美羽達のことについて考えていた。
昨日の話を鵜呑みにすると、俺はどうやら異世界へ行かなければならないらしい。
そこに、美羽達を連れて行くわけにはいかない。家族を危険に晒すのは耐えられない。
俺が居なくなったら、あの二人はどうするのだろう。
泣いてくれるだろうか。それとも、何事も無かったかのように過ごすのだろうか。
両親が随分前に他界してから、俺は必死に兄を努めてきた。
その俺が、居なくなるかもしれない。あいつらは、耐えられるのか?
そう考えると、ますます簡単には返事をするわけにはいかない気がしてくる。
堂々巡りの思考の中、俺の意識は段々と薄れていった。
「ん、んん……んあ?」
ふと目を開けると、既に辺りは紅く染まっていた。
時計を見れば時刻は既に5時30分を回っている。
「マジで疲れてたんだな……」
無理な格好で寝たからだろう、所々体がしびれている。
グキグキ間接を鳴らしながら、立ち上がった。
「なんだ、もう帰るの? もう少しゆっくりしていったらいいのに」
「あ、ノアさん」
「コラ。何度言わせるの? 学校ではセンセイ、でしょ?」
休日に先生も何もあったもんじゃないと思うが。
この人は昔から、こういうところのこだわりだけは捨てようとはしない。
「あれ、でも先生、何でこんな所に? 今日は休みだったんじゃ」
「私の可愛い生徒が休日に勉強してるかもしれないでしょ?
だからそういう生徒の為に休みにも学校にくるようにしているの」
「へぇ、教師の鑑って奴ですね」
「まぁ、残念ながら居たのは睡眠学習に勤しむ生徒が一人きりだったけどね」
「睡眠学習だって一種の学習ですよ。実際、俺今までそれで乗り切ってきましたし」
「だから貴方の成績は芳しくないのね。やぁっと理由がわかったわぁ~」
相変わらずキツイところはキツイ。
早くに両親を亡くした俺達家族は、その教育権をノアさんに託され、以来彼女が我が家のお母さん的存在だ。
本人にそんなこと言うと『お姉さんでしょ!』と可愛らしく怒られてしまうが、きっと美羽達もお姉さんよりお母さんと思ってるに違いない。
二人の顔を頭に描いた瞬間、眠る前に悩んでいたことを思い出した。
「……どうしたの? 何か悩んでるみたいだけど」
「え、あ」
顔に出てしまったのだろうか。ノアさんは心配そうに顔を覗いている。
無論、こんな相談出来るはずもなく。ここは適当に誤魔化すとしよう。
「あー、いえ。ちと変な格好で寝たから軽く気分が悪かっただけです」
「……そう、じゃあ聞かないであげるわ」
「? それってどういう」
「だって。私にそんな嘘をついて誤魔化そうとするぐらいだもの。
人には相談できない悩みなんでしょう?」
「うぐっ、正解っす」
「ほーらね。私の観察眼を舐めて貰っちゃ困るなー」
そう言えば、昔っから俺はこの人に嘘をつけた例が無い。
どんなに上手く嘘をついても、何故かすぐにバレてしまうのだ。
ノアさん曰く、『そんなの目を見たら一発よ』だそうで。
或いは、それがこの人の能力なのかも知れない。
「じゃ、俺そろそろ帰ります」
「あら残念。もう少し二人きりを楽しもうと思ったのに」
「ノアさ……せ、先生は今日どっちに?」
「自宅に帰るわ。私が居たら姫との親睦も上手く図れないでしょうし」
「いえ、決してそんなことは」
「だって、貴方達きっと私におんぶにだっこしちゃうでしょう?
親睦って言うのは本人達が結ぶものよ。私が手助けしちゃ意味ないもの」
なるほど。こういう所は先生なんだなー、と実感する。
親であり姉であり先生。この人にはお世話になりっぱなしだ。
「帰り道には気をつけてね?」
「はい。先生もお気をつけて」
「フフ、もう先生なんて呼ばなくてもいいのよ?」
「そこら辺の基準はどうなってんですか」
「学校が終わったら先生も終わり。簡単でしょ?」
休みの日でも学校に居たら先生で、学校が終わったらノアさん……
頭がこんがりそうだな。
外はもう日が落ち、空もそろそろ星が見えてくるほどで。
随分長い間寝てたんだな。早く帰らないとあいつら心配するだろうし。
急ぎ足で家へと向かう。こういう時、近いのは得だよな。
走ったおかげか、ほんの10分足らずで家の前に到着した。
「ただいま、と」
ドアノブに手をかけ、扉を開ける。その先には
最終更新:2007年06月27日 03:13