろ帰らないと、もう遅いだろ」
「うん。それじゃあヒロ君、明日ね」
「それでは、また」
 陽菜は駆け足で自分の家へ入っていった。
「ヒロトさんは、ヒナさんのことを忘れていたそうですね?」
「そのことについてはちゃんと反省してるから、勘弁してほしいんだけど……」
「あ、違うんです。別に責めているわけではなくて……何もかも忘れていたんですか、というのが聞きたくて」
「いや、別に赤の他人ってくらい忘れてたわけじゃないよ。ただ、覚えてるんだけどいつどこで知ったのかがわからないっていう感じだった。……幼馴染なのにな」
 確証はないけど、もしかしたら誰かに魔法をかけられたのかもしれないとも思う。でも、だったらなんだってんだ? 忘れてたことには変わりはなくて、たとえ魔法をかけられていても今日思い出せたのならもっと前に思い出せても良かっただろ。なのに今まで忘れてたのなら、それは俺の落ち度じゃねーか。くそっ。
 陽菜は、俺が陽菜のことを思い出したときあんなうれしそうにしてくれた。それだけうれしいと思ってくれていたんだ。それなら、今まで俺に忘れられてる間、俺は知らないうちにあいつのことを傷つけていたんじゃないのか? 悲しませていたんじゃないのか? だから、あんなに喜んでくれたんじゃないのか?
 だったら、魔法のせいにするのは俺の弱さだ。魔法のせいにして逃げようとしてるだけだ。魔法なんか……。
「でも、思い出せたのなら良かったですね。それなら、これからをたくさん築くことができるんですから」
「そりゃ、そうだけど。やっぱり、悪かったなって思うよ」
「ヒロトさん!」
 ユリアさんは、自嘲する俺をしかりつけるように、腰に手を当て、人差し指をピンと立てる。
「ヒロトさんはそうやって昔のことを気にしすぎです。ヒナさんは明日からのことを考えているのに、ヒロトさんが昔のことばかり考えていたらヒナさんがかわいそうですよ! 相手のことを思ってあげられるのなら、昔のことを反省するより、明日からのことを考えてあげてください……ヒナさんは、それを望んでいます」
「…………そうだな、確かに、そうだ。はは、なんか説教されちゃったな。ありがとう、ユリアさん」
 ユリアさんは優しく微笑む。慈しむように、見守るように。
 くるりと身を翻し、道の真ん中で振り返る。
 月を背負い、星を身にまとい、夜風を従え。
「私も同じです。どのくらいの間かはわかりませんけど、これからがあります。ここにいる皆さんと一緒に紡ぐ、明日があります。ヒロトさんと一緒に見られる明日があります。……私はその中で、笑っていたいです。皆さんに、笑っていてほしいです」
 静かに瞳を閉じ、胸に手を当て、深く、深く言葉を紡ぐ。
「ヒロトさん。みんながあなたを信頼しています。応援しています。愛しています。だからヒロトさん、明日を見ましょう。明日をもっと幸せにしましょう。そして、時々昔を振り返りながら、ちょっぴり落ち込んでください。そのたびに、私があなたの手を取りますから」
 あったかい言葉にちょっと照れて、月明かりから顔をそらす。
「まあ、できる限りがんばるよ……そこまで愛されてるとは思えないけどな」
「まあ、私のいう事が信用できませんか?」
「俺は人の言う事は話半分に聞くようにしてるんだよ。でも、ありがと。確かに後ろ向きなのは俺にはむいてないしな」
「はい! 前を向いていきましょう!」
 ユリアさんと並んで家に戻る――前に、ちょっとだけ月を振り返る。
 思ったとおりだった。このお姫様には、月が似合う。




 なんつーか、どうしたもんだろうな。明日は学校だってのに、また夜中に目が覚めるようになってしまった。
「時間つぶすのも面倒だし、かといって布団にずっと入っててもなぁ……」
 取り合えず牛乳をレンジであっためてホットミルクにする。本当はちゃんと鍋であっためたいところだけど、夜中に音を立てるわけにもいかないし。
「なんつーか、体内時計が狂ってるって言うか、意識がざわつくって言うか……変な感じだ」
 こういう感覚には覚えがあるようなないような気がするけど、そもそも今感じてるのだって気のせいかもしれないしなぁ。考えるだけ無駄かも。
「ヒロト殿、こんな時間にどうした?」
「レンさん。いや、なんか目が覚めちゃって。そういうレンさんは、どうして?」
 現在、草木も眠る丑三つ時。人より幽霊妖怪化けの物と出くわしやすい時間帯だ。
「昨日今日と鍛錬をしていないからな。少し体を動かしておこうと思ったのだ。……どこか近くに、広場があればいいのだが」
 そういえばこの人はメイドであると同時に騎士でもあるんだったか。
 腰に下げられた剣を見て、嫌な記憶が掘り起こされそうになる。
「それじゃあ、近くの河川敷まで案内しますよ」
「いや、こんな夜中に付き合わなくても、場所さえ教えてもらえればかまわない」
 だが、俺はレンさんの言葉を無視してホットミルクを一気に飲み干す。
 くぁ~、さすがに、出来立てで一気飲みするのはしんどい。のどが熱い。
「言ったでしょう、俺も眠れないんですよ。ちょっと体を動かしたほうが眠れます」
「……そうか、それでは、案内を頼む」
 レンさんに紹介したのは、今日陽菜と再会――というか、陽菜のことを俺が思い出した、あの河川敷だ。ここなら十分な広さがあるし足場も悪くない。剣の鍛錬がどのようなものかは分からないが、この条件なら申し分ないだろう。
「なるほど……これほどの広さと足場なら十分だ」
「それはいいですけど、絶対に人には見られないでくださいよ……警察に捕まるにゃ十分な理由を引っ提げてるんですから」
 文字通り、引っ提げられたそれ。警察に捕まってしまう理由――完全無欠に実用性満点の、あの剣を見る。
 ていうか、入国管理のときに引っかからないのかアレ。それとも、外交特権とか何かか。黒い大人の世界か。
「ヒロト殿は離れていてくれ。意外と射程は広いからな」
「安心してください、来いって言われても近寄りませんよそんなの」
「賢明な判断だ」
 レンさんは笑う。
 すぅっとその表情が湖面のように静まり、鋭い視線が切っ先と重なった。
「すぅぅぅぅ……はぁぁぁ。せぇいっ!!」
 大きな深呼吸――静止、そして、空を切り裂く一振り。たっぷり10メートル以上離れているというのに、剣風が逆巻き髪を乱す。
「は! せ! やぁぁ!!」
 早く、大きく、大胆でいながら、精密。体の各部の動きを見事に統制し、それぞれの動きが全体の動きを形作る。要するに、無駄がない。流れるように剣を振るうその姿は、軽やかな舞にも似ていた。
「しっ! ふっ! せあぁぁ!」
 踏み込んでの突き、そこから剣を返し、振り上げる。勢いに身を乗せて、大きく回転しながらの薙ぎ。地を抉りながら、切り上げる。躍り上がった体を捻り、叩き下ろす。
「これは、すごいな……俺なんか瞬殺もいところだぞ……」
 実は、俺はこれでも喧嘩では負けしらずだった。もともと体格は悪くないし、趣味でジョギングや筋トレなんかもしている。そのほかにも、親父に昔実戦的な格闘術を叩き込んでもらった。
 それでも、これはまったくの別次元だと言う事がわかる。少なくとも、レンさんならテレビでやってる格闘技なんかなら大体の種目で勝てるだろう。それだけの隔絶した技量があった。
「……ちょっと走るだけのつもりだったんだけど……俺も久しぶりにやってみるかな」
 美羽には流されすぎと怒られたばっかりの癖に、やっぱり流されやすい俺。いやー、やっぱ性格はそんな簡単には変わんないわ。
 緩む頬を引き締め、軽く拳を握りだらりと体の両側に垂らす。爪先に体重を移しながら体幹を緩やかに傾ける。
 自分の中にエネルギーが溜まる様を想像する。それを凝縮し、圧縮し、限界まで高め――。
「オォッ!!」
 咆哮と共にしなる右腕が虚空を噛み千切る。体はすでに次の動作への準備を終えている。俺はただ、定められた流れのままに、左足を大きく振り上げた。
 月を蹴り上げんばかりに、高く。





 一時間後、ストレッチをしながら月を見上げていた。
「ヒロト殿には本当に驚かされることばかりだな。まさか、格闘術まで身に着けているとは思わなかった」
 レンさんはしきりに肯いている。
「そんな大層なもんでもないですよ。ちょっと親父に昔、習っていたやつですから。それも基本だけですし」
「それだけ基本がしっかりできているのなら、自分なりに応用もできると思うが」
「応用……って言っても、どうやって応用していいのかわかんないんですよね。親父がやってるところでも見れたら良かったんですけど」
 レンさんはその言葉に、ばつの悪そうな顔をした。そういえば、知ってるんだよな、親父も母さんも、うちにはいないって事。
「あ、別に気にしなくていいですよ。父親が子供より早くいなくなるのは当然のことなんですから。早いか、遅いかだけです」
「しかし……苦労もあっただろう? 確かに早いか遅いかかもしれないが、早すぎる、と言う事もあるだろう」
 それは、確かに、そのとおりかもしれない。でも、いっても仕方のないことだ。いなくなったのなら、それを受け入れないと。
「まあ、俺の話はいいですよ。俺としては、どうして女性のレンさん長時間あんな剣を振り回せるのかがわかんないんすけど。剣って結構重いでしょうに」
「慣れだな」
 慣れって……なんかレンさん、説明のときいっつもそれで済ませてないですか…………。
「あんなアクロバットな動き、どうやってるんですか? なんか3秒くらい空中に浮いてることもありましたよね?」
「工夫だな」
 そうかぁ、工夫かぁ。ぜんぜんわかんないやぁ。……俺、バカにされてる?
 感情がそのまま表情に出ていたようで、それに気付いたレンさんが苦笑する。
「そう不満そうな顔をするな。事実、そういうしかないんだ。まあ、ヒロト殿も先ほどの動きを自分なりに応用できるようになればわかるさ」
「あの基本からは、どうやってもレンさんの動きは思いつかないんですけど……」
「いや、そんなことはない。まあ、鍛錬を欠かさないことだな。そうすれば、もしかしたらいつか私のように動けるかもしれないぞ」
 うーん、とてもそうは思えないけど……まあ、どうせやることはないし、たまに練習してみようかな。
「本当に……君ならば、な」
「レンさん?」
 不意に、レンさんの瞳に悲しみ? 懐かしさ? のようなものがよぎったような気がしたけど、一瞬の事でよくわからなかった。
「さあ、戻ろうか。明日は学校だ」
「そうですね。あんまり遅いと朝起きれなくなる」
 レンさんが剣を腰の鞘に収めたとき、
「あー、ちょっといいかな、君たち」
『え?』
 振り返ると――うおっ、まぶしっ!? なんだこれ、懐中電灯!?
「ちょっと、来てもらっていいかな?」
 光の奥から見えるシルエットは、なんとなく見覚えのあるものだった。帽子を被っていて、腰になにやら無線のようなものを下げている。どうやら、手に持った懐中電灯で照らされているようだ。
 薄く見える服は紺色で、帽子に輝くマークは市民の味方、警察のもの。
 うん。
 これは。
 どうやら。
「レンさん」
 視線だけで合図を送る。
 ――逃げましょう!
 レンさんも、俺の意思を受け取ってくれたらしく、小さくうなずいた。
「君たち、なにをしている、ほら、こっちへ……」
「――今っ!」
 俺の合図と共にいっせいに警官に背を向けて駆け出して……ねぇ!?
 な、なんだ、レンさんはどこに行った!? い、一体なにが……。
「な、いつのまにそんなところ……ぬわーーっ!!」
 と、背後から聞こえてきたのは警官の断末魔。
 これは……まさか……。恐る恐る振り返ると……。
「ん? どうした、ヒロト殿」
「どうした、じゃねぇぇ! な、何してるんですか、レンさん!?」
「いや、ヒロト殿が視線で合図を出しただろう。……『口封じをしよう』と」
 伝わってない! 俺の意思、1ミクロンも伝わってない!
 心のすれ違いが生んだ悲しい結末に全身が震えるのを自覚した。
「レンさん! その人警察官ですよ!? 手ぇ出しちゃまずいですって!!」
「ケーサツ……というのは、どういうものだ?」
 ないのか、この人の国には!?
「ええと、だから……国が定めた、国民を守るための組織ですよ! たまに変な事やってるけど基本的にはそういう組織です!!」
 俺の言葉に、レンさんの視線が俺とうつぶせに倒れる警官の間を5往復ぐらいする。
「…………どうしよう?」
 困った顔で首を傾げないでぇぇ! なにその可愛らしいしぐさは! なんか怒ってるこっちがすっごい悪い気がしてきた!
「どうしようもこうしようもありません。逃げましょう」
「だ、大丈夫なのか、それで……?」
「大丈夫だと信じましょう。ほら、早く!」
「あ、ああ……」
 後ろ髪ひかれる様子のレンさんを促して急いでその場を離れた。
 家に戻って布団に入る頃には眠気が大分戻っていたのだが、どうにも気がかりで眠ることができなかった。
 ――――やっぱり、あれって犯罪だよなぁ。
 ばれませんように。そんな、犯罪者そのものの願い事をしながら。
 ようやく、今日一日が終わったのだった。
ツールボックス

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