世界が見えた世界・11話 B


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 屋上への扉を開け放つ。夏の湿った風が室内の凪いだ空気を押し分ける。押し寄せる熱気に顔をしかめながら、広がる青空へ飛び込んだ。

大翔「あっつ……」

 わかっていた事でも声に出さずにはいられない。
 誰もいない屋上。遮るもののない世界に光は降り注ぐ。時刻は正午に近い。物影なんかあるわけなかった。
 ため息をついて、フェンスに腰掛ける。静かな世界に、金属のきしむ音が小さく響いた。

大翔「…………、はぁ」

 空。青い空。この町で一番広い、空。まぶしくて、手をかざす。指の隙間から漏れる輝きが、目を焼いた。

大翔「世界、か」
貴俊「なぁーに黄昏てやがんだ?」
大翔「うううおあぁぁっ!?」

 唐突に視界に割り込んだ黒い影に思わず大声を上げてしまった。

大翔「貴俊っ!」
貴俊「いよう、何してんだ?」
大翔「それはこっちのせりふだ! お前通学路の見回りじゃなかったのか!?」
貴俊「あ・き・た!!!!」

 ……だめだこいつ、早く何とかしないと。あ、もう手遅れか。

大翔「っつーか何でお前が生徒会長になれたんだ……」

 そう。驚愕すべきことに、何故かこの男生徒会長に立候補して当選していた。まあ対立候補がいなかったらしいのだが。
 ちなみにそういう場合は信任投票が行われるわけだが、賛成票と反対票がほぼ一対一だったらしい。半分の人間が冷静な判断をしたととるべきなのか半分の人間が無謀な賭けに出たと取るべきなのか、非常に判断に困る。
 ていうか今すぐでもいい、やめさせろ。

貴俊「ひっでぇなー、これでも一応ちゃんと仕事してるんだぜ?」
大翔「美羽に引っ張り出されなけりゃまともに会議にも出席しないと非常に好評だが」
貴俊「てへっ☆ ごはっ!?」

 鳥肌が立ったので思わず殴ってしまった。

貴俊「酷ぇなぁ。っと」

 どかりと勢い良く腰をおろす貴俊。痛くないのか、そんな勢いで座って。

大翔「で、見回りのほうは実際問題ないのか?」
貴俊「大丈夫だろ。何かあってもあの二人なら大抵の問題は解決できちまうし」

 だからってお前が行かなくていい理由にはならないと思うんだけど。

貴俊「それにお前に会うのも久しぶりだしな。一昨日帰ってきたんだっけ?」
大翔「そうだよ。ま、それまでもちょくちょく帰ってきてはいたけど」

 それでも貴俊と会う機会は本当に少なかった。別に望んで会いたいと思うようなやつでもないし、貴俊もそれは一緒だろう。
 考えてみれば、俺と貴俊の関係というものは非常に言葉に表し辛いものだ。

貴俊「ところでお前、何か考えてるみたいだったけどどうしたんだ? 例の俺達の知らない彼女のことか」
大翔「ああ。それに関係すること、かな」

 貴俊には、ユリアのことを少しだけ話してある。別に信じてもらえなくても全然構わなかったんだが、何故かあっさり信じた。逆にこちらが戸惑うくらいだった。

大翔「ていうか、何でそんなあっさり信じられるんだ? 結構突拍子もない話だろ」
貴俊「突拍子もないってんなら一年前のあの事件が十分突拍子もねーよ。それにその話を信じられる材料はあったからな」
大翔「材料? んなもんあったか? 俺以外の人間の記憶ってユリアのことをうまいこと改竄されてるんだろ?」
貴俊「お前だよお前」

 は? 俺?

貴俊「乃愛先生とガチバトルやらかして自殺覚悟で世界の礎を滅ぼした。それが俺達が覚えている記憶……っつーか、俺達にとっての現実、事実、真実はそうなんだよ。けどそれだけじゃあお前が変わったことは説明つかねえよ」
大翔「何でだよ。人間死ぬ目にあえば性格ぐらい変わってもおかしくないんじゃないか?」
貴俊「チチチ、甘いなぁ。俺の愛を舐めるなよ」

 流し目をやめろ、気色悪い。

貴俊「自分が死ぬ程度の現実でお前の性格が変わるんなら、俺がとっくにギリギリのところまで殺してやってるに決まってんだろ」

 透き通る空の下。
 そんな物騒な事を、笑顔で言った。

貴俊「俺達の知る事実の通りなら、お前は絶対にその生き方を変えてなかったね。だってお前、それじゃあ自分のそれまでの生き方を貫けたのに理由もなくそれを変えちまう事になるじゃねーか。意味わかんねーよ、それ」
大翔「……なるほど」

 俺の歪んだ生きる世界は、確かに、そのやり方で守られる。そして俺は変わらず、自分の望む世界に閉じこもっていただろう。幸せな妄想に憑かれた狂人のように。
 その生き方は、楽だろうな。でも楽しくは、ないだろう。
 この一年間、自分に都合のいいことも悪いことも混在する当たり前の、この世界に生きてきてそう思う。ユリアの繋いでくれた今日をずっと生きながら、そう思う。
 にしても、だ。

大翔「何度目になるかもわからん問いかけだが、そんなにわかりやすいのか俺は」
貴俊「あー? はは、まさか、このことに気付いてんのは俺と沢井ぐらいだろうぜ。美羽ちゃん美優ちゃんは気付いてねーだろ、家族だしな」
大翔「……家族だと気付けないのか?」
貴俊「視点が違うんだよ。お前の根本の生き方自体はアプローチが変化しただけで変わっちゃいねーんだ。内側から見てりゃ判断し辛いだろうよ。それに、同じ愛でも家族愛じゃあ見えてこねぇもんもある」

 愛って……。

大翔「愛、ねぇ……」
貴俊「おー? なんだよ、元気ないのはそれが原因か? なんだ、情熱思想理念気品頭脳優雅さ勤勉さに加えて愛まで足りてないのか?」
大翔「俺はどんだけ足りてねぇ人間だよ!?」

 ていうかそれだけ足りないものがあったらもう人としてどうかと。本能くらいしか残ってないだろ、それじゃあ。

貴俊「んで、愛の何について悩んでたんだ? このラヴマニアの俺に話してみろよ」
大翔「お前が愛を語れるなんざ初めて知ったぞ」
貴俊「『知らねーならとりあえず騙ってみろ』って言ったのはお前じゃん。そら、語ってやるから言ってみろ」

 とか言いながら顔が好奇心まみれなんだが。
 まあいいか。俺はため息をひとつつくと、空を見上げた。

大翔「俺はちゃんと、ユリアを好きでいられてるのか、少しわかんなくてな」
貴俊「ほうほう」

 ……相槌の打ち方もなんかムカつく。

大翔「ユリアと最期に約束したのは、話したよな」
貴俊「ああ、あのエグイ約束な」
大翔「人の約束エグイゆーな」

 そりゃ、精神的にかなりきついものがあったが。
 何が辛かったかといえば、一年間ひたすらユリアのことを思い続けることではなく、今日という日を迎えること。今日という日に怯え続けること。それが何よりも、辛かった。

大翔「この一年間、一日たりとも無駄にしないために必死だった。ユリアの記憶を抱えた俺が、その想いと一緒に居られる時間が、何よりも大切だった。けど……一日が終わり、眠りにつくのが怖かった。一日が終わっていくのが恐ろしかった。この思い出の全部を失う日が確実に近づいているのが憎かった」

 一日が四十八時間あればいいとか、一年が七百三十日あればいいとか、そんなくだらない事を真剣に考えたこともある。でもそうなったところで結局、俺は次はこう思うだろう。
 一日が九十六時間あればいい。一年が千四百六十日あればいい。
 今日がずっと終わらなければいい。一年が、永遠に続けばいい。
 けれど世界は変わらない。愛も変わらずに朝日が昇り夕日は沈み、月は闇夜を薄く照らし星は夜空を彩るのだ。そして、そんな世界こそを、ユリアは守り、願い、祈った。その世界のありのままの中で俺が生きることを、望み、夢み、叶えた。
 でも。

大翔「そうして俺は、ユリアに執着してるだけなんじゃないか、未練があるだけなんじゃないかって。好きだった記憶にすがり付いて、好きだと自分に言い聞かせて、どうにかこの罪悪感から逃れようとしてるだけなんじゃないのかって」

 日の光が網膜を焼く。瞼を閉じれば、白い闇が広がる。
 足の裏から這い上がる恐怖。肺を締め付けるような苦痛。今日までずっと抱えてきたもの。

大翔「俺は、ちゃんと、あの人を愛してるのかな」

 わからない。どれだけ考えても答えは出ない。
 信じるに足る根拠のない気持ち。真偽の確かめようのない想い。
 俺は――

貴俊「お前……バカ? いやバカなのはわかってたけどそこまでバカだったとは……」
大翔「おいこら、人がせっかくまじめに……」
貴俊「まじめに悩むようなことじゃねーだろうが、そんなの。執着? 未練? おいおいバカ言ってんじゃねーよ、お前の愛が何でできていようがそれが愛であることに変わりはねーだろうが」

 貴俊は勢い良く立ち上がると両手を広げ、空を抱えるように体を仰け反らせる。

貴俊「時間は人を変える。人が変われば想いも変わる。想いが変われば愛だって変わる。けどな、どれだけ変わってもお前がお前であるように、どれだけ変わっても愛は愛だろうが。お前が誰かを想う事に変わりはねーよ。それに、お前にその人をどう想ってるかなんて、俺からしてみりゃ丸わかりだぞ。いかにも好きな人がいますって幸せそ~な顔しやがって」
大翔「あだっ、いだっ! 蹴るな、蹴るなっつーの!」

 ていうかそんな顔してたのか俺。いや、それ以前に。

大翔「俺この一年でお前と何回会ったよ」
貴俊「五回だな。ちなみに合計時間は十三時間二十六分だ」
大翔「何でそんな細かく覚えてるんだよ!?」
貴俊「愛の力だぁーっ!!」

 お前の愛は何製だ。

貴俊「まああれだ。頭痛薬だって半分は優しさでできてるわけだし」
大翔「話のつながりが読めないぞ」
貴俊「何でできててもいいだろって事。愛なんざ口で説明できるもんじゃねーんだよ。それなら思い込んだもんがちだ」
大翔「そいつはまた随分と強引な解釈だな。そういう考え方が暴走してストーカーになったりするんじゃないのか?」
貴俊「度を越したらそうなるんだろうよ。ま、俺は年中限界突破、いつだってクライマックスだがな!」

 肉片残さず掃除したほうがよさそうな人が目の前に居ます。
 普段ならどうにかしてやろうと思うところだが、いい話……都合のいい話を聞かせてもらったのでよしとしよう。

大翔「まあつまり、あれだな。俺はユリアが好きだと、そういうことか」
貴俊「それでいいだろうがよ。ったく、変なところで自信がないのは相変わらずだな」

 ほっとけ。

貴俊「んじゃ、俺はそろそろ行くぜ。いつまでもお前の邪魔するわけにもいかねーしな」
大翔「ああ。……それにしても、まさかお前から愛について聞く日が来るなんて思ってもみなかったよ」
貴俊「俺もまさか自分が誰かに愛を語る日が来るなんて、思いもしなかったぜ」

 貴俊は踵を返す。
 俺はその背中を見ながら、ふと、今まで聞こうとも思わなかったことを聞いてみたくなった。

大翔「なあ、貴俊」
貴俊「あん?」

 貴俊は肩越しに振り返り、

大翔「お前、俺のことどう思ってるよ」

 目を細めて、肩をすくめて前を向いて歩き出した。

貴俊「大っ嫌いだよ。超愛してる」

 金属製の扉の閉まるやかましい音に重なった癖に、その言葉はしっかりと届いた。
 ……不幸にも。

大翔「しかしまあなんだ、世界にはいろんな考えのやつがいるよなぁ」

 人を理解したり、誤解したり、嫌悪したり、好きになったり。
 幾千幾万の人の想いが繋がり重なり、世界を覆う。人の想いのカタチは無限。烈火のごとく燃え盛るもの、雲のように不定形に漂うもの、水のようによどみなく流れるもの、氷のように冷たく凍りついたもの。
 世界は、たぶんそうしてできている。人の想いが、記憶が、感情が、世界のを形作る。世界の、礎になる。俺達は、その上で、その中で、その下で生きている。
 だから自分の気持ちを封じてしまえばその中に加わることはできなくなる。
 一年前の、あの日。
 俺に泣くことを許してくれた、悲しむことを望んでくれた人が居て、俺はようやく世界を見ることができた。世界に、居ることができた。

 風が、秋の到来を予感させる風が、服をはためかせた。弱い風、それでも、確かな風。
 見上げた空には雲。透き通る、突き抜けるような青に散らばる、形を持たない白い塊。
 俺はここに居て、ここに生きている。生きていたいと、そう思う。そう思わせてくれた人を、愛おしく思う。
 だらりと力の抜けた体。滲む汗はシャツを濡らし、寄りかかったフェンスは小さく軋み、ずるりと、仰向けに寝転がる。
 空だけが、そこにある。
 背中には、屋上の床。その数メートル下には、大地。大地と空。
 無限に広がる、二つの舞台に挟まれて、今日をいき、過去を抱きしめ、明日を目指す。

 右腕を動かす。拳が静かに、耳の横へと押し付けられる。

 わずかな風が、草木を揺らす音。
 巻き起こった砂埃は、小さな粒子となって光の海を踊る。

大翔「ああ……」

 ありふれた世界。生きる毎日。変わらない日常。ひとつとして同じ日のない日々。
 大切なものがあって、失ったものがあって、その全てが、今に繋がっていて。
 たぶん、きっと、こんなものが。奇跡なんだと、そう思った。
 無限の想いが、愛しさが、切なさが、悲しさが、際限もなく込み上げて。
 何となく、理由なんかなく、左手を、空へ伸ばす。空を、掴む。届かない空は、けれど、それだけで掴むことができる。

大翔「ああ…………」

 意味のない呟きがもれる。そこにこもったのは無数の思い。
 言葉にすることのかなわない、今ここにある確かな気持ち。
 限りない人の想いと奇跡とが折り重なる世界をあらわすには、俺には言葉が足りなすぎた。

大翔「悔しいなぁ」

 なんで、隣に君がいないんだろう。
 なんで、君が笑っていてくれないんだろう。
 それだけで、この世界は輝きを増すのに。潤いが満ちるのに。

大翔「悲しいなぁ」

 約束がある。
 忘れたくない。
 誓った。ここで誓った。
 忘れたくない。
 この日のために、一年間頑張った。
 忘れたく、ない。
 君の願いを、叶えに来た。

大翔「忘れたくないなぁ」

 意地。
 好きな女の子の願い事を聞いてあげたい、ただそれだけの、ちっぽけな男の意地。

大翔「伝えたかったなぁ」

 言いたい言葉が、伝えたい気持ちがある。世界中に響き渡るくらいに叫びたい感情がある。
 一年じゃ足りない。十年でも短い。百年ごときじゃ満ち足りない。
 一生かかっても伝えきれない気持ちが、ここにある。この胸にある。

大翔「無くさないよ」

 たとえ忘れても。この想いを忘れて、君との記憶を忘れて、この感情さえも忘れても。
 きっと無くさない。君を好きになって手に入れた、この気持ちは忘れない。
 この世界がある限り。この世界にいる限り。
 愛はカタチを変えて、俺の中に在り続ける。

 だから、今は。

大翔「さよなら、ユリア」

 俺はきっと。
 目を覚ました俺はきっと。

 涙を、流す。

 純粋な、力。貫く、ただそれだけの魔法。
 記憶だけを、その記憶だけを貫く。
 君との全てを、まっすぐに。

 貫く。

 静かに、音もなく。
 世界が白く弾けた。
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