貫く


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  • 貫く
 呼吸を整える。瞼を閉じ、世界を黒く塗りつぶす。
 ゆっくりと視界を開く。月明かりが目に染み込んでくる。

大翔「俺は、封印には反対だ」

 俺の言葉に、全員が色めき立つ。

大翔「ユリアの中の礎は、俺の魔法で貫けば問題なく消滅させられる。その際、ユリアの命も一緒に貫くことになる、けど」
レン「貴様っ! 誰のせいで姫様がこんなことをしなければならなくなったと思っている!!」

 ユリアが止める間もなくレンさんの刃が首筋にぴたりと突きつけられた。触れている。少し刃を引けば俺の喉はぱっくりと割れるだろう。
 激情のこもった瞳を静かに見つめ返す。
 この人にとってユリアはかけがえのないものだ。見ていればそれくらいわかる。俺はそれを奪ったのだ。彼女が、俺に対して怒りを覚えるのも当然だろう。

レン「彼女から未来だけでなく、命まで奪うつもりかっ!」
大翔「どうすることが本当に正しいのかはわからない。だけど、このままユリアを行かせることは俺には、できない。永遠に閉じ込められて、意識だけがあるなんてそんなの、地獄と同じだろ」
レン「だから誰のせいでそんなことになったと――!!」

 刃が食い込む。小さく傷が入ったのがわかった。

大翔「俺のせいだ。だからやる。俺が全部を終わらせる」
レン「貴様いいかげんにっ!!」
ユリア「レン、やめて。剣を引きなさい」
レン「しかし――っ! わかり、ました……」

 いかにも渋々といったように剣を引く。しかしその視線はこちらから離れない。
 まあ、いきなりあんなことを言えば誰だって似たような反応をするだろうな。現に、他の連中も似たようなもんだ。貴俊はまあ、例外だが。
 当のユリアはといえば、微笑んでいた。

ユリア「私を、その中の礎と共に討つ。そういうのね、ヒロト」
大翔「うん、そうする」
ユリア「なぜ?」

 なぜ、か。それに足る理由。
 思いつくのはまず、安全性の問題だ。世界の力は散々思い知った。あの力を本当に封印できるのかという思いと、たとえ封印できてもその存在が知られてしまえばファイバー達のようにその力を狙ってくる存在が現れてもおかしくない。
 他にも思いつくことはいくつかあるが……正直そのあたりのは建前だ。
 本当は、ただユリアがそうなるのが嫌だって言う、ごく個人的な感情。

大翔「ユリアの悲しい顔は、見たくない」

 もう叶わない願いを口にする。ああ、寂しいな。

ユリア「だから、私を討つの?」
大翔「どうだろ。うまく説明できないや」

 ただ嫌だと思った。ユリアが封印されて、ただ目の前の景色を見つめて、俺がその前に立っている。
 俺は平気だと思う。ただ、変わっていく俺を、レンさんを、世界を見続けることになるユリアはきっと途轍もなく辛いと思った。どんな思い出も、永遠の前では風化する。
 ユリアがそんな思いをするのは、嫌だ。
 ユリアの笑顔を守るためには、ユリアを失うしかない。そんな思い込み。

ユリア「そう……でもだめ、私はあなたには殺されてあげない」

 ユリアは意地悪にも楽しそうにも見える笑顔を浮かべた。

ユリア「私はあなたの記憶の中で悲劇になるのは嫌。あなたは私が死んで悲しむ?」
大翔「ああ」
ユリア「あなたは私が死んで後悔する?」
大翔「ああ」
ユリア「あなたは私が死んで何かを得る?」
大翔「いいや」
ユリア「それでもあなたは、私を殺すのね」

 その確認の言葉に、俺はただ。

大翔「ああ」

 答えた。
 冷たい風が流れる。いくら夏の夜でも氷付けにされた屋上を暖めるのは厳しいらしい。

大翔「俺は君を、殺すよ」

 ほんの数日前の会話を思い出す。永遠に縛られることの苦痛を想像しながら、彼女はなんと言ったか。俺は知っている、俺だけが知っている。
 その恐怖を押し込んで、自らを封印することを決意した彼女の強さに、心底感服する。
 だから。
 彼女が言えないその気持ちを俺が汲み取る。
 親しい人に殺してくれなんて、とてもじゃないが言えない話だ。

ユリア「それなら私は、あなたを斃します。ええもう徹底的に一週間ほど寝込んでしまうくらいに」

 妙に楽しそうだった。

大翔「なんかすごくやる気に満ち溢れてるなぁ……」
ユリア「あなたに、私を殺したなんて罪の意識を植え付けるのはご免です。あなたの中で辛い思い出の筆頭になるのなんて嫌に決まってるわ」
大翔「んなことねぇよ」

 いや本当に、そんなことにはならないから。

大翔「それがどんなものでも、ユリアとの思い出なら笑って思い返せるよ」
ユリア「ん……」

 ユリアは肯き、俺達は同時に構えを取った。

美羽「ち、ちょっと兄貴、いきなり何言って……!」
大翔「美羽、下がってろ」

 俺は集中を高める。ユリアの中の礎の流れに気を注ぎ、ひたすらにその流れを注視する。核を、存在の核を探り当てる。
 ……あった。胸の奥、体の中心にそれはあった。確かな存在感を伴って。
 思ったよりも小さいな、狙うのに骨が折れる。広い範囲を狙ってもいいけど強度があった場合貫ききれないからな。やっぱり狙いを絞って威力を高めたほうがいいだろうな。

大翔「なんか、ごめんなほんと、俺が全部台無しにしてしまってさ」
ユリア「ノアさんを助けたかったあなたの気持ちもわかるから、大丈夫」

 優しいな、こんな人間にまで。

ユリア「手加減、しないから。全力であなたを、たおすから」
大翔「ああ、わかってる。俺も全力を出す」

 力の全てを集める。拳の先の一点に、全てを。この一撃に貫けないものなどこの世界には、どの世界にも存在しない。それだけの力を。
 特殊魔法『貫抜』の最大の特徴。狙ったものだけを貫き通すその力を、世界の礎の核のみに狙いを定める。他の何物をも貫かず、狙ったその物は必ず貫く。たとえ世界であろうともこの一撃は、貫き通す。

ユリア「すごいね、すごい力。でも――」

 ユリアが弓を構えるような姿勢をとると、薄く、銀の光がその手に集まりだす。やがてそれは光の弓と矢を形作った。
 月の光を集めたような輝く、透明の弓矢は、思わず心を奪われてしまうほどに美しい。
 エーデルが息を呑んだ。

エーデル「あれは、まさか」
ユリア「この身は想い。楽園を夢見る儚き願い。全ての人の、心の支え。家名解放――我が名はユリア。私が背負うは、無垢なる銀」

 その呪文が契機となったのか。弓矢は地上に降りた月のようにまばゆく優しく輝く。その強い輝きは、なぜか目を眩ませることは無く、ただ世界を白く染め上げる。雪原のように、ただ白く。

ユリア「この弓矢は、あなたの意志を撃ち抜くわ。肉体に損傷は無いけれど、意志を撃ち抜かれてしまえば立つ事はできない」
大翔「俺の魔法は、お前の中の礎を貫き通すよ。他の何物をも傷つける事無く、ただその核のみを貫きその存在を打ち砕く」

 互いの手にあるのは一撃で勝負を決める武器。勝負は一瞬。
 白銀の世界の中では世界中に俺とユリアの二人しかいない、そして最後の一撃の一瞬のために力を高めていく。

大翔「……そうだ、ひとつ提案がある」
ユリア「提案?」
大翔「おう。俺が勝ったら、俺の秘密を教えてやるよ」
ユリア「……俺に勝ったら、ではなく?」
大翔「ああ、俺が、勝ったら教えてやる」

 ユリアはずるい、とくすくす笑った。
 ずるいだろ、と俺も笑った。

ユリア「それじゃあ、私も。私が勝ったら、私の秘密をひとつ、教えてあげる」
大翔「なんだよそれ、知りたいなぁ」

 お互い様、と笑い合い。
 不意にそれが止まる。

 その瞬間を、静かに待つ。
 時が止まったような錯覚の中。

 かちり、と、二十四時を告げる針の音が、やけに大きく響いた。

 腕を小さく、コンパクトな動作で、全身の力を乗せて魔法を放つ。銀の弓から、光の矢が放たれる。
 互いの魔法は一瞬交差し――


 何かが砕ける、音を聞いた。




 冷たい、冷たい床だな、と思った。そうしたのは俺の魔法だけど。

大翔「これで、いいのか?」
ユリア「うん、これで……いい」

 俺はユリアの頭を自分の膝に乗せた。
 ユリアは目を閉じ深く息を吸うと、

ユリア「ああ……暖かい…………」

 そう言って、星空を見上げた。




 俺の魔法は礎を貫いた。ユリアの魔法は俺の魔法と交差した際に軌道が逸れた。『貫抜』は発動後は定めた目標まで直進する性質があるから軌道が逸れることはなかった。でもたぶん、それだけじゃないんだろうな、とは思う。
 礎は消滅し、ユリアが倒れた。俺はすぐに駆け寄りたかったが体が言うことを利かず、結局最後になってしまった。
 力を失い青い顔をしたユリアは、俺を見て優しく笑って、こういった。

ユリア「ねえ……膝枕、してくれる?」

 断るわけ、無かった。




 さすがに風が冷たい。

大翔「寒くないか? 俺の魔法のせいなんだけど……」
ユリア「平気」

 ちっとも平気なわけないはずなのだが、なぜか本当に平気に見える。座ってるだけの俺だってそれなりに寒いんだけどな。
 ユリアの呼吸は細く、その周期も長い。

ユリア「空、綺麗だね。ヒロト、あなたが手に入れた、今日だよ」
大翔「ああ……ユリアが守ってくれた今日だ」

 ユリアが守ってくれたから、俺に世界と向き合う機会をくれたから、今この時がある。

ユリア「ねえ、あなたの秘密って、何?」
大翔「え、あー、うん。それはその、だな……」

 しどろもどろになってしまう。なんとて言うか、別に言うのは構わないんだよな。ていうか、伝えたい。伝えておきたいその気持ちは強い。
 でも恥ずかしい。恥ずかしいものは恥ずかしいからしょうがない。

ユリア「ヒロト? 約束でしょ?」
大翔「ああ、うん、そうだな。約束だ」

 俺はこほん、とひとつ咳払いをする。あー、だの、うー、だのとうめいて空を見上げて、ああなんつーかな、気の聞いた言葉はないかなーとかね、探して。
 みつからねー。だから正直に、それだけを伝えよう。
 ユリアの澄んだ瞳を覗き込む。

大翔「俺は、結城大翔は――ユリア・ジルヴァナを、愛しています」

 かぁぁぁ、と頭に血が上る。ああ恥ずかしい、なに言っちゃってるんだろうな俺はもう。手で口元を覆う。どんな顔をしたらいいのかわからない。
 いつの間にか好きになっていた。いつからなんてわからない。ただふと、そうなんだって気付かされた。
 突然の告白に、ユリアはぽかんとしていたが、突然、相好を崩した。

ユリア「あはは、なによそれ、もう……ずるいよ、ヒロト。そんな事いわれたら、私も私の秘密教えたくなっちゃうじゃない」
大翔「ん、教えてくれるのか?」
ユリア「……うん、教えてあげる。聞いて欲しいの」

 ユリアは、緊張の面持ちで、頬を赤く染めた。

ユリア「私、ユリア・ジルヴァナは、ユウキヒロトを愛しています」

 嬉しかった。嬉しくて言葉が出なくて。

ユリア「だから、ごめんね、ヒロト」

 悲しくて、笑うしかなかった。

大翔「あーあ、なんか俺達、タイミング悪いなあ」
ユリア「そうね。もっと早く自分の気持ちに気付けたらよかったわね」

 機会は何度もあったんだと思う。でもそのたびに考えるのをやめて、逃げて、投げ出してきた結果がこれだ。後悔先に立たずとは、よく言ったものだ。昔の人も同じような経験をしたのかもな。どうしようもなくなって初めて大切なものに気付くような、そんな経験を。

ユリア「悔しいなぁ……もっともっと、あなたと一緒に、生きてみたかったなぁ……」

 絞り出すような声。

大翔「ああ……俺も、そう思う」

 締め付けられる心。
 辛い、こんなにも辛いことが、世界にはある。俺が逃げ出したかったものが、今この膝の上にある。それでも手放すわけには行かない。だってこのぬくもりは、何よりも大切な人だから。
 俺は守れなかった。君を守れなかった。願いに振り回されたせいで大切なものを守れなかった。
 それでも俺はきっと、失ったからこそ今、この苦しみを手に入れた。この、かけがえのない苦しみを。

ユリア「あ……」

 ユリアが声を上げた。その視線は空へと向いている。俺は空を見上げて――え?


ちら、ちら
  ゆら、ゆら


 雪?
 何で、こんな時期に?

大翔「何で、雪なんか……」
ユリア「雪……本当、に?」

 ユリアが手を伸ばす。その指先に落ちた雪は、ゆっくりと溶けていく。
 本物の、雪だ……。

ユリア「すごい……本当に、雪だわ」
大翔「あ、ああ……それにしても何でいきなり、ていうかこんな時期に」
ユリア「理由なんかいいわ。雪が見れたのなら私は満足だもの」

 ユリアは本当に理由なんかどうでもいいようだった。
 ん、まあいいか。この場は流されておけば。

ユリア「はぁ……最後の最後で、夢が叶っちゃった」
大翔「あん、夢て?」
ユリア「海で、ヒロトにだけ話したわよ」

 海? 海って言うと、文化祭のあとのことだよな。
 えーっと、あの時ユリアは……

大翔「……あ」


ユリア『雪の日に、好きな人を膝枕してあげるんです。私、雪の日に外に出たことないんですよ。それに、私の国はそんなに雪が降る地方でもなかったのでつもったりもしないんです。だから、薄くつもった雪の絨毯の上に座って、好きな人を膝枕して、空を見上げて、いろんなことを話せたらなぁって、そんなことをこの間、考えたりしました』


 そんなことを、言っていた。夢見るように。
 本当に、なんてちっぽけな、幸せな夢。

大翔「はは……なんだよ、これじゃあ、役柄が逆じゃないか」
ユリア「そんなの些細な問題よ、幸せなら」

 幸せ。なあ、本当に、幸せなのか?

ユリア「それに、こんなにあったかいんだもの。好きな人が――あなたが、こんなに傍に居てくれるから」
大翔「ユリア、本当にそれで」
ユリア「ああ! 幸せ! 私はとても……幸せ、だよ」

 幸せそうに、辛そうに。
 わかってるから、どんなに幸せでも、それはもうすぐ終わってしまう。

大翔「……他に、何かして欲しいことはあるか? 今なら出欠大サービス、ヒロ君がなんだって叶えちゃうぞぉ」
ユリア「本当? それなら、そうね……この手を、放さないで。最後の時まで」

 俺は肯き、ユリアの手をそっと握った。冷たい、力の無い、細い手。それでもこの手は俺を救い上げてくれた。

ユリア「ヒロト、辛そうな、顔」
大翔「んな顔、してないだろ」
ユリア「してるわ、とても辛そう……今にも、泣きそう」
大翔「……泣かないよ、俺は泣かない」

 だって、俺に涙を流す権利なんか、ない。俺が招いた事態なのに、泣くことが許されるわけが――

ユリア「えいっ」

 ぺちん。
 弱々しく、頬が叩かれる。

大翔「おいおい、いきなりなんだ――」
ユリア「痛い?」

 え?

ユリア「泣いちゃうくらい、痛い?」

 ……………………。

ユリア「今までずっと、痛みを堪えてたんだよね、悲しみに耐えてたんだよね。泣いちゃったら、もう立てないから。自分が立てなくなったら、自分が支えている人たちがどうなるか、知っていたんだよね」

 呆然とする俺を、労る視線。

ユリア「もう、いいんだよ。我慢しなくていいよ、気持ちを押し潰さなくていいよ。だって、あなたが支えてきた人たちは、もうあなたを支えられるくらいに、強くなっているんだから」

 顔を上げる。美羽と美優が涙を浮かべ俺を見ていた。

ユリア「いいこ」

 ふわりと、あいたほうの手で、俺の頭を撫でた。
 もう力の入らない手が、優しく、俺の頭を。

ユリア「もう、頑張らなくていいよ……もう、楽になっていいよ。泣いて、いいんだよ」
大翔「ユリア、俺は……俺、は」

 何を言えばいい。俺はこの人に、なんて言えばいい? こんなにも想ってくれている人に、俺は何を返せる?
 なぁ……どうしたらいいんだよぉ……。

大翔「ごめん……ごめんな。謝ってどうしようもないけど、本当に、俺は……っ!」

 喉が干上がる。鼻の置くが、つんとする。なんだよ、ちくしょう。なんだよ、これ。

ユリア「いいよ。これも、私が望んだ結末、だから」

 ユリアの体から、小さな光が浮き出る。ひとつ、またひとつと、蛍のようにふわふわと、白い光が飛び立っていく。
 終わりが近いのだと、悟った。
 心臓を鷲掴みにされたような恐怖が走った。

大翔「ユリア」
ユリア「うん……もう、近いみたい」

 ユリアは少し悩むような顔をして、

ユリア「ねぇ、最後に……酷いことを、お願いしていい?」
大翔「言ってみろよ」
ユリア「うん。一年間……一年間だけ、私のことを忘れないで、ずっと、思い続けて。一年間、あなたのことを、独占させて」

 それは、奇妙な提案だった。

ユリア「一年間ずっと、あなたの心の中で私を思い出して。私を、好きでいて欲しいの。一年間、だけ」

 一年間。その言葉が何を示すのか。
 ユリアお前もしかして、それってすごく、酷いことを言ってないか、なあ。

ユリア「そして……一年後経ったら、私の、こと、全部、忘れて?」
陽菜「ユリア、ちゃんっ?」

 一年間。

大翔「い……嫌、だ。な、なんでそんな、そんな、こと」
ユリア「うん、嫌、だよね。私、ひどいこと、言って、るね。わかってる、わかってるの。でもね、嫌なの。あなたが他の誰かのものになるのが嫌なのっ! あなたが私を愛さなくなるのが怖いのっ!! でも、でも……あなたが、誰も愛せずに幸せになれないのも、駄目なの」

 ユリアはありったけの力を込めて、それでも弱々しく、手を握り返してきた。小刻なその震えは、寒さのせいじゃないんだろう。
 でも、俺は。

大翔「だって、全部忘れるって、そんな……しかも一年って」
ユリア「お願い、ヒロト。お願い、だから」

 最後の最後で、そんな願い事。
 涙に濡れた瞳がまっすぐに、俺の心に訴えかけてきた。

大翔「わか……った。約束、する。俺は一年間、ユリアを想い続けて……一年後の今日、その全てを、忘れる」

 口にした瞬間、例えようのない恐怖が全身を駆け巡った。一年。一年しか、俺はこの人のことを覚えていてはいけない。
 そんなのは嫌だ。ずっと覚えていたいに決まっている。あんなに輝かしい、暖かな記憶を忘れるなんてこと耐えられるわけがない。
 ……それでも俺はその願いを聞かないわけには、いかなかった。

ユリア「いい、の? 辛いわ、きっと。苦しいわ、きっと。私の、我が侭、なんだよ?」

 俺は、口を歪めた。
 ちゃんと笑えているだろうか。自信は、ない。

大翔「当たり前だろ。耐え切れなくなったら、泣けばいいんだろ。それに、ほら、なんだ。好きな女の子の願いは聞いてやるのが、男ってもんだろ」
ユリア「あり、がとう」

 その口を開くたびに、光が零れる。ユリアの存在が、次々に失われていく。

ユリア「本当に、ありがとう」
大翔「ユリア……嫌だ、逝くな、まだ逝くな。ずっと逝かないでくれ!」
ユリア「ふふ、我が、侭だね。でも、ごめんね、それはできない、から」

 強く、強く抱きしめる。力ない、存在の薄いその体を。

ユリア「ありがとう、ヒロト。私、あなたと会えてからずっと――」

 幸せだったよ。


 一陣の風が吹いて。
 俺の腕の中から、握った手のひらから。
 光を、攫っていった。


大翔「あ――」

 失った。
 あの温もりも、声も、香りも、笑顔も全部。全部、失った。
 今までここにあった。それが今はもう、ない。
 冷たい、冷たい風が、雪が、全身を苛む。
 あれ? だって、さっきまで全然、寒くなかったよな? なんで、そんな、急に。

大翔「う、あ――」

 溢れてくる。今まで押し込めていたものが、全部、溢れてくる。
 頬が熱い。
 痛い。ああ、痛いよ、ユリア……泣きそうなくらいに、痛い。
 空を見上げる。雪が、火照った顔に舞い落ちる。その中の一粒が、目尻に落ちた。
 熱い雫が、流れた。



大翔「――――――――――――っ!!!!」
















大翔「はっ!?」

 う……あ?
 ぼんやりとした頭で、辺りを見回す。部屋、自分の部屋だ。

大翔「……涙」

 目尻が濡れている。どうやら、泣いていたらしい。
 理由は?

大翔「夢……か」

 体を起こす。全身が気だるい。
 ぼんやりとした頭で、なんとなくカレンダーに視線を向けた。
 八月、三十一日に、バツのマーク。ああ、めくり忘れてたのか。つまり今日は。

大翔「九月一日、か」
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