世界が見えた世界・1話 C


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 帰宅すると美優がなんかすっごい恨めしそうな視線をしていた。
 視線で人が呪い殺せるのなら体調不良になりそうな視線で。つまるところ迫力のない視線なのだが。
「遅い」
「いやあの」
「……、遅い」
「……ごめんなさい」
 あれれ、何で俺謝ってるの?
「ていうか確かに普段より遅いけど、怒られるほど遅くはないよな?」
 それだったら美羽はどうなるって話しになるし。
 美優はかぁぁっと耳まで真っ赤にして。
「……おなかすいた」
 あんたね。
 俺は呆れながらも笑ってしまった。まあ、こういう我が侭なら笑って許せるしな。
「わかったよ。晩飯までのつなぎに何か作ってやるよ」
「ありがとう」
 美優の顔がやわらかにほころぶ。そうそう、美優はそういう顔のほうが似合ってるって。
 台所に立つ。包丁を握る手が少し震えた。ふと、夕日を反射してオレンジに輝く鋭い切っ先の感触が蘇る。リアルな錯覚にくらりと気が遠くなる気さえした。
 ……おいおい、これは料理をするためのもんだろう。怖がるようなもんじゃないっての。
 自分に苦笑して、もう一度包丁を強く握る。今度は震えなかった。
 なんつーか、自分のチキン具合を再確認しているみたいだな、これ。
「けど遅くなったのは悪かったな」
「いいよ、本当は怒ってないから。考え事、してたんでしょ」
 両手が止まる。
「……なんでわかったんだ?」
「朝、お兄ちゃん、苦しそうだったから」
 美優……。
「お前それ誰のせいで苦しかったかわかってていってんだろうなこらぁ!!」
「きゃあああ! ごめんなさぁぁいっ!!」




 少し遅いな。
 ていうかやたら遅いなこら。
「お、お兄ちゃん、落ち着いて……びんぼうゆすりはよくないよ」
「そういう美優も、さっきから部屋何往復してるのか知ってるか」
 互いに沈黙。苦笑しあって、ため息をつく。
 こうなったのも美羽の帰りがあまりにも遅いせいだった。
 確かに今までに帰りが遅くなったことはある。しかし今日ほど遅くなったことなんか一度もない。ましてや連絡もないなんて。
 これで不安になるなというほうがおかしい、とは思うのだが。
「八時……もう八時というべきか、まだ八時というべきか」
「で、でもお姉ちゃん、今までこんなに遅くなって連絡しなかったこと、ないし」
「それはそうだけどな高校生だろ、高校生ってほら、なんか夜とか遅そうなイメージないか?」
「それはちょっと、あるかも……」
 現役高校生が現役高校生の実態について疑問を持っています。
 俺ら二人とも学校が終わり次第帰宅するタイプだからな……あんまり遊び歩かないんだよな。その点、美羽は友達との付き合いや生徒会もあるからたまに遅くなることはある。とはいえ、そういう時はきちんと連絡を入れるんだけど。
 何かあったのか、と兄妹二人の心配がピークに達した頃。
「ただいまぁ~」
「美羽っ!」
「おねえちゃん!」
 俺たちは先を争うように玄関に飛び出し、同時に停止した。
「やあ、こんばんは、ヒロト君、ミユ」
「えっと、お邪魔します……あ」
「失礼する……あ」
 何故か美羽と一緒に入ってきている乃愛さんに……放課後の、コスプレ二人組み。
 向こうも俺に気付いて驚いている。特に姫と呼ばれたほうの少女なんかは……え?
「……………………」
 気のせいか? どこか、嬉しそうにみえる。
「さて、驚いている二人に紹介しよう」
 乃愛さんが大仰なしぐさで腕を広げる。そちらをみて再び視線を戻すと、彼女はさっきまでの感情を綺麗に引っ込めていた。あるいは、俺の気のせい、かも知れない。
 ていうかたぶんそうだろ。俺を見て喜ぶ理由がないし。
「彼女らはさる国からやってきた、王女とその騎士だ」
 ……………………、は?
「へぇ~、お姫様なんです…………か?」
 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。
 え?
 あれ?

 と、ここでネタばらし、みたいなノリは?
 数ヵ月後そこには元気に走り回る俺の姿とかあの時はもうだめかと思ったよとかは?

 え、嘘。
 …………マジにお姫様?
 美羽を見る。
「こくん」
 乃愛さん。
「にやにや」
 少女達。
「にこにこ」
「きりっ」
 最後に、美優を見て、その表情を見て。
 ああ、こいつも俺と同じ気持ちなんだなぁ、なんて思って。今の俺たちにできることをするだけだ。
 はい、じゃあ、せーの。
「「ええええええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?!?!?」」
 俺たちの叫びは、隣近所中に響き渡ったという。




 乃愛さんはソファに腰を深く沈めたまま、静かな瞳で俺たちを見ていった。
「というわけで、彼女達をしばらくここに泊めてあげてほしいわけだ」
「先生、ちょっといいですか」
「なんだい?」
「というわけでからいきなり話始めないで下さい! 事情くらいきちんと説明してくださいよ!!」
「どうせ最後には泊めることになるんだし、細かい事情なんかどうだっていいだろう」
 うわなんかすごい理不尽だー!?
「……別に二人住人が増えることは問題だとは思いませんよ、ええ。確かに部屋は余ってますから」
 最大で四人いた頃ですら広かったんだし。それも、俺たちが今より小さい頃の話だ。
 両親共に、もういない。美優がうちに来たのは母さんが死んでからだ。
 そんなわけで、部屋の数は余っている。
「だからって、素性や事情もわからない人を泊められないし……それに、年頃の女性二人ですよ? そんなのと俺みたいな年頃の男がひとつ屋根の下ってのは問題でしょう、どう考えても」
 むしろ学園としては止めるべきなんじゃないだろうか。どこぞのお姫さまだというのならなおさらだ。
 ていうか、お姫様ならなおさらうちなんかに来る理由がわからない。
 俺は二人に視線をむけた。
 綺麗な長い金髪の彼女はどこかの国のお姫様で、ユリア・ジルヴァナ様というそうだ。ありきたりな表現だが、人形のようなというたとえがとてもよく似合う。
 また、纏った雰囲気も一般人とは一線を画したものがあるのだが、人を拒絶するようなものではない。むしろ親しみやすい雰囲気だ。
 そして付き従うのがレン・ロバインさん。ユリア様に従う騎士でありメイドでもあるらしい。その強さの一端はすでに見た。高速にして優雅な剣技は明らかに俺の数段上のステージにいる人間の動きだった。
 初対面の時の印象も手伝ってとっつきにくい感じを受けるが、この場での彼女は毅然としていた。どうやらユリア様が関わると見境がなくなるらしい。それだけ、大切なんだということだろう。
 その気持ちには共感できる。
「そうだね、確かに君の言う通りだ。言う通りなんだが……その辺の理由については今は『話さない』」
「……話せない、じゃないんですか?」
「ああ、話さない。私が話すつもりがないだけだ。どうしても聞きたければ他のみなに聞けばいいさ、答えるかどうかは、別だがね」
 俺は他の三人、つまりは美羽とユリア様とレンさんを見回した。美羽はまあ、答えないだろう。ユリア様は聞けば答えてくれるかもしれないが、真実を話しているのかどうか、判断できない。レンさんは……むしろにらまれてますが、俺。
「それに一つ屋根の下問題だが大丈夫だろう、キミはヘタレだからたとえ裸で彼女らが歩いていたところで襲わないさ」
「なんかそういわれると男として無性に腹立たしいんですけどねぇ!?」
「はんっ」
 鼻で笑われた。うう、そんな目で見ないで下さいよ! ええそうですとも、チキンですよヘタレですよ、襲う勇気なんかありませんとも!
 でもほら、俺だって青少年なんだし、ちょっとこう、暴走したりするかもだし!
「まあ兄貴が何かしたら、あたしが奪いつくすし。色々と」
「ちくしょう、自宅のリビングなのにアウェーの空気じゃねえか!!」
 せめて優しくして!
「て、いうかですね。二人はいいんですか、こんなのがいて」
「ノアさんからは、ヒロト様は安全すぎるから好きなようにしろと」
 だからその評価はどうなんだ。明らかに俺で遊んでるな、乃愛さん。
「そもそもお姫様だって言うのなら、それなりの扱いがあるんじゃ……」
「まさか魔法使いを大々的に迎えるわけにもいかないだろう」
 いや、そんなの魔法使いだってことを隠せばいいだけで……。大体危険な連中って言うのはどれだけ隠蔽しても暴いてしまうようなイメージがあるんだけど。
 そもそも、だ。その、なんだ。こんなに可愛い人が家の中にいるって俺の理性が色々大変な事になるんだが。俺だって健全な男子高校生だ。確かにチキンだが、それでもほらなんか若い衝動とかね、あるわけよ。
 そんなもん炸裂させたら美羽に文字通り冷たくされてしまいそうだが。
「まあ何かあれば彼女がちょん切ってくれるさ」
「何をですか、何をちょんぎるんですかっていうかあなたもカチカチ鍔を鳴らさないで!!」
 目がマジなんだよ、レンさん。
「ああもう、どうせ俺が何を言ってもむだなんでしょう! 別に構いやしませんよ、二人を泊める位なら」
「そうか、それはたすかる。ああちなみに期限は決まっていないから最悪一年くらいいるかもしれないからその辺りよろしく」
「長いなおい!?」
 せいぜい数日から数週間、長くともひとつき程度だと勝手に思っていたんですがっ!
「まあまあ、お兄ちゃん……どうせ今更何言っても仕方ないんだし……」
「いやまあそうだけどさ。それよりもお前はいいのか、あの人たち。美優は人見知りするだろ」
 美優は困ったような笑顔を浮かべる。
「あ……うん、なんか、たぶん、平気」
 妙に言葉に詰まっているな。
 美羽はさっきから緊張しっぱなしだ。お姫様とその付き人に緊張してるんじゃなく、俺が何かやらかさないかと緊張しているように見える。
 そんなに常識がないようにみえるか、俺は。
「はぁ……とりあえず美羽、部屋割りとかはお前に任せるから、二人を案内してくれ。俺は乃愛さんともう少し話があるから」
 美優も行ってこい、と送り出す。その二人に連れられてユリア様とレンさんは部屋を出て行った。
 その時、ユリア様がこちらをちらりと見た。なんだろう? だがその疑問の答えはなく、彼女はそのまま美羽についていった。
 ……なんとなく好意的な視線を送られている気がするのは、自意識過剰だろうな。
「何を一人しきりに首をかしげているんだい?」
「いや、別に……それよりも乃愛さん、これ一体どういうことです?」
 わけがわからない状況全てをまとめて、これ。何が問題でどうなっているのかいまいち把握できない。
 まあ乃愛さんならこれで意味を汲み取ってくれるだろう。
「私としても少々困惑しているというのが現状だね」
 乃愛さんはタバコに火をつける。
 本来嫌煙家の彼女がこのしぐさを見せるのは自分に対する喝入れのようなものらしい。
 曰く、
『失敗したらまたこれを体内に充満させる。そんなことにならないためにも頑張ろうという、そういうことだ』
 せめて褒美でもやればいいのにと思ったのだが、乃愛さんは『これでいいんだよ、これで。褒美はもう十分だ』なんて言っていた。
 乃愛さんと出会ってからもう十年近くになるだろうか。初めて会ったのは、母さんの葬儀のときだった。親父と母さんに、よく世話になっていたそうだ。その関係なのか、今では俺たちが乃愛さんによくしてもらっている。
「黒須川が言っていたが、少々私の周りが騒がしくなりそうでね」
「だから『説明しない』んですか。俺って力になれないですかね」
「君の力を借りてしまえば楽ではあるだろうがね、それでは私が満足しない」
 ぷかーっと煙を吐き出す。薄く広く、見えなくなるくらいに広がる。乃愛さんはその煙を視線で追う。俺も釣られてその動きを追った。
「まあぶっちゃけ君を驚かせたいだけって言うのもあるんだけどね、九割九分九厘九毛九糸くらい」
「それは十割って言っちゃったほうが早いでしょう。てか十割って正直に言えよ!」
「いや、君の驚いた顔はなんと言うか魅力的でね、何かあるたびにその顔が見れないかとつい考えてしまうわけだ」
 意地の悪い笑顔は本気だった。本気でそんな事を考えている顔だった。
「大概ですね、あなたも……学園のことを知らされたときなんか、本気で驚きましたよ」
「ああ、あれはよかったね、君の表情の中でも歴代三位には入る」
 うわーい、全然嬉しくねぇ。
「まあ、何かあれば彼女らもついでに守ってあげてくれ」
「別についでにするつもりもありませんけどね」
「それは助かる。それから、これ、当面の生活費だ」
 どん、と机の上に置かれたのは決して小さくないサイズの鞄だった。どっからとリ出したのか疑問だが。
 やたらと重量の詰まっていそうなそれの中を開くと、
「ぶーっ!? 乃愛さん、いくらなんでも銀行強盗ははんざがはぁっ!?」
「君は私をなんだと思っているんだ? 銀行強盗なんかやらないよ、やるなら口座の値段を書き換えるぐらいさ」
 よりタチが悪いと思うのは俺だけだろうか。
「何、遠慮することはない。仮にも一国の姫を迎え入れるんだ、当然の流れだろう」
 鞄の中の見たこともないくらいの量の札束にくらりとする。圧巻だった。これだけの数の福沢諭吉を見る機会なんて、この先一生ないだろう。
 心臓に悪い。
「……けどうちで生活する以上、生活レベルはうちに合わせてもらうわけですし。正直助かりますけど、これは量が多すぎる気が」
「一国の姫を迎え入れるんだ、何が起こるか、わからないだろう?」
「…………」
 なるほど、あんまり気分のいい話じゃないな。
 つまりはこの先俺たちが被る物理的精神的被害に対する保証金のようなものだろう。
「まあ、受け取っておきます」
 明日にでも口座に……って、明日は土曜日か。まあ早いところ銀行に入れてしまおう。
 手元においていても気分が悪くなるだけだしな。
「理解が早くて助かる」
 こういうことにばかり理解が早い自分はあんまりまともな人間じゃないよなぁとか思ったりする。美羽や美優なら今のやり取りだけでこの大金の意味を察することは難しいだろう。それは俺の理解力というより、発想力の問題だ。
 他人に対しての善意が前提にある人間とそうでない人間の違い、というかなんと言うか。単純にひねくれているだけだが。
 乃愛さんは頭上に視線を向けた。なにやら騒がしい足音と声。
「これから――」
「はい?」
「もしかしたら、色々な事が変わっていくかもしれないね。望む方向へ、あるいは、望まぬ方向へ」
 そうかもしれない。俺は無言で乃愛さんの視線を追った。
 彼女達がなぜ現れたのか、これからどんな風に俺たちの日常が変わっていくのか。
 変わらない、なんてことはないだろう。人と人が関われば、そこでは何かしらの変化が生まれる。
「ああ」
 思い出した、今朝の夢を。
 なんだ、ほんとに益体のない夢だな。俺なんかが考えてもどうしようもないことだ。
 世界がどうなっているかなんて。
 でも。それでもたぶん。
 変わっていく。俺はそれに巻き込まれずには、いられないだろう。
 俺のすぐ傍に現れた、可愛らしいお姫様と、その騎士という、二つの世界に。
「まあ、なんですね」
「うん?」
「親父はこういうの、好きそうですよね」
 俺の言葉にきょとんとした乃愛さんは、しかしすぐに相好を崩した。
「何を言ってるんだか。君だって好きだろうに」
 乃愛さんの言葉を、俺は。否定しなかった。
 ま、嫌いじゃないですよ。




 疲れていたんだろう、ユリア様とレンさんは早く就寝についた。
 なんだかんだで俺たちも疲れていたので、今日はみんな早めに寝る事にした。
 問題を先送りしているような気もするが今更言っても仕方がない。とにかく、明日から順番に事実を整理していくしかないだろうな、なんてのんきにぼんやり考えていた。
「とまあ、なんかうちが騒がしくなりそうだよ」
 電気もつけずに、暗闇の中で呟く。
 目も閉じたまま。世界は完全な闇に覆われている。心地よい闇に身を沈め、無音の静寂に浸る。
「親父も母さんも、生きてたらなんて言ったかな。俺みたいにごねたりはしなさそうだよな」
 暗闇に、その奥にある遺影に、その更に奥の、あるいは、そのずっと手前の、記憶へ語りかける。
 親父も母さんも、もう声もうまく思い出せない。時折耳の奥に声が響くが、はっきりと聞き取れない曖昧なものだ。
 記憶って言うのは、残酷だと思う。それでも、思い出が、一緒にいた頃の気持ちがあるからこうやって思い出したくなるときがある。
「色々気になることはあるけど……ま、精一杯やってみるよ」
 立ち上がる。
 親不孝な話だが、こうやって互いの顔も見えない状況でないと仏壇の前に座ることもできないんだから情けない話だ。
「変わる、か……日常だけじゃなくて、俺も変わっていけるのかな。なんていったら、母さんに怒られるな」
 変わりたいのなら他人に頼らずに自分で変わりなさい。さもないと、変わりたくないときに他人に変えられてしまうわよ。
 幼稚園児に何言ってるんだと思わなくもないが、あの人はいつも本気だったから。本気で自分の子供と、結城大翔という人格と向き合っていたから。
「じゃあ、お休み……ん」
 部屋を後にして、静かに扉を閉じる。
 月明かり差し込む廊下はしんと静まりかえり、生きた気配が何一つない。死んでいるのとは違う、静寂、停滞。
 その中に、空気の中に、わずかに静電気のようにぴりぴりとした気配が混ざっている。違う、気配よりももっと曖昧な何か。
 それに、一抹の不安を覚えた。

 このときから、俺の世界は変わっていっていたんだと思う。
 けど俺は知る由もなかった世界が、加速して。周りだした事など。




 同時刻。
 結城家より遥か南の異国の地の荒野の中にいくつかの人影があった。
 暗闇の中で薄暗い影しか見えないが、その集団の湛えた異様な雰囲気は隠し通せるものではなかった。おそらく、その場に人がいたのならばわけもわからぬままに腰をぬかしたであろう。
 得体の知れない恐怖。未知のものに対する危機感。そういったものを感じずにはいられない集団だった。
 影のひとつが口を開いた。決して大きな声ではない。しかし、聞くものを震え上がらせるような響きを持った声。
「現在の進捗度は?」
 声に答えたのは若い男の声だった。仮面でもしているのか、声がこもっている。
「順調は順調ですね。が、少々予定外の事態も発生しています。僥倖ともいえますがね」
 そこに割り込む、少年らしき声。
「あんだよ、その事態って。面倒なことじゃないだろうな」
「予定外は予定外ですから、面倒に変わりはありません。ただ、うまくすれば計画を早められます」
「その、予定外とはなんだ?」
 男は声を切る。
「どうやら、彼女がこちらへ来たようです。場所などはわかりませんが、穴に大きな揺らぎができました。あの世界でこれだけ派手に穴を開けられるのは彼女くらいなものでしょう」
「あっはは! なぁに、あのお嬢さんったら、結局そんなバカな事やっちゃうんだ! 話どおりじゃない、ねえ!?」
「は、はぁ……」
 甲高い女の声に答える男の声は、情けないものだった。その声に、ちっと舌を鳴らす女。
「ふん……誰が現れようとも我々がまずやるべきことは変わらん。とはいえ、やはり使えるものは使うに限るか……各自で一応の注意は払っておけ」
 どうやら最初の男がリーダー格らしい。
 しかしながら、その男の声に答える声は散漫だ。男はそれになれているのか特に気にした風もない。
「集まる地点だけ把握しておけ。そうだな、ポーキァ、お前が一度集中点を見ておけ。あるいはそこに彼女が現れている可能性が高いからな」
「えぇ? めんどくせぇなぁ」
 ポーキァと呼ばれた少年は、言葉とは裏腹に残虐な響きのこもった声を上げた。
「それでは……ん? ガーガーは何をしている?」
「ああ、ガーガーは、その……臭いを感じて、先に行ってしまったようです」
 男の言葉にやれやれとため息をつき、鋭い瞳に鋼鉄の意志を覗かせ、男は言った。
「では、我々の最後の務めを果たそう。遍く世界の敵となり、悉くの全てを斬り捨て、ただ願いのためだけに邁進しよう」
 ゆらり、と景色が歪む。
 なにをしたわけでもない、彼らの強烈な意志に当てられ、世界が揺らいだただそれだけ。
「往くぞ、何も躊躇うことはない、視界に入る障害は全て蹴散らし打ち砕け。我らの周りは、全て敵だ」
 答える声はない。
 応える意志があり、それらは思い思いの方向へ歩き出す。
 ただひとつの目的へ向けて、散り散りに。
「世界の全てを、喰らい尽くせ」
 どこかで、夜が明ける。
 どこかで、日が暮れる。
 いつもと変わらぬ世界のどこかで、常ならぬ者達が動き出した。
 その事に世界が気付くには、今しばらくの時が必要となる。
ツールボックス

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