まとめ3


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ノア先生ルート 途中まで

「ん……?」
ノア先生は、公園のベンチにゆったりともたれかけて夜空を見上げていた。
「大翔か、まだ30分は経っていないぞ?」
「いえ、ノア先生と話がしたくて」
「話ならさっきもしていたじゃないか」
「……そういうお話じゃなくて……えーと」
やっぱり、微妙にずれた人に説明するのは難しいな。
「…………ふう」
ノア先生はいつの間にか懐から煙草を取り出し、百円ライターで火をつけていた。
「煙草、吸うんですか?」
「ん? ああ、まあ……最近、吸い始めたんだ」
とんとんと地面に灰が落とされる。
マナーとして決して良いとは言えないことだけれど、今は咎める法も機能していない。
俺も、今更そんなことで咎める気はなかった。
「君は注意しないのかい?」
「え?」
「……いや、悪い。私は今君を試したのだよ」
ノア先生は視線だけを伏せて自嘲するように呟いて、懐から携帯灰皿を取り出した。
「試したって……?」
「煙草を吸い始めた頃、私が灰を地面に落としていると美羽に良く怒られたのさ」
「美羽が……?」
「ああ、美羽は人間を愛していたからな。……いつか人間が街に戻ってくるかもしれないのに、そんなことをしたら駄目だと言われた」
吸血鬼と人間、立場は違っても、正義感の強い美羽らしい言葉ではあるなと俺は思った。
「だけれど、君は注意しなかったな」
「あ……別に、誰かに気を遣う必要もないかなって思って」
「いや、責めているわけではないよ、それが普通さ。だかえど美羽は違った。……美羽はな、異常に未来の存在を信じていた。
 もう仲間は自分を含めて四人しかいないのに、それでも絶対に勝利があることを頑なに願っていたんだ」
「ノア先生は、願っていないんですか?」
俺の言葉に、ノア先生はくつくつと喉を鳴らした。
「私はさっき言っただろ? 魔王を何とかするしかないとな。戦う意思はちゃんとある。安心してくれ」
「………………」
なんだか今のノア先生からは、何故か「どうでもいい」ような雰囲気が漂っているような気がするのだ。
戦いはする。だけれどその結果はどうなってもいい。そんな、消極的なのか積極的なのか良く分からない雰囲気が。
「……ノアさん……」
「ああ、君が言いたいことはわかる」
ちょっと待ったと手をかざし、
「私にやる気がない……とか思っているんだろう?」
「え、ああ、いやそんなことは」
「いや、事実だからいいのさ」
「事実って……」
この人は、一体何を考えているんだ?
「実は、今日の分の血を吸っていなくてな」
「え?」
「腹が減ってイライラしているのだよ」
「…………」
ようは、お腹が空いてるだけってことですか。
子どもみたいな人だ。いやまあ、吸血鬼でも人でもお腹が空けば考えがまとまらないものだし仕方ないかもしれないが。
「……と、いうわけで」
べろり、と音がしそうな舌舐めずりをして、ノア先生がねっとりした視線を俺に向ける。
「大翔、君の血を……」
「全力でお断りします!!」
俺は自分の持てる運動能力を全て出しつくしてダッシュ!
今、俺は限界を超える! 人間は本能的に追い詰められたた時にこそ最大限の力を出せるんだぁぁぁぁぁぁ!
「まあ、待て」
あっという間に捕まったああああぁぁぁぁぁぁぁ……。
……まあ、人間の全力なんて吸血鬼にとっちゃあ蚊程も意味がないなんてことわかってましたよ。
でも、それでも。
「い、痛いのは嫌なんですよっ!」
「大丈夫、痛くない」
平然と嘘をつかないでいただきたい。
「前向きになれ!」
「意味がわかりませんよ! そもそも血以外の物じゃダメなんですか!?」
「駄目なんだよ。吸血鬼だけに血(ブラッド)が大好きなんでな……くくく……」
何を笑ってるんだこの人は……?
「あ、今のは血のブラッドと吸血鬼のヴラドをかけた洒落なのだが」
「…………」
物凄くどうでもいい。
どうでもよすぎて涙が出るくらいどうでもいい、他人のペット自慢だとかそんなことくらいどうでもいい。
「逆らってもいいがね、その方が燃えるし、萌える」
「も、モエ……」
「これから先、君が無事に生きていくことが出来るかどうかも、私の胸先三寸なのだがなあ……」
「……うう」
権力者はこれだから卑怯だ……。
「なんだ、マグロになってしまってはつまらないじゃないか……。まあ、君の血はとんでもなく美味なのでいいのだけれど……」
「……!」
ノア先生が俺の首に噛みつこうとしたその時――。
「ノア様」
――ノア先生の影からずぶずぶと美優が生えてくる。
いや、生えるというのはおかしいけれどどう表現していいかわからないので仕方ない。
「なんだ美優、いいところなのに……」
興をそがれたかのようにノア先生が振り向くと、美優は手に輸血パックを持っていた。
「血液の摂取ならばこちらをどうぞ。……そこの人間を心配するわけではありませんが、ノア様の吸血時の痛みには耐えかねるものがありますので……」
「それは心配以外の何でもないだろう」
「え……?」
美優が、俺を心配してくれている?
と、美優の方に目を向けたらにらみ返された。怖い。
「ふむ、まあ鞭の次には飴が必要か。……よし、美優が大翔から血を貰え、それなら飴となろう」
「は……? ノア様、何を……」
「ちょ、ちょっと!? ノアさん!」
結局俺は血を吸われるのか!?
「いーぞ大翔の血は。力の通った人間の血はうまい! それに、血液型は美優の大好きなB型のRH-だ……」
「…………」
「最近、お前は血の摂取を怠りがちだからな、空いた腹には最高に染み入るだろうなあ……」
ゴクリ。

おい。
今、美優が喉を鳴らしたぞ。
「我慢は良くないぞ。大翔もお前になら快く血をわけてくれるだろう」
「だ、誰が――!?」
ノア先生がピッと指を振ると、見えない力が口を塞ぎ一切の発言が禁じられる!
「こ、この人間は嫌いですが……。血に罪はありませんから……」
「……! ……!!!!」
すっかり洗脳され、にじり寄ってくる美優から必死に逃げようとする俺であったが、後ろに回っていたノア先生にがっちりと抑え込まれ、今度こそ諦めざるを得なくなる。
「安心しろ、美優の吸血は気持ちイイんだ。……これは本当だぞ? クセになるというものだ」
その言葉を合図にしたかのように、美優が俺の首筋に噛みつく!
「っ!」
痛……くない?
むしろ、体中に心地よさが広がっていく。
温かい海の中にいるような
干したての布団にくるまっているような
母の腕の中に抱かれているような
そんな全てがどうでも良くなるような気持ちよさに身を任せながら……俺は昇天した。


「……おい、美優。吸いすぎだぞ」
「はっ!」
「うわっ、青白い顔なんてレベルじゃないぞこれは……。あーあ、美優のせいだ」
「わ、私のせいでは……! ノア様がそそのかしたから……!」
「おいおい、上司のせいにするのか?」

……あなた達、大事な話の途中だったってこと、すっかり、忘れて、ますよ、ね。




「ぐ……げほっ……」
起きてすぐに感じたのは、胸を締め付けるような痛み。
心臓を直接握られているかのような気色悪さに思わず吐きそうになり、トイレに駆け込む……が、一向に何も出ることはなく、楽にもなれない。
「なんだ……!?」
酔っ払いよりもおぼつか無い足取りで部屋に戻ろうとするも、途中で無様にも転んでしまう。
手で胸を押さえつけていたせいで、受け身もロクにとることが出来なかった。
「ぐっ!」
昨日は、美優に血を吸われてそのまま気を失ったけれど……まさか、あれが原因なのか?
「げほっ、げほっ……がっ……!」
何かが体の中から競り上がってくるのを感じて、ここで吐くのはまずいと今度は口を抑えるが。
「……!?」
手にかかったのは吐瀉物ではなく――赤く毒々しい色合いの、血液。
「ひ……あ……ぁぁぁ!」
気付けば、俺の体は血の溜まった沼にに浮かんでいて、無数に生えてくる青白い手に足を掴まれ引きずり込まれていく。
「や……やめろ! 離せっ!」
必死にもがきはするけれどまるで意味はなく、ゆっくりと、俺をわざと絶望させるかのようにゆっくりと沈んでいく。
「がっ……げぼっ……」
酷い臭気が鼻を突く。口内に血が入り込んで満足に呼吸もできなくなる。
死ぬ。
このままでは、死んでしまう。
「誰か、助けてくれ……!」

意味もなく伸ばした手の先に、誰かがいた。

「美、美優! 美羽……!」

それは二人の妹で、だけれど俺の方は決して見ることはなく。
互いの首に食らいついて恍惚の表情を浮かべている。
「お、おい! 助けてくれ……!」
美羽と美優はそれでも何も反応を見せず、その場の快楽に身を任せ続けて――
「あああぁぁぁぁあああっ!」
――俺は、血の沼に飲み込まれた。


「はぁっ……!!」
目覚めてみたのは、部屋の天井。
くすんだコンクリートの灰色っだけがあって、俺は自分がいつものベッドに寝ていることを理解する。
「夢……か」
とんでもない悪夢だった。
体中脂汗でびっしょりだ。……今まで着替えたりはしていなかったけれど、これはノア先生に陳情しないとな。
「夢? 夢ってどんな?」
「血の中に飲み込まれる、悪夢だよ……」
「うっわ、凄く羨ましいよそれ」
「……ん?」
そういえば、俺は誰と会話しているんだ?
「あ、ひょっとして寝ぼけてる? おーい、やっほやっほ」
「陽菜?」
「そうですよー。ノア様に何故か一晩ぢゅー大翔君の看病を任された陽菜ですよー」
「看病って……」
首だけを横に動かしてみれば、陽菜はパイプベッドの横に椅子を置いて座りって俺の顔を覗き込んでいた。
「んー、まあ大翔君も災難だったよね。あれだけ血を吸われたら気を失いもするよ」
どうやらあの後、美優とノア先生は責任の押し付け合いに必死だったらしく。
主従関係なのにマジ喧嘩に発展していたようだ。
そんな時、三人が戻るのがあまりにも遅いので、心配してやってきた陽菜が放置されていた俺を保護した。
という顛末が語られて俺は溜息をついた。
「輸血はしたから多分大丈夫だと思うけどね、まだ気分悪かったりする?」
陽菜の親切は素直にありがたかったけれど、今はもう大丈夫だ。
特に動かない所や痛い箇所はない。
「そっか。あー、でも着替えた方が良さそうだねえ……」
「……確かに」
俺の服はもう着ていられる状態ではない。
「あ、そうだ……」
陽菜はいいこと思いついたと言わんがごとく、いやらしい笑みを浮かべてぽんと手を叩いた。
「ちょっと待って、着替え持ってくるから!」
「え……あ、おい……」
静止の声など届く筈もなく、陽菜は部屋から出ていってしまう。


そして、数十分後に俺が着ていたのは。
「…………おい、これはやっぱりないだろ」
「そんなことないよー、ごすろり似合ってる!」
ゴスロリ服だった。
ちなみに俺の趣味ではない、当然だ。
陽菜が言うにはもうここには自分の女物の服しか残っていないらしい。
まあそれは仕方ないにしてもゴスロリはないだろジーンズにTシャツとかあるだろうと文句を言えば、ないなら素っ裸じゃー! と逆切れされ。
こっちもじゃあ素っ裸でいいわー! と逆切れでで返したら、結局陽菜に力づくで抑え込まれ暴漢もさながらにひんむかれそうになった。
陽菜に脱がされるくらいなら自分で着るしかない……! ということで今に到る。
「なんだよこのひらひらは……! こんな所ノア先生や美優には見せられねぇ~」
「だいじょぶだって! 凄く可愛いし! 元の服は適当に洗っといてあげるから!」
「……そうですか」
しかし何を思ってこれを着せようと思ったのか、陽菜の趣味がわからない。
「んー、大翔くん可愛い顔してるし、後はカツラつけてあげれば凄いことになると思うんだけどなあ」
「流石にそれは勘弁してくれ……」
「まあいいけどねえ。しかし、可愛いなあ」
その後10分程視姦され続けた。
早く服洗い終わらないかな……。


今日は外に出るわけにもいかず、ゴスロリ服で引きこもりだ。
鏡がこの部屋になくてよかった、こんな姿を見ていたら俺は今すぐ発狂していただろう。
「はあ……」
何もすることが無くベッドの上で丸まっていたのだけれど。

ドドドドドドド……。

「……?」

地の底から轟くような響きが部屋をがたがたと揺らす。

ドドドドドド……。

いや、違う。
これは、足音?
サバンナを移動するヌーの群れのごとき足音が、近付いて来る……!?

「大翔っ!!」
「ノア先生っ!?」

足音が俺の部屋まで迫ってきたかと思えばドアがぶち破られてノア先生がごろごろと転がりこんできて壁にぶつかりそうになって
「はっ!」と腕だけで飛び上がって床→壁→天井と見事な三角飛びで着地した。

「…………」

一瞬どころか、刹那の出来事だと言ってもいい。

「そ、そんな息を荒くして……どうかしたんですか?」
「はあ……はあ……」
いや、ノア先生は疲労で息を荒くしているわけではない。
興奮して獣のように荒い呼吸となっているのだ。
「ひ、大翔ぉ……。それは、いいじゃないか……」
「な、何がですか?」
本能的な恐怖を感じて部屋の隅まで後退する。
だけれどそれが良くなかった。『逃げる』という行為がノア先生の本能と加虐趣味に火をつけてしまうことになる。
「ふふ……ふははははははははっ! るぱんるぱーん!」
ノア先生が壊れたあああああっ!
「う、うあああああっ!」
理性を失ったノア先生はまさに獣! 獣に飛びかかられては俺に成すすべはなく、あっという間にベッドに組み伏せられる。
「その格好は、私にいじめてほしいという合図だろう?」
「違います!!! こ、これは汗をかいてしまって仕方なく……!」
「いいぞその言い訳も私を刺激する一要素なのだよなんとなく!」
「に、日本語でお願いしますよノアさん!!」
必死に抵抗するも、陽菜の用意したゴスロリ服はびりびりと裂かれていく。
こ、これじゃあまるっきりレ……レイ……。

「いい加減にしてください」

――冷ややかな声が降り注いで、ノア先生が無理やりに引き離される。

「なんだ……美優、邪魔をするな」
ノア先生が不機嫌そうに振り向いた先には、美優がいつの間にか仁王立ちしていた。
「ノア様、いい加減にしてください。それ以上その人間から血を吸うと大変なことになります」
確実に干からびるでしょうね。
「何、後数回くらいなら許容範囲だ」
「自重してください」
「……しつこいな」
ノア先生はゆらりと立ち上がって美優を見返す。……その視線には、えもいわせぬ殺気が籠っていて、とても穏やかな雰囲気とはいえない。
「邪魔をするな。殺すぞ!」
「……の、ノアさん?」
え、マジ喧嘩って、殺し合いに発展しそうなくらいなの?
「っ、ノア様。落ち着いてください……!」
「……私は落ち着いているよ」
傍目から見てもそうは思えない。
「の、ノアさん! 喧嘩はいけませんよ!」
今のノア先生は、怖い。
だけれどこんな雰囲気の中二人を放っておけるほど俺は馬鹿な人間じゃない!
「……………………………悪かった。ここは引こう」
すっと、部屋全体を威圧していたプレッシャーが引いていく。
「頭に血が昇っていたようだ。……ふふ、吸血鬼の頭に血が昇るとは、笑えない」
とは言いつつも、ノア先生はくつくつと喉を鳴らしながら部屋を出て行った。

「ふぅ~」
何とか嵐は去った。
美優も珍しく安堵しているようであったが、すぐに俺を見て冷めた視線を送ってきた。
「その格好は、一体何なんですか?」
「その、格好……?」
はっ……そ、そういえば今の格好は……!

ゴスロリ風ドレスがビリビリに引き裂かれ、まるで男がアッーなことになったような後みたいじゃないか!
「み、みないでくれえええぇぇぇぇ……!」
「…………」
「うう、いっそ笑ってくれ……」
陽菜みたいな反応をしてくれたほうがまだいくらかましだ。
「面白くなければ笑えませんよ」
「うう……」
当たり前のことだけれど、至言だった。



――そして、俺は抜けるような青空の下に立っていた。
「え?」
何故俺はここにいる?
いろんな理由や過程をぶっ飛ばしてしまっている気がする。
考えれば理由に思い当たりそうになるが、何故か靄がかかっていてはっきりと思い出せない。
言いたいことが喉に引っかかって言えないような気持ち悪さが、妙に気になる。
「あれ、この服……」
いつの間にか、俺は元の服に着替えていた。
「……ああ、そうか」
陽菜に許可をもらって、この服を着たまま乾かしに来たんだ。
そうだ。
……そうだった、はずだ。

でも、魔族の襲撃があるかもしれないのに、良く許可が出たもんだよな。
まあ許可が出たからというには大丈夫なんだろうけど。
「……しかし、久しぶりの太陽って、結構きついな……」
ずっと地下に籠っていたせいか、夏の日差しは俺にはやたらときつく感じた。
人間が地上にいようといまいと、やはり太陽には関係ないようだ。……いや、むしろ人がいないほうが生き生きしていられるのかもしれない。
「………………」
でも、この調子ならすぐに乾きそうだな。
アスファルトから発せられる熱を孕んだ風が少し気持ち悪いけれど、それくらい我慢しよう。

ああ……気持ち悪い。
太陽の下にいるってのに、なんでこんなに苦しいんだろう。

「……ん?」

そんな時、遠くから何かが聞こえた気がした。
この街には誰もいないはずなのに、声が届いた。

無邪気な子どもの、笑い声が――。

「あっちは、公園か?」

――俺の中にあった危機意識は、太陽の光の前に溶けて消え去っていた。

そして俺は、公園で信じられない事実を目にする。
「子供!?」
そう、十数人の子供達が無邪気にも公園で遊んでいるのだ。
人間の去った地上で、子供達が遊んでいる。
ブランコを立ち漕ぎし、サッカーボールの取り合いをし、かくれんぼの鬼は必死に数字を数えて、残りは必死に隠れまわる。
そんな、平和でありえない光景が、広がっていた。
もしこんな時期でなければ普通だった。……だけど、その普通の行為が簡単に出来ない今となっては、これは異常なことと言えるのではないだろうか。
「どういうことなんだ……?」
俺がしばらく公園の入り口でぼーっとしていると。
「あ! だれかいる!」
「え? 見つかっちゃったの!?」
「ううん、なんかちがうっぽいよー」

俺の姿を見つけた3人――男の子1人に女の子2人――は、とてとてと俺の方に近寄って来る。
「おにいちゃんだれー?」
「ぐんのひと?」
「もうちょっとあそんでたいよー!」
「え……ああいや……」
俺が子供にせっつかれてどう反応したものかと考えあぐねていると。
「いや、私たちと同じだ。気がねなく遊ぶがいい」

――何故か隣にユリア姫が立っていた。

「え、そうなの?」
「なんだー、よかったー!
「おねえちゃん、おにいちゃん、またね!」
「ああ、また」
俺はまたどう反応すればよいのかわからず、子供達をにこやかに見送るユリア姫を見ていた。
だがそんなことはわかっているとでも言うかのように、ユリア姫はこちらを見てふっと笑い。
「そこのベンチに座ろう」
と、俺に後についてくるように促した。
「…………」
何だか、嫌な予感がしないでもない。
だけれど、せっかくユリア姫に出会えたのだ。この偶然……いや、必然なのかもしれないけれど、それに乗らないという手はないだろう。

俺は、覚悟決めてユリア姫の後を追った。

ユリア姫は、この間ノア先生が座っていたのと同じベンチに優雅に腰掛けた。
やはり、この世界でも気品がある人だ。
「どうした? 隣に座るがいい」
「あ、はい……」
でも、俺のいた世界の姫様とはまるで口調が違う。
あっちの姫はぽやぽやとした頭の中が温かい人だったけれど、こちらの姫は明らかに上から物を見た感じ。
やはり世界が違うと、性格にも違いが出るものなのか。それは美優のことでもわかってたけど。
「さて、結城大翔。私は君に話があってきたのだよ」
「……!? 何で名前を知って……あの、初対面、ですよね?」
この世界では、そうなっている筈だ。
「さあどうかな? 初対面と言えば初対面だし。そうじゃないと言えば変わるかもしれない」
「…………」
何が言いたいのかわからない。
この人は、何かの目的があって俺に接触してきたわけじゃ、ない……?
「あの、あなたの名前は……ユリア……さんで、いいんですか?」
姫は、愛しむような視線を子供達に向けたまま、
「いいや、違う」
はっきりと言いきった。
「名前は、刹那・F・セイエイ」
「いやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいやいや」
真面目な顔をしてくだらないことを言わないで欲しい。
「実は光速の異名を持ち重力を自在に操る高貴なる女性騎士なんだ」
「いろんなとこを敵に回す発言はしない」
「得意技は反復横とび」
「いい加減にしてください。……あなたはユリア姫なんでしょう? 違うんですか?」
「確かにユリアではあるが、姫ではないのだよ。結城大翔」
「……姫じゃ、ない」
「だったら何だという顔をしているな。……意味は無い。意味は無いんだ。この世界での君の存在くらいに、意味がない」
「…………」
「私はな、物語の途中で適当なアドバイスをして去っていく老人みたいなものだ」
ふぉふぉふぉ、なんて冗談めかした笑いと共に美しい微笑みをこちらに向ける。
「君は、子供は好きか?」
「……え?」
「子供は好きかと訊いている」
姫がまた視線を戻した先には、無邪気な子供達が遊んでいる。
この不自然な世界で、あまりにもおかしい状況であったことをふと忘れてしまっていた。
「……子供は、好きですけど。……あの子達は、外に出てきてしまっていいんでしょうか?」
「あの子達はシェルターから勝手に抜け出してきたのさ」
「抜け出す?」
「いまや人間がシェルターに引き込もって半年近くが経とうとしている。皆不満がたまっているのさ。子供達は特に……な」
確かに、あの歳くらいの子供達は遊びたくて遊びたくて仕方がないのだろう。
俺だって、あのくらいあ小さかった頃は妹と朝から晩まで遊んでいたことがある。すり傷を作り、泥だらけになりながら……。
「だが、彼らは外は危険だとあの子達はわかっているのだろうか?」
「……わかって、ないんでしょうね」
ここは、いつ戦いの場になるかわからない。
あの子達は、いつ死んでもおかしくないような場所で笑っているんだ。
知っていればそんなことはできない。
無知故の幸せ……ということか。
「そうだ、わかっていない。子どもはほとんど理由の説明もされていない。……まあ話しても理解出来ないと思われているのだろうな。
 彼らがいつも言われているのは『外には悪い吸血鬼がいるから、出たら食べられちゃうぞ』だ」
姫の言葉を聞いて、俺は驚愕に固まる。
ガツンと横合いから殴られたかのように心が揺さぶられ、思考が停止する。
「悪い吸血鬼って、どういうことですか!?」
考えるよりも先に出た言葉に、姫は落ち着けと短く言って溜息をつく。
「敵の敵は味方にはならない――ということさ」
「意味がわかりませんよ! 吸血鬼は人間を守っているんですよ!?」
「大きな声を出すな。子供達に聞こえるぞ」
「あ……」
忘れかけていた子供達の存在を再び認識し、俺は声をひそめて続けた。
「なんで、そんなことになっているんですか?」
「人は、愚かな生き物だからな。手を差し伸べてくれた存在さえ、信用できないのさ」
「そんな……!」
ノア先生達は、そのことをわかって闘っているのか?
「だから――」
……それは、姫には似合わないシニカルな笑み。
「そんな愚かな奴らは、私が滅ぼしてやる――」
「……!?」
「と、考えている者もいるんだよ」
一瞬のプレッシャーに気圧される。
「ま、魔族……ですよね」
「さあ……どうかな。もしかしたら君の身近にいるかもしれないな」
美優、陽菜、ノア先生。
大事な仲間達の顔が脳裏を過るけれど、俺はその想像をすぐに頭を振って打ち消した。
「あなたは、一体何なんですか? なんで俺にそんなことを話すんですか!」

姫の姿をしたこの女は、一体何者なんだ!
やたらと俺の不安を煽って、何をしようとしているんだ!?

「ただの意味の無い部品さ。『今の』君と同じでね」
「俺と、同じ……?」
意味の無い、部品。
ちょっと前にも、言われたけれど……。
「だけれどそれは、あくまで現時点での話さ。少なくともこの世界には、君を利用としている者は二人いる」
「利用する?」
俺なんかを利用してどうしようと言うのだろう。
かすり傷程度を治すくらいしか出来ない俺に、何をさせようというんだ?
「今はまだ準備期間なのだよ。君は最後の最後、仕上げなのさ」
「意味がわかりませんよ」
「当然だ、わからないように言うものだからな。こういうことは」
「………………」
「すまない。別にいじめてるわけじゃないんだ。そう睨まないでくれ」
別にそんな風に見ていたつもりはなかったけれど、無意識の内に多少恨めしい視線を向けていたのかもしれない。
「仕方無い。ならば最後に予言をしてやろう」
「予言?」
「君はまだ、この世界の絶望を知らない。この異常な世界の本質をまだ見たことがない。
 多少は知ったつもりになっているかもしれないが、今はまだ温室でぬくぬくと過ごしていることにすぎなかったということを、もうすぐ思い知らされる」
「不吉なことばかり言わないでくださいよ」
「心構えはあったほうがいいだろう?」
「知らない方が幸せってことも、あります」
俺は子供達の方を見ながら言った。
姫は「それもそうだな」と頷いて続けた。
「……君はそろそろ戻った方がいいのではないかな?」
「え?」
「もうすぐ日が暮れるぞ」
「……あ……!」
既に、宵の口と言っても良い時間帯になってしまっている。
橙に青を混ぜ合わせたかのような淡い色は、もうすぐ夜がやってくることを告げている。
吸血鬼の時間が、やってくる。
「急いだ方がいいぞ。吸血鬼は自制を知らない」
「あ、あの。あなたは……!」
「私を求めるのならばいつでも呼ぶといい。私はどこにでも現れる」
「……失礼しますっ!」
ああ、きっとノア先生とか怒ってるんだろうな……。
怒られるのは嫌だけれど、俺には今あそこ以外に戻る場所はない。

俺は『姫ではない』ユリアに背を向けて、未だに子供達の笑い声が消えない公園を後にした。

……また話せるのなら、今度は思わせぶりな部分を問い質したいものだ。



「ねー、もうそろそろかえろー?」
「えぇ~、もうちょっとあそんでたいよ……」
「でも、ままが、よるはこわいきゅうけつきっていうひとがでるんだって!」
「ばっかだなあ、そんなのいるわけないじゃん!」
「じゃあ、なんでそとにでちゃだめっていわれてるの?」
「……なんでだろう?」

顔をつきあわせて話し合う子供達に、迫る影が一つ。

「そろそろ帰った方がいい」

もうほとんど沈みかけた夕日を背負い、鈍い輝きを讃えた女性が、妖艶な微笑みを浮かべて立っていた。
「あ……さっきから、おにちゃんとはなしてたひと?」
「ああ。……夜は恐ろしい吸血鬼が出るというぞ? 帰ったほうがいい」
「ほら! やっぱり出るんだよ!」
「えー、いないってー!」
……夕日が、沈む。
「そうか。君達は吸血鬼を信じてはいないのか」

――だとしたら、魔王ならば信じるのかな?

そして、夜の公園が小さな命の死で染まる。





部屋に戻ると。
なんだか俺のベッドに見慣れない影が……と思えばそれはノア先生だった。
……何で俺のベッドで寝てるんだこの人は……?

「……あの」
恐る恐るノア先生の体を揺すると、「ん……」と艶めかしい声が吐息と共に漏れ出てくる。
正直言って、エロい。
大人の色気というものがそこら中から出まくっているせいで、俺の方もそれに当てられるというか、ムラムラ来るというか、悶々するというか。
「寝かしておこう……」
そうだ、そうしよう。
何か間違いを起こして、吸血鬼の圧倒的な力の前に惨殺されたりはしたくない。
とりあえず陽菜や美優に帰って来たことを報告しに行こう、それがいい。
「…………」
ノア先生を――いや、このエロい王様を刺激しないようにそろりそろりと部屋から出て行こうとした――が。
「ひーろーとぉ」
「ノ……ノアさん……?」
背後から捕獲された。
ぬるりと長い両腕を肩から回され、胸のあたりで結び俺は完璧に固められる。
「お、起きてたんですか?」
「今起きたんだよぉ~」
何かおかしいぞこの人……。
「どーこ行ってたんだ? 大翔」
「ちょ、ちょっと外に……ってかノア先生酔ってます? 酔ってますよね?」
「いーや酔ってない。酔ってないぞぉ」
酔っ払いは確実にそう言う。
つーかさっきから胸が当たってます。
「あててんのよ?」
「疑問形で言われても……というか離れてください……」
「何だ、大翔は私のことが嫌いになったのかぁ?」
「いえ、嫌いとかそういうんじゃありませんけど」
「じゃあなんだ~?」
さらに腕に力が入り、む、胸が更に強く……! 乳圧がっ……!
「い、いい加減にしてくださいっ!」
「ぉっ……とぉ。酷いじゃないか」
無理やりにノア先生を振り払う。
よろけながらもすとんとベッドに腰をおろした先生は、全く素の表情をしている。
顔には出ない体質なのか、表に出ないだけ余計にタチが悪そうだ。
「しっかりしてくださいよ、ノア先生……。魔族が攻めてきたらどうするんですか?」
「…………うるさいよ」
「ノア先生?」
突然に腕を掴まれ、すがるような目で見つめられる。
「私だってな、考えるのが嫌になった時くらい、酒を飲みたくなる」
「考える……」
「私はいつも考えている、最善の道を。私が、私達が幸せになるにはどうしたらいいか」
「幸せ、ですか」
ノア先生は、一度そこで天を仰ぐかのように上を見た。
そこには、息が詰まりそうなコンクリートの天井しかない。
「なあ、大翔。……美羽は私が殺したって言ったら、どうする?」
「え……?」
「お前は、私を裏切らずにいられるか?」
くつくつくつと、自嘲するかのようにノア先生は笑う。
「ノア先生! 何を言ってるんですか!?」
詰め寄るように肩を揺すると、ノア先生は途端はっとした表情を見せて、言った。
「すまない。悪酔いしすぎた……」
「……大丈夫ですか?」
「………………ああ」
今、あれほど不遜で不適な態度が似合うノア先生が、何故だかとても儚く見える。
「なあ、大翔……」
二度目の呼びかけに、俺はなるべくやわらかく答えた。
「何です?」
「私はさ……」

――自分程恐ろしい存在は、いないと思うよ

呟くように、だけれど俺に向けてはっきりとそう残して。
ノア先生は暗闇をまとって俺の部屋から消え去った。

「……ノア先生……」

さっきまで腰かけられていたベッドを触る。
……まだ温かい。ちゃんと存在しているのに、ちゃんと生きているのに、心があるのに。
何で、人間とは違うんだろう。

「おいっす」
無機質な音と共に部屋に入って来たのは、いつもより少々テンションが抑えめな陽菜だった。
「あ、陽菜……」
「おう、ご飯だよ~」
陽菜はいつも通りにパンと水を持ってきてくれた。
……早く、勝手な外出のことを謝らないといけない。
「あの……陽菜……ごめん……!」
「? なんで謝るの?」
渾身の謝罪に対して陽菜は、頭にいくつかのクエスチョンマークを浮かべる。
「え、なんでって……服が乾くまでの間だった約束を、破ったから……」
おかげで服は奇麗に乾いて、またしばらく着ることができるのだけれど。
「あぁ、あぁ~……そのことね。ごめん、忘れてたよ」
「忘れてたって……」
がくっと力が抜ける。
気負ってた俺がバカみたいじゃないか。
「いや、こっちも忙しくてさ~。もぅ、大翔くん、外は危ないんだぞっ! めっ!」
……いや、忘れてた人にめっされても説得力はまるでない。
「まあ、気付いてても私は外に出られないから、意味ないんだけどね……」
それはそうか。
外に出たら灰になってしまうのに、俺がいる公園にまで辿り着くことなど出来るわけがない。
……公園か。
『敵の敵は味方にはならない』
そんな、姫の言葉が思い返される。
「あの、陽菜にちょっと訊きたいことがあるんだけど……」
「ん、なーに?」
どーんときなさい!
と、胸を張る陽菜に、無い胸を張るなという突っ込みを封印しつつ俺は言った。
「吸血鬼と人間の関係について、教えてくれないか?」
「――――どこで聞いたの?」
「……わからない」
これは事実だ。
こちらの世界の陽菜にユリア姫に聞いたと話してもわからないだろうし……。
「それを聞いて、どうするの?」
陽菜は持っていたパンと水を適当にベッドの上に投げて、俺を見つめてくる。
いつもとは違う、地獄を讃えるかのようなその瞳で。
「どうするって……。ただ、隠してることがあるなら知りたいだけで……」
「そう……そっか」
座りなよ、と陽菜が首でくいとベッドを示す。
少し躊躇いながら数歩さがって腰を下ろそうとした途端、俺の体が宙に浮いた。
「――!?」
足を払われたことにはすぐに気付いたけれど、自分が尻もちをつく前に首を掴まれ流れるような動作で壁に叩きつけられる。
「ぐぅっ……!」
「例えば、私は人間をこうやって殺すことにも躊躇いを覚えない」
「っ!?」
「なんて言うのは、流石に冗談だけどね……。別にどうってことでもないんだよ、ただ人間は私たちを受け入れなかった。それだけ」
首にかけられた力が緩められて、俺はげほげほとむせ返りながらベッドにすとんと腰を落とす。
「例えば、今君の傍にあるそのパン。それはノア様が人間を『脅して』手に入れてきたの」
「……え?」
「私たちの食事用に取ってある輸血用パックだって同じこと」
「お、脅すって……頼めばいいじゃないか……!」
「話してもわからない相手っていうのがいるってこと、理解できる?」
――人間って、本当に馬鹿なんだよね。
陽菜は本当に可笑しそうに、何が可笑しいのか、まるで全く理解出来ないけれど、笑っている。
「せっかく『助けてあげる』って言ってるのに。手を差し伸べてあげてるのに、そのお礼に鉛玉を返してくれるんだから……」
「そんな……」
「魔族が攻めてくるかもしれないのに。そんな無駄な戦いをしている場合じゃないのに。
 ……でも、私たちだって犬死にするわけにはいかないから、とりあえず人間を攻撃するしかなかったんだよね」
……ああ。
人間は怯えから、吸血鬼は自衛の為に、戦うしかなかったんだ。
だけれど、戦えば戦う程、溝は深まっていく。
「当然私たちが勝って停戦になったけど、人間は私たちに対して揺るがない敵意を持ってしまった」
「…………」
「でも、問題はここからだった」
「問題?」
「実はね、戦いの最中に人間に捕らえられた仲間がいたの。私達は当然その仲間の返還を要求したんだけど、決して帰ってくることはなかった」
「……まさか」
「そう、とっくの昔に人間に解剖されてたの。その強靭な肉体と能力を調べる為に……ってね」
「う……!」
吐き気がする。
ノア先生が言っていた。吸血鬼はほぼ不死身、だけれど傷つければ痛いしすぐに治るわけじゃない。
――だとしたら、解剖されたというその吸血鬼はどれだけの痛みと苦しみを与えられたのだろう?
自分の腹が開かれて、脳髄をいじられて、それでもまだ……死ねない。
ぞわぞわと寒気が背筋を這い上がり、俺は絶望に顔を伏せる。
「その事実を知って吸血鬼側には二つの意見が生まれた。『仲間の恨みを晴らす。人間など殺してしまえ』っていう過激派と、『ここは抑えて魔族との戦いに備えるべき』という穏健派」
やはり、ノア先生というカリスマがいたとしても、全ての意見を一致させることは出来るわけないよな。
「結局は穏健派の意見をノア様が採用してその場は何とか治まった。……だけれど、穏健派も口には出さないだけで、ほとんどは腹の底が煮えくり返る程の怒りを抱えていたと思う」
どちらにせよ、もうみんな死んじゃったけど。と陽菜はおどけるかのような口調で付け足す。
陽菜は少しでも場の空気を明るくするつもりだったのかもしれないが、今の話題で明るくなれと言われても無理な話だ。
「ま、どうなっても私たちは戦うしかない。魔族に人間が皆殺しにされてしまったら、私たちは飢え死にするしかないんだから」
陽菜は人差し指を虚空でくるくると回し、空中に奇麗な丸を描く。
「でもね、私たちは結局、魔族と戦って負けても死ぬ。勝っても、恐らく人間に追われて死ぬ。
 例えうまく隠れることができても、いつか寿命で死ぬ。……本当に、ぐるぐるぐるぐる、未来がないんだ」
「そんな……」
ノア先生や美優は、今までそんな素振りはほとんど見せなかったのに。
どういう心境で、人間の俺を保護しようという気になったのだろうか?
「……美優はさ、美羽も影響もあるし。人間を憎んでいても殺そうとは思わなかったんじゃないかな」
「美羽の?」
……ああ、そういえばノア先生が言っていたな。
美羽は人間を愛していたって。
今までの陽菜の話からして、美羽が人間を愛する理由が見つからないのだけれど。
「なんつーか、あれで美羽は悟りきった感じしてたからね……。人間は愚かなだけじゃないって、いつも言ってたし」
「…………」
美羽と初めて会った時を思い出せば、あの時美羽は俺を本気で心配していたな。
『人間がこんな所で何してるの!』と、必死になって助けてくれようとしていた。
それがどれだけ凄いことなのかを、今思い知る。
「美優の方はあまり理解できてなかったみたいだけど……ね。でも、美羽は絶対に進んで人間を殺したりはしないし。
 美優もそれに倣うんじゃないかな」
「……そっか」
「でも、ノア様は……ちょっとわからないかな」
「わからないのか?」
「うん……。あの人だけは、吸血鬼が二分して別れていた時も、いっつも何か考えているみたいだった。
 何を考えていたのかはまるでわかんなかったけど、とにかく思考してた。
 もしかしたら、人間への復讐の手段を考えていたのかもしれないし、和解の方法を考えていたのかもしれない。
 まあ、ただ単に二択についてぐだぐだと悩んでいただけって可能せいもあるえけどさ」
「…………」
俺はしばらく沈黙し、頭の中で今までの会話についてまとめていたのだけれど。
一つ意見が足りないことに気がついた。
「陽菜、お前はどうなんだ?」
「え、私?」
教えて欲しい? と少しいじわるな笑みを浮かべる陽菜。
まあこいつの思考は単純そうだよななんて失礼な考えが脳裏をよぎった時。

――俺の部屋が……いや、地下全体が静かに揺れた。
まるで鳴動するかのように、響くかのように、静かに。
「……今、揺れたか?」
人間からすれば、ただの震度2くらいの地震のように感じたが、陽菜はやけに真剣な表情となっている。
「敵が来たかもしれない……。私は外に出るから、絶対にここから出ないで」
「あ、ああ」
いざ戦いとなれば、俺に出来ることは何もない……か。
つくづく、俺がこの世界にいる意味がわからなくなってくるな。
「二時間以内には絶対戻ってくるから!」
乱暴に戸を開いて陽菜が戦場へと駆け出していく。
俺はその後姿を見ているだけで、ああ、戦地へ向かう家族やらを見送る人ってのはこういう心境なんだなあみたいなことを少しだけ理解した。


――二時間後

「…………」
結局やることもなく、食事もとりおえた俺は誰かが帰ってくるのを待ってエレベーターの前で待機していた。
だけれど、ランプは最上階で固定されたまま動き出すことはない。
あれ以降揺れも何もないし、こうやって情報を遮断された地下であるということが、やけにもどかしい。
「ふぁ……」
睡眠欲を抑えきれずに漏れ出た欠伸を噛み殺す。
緊張ばかりでは疲れてしまうが、今は寝るわけにはいかない。
「……あ!」
エレベーターが、動いた。
地下1階、2階……そして3階、そして止まって開くと同時に飛び出してきた陽菜にぶつかった。
「うぉっ!」
「ぎゃんっ!」
意図せずにぱちきをかましてしまう。
頭の固さは吸血鬼と人間でも変わらないらしいなんて?気なことを考える間もなく、体制を立て直した陽菜に胸倉を掴まれる。
「美優がっ……美優が大変だよっ!」
「美優が……!?」


美優は、血の海の中に倒れ伏せていた。
「美優っ!」
血で濡れることも厭わずに、美優の体を抱える。
腹部には、食いちぎられたかのように貫通し、向こう側まで見えてしまうかのような空洞。
喉は切り裂かれて声も出せず、ひゅーひゅーとよわよわしく空気が漏れ出ている。
「待ってろ美優! すぐ治してやる!」
今は夜だ。
少しずつでも治していけば美優はまだ助かるはずだ!
「……無理だ」
すっと、闇に溶けていたものが顕在化する――ノア先生だ。
「無理って……無理なんかじゃないでしょう!? 吸血鬼は、夜の間は……っ!」
「だからと言って、君の治癒能力ではいくらやっても朝までには治せない」
ノア先生の冷静な口調に、俺は血を沸騰させて怒鳴り返す。
「ノアさんが諦めてどうするんですか! 美優が死んでもいいって言うんですか!? 仲間でしょう!」
「だから、確実な方法で治せばいい」
先生が、「陽菜、来い」と隣の闇に向かって呟くと、俺を誘導してくれていたはずの陽菜が突然にノア先生の横に現れる。
「ノア様、どうぞ」
そして、その手に持っていたワイングラスをノア先生に渡す。
……何をしようと言うんだ?
「大翔、お前が吸血鬼になるんだ」
「……!?」
俺が、吸血鬼に?
「吸血鬼になれば、お前の能力もかなり増強されるだろう。美優の傷も治せるはずだ」
「美優が、助かる……」

だけれど、人間でなくなる。
光を浴びることが出来なくなる。

――元の世界に戻ったとしても、皆と一緒にいられなくなる。

「……っ!」
馬鹿か、俺は!
今死にかけている妹がいるっていうのに、躊躇ってどうする!?
「大翔、どうするんだ?」
「……わかり……」
わかりました、やります。
そう言おうとして、途中で言葉を止めてしまう。
それは躊躇しているからではない、決して怖気づいたわけではない。
――美優が、よわよわしい力で服の裾を引っ張ったのだ。
「……ぁ……ぇ……」
「美優……? 何か言おうとしてるのか?」
「……ぁ……ひゅ……げっ……」
「っ! 美優、もういい喋るな! 今……吸血鬼になって、お前を治すから!」
そう美優に向かって叫ぶと、裾を掴む力が更に少しだけ強くなった気がした。
「……? 美優?」
何かを伝えようとしているのか……?
「っ、大翔。早くしないと手遅れになるぞ!」
焦っているのか、ノア先生が少し早口になって俺に言う。
「……はい」
そうだ、時間が無い。
助けるには、これしかないんだ。
「ごめんな、美優」
裾を掴む手を外し、抱きかかえていた体をそっと地面に寝かせて立ち上がる。
「英断だ」
ノア先生は自分の右手の爪で左の手首をすっと横に切り裂く。
「な、なにを……?」
ぱっくりと裂けた傷からだくだくと血が流れ出し、あっという間にワイングラスを満たす。
人間だったら、貧血どころか輸血しなければ死ぬほどの出血量だ。
「この傷は後で治してくれればいい」と言ってから、ノア先生は続ける。
「この儀式にはまず、本人の『成りたい』と思う意思が大切だ。美優を救いたいと願え、吸血鬼となって美優を救いたいと」
「……はい」

こちらの美優とは、あまり会話をしなかったな。
お前のせいでって言われて、胸倉を掴まれて。
血を吸われて。
……仲良くしたかったけれど、壁を作られてる気がして近づけなかった。
機会がなかっただけだ、なんて言い訳はしない。俺が何もしなかったんだ。
だから、『これから』の為に、俺は――!

「願ったか……? ならば、これから大翔の血液をすべて吸い尽くす」
「え?」
「安心しろ、その後すぐにこのグラスに注いだ血を大翔に与える。空になった体が吸血鬼の血で満たされ、肉体と魂は変容していく」
「…………」
「躊躇うなよ、大翔。少しでも意思が揺るぐと儀式は失敗する」
「…………はい!」
そうだ。
今まで助けてくれてきたノア先生を、信じない理由なんてないじゃないか。
俺は美優の体を跨がないようにして回り、ノア先生と陽菜の前に立つ。
「始めるぞ」
ノア先生の腕が、俺の肩にかけられる。
「――――」
それは、ごめんなさいだったのか、ありがとうだったのかわからない。
ノア先生は読み取れない程に小さく口を開いて……。

「待て」

凛とした声と共に、光の柱が舞い降りた。

「ぐうっ……!」
「なっ!?」
「っ――」

俺、ノア先生、陽菜。
三人が共に腕で目を覆い隠しながら、驚きの声を上げる。

天を二分する光の柱、そこから現れたのは――。

「ユリアさん!?」
「助けに来たぞ、大翔」
助けに……って。
「どういう、ことですか?」
「大翔は壮大な自作自演に巻き込まれようとしていた、それだけだ。さあ、我が手を取れ、一旦ここを離脱する」
姫の掴めば折れてしまいそうな細い腕が差し出され、俺は混乱するしかない。

どうなっている?

俺は美優を助けようとして、ノア先生は俺を吸血鬼にしようとして、姫は俺を助けに来た?
助けに来るようなことが、あったか?
自作自演とは、どういうことなんだ!?

「大翔、早くせんか!」
「させないっ!」
姫が痺れを切らして俺の胸倉を掴もうと手を伸ばしたところで、目くらましから立ち直った陽菜がインターセプトに入る。
「去れ」
手刀で姫の喉を狙って一突き。
「ちっ……」
姫はそれを少し後ろに下がるだけで避ける。最低限――後1ミリ腕が伸びれば突き刺さるほどの最低限の動きで。
「貴様、何故いまここに現れたっ!?」
ノア先生が、姫の後ろに回っていた。
その顔は完璧に取り乱していて、いつもの冷静さは微塵も感じられない。
「何故? 哀れな王よ、理由を一番に悟らねばならないのは、貴様だろう?」
後ろに目がついているかのように、ノア先生の攻撃を手のひらで受け。
「でぇぃ!」
そのままに腕を掴み、一本背負いのそれで気合と共にノア先生を空中に投げ飛ばす。
「ノア様っ!」
それに一瞬――だけれども、それは決定的な時間――気を逸らした陽菜も、姫の前蹴り……要はヤクザキックで、数m後退して蹲った。
「うぐぅっ……!」
「大翔、理由は後で話してやる。今は我と来い」
「…………っ!」
俺だって姫に納得の行く理由を聞き出したいけれど――。
「でも、美優を置いて行くわけには――!」
「その娘ならば、既に逃げ出している」
「っ!?」
美優が倒れていた所に目を向ければ、そこには血だまりがあるだけで美優はいない。
「恐らく、我が来た時と同時に逃げたのだろう」
あいつ、動けるような体じゃないだろう……!?
「生きて再会したいのならば、今は我と来い!」
「っ……! わか……り、ましたっ!」
未だに混乱している、整理なんてついていない。
だけれど、今はそれ以外に選択肢はないように思えて……。
……いや俺はただ目の前に都合よく用意された道に、従っているだけだ。
結局何も、選んではいない。

俺は、半ばやけくそになりながら、全く体温が感じられない姫の手をとった。


次の瞬間に目を開くと、俺は自分の部屋の天井を見上げていた。
「っ!」
何故だか寝かされていたベッドから起き上がると、姫は手持無沙汰な様子でぼーっと横に立っていた。
「ん……ああ、起きたか」
「え、あ……はい」
なんで俺は、こんな所に?
「大翔が一番帰りたいと願った所に、飛んだんだ」
「……なるほど」
やっぱり、ホームシックは抜けきっていなかったみたいだ。
「…………」
部屋の中は、多少家具の種類などは違っても、ほぼ元の世界と変わりはないようだった。
カーテンの隙間から見える窓の外は、未だに暗闇が空を覆っている。
「夜が、長いな」
姫がぽつりと呟き、俺も心の中で同意した。
だけど、それは多分いろいろな出来事がおこりすぎたせいだ。短い時間の中であれだけ目まぐるしくことが動いたのだから、そう感じるのも仕方ない。
「あの、それで……ユリアさん」
「ああ、時が来たようだからな。話してやる」
我としては、もう少し猶予があるやもしれんと思っていたのだけどな。姫はそうごちてから続けた。
「まず大翔を利用しようとしていたのは、あの吸血鬼二人組だ」
「な……っ!」

『少なくともこの世界には、君を利用としている者は二人いる』

あれは、そういうことだったのか――!?

「そもそも、我らは今日戦いを仕掛けたりはしていない」
「え、そ……それじゃあ……」
「暇つぶしに大翔をまた誘い出そうと来てみれば、あの哀れな王が自分の仲間の腹を貫いていたよ」
「そん、な…………」
意味がわからない。
姫の言葉が、頭の中でぐるぐると回って鳴りやまない。
ノア先生の言葉が、脳裏を過って忘れられない。
「なんで、そんなことを……!」
「大翔を、どうしても吸血鬼にしたかったのだろうな」
「俺を……」
「理由は容易に推測できるが…………。…………っ」
しかし、いつまでたってもその推測が姫の口から出ることはなかった。
「あの、ユリアさん……?」
「早いな、もう気取られたようだ」
「気取られたって――」
まさか、ノア先生達にか……?
「ここでは何かあった時に動きにくい。外に出るぞ」
「……はい」
俺は姫につき従って、玄関から外に出た。
ツールボックス

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