世界が見えた世界・9話 D


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 十数回もの激突を繰り返し、その全てが有効な手ごたえを返さなかった。
 硬い、まるで壁だ。魔法を使う隙さえもらえないとなると、俺一人の力じゃこいつを倒すのは無理か。
 やはり、まずはユリアを解放しなくちゃならない。ユリアの様子を見たところ魔法が使えないようだが、その原因がすぐに解決できるものなら反撃に転じられるし、そうでないのならひとまず撤退する必要がある。
 とはいえ、そのためには魔法を使う以上の隙を作らなきゃならない。どうしたもんかね。
「まったく、面倒この上ないな!」
 迫る氷塊を避けながら毒づく。
「ならば今すぐ家へ帰るか?」
「帰す気のない人間がよく言う。そういえば、お前が何のためにこんなことをしてるのかを聞いてなかったな」
 風の刃が鋭く迫る。とっさに身を体を引くが音を立ててシャツに切れ目が入る。もう上着もズボンもボロボロだ。あちこちに血が滲み色が黒く変色している。どうにか致命傷は避けている。いや、それが関の山だった。
「確か夢を叶えるための手段を手に入れるとか言ってたな? お前達の目的は何だ、なにをするためにこの世界を滅ぼす!?」
「聞いたところで納得はできないぞ。至極個人的な内容だからな」
「何を聞いたところで納得できないんだ、結果が変わるわけじゃないだろ。それに、こっちが質問に答えてばかりじゃ不公平だ」
 ファイバーはふん、と息をつく。
「それで、姫君を助ける隙でも作るつもりか?」
 バレバレかよ、クソッたれ……。
「だったらどうする、さすがに自分の負けの目を作るのは嫌かい?」
「まるで自分に勝ちの目があるような言い草だな。まあいい、タイヨウにも聞かせたことだ、お前に聞かせるのもいいだろう」
 親父にも、聞かせたのか。それほどに、こいつと親父の間には浅からぬ因縁があったのだろう。
「それで、世界を滅ぼす個人的な事情と、その手段とやらは一体どんなものなんだ?」
 ファイバーはその場に立ち尽くす。油断も隙もなく、だが静かに。
「俺達それぞれの目的は別々だとは聞いたな? 共通するものは手段だと。その手段とは――新たな世界を生むことだ」
「世界を……生む!?」
 個人的な事情の割にはスケールのでかい話だった。さすがはメルヘン親父、俺達の想像のはるか上を行く発言だ。
「滅茶苦茶な話だな……。ていうか、それだけのことをしないとできないお前の個人的な事情って何だよ」
 一度小さく目をとじ、目を開いたファイバーの表情は、
「人間一人、殺すことだ」
 なぜか、悲哀に満ちていた。

 


 沙良が『流理』の対象として一番よく扱うものは水だ。それは地域にもよるがごくありれたものであり、扱いなれているからだ。
 風などの流れも扱えないことはないが、大きな流れとして扱うのは難しいので補助程度にしか使わない。たとえば、
「ましゅまろ、飛べ!」
 沙良の起こした小さな風に乗って、ましゅまろがガザベラへと飛びかかる。しかしそれもガザベラが生んだ横から殴りつける風によって吹き飛ばされてしまう。が、その間にさらに自分用に起こした風に乗って、沙良はガザベラへと詰め寄っていた。
「ちぃ、ちびっこい体でちょこまかと!」
 ガザベラの掌から血が溢れだし中に舞い上がる。血の粒は生物のようにうねり、その鋭い切っ先を向けて空を切り裂き沙良へと踊りかかる。水流の壁がそれを押し流す。
 あちこちの水道管から水を引っ張ってきたせいで、もはや床は小さな流れを成すほどの水で覆われていた。
 一見沙良の有利に見えるこの状況だが、実際は互角。ガザベラの通常魔法の得意系統は水。沙良にとって周囲全てが武器として扱えるのと同じことが、ガザベラにも言えるのだ。足元の水は、目には見えない二人の魔法による支配合戦にさらされていた。双方一瞬でも気を緩めれば、足もとの水が刃となって襲いかかる。
 互いが力の大半をそちらに割いている。その結果、二人の戦いは肉弾戦中心となっていた。しかしその小さな合間に放たれる魔法にも必殺の殺傷力は十分以上に備わっている。
「さすが、世界を相手取るだけはあるな。ウチが一対一でこんだけ苦戦するなんて、久しぶりや」
「そりゃこっちのセリフさ。なんだい、この世界にも随分と骨のあるヤツがいるじゃないのさ!」
 沙良の小さな体がくるりと宙を舞う。それを風の弾丸が狙い撃つが、空気の流れが沙良を囲むように乱れ狙いが外れる。そのまま沙良は風に乗り空中で姿勢を変え、電灯にぶら下がる。
「あんたらの事情はウチにはわからんしわかろうとも思わん。こんだけの事をしでかすんやから、少なくともあんたにとってはそんだけの意味があるもんなんやろ」
「そりゃあそうさ、そうでもなきゃわざわざ苦労してまでこんな世界に来たりするもんか」
「そうやな、それが普通の感想やろ。けどな、ウチらはそのこんな世界で生きとるんや。下らん、楽しい、辛い、悲しい、嬉しい、愛しい、この世界で生きとる。せやからウチはあんたを倒す、命を奪う。そんだけの意志と覚悟をもっとる相手を殺さずにおいたら、後々面倒やから。そういう、ウチの臆病な事情であんたを殺す」
「好きにするといいよ、アタシらだって好きにやってるんだからね。ただまあ、あんたに殺されたりはしてやんないけど!!」
 炎の槍が伸び、一瞬前まで沙良のいた空間を焼く。それを素早くかわした沙良は身軽な動作で壁を走る。
「ってなんだいそりゃあっ!?」
 非常識きわまる光景にガザベラの口から思わず驚愕の声が上がる。それを笑って無視した沙良は、勢いよく踏み切りガザベラの頭めがけて跳び蹴りを放った。ガザベラの顔が苦痛に歪む。沙良の見た目からは想像もできないほどに、その蹴りも拳も重く、響く。かろうじて腕で頭部を固めたが、それでも完全に勢いを殺せない。
「人生、生きとれば足をとられる、泥沼におぼれる。それは自分の失敗のせいやったり他人の失敗のせいやったり、もしくはまったく関係のないところからの不幸な不意打ちやったり、色々や。特に後の二つやったときは悲惨やもんな、自分じゃどうしようもないことで自分が痛い目見るなんてとてもじゃないけどウチは納得できん」
 沙良はガードされたガザベラの右腕を両腕で抱え込む。さらに右足を絡め、左足で勢いをつけてガザベラの脇腹を突き入れた。一瞬体の力が抜けたのを見計らい、背筋を使ってガザベラの右腕伸ばし、左足もからめて極めにかかる。ガザベラは沙良を振りほどこうと右腕に力を込めるが、沙良の力はギリギリとガザベラの腕を締め上げ、間接はぎしぎしと危険な音を鳴らす。
「結局それだけの話や。納得いかん、許せん、認められん。そうやって耐えて足掻いて、乗り越えて。そうして生きてくんや、たぶん、みんな。せやけどあんたのは違う。認められんからって全部壊して自分の欲しいもんだけを手に入れようとしとる。それで誰が幸せになる? 全部壊してあんたに何が残る? やり直しの人生なんていうけどな、そんなんあらへんのや。どうしたって人は続いとる、昨日に、明日に続いとる。それ全部否定してまっさらな明日手に入れても、そこに価値なんかない」
「はっ! 何も知らずによくもまあ説教くさいセリフかませるもんだ! 足掻いてもどうしようもないから過去だ。どうしようもなく終わったからこそ許せないんだ! そんなものに続いている今が、世界がうざったくて仕方ないんだ、価値なんかないんだ、だったら全部壊して全部をやり直すしかないじゃないか! そのための手段が手に入るんならどんな悪にだってアタシは染まってやるさ!!」
 ガザベラは沙良の締め上げる力にそって体を投げ出す。左手に生やした氷の爪が沙良を狙って振り下ろされる。
 ザクッ!!
 肉を切り裂く音が響き、二人の顔に血飛沫が散る。ガザベラの爪は沙良の左足の裏に突き立っていた。拘束の弱まった腕を振りほどこうとするガザベラ。
「ま、あんたが聞く耳もたんなんて、最初からわかっとったけどな」
 沙良は貫かれた左足を引き、ガザベラの姿勢を崩す。鼻先を掠める爪にひるむ事無く、まっすぐにガザベラを視線で射抜く。
 素早く右足をガザベラの胴の下に潜り込ませる。同時に飛び込んできたましゅまろが、ガザベラの胸と沙良の足の間に収まった。刹那、沙良の眼が見開かれ、ガザベラを蹴り上げるのと同時に、ましゅまろがその体積を爆発的に肥大させた。
 勢いよく宙に投げ出されるガザベラ。沙良は全身のバネを使ってはねるように起き、それを仰ぎ見る。
 視線が刹那の間、交錯する。
 両腕を胸の前に構え、手の平を花のように広げる。沙良に踏みしめられた床が、水が、彼女を恐れるかのように弾けた。
 どぉんっ!!
 大砲の如き爆音が響き、ガザベラの体が壁に叩きつけられる。衝撃は壁を軋ませ、窓を無数のヒビで埋め尽くした。
 沙良は静かに息をつき、突き出したままの両腕をゆっくりと下げた。
「あんたがどんな泥沼にはまったのかは知らん。けどウチはごめんや、誰も幸せになれん世界なんて認めん」
 ガザベラが顔を歪めて嘲る。何を嘲ったのだろうか。
 沙良には、少しだけ分かった。ガザベラは、誰よりも自分を嘲っている。愚かだと、無様だと。
「はっ……幸せ、幸せかい……それこそ、アタシが憎むもんだ!」
 ぼこり、と。
 ガザベラの背中から何かが溢れる。沙良はそれに何か危険を感じたのか、数歩、ガザベラから距離を離す。決して攻撃の予兆を見落とすまいと、神経を鋭く尖らせる。
「その幸せのために食い物にされる人間が不幸になる! どれだけ足掻こうが……足掻けば足掻くほど足を掴んで引き摺り下ろす運命ってやつがいる! そんな世界ならアタシはいくらだって滅ぼしてやるさ!!」
 怒りと共に、ガザベラから黒い闇が迸る。驚愕とともに、沙良は反射的に水流の壁でそれらを防ぎ――紙切れよりもあっけなく、貫かれた。
「な――」
 想定外の事態にそれでも肉体は己を守るために動く。せめて受ける被害は最小にするために。
 闇の魔手は沙良の肩を、太腿を、脇腹を抉る。瞬間、今まで決して苦痛をもらさなかった沙良の口から叫びが漏れた。
「あ、く、あぁぁっ……!!」
 焼くような激痛に自然と顔が歪む。切り裂かれた傷口を見れば、鋸を何度も叩きつけたかのように肉がぐちゃぐちゃに潰れ、裂かれ、蹂躙されていた。刻まれた血管からはとめどなく血が溢れてくる。
 ガザベラがゆっくりと壁から背中を離した。黒い闇はなおガザベラの背後に溜まっていた。
「アタシの『血棺』は自分の血液を操る魔法……なんだけど、極めればこうやって、血液を新しい別の存在に変えることもできる。血液でありながら肉を食み血をすする化け物に、ね。当然、使いすぎれば失血死するっていう、なんとも使い勝手の悪い魔法なんだけど」
 闇は不気味にうねり、今にも沙良を食い散らさんと様子を伺っているようにさえも見える。それはまるでガザベラが抱えた心の闇そのものの姿であるようにも見えた。
 沙良は息をつく。痛みを一時忘れるために。己の全力を、出し切るために。
「あんたのそういう気持ちなぁ……うちにも、分からんことはないんや」
 不幸を嘆き幸福を憎む。思うようにいかない世界、己の意志をことごとく否定する今。その上で笑う何者か。沙良も同じだったから理解できた。泥を啜り砂を食み、苦痛と屈辱におぼれながら世界を呪った。
 沙良がガザベラのようにならなかった理由は、たった一つの違いだけだろう。即ち、何に救いを求めたのか。
「せやからな……わかるからこそ、あんたの言うことを認められんのや!」
 ザンッ!!
「なっ!?」
 沙良の姿が消失した。影すら残さず唐突にその姿が消え、次の瞬間ガザベラの目の前に現れたのだ。
 人間の限界を超えた高速移動。
 はためく白衣をばさりと払い、沙良はガザベラを見上げる。今の苛烈な運動のせいか、顔は青ざめ眉間にしわを寄せていた。その懐から、小さなぬいぐるみがぴょんと飛び出す。
「うちにも、取り戻せん、失ったものがある。あいつらが笑顔で暮らせる世界が手に入るんなら、そんなに嬉しいことはないと思う。けど――」
 ばさぁ! 白衣が翻る。
 沙良の魔力が膨れ上がり、ぬいぐるみに注がれる。ぬいぐるみは一瞬のうちに数倍数十倍に膨れ上がり――
「次から次へと……『血棺』アタシを守れ!!」
 ぱあぁぁっん!!
 ぬいぐるみの中でひたすらに加速された水が、音速を超える速度で撃ち出された。四方八方に水弾が飛び散り壁を粉砕し、衝撃波が床といわず天井といわず、全てを切り裂く。
 瞬く間に暗い廊下は廃墟よりも酷い有様となり果てた。
「そんなん、古傷なくしたいって言うとるだけの我が侭や。生きとったらどうしたって他人を傷つける、不幸にする。せやから、せめてその先で誰かは幸せにならなあかんやろ。今、この世界で、負った傷さえも受け入れて」
「どう頑張ったって、幸せになれなかったヤツだっているのさ。だからこそアタシは世界なんてクソ食らえだ」
 見るものを絶望させるような崩壊の最中にあってなお、二人は退く姿勢を見せず、ただその意志をぶつけ合う。両者共に全身に傷を負い息は荒く、それでもなお瞳の力は衰えない。
 互いに、理解していたのだ。この戦いは、どちらかの命が尽きなければ終わらないと。
 沙良は拳を、ガザベラは闇を構える。
 つかの間、二人の間に静寂が訪れた。そのとき、この戦いが始まって初めて沙良は周囲の音を意識した。あちこちから聞こえてくる、この学び舎での戦いの音を。
 苦い思いでそれを聴きながら、ゆっくりと体を前に傾け――
 ドンッ!!
 間欠泉のように水が立ち上がり、天井の崩壊跡に吸い込まれていく。
 二人はそれを合図にしたかのように。
 同時に、駆け出した。

 


 ガーガーの頑丈さには、さすがの貴俊も辟易した。まさか全力で殴り刺しして傷ひとつつかないとは一体どのような皮膚なのか。しかも通常魔法を食らう。手のつけようがない。
「先輩、アイツの頑丈具合おかしいですよどう考えても!?」
「どう考えても超合金でできてるだろ、あれ」
「どうしましょうか……」
 二人と一匹の戦いは体育館へとその場所を移していた。互いに大きな傷はないものの、二人の顔には焦りの色が濃い。
 貴俊の魔法『分離』は直接的な攻撃ができるものではない。そして美羽の魔法は効果が薄い。
 一応、貴俊に手段はないこともないのだが。というか、黒爪はそのために持ってきたものである。だがやはり、これを使うのには抵抗がある。相手の体を気遣っているわけではなく、貴俊の主義の問題だ。
「それで先輩、この後、どうするんですか?」
「んー、美羽ちゃんはどうしたらいいと思う?」
 なぜか困った顔で聞き返す貴俊。美羽はため息をついた。二人にとって、非常に相性の悪い相手といえた。
 あるいは美羽がガーガーに触れて『弦衰』を直接かけることができれば突破口になるだろうが、さすがにあの不条理な生命体に不用意に近づくのは危険すぎる。
 何しろ素手で校舎を破壊するような生物なのだ。人体など腕の一振りでキングジョーになること請け合いだった。
「正直、特攻して糸を繋げるくらいしか思い浮かびません」
 美羽の言葉に貴俊は考える。やはり、使うしかないらしい。
「一応、アイツにダメージは与えられると思う。ただ、やる気がねぇ……」
「や、やる気の問題じゃないでしょうっ!?」
 美羽の言葉通りなのだが、貴俊は頭を抱える。どうやら心底使いたくない機能らしい。だが、美羽のじとーっとした視線に負けたのか、諦めのため息をついた。
「ま、そのために持ってきたもんだしね、グダグダいってもしかたねーか。とはいえ、俺もこいつを使うのは初めてだから、まず確実に当たるようにアイツをギリギリまでひきつけたい。頼める?」
「う……ま、まあ、アタシが言い出したんですし、やりますけど」
 美羽はガーガーをみる。凶悪な顔つきで、こちらをじっと観察していた。その口からは、ちろちろと炎が見えている。先ほど美羽が放った魔法だ。
 美羽は小さく息を吐くと、両手から炎の槍を放つ。
「グルァッ!!」
 ガーガーが吠え、高く跳んで槍をかわした。続けざまに炎の槍を次々に放つ。が、それらはガーガーの皮膚に突き立つものの傷を負わせることはできない。美羽は一度大きく下がる。その美羽めがけて、ガーガーの口から炎の渦が放たれた。
 風を起こし、渦巻く炎をそのままガーガーの着地点に向かって捻じ曲げる。
 ドン! と重たい音が響き、ガーガーが炎に包まれた。だが、
「ギイイィィィアアアアアッ!!!!」
 ずだん! と床の割れる音と共に、弾丸のような速度でガーガーが一気に迫る。息を呑む美羽。
 その前に、貴俊が黒爪を脇に挟んで立ちふさがった。己の前の障害物を排除するため、大きくガーガーの腕が振るわれ――
「貫け――黒爪!!」
 バチンッ!!
 大気が甲高い悲鳴を上げ破裂し、貴俊の槍の先端がガーガーの肩に突き刺さった。
 その勢いはガーガーを吹き飛ばし、体育館の壁を壊し、さらにはその先の二階の校舎までその巨体を持ち上げていった。
「おーおー、飛んだなぁ。人間なら今ので体が吹き飛んでるんだが」
「ん、な、なななな、なんですか今のは!?」
 ただし、刺さったのは射出された槍の先端。槍はやや短くなった状態で、貴俊の手元に残っている。
「ロケット鉛筆みたいなかんじでね。この槍は九つの小さな槍がひとつに合わさってできている。その一つ一つを接続しているのは、強力な電磁石だ。俺の魔法はあくまで分離。物を飛ばしたりはできない。それをうまく攻撃に変えるための装置ってわけだ」
 貴俊の『分離』が物体を解体する際、目安となるのはサイズではなく結合の強さだ。それが強ければ強いほど、必要な力も強くなる。そして、必要分だけの魔力を込めれば、物体は即座に分解される。
 貴俊はあくまで分離することのできる物体のみにしか干渉できない。釘一本を抜くのに石の台に突き刺さった聖剣を抜けるほどの力を込めたところで、必要分の魔力を通した瞬間にポロリと取れるだけ。勢いあまって空の彼方まで飛んでいくなんて事にはならない。余剰分の魔力は霧散する。
 だがもし、貴俊がいくら分離しようとしても分離できないとなればどうなるか。貴俊はいくらでも、その物体に『分離』をかけることができる。ひたすらに離れようとする力を高めることができる。
 互角の綱引きで、相手がいきなり力を抜くのと同じだ。その場合、魔力はすでに力として作用している状態なので霧散する事無く、純粋に運動エネルギーとして発揮される。
「まあ実際開発にはかなり苦労したらしいけど。アイデアは悪くないけど装置の小型化や安定性安全性の問題、磁力の制御やら問題が山積みで開発はたいそう苦労したらしい」
「そんなもん作り上げる技術もたいしたもんですけど、それを考える先輩も先輩ですね……」
 美羽はどこか呆れた様子だ。それに対して、貴俊はいたずらっぽい笑顔を向けた。
「おいおい、考えたのは俺じゃなくて君の兄貴だぜ? しかも、俺と敵対してた時期に平然とそういうアイデアを考え出すんだからなぁ」
「えぇ!? なんかもう、二人の関係がさっぱりわかんなくなってきましたよ」
 その言葉に貴俊は苦笑せざるを得なかった。何しろ本人達ですら自分たちの関係を明確に定義できてはいないのだ。
 友人、ではないだろう。その割には互いに深く入り込みすぎている。だが親友などではありえない。なぜなら、お互いにいつ裏切ってもおかしくないと考えているからだ。ならば敵なのか。それが一番近いのだろうが、ならば今共に手を取り合っているのはどういうことなのか。
 絶対に相容れない、しかし互いにその存在にある程度の執着を示している。そんな関係をなんと呼ぶのか、貴俊は知らない。だが、それこそが。
「そんなことはどうでもいいさ、要は俺が大翔をマントルよりも深く成層圏よりも高く愛しているってそれだけの事だ!」
「……いや、もういいですけどね」
 もはや理解を諦めた美羽はため息をついた。
 そうして、貴俊は自信満々に。狂いながらも純粋に嗤って。
 全力の暴力で、愛を騙る。
「グルアアアアアッ!!!!」
 怒りの咆哮と共に、壁の穴からガーガーが飛び込んできた。その瞳には紛う事なき怒りの炎が宿っている。肩に突き刺さった黒爪を抜く。だらだらと流れる血。それをみたガーガーが、牙をむき出しにした瞬間。
 洪水がその姿を飲み込んだ。

 


 エーデルは無数の水の弾丸を次々と生み出し、あらゆる角度からバードックへ撃ちこむ。バードックはそれらを避ける仕草すら見せずに歩を進める。雨のように放たれた弾丸は全てが狙い通りにバードックに命中し、
「くそ、どうなっているんだ、あいつは」
「頑丈……なんてレベルじゃないよね、とても」
 その体に傷ひとつつけることはなかった。バードックは何もしていない。ただ立っているだけだ。
 あの常軌を逸した筋肉が全てを防いでいた。エーデルの放つ魔法は、バードックの脅威の肉体の前にことごとくその意味を成さなかった。
 さすがのエーデルもこれには焦りを覚えた。エーデルは自分の魔法の威力を嫌というほどに知っている。先ほどの弾丸は、間違いなく人間一人を殺すのに十分な――いや、過剰ともいえるほどの威力を持っていたのだ。
「ちっ、あの腕の筋肉は本当に人間のものか!?」
「そろそろ諦めたらどうですか? どんな魔法でも僕には通用しません、また、僕の秘密を探ることさえもできないでしょう」
 鉄壁という言葉がこれほどふさわしいものはいないだろう。ガーガーでさえ傷を負ったというのに、それ以上の防御力を人間が持ち得るなど、悪夢以外のなんでもない。
 だが、陽菜はそれを不審に思っていた。
「やっぱり変だよ、えーちん」
「変、とは?」
「あの人、避けようともしないんだもん」
 陽菜の言葉にエーデルは眉をひそめる。どういう意味なのかと、続きを視線で促した。
「それは自分の防御力に絶対の自信があるからでは? おそらく彼の魔法は純粋な肉体の強化……それも、悔しいが僕の魔法を完全に防いでしまうほどの」
「それでも避けないのはおかしいよ。だって、もしもはじめて見る今の魔法があの人の防御力以上の威力を持っていたら、それであの人死んでるんだよ? 自信と結果は直結しない。もしもの時を考えて、少なくとも避けたり、急所を守ったりするのが普通だよ」
 陽菜の言葉に納得する。どれほどの防御力を持とうとも所詮強化は強化、限度は当然存在する。バードックの魔法が肉体の強化であることはほぼ間違いないとエーデルは考えている。
「特殊魔法の効果はたったひとつ。そのひとつをどう使うかを、陽菜たちは考えて工夫してるんだよ。あの人の魔法は肉体の強化、魔法を完全に防ぐような魔法なら、あんな体になる理由はないもんね」
 バードックはあの見た目どおり、人類を遥かに逸脱した腕力の持ち主だったからだ。鍛えてどうにかなるような体つきではない、となると答えは魔法によるものということになる。防御に特化した魔法ではなく、あくまでも肉体全体の強化。
 そう考えると、陽菜の言葉の通りに思えてくる。バードックのあの余裕は、確かに実力、戦闘経験の差から来るものかもしれない。だが、相手の攻撃が自分の命を奪う可能性がないわけではないはずだ。銃があれば子供が歴戦の兵士でも殺せるように。
「でも事実、あの人は魔法をこれっぽっちも脅威だなんて思わないでああやって歩いてくる。じゃあやっぱり、何か秘密があるんだよ」
「だがしかし、それをどうやって探る?」
 それが問題だった。相手の魔法に何か秘密があるとわかっただけでは意味がない、その秘密の内容がわかってこそ、初めてバードックと対等に渡り合うことができるようになるのだ。
 そのとき、陽菜はぴんと来た。先ほどのバードックの言い回しに、少し気になる部分があったのだ。
「えーちん、でっかい水流のヤツ、すぐにできる!?」
「いや、生み出すにしろ水道管の水を支配下に置くのも、それなりの時間が必要だね。すでに開放された状態であるならともかく……? なんだ、下の階に水が溢れて……」
 陽菜はぴんと来た。沙良だ。陽菜は沙良の魔法の詳細は知らないが、それでも水を自由に扱っているところなら何度も見ている。
「じゃあすぐにやって、とにかくでっかいヤツ! お願いだよ!!」
 そういい残しエーデルを残して駆け出す陽菜。止める暇もない彼女に慌てながら、急いで水を呼び寄せた。
 床を突き破り、大量の水がうねり、捻れ、螺旋を描きながら現れる。瞬く間に膨大な量の水が集まった。それをひと息に解き放つ。束縛から解き放たれた水は濁流となり、床を振るわせる勢いで陽菜に迫り――陽菜を飲み込んだ。
「ぬう!?」
 その瞬間を見ていたバードックは目を剥いた。バードックの視界には、陽菜がまるで、水に溶けてしまったように見えたのだ。
 水蛇は巨大な顎を開き、バードックをも飲み込む。水流が廊下を濁流となってのた打ち回り、壁にあいた穴から勢いよく外へと飛び出した。
 自らも流れに飲まれたエーデルは壁に背中預け耐えていた。廊下を天井まで埋め尽くすほどの大量の水を、叩きつけるような勢いで放ったのだ。並の人間ならまともに動けるはずがない。
 だが倒れていたバードックはむくりと上半身を起こし、エーデルの目の前にふっと現れた陽菜をじっと見つめる。
「見えたよ、キミの秘密。意外とずっこいね」
「ふっ……なるほど、あなたの魔法は風になることかと思っていましたが、違ったわけですね。今あなたは、水に擬態して僕の能力を観察していたわけだ……」
 無傷のままバードックは立ち上がる。それを見るエーデルの表情は苦いものだったが……陽菜はむしろ辛そうな、悲しそうな顔をしていた。
「どういうことだい? 君は一体何をしたんだい?」
「簡単な話だよ。水に擬態して、彼の体の変化に触れてみたの。どう考えても、えーちんの魔法で傷ひとつつかないのは変だもん。だから直接触って確かめたんだ。そして分かったよ、彼の魔法のタネが」
 それは陽菜にとって――否、魔法使い全員にとって受け入れがたい事実であった。本来ありえないはずの現象。だがそれでも目の前で起こってしまったのならばそれは事実として受け入れなくてはならない。
 バードックの魔法を。彼が所有する、もうひとつの、魔法を。
「肉体の、再生魔法? …………それでは、まさか」
「そう。たぶんそれで正解。あの人は通常魔法と肉体強化の特殊魔法と、肉体再生の特殊魔法を持ってる」
 開いた口がふさがらないとはこのことだった。特殊魔法と通常魔法は魔法の発動プロセスが根本から違うため、その両方を持つものが生まれることはある。だが、特殊魔法を二つ、というのは不可能なのだ。声帯を二つ持っているようなものだ。
 だがこれでバードックのあの余裕にも説明がつく。彼は多くの攻撃は持ち前の筋肉の壁で防ぎ、それをも超えてきた攻撃は……受けた瞬間に傷を癒していたのだ。そうすれば、見た目にはあたかも鉄壁の防御で全てを防いだかのように映る。
「僕ね、自分の魔法が嫌いなんですよ。色々と、事情がありましてね……僕の肉体、おかしいと思いませんか? 詳しく語りはしませんが、僕にとっては世界なんて、苦痛を与えるだけのものなんですよ」
 底の知れない虚ろな笑いに、エーデルは息を呑む。そこに潜む絶望、憤怒がいかほどのものか、もはや想像もできない。
 一体どれほどの闇を抱え込めばこれほど心が乾いてしまうのか。
「……だから、世界などなくなって構わないと? 新たなる世界を望むと?」
「ええ。ただそれだけのことです」
 ため息が漏れた。
 バードックの事情はエーデルにはわからない。しかしそれほどまでに暗い闇を心に住まわせてしまうような何かが起こってしまったのだろう。それは間違いなく、彼の魔法に起因することで。
 ふと、大翔のことを思い出した。自分の嫌いな彼も自身の魔法を疎んでいた。その原因はいまだにわからないが、もしかしたら大翔にも何か魔法に起因する悪夢があるのかもしれない。
 だとするのなら、大翔とバードックはその点で似ているといえなくもなかった。だからこそ、エーデルは思う。
「ならばやはり、君の夢はここでボクが終わらせよう……」
 水を纏い、力ある視線でバードックを射抜く。
「君の生き様はボクの気に入らない人間に似ており……その対極にあるからだ。少なくとも彼は自分の受ける苦痛を世界のせいにして自己弁護を図るような無様はしなかった」
「うん。陽菜もキミを認められないよ、だってキミは前を向いていないから。それじゃあ夢はつかめても、きっと未来はつかめない。キミは何も変われない」
「未来なんていりませんよ。ただ夢が見られれば、僕はそれで満足です」
「世界とかよくわからないけど、陽菜は絶対にそんな夢認めないから」
「夢ならばひとりで勝手に見たまえ。ボクらは君の夢になど、毛先ほどの興味もないのだから」
 夢は誰だって見る。叶えたい未来を夢見ることは、きっと誰にだってある。
 だが人に夢を強制するなどばかげた話だ。そんな世界はエーデルは願い下げだ。
 彼には守るべきものがあるのだから。守るべき世界が、守るべき人が。そして民が。それは彼の生まれた世界であり、数ヶ月を過ごしたこの世界だ。エーデルには義務がある。責任がある。なぜなら彼は貴族であり――
「ボクが貴族であり続けるために、ボクに課した使命なのだから!!」
 守る存在であること。立ち上がる存在であること。それが、彼を生かしてくれている全てへの、彼なりの責任の取り方だった。

 


 もはや自分に勝ち目がないことは悟ってしまっていた。それでも、自分の夢のため、ポーキァは退くことはできなかった。
「ふむ……事態の進行は止まらず意図の通り糸に引かれるまま用意された結末へと世界の流れは流れ行く、か」
 あらゆる力を尽くして戦ったはずだったが、目の前の存在は傷ひとつ負わず、逆に自身は満身創痍であった。
 それはポーキァにとって恐るべきことだった。ポーキァの生み出すことのできる最大電力は、ひとつの街を覆い尽くすことさえ可能なのだ。その力を存分に発揮して、この世界に限らず、幾つもの世界で猛威を振るってきた。
 だというのに、ノアに対して彼は無力だった。
 攻撃が、あたらない。狙いは全てはずされ、前にいたと思ったらいつの間にか後ろに回られ、ガードしたかと思えば攻撃はすでに届いている。理解できないうちに、彼は対抗する術を失っていた。
 そのノアはといえば、
「世界の創造の手順は滞りないか。これはいよいよ、結論を急がなくてはならないか」
 余裕だった。ポーキァを相手に、なんら危機感を抱いていない。
 敗因は、ポーキァの特殊魔法『雷電』の強力さにあった。速度と威力において最強を誇る彼の魔法は、彼から魔法を扱う上での応用力を養うということを奪っていたのだ。今までの、ただ全力を持って力を叩きつければ勝てた、その勝利しかない経験が、彼の弱点となった。
 対する乃愛は幾多の死線を潜り抜けてきた実力者である。そもそも生まれた世界が生存競争の苛烈な世界であり、そんな世界で生まれた乃愛も本能の部分に戦いのノウハウが詰め込まれている。
「く……そ、ふざけんな……!」
「諦めなさい、君は私には勝てない。今回のこの件、君には勝者の資格はないんだ。妹君のことは残念だが、諦めることだ」
 妹。その単語を聞いたポーキァは顔を上げ、獣のような顔でノアをにらみつけた。今にも飛び掛らんばかりに四肢に力を込める。
 乃愛はため息をついて、指揮者のように指先で虚空をなぞる。瞬間、ポーキァは全力で顔面を床に叩きつけていた。乃愛に叩きつけられたのではない、ポーキァ自身が込めた力全てを使って全力で自分の顔面を振り下ろしたのだ。
「まあ正しく言えば、この戦いには勝者などどこにもいないわけだが」
「くそ……くそったれがああああ!!!!」
「……やれやれ、諦めの悪い」
 ノアはどうしようもなく呆れた様子だった。じたばたと床の上でもがくポーキァを冷たく見下ろす視線からは感情が感じられない。
「もう一度言う――諦めろ」
 宣告に、ピクリとポーキァの体が震える。だがその体に、もう立ち上がる力はない。
「何度も言わせないでくれ。この戦いには勝者などいないのだよ。全てが無駄……ではないが、残念ながら誰一人、報われることはない」
「何を、言ってやがる? お前、一体何者、なんだ……」
 その質問に、ノアは表情をかえず無言。どこか怪しい雰囲気を纏ったまま、ポーキァに背を向ける。
 カツ、カツ。硬質な音が廊下に響く。今なお各所からは激しい戦いの音が聞こえてくる。しかしポーキァには、それらのどの音よりも、冷たいノアの靴音だけが耳に残っていた。
 歯を食いしばる。もはやあの存在にはどうやっても敵わない。だが、それでも、せめて、一矢を――
「ぐ、ぎ、ぎがああああああっ!!!!」
 もはや狙いも何もない。己の力の及ぶ範囲全てを消し飛ばすそれだけを成すために、己の力の全てをかき集める。限界を超えた力がぼろぼろの肉体を食い荒らす。全身から発せられる雷がポーキァ自身を蝕み、その肌はちりちりと焼ける。傷口から溢れる血が蒸発し、血の霧がうっすらとその体の回りを漂う。
 死の恐怖がポーキァの首筋をうっすらと撫でた。だが、それでも――
「あああああああああああああああっ!!!!!!!!」
 膨大な力が、弾けた。
 ポーキァという手綱のない雷撃の嵐が荒れ狂い、破壊の限りをつくさんと天に地に向かって放たれた。そのうちのひとつが、文字通り光の速度でノアを飲み込み――
「満足したかい、それなら、寝ていたまえ」
 声が、聞こえた。耳元で、息の吹きかかるほどの近くで。まるで、悪夢を見ているかのように。目の前に、先ほどまで映っていた背中はどこにもない。ただその代わり、首筋に触れる冷たい指の感触だけがやけにはっきりと感じられた。
 ちくり、と小さな痛みが走り。
 ポーキァは、闇へと落ちた。

 


 美優は走っていた。左右に一枚ずつの鏡を従えて、夜のように暗い廊下を息を切らせて。
 遠くから連続する剣戟の音が響いている。美優には――レンにもとても信じられないことだったが、あのエラーズ事もあろうにレンと剣の打ち合いをしているのだ。しかしエラーズは丸腰、武器など持っていない。
 素手。素手でエラーズはレンの剣と打ち合っていた。
「あ、あの人もやっぱりお兄ちゃんと同じなの?」
 エラーズが魔法を感知できるのは間違いない。そうでなくては、死角から放たれた雷を避けられるわけがない。そして剣と打ち合うということは、それ以外に肉体を鋼のように変化させる魔法をもっている、と考えられる。
 大翔と同質の力を持ち、肉体を強化する特殊魔法を備えている。そう考えるのが普通なのだが。
「何か、違う気がする」
 あくまで美優の勘だが、エラーズの感知の能力。あちらがエラーズの魔法ではないかと思うのだ。大翔のそれとは違い、動きに無駄も迷いもない。大翔はあくまで曖昧な感覚で魔法を捕らえているので、常にその感覚に疑いが生じ迷いが生まれる。だがエラーズにはそれがない。
 だが、美優が以前『鏡界』を使ったときには、その効果を理解できてはいなかった。つまり、所有する魔法そのものを見破っているわけではない。
「うん、これはたぶん、間違いない」
 しかしその考えが正しいとして、今度は別の問題が発生する。
「人の体って、魔法も使わないで剣を受け止められるの?」
 考えるまでもなく結論はNOだ。それこそ魔法を使わない限り不可能だろう。とはいえ特殊魔法はひとりにひとつという不文律があるし、通常魔法ではそのような芸当はできない。
 そうなってくると思いつくのはひとつきり。
「ワタシにはわからない技術……? うー、そうなると本格的にどうしようもないよぉ……」
 その場に座り込み頭を抱えた。剣戟の音は段々と近づいてくる。
 レンとエラーズの動きにまったくついていけない美優は、離れてエラーズを倒すための下準備をしていたのだ。しかしどうすればエラーズの感知を超え防御を超え技術を超えられるのか、美優にはまったく想像がつかない。
「でも、何かはしないと……」
 美優ではエラーズにかすり傷ひとつさえも与えることはできないだろう。策を弄し不意をつき、裏をかく必要がある。
 以前のエラーズとの対峙の時に美優は、己の鏡は魔法を反射すると言った。下手な嘘をつけばすぐにばれてしまうために嘘を言えなかっただけだが、それは間違いなく事実だ。
 そう、嘘は言っていない。本当の事全てを言っていないだけで。
 美優は廊下の真ん中で立ち止まる。
「『鏡界』はちょっと手に余るし……でも、使わないわけには、いかないもんね。使えるものは何でも使わないと。……お兄ちゃんに勝つつもりでやれば、いいんだよね……全力で」
 この場に大翔がいたなら顔を真っ青にするようなことをポツリと呟いた。
 その指先がすーっと空をすべり、軌跡に次々と鏡が現れる。
「鏡舞」
 無数の鏡が、美優の意に従い、その望む形を形作ってゆく。
 まず自分がすべきこと。それは、エラーズの魔法と能力を見極め、その上で突破口を掴むこと。そのための罠を――世界を、形作ってゆく。
 と、美優の全身に鳥肌が立った。感知能力の有無など関係ない、絶望的なほどの魔力を感じ――
「『反射鏡』!!」
 美優が全方位を鏡で固めた瞬間。
 その姿を、極大の雷が飲み込んだ。

 


 エラーズは感嘆した。数多の世界を渡り歩き、数々の一流と呼ぶに相応しい戦士と幾度となく死闘を繰り広げた。その中にあってレンの実力は決して抜きん出ているとはいえない。だがしかし、彼がこれほどまでに攻めあぐねいた敵はいなかった。
「あなたよりも速い敵も、力のある敵も、技のある敵もいました。そしてその全てを私は下してきたのですが……ふむ」
 迫る銀の刃を首を小さく傾けてかわし、踏み込んできた相手の懐へ深く潜り込む。必殺の間合いとタイミングで、鋭い手刀が放たれる。
 ガリッ!
 しかしながら、鈍い音を立ててその指先を受け止めたのは――今振りぬかれたばかりの、剣であった。間合いの外まで下がり、たった今止められた指先を見る。
 今の攻撃を剣で受け止めるためには、圧倒的に時間が足りない筈。それを涼しい顔でやってのけたレン。しかしながら、エラーズの持つ感知魔法には魔法の発動は感じられなかった。
「なるほど、貴女――能無し、ですか」
「――――」
 表情を険しくするレンに、ようやくエラーズは得心がいったと小さく息をつく。
「純粋魔力による動作補完……道理で、感知できないわけだ」
「どういう意味だ? いや、それよりも私のこの業を知っているのか?」
「知っていますとも。私の『戦技』も理論的には貴女のそれと同じことをしているに過ぎないのですから」
 レンが衝撃に息を呑む。その様子に、エラーズは仮面の奥で苦笑をもらした。まさか自分の業を見抜かれるとは思っても見なかったのだろう。
 まあ、無理もないと思う。なぜなら自分たちのような業は“絶対に”レンの世界では発展しないはずだからだ。そして発展しなければ、その存在が認知されなければ、見抜かれるわけもない。
「あなた達の世界で言うところの純粋魔力。この有無でまず魔法使いの素質の有無が決まります。それから、純粋魔力を放出魔力へと変換する場合の変換効率で魔法使いとしての資質が。ところがごくまれに、魔法使いの素質を持ちながらも魔法使いの資質が皆無の人間が生まれてくることがあります、それが――」
「能無し、貴様の言うとおり、私のことだ。だが貴様……貴様も能無しだというのか?」
 エラーズは腕を突き出し、指先を左右に振る。それは早計、さらには注意力も足りていない。勘の鋭いものならば、今の会話の中でヒントは掴むはずだ。
 レンも、しばしの黙考の後にはっと気付いた顔を見せた。
「貴様の出身――我々の世界ではないなっ!?」
「ご明察。ついでに言えば、この世界の出身でもありません。私の世界ではこれは『戦技』と呼ばれています」
 そう言って、手近な壁を素手で砕き、さらに横に滑らせて今度は切り裂いた。腕ひとつで多様な破壊を可能とする業。
「しかし貴女のような使い道は初めて見ました。剣の概念を与えることで、通常魔法と同じ効果を生み出すとは……いやはや、その発想には恐れ入ります」
「これは……『斬像』は、ヒロト殿の父君から教わったものだ。私の考えたものでは……ない!!」
 強く床を蹴りエラーズに袈裟懸けに斬りかかるレン。刃は淡く輝き、軌跡を白く際立たせる。
「ほほう、では彼は魔法の何たるかを理解していたのですか。驚きですね」
 エラーズは素直に感心しながら半歩下がることで刃をかわす。しかし刃はそのまま床に突き立ち、まばゆい白い光の刃を生む。それをエラーズは全身を硬質化させることで受け止め、レンが体勢を整える前に鋭い前蹴りを放った。
 ドンッ!!
 放った蹴りはしかし、剣の柄で受け止められていた。
 『戦技』とは肉体そのものの限界値を改変する技術だ。魔法ではなく、技術。故に、レンの『斬像』の切断対象に光の刃を走らせる力とは別の、もうひとつの力、運動能力の強化になかなか気付けなかった。
 だがどうやら、彼女のそれはエラーズのものとは違い、肉体の強度まで操れるものではないらしい。その分の修行を、光の刃の力に裂いていたという事なのだろう。
「くっ!!」
 レンは身を翻した。エラーズはそれを慌てて追う様な事はしない。彼の感知した限り、その先にはもう一人の少女――美優がいるはずである。
「…………彼女とは、なんというか、あまりやりあいたくないのですが」
 以前の対峙を思い出し、小さくため息をついた。

 


 あわよくば自分ひとりの力で、と思っていたのだが、さすがに世界を相手取るだけありそううまくはいかなかった。
 それどころか、自分の力さえも見破られてしまうとは思わなかった。レンは歯がゆい思いで廊下を駆けていた。
「まだまだ甘いな、私も」
 抑えた脇腹には鈍痛。最後の蹴りを柄で受けたが、その柄を支えきれなかった。恐ろしいほどの威力。もしもあれをじかに食らっていればと思うと肝が冷えた。
 その寒気を一呼吸のうちに封じ、廊下を曲がり事前の打ち合わせで合流地点に指定した廊下へと――
「ミユ殿――きゃあぁぁぁっ!?」
 思わず変な声がでてしまい、戦闘中だというのに顔を赤らめて両手で口をふさぐ。
「あ、レンさん、こっちこっちです」
 美優が手を振った……一斉に。
 廊下を曲がったレンの前に現れた十八人の美優。レンは一瞬自分の脳みそがおかしくなったのかと真剣に疑った。
「どうぞレンさん、こっちです」
 声のするほうへと進むと……唐突にレンの目の前の一人を残して、他の十七人の姿が幻のように消えてしまった。
「み、ミユ殿? これは一体……」
「ちょっとした手品のようなものです。びっくり、しました? 鏡に私の姿だけを映すようにして、そっちの曲がり角から曲がってきたら、ワタシがいっぱい見えるようにしたんです」
 確かに驚いた。驚きすぎて思わず少女のような悲鳴を上げてしまった自分が恥ずかしい。穴があったら入りたい気分だった。
「た、確かにこれならば、あの仮面男も思わず足を止めてしまうだろう」
 うまくすれば大きな隙となるかもしれない。というか、そうなって欲しいと思っていた。己のプライドのためにも。
「それは面白いですが、こちらの入り口から入ってきては意味がないようですが」
 背後から聞こえた声に、少女二人がぴたりと動きを止める。ぎぎぎとぎこちない動きで首を背後に向けると――そこには、狐の面をした男が立っていて。
 レンは美優を見る――先ほどの、私が見たあれは?
 美優は首を振る――あっちからじゃ、見えないんです。
 二人の間に、痛ましい沈黙が下りる。その隙をエラーズは興味深げに眺めていた。
「ミユ殿おおおおおっ!?」
「ご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!!!」
 戦闘中だというのに、やたらとハートフルに取り乱れる二人だった。
「私の力は感知ですよ? 貴女が待っている場所へ、何も考えずに踏み込むはずがないでしょう」
「ああっ……!!」
 美優ががくりと膝をついた。レンはもう色々といいたいことはあったが、とりあえずその美優の前に立ち剣を構える。それをみたエラーズは無言のまま床を蹴り、風を切る勢いで駆け出した。
 互いに廊下の端と端といえる位置。しかしエラーズの身体能力を考慮するに、この距離は決して油断できる距離ではない。そしてエラーズにとっても同じこと。レンの実力を知っているからこそ、油断なくその動きを注視していた。
 美優の思惑通りに。
「炎よ」
 呟きはそのまま現象を呼ぶ。美優の手元から炎が奔り、床を埋め尽くしながらエラーズに迫る。眼前に迫った炎の海に対し、エラーズはむしろ速度を上げた。引き返しても一瞬で追いつかれることを見抜いたが故の選択。そして炎の海に飲まれる寸前、跳んだ。彼の脚力を持ってすればこの程度の距離、このまま二人の少女の下まで飛ぶことも不可能では――
「っ!?」
 顔を上げた美優は、笑顔だった。まるで会心の悪戯に成功したかのような。それにエラーズが違和感を覚えた瞬間。
「なっ!?」
 彼の視界に現れたのは、狐の面であった。
 がしゃあああんっ!!!!
 耳障りな音を立てて、天井から生えていた鏡が破砕された。顔面から衝突してきた、エラーズによって。
 体勢を崩したエラーズはそのままレンたちの横へ落下したが、受身を取って立ち上がり、素早く二人から距離をとる。しかしその隙に美優は風に乗り、鏡を従えてレンと共にエラーズの来た方へと飛んでいた。先ほどとは逆の位置取り。
 美優は小さな無数の鏡の集合であった十七枚の鏡をばらして、トランプのように重ねた。
「み、ミユ殿、今のは一体?」
「上のほうにだけ、鏡を置いていたんです。ほら、廊下って、左右対称じゃないですか。だから、ああして真ん中に鏡を置いておくと、奥までまっすぐ続いているように見えるんです。だから、上のほうにだけ、鏡を設置しておきました」
 その説明を聞いたエラーズは深く息をつく。エラーズにとっては美優の言葉に踊らされるのは二度目だ。何が厄介といえば、彼女は何一つ嘘を言っていない所だろう。騙すのではなく、相手が勝手に騙されるように仕向けているのだ。
「しかし今の鏡。もし、刃のように鋭く研ぎ澄ませていれば、私を殺せたと思いますが?」
 だがその言葉に、美優は不思議なものをみるような顔で、たずね返した。
「そういうあなたも、どうしてワタシ達を殺そうとしないんですか?」

 


 人間誰しも優先順位がある。
 例えば、見ず知らずの人の命とユリア一人の命でどちらが大切かと聞かれれば、俺はユリアと即答するだろう。あまり認めたくはないが、それがたぶん、正直なところだ。
 けどそのとき差し出される命の桁がひとつ増えれば。二つ、三つと増えていけばどうだろう。
 例えば、一億人の見ず知らずの人間――この国の人間のほとんどとユリアの命、どちらかを選べと言われたら?
 一億人の人間と一人の人間。本来なら比べるまでもない事だ。だが、それでも迷ってしまうに違いないのだ。ユリアの命を選ぶという選択肢を捨て去りたくはなくて、それでも、見知らぬ人々の命を背負うことが怖いのだ。
 俺はその程度の、弱い人間だ。
「お前は……バケモノだ…………」
 だから、ファイバーの言葉は俺には到底、理解できるものではなかった。
「バケモノ、結構な話だ。俺は目的が果たせるのならばバケモノにさえなって見せよう」
「とても……とても正気とは思えません」
 ユリアも驚愕に体をかすかに震わせ目を見開いている。
 ファイバーは言った。たった一人の人間のために数多の世界を滅ぼす、と。
 たった一人の人間を殺すために――救うために。その人のいる世界を根幹から滅ぼすためだけに、数多の世界を犠牲にすると。そう、迷いなく言ってのけたのだ。

 ファイバーの姉は現在、歳をとることも言葉を発することも、思考さえもなく、ただ生きているのだという。ファイバーが幼い頃に犯した過ちにより、その存在が世界と同化してしまったのだという。
 それがどのような状態なのか――そもそも、それが真実なのかもわからないが、もしそれが本当なら。こいつは、酷く、恐ろしい。

「世界の破壊は容易い。が、それでは意味がないのだ。世界を砕けば、姉は混沌の海を漂うことになる。そうならないためには、姉の存在を世界から切り離さなくてはならない。それができるのは、世界だけだ」
「待て待て待て待て、ますます意味がわからん! それと世界を作ることがどう関係するんだ!?」
「これよりここで生まれるのは、世界の礎。それを手にしたものは新たなる世界の創造することができ、さらにはすでにある世界にも干渉できるだけの力を持つ。それを得て、俺は姉と世界を切り離し、おれ自身を新たな世界の核として、仲間達の理想世界を創造する。結果としてこの世界と、姉の……姫君の世界は滅ぶがな」
 はは……おいおい、僕は新世界の神になりますってか? 冗談じゃねえぞ、おい。どんな三流ファンタジーだ?
「じゃあ何か。世界の礎とやらを生み出すために、この世界を、ユリアの世界を、それ以外の沢山の世界をこんな危険に晒してるってのか!?」
「世界の礎を生むためには多種多様の世界のエネルギーが必要なのだ。この世界にはそのための舞台になってもらっただけの事」
「ふざけんなあああっ!!」
 だっ!
 怒りに任せて駆け出す。
 ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな、ふざけんじゃねえ!!
 がんっ!!
 全力で放った拳は、ファイバーの腕に受け止められていた。巨大な、まるで大木のような存在感。燃え盛る苛烈な意志。けして折れぬ不屈の信念。
 この男は――ただひたすらに、愚直に、純粋に。
 その人のためを想い、その人を殺すために、戦っているのだ。
「納得……できるか」
「語る前に告げていたはずだが」
「ああそうだ、そうだよなあっ!!」
 拳を開きファイバーの腕を掴んだ。その腕が大きく振るわれる。俺はその動きに合わせてファイバーの横手に回りこむ。顎を狙う爪先を顔を引いて避ける。全身を勢いよく回し、ファイバーの腕を捻る。が、掴んだ腕を強引に振り切られた。
「けど、俺が納得できないのはお前が世界を滅ぼす理由じゃない……お前が、姉を殺すためにそれをすることだ!!」
「何が言いたい、小僧!!」
 回転の勢いのままに、ファイバーの背中に回し蹴りを放った。
 同時、ファイバーの裏拳を受けた肩に痺れるような痛みが走り吹き飛ばされた。受身を取って立ち上がる。
 理解できないこと。したくないこと。
 ファイバーのやろうとしていることは納得ができない。この世界を滅ぼして、異世界を滅ぼして、自分の願いだけかなえて。その上その願いは大切な人を殺すこと。そんなの納得がいかない。
 それはたぶん、俺の世界が巻き込まれているから、だと思う。きっと自分の世界が巻き込まれていなければファイバーが何しようが気にしなかったと思う。ユリアが直接頼みに来たのだとしても、たぶんそうだった。
 だから、ファイバーのやろうとしていることで俺が許せないのも、すごく、ちっぽけで、頭の悪い理由で。
 だけどそれでも、認めたくないことなんだ、俺にとっては。
「はあ……はあ……なんで、なんで、お前はその姉を殺すんだよ! 子供の頃に別れてそれっきりなんだろ? なら殺して、自分も世界になって、それで終わりなんてそんなのおかしいだろ! もう一度一緒に暮らす道を探すべきじゃないのかよ!!」
「そのような手段がそうそう都合よくあると思うか? 人間が世界と同化する事が前例のない事態なのだ、存在を切り離す方法が見つかっただけでも奇跡! 姉とは違い俺の時間は有限だ……時間を浪費し俺が死んでしまえば、姉は未来永劫、孤独の苦痛さえ感じぬ孤独の中で生き続ける羽目になる!!」
 放たれる炎の刃を横に飛んでかわす。吹き付ける熱風は、奴の怒りの熱さそのものに思えた。
 ファイバーの言うことはわかる。世の中そんなに都合よくできてはいない。それでも、それがわかっていても、俺はそうやって終わりに向かって全力疾走するなんて、納得したくない。
「それで、一体誰が救われるんだよ……一体誰が、幸せになるんだよ!?」
「誰かが常に救われる事ばかりではない。世界は時に、あらゆるものに満遍なく不幸を落とす」
「だからって、それで諦められるか……っ!!」
 ファイバーの手に収束する魔力。それを打ち破らんと、こちらもありったけの魔力を拳に込める。
 俺はユリアを取り戻すためにここまで来た。そのためにみんなを危険にさらして、頼って、ここまで来た。けど今は、それだけじゃ足りなくなっていた。
 ファイバーを、目の前の男を。親父の仇やユリアを傷つける存在としてではなく。
 俺とは絶対に相容れない敵として、倒したいと、そう思うのだ。
「「いくぞ……」」
 奇しくも、言葉は同時に放たれた。それは確認でも忠告でもない、己への、宣誓。これより敵を滅すると、その意志を己に誓う言葉。
 強大な魔力が光の刃となったのを見た。対する俺の魔法はただ貫く、それだけの力。だが負けるわけにはいかない。負けたくない。その意志と共に、全力の力で――
 ざわり
 全身を走った悪寒に従い、攻撃を中断。全力でその場を飛びのく。その反射的な自分の動作を呪った。馬鹿な、こんなところで相手に隙を――!
 光の刃が、こちらに無数の切っ先を向ける。今からでは防御も間に合わない。
「くっ……!!」
 両腕で顔面をガードする。もはや、運に賭けるしかない。
 死を覚悟した、次の瞬間。
 ガガガガガガガッ!!!!
 視界を埋め尽くす光の洪水と全身を粟立たせる破壊の音響が感覚の全てを塗りつぶした。

 

 な……何が起こったんだ?
 俺は目の前の景色を呆然と眺めていた。突如屋上を襲った光は床を破壊し、ファイバーのいた場所をも飲み込んでいた。その後に残った破壊の跡がその威力を物語っている。
 ……何が起こったのかはよくわからんが、助かったのだけは間違いがないらしい。破壊の跡を辿っていけば、俺が立っていた位置も含まれていたからだ。あのまま立っていたら間違いなく死んでいた。
 ファイバーがどうなったのかはわからないが、今のうちにユリアを助けよう。
「よう、ユリア。久しぶり」
「ヒロトさん……その、私、その、あの!」
 何か口にしようと必死になっているユリアを軽く撫でて落ち着かせる。大丈夫。無理をしなくてもいい。
 俺は急いでユリアの縄を解く。解放されたユリアは、両手をついてうなだれるようにして言った。
「私……今まで自分勝手な気持ちを隠していたのかもしれません。それに、あなた達を巻き込んでしまって……」
「そんなこと、気にしなくていいって。たとえユリアがどんな気持ちでも、俺達と一緒にいた日々は嘘じゃない。そうだろ? ならそれでいいと俺は思うよ。それに最初に俺が言っただろ、好きなようにしろって」
 ユリアは小さく、けどしっかりと肯いた。やれやれ、助かった。
 それに、自分勝手に無数の世界を盛大に巻き込んでいる奴だっているんだ、そのくらい、気にするようなことじゃない。まあ、そこまで開き直れるかどうか、って事なんだろうけど。
「と、ところでヒロトさん……その、呼び方……」
「うん、呼び方がどうかした?」
「いえその、だからですね、なんといいますかその……」
 しどろもどろになりながら俺を見上げた――瞬間、その顔色がさっと青ざめた。
「ヒロトさん、後ろ!!」
「っ!?」
 その叫びに振り向く俺の肩が硬いごつごつとした感触に掴まれる。更にもう一組の腕によって、俺は床に組み伏せられた。
「ヒロトッ!! あうっ!?」
 叫ぶユリアの腕を捻り上げる影。それは……なんだ、こいつは!?
「岩人形……俺の特殊魔法『魂吊』は、無生物に命を吹き込むことや、その逆が可能だ」
 いまだもうもうと立ち込める破壊の跡の煙の中から現れたのは、ファイバー。
 たま……つり? それがファイバーの特殊魔法、切り札か。くそ、油断した!
 ということは学園の入り口で俺達を襲ってきた人たちを操っていたのも。いやまて、そうなると、つまり何か。あの人たちは全員……死人?
「少々油断したが、貴様の負けだ。さて姫君、この小僧の命が惜しければ我々に協力してもらう」
「な……んですって!?」
「てめえ……最初からそれが目的か!」
「だから攫った。姫君は自身の命と引き換えの取引を要求したところで応じないだろう。それならば、取引の価値のある相手を用意するだけだ」
 つまり……俺は最初からユリアの人質としておびき寄せられたってことか。
 人質を得るための人質、だと? くそ、完全に人のこと舐めやがって!
「魔法は使うな。そぶりを見せれば、即座に小僧の命はない。貴様もだ小僧、動けば、姫君の命はないぞ……?」
「は、なんだそりゃ。お前ら、ユリアの協力が必要なんじゃないんか? だったらそんなことできるわけがないだろうが」
「だがそういっておけばお前は動けない。俺が姫君を殺さない保障はどこにもないからな。姫君がいなくてもこの計画に支障がないと、貴様にはその保証がない」
 畜生その通りだよクソッたれ! ユリアの協力がなくてはこの計画が完成しないのなら、俺は無理にでも動ける。ユリアを殺すことがヤツにはできないからだ。だがそんな計画、本当に立てるか? この世界で行う計画に必要なファクターとして異世界人のユリアを加えるなんて、普通しない。だからユリアの存在は必要なのではなく有用、そう考えるのが妥当だ。となれば、ファイバーは躊躇いなくユリアを殺すだろう。
「ユリア、聞くな……! 俺と世界のどっちが重要かなんて分かりきってることだ!」
「その通りだユウキヒロト! だが思い出せ、姫君はこの世界に何をしに来たのか。タイヨウの死に報いるためだ、そのために来たというのに果たして姫君にお前を見捨てることができると思うか!?」
 それはまるで、一億の人間と一人の人間を天秤にかけるように。
「それでも守らなきゃいけないもんがあるだろ、ユリア!?」
 その言葉に、ユリアはなぜか顔を青ざめさせ、瞳を大きく見開いた。まるで何か重大な事に気付いてしまった、そんな表情だった。
 なんだ……どうしたんだ? 怪訝に思っている俺の目の前で、ぽろりと、一粒だけユリアの瞳から涙が零れた。
 そして、きっと強い視線でファイバーを睨みつけたユリアは、
「私を殺しなさい、ファイバー。そしてヒロトを解放しなさい」
 静かに、とんでもないことを言い出した。
「おい、ちょっとま――ぐっ!!」
 岩人形達に頭を押さえつけられ、口がふさがる。くそ、邪魔だよお前ら、どけ!
 起き上がろうと足掻くが、その体の重さには敵わない。
「変わったことを言うな姫君。それでは俺は骨折り損ではないか、君の協力は得られず、敵一人をのうのうと生かすなど。君を殺すのならば小僧も殺す。小僧を生かしたくば我々に協力するほかないぞ」
「………………………………、ヒロト、ごめんなさい」
 その謝罪の言葉に、血の気が引いた。たったその一言で彼女がどういうつもりなのかを理解してしまった。
 嘘だろやめてくれ。そんなの間違いだって分かってるだろ? そんな辛そうな顔をするならなんでそんな……!
 ユリアはゆっくりと俺から離れていく。その背中を、視線だけを動かして追う事しかできない。ああ自分が不甲斐ない、俺が弱いなんて事今更だ、でもそれでも今はこうして這い蹲ってるのはだめだそんなの認めない、今この瞬間は、俺が弱いなんてそんな事実で現実を受け入れられない。
 それじゃあ何も守れない。守りたいものが守れない。
「ぐぅ……うぐ、ああああああっ!!」
「無駄だ、人の力で岩人形を押しのけることはできん」
 魔法を使うな、力は足りない。じゃあ今俺にできることは何だ、どうしたらユリアを止められる!?
「――ユリアッ! やめろ、そんなの……お前、それでいいのか!?」
「……でも私には他に、どうしたらいいのか、分かりません……どうしたら、あなたを救えるのか……」
「俺の、事なんか気にしてる場合かよ……っ、このままじゃ、この世界も、お前の、世界も……!」
「それは分かっています! でも、でも……!!」
 ユリアが悲壮な顔で言葉を続ける前に、突然、ごばぁっ! と何かが砕ける重い音がして、唐突に背中が軽くなった。ユリアとファイバーの顔が、同時に驚きに染まる。怪訝に思う俺の前に、ごとり、と落ちてきたのは岩人形の頭部。その頭には、漆黒の棒状のものが突き刺さっていた。どうやらこれが岩人形の頭を貫いたらしい。
 よし、今なら!
 俺は衝撃に揺らめく岩人形の拘束から抜け出し、もう一体の岩人形の頭部を蹴り飛ばす。人の形を失ったらもう操れないのか、それきり岩人形は動かなくなった。
「貴様っ!!」
 悪寒を感じて振り返ると、ファイバーはその手に巨大な雷球を生み出していた。人一人なんか簡単に焼き殺せるのは間違いない。俺はといえば、すぐに動ける体勢ではない。
 今度こそ、終わる――!?
 俺は死を覚悟した。だが、ファイバーが雷を放った瞬間。
「だめぇっ!!」
 ユリアの風が彼女を拘束していた岩人形を吹き飛ばし、その風に乗って彼女は俺の前へと飛び込む! っておいこらちょっと待て、そのタイミングで割り込んだら……!
「ヒロトは……ヒロトは私が守りますッ!!」
 両手を広げて、俺の前に立ちふさがるユリア。その体にもはや風はなく、守るものは何もない。その体で守るのは自身の命ではなく俺の命。
 ああ――なんで、こんな――俺はいつも、守られてばかりで。

 世界が、色を失った。目の前の光景が異常にゆっくりと流れていく。
 このままではユリアは為すすべなくその身を焼かれて死ぬ。俺はその背中を見ることしかできない。
 ……本当に?
 なあ、本当にそう思っているのか、結城大翔。思い出せよ、お前の願いと、お前の親父の願いを。お前の親父がお前に託した願いを。
 言ってただろ、親父は『僕は生きた』と最期に言っていたと。なあ、何でそんなことを親父はいったんだと思う? それはな、親父が最期まで自分らしく生きたからなんじゃないかって、俺は思う。親父はたぶん、問いかけの答えを見つけたんだ。親父は自分の命をかけて、夢あるものの夢を守ろうとしたんだ。
 夢。願い。希望。
 お前も――俺も、その一人だろう? 親父に守られた、その、一人だろう?

 記憶が。俺の中の記憶が、湧き出す。
 俺は親父の最期を……ああ、そうだったんだ。だから俺は、自分の魔法を信じられなくなった。そういうことだったんだな。

 


 それは、最後の旅の記憶。この地球上のどこでもない……異世界への、ただ一度だけの旅。
 親父と訪れたその世界は、俺にとってはあまりにも印象深く、心に深く刻まれた。今でも覚えている。自分の世界のどの街とも違う空気、風の音色、大地の鼓動。俺は親父の故郷であるその世界がひと目で好きになった。

 だからこそ、刻まれた傷は深く。どこまでもどこまでも、俺の弱さを浮き彫りにした。

 あの日、最後の日。
 親父に言われて、俺は街をでたところにある森の入り口で親父を待っていた。なかなか親父が来なくて不安を覚えたその頃、ようやく親父がやってきた。
 綺麗なドレスを着た少女を抱えて。
「お、親父……! さすがに誘拐は犯罪じゃないの!?」
「ヒロ、一度君がどういう目で僕を見ているのか話し合う必要があるようだね……さておき、少し、この娘と一緒に隠れていてくれないか」
「え、ちょっと……てか重っ!?」
「女の子に対して、それは言っちゃだめだよ」
 たしなめられた。そのとき、ようやく気付いた。親父の全身のいたるところに傷があるのだ。
「ああ、これか。ま、気にしないでいいよ。それよりほら、隠れて。何があってもでてきては駄目だよ? はい、復唱」
「何があっても……でていかない?」
 親父は俺の返事に満足したのか、そのまま元来た方へと走っていった。俺はその後を追おうと思ったが、少女を抱えたままではうまく走れない。まさかこんな綺麗なドレスを着た女の子を地べたにおいていくわけにも行かないので、言うとおり、森の影に入って隠れていた。
 やがて、遠くで戦いの音が響きだす。
 親父だ。直感した。そしてそれは正しかった。戦いは激しさを増しながら、段々とこちらへ近づいているのだ。
 親父ならきっと大丈夫、親父が負けることなんてありえない。そう思いながらも、俺は全身が震えだすのを止める事ができない。あの、親父の言葉と表情が、何かを感じ取っていたのだ。俺はそれを必死に考えないようにした。そんな恐ろしいこと、考えることそのものが、悪いことだと思った。
 だから。
 親父が血だらけで、俺の視界を横切った時。悲鳴を上げなかったのは、本当にただ。親父が、笑っていたような気がしたという、そんな理由だけだったのだ。
 全身に傷を負いながら、それでも敵に俺たちの存在を気付かれぬように戦いながら、そして、俺を不安にさせないように、精一杯の余裕を顔に浮かべながら。
 ファイバーの一撃に、ついに親父は倒れた。

 震えていた。怯えていた。
 ファイバーがその場から消えても、俺は一歩も動くことができずに。
 俺は何もできなかった。魔法の有無なんて、能力なんて関係ない。敵がいなくなっても、俺は弱いままだった。親父はそれでも、静かに笑っていたというのに。
 ただ俺は震えて。
 助けが来るまで、腕の中の温もりに、縋り付いているだけだった。

 親父の葬儀の時に涙を流す妹達を見ながら、俺は誓った。魔法なんかなくたって俺が妹達を守ってみせる。家の事だって全部やるし親父達の代わりだって努めてみせる。魔法なんかに頼らずにやってみせる。
 大切な時に使えなかったものなんかに、どうして意味を見出せるだろう。
 雨の公園で震えながらそう誓う俺に声をかけてきたのは――あの時の、女の子だった。
 女の子は言った。雨の中で空を見上げる俺を見て『泣いているみたい』と。何を馬鹿な事を、と思った。俺は泣かない。泣くわけがない。
 だって俺は何もできなかったんだから。見ていただけだったんだから。今泣くくらいなら、あの時動くべきだったんだ、俺は。

 でも、それはたぶん、違った。
 親父が守ったのは俺の命と女の子の、ユリアの命だった。でもそれ以上に守り通したものがあった。
『大切な人の夢を守りたい』という、親父の願い。悩んで悩んで悩み続けて、それでも親父はきっとそれを守り通した。そうして『生きた』んだ。
 たぶん、そういうこと。親父が最後、こちらを振り向いて笑ったのはきっと、そういうこと。
 だから、あの言葉も。
『だから君も生きてほしい』
 俺は俺の夢を精一杯生きていいんだと。俺の夢、俺の願い。親父が守った夢は、今もこうして生きている。俺達はこうして夢を見て、願って生きている。

 


 さあ立て、結城大翔。お前がここでやらけりゃ、親父が守った夢が消えてしまうぞ。それよりも何よりも、俺の夢が消えてしまう。
 俺の願いは何だ? 家族を守る、家族がいられる場所を守る。
『幸せを守りたい』
 ただそれだけだ。言葉にするのは簡単で叶えるには難しい願いだ。幸せって何だ、どうやって守ればいい? そんなことは分からない。でもひとつ分かっていることがある。
 目の前のこの女性を失うことは、絶対に不幸だ。
 だから、いつまでも意地張るのはやめよう。そうだ、俺の魔法を思い出そう。
 そうしなければ――今度こそ、両親が俺に伝えてくれた全部、意味のないものになっちまうから。
 だから、さあ。
 俺の魔法よ。全てを貫く『貫抜』よ――この目の前の彼女の危機を――

 


 覚醒は、一瞬。発動は、刹那。
「貫けええぇぇぇぇっ!!!!」
 右拳を突き出す。その先から溢れた力が、ユリアの目の前の雷球を貫き吹き飛ばす!
「何っ、馬鹿な!?」
 俺はユリアを後ろから抱きかかえ、ファイバーから大きく距離をとった。にやりと不敵な笑みを浮かべてみせる。
「え、な、ヒロト!?」
 突然の自体にユリアも混乱している。俺は肩をぽんぽんと叩くと、その前に立った。
「思い出したぜ、俺の魔法、俺の過去。全部全部、ようやく取り戻した――これが本当の、俺の全力だ」
「……今までは、全力ではなかったと?」
「いんや、全力だったさ。ただ、制限がかかった全力だったって事だ。こっから先は制限抜き、今までとは一味違う俺が楽しめるぜ」
 ファイバーはふん、と鼻で息をすると、そこらに転がった瓦礫から岩人形を作り出した。これでお互いに全力、か。
 いけるだろうか、今の俺に。たとい魔法を万全に使えても、やつの実力が俺より上なのに違いはないのだ。
「ユリア。さっきなんかしようとしてた事は後で怒るとして」
「あうっ、や、やっぱり怒ってますか?」
 何を当然のことを。正直言っちゃってさっきの行動はかなーりトサカに来てますよ。
 まあそれだけ大事に思われるのは男の子としては悪い気分はしないものの、やっぱり総合的に見ると納得はいきませんですはい。
 とはいえ、そのおかげで記憶が全部帰ってきたといえないこともないんだけどな。
「ま、かるーくね。んでまあそれよりもまず。今はここをどうにかしないといけない。ユリア、いけるか?」
「――はい、当然です」
「いい返事だ。んじゃまあ、さっさと片付けて家に帰るか!」
「ハイ!」
 岩人形の兵隊がずらりと並ぶ。従えるのは屈強の戦士。立ち向かうのはお姫様と頼りない騎士。
 実にファンタジーだ。それでもどれだけ現実味がなかろうと、ここにあるのは現実。
「行くぜ、親父……見てろよ、あんたの息子の初陣だ!」
「え……えぇっ!?」
 ユリアの疑問後驚愕の叫びを後ろに聞きながら、俺は風に乗って一瞬で岩人形の群れを見下ろす位置に、高く舞い上がった。
 何も驚くことじゃない。通常魔法に必要なのは血と知覚。親父の血を継ぐ俺にはその素養は備わっている。ユリアが美羽に通常魔法の基礎を教えるのは見ていたから知識はもう入っている。そして幼い頃にユリアの世界に行って、しかもあれだけ強烈な体験をしたのだ。あの空気を忘れないわけがない。あの大好きな世界を忘れるなんて、ありえない。
 だから、本当は使えて当然だった。
「まとめて……ぶち抜け!」
 ぎゅるぁっ!
 突き出された拳の先から力が溢れ、岩人形どころか、校舎そのものさえもまっすぐに、大地まで一直線に貫いた。
 特殊魔法『貫抜』の効果は、その名の通り対象を問答無用に貫く。一切の壁も合切の障害も許さない最強の矛。それが俺の魔法だ!
 岩人形達を片付けるのには数秒で事足りた。ユリアが呆然と見ているのを感じながら、ファイバーと炎の中向かい合う。
「なるほど……それが貴様の、全力か」
「そうなるな。数年ぶりに使うけど……確かにこれが、俺の全力だ」
 己の中に今までとは違う感覚が満ちているのを感じる。これまで抑制されていた、自分自身で感じることを拒絶していた感覚が、全身を心地よく満たしている。
 ちらちらと赤い火の粉が舞う。
「その力、我々の障害になることは間違いないだろう。今ここで、貴様を潰す」
「やってみろよ、俺はそもそもお前を潰す気満々なんだからな」
 ドン! 床を蹴る音が同時に響き、俺達は激突した。
 互いに風を操り、ありえない速度で正面からぶつかり合う。だが腕力では敵わない。じりじりと体が押し返される。が、
「炎、氷、雷、風、刃となりて我が敵を切り裂け!!」
 ユリアの魔法が襲い掛かる。ファイバーは俺から離れ、光を放ちそれらを蹴散らした。そこへ『貫抜』を放つ。
「ぬるい!」
 俺の拳の動きを見切ったファイバーは身を屈め、床を砕きながら突進してくる。砕けた破片が雨のように降り注く。その向こうから、太い腕が現れた。がっちりと顔面が巨大な手の平に覆われる。きしきしと締め上げる痛みに苦痛が漏れる。
「おおおおっ!!!!」
 指の付け根めがけて拳を叩きつける。一瞬、力が弱まった。何度も何度もそれを繰り替えす。が、唐突に首が引っ張られるような痛みと共に、全身が振り回された。ってか、頭掴んで全身振り回されてる!?
 ぐおん! と全身の感覚が一瞬停止して――やばい、叩きつけられる!?
 どん! と轟音が響いてからだが投げ出された。床に叩きつけられる。立ち上がると、ファイバーの腕には無数の氷の刃が突き立っていた。
「いってえ……くそ、次はこうはいかねぇ」
「ヒロト、大丈夫ですか? でも、どうして通常魔法を……」
「その話は後だ。とにかく、今は……」
 ファイバーはそれでも、悠然とこちらを見下ろしていた。圧倒的な存在感は、腕の傷などものともしない。
「お前の願いも分かるよ、けど何度も言うように、俺はそれを潰さなきゃならない」
「私の世界、この世界、そして……私の守りたいもののため、私の我が侭のため、あなたの願い、打ち砕きます!」
 ぎゅっとユリアの手を握る。
 何年も前にも感じた、この暖かさ。俺を守ってくれたこの温もり。あの時は縋り付く事しかできなかった。でも、今は違う。違ってみせる。
「行くぞファイバー、これが、俺達の選択だ」
 今度は、俺が守る。

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