僕の世界は壊れない・第五話(演出指定なし)

第五話:家、朝


うだるような熱気。
初夏も過ぎ、セミの鳴く声が幾重にも重なる、そんな季節。
太陽に向けて伸びるヒマワリも、あまりの暑さに少々しおれている。
普通の学生は大方家を出て学校へ向かい、怠惰な大学生が目覚めるくらいの時刻。

そんな中。
陽菜は、制服姿で結城家の裏庭に腕を組みつつ立っている(空気に擬態済み)。
当然のごとく不法侵入。
右手に片方の先端を輪にしたロープを持っている。
何かを決意したような表情で二階の一室を見据えていた。

陽菜「さぁて……いよいよ幼馴染としての当然の権利的なアレをやる時がきたわねっ! 」

不敵に笑いながら、西部劇のカウボーイよろしくロープを振り回し始めた陽菜。
何度か凄い勢いで自分の頭に当たって止まったりもしたが、なんとか綺麗にロープに円を描かせる。
ちなみにその背後、庭の向こう側の道路からは本来の持ち場から離れた黒服の男が気配を断って陽菜を見張っている。
心なしか心配しているような雰囲気で。

陽菜「朝、窓から幼馴染が起こしに来る……何この萌えシチュエーション!ヒロ君萌え死ぬんじゃね!? 」
黒服「……」


黒服は出て行って止めようか迷っている。
人情と任務との間で心が揺らいでいるのだ。
しかし、そこは護衛のプロ。
任務遵守を選び、傍観し続けることにした。

陽菜「家が隣なら自然に出来たけど、私の家はここから3丁目むこう……こないだ来たとき部屋割りを把握しといてよかった! 」


さりげなくストーカー気質をチラ見せしながら、陽菜がグルグルとロープを回す。
十分に円心力を付け、投擲。
見事ロープは二階、大翔の部屋の窓枠の突起に引っかかった。

陽菜「ウェーイ!さぁて起こしに……もう起こすっていうか朝這いしてやるか! ……おっとよだれが! 私髄涎! 」

さながら蜘蛛のように家の壁を這い上がる。
ロープはかなり丈夫で、陽菜の体重を支えるに足りた。
グッグッと力を込め、目標位置に近づいていき……。


陽菜「今日は納涼文化祭! ここで一気に親密になっておけば夏休みはムフフ……ムフフ! 」


窓に手を掛ける陽菜を見て、黒服が数歩下がる。
それとほぼ同時に、窓に紋様……魔方陣が浮かび上がる。

陽菜「ふえ? 」

トライアングルにトライアングルを重ねた陣に光が走る。
――――瞬間、陽菜は衝撃で気を失った。
そして音もなく弾かれ、庭を飛び越えて道路まで吹き飛ばされた。

陽菜「ぅあーーーー……」
黒服「っと! 」

放物線を描きながら落ちる陽菜を、黒服が両手で受け止めた。
周りに誰もいないのを確認し、擬態の解けた陽菜を抱えて結城家の玄関に回る。
軒先にそっと陽菜を横たわらせ、そそくさとその場を退散し、元の位置に帰還。


黒服「そろそろ……来たな」


道路の向こう側から、ジャージ姿の美羽が走ってきた。
立ち止まって玄関の前で息を整え、直後倒れている陽菜を発見。
美羽はしばらくどうするか考えているようだったが、陽菜の首根っこを掴んで家に入っていった。


黒服は一息つき、時計を見てから自分の元々の持ち場、結城家から200mほど離れた、背の高い木が一本だけ立つ茂みに戻る。
木にもたれかかり、携帯を開くと、同時に着信が到着、振動が始まった。

黒服「――――苅野先生」
乃愛「やあ。どうだい、様子は? 」
黒服「沢井陽菜が窓から結城家に侵入を試み、結界に弾かれたこと以外は特に変わりありません」
乃愛「沢井さんも頑張るねぇ……」
黒服「先生の方から口ぞえしていただけませんか?正直に言うと邪魔なので……」
乃愛「恋する乙女の路を塞げっていうのかい?私にはとてもそんなことはできないなぁ、馬に蹴られては困る」


軽く受け流す乃愛の声に、黒服は少し眉を上げる。

黒服「彼女が白だってことには疑いはありませんが……」
乃愛「ま、頑張ってくれさね。あんなことがあった後で神経質になるのは分かるけど」
黒服「……」


あんなこと。
その言葉を聞いて、黒服の目に暗い色が浮かぶ。


2週間前、N湖で起きた大惨事。
無登録の魔法使いによる1コミューンの殲滅。
表向き、つまりN湖が無人だと思っている普通人の間ではちょっとした怪事件といった扱いだが、魔法界では相当な騒ぎになっていた。
学園内でも、生徒達の話題の種となっている。
この手の血なまぐさい事件は過去100年見渡しても魔法界の歴史にはなく、国家間の戦争ものらりくらりとかわしてきたが――。
それは魔法界が徹底的に魔法使いを統制し、例外なく危険思想を除いてきたからである。
非魔法家出身の子供が力に溺れて暴れている程度なら何件となくあるが、それは所詮強い魔法使いが一人いれば片がつく程度のもの。
黒服も一人抑えたことがある。
だが――今回の目撃証言を欠片も残していない犯人は、総計にして七千の魔法使いを屠っている。
老若男女関係なく、だ。
現場は酷いありさまだったらしい。


黒服「あの事件で、あの二人の話が裏付けされたわけですが……厄介な物を引っ張り込んできてくれたものですね」
乃愛「まあ、ユリアちゃん達に罪はない。最高の希望を持ってきてくれたんだ、災厄だって容認できる」
黒服「私にはそう簡単には割り切れません……理解はできますが」
乃愛「理解できるなら構わないさ。仕事に気が入るだろう? 」
黒服「はい……では、時間ですので」
乃愛「そうだ、今日は学園でちょっとしたイベントがあるから、来てみるといい。いい息抜きになるよ」
黒服「……私個人は寝ていたいのですが、行くことになりそうです」
乃愛「君も大概尻に敷かれる子だねぇ……じゃあ」

通話が切れる。
黒服は木にもたれかかるのをやめ、見張りを再開した。







洗面所。
目覚ましに起こされた寝ぼけ面に水を浴びせ、眠気を覚ます。
最近、夜なかなか寝付けない。
近頃もっぱらの話題のN湖事件が気になる、というのもあるが。
どちらかといえば、身近な事の方が頭を悩ませている。


美優「お兄ちゃん……おはよう……」
大翔「ん? ああ、美優か、おはよう」

挨拶を交わすと、美優は俺の隣に立って顔を洗い始める。
低血圧な美優は、朝は特にテンションが低い。
顔を洗うと、何も言わずに洗面所を出ようとする。

大翔「美羽達はまだ起きてないのか? 」
美優「お姉ちゃんはジョギングに行ってて……ユリアさんとレンさんは居間でテレビのニュースを見てたよ」
大翔「この熱い時期にごくろうなこった……ユリア様達、テレビに結構ハマってるよな」
美優「うん……私たち兄妹はあんまり見ないけど、外国の人には新鮮なのかな……? 」


身近な事、の一つ目。
ユリア様達とのカルチャーギャップ。
ユリア様の国は相当なレトロ国家だったらしく、例えば電波を飛ばして試聴するという概念自体を知らなかったらしい。
まあ俺も、原理を説明しろと言われたら困る子なのだが、ガキの頃から生活に密着しているので、なんとなく肌でわかる。
ガスコンロや船は知っているが、電灯や車は知らないらしい。王様の国に入れる物を選ぶセンスを疑う。
件のレンさんとの風呂での騒動なんかも、レンさんが電灯を使わない環境で育ったことに起因した出来事だ。


大翔「……」


思い出してしまった。朝からおっきおっき。
まあ、そんなこんなで、生活上のすれ違いが多発してしまうわけで。
ユリア様達がこの家に来たのは二週間ほど前。
だんだん慣れてはきているのは確かだ。
10日前は扇風機を指で回していたが、昨日、自力で風呂を沸かせるようになっていた。
電力の存在は知っていたのが唯一の救いだ。
ちなみに作業は全てレンさんがやっている。ユリア様はあまり家庭的ではないらしい。


美優「お兄ちゃん? どうしたの? 」
大翔「レンさんの裸を思い出していたんだ」
美優「!! 」


なんとなくノリで美優を赤面させつつ、一緒に食卓に向かう。
既にユリア様は席に付いて俺たちを待っていた。
レンさんはいない。トイレだろうか。

美羽「ただいまー」
レン「む、御帰り、ミウ……ん? その娘は? 」


玄関から美羽の声がした。
どうやら朝のジョギングから帰ってきたらしい。
鉢合わせしたらしいレンさんの驚く声が少し気になるが……。


美羽「兄貴、お客さんだよ」
陽菜「う~~ん……」
レン「確か……いつも朝ヒロト殿を迎えにくる娘だな」
大翔「沢井!? ……気を失ってるように見えるんだが」
美羽「チャイムを鳴らさずに家に入ろうとしたんじゃないかしら」


我が家には、俺の『貫抜(つらぬき)』や美羽の『倍力(ばいりき)』のようなものとは違う、古来の魔法機構が埋め込まれている。
不法侵入を阻止したり、あり得ないほど広い倉庫を生成したりして、時に生活の役に立つこともあれば、不便を引き起こすこともある。
今は亡き俺と美羽の両親が、世界中を旅して掻き集めた魔道具にその主たる原因があるらしい。
俺の知る限りでは、学園とこの家くらいにしかその手の物は存在しない。そもそも魔道具の存在を知ったのは学園に入れたからだ。
取り外そうとしたこともあったが、家を構成する建材自体にそれらが使用されていたので諦めた。
ユリア様達も、この機構には興味があるらしい。様式が自分の国の魔法に似ている、とか。

まあそれはともかく、沢井の方に意識を向ける。
おそらくどこかの侵入者防止の魔方陣に引っかかったのだろうが……まあ、気を失っているだけのようだ。
美優が『戻身(もどしみ)』で治療しているし、じき目が覚めるだろう。


陽菜「ふぬわぁっ!! ろ、六芒星が! 六芒星がくるよ~~……あれ? 」
大翔「……」
美羽「……」
美優「……」
レン「……」
ユリア「あらあら」


身近な事、の二つ目。
沢井の扱いについてだ。
恥ずかしながら俺は女友達に慣れていない。
身内二人と乃愛先生のお陰で、女自体には慣れているのだが、同年代の沢井とは距離感が測りにくいのだ。
似たような時期に出会った同年代のユリア様はおっとり系で向こうから合わせてくれるし、レンさんは主導権を握ってくれる。
古くからの付き合いの美羽と美優はからかったり反撃されたりする間柄。乃愛先生には大人の色気で翻弄されるような感じだ。
あれ?俺、なんか身内以外に微妙に受身だぞ?


陽菜「あ、ああーーっ! 大翔くんっ! それにみなさん! 」
美羽「おはようございます。家に用があるときはチャイムを押すことをお勧めしますよ、沢井先輩」
陽菜「え、えーと……今度から気をつけます。ハイ」


冷たい口調の美羽。しかも生徒会モードだ。
どうも、美羽は沢井とそりが合わないらしい。最も美羽にとっては大抵の人間がそうだが。
美優がおずおずと挨拶をし、沢井も「おはよーッス」と返す。


陽菜「あ、大翔くん……」
大翔「ん? どうした」
陽菜「いっいやっ! なんでもないよっ!? 挨拶しようと思っただけ! 」
大翔「じゃあなんでもあるんじゃ……」


沢井は、ドキッとするほど接近してくることもあれば、凄い勢いで距離を離すこともある。
青少年的にはもっとガンガン接近してきて欲しいのだが、男女関係とはそう急速には発展しないらしい。
いや、別に恋愛感情を抱いているわけではないが。


ユリア「せっかくいらしたのですし、朝食をご一緒にどうでしょう……あ、ヒロト様がよければですけど」
大翔「もちろんいいですよ。沢井、朝食ってきたの? 」
陽菜「うう……頂きたいけど……食べてきちゃったよぉ」
美羽「そうですか。ではお先に学園に行かれてはいかがでしょうか? 今日は納涼祭ですし、早く行けば行くほど楽しめますよ」
陽菜「で、できれば一緒に行きたいです……」
レン「ふむ、ならばそこで待っているといい」


美羽の迫力に自然と敬語になってしまっている沢井を、レンさんがさりげなくフォローしてソファに座らせる。
……しかし美羽は沢井に厳しく当たりすぎる。なぜだろう?
俺は美羽に小声で囁いた。


大翔「おいおい、あんな言い草はないだろう」
美羽「……」


つーん、としている。子供みたいなやつめ……。
まあ、三つ目の悩みがこの美羽の思春期まっさかりな機嫌の悪さなのだが。
機嫌を直そうとしても、機嫌が悪いのでうかつに近づけないという嫌なスパイラルである。無限ループって怖い。

さて、今日は学園でちょっとしたイベントがある。
年に四季にちなんで四回ある、まあ文化祭のような物だ。参加非参加は自由だが、大抵の生徒は参加する。
夏の四季祭は納涼祭、と呼称される。
テストが控えているので、心情的に思いっきり遊べないのが唯一残念なイベントだ。
ちなみに出店や出し物をするのはこの中では美羽と美優だけだ。沢井はどうか知らないが。
妹たちは剣道部と弓道部の合作で道着を着て大和撫子喫茶なるものをやるらしい。
どんな物でも喫茶と付ければそれなりに行きたくなるから不思議だ。
俺とユリア様は帰宅部で自由人。レンさんは出し物こそないものの、風紀委員で見回りの仕事があるそうだ。


レン「ヒロト殿……くれぐれも姫様を頼むぞ。姫の御身から離れるのは不本意ではあるが、任を受けたからには務は全うせねばならん」
大翔「はい、しっかりエスコートしますよ。絶妙にガードしつつ」
ユリア「お祭り……ああ、楽しみですわ」
美羽「私たちは出店にいるから……」
美優「お兄ちゃん、来る? 」
大翔「ん、もちろんだ。美優の晴れ姿も見たいしな」
美優「……やっぱり恥ずかしいから来ないで……」
美羽「…………死ね」
大翔「がーん」



妹に避けられるのは兄として誰もが通る茨の道だと思った。
なんか美羽もまた機嫌悪くなってるし。


食事を各々終え、沢井も連れて出発の準備をする。
玄関を抜け、久しぶりに妹たちも一緒の登校。


陽菜(ヒロ君と一緒に回る計画が……計画がぁ……)


沢井は登校中あまり元気がなかった。大丈夫だろうか。






第五話:学園、昼


いつものように学園に着き、周囲を確認していると、貴俊がトコトコと寄ってきた。


貴俊「よう! 奇遇だな、お前らも今着いたのか? 」
大翔「ああ」
ユリア「貴俊様、ごきげんよう」
貴俊「オッス……しかしお前、何このハーレム。俺も混ぜろ」
大翔「お前を入れると違う方向にルートができてしまうだろ……」
貴俊「気にすんなって。そうだ、一緒に回ろうぜ?みんな一緒に動くんだろ?」

貴俊はレンさん、沢井、ユリア様、美優、美羽に俺を見回して言う。
美羽が俺と行動するのがユリア様だけだと説明すると、貴俊は俺とユリア様に付いてくる、と言った。
ちっ。邪魔なやつめ。
まあ、話すネタが尽きないのはありがたいが。
停留所を出て、他の連中と別れた。
レンさんはやはりユリア様が心配だったようだが、キビキビと見回りの仕事に出ていった。
美羽と美優は着替える為に道場に向かい、沢井は肩を落としながら通りすがった友達に連れられて去っていった。



ユリア「まあ……すごいですわね~~」
貴俊「気合入ってるなー、文化部は」


ユリア様にどこに行きたいのか聞いて、着いた先は。
お化け屋敷。
教室を暗幕で覆い、机や椅子で順路を作っているらしい。
こう言うとショボイ感じがするが、そこは魔法学園。
きっと主催者の能力をフル活用した恐ろしい魔窟になっているに違いない。
読んでいたパンフレットを仕舞って、入り口に立っているぬりかべの仮装をした生徒に入場料を払い、三人で入った。


貴俊「暗ッ!」
ユリア「わぁ……」


中は真っ暗だった。お化け屋敷だから当然だが。
足元を頼りなく照らす紫の光だけが、順路を示している。
とりあえず先に進んでみるか。


……。

…………。

……………………。


何も起こらない。
既に半分ほどは歩いたと思うが……。
まさか最後に驚かそうだなんて浅い考えじゃなかろうな。
俺の左腕にしがみ付いているユリア様はかすかに震えている。
そして俺の右腕にしがみ付いている貴俊は妖艶な手つきで俺の胸元をまさぐっていた。


大翔「まさぐるな! 」
貴俊「ヒィッ、恐ろしい! 」
大翔「恐ろしいのはお前だ! つうかそもそもしがみ付くな、不愉快極まる!」
ユリア「ど、どうなさいました!? 」

俺たちのアホな漫才に、姫様の恐怖心が掻きたてられたようだ。
より強く俺の腕にしがみ付き、慎ましげな胸が押し付けられる。
つまり胸が当たっているということだ。

腕に! 腕に!

正気度が飛びそうな程の心臓の動悸に、息も少し乱れてしまう。

コンマ一秒、現実から逃避。
俺の意識世界の対極の意思が舌戦状態に入っていた。


LAW「いけません! 姦淫は罪ですよ! 今すぐ彼女から離れなさい! 」
CHAOS「ハッ! 何をバカな……目の前にチチがあるんだぞ!! 揉まないほうが罪だ! 」
LAW「詭弁を! お前はそうやって反駁することしかできないんだ!」
CHAOS「それの何が悪い! 大体お前の意見など聞いていない! 自分の美意識を他に押し付けるな! おっぱい! おっぱい! 」
LAW「く……」


秩序さんが劣勢のようだ。
混沌さんは俺の野性に訴えるようなワイルドな論弁を振るい、「なるほど、そうかもなぁ」と思わせてくれる。


CHAOS「まだ何か言うことはあるか! 」
LAW「レンさんにどんな目に合わされるかを考えなさい! 」
CHAOS「私の負けだぁぁぁ~~!!! 」


秩序さんの思い出させてくれたレンさんへの恐怖が混沌さんへの憧れを駆逐した。
ありがとう秩序さん! 怪我はしたくないです!

現実回帰。
とりあえずしがみ付くユリア様を落ち着かせて、離してもらおうと口を開きかけた瞬間。


ユリア「ひゃぁんっ!? 」
大翔「うわっ!? 」
貴俊「な、なんだらばっ!? 」


ひんやりとした感覚が身体を打つ。それも一つではない。
四方八方から、無数の何かが襲ってきている!


貴俊「ああっ! 気持ちイイッ! 」
大翔「お前と言うやつは……ムガババッ」
ユリア「……うう~~」

突っ込みすら謎の物体に塞がれてしまう。
……だが、流石に状況に慣れてきた。この物体は恐らく……。

こんにゃく!

これほどの数は珍しいが、タネが分かってしまいさえすれば打開策は容易い。
ユリア様も微妙に限界っぽいし、早くこの場を切り抜けよう。

大翔「皆、伏せるんだ! これは天井から吊り下げられているはず……ほふく前進で進むぞ! 」
貴俊「ええー、このまま普通に歩いていったほうが気持ちいいぞ」
大翔「変態は黙っていろ! さあユリア様、伏せて! 」
ユリア「は、はい……」

地面に殆ど倒れ込むように伏せたユリア様の手を取ると、じわじわと進みだす。
貴俊も渋々と言った様子で俺たちについて伏せ移動を始めた。
これで一件落着といけばいいが……。


ユリア「きゃあっ!! 」
大翔「うおっ!! 」


いきなり目の前に般若の面が現れた。
床に置いてあったのだろうか?
隣のユリア様は失神してしまった。心臓の弱い人だ。


貴俊「どうしたんだ? 」

後ろにいたので何があったのか見えていない貴俊が問い掛けてくる。

大翔「ああ、ちょっとした罠……」

答えようとした時だった。


大翔「!? 」


般若の面が――動いた。
否、これは――般若の面を被った男が動いたのだ。
とっさの事に反応し切れない俺から隣のユリア様をかっさらい、順路が示す出口に向かって走り出す。
あまりに急な展開に、凍りつく俺と貴俊。
数秒してから、やっと声が出る。

貴俊「お、おい! 待て! 」
大翔「追うぞ! 」

こんにゃくの事も忘れ、立ち上がって走る。
冗談じゃない。学園内で人さらいなんて……想定もしていなかった。
おそらく、この教室からは出ているだろう……どちらに行ったかを受付のぬりかべに聞いて――――。
出口が見える。よし、早速……。


エーデル「いや……だから僕はだな……」
ぬりかべ「あなたお金払ってないしスタッフでもないですよね……しかも気絶した女の子を連れて出てくるし……」
エーデル「黙って言わせておけばこのクソ庶民が! 僕を誰だと心得る! 」
ぬりかべ「般若の面を被った背が高い変質者」
エーデル「……OK、面は外そう」


ユリア様をさらった般若の面の男は受付に捕まっていた。
激しい口論の末、面を外す。
下にあった顔は、いかにもなイケメン面(若干女顔)だった。
先ほどは暗くてよく分からなかったが、青い長髪に金の瞳。
白いどこかの学校の制服を身に纏っている……いや、あれはウチのか?特注のようだが。
姫は床に横たわっていた。


貴俊「アレ……外人か? 」
大翔「……みたいだな」
エーデル「ハッ! 追いつかれてしまったではないか! 貴様どう責任を取ってくれるんだ! 」
ぬりかべ「さぁ……」


受付の人が困ったようにこちらに視線を向けてくる。
いや、向けられても。
俺たちも被害者ですから。
とりあえず近づいてみることにした。


大翔「おい……一体何のつもり……」
エーデル「……貴様が結城大翔か? なるほど、予想通りのマヌケ面だな……」
貴俊「失礼な奴だな! マヌケそうなところも魅力なんじゃないか! 」
大翔「フォローありがとう死んでくれ」


第一印象からして、危険人物であることは間違いなさそうだ。何で俺の名前を知っているのだろうか。
男はこちらの警戒心など関係なく大見得を切る。



エーデル「我が名はエーデル・サフィール! 四昂貴族筆頭、サフィール家の嫡男にして、ユリア姫の許婚だ! 」
大翔「はぁ……」
エーデル「貴様らのような下賤の者に名を教えるなど、本来は絶対にない光栄なことなのだぞ。ありがたく思って敬え下衆ども」
貴俊「へへー」
エーデル「真面目に聞きたまえ! 」


なんというか、バカだなぁ。
最終的な印象はこれだった。多分もうこれで固定だ。
貴俊も似たような印象を持っているだろう。
もう相手をするのも考えるのもめんどくさいので、受付の人の隣に倒れているユリア様を回収する事にした。
スタスタと歩いて、何か言われないうちにユリア様を抱き起こす。


エーデル「ちょ……何をしている! ソレは僕の未来の花嫁だぞ! 」
大翔「そうですね、脳内の式には呼んでください。思念体とか……あとエーテル的なものを飛ばしますんで! ……それでは」
エーデル「貴様ぁ! 」


エーデル……とか名乗った、遅れてきた春先の人は、首に下げたネックレスを天に掲げる。
見る見るうちに、金の鎖が増殖し、結合して、剣の形を模していく。
細身の剣。
西洋風の装飾があちこちに、これでもかと施されている。
仕上げ、とばかりに宝石が鍔に埋め込まれ、宝剣と呼べるような形状の剣が形成された。
春先の人は剣をフェンシング選手のように構えると、勝ち誇ったような表情になって言う。


エーデル「フ……僕の剣技、受けて自分の血に酔え! 結城大翔! 」
大翔「うおっ! 」


本気で突いてきた。バックステップでかわすが、ユリア様を抱えた状態では動きが制限される。
それを計算しているかのような鋭い攻撃が迫る。
こちらが右に動けば右に、左に動けば左に即座に突きが奔る。
ユリア様に当たらない程度のてかげんはしているようだが……。


大翔「レンさんも最初はこんな感じだったな……とっとっと! 」
エーデル「ホラホラホラホラ! いつまでかわし続けられるかな? 」
貴俊「……おーい、俺置いてけぼりかよ」


貴俊はのんきなことを言ってるが、この状況は少々キツイ。
相手が構えの問題から、突きしかしてこないのが救いだ。
ユリア様を離す隙もない。隙があればさっさと逃げ出している。
どうするか……どうしよう……。


エーデル「そろそろ止めを刺してあげよう! 」
大翔「――ま、いいか。男だし、死にはしないだろ」


意識を春先男の足元に集中させる。
ここは三階、北塔廊下。
集中を二階、一階へと流し進ませる。『間』の遮蔽物を確認。
やがて意識は地面、黒土と雑草をイメージ。
意識下で、トリガーを引く。
楕円形に意識が放射され、間のすべての物を貫通して、目標地点に到達した。


エーデル「奥義――――!? 」
大翔「よっと」


次の瞬間、男の足元、三階の床に大穴が開く。
二階の床にも、一階の床にも穴が開き、虫がいそうな土で固められた地面を覗かせている。
驚愕した顔で、空中で一時停止する男。
そして次の瞬間――――。


エーデル「なんとぉーーーーっ!!!? 」


マヌケな声を上げて、落ちていった。
溜息を付き、貴俊に向き直る。


大翔「じゃ、ユリア様を起こして次にいくか」
貴俊「相変わらず規模がでかいな……お前の能力。レンさんが来たら何言われるかわからんぜ、さっさとずらかろう」


貴俊は穴を覗き込んで、恐れ入ったという口調で言う。
おれはそこで、受付の人がいたことに気付いた。
口止めしておくか。


大翔「ああ、そうだ、受付さん。このこと黙っててもらえます? 」
ぬりかべ「まあ、相手が危ない奴みたいだったし……いいよ。聞かれても全部あいつのせいにすればいいさ、庶民とか言われたし」



受付の人は笑ってそう言ってくれた。一安心だ。
しかしあいつ、なんだったんだろう?
外人だから、ユリア様達とも何か関係があるのかもしれないが……。
いや、多分アレはただの変質者だな。どう見てもユリア様達の知り合いとは思えない。
精々ストーカーってところか。
貴俊は、先ほどの男が気になっているようだ。


貴俊「しかし……あいつの扱いはあれでよかったのかな? 」
大翔「なんでユリア様をさらったか、くらいは聞いとけばよかったかもな」
貴俊「いや、そういう因果関係はどうでもいいんだ。いい男だったし、唾つけとけばよかったなーって話」
大翔「やっぱりそっち方面か……」


俺は先ほどより深い嘆息を吐き、ユリア様を起こしにかかる。
あの男の話はしなくてもいいだろう。怖がらせるだけだし。





第五話:昼、学園


目覚めたユリア様に適当に嘘(ユリア様が気絶したので二人で外に運び出した)を吹き込んだ後、穴を見せないように別方向に向かった。
いろいろとみて回り、美優と美羽がやっている大和撫子喫茶の教室に辿り着いた。


ユリア「これは、ティーオンで見たメイド喫茶と似たような物なのでしょうか……」
大翔「女性が衣装で男のロマンを掻きたてる、という点では似たようなものでしょうね」
貴俊「俺としては女の子ではなくむしろお前に袴とか着せたいがね」
大翔「妹たちで我慢してくれ……」


中に入ると、胴衣姿の美優が立っていた。似合っていて可愛らしい。
「いらっしゃいませ」とお辞儀した後、俺たちだと気付いて顔を赤らめる。


美優「三名様ですね……お兄ちゃん、来ないでっていったのに……」
貴俊「これはツンデレ喫茶も兼ねてるの? 」
美優「ご、ごめんなさい……」


言葉尻を捕まえて反応を楽しむ貴俊。
なんて奴だ、俺にもやらせろ。


美羽「あっ……兄貴……」
貴俊「美羽ちゃん、よっす」
美羽「いらっしゃいませ……えと、Bの3の席にどうぞ」
ユリア「ミウ様、剣道着、似合ってますわね」
美羽「蒸れるからあまり長いこと着たくはないんですけどね」
大翔「客の前でそれは言っちゃ駄目だろ……」



席について、適当に飲み物を注文する。
席まで案内してくれた美羽は、そそくさと去っていった。


貴俊「……しかし美羽ちゃんはツンツンしてるなー。家ではデレデレなのか? 」
大翔「家ではもっとツンツンしてるぞ……ツンヅン? って感じ」
ユリア「でも、ミウ様はいい人ですよ。優しいですし」
大翔「……優しいかなぁ」
乃愛「優しいともさ! 」
大翔「うわっ!? 」


先生の声が聞こえた、と思った瞬間、俺の頭が何かやわっこくて温かい物に押し付けられる。
先生が俺を後ろから抱きしめるような格好になっているらしい。
こ、これは……ひょっとしてまたアレか!? アレなのか!?


乃愛「美羽ちゃんはね、優しさを弱さと認識しているのさ。それを隠そうとしても、優しいという事実は変えられないんだなぁ、これが」
大翔「お、俺はハートの鼓動を隠せそうにありません……離してください……」
乃愛「で、人に優しくすることは弱さだ、と思っているのにユリアちゃんのような純粋な子には本質を見せてしまうわけだ。いいねぇ」


人の話を聞かない先生。貴俊に視線を送ってみる。


貴俊「先生! 教師が生徒に対してそんな破廉恥な行為をするなんて教育上よくないと思います! 」
大翔「おっ」
乃愛「混ざる? 」
貴俊「委細承知! 」
大翔「いや、止めろよ! 」


貴俊には期待できないというかもはや懸念しかできないため、常識人のユリア様に目で助けを求める。
しかしユリア様は微笑んでいるだけだ。じゃれていると思っているのだろうか。
いろんな意味で俺の貞操が危ないというのに……。
自分でなんとかするしかない。


大翔「み、美羽がなんですって? 」
乃愛「ん」


話題を強引に戻す手でいこう。
先生もその話は続けたかったらしく、俺を解放して開いた席に座った。
とりあえずは成功したようだ。
足を組んで、俺に運ばれてきたカルピスを飲みながら話し始める。



乃愛「まあ……細かい話をグダグダするつもりはないんだが、一つだけ」
大翔「なんでしょう? 」
乃愛「あの子の優しい面を見たかったら、大翔くんも彼女に優しくしてあげな、ってね」
大翔「こっちから優しく……ですか。放っとけばそのうち機嫌も直って優しくなると思うんですけどね」
乃愛「君ねえ……ツンデレが何もしなくてもデレに移行するとでも思ってるのかい? そんな都合のいい話は創作物の中でもないよ」
貴俊「つまり、俺も今までに増してヒロにアタックする必要があるということだな」
大翔「お前ちょっと喋るな。……まあ、やるだけやってみますよ。あっ」
ユリア「ミウ様がこちらに……」


噂をすれば、というべきか、美羽がこちらに向かってきている。
どうやら先生に気付いて、再度注文を取りに来たようだ。


美羽「先生、いらしてたんですね。何か頼まれますか? 」
乃愛「今日はオフだし、乃愛さんでいいよ。んー……そうだねぇ」


先生がメニューを見て迷っている仕草をしつつ、こちらをチラ見している。
……今実行しろということか。
確かに美羽との微妙にギクシャクした関係を断ち切るなら、いい状況だ。
先生もいるし、ユリア様もいる。


大翔「なあ、美羽」
美羽「……何? 」


……そういえば優しくする、とは具体的にどうすればいいんだろう。
すぐ浮かんだのは、褒めるか、気配りを見せるか。
兄としては、やはり気配りかな。


大翔「胸とか蒸れてないか? 大丈夫? 」
美羽「面ェン!!」


どこからか取り出した竹刀で俺の頭を強打する美羽。
先生は呆れ顔、貴俊はあちゃー、と呟き、ユリア様ですら笑顔を引きつらせている。
頭痛い。二重の意味で。


美羽「せ、セクハラよ! バカ兄貴! 乃愛さんからもなんとか言ってください! いつもこうなんですよ! 」
乃愛「やれやれ大翔くん……君もまだまだだねぇ。妹の気持ちも分からないようじゃ……」
美羽「え、ええっ……気持ちって……な、何言ってるんですか乃愛さん!? 」
乃愛「おっと、ヤブヘビヤブヘビ……うふふ」
ユリア「ヒロト様……流石に今のはちょっと……」
貴俊「もう俺に走ればいいんじゃないか?」


……心理学かなんかの本が欲しくなった。
人の心の機微を読めるようになるんだ。




第五話:昼、学園


美羽が立ち去った後、先生がカルピスの代わりに頼んでくれたオレンジジュースを飲みつつ、先生から色々と妹の扱いのコツを教わった。
貴俊も妹が一人いるので、体験談などを聞いてためになった。今日唯一貴俊から良い印象を受けた。
……流石に、俺も反省した。今後は美羽ともちゃんとコミュニケーションをとらなくては。
ユリア様は、ボーっとしながらたまに相槌を打つ程度だ。あまり兄妹の話には興味がないらしい。


大翔「そういえば、ユリア様はご兄弟とかいらっしゃるんですか? 」
ユリア「いえ、私は……ずっと一人っ子ですわ。兄が欲しいと思ったこともありますから、ミウ様達が羨ましいですわ」
大翔「俺みたいな兄じゃあね……」


すっかり卑屈になってしまった俺を見て、ユリア様が苦笑しながらもフォローの言葉をかけてくれる。


ユリア「これから、頑張っていく気持ちがあればいいと思いますわ。何もしないよりは」
大翔「ユリア様……ありがとうございます」
乃愛「……そういえば、なんで二人とも敬語なんだい?余所余所しい。同い年なんだからもっと自然に喋りなよ」
貴俊「あー、確かにヒロが冗談以外で敬語使ってんのは違和感あるな。ユリアさんの方は様になってるけど」
大翔「権力に弱い男で……」
ユリア「……実はこちらにきてから、少し気になっていたんです。皆さんあまり敬語は使われないようですし」


ユリア様もユリア様で悩みはあるらしい。当然だが。
先生は眉間に指を乗せて、考えながら話す。


乃愛「んーー……ユリアちゃんが敬語を使わないようにすることは出来るかい? 」
ユリア「少し……時間がかかりそうです」
貴俊「そうだ、お前とユリアさんの間でだけ普通に喋る練習してみれば? 最初は名前だけでもさ」
乃愛「グッドアイディア! 」



最終更新:2007年07月01日 00:38
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