世界が見えた世界・1話 A


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 世界というものはどこからどこまでを指すものなんだろうか、などと考えることがある。
 大きな意味で捉えるのなら、その意味はどこまでも広がるだろう。この国、地球上、果ては宇宙まで。
 それなら、その逆は? 果たして世界はどこまで拡縮されるのだろうか。
 俺が思うに、それはどこまでも狭くなっていく。世界とは即ち、区切りだ。生きていく場所だともいえる。
 あるいは、個人とも。
 世界はどこまでも拡大され、何者をも受け入れると同時に。
 世界はどこまでも縮小され、何者をも拒絶する。
 彼方まで始まり、此方にて終焉している。この世界を構成するのは、個人という無限の小さな世界達。
 世界を乗せて、世界が回る。
 世界を中心に、世界が廻る。
 時に孤立し、時につながり、時に衝突し、離散し、受け入れ、拒絶し、世界は世界と交わり、より大きな世界を形作る。

 この現実という世界の舞台の上で、世界が、回っている。




 ぐるぐる、ぐるぐる。
 世界が回っていた。ていうか俺が回っていた。
「どういう状況だ、これは」
 目が覚めたら布団にくるまれて簀巻きのようにされていました。
 どんな超常現象だ。誰か説明責任を果たせ。
「あ、目が覚めた、兄貴?」
 回っていた視界が止まる。
 身動きを封じられた俺の前に現れたのは制服姿の少女だった。
「何者だ貴様っ、名を名乗れ……って痛い、あ、ちょ、今そんな蹴られたら、あ、あっ、あー!!」
 がすがすがすがすがすがすっ!!
 名人もびっくり秒間二十連打のハイスピードキック! あ、ちょ、ほんとに痛いからっ!!
「おい美羽、それが血の繋がった兄に対する仕打ちか!?」
 実に嘆かわしいことに、こんなことをする少女が俺の実の妹です、はい。
 活発そうな見た目の通りに快活なのだが、生真面目すぎるというか融通が利かないというか。その割にこんな常識はずれの行動を(俺にのみ)平気でやってしまう。
「あ、そう? じゃあ美優、続きお願い」
「え、え、ええっ!?」
 視線を横にずらすと、そこにもう一人の少女が立っていた。わたわたと慌てている。
 美優。俺と美羽の妹だ。
「そこでなぜ美優にバトンタッチするか」
「美優なら血の繋がった兄に対しての仕打ちにはならないでしょ」
 ああ、なるほど。って違う! そもそも人に対してする仕打ちじゃないだろう、これは!
 ちなみに、今の会話でわかるように美優は血の繋がっていない義理の妹だ。だから美羽と美優の顔は似ていない。
 まあ、兄姉妹三人ともさっぱり似ていないんだけど。
「美優、お前はそんなことしないよな? 血よりも濃いものって、あるよなっ!?」
「う、うう。お姉ちゃん、やっぱりそういうのは、よくな」
「デザート抜きね」
「ごめんねお兄ちゃん」
「早っ!? 寝返るの一瞬かよっ!?」
 血よりも濃い絆は食欲に負けました。
 おのれ、所詮人間を支配するのは欲望か……っ!
「え、えいっ!」
 ぺちこん。
「やぁっ!」
 ぱちこん。
「ていっ!」
 ああ……。
「なあ、美羽」
「何、兄貴」
「なんか、争いって虚しいな」
「奇遇ね、アタシも同じこと考えてたわ……」
 美優の攻撃は痛い痛くない以前に、布団に阻まれてしまっている。そのくせその表情は俺に対する申し訳なさが炸裂しているのだ。
 正直、見ている方が申し訳なってくる。
「というか、今のこの状況の説明をしろっての。なんで朝からこんな……あん、朝?」
 ふと時計に視線を向ける。
 ……おやまあ、いつも家を出る時間じゃあありませんか。
「っ!? 早く着替えな……ってああ! う、動けない!?」
「いくら起こしても起きない兄貴が悪いんでしょ!」
「それは悪かった! だがしかし、なぜこんな身動きできなくなるようなことをする必要がある!?」
 てかそんな暇あったらもっと気合入れて起こせよ。なんでぐるぐる巻きにすんだよ、こうするのにどれだけの時間と労力を支払ってんだよ。
 その対価がこれ? なんかおかしくね?
「乃愛さんに言われたのよ、最近兄貴がたるんでるからちょっと気合を入れなおしとけって」
「どんな気合注入だよ……」
 布団に巻かれて気合が出たら変態だ。そいつは間違いなく変態以外の何ものでもない。
 というか美羽も美羽で一体どういう思考回路を辿ればこれで気合が入るなどと欠片でも考え付くのか。その辺一度常識というものを問いただしてみたい。
「まあ美優のアイデアなんだけど」
「美優てめぇえあああああっ!?」
 じったんばったんと跳ねる。まるで鯉の王様のように激しく、雄々しく、荒々しく。まるでそれしか知らないように、愚直に、しかし真摯に。
 ……アホか、俺は。
「とにかく今すぐこの拘束を解け。まだ急げば間に合うんだから」
「それなんだけど、きつく締めすぎて縄が解けないの。どうしよう」
「うおぉぉぉい!? お前何言っちゃってんの? 自分がやったことでしょ、責任を持ちなさいッ!」
 しかし美羽と美優は顔を見合わせる。
「ごめん、兄貴。もう……学校、だからさ……見捨てるアタシ達も、辛いんだ……」
「お、お弁当は食卓の上においてるから……」
「完ッ全に見捨てる気満々ですねぇあんたらっ!? え、ちょ、マジで行くのねえ? それはないだろ、おいこら、おぉぉいっ!?」
 マジで行きやがったよ、あの二人……。
 そんなわけで俺は一人部屋に取り残されてしまった。芋虫状態で。これはDVに相当するんじゃないだろうか、なんて事を考える。むだな想像だ。こんなことを考えるくらいならさっさと現状を解決する手段を模索するべきだろう。しかしどうするんだこれ、一人マジックショーでも始めろと言うのか。あいにくと俺はマリックでもセロでもプリンセスでもないんだが。
「となると……はぁ、あんまりやりたくないんだけどなぁ」
 ため息をつく。手段がないわけじゃないんだけど、いまいちその、成功率がな。下手すると部屋に壊滅的なダメージが入ってしまう。
 そうはいっても背に腹は変えられない。何しろ遅刻をすればどんな無茶を言われるかわかったもんじゃないんだから。
「はぁぁ……」
 ため息が漏れる。
 ああ、そういえば自己紹介がまだだったな。
 俺の名前は結城大翔。結城家長男で――出来損ないの、魔法使いだ。




 五分で着替えて二分で頭から水をかぶって寝癖を無理矢理寝かしつけた。惣菜パンを牛乳で喉の奥へ無理矢理流し込み飲み下す。
 弁当(まあこれも買い置きのサンドイッチなのだが)をかばんに押し込め、出陣までにかかった時間はおよそ十分弱。
「何、慌てるほどの時間でもない」
 いつものんびり歩いている道をちょっと全力疾走しなくちゃいけないだけだ。うん、しんどい。っつーか腹に入れたばっかだからちょっとした拍子に胃袋の中のものが顔を出しそうだ。おはようございました、なんて。
 嫌な想像の翼を広げながらそれでもやめない全力疾走。う、ちょっとマズイ。
 制服姿を大量に詰め込んだバスとすれ違う。バス通学が少し羨ましかった。
「はぁ、はぁ……もう、大丈夫、か?」
 バス停に寄りかかる。ちょうど来たバスの扉が開く。中にはこれまた、学生服姿。
 ……明らかに、俺を待ってるよな。やれやれ。
「あー、俺は違うんで」
 運転手に見えるように手を振ると、扉が閉まりバスは行ってしまった。こういう時って気まずいよな、なんか。
 俺はバス停のすぐ傍の小さな路地に入る。人通りは少ない……というか、基本的にない。そういう風になっている。
「しっかし、他の方法は取れなかったのかね」
 一年たっても未だに抵抗感の消えない行為にため息が漏れた。道は行き止まり。俺はそのまままっすぐに進み……人なんか入りそうもない側溝に、すとんと落ちた。

 ぐるりと回転する視界。

「ん……」
 一瞬、重力の束縛から全身が解放され、すぐに全身に圧し掛かる重みに顔をしかめながら目を開くと世界は一変していた。
 今までの狭い路地から一転、広がる青空の下、悠然と佇む学園が目の前に現れていた。
 正確に言うなら、俺がこの場に現れた、が正しいんだけどな。
「今日の出口はここか。にしても、その時その時で違う出口を用意するのはどうにかならないのかね」
 学園への転移は毎回出口が違う。国中から生徒を集めているせいで生徒数が膨大なため、出口を一箇所に固めると色々と危ないらしい。それならそれぞれ出口を固定してしまえばいいと思うのだが、昔はそうなっていたらしいんだけど何でも生徒からの直談判で変えられたらしい。
 同じクラスなのに出口が遠いヤツと近いヤツがいて不公平だとか何とか。その程度で不公平って……。
 まあそれはさておき。
「時間的には問題ないな。どうなることかと思ったが……」
 安堵する。どうやら折檻を受けずに済みそうだ。
 愛の鞭なんて言っているけど、その顔の楽しそうなこと愉しそうなこと。つか悦入ってるんだよな。
「精神的にきついんだよな、あの人の愛の鞭は」
 息をついて歩き出そうとした時、ふと視界に常軌を逸した生物が現れた。
「え?」
「一億年とにせんねんまえから、あっいっしってっるぅぅぅー!!!!」
「ぎぃやああぁぁぁぁっ!?」
 変 態 が 現 れ た !
 芋虫のように布団に包まれてごろごろ転がってきているくせにその表情が恍惚としていたらそいつは変態だ。変態以外の何ものでもないっ!!
「俺の愛を受けとれぇぇぇっ!!」
「いやだよ」
 げしっ。
「あんっ」
 ぞわっ。うう、甘ったるい声に思わず鳥肌が!
「気色の悪い声を出すんじゃない!!」
「あんっ、はぁっ、ん、ううん! 悔しい、でも感じちゃう! ビクビク」
「ぜんっぜん悔しそうにみえねぇよっ!?」
 滅茶苦茶嬉しそうだ。こんなに必死に蹴っているのに全然堪えた様子がない。むしろなんか変なテンションが上がっている。
「っつかいきなりなんだよ貴俊! 今すぐまとわりつくのをやめろその格好をやめろ呼吸をするのをやめろ!」
「お前今最後さらっとすげぇこと言わなかった?」
 違うよ、そんな事ないよ。
 普通だよ。
「ほいほい……よっ、と」
 布団の上から全身をぐるぐる巻きにしていた紐。それについていた鍵が触れてもいないのに音を立ててばらばらに解体され、貴俊は当たり前のように身を起こした。これはこれで一大イリュージョンに見えなくも無いが、あまりにも地味すぎる。こういうことを派手に見せるのがエンターテイメントなんだろうな。この男を大衆の目に触れさせるのは良識と常識の観点からして絶対に阻止してみせるが。
「おう、大翔、おはよう」
「ああ……おはよう、貴俊。相変わらず朝からぶっ飛ばしてるな」
 朝っぱらから頭が痛い。まあこいつの奇行に関してはもういつものことだからいちいち責めたりはしないけどさ。
 この変態は黒須側貴俊。俺の……なんだ? 友人……というには互いに気心が知れてるし、親友というのは正直に言おう、嫌だ。こんなのが親友だなんてお断りだ。悪友、うんまあそういう部類に入る男だ。
 スペックの高い身体能力を生かして変態的な生命活動を普段から行っている。もしかしたら人類じゃない新種の生命体かもしれない。
 なぜかこんなのと中学時代からずっと知り合いなんだから世の中わからないものだ。何で俺みたいな普通人がこのようなUMAと知り合ったんだろうね、まったく。
「それで、今のは一体なんなんだ。また愛だのとよくわからない事を大声で口走ってたけど」
「電波の神様が降りてきてこの格好でお前に迫れと。そうすればお前の気持ちに一歩近づけると」
 その神様覚悟しとけ。この国じゃ神殺しは割と普通なんだからな。
 ていうかえらくピンポイントなアドバイスだな、地味に嫌だったぞ。その電波の神様とやらはいちいち俺の寝床までチェックしてるのか。暇神にも程がある。
「まあ今回は珍しく他人に迷惑をかけなかったし、怒ったりはしないが――」
 きーんこーんかーんこーん
「…………」
「…………」
 あ。
「……、てめぇぇぇぇっ!!!!」
「どろんっ! 忍法雲隠れ! はい消えたー、俺消えたからタッチなしねぐほぁぁぁっ!!」
 光らないけど唸った拳で貴俊の顔面をぶっとばした。ちなみに俺は絶対攻撃属性な。防御も回避も不可能。
 ……なんてアホみたいなことやってる場合じゃないんだよ。
「ほら貴俊、急ぐぞ!!」
「へいへい、と」
 全力で殴ったのに平気で起き上がってくるあたり、この男も大概頑丈にできてるなまったく。
 静かな学校に向けて走り出す。
 せめて少しでも被害の少ない折檻になるようにと、心の中で祈っていた。
 うん、わかってる。
 たぶん無駄。
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