世界が見えた世界・11話-typeB


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  • 選択肢で<見送る>を選んだ場合

 後悔、というのとはちょっと違うと思う。
 ただ可能性、というものを考えてしまうことがある。
 もしこうだったら、なんていう風な事を、夢みることがある。幸せな夢を思い描くことがある。

 ま、かといって今もそれなりに幸せなんだけどさ。
 幸せなんてものは当人の感じ方に大きくよるところがあるものだし。

 ただまあ。やはり、心のどこかに隙間ができてしまったような感覚はずっとある。
 きっとこれは一生消えないんだろうな、なんて考えていた。

大翔「引きずってるよなぁ……もう何年も経つのに」

 とはいえ、親父や魔法のトラウマについて引きずっていたあの時とはまた違った感覚だ。背負う事が辛くないとでも言うべきか。背負っていたいと、そう思えるもの。

大翔「……っし、今日の訓練はここまでにしとくか」

 肩をぐるりとまわし朝の森の清涼な空気を胸いっぱいに吸い込む。白い月がうっすらと霞の向こうに浮かんでいた。
 月を見るたび、彼女のことを思い出す。この世界を背負って永遠の牢獄にその身を閉ざした少女を。


 ――あれから、五年の歳月が流れた。




 大理石でできた建物を見上げ、この五年の中で慣れた感触になりつつある懐の羊皮紙の手触りを確かめる。中はまだ見ていない。見てはいけない決まりになっているからだ。

大翔「……うしっ」

 気合一発、建物へ……王国騎士団事務局へ足を踏み入れた。




 執務室の扉を開く。もう何度もやってきたことだが、いまだになれない。緊張するとかそんなんじゃなくて、油断ができないからだ。

隊長「おお、来たか! どれどれ、入隊証を見せてみろ!!」
大翔「でかっ! やっぱり声でかっ!!」

 人というよりは熊にしか見えない騎士団長の声が執務室一杯に響き渡る。毎度の事ながら、鼓膜が吹き飛ばされそうなんですけど。

大翔「――隊長、あの、声、もっと抑えてもらえませんか」
隊長「どうしたユウキ! そんなぼそぼそ喋っていたら相手に聞こえんぞ!!」

 音圧が。音圧がっ! すでに物理的な壁となって襲ってきております!
 いや、もう五年だからわかるけどさ、暖簾に腕押し糠に釘って事くらいさ。

大翔「これ、入隊証です。配属先も一緒になってるらしいです」
隊長「どれどれ……」

 隊長がごつい指にしては繊細な動きでぱらぱらと書類をめくる。そして最後の書類……配属先の書類を見て目を細める。

隊長「フッ……」

 優しげな笑みを浮かべた。
 隊長?

隊長「ぶあっはっはっはっは!!!!」
大翔「ぎゃあああああっ!!!!」

 ゆ、油断した! あんな穏やかな隊長はじめてみたせいで気を抜いたところで特大の笑い声!
 もはや新手の嫌がらせにしか思えなくなってきた。

大翔「なんなんですかいきなり、人の配属先見て笑ったりして!!」
隊長「いやいや悪気はなかったんだよ。ただお前、愛されてるなと思ってな」
大翔「ええ?」

 突然何を言い出すんだこの人は。いきなり愛とか、どこぞのバカみたいなことを。
 怪訝に思っている俺の目の前に、書類がぴらりとかざされた。
 俺の配属先? えーっと?

大翔「うん? あれ? ……おや?」

 え、あれ? おかしくないかこれ。見間違い、じゃ、ない、よな。

大翔「あのー、隊長これマジなんでしょうか?」
隊長「マジなんだろうなぁ!」

 もはや隊長の大声も耳に入ってこないくらい食い入るように書類を見ていた。
 俺の配属先。そこには、永久封印の間、と書かれていた。
 この国の最高機密であり俺の世界の根本を保つ存在。当然、新人騎士が配属されるような場所であるわけがない。事情に通じているかどうかなんて事はこの件に対しては通用しない。何しろ、下手をすれば無数の世界を崩壊に導くような存在なんだから。

大翔「んー……」

 嬉しい。確かに嬉しい。今まで年に数度の調査に参加したことはあるがそれ以外は基本的に近寄ることさえもできない場所だ。それが常に傍にいることができるのなら、調査は格段にはかどる。それ抜きでも、いつでもユリアの顔が見られることは素直に喜ばしいことだ。
 けど、なぁ……。

大翔「ひいきされているみたいで少し気が引けるというか」
隊長「おいおい、そんな事心配してるのか? 安心しろ、確かに優遇はされてるかも知れんが、だからといって相応の実力のないやつを配属したりはせんよ。そんな詮索は国王に対しての失礼に当たるぞ?」

 む、確かに。
 まあ悩んでも仕方ない。やることはすでに決まっているのだから。
 俺は居住まいを正す。

隊長「王国騎士団仮騎士ユウキヒロト、この任への配属をもって正騎士へと任ずる。国のため世界のため、己の願いのため。その全てに力を振るう誓いを忘れるなよ」
大翔「王国騎士団正騎士結城大翔、任を有り難く頂戴します」

 こうして、俺は正式に異世界の騎士となった。




 俺は一通りの荷物をまとめ、町を出る準備を整えた。封印は町から離れたところにあるためそれなりの準備が必要なのだ。
 五年間で、随分とこちらの生活にもなれたな。

レン「こんなところで何をしている?」
大翔「レンさん。いや、何をしてるってわけじゃないんですけどね、ただ、五年は長かったなぁ、と」
レン「……ああ」

 五年。その間の全てを、俺はこの世界で過ごしていたわけではない。
 夏休みこそこちらの世界にいたが、それ以外は普通に学園に通い妹達と生活し貴俊とバカみたいに騒いで陽菜とじゃれあう、普通の生活を送っていた。レンさんもエーデルも一緒に。
 そして、俺は卒業と同時に仮騎士――非常勤の騎士となり、たまにこちらの世界にやってきて任務に参加したり訓練を受けたりしていた。
 あ、ちなみに穴はあの事件以降やたらと開きやすくなっている。おかげで穴の監視も任務のひとつになっていた。
 そうして、妹達も卒業してそれぞれの生活も安定してきて、他のみんなもそれぞれの道へ向かい始めた時。つまりは、つい半年ほど前。俺はこちらに部屋を借りて正騎士となるための訓練を始めた。

レン「しかし五年でここまで来れた事は素直に賞賛に値するぞ。その目的のみに傾倒する事無く自分の為すべきを為しながらここまで辿りついた」
大翔「もうあんな失敗はごめんですからね。ちゃんと現実受け止めて考えて、今度こそ」

 五年前は道を間違えた。今でも何が正しかったのかはわからないが、あの時の俺が間違っていたことだけはわかる。
 だから取り戻す。五年前の失敗を、俺の手で挽回してみせる。
 ここから、この庭園から始まった。この世界に来て、この庭園で誓った。救うと、誰にでもない俺自身に。

大翔「まさかいきなり希望の配属先にいけるなんて思いもしなかったけど」
レン「国王様の推薦だ。君なら全力で任についてくれるだろう、とな。事情も説明する必要はないしことの重要性は人一倍理解している。なにより、その強い決意がある。資格は十分というわけだ。そして、それだけの評価を受けている以上――」
大翔「ああ、任を果たす。ユリアには誰であろうと、決して近づけさせはしない」

 守ってみせるさ、絶対に。
 レンさんは肯くと無言で一本の剣を差し出してきた。くれてやる、というつもりらしい。
 いやあの、俺剣まったく使えないんですけど。

レン「安心しろ、君が剣を使えないのは知っている。これはお守りだ、もっていけ」
大翔「いいんですか、なんか高そうですけど」
レン「国王様が君の父上から借り受けていたものだそうだ。返す相手が見つかってよかった、そう仰っていた」

 親父の、剣? あれ、でも親父って剣使えない話だったよな?

レン「相手の被害を極力抑えたい時に使っていたそうだ。ちなみに刃はつぶしていないぞ」

 武器を持つと攻撃力が下がる一族って……そんなのが親子二代に渡って騎士になろうとするんだもんなあ。
 ちなみに俺は剣を扱うと攻撃力が下がるよりも厄介な事になる。自分にダメージが入るのだ。なんていうか、あれだ。包丁より長い刃物は扱いきれない。自分の足とか腕にガスガス当たる。

大翔「一応、貰っておきます」
レン「ああ」

 俺は剣を荷物に括りつける。う、一気に重くなったな。

大翔「それじゃあ、行ってきます」
レン「私も近いうちに顔を出す。それまで、姫様を頼んだぞ」
大翔「頼まれるまでもなく」

 俺はその場を後にした。背後で足音が踵を返し、遠ざかっていく。きっとレンさんは振り返らないだろう。俺も振り返らない。
 ただまっすぐに、己の道を歩いてく。
 目指す先はただ一つ。
 彼女の、生きる世界。




 馬を駆り森へ入ると岸壁にぶつかる。そこから魔法で偽装された入り口から地下へ入ると、冷たい地下室へとたどり着く。岩に囲まれた部屋は時が止まったように静かだ。

隊員「あ、先輩!」
大翔「アレサか、久しぶり」

 俺を先輩と呼んだのはアレサ。俺の仮騎士時代からの知り合いだ。仮騎士というのはそもそも正式な団員ではないので、俺を先輩と呼ぶのは正しくないのだがどうしても直してくれない。
 そっか、アレサもここだったのか。

大翔「この一年はずっと見ないからどこに飛ばされたんだろうと思ってたんだけど」
アレサ「希望が通ったんですよ。先輩、以前から封印担当になりたいって言っていたでしょう?」

 ……いや、待て。俺そのこと積極的に人に話したことないぞ? ていうか俺の希望を知っているからって何でわざわざ同じ部署を希望する。
 えーっと、なんっていったっけこれ、あ、そうそう確か。

大翔「ストーk」
アレサ「せあっ!」

 ギィン!
 手甲が刃を弾き一瞬の火花が濃い影を岩の壁に焼き付けた。

大翔「……アレサ、今の不意打ちはなんだ?」
アレサ「いえ、なんだか急に打ち込みたくなってきて」

 どの世界に行っても俺の周りには勘の鋭いヤツが集まってくるらしい。勘弁してくれ……。
 ちなみにうちの騎士団は不意打ちだろうがなんだろうが何でもありだ。団長があんなだしな、とにかく勝つ、それを重視している。とはいえ闇討ちやだまし討ち、逃げる敵の背中を切りつけるような真似はさすがに認めていないが。
 どの世界でも騎士って言うのは面倒くさいものらしい。戦いの最中にそんな事気にしてらんないけどなぁ、俺の場合。

大翔「っと、封印を見に行きたいんだが今は問題ないのか?」
アレサ「基本的に隊員は出入り自由ですね。ただ魔力が濃密ですから長居すると健康に支障をきたす場合が……って、これはいちいちいわなくても大丈夫ですね」

 まあな、と軽く返事をしておく。確かに調査の時にそのあたりに留意するように毎回注意されている。ぶっちゃけ自分の周りの魔力をこまめに貫いている俺には関係のない話だったんだけど。
 ……いやだから、極秘扱いの調査のことを何でお前が知ってるんだよ。なんか怖いぞ、こいつっ!?
 軽く戦慄する俺のことなど気にした風もなくアレサは部屋割りの説明などを行っている。
 ちなみに施設……と呼べるほどのものでもないな。岩を削って作られたこの洞窟には常に八人の騎士がいるらしい。交代制で封印の監視に当たるんだそうだ。そして残りのメンバーは入り口に最も近いこの部屋や、それに面した自分の部屋で待機というわけだ。

大翔「最近の状況はどうだ?」
アレサ「芳しくないですね、どうしても噂が広がっていますよ」

 アレサの話では、森の中で人を見かける頻度が上がっているとの事だ。しかも、明らかに一般人ではない身のこなしをしているという。
 ユリアの中に眠る世界の礎。その破滅的な力の程度を知らずにただ『力』として求める馬鹿者が存在するのだ、この世界にも。
 まあ確かに核兵器なんか目じゃないようなシロモノだしな。もっとも、ユリアが目覚めれば俺の世界は崩壊し、この世界も似たような結末を辿るのだからどうあっても目覚めさせるわけにはいかない。
 それでも力を求める人間はいる、というか、いなくならない。どんな小さな噂からでも情報をかき集め推測し推理し計算する。この場を永遠に隠し通すことは不可能だろう。そうなった時にどういう判断が下されるのか。
 大体予想はつく。人の手に触れさせるわけにはいかない力。動かすことはできず一瞬でも起こすこともできない。そのありかがばれてそれでも守り通さなくてはならなくなったとき最も確実な手段は、もはや人には手出しできないようにすることだ。
 手段は簡単。この洞窟を完膚なきまでに破壊し、埋めてしまえばいい。おそらく、それを見越してこれほど深い洞窟を掘ったに違いない。

大翔「やれやれ、先は暗いな」

 それでも絶望するほどではない。いや、何があっても絶望しない。希望をこの手に掴むまで、俺には絶望している暇もない。

大翔「じゃ、俺はユリアに――封印を見に行ってくるよ」
アレサ「プッ、別にそんなに気にしなくてもいいんですよ、ここにいるみんな事情を知っているんですから」

 へ? みんな知ってる?

アレサ「ここに来る前にみんな隊長からしっかり話を受けますからね。自分の時なんか陛下が力の限りに語ってましたよ?」
大翔「語るなよ! 仮にも機密事項だろうがっ!?」
アレサ「いやー、枯れてる枯れてるって思ってたけど先輩も熱血だったんですねぇ」
大翔「しみじみと語るなっ!」

 あのオヤジ共め……っ!
 俺ちょっと涙目。

アレサ「いってらっさ~い」

 アレサののんきな声に送られて、俺は奥の扉を開き、闇の中へと踏み込んだ。
 ……なんか俺の過去が当人の知らないうちに広まっていってるよ。え、プライバシーとかないの、この国?
 ていうか、閉じた扉の向こうからアレサ他数名がなにやら騒いでるんだが。しかも笑ってるよ、俺の名前が連呼されてるよ?
 あ、ちょっと暴れたくなってきたよちくしょう。

大翔「なんか、俺、どこに行っても同じような扱い受けてるよな……」

 もう、そういう天命なんだろう。
 ため息をついて、暗闇の中を歩く。明かりは一切ない。上下も左右も時間さえわからなくなるほどの、漆黒。自分が本当に目を開いているのかどうかすら疑わしい気分にさせるほどの、深い闇。
 五年。
 この暗闇をひたすら見続けて、もう五年。あるいは、まだ五年。

大翔「…………、くっ」

 空気が漏れ、喉が鳴る。
 やがて、黒く塗りつぶされた中に小さな淡い光が見えた。青い銀の光。目を焼くことのない、優しい、光。

大翔「ユリア……久しぶり」

 光の目の前に立つ。光の正体は、巨大な氷柱。水晶のように透き通った、五メートル近い高さの巨大な氷だった。それが、薄く冷たく、銀色に輝いている。
 そっと、手で触れた。
 永久封印。対象を物理的にではなく空間丸ごと凍結させる、封印魔法としては最大最強の術式。およそいかなる手段によっても、その封印を破ることはできないとされている。それができるのは、おそらく極々一部の、そういった能力に特化した特殊魔法くらいだろう。
 たとえば、俺の『貫抜』とか、な。
 触れた指先からジワリと冷気が伝わってくる。指先は瞬く間に痺れ、凍った血が腕から肘へ、肩から胸へ流れていく。

大翔「五年は、長かったよ。いつもは調査ばっかりでろくに話も聞かせられなかったけど、これからは今までのこと、たくさん話せると思う」

 それだけじゃない。俺にはやらないといけないことがある。全身全霊かけて為したい事が、ある。
 氷の中で眠るユリアは穏やかな表情をしている。だが、俺がここにいることは感じているはず、おれの言葉も、届いているはず。

大翔「この拷問じみた封印、俺が必ず貫いてやる。お前の中の世界の礎、必ず貫き引き剥がす」

 五年間、何の進展もなかったわけじゃない。その中を流れる礎の力も、その特性もほぼ把握した。その結果出てくる結論は、解放はほぼ絶望的だという冷酷な答え。
 その結果が出た時、俺もレンさんも出した答えは同じ。

『ならばその結果を超える答えを出せばいい』

 ほしい答えが出るまで結果を求め続ける。その先に望む答えがあるかどうかがわからなくても。
 何しろみんなにまで言われてるんだ。

『どれだけ時間がかかろうが、絶対につれて帰って来い』

 美羽も、美優も、陽菜も、貴俊も、沙良先生もみんなだ。みんながそれを望んでいて、俺だってそれを望んでいる。
 誰かが、誰かを望んでいる。
 伸ばしたその手は、掴まれるべきだ。
 だから諦めない。君と再び笑いあう日まで、絶対に。

 だから、まだ、じゃなくて、もう、五年。

大翔「だから覚悟しとけよ。また一緒にすごせるようになったら、めいっぱいに色んなところ連れ回してやるからな」

 すっと手を離す。指先に残った冷気が幻のように溶けていく。目の前の氷は溶けはしない。
 現実味ないな、なんか。でもこれが現実。

大翔「じゃあ、今日はこれで」

 俺はユリアに背を向ける。先を見通せない深い闇。その中へ一歩、踏み出し――、

大翔「ん?」

 振り返った。呼ばれた、気がした。

大翔「――――――――、」

 ああ。

大翔「ありがとう」

 聞こえた気がした。それは、まず間違いなく、気のせいだろう。
 人は暗闇の中に在りもしないものを見るという。ならこの虚無か混沌かと思わせるものの中にはあらゆるものが詰まっているのかもしれない。
 幻聴? 妄想?
 どちらだっていいさ。要は、

大翔「俺が何を信じるか、だ」

 今度こそ振り返らずに歩き出す。
 たとえ未来が見えなくても。
 足元さえも見通せなくても。
 頼りない光に背を向けても。
 信じる道は、今ここにある。

大翔「俺は、欲張りだからなっ」

 駆け上がる。自分の足音と息遣いが反響し、幾重にも重なって闇に消える。

大翔「十、九、八、七、六……」

 タイミングを計る。

大翔「五、四、三、二……」

 拳に力を振り絞る。貫く力をひとつに束ねる。

大翔「一」

 たんっ!
 軽く地を蹴る。ふわりと浮いたからだを大きくそらし、

大翔「ゼロッ!!」

 がんっ!
 闇に向け、蹴りを放つ。轟音と共に、扉が開かれる。薄い光の中へと飛び込み、ごろごろ地面を転がる。
 すぐさま立ち上がり、驚きの表情を浮かべるアレサたちを尻目に全力の魔法を解き放つ。
 地上へ通じる扉へ。

大翔「全力、全壊!!」

 阻むもの防ぐもの一切を無視し、合切を貫き通す一撃は。

アレサ「えぇっ!?」

 何もない空間で、はじけて消えた。否、一瞬の閃光が、その力を焼き尽くした。
 閃光――雷。
 見覚えのあるその青い光に、最悪の予感が的中したことを知った。

大翔「久しぶりだな、少しは頭を使うことを覚えたか、クソガキ」

 ぐにゃりと空間が歪む。中から出てきたのは、

ポーキァ「あいっ変わらずムカつくな、あんたは」

 二度と見たくなかった顔だ。

アレサ「せ、先輩、この人は!?」
大翔「お前も俺たちの過去を聞いてんなら名前くらいは聞いたんじゃないのか? 雷電の特殊魔法使い、ポーキァだよ」
アレサ「雷電の……ポーキァッ!?」

 俺の言葉にアレサや先輩達が色めき立つ。今この場に、封印の警備を任された隊員は全員揃っている。その誰もがすでに剣に手をかけ、いつでも戦える状態にある。
 さすが、隊長や国王がここの守備を任せるだけあって対応は早い。
 ……けど、今回は相手が悪すぎるな。いや、たまたま俺がこいつらに対して詳しいだけか。俺だって、こいつらを初見でまともに相手にできるかといわれたら、答えは当然ノーだ。
 五年前より俺は強くなった。だからこそわかる。当時俺たちがどれだけ運に助けられていたのかを。
 おそらく、何かひとつでも狂っていたら、あの時俺たちは全員、死んでいた。
 それほどまでに、こいつらは突出した存在なのだ。
 こいつら、は。

大翔「お前だけじゃないよな? 変態仮面と、あの人もいるな?」
ポーキァ「はぁん、あんたも強くなったんだ、やっぱり」
大翔「当然、だっ!!」

 ポーキァを飛び越えて現れた男の一撃。強靭な脚力かはたまた技によるものか、ガードの上から吹き飛ばされる。

大翔「せっ!」

 放った魔法はわずかに襲撃者の前髪を削るのみ。

大翔「てめぇ、エラーズ!」
エラーズ「ああお久しぶりです。何で死んでないんですかあなた」
大翔「あああ、やっぱりうち来たとき始末しとけばよかった!」

 くそ、今更後悔が押し寄せてきやがる!

アレサ「先輩、この人たちが……」
大翔「あん時に残った二人だよ……って、それだけなら、まだ良かったんだけどな」
アレサ「え?」

 俺はぐるりと顔を回し、壁の一点に視線を向ける。

大翔「満足しましたか?」
乃愛「……やれやれ、随分と勘が鋭くなったね、ヒロト君」

 ゆらり、と陽炎のように空間が揺らめき、まるではじめからそこにいたかのような自然なしぐさでその人は現れた。

大翔「乃愛さん……」
アレサ「ノアって、もしかして、ノア・アメスタシア!? な、なんでこんな人たちが揃いも揃って!?」

 それは俺が聞きたいところだけどな。

大翔「お久しぶりです。とりあえずお帰りはあっちですよ」
乃愛「久しぶりなのに随分と扱いが酷いじゃないか。と、そう睨まないでくれ。私はあくまで彼女らの付き添いなんだ」

 彼女?
 ポーキァ、エラーズ。

大翔「お前ら、女だったのか?」
ポーキァ「ンなわけねーだろっ!?」

 いや、わかってるけど。やっぱり性格は変わってねーな、ガキだ。

エラーズ「彼女はあくまで付き添いです……というか、付きまとわれているといいますか」

 エラーズは心底迷惑そうな声だった。俺としてはこんなところにあっさり入ってくるお前らのほうが大概迷惑なんだが。

大翔「それで、その彼女って言うのは?」
レイネ「私です」

 え?
 ポーキァの後ろから現れた少女。なぜかその姿を見た瞬間、息が詰まった。
 頭蓋が軋む。意識が歪む。記憶が零れる。
 歳はおそらく俺と同じか少し下といったところだろうか。物憂げな表情と倦怠な瞳。何かに疲れた瞳。それでも、歩むことを止められない強い意思がある。
 俺はこの目を知っている。
 銀の髪が、風もないのに軽く揺れた。彼女が軽くその身を揺らしたのだと、一瞬遅れて気付く。

大翔「あんた……まさか?」
レイネ「私はレイネ。弟の名前は、ファイバー」

 やっぱり、か。
 世界とのつながりは、俺の魔法で貫けたんだな。
 となると、そんな彼女が、こいつらが、そして乃愛さんがここへ来たのは、どんな理由からなのか。

大翔「なぜここへ?」
レイネ「ひとつの提案を持ってきただけ。私と同じ運命を辿る人に、いらないおせっかいをふっかけに来ただけよ」
大翔「いらないおせっかい、ね。それで、その内容は?」

 レイネはふと、俺の背後の扉に視線を向けた。

レイネ「彼女を解放して礎を剥ぎ取るわ」
大翔「成功する可能性は」
レイネ「二割程度」

 二割、か。
 二割の確率でユリアは助かり俺の世界も全てが元に戻り全部解決ハッピーエンド。ま、こんな世知辛い現実にしては悪くない提案かもしれない。
 が。

大翔「んで、失敗したらどうなる」
レイネ「あなたの世界とこの世界は、まず消えてなくなるわね。他の世界への影響は、未知数といったところかしら」
アレサ「そんな提案呑めるわけないに決まってるじゃないですか!」

 八割の確率で全部消える。俺たちの世界もこの世界も。美羽も美優も陽菜も貴俊も沙良先生もレンさんもエーデルも、全部が全部。

大翔「うん、とりあえず帰れ。話はそれからだ」
乃愛「帰ったら話もできないだろう」
大翔「話にならないでしょう、こんなの。大体なんであなたがそっちについてるんですか」
乃愛「ああ。ファイバーを殺したのは私だからね、彼女に全てを伝える義務があると思ったのさ。その後ついて回ってるのは、まあなんだ、家庭教師のようなものだ」
大翔「今なんかポーキァがすっげぇ表情になりましたけど」

 ああ、そういえばアイツ、五年前は乃愛さんにボッコボッコにされたんだっけ。

レイネ「先生には色々教えてもらったわ。あなたの名前、性格、特徴、魔法」
大翔「何を話した? 乃愛さん、あんた何を話したっ!?」
レイネ「魔法の弱点、魔法の欠点、趣味、特技、血液型、好きな食べ物、嫌いな食べ物、好きな色、好きな生き物、好きな――」

 大翔。いや待て。待て待て待てって。なんか情報がすごく偏りだしてる。後アレサは今メモってるの後で没収な。

レイネ「あとは、あなたが昔やった――あ、これはだめね、あなた泣くわ」
大翔「マジで何聞きやがったあんた!?」
レイネ「ところで私ここを通りたいの。ちなみに断られたら今の情報を何枚でも複製して王国中にうっかり落してしまいそうだわ」
大翔「タチの悪い恐喝じゃねえか!」
アレサ「先輩、断りましょう、全力で!!」
先輩達「ああ、断るしかねえよこんな提案!!」
大翔「アレサも先輩達も下心みえみえなんだよ! ていうか敵だろ、あんたら俺の敵だろうっ!?」

 いきなり仲間達が信用できなくなった。新手の心理作戦かこれ。ていうか乃愛さん絶対楽しんでやがる。

大翔「ここは通さないけどその情報も漏らさせねえ!」
アレサ「先生、なんだかこの人我が侭だわ」
大翔「本気か本気で言ってるのかあんた、なぁっ!?」
乃愛「安心しろヒロト君、彼女は常に本気だ。悪気も悪意も欠片も存在しない」

 それはむしろタチ悪い通り越して、気味悪いな。
 つまりあれだろ、

大翔「何のためらいもなく、この世界を犠牲にする選択を取ってしまえるってわけか?」
レイネ「どうなのかしら、ただ、世界への執着はきっと薄いわ。生への渇望も、未来への希望も。たぶん、長く世界を見すぎると心が枯れるのよ。乾いた大地のように、ひび割れた思考が残るだけ」
大翔「それで、なんで無茶をしてまでユリアを解放しようとする?」

 レイネ首をかしげた。

レイネ「だって、彼女はまだまともなんでしょう。私のようになる前に、戻してあげなきゃ」
大翔「下手をしたら、この世界も何もかも消えてしまうかもしれないんだぞ」
レイネ「そうね。それは困るわ。先生、どうしましょう?」
乃愛「あー、まあ、君の望むようにやってみてはどうかな」

 乃愛さんも困った様子だ。しかし疑問に対して答え丸投げって。仮にも先生名乗ってるのに。

レイネ「まあ成功させれば問題はないのよ。ちょっと通っていいかしら」
大翔「いや、一応ここ機密なんで入ったからには拘束しないといけないんだけど」
乃愛「そういうプレイか」

 黙れ。

レイネ「……ほら、大丈夫よ、成功すれば」
大翔「会話しろ、会話を。大体俺だって一応手段くらい考えてるぞ。成功率は少なくとも二割以上はあるはずだ」
アレサ「えっ!? そうなんですか? 何でいわないんですか」

 いえるわけないだろうが。自慢じゃないが、封印をどうこうしたい衝動は国内でも有数だぞ俺。そんな人間が、確率は低くても事態を解決する手段を持っているなんて知れたらここに配属されないだろ。

レイネ「それなら、私は三割」
大翔「意地を張るな。というか成功率の問題じゃないんだよ」

 失敗した時のリスクを考えるのならたとえ成功率十割だろうが封印の解除は考えるべきではないだろう、本来なら。
 それでも俺は考え続けている。彼女は考えを終え、実行に移そうとしている。
 俺と彼女に違いなんてほとんどない。

乃愛「彼女は純粋に、ただ姫を助けたいだけなのさ。そこは、君と同じだよ」
大翔「けどその為に賭けるものが大きすぎる。俺はユリアを助けたいが、家族もみんなも守りたいんです」
乃愛「それでは君は彼女を救えない。アレと同一化していた私だからわかるが、君がそういい続ける限り彼女は封印され続けるだろう。君はそうやって何かをしながら、自分が何かを為しているつもりになっているだけだ。手や口をどれだけ動かしても、前には進めないぞ」
大翔「前に進みすぎたら置いてきたもんがみえなくなってしまうでしょうが。今の俺はこの位置でいいんですよ。この位置から未来も過去も全部今に引き寄せてみせる」
乃愛「できると思うのかい、そんなのは君の錯覚だ」
大翔「できないわけがない、俺に貫けない壁はない」

 緊張が高まる。誰もが感じているはずだ、暴発の瞬間を。
 静寂が雑音のように鼓膜を刺激する。

大翔「アレサ」
アレサ「はい」
大翔「乃愛さんに手を出すな。あの人の相手は、少なくとも俺にしかできん」
アレサ「大丈夫です、自分にもできます!」

 無理だと思うけどなぁ。だって、

大翔「お前、乃愛さんがどこにいると思う?」
アレサ「え? どこってそりゃ、そこでしょう」
大翔「不正解、本当は――こっちだ!」

 拳を振りぬく。あらぬ方向の壁が貫かれ、砕けた。
 同時に目の前の乃愛さんの姿が弾けて消え、貫かれた壁のすぐ傍に新たに姿を現した。
 錯覚の精度と効果が上がってるな。あるいは、礎と同化したことでより深く自分の可能性を切り拓いたのか。いずれにせよ、厄介な事だ。

乃愛「うん、見事だ。まさかこの入れ替わりに気付かれるとは思っていなかったよ。五年間、必死に頑張ったね」
大翔「そりゃあもう、必死でしたよ、ずっとずっと」
乃愛「けれどどれだけ必死になったところで不可能は不可能に変わりはない」
大翔「誰が不可能なんて決め付けた。誰が届かないなんて言い切った。現実は確かに優しくないけど、辛い過去は重くのしかかるけど、未来は奈落のように深い闇に覆われているけど。そこに救いがないなんて、俺は思わない」
乃愛「理想だよ」
大翔「いいえ、ただの現実です」

 譲らない。たがいにこの道は譲れない。

乃愛「やれやれ、暖簾に腕押しか」
大翔「糠に釘の癖して何言ってるんですか」

 そういえば五年前もいわれたな。似たもの同士だとか何とか。
 変わってねぇ……他人の迷惑顧みず自分のやりたいようにやるその性根、さっぱり変わってねぇよ、俺たち。
 変われない、ともいうが。

レイネ「先生、のれんにうでおしってなんですか?」
乃愛「物事に張り合いがないってことさ。何を言っても、彼は自分の意見を曲げないからね」
大翔「ちなみに糠に釘もおんなじ意味だから。あんたらも同じだから」

 軽口を叩きあいながらも、視線は常に互いの動きを探っている。次の動きを、隙を、見出す。
 ポーキァは全身に雷を纏い、エラーズは隙のない構えを取っている。
 色々と聞きたいことは山積しているが――、

大翔「まずは勝つ、話はそれからだ」
乃愛「勝てるかな、今度も運に助けられるとは限らないぞ」
大翔「試しますか? 糠床もろとも吹き飛ばしますよ」
乃愛「やれるものなら。暖簾なぞ切り刻んであげるさ」

 拳に力を、魔法を、意志を込める。
 先輩達が、アレサが剣を抜く。
 ポーキァの雷が空間を灼熱させ、エラーズが仮面の奥で喉を鳴らす。
 レイネは、静に佇む。空間が歪むほどの魔力を両手に絡め、悠然と。

 ふと、昔を思い出した。
 ただひたすらに自分の大切なものを守っていた。守っているつもりだった。

 帰るんだ。
 今度はちゃんと、みんなを守れるようになって、あの場所へ。
 この小さく狭い、暗い部屋から。
 床までも続く、奈落の奥底から。
 その手を、引き上げてみせる。

乃愛「さあ、はじめようか」
大翔「ええ、はじめましょう」

 今は君の声に答えよう。
 いつか君が、俺の声に答えてくれる、その日まで。
 俺はここで君を待ち続ける。君を呼び続ける。

乃愛「世界をかけた、ダンスパーティーだ」

 くるくる、くるくる、踊り続けよう。世界が回るように。くるくる、くるくると。


 もう届かない、君の声を想いながら。


大翔「この道だけは、曲げられない」



 この、世界の、真ん中で。
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