ABCまとめ12


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「ふむ、兄妹喧嘩で飛び出してきたということか、青いな……」
呆れるでもなく、むしろ微笑ましいとでも言いたげな口調でそう言ったノアは、片っぱしに目についた目新しいカップラーメンを肘あたりにかけたカゴに放り込んでいた。
「そんな、簡単なことじゃないです」
信頼できる教師が身近にいることから精神的な安定を取り戻した美羽は、その光景に少しげんなりしながらも冷たく言う。
「それで、今日は家に帰りたくないというんだな?」
「はい」
間髪入れずに美羽がそう返す。
ノアはぼそりと「根が深そうだな」と呟き、「ではついてきたまえ、私の家に来るといい」と続けた。
美羽はきょとんと眼を丸くして、その言葉の意味を飲み込むのに多少手間取っていた。
そしてすぐに驚いて「いいんですか?」と訊ねる。
「大切な教え子の妹を、放っておくわけにもいかんだろうさ」
そう嘯くと、ノアは大量のカップラーメンをレジに運んで会計を始めた。
店員には最早馴染みのこととなっているのだろうか、特に驚く様子も無く手なれたてつきでカップラーメンを袋に詰めている。
「二千八百十四円になります」
「……」
コンビニの買い物にしては結構な額だなと美羽は思った。
大抵美優と買い物に行くのは街中のスーパーだったからだ、値段の点から考えてもその方が家の為になると決まっている。
「さあ、行くぞ」
「あ、はい……」
ノアを追って店を出た美羽は、彼女がさっさと車に乗り込もうとしているのを見て慌てて助手席の戸を開く。
それほど高さもなく、少し窮屈な感じがする車内ではあった。だがダッシュボードに置いてある芳香剤からはほのかなラベンダーの香りが漂っていて、少しだけ美羽の気分を穏やかにしてくれた。
「ちゃんとシートベルトをしたか?」
「あ、はい」
きっちりと体を締め付けるシートベルトを視認すると、ノアは満足そうに頷いてキイに手をかけてセルを回した。
唸るエンジン音と共に車体が揺れだし、ノアはサイドブレーキを降ろして頭から駐車場に突っ込んでいた車を出す為にギアをバックに入れた。
「……そういえば」
道に出る前にふと思い出したようにノアが口を開く。
「なんですか?」
「私の家はここから三十分程の場所にあるのだが、トイレなどの心配はないか?」
「……大丈夫です」
何かもっと聞くべきことがあるのではないだろうかとも思ったが、この子供扱いされているような心配も悪い気はしなかった。
美羽は、いつでも誰かに構っていてほしいのだ。
兄である大翔に必死に反発するのも、興味を惹きたい故の行動であるのだが、彼女自身はそのことにまだ気づいていない。
「そうか」
それならばいいと呟き。車の列が途切れたところに車体を滑り込ませてアクセルを踏み込む。
「…………」
「…………」
それから十分程は無言のドライブとなる。美羽にとってはプライベートでノアと出会うことは滅多になかったので、どのような話題をふっていいものかと迷っているのだ。
そうしている内にエリーゼは段々と車の通りが少ない道の方へと入って行く。こちらには郊外の高級住宅街しかないのではと思い、美羽が口を開く。
「ノア先生の家は、こちらの方なんですか?」
「ん? ああ」
決してわき見をせずに前だけを見据えながら、ノアは適当な風に答えた。
「郊外に大きなマンションがあるだろう。そこの十階に私の部屋がある」
「……へえ」
それほど興味があるそぶりは見せなかったが、美羽は内心驚嘆していた。
一年半ほど前にあのマンションが出来た時、家族で一室の値段などを調べたことがあったのだ。
その時の各々の反応と言えば、大翔は「こりゃないわ……」と天を仰ぎ、美優は両手を使って雑誌にあった0の数を数えていて、美羽自身もバイトすらしていない自分達には関係も無い話だと思えた。
最も、あの一軒家以外に転居なんてする気もなかったのだが、ノアの財力に多少見る目が変わってしまう。
「では、次は私から質問させてもらっていいかな」
ノアの方もきっかけが出来るのを待っていたのだろうか、美羽は構いませんよと了承する。
「今回の結城兄との喧嘩の、原因とやらを聞かせてくれないか?」
「………………原因、ですか」
「ああ、別に言いたくないのならもちろん言わなくていいさ。ただの世間話だからな」
美羽は考える、世界の崩壊について。
ノアにあんな根拠も無い荒唐無稽なことを話せるわけがない。……が、例え話としてならば一度例え話として相談してみたい気もするというのが美羽の実際のところだった。
この人ならどんなことにでも、それなりに答えを出してくれそうだと考えたからだ。
だけど、今はまずい。急にそんな例え話を持ち出したら、ふとしたことで喧嘩と関連付けられてしまう可能性もある。
ここはワンクッション置いてから切り出すのが得策だろうと考えて、美羽は答えた。
「兄貴が、嘘をついたからです」
「嘘?」
「……はい。私、嘘が大っきらいですから。……だけど、兄貴はそれを知ってて……私を騙したんです」
「ふうん……」
興味があるのか無いのか、曖昧な相槌をうつノア。
もとより深くつっこむ気はないようで、どんな嘘なのかは質問しないようだった。
「君たちは、いつも喧嘩しているのか?」
「いつもって程でもないですよ」……昨日はしましたけど、と小さく付け足す美羽。
(……あれ? でも昨日って、何で喧嘩したんだっけ?)
滅茶苦茶に暴れた覚えはあるのだが、その前後の記憶が曖昧になっているのに今気付く。
まあくだらない喧嘩だった気がするし、暴れた後にすっきりしたせいだろうと、美羽は適当に折り合いをつけた。
「しかし、結城妹とはずいぶんと仲睦まじいようだね。やはり兄というのは扱いにくいものかい?」
「……そういうわけじゃ、ないです」
大翔はどんなことをするにせよ家族のことを第一に考えている、それは理解しているつもりではあった。
「義理の妹に気を遣わせないように、という配慮かい?」
「そういうわけでも、ないですよ」
「……そうか。少し気になっていたのだが、結城妹はいつから一緒にいたんだ?」
「私が、小学校に入るちょっと前からです」
「約10年前と言った所か? 良ければ馴れ初めを聞かせてくれ」
馴れ初めという単語に少し戸惑いを覚えたが、隠すようなことでも無いので話そうとした――のだけれど。
「あれ?」
「どうした?」
「…………ごめんなさい。当時のこと、ちょっと忘れちゃってるみたいです」
記憶に靄がかかっていて、もう少しで思い出せそうなのに思い出せない。そんな気持ちの悪い感覚が這うように心を駆け巡る。
美優は、気がついたらそこにいたような……。千切れたフィルムが飛び飛びで繋がれているかのような……。
(そんなわけないか。お父さんが連れてきたのに)
「でも、昔美優はすっごい無口だったんですよ」
「ほう」
「今では、ちょっと気弱な感じになっちゃってますけどね」
――しかし、美優はああ見えて芯が強い。美羽もそれは理解している。
(私が見た目だけの欠陥住宅だとしたら、美優は見た目は古いけど丈夫なお屋敷って所かな……)
心の中でそう自虐する。
端から見れば、美羽と美優の関係は『強気な姉を頼りにしている妹』だ。
だけれど本当は逆。『妹のおかげで強気に振舞っていられるはりぼての姉』……それが真実。
美羽は良く「私だけじゃない、美優もいる」と口にすることがある。だがそれは影に隠れがちな妹をアピールするのが目的では無い、あくまで自分が一人では無いことを確認する為だ。
「……一人じゃない……」
『この熊に俺の名前をつけろ! 俺だと思え!』
「……馬鹿兄貴……」
美羽は誰ともない呟きを口にして、ノアはふと笑った。
「………………今、笑いました?」
「いやいや」
ノアが適当なごまかし文句を三秒で五つほど思い浮かべたその時だった。
車の通りもなくなってきて空いた道で、GT-Rが後ろからパッシングで煽るようにつついてくる。
「全く、ここは首都高ではないというに」
ノアは焦る様子も無くハザードを出し、『先に行け』と合図を送るだけ。
GT-Rはつまらないとでも言いたげに一気に加速し、爆音を残して去って行った。
「……ノア先生って、意外と安全運転ですよね」
そこで、美羽が思ったことを口にする。
「意外にとはなんだ。私はいつでも安全運転さ」
事実、がらがらの道でもノアは法定速度を遵守している。
ピッタリと守りすぎて、逆に普段は後ろの車を苛立たせてしまう程だ。
「……こんな速そうな車乗ってるから、飛ばすのが好きなのかなって……」
「この車はただの趣味。それに、早く行かせたい奴は行かせてやればいのさ」
赤信号を前に、滑らかに止まる。
「私は私のペースで、確実に目的地に向かうさ」
ま、時には急ぐこともあるだろうがね。
ノアはそう付け足して、くっくと声を抑えるように笑った。
そして、エンジンの鼓動すらも、ノアの言葉に呼応して笑っているかのように感じられた。



時刻は午後八時、いつもは賑やかな結城家も今ではすっかり夜の闇の静寂に飲み込まれている。
家の中には三人だけしかいない。美優は部屋に引きこもり、レンとユリアはリビングで大翔と美羽の無事を祈っている。
魔法で探すという手もあった。
だが、世界の移動には大量の魔力を使う。それはユリアとレンの魔法力を全て使い尽くして何とか可能になる程なのだ。
軽い魔法――マッチ程の火をつけたりなど、その程度の余裕ならばあるのだが……。
「……大翔さん」
ユリアがぽつりと零した呟きに反応したかのように、リビングの隅にある電話が鳴り響く。
この世界に来たばかりの頃はコール音の度に飛び上がるほど驚いていたユリアとレンも、一年経った今となっては冷静に電話がかかってきたという事実を受け止めることができた。
だが受け止めただけではどうにもならない、実際に受話器を取るのは初めてになるのだから。
今の状況では美優の応援はあてにできないだろう。
レンが「私が出ましょう」と具申するが。ユリアはそれを断り、深呼吸の後ゆっくりと受話器を取った。
「も、もしもし……でよかったんでしたっけ?」
「こちらから電話したというのに、いきなり質問をされても困るな」
その声は、ユリアにとっての忌わしい記憶を呼び起こす。
「――ノア・アメスタシア。貴方がこの家に何の用です?」
ユリアの牽制を、ノアは鼻で笑って流す。
「ふっ、君に用は無いよ。第二皇女様」
「第一皇女です。間違えないでください」
「おやおや、これはすまないね『元』第二皇女。ま、そんなことはどうでもいいさ。結城兄……いや、大翔君はいるかな? いるのなら変わってくれたまえ」
「いません。では、切りますね」
すげなくそう言い放ち受話器を降ろそうとするユリアだったが、回線の向こう側から『美羽』という単語が聞こえてきてはそうもいかなくなる。
「……今、ミウさんの名前を口にしましたか?」
「おやおや、現金なことだね。だが私は君と話をしたいのではないのだよ……それではな」
「待ちなさいっ!」
今度はユリアが引き留める形となってしまう、あっという間に逆転した立場に悔しさを噛みしめた。
「……滅多に聞けない君の叫びに免じて、今は待ってあげよう」
「っ……」
今の余裕がないユリアを、レンはただ心配そうに見つめていた。
ただ会話しているだけだというのに、普段の温厚さは消え去り、メッキがはがされていくようにぼろぼろと荒い言葉が飛び出してくる。
「貴方は、ミウさんがどこにいるのか知っているのですか?」
「……まあいいだろう。隠すようなことでもないからね。美羽君は私が保護した、今はシャワーを浴びているさ」
「保護……?」
「ああ、コンビニの前で泣いていたので見ていられなくてね。大翔君には頃合いを見て迎えに来るよう伝えてくれ」
「………………」
「返事がないな?」
「……わかりました」
ユリアとしては納得がいかないのか、眉間に皺を寄せたままの返事となってしまう。
だがノアにはそんなことは知りようもなく、もし知ったとしても別段何の反応も示さないだろう。
「美羽さんのことについてだけは、素直に感謝します。……さようなら」
「……ああ。そういえば君にも用事があったんだった」
「ノア・アメスタシア、飽くまでこの会話は例外。この世界に来た時点で互いに干渉はしないと決めたでしょう?」
「ああ、君たちがこの世界に何をしにきたのかなんて私は知らない。予想する気にもならない。
……ただね、私はまだ『許してはいない』よ。覚えておくといい、私の願いが成就する日は近い――!」
「魔力を封印された貴方に、何ができると言うのですか?」
その言葉を聞いて、ノアは笑った。
傍に立つレンにも届く程の声で笑った。それは哄笑。
勝利を目の前にして、それが手に入ることを疑わない者の傲慢。
「はは……この世界にはうまいことを言う人間がいてね。『良く出来た科学は魔法と区別がつかない』という格言があるのさ」
「かがく……?」
化学、科学。この世界の言葉に未だ疎いユリアでも、その二つは思いつくことができた。
だがその明確な違いまではわからない。学校の授業で化学とやらはやったが、科学とは一体何なのか……説明しろと言われば、不可能だ。
「君が今手にしている電話という機械が、どのようにして動いているのかわかるかい? どうやって私達が会話出来ているのかその仕組みを理解できるかい?
私達の世界には無い技術が、この世界にはある! 特別な力を持つ者がおらずとも、魔法のような力を行使できるのだよ! ……この意味がわかるか?」
テレビ、エアコン、冷蔵庫、電話、パソコン、ビデオ、ゲーム、車、エレベーター、飛行機。
この世界に来て初めて見たものばかりで、その全てに驚かされた。
魔法と科学、どちらが便利な力かと問われれば、一概にこたえることは不可能だ。
魔法にしか出来ないこともあれば科学にしか出来ないこともある。ベクトルが違うと言っていい。

「それが、どうかしたのですか?」
「私には、力があるということさ」
もう話すことはない。ノアはそう言い残して、離れた個所をつなぐ会話の線は切られた。
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