ABCまとめ10


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やすむ いもうとるーと

……駄目だ、今学校に行ってまともに授業が受けられるとは思えない。
自分一人でまともな考えが浮かぶのかもわからないけれど、何事も一度やってみないとわからない。
俺はこの一年間、崩壊といういつかやってくる未来から逃げていたから。
しかし、逃げきれるわけがなかった。
それは、例えれば影だ。走っても決して振り切れないし、決して切り離せない闇の領域。
後を振り向けば常にそこにあって、俺を嘲笑っている。


「……ねむ」
俺は大きく欠伸をして瞼を擦る。
学校を休みたいと思うのも寝不足から来る気だるさのせいなのかもしれない。
何の解決にもならないけれど、俺はきちりと着ていた制服を崩し、ソファーに横になる。
程なくして、俺は夢の中に沈んでいった。


「大翔や……大翔や……」
じいさん?

死んだじいさんがお花畑の中心に立ってこちらに向けて手を振っている。
闊達として優しい人で、俺はこの人のことが好きだった。夢に出てきてくれたのを嬉しく思う。

――よっ、じいさん久し振り。
「おっす、おらじいさん!」
なんでいきなりそれなんだよ。
「うるさいっ!」
ばしゃっ!

あちぃ!!

孫にいきなりお茶をぶっかけるじいさんがどこにいる!?
つーかどこからお茶が!?
「蚊がいたんじゃよ……」
だったら手で叩いてくれよ。
「わかったぞい」
ばしぃっ!

いてぇ!
今じゃないだろ!

「ほんのおちゃっぴぃぞい」

おちゃっぴぃって……。

「わしは今日、大翔を試しに夢に出てきたのじゃ」
試す? 何を試すんだ。
「ほほほ、お主にわしが倒せるかな?」
なんでじいさんがが脱ぐんだよ、サービスにならないよ……しかもブリーフかよ……。
つーか下半身の筋肉やべえよ……出来の悪いコラ画像かよ……上半身の貧弱さもあいまってやべえよ……。
「ほーうっ! ローリングソバッツ!」
なっ、はや……。
九十超えたじいさんが軽やかに飛び上がるというありえない出来事に――いや、夢だからありかもしれないが――驚いた俺は、宣言通りのソバットを避けることも出来ずに顔面で受けた。

――げはっ!

血反吐を吐いて転がる。
じいさんは容赦なく倒れた俺にギロチンをかけ頸椎を圧迫し、俺の意識は段々と遠くなっていく。
ま、まさかじいさんは、三途の河の向こう側からやってきた死神……?



「ぐ、ぐぐ……っ! がああああっ!!」
「ぎゃん!」
「はーっ、はーっ、死ぬかと思った……!」
ギロチンはマジで死ぬって。
ドラマなんかで首絞められてる人なんか見ると、腹でも思いっきり蹴りあげてやればいいのにと思ったこともあるが、それは無理だなと実感した。
つーか、ぎゃん! って誰が言った?
「……はん、ようやくお目覚め?」
声の方に目を向ければ、美羽が尻を抑えながら責めるSの目つきでこちらを睨みつけていた。
「お前か? お前なのか? ギロチンをかけてくれたのは?」
兄の寝首をかこうとするとは何と言う妹……/(^o^)\
いや、冗談では無く俺の中に黒い炎が灯ったんだがどうしてくれようか?
「ギロチンなんてかけてないわよ」
「じゃあ何だって言うんだよ!?」
「地獄の断頭台」
「余計に凶悪じゃねえか!」
俺が怒鳴りつけても美羽はどこ吹く風、ご自慢のツーテールをいじりながら俺を見下して言い放つ。
「そもそも、兄貴が学校をサボるからいけないのよ」
「……いや、それとこれとは関係が……って、今何時だ?」
時計に目をやれば、時刻は十時過ぎ、学校は開店、絶賛授業中といった様子だろう。
「……お前もサボったのか」
「わ、私はサボってないわよ……サボったけど」
「どっちだよ」
「あ、あーもうっ! 兄貴が全部悪い! 様子見に戻ってきたらすやすやと幸せそうに! 幸せそうな人を見たら不幸のどん底に突き落としたくなったからやったのよっ!」
どんだけ最低な女だよ。
「何よ!」
「何だよ?」
兄と妹が睨みあう竜虎の図。陰気な目VS勝気な目。
「あん? ザギンのシースー屋のネタにしてぶっころがすぞコラ?」
「ケツに手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタ言わせてほしいのかしら?」
一触即発、次に何か音がたてばそれを合図として血で血を洗う兄妹喧嘩が繰り広げられるだろうと予想していたのだが。
「ふ、二人とも落ち着いてよ……」天使が調停に入れば龍も虎も牙を収めざるを得なかった。


「美優、お前もサボったか……」
シーザーが友に向けて放った言葉と共にように振り向けば、美優がトレイにアイスコーヒーを三つ乗せてよろよろしながら運んでくるところだった。
「う、あ……ごめん。お兄ちゃん、心配で……今は、喉渇いてるかと思って……」
あ、ああ、美優が涙目だ。兄が妹を泣かせるなんてあってはいけないことだ!
俺は蝶のように舞い蜂のように冷えたコップをとってアイスコーヒーを一気に飲み干した。
「いやいやいいんだよ! そんな小さなことは。うん、うん、うまいなあ……苦い……苦いなぁ……」
まだミルクもガムシロップも何も入っていなかった。そりゃあありのままの君でいてとは言うがコーヒーをそのまま飲むことなんて俺には出来ない。
もうやってしまったわけだが。
「げほっげほっ」
床に崩れ落ちる俺に、美優がトレイをテーブルに置いて駆け寄ってくれる。
「お、お兄ちゃん大丈夫!?」
「馬鹿兄貴」
苦みが俺の味覚を責め立てて気分が悪い。やはりコーヒーは微糖に限る。
甘すぎず苦すぎず、綱の上を渡るような絶妙なバランスが溜まらないのだ。
し、しかしこれは美優をスーパーイジリータイムだぞ……。
(スーパーイジリータイムとは美優をいじりやすいチャンスが訪れることだ。イジリー岡田とは何の関係も無い)
「うう……美、美優がエロいこと言ってくれたらすぐに立ち直れそうな気がする……」
「え、ええ?」
「この下衆兄貴!! 美優が逆らわないの知ってて言ってるでしょ!?」
「おうっ、おうっ」
容赦ない背中への蹴りを甘んじて受ける。
いやまあ、流石に言ってくれるとも思わないしただ美優の顔を赤くして楽しむのが目的の冗談だったのだけれど。
「――お、おちんちん!!」
「…………」
「…………」
その瞬間、全ての時間が止まる。
美優の顔を真っ赤にしながらの幼い猥語に、唖全とせざるを得なかった。美羽が俺の背中に足を押しつけたまま固まってるのも忘れるほどに。
「ご、ごめんなさい――っ」
自分で自分の言ったことに耐えられなくなったのか、美優は顔を抑えて足早に二階に上がってしまった。
俺と美羽は呆然とその背中を見送ることしか出来ず、部屋の戸がばたんと閉められる音が聞こえてから美羽が言った。
「み、美優が……。結城・おちんちん・美優になっちゃった……」
何そのミドルネーム。
つかお前もおちんちん言うな。


結城家にホームステイしているメイドのRさん(年齢不詳)の証言。

「いや、なんというかその……あれは一言で表せば嵐の後だった。
最近はと言えば何故我々の方が真面目に学校に行っているのか、などといろいろ疑問に思う所もあったのだが、そんなことが吹き飛ぶくらいの衝撃はあったな。
ソファはひっくり返り、置物はゴミ箱にダイブし……とにかく、この家の中で荒れていない場所など無かった。
肝心のヒロト殿は頭に大きなコブを作って気絶しており、美羽も『美優がけがれた……おちんちんになっちゃった……』等と意味不明なことを呟いているのだ。
正直不気味と言わずして何と言うのだという様相だった。大規模な兄弟喧嘩でもあったのではないかとアタリはつけたのだが、そこにようやく赤い顔を引きずった美優が現れたのだ。
美優はこの惨憺たる様子に驚愕し、ヒロト殿と美羽に駆け寄って正気に戻ってもらおうと尽力したようだがどうやら無駄なようだった。
私達は美優に事の始まりについての事情を訊いたのだが……いや、これを話すのはよそう。
あまりにもくだらな……いや、美羽達にとってはこれほどまでに甚大な被害を及ぼす程の兄妹喧嘩を引き起こす衝撃だったのだろうが……。
とにかく、あの二人はとかく美優を大切に――過保護にといいかえてもいい――してきたかが良くわかる一幕だった。
ただ私が不満を言うべきところは、姫様にも無駄な片付け作業を手伝わせねばならなかったことだ。
私の手際が良ければ無駄なお手を煩わせずに済んだものを、メイドとしての自分の手腕の至らなさに、私は遺憾の意を覚えたよ」

ありがとうございます。



「……いつっ……!」
鼻腔をくすぐるいい匂いで目を覚ますと同時に、後頭部に残る疼痛が俺を襲った。
「あ、起きた」
「美羽?」
美羽が床に膝をついて俺の顔を覗き込むようにしている。
妙に顔が近いので、兄として柄にもなく照れてしまう。
「な、何?」
「いんや、べっつに……頭痛くない?」
美羽は興味なさげに心配しているような台詞を吐くものだから、ちぐはぐだ。
えっと、俺は……それで、何で気絶してたんだっけ?
「もう晩御飯だから、早く兄貴も来てよね」
「晩御飯!?」
確かにカーテンの隙間から除く窓の外の風景は、闇に染まっている。
誰かが闇のランプでも使っていない限り俺は十時間以上気絶していたことになる。
「…………はあ~」
せっかくサボってまで得た時間を無駄にしてしまったことに後悔しつつ重い溜息をつく。
こんなんでいいのか、俺。いや良くない決して良くない断じて良くない。
――けれど。
「お兄ちゃん、早くしないと冷めちゃうよ~」
今は家族の団らんを優先すべきだろうな、兄として。


「うむ、いつものことながら美優の作る料理は美味だな」
「えへへ、ありがとう」
家族みんなで美優の料理に舌鼓をうつ。
みんなが当たり前に賛辞と感謝を送り、美優は少し照れながらもありがとうと返す。それがいつもの食事風景だった。
「兄貴、パスッ」
「っておい、俺の皿に茄子入れてるんだお前はっ!」
俺の皿に茄子の煮物が山盛りになっていた。
いや、まあ味はいいんだが色合い的には少しグロいぞ、茄子って似ると腐ってるみたいに茶色っぽくなるからな。
「お姉ちゃん、好き嫌いは良くないよ……」
「そうですよ、美羽さん。とっても美味しいのですから」
「姫様の言う通りだ」
「う、うう……」
三人に好き嫌い糾弾……というほどでもないか、とにかく注意されて美羽が委縮する。
そう、美羽は茄子がとにかく苦手だった。本人が言うには、「ほらまずむらさきが毒々しいじゃん! 毒属性って感じじゃん!」とのこと。
そしてじゃあお前は葡萄を食わないんだなとデザートにとっておいた巨峰を取り出すと「毒を食らわば皿までよーっ!」と豹変したのはいつかの話。
「ほら、茄子と体の相性が良くない人もいるんだって!」
「どんな人だよ」
いいから黙って食えと山盛りに積まれた茄子を美羽の取り皿に返していく。
「あ、あぁ~ほら! 統計でも茄子を食った場合その五十年後くらいに病気で死んじゃう人もいるんだってっ!」
「五十年たてば仕方ないこともあると思うが」
レンから冷静な突っ込みが入った。
「ふふ、冷製パスタを食べながらの冷静なツッコミ」
しかしギャグはつまらなかった。
「ほら! 東方見聞録を記したかのマルボロも茄子の食べ過ぎで死んだって……」
煙草の名前みたいになってるからな……。
「ほら言うじゃない! 秋茄子は嫁に食わすなって」
「今は秋じゃないしお前はそもそも誰の嫁だ」
しかしそこまで嫌いか。
「お姉ちゃん、茄子には栄養がバランスよく含まれててお得なんだよ?」
「あ、兄貴……他の野菜食べるからってことで助けてよ……」
久々に美羽に頼られた気がするな。この際その内容がしょぼいことは置いといて俺はどちらに味方するか選ぶ……選ぶ?
美羽か、美優を、選ぶ?
「兄貴?」
「お兄ちゃん?」
妹達が途端心配そうな声を上げる。
ユリアもレンも突如様子が変わった俺の様子に表情を変えた。
急に頭がぐるぐると回りだして俺の心を揺さぶり、先ほど胃に収めたばかりの料理がゆっくりとせり上がってくる。
「っ……」
俺はみんなの前で醜態を晒すわけにもいかず、口を押さえてトイレに駆け込んだ。
――そして、俺はせっかく美優が作ってくれた料理を全て吐いた。色とりどりに並んでいた料理も、一度消化され始めてしまえば気持ち悪い物体でしかなかった。


その日、俺はみんなに心配されつつ、早く着替えて眠った。
今日はまともに何もしていないけれど、明日はそうもいかないだろう。
……そう、明日。
俺は日付が変わった深夜に、妹達に起きてくるよう言っていた。

「ねむ……」
「お兄ちゃん、お腹は大丈夫?」
大きく欠伸をしている美羽と、遅くにも関わらずぱっちり目を開いている美優と向かい合いながら、俺は言葉を選ぶように唸る。
「そうだな……」
「何も無いなら寝たいんだけど?」
「ま、まあまあ、お姉ちゃん、もうちょっと待とう?」
どっちが姉かわからないな、なんてたわごとは置いておこう。
悩みを具現するような息をひとつ吐いて、こうなったらサプライズを狙ってしまえと口を開く。

「明日、ユリアとデートする」



翌朝、美羽と美優を学校に送り出してから、ユリアとレンには残ってもらっていた。


「はあ……でーと、ですか?」
「でーとだと!?」
レンがいきり立って剣の柄に手をかける。
「で、でーととはつまり、逢引きのことではないか! 姫様に不埒な真似を働く気かっ!」
おうおうおうと昭和の不良よろしくメンチを切ってくるレンに、俺は多少引き気味に答えた。
「いやいやいやいや……そんなつもりはないって、ただちょっと遊ぶだけでいいんだよ」
「遊ぶ、ですか? 学校もありますし、どうせなら皆さん一緒の方が……」
猫のように首を傾げるユリアの肩を掴んで、ぐっと引き寄せる。
「頼むよ」
「…………」
エメラルドグリーンに輝く宝石をはめ込まれたかのように美しい瞳が、少しだけ上向きになって俺の顔を見上げていた。
そして三十秒ほどじっと見つめられ、レンの無言のプレッシャーを背に受けながらユリアが言った。
「行きましょうか」
「姫!」
レンの咎めるような声にユリアはゆるりと笑みを浮かべて柔らかく答える。
「思い出作りも、いいでしょう?」
……ああ、本当に柔らかいな。例えれば高級羽毛布団くらいだ。
なんてどうでもいい感想を抱いていると、レンはどうも渋々了承したようだった。
「……御意に。ですが、どうかお気をつけて。貴女一人のお体では無いのですから」
「ありがとう、レン」
主従関係だから、という話ではない。
丁寧な物腰、誠実な態度、柔らかい雰囲気に加え、ユリアには周りの人を無理なく納得させてしまう気品がある。
ああ、そこで更に少し抜けているところが放っておけないというのもあって、慕われるんだろうな。
「……ヒロトさん?」
「え!? あ、ああ、どうした?」
想像に耽っていると、ユリアがくっと顔を近づけてくるものだから飛び上がるまではいかないが、かなり驚いてしまった。
ユリアは少し困ったように首を傾げて。
「どうしたもこうしたもないのです。でーとするというのなら、服装はどういたしましょう?」
「……服か」
俺は前日からデートするつもりだったので、自分の出来る限り最高のコーディネートをしてある。
それでもユリアには到底釣り合わないだろうが、男として最低限のマナーだ。
だが、ユリアの方は……やはり、ドレスか? そのままはしゃげば、舞踏会から抜け出してきたお姫様と没落貴族みたいだな。
「制服にしておこう。補導される可能性もなくはないけど、今から着替えなおすのも面倒だろうしね」
「はい、わかりました」
「それじゃあレン。行ってくるな。学校で何かあったら美羽達に言ってくれ」
出がけの言葉に対して、レンは急に何かを考えだしたようで、俺には一瞥をくれて「ああ、姫様を危ない目に遭わせるなよ」とだけ返した。
そこにわずかな違和感を感じ、「尾行とかすんなよー」と冗談めかして言ってみる。
「な、何故わかった!?」
するつもりだったのかよっ!!
全く油断も隙もありはしない。



そして玄関前に出た俺達なわけですが。
「ヒロトさん」
「ん?」
「でーととは何をして遊べばいいんでしょう?」
それは男と女の永遠の命題だ。
しかも俺は昨日考え付いたばかりの為に全く計画を立てていない。神風特攻、帰りを考えないノープランだ。
「とりあえず、適当に話しながらあるこうか」
「はい、ヒロトさんがそう仰るのなら」


今日の日差しは、ユリアの纏う雰囲気に感化されたみたいに温かく柔らかい。
春に逆戻りしたような錯覚を覚えながら。
ゆっくりゆっくり、時速2kmで行先も決めないままに歩く。
「そういえば、ヒロトさん」
不意にユリアが口を開いた。
「ん?」
「お体の方は大丈夫ですか? 昨日の食事の時は……」
「ああ、もう大丈夫だよ」
一晩ゆっくり休んだから、今日の朝にはすっかりと良くなっていた。
「そうですか……ですがヒロトさんは、心労もいろいろ溜めてらっしゃるでしょうし……」
わかっているのだろうけれど、ユリアは敢えて具体的な言葉にはしない。
それは俺に気を使っているのか、それとも自分が言いたくないだけなのかわからない。
だけれど今はその方がいい、俺は「ほんとに大丈夫だから」とだけ答えた。


そして公園の辺りにまで来た頃だった。
「そういえば」
「まただね」
「はい?」
不思議そうに首を傾げるユリア、俺は少しからかうように言った。
「また『そういえば』って、ユリアって、いろいろと唐突に思い立ったりすることが良くあるよね」
ユリアの頬にすっと朱がさして照れたのかと思えば、それを厭うようにむすっとしてしまった。
「そ、そんなこと……ある、かもしれないですけど。いつもではありませんっ」
「あはは、わかってるって。それで、何?」
まだ少し拗ねているようだったが、ふっと一息つけばすぐに元通りで話を始める。
「……夢を見たんです」
「夢の話か、いいね」

大体は、この世でどうでもいい話の二大巨頭と言えば他人のペット自慢に他人の夢の話である。
だがユリアの夢の話は他の人のそれとは毛色が違う。
ユリアは夢の中でもう一つ、自分だけの世界を構築している。そう思わせられるほどに『出来上がった』ものなのだ。

「昨夜のそれは、皆さんが私達の国の住人として暮らしていました……」
「へえ、俺はやっぱり美羽達と一緒に?」
「いえ、ヒロトさんは宿屋の息子でした。そう、宿屋『夜のおかし』の放蕩息子でした……」
うなぎパイ? しかも放蕩息子なんだ……。
「ヒロトさんは橋の下で拾われた子供だったのです……」
これまた微妙に重い話だ。
「それなりに幸せな暮らしを送っていたヒロトさんだったのですが、ある日屋根の修理の最中に、風に煽られて屋根から落ちてしまうのです」
「ええ?」
俺は大丈夫なのか、夢の話なのに自分の身が心配になった。正夢になったらどうしてくれよう。
「その光景を見ていたさすらいの女剣士美羽はこう言いました。『これもまた、いとおかし……』と」
「下手なギャグ言ってる場合じゃねーぞ」
助けないのかよ。つーかおかしってそっちかよ。
「もちろん美羽さんはヒロトさんを助けようと抱きかかえました。しかしそこにさすらいの女剣士美優がやってきて……」
設定が被っているということにはもうこの際目を瞑ろう。
「『待ちなさい、そこの宿屋の放蕩息子は私が助けます』と言いだしたのです」
さすらいの女剣士が宿屋の放蕩息子だと一目みただけでよくわかったものだ。慧眼というレベルではない。
「美羽はこう答えました。『私が助けてお礼をせしめようと思ったのだ、貴方には譲れない』と、美優はこう言いました。『私が助けて売り飛ばそうと思ったのだ、貴方には譲れない』と」
泣けてくるね。もちろんうれし泣きではない。
「『では剣で勝負をつけよう』『そうしよう』二人は同意しました。ですがどちらも睨みあいいつまでたっても勝負は始まりません。その内美羽が言いました。
『痛いのは嫌だな』『そうですね』美優が同意しました。二人はそこで宿屋の放蕩息子を二つに割ってわけることにしました」
グロいよ!!!!!!!
っていうかその時点で助けていない、殺人だ。
「するとどうしたことでしょう!」本当にどうしたことだよ。「真っ二つに割れたそれぞれのヒロトさんが復元を始めたのです!」ええー。
「そうして二人の小さなヒロトさんが新たにこの世に誕生しました。生命の神秘を目の当たりにした女剣士の二人は、四人で末永く幸せにくらしましたとさ……そこで、目が覚めました」
ユリアはそう満足げに語り終えて、二コリとこちらに微笑みかけた。

「どうでしたか?」
「どうでしたかと言われても」
こちらとしては返事に窮する夢だったぞ。
「……というか、俺達ばっかりでてて自分は出てないんだね」
「出てましたよ? 宿屋のおかみとして……」
「そこにいたんだ!?」

そんなくだらない雑談をしながら、俺達は自然と街の中心部へ向かっていた。

人通りが多い場所まで来てしまえば、ユリアの容姿は嫌でも視線を集めてしまう。
確かにユリアはとんでもないクラスの美人だし、そんな女性を連れて歩けるのはとても名誉なことだと俺は思う。
「やっぱり慣れない?」
「……はい、やっぱり目立つのはどうにも」
俺は、なるべくユリアを好奇の視線から守るように立って歩く。
ここまで来る内に向かう場所は決めていた。

「ここは……?」
「喫茶店だよ、結構穴場なんだ」
路地に入って少しだけ進んだ場所に、ひっそりと構えている店。
美羽と美優に教えてもらい、今度一緒に行こうと決めていた店だ。

カランカラン。

入店を知らせるベルが店内に鳴り響き、ユリアをエスコートするように中に入る。
木の優しい香りと、コーヒーの香ばしい香りとが混ざり合い、不思議と気分を落ち着かせてくれる。
微妙に薄暗い店内にはテーブル席が二つにカウンター席が五つまでしかなく、狭い店内にはそれが限界だった。
しかしまあ、美羽の話によれば、「あそこのマスター客が一杯入るの嫌がるから」とのこと。喫茶店のマスターとしては儲かった方がいいんじゃないかとは思うが、まあそこは個人の自由だ。
それに客に話しかけたり干渉したりということは絶対にしない、こちらも「面倒なのは嫌いだから」という理由らしい。たまに「コーヒー淹れるのも面倒」とか言いだすこともあると言う。いやもう喫茶店じゃないだろそれ。

……しかしまあ、サボりにはうってつけではあるんだが。


「いいお店ですね」
店内を見渡して、ユリアが一言感想を漏らした。そしてカウンターの端の方に立っていたマスターと目が合い、ぺこりと一礼する。
だがマスターの方は全く無反応、俺達は互いに顔を合わせて苦笑するしかない。
「とりあえず、座ろう」
「はい」
俺達以外に客はいないので席は自由に選ぶことができる。
とりあえず奥のテーブ席に腰かけると、ギッと軋む音がした。……かなり古い椅子だ。
いや、こういうのをアンティークというのかもしれないが俺にはあまり理解できない趣味だな。
「注文はどうする?」
「……ここはコーヒーが美味しいというお話でしたよね?」
「うん、美羽が言うには……だけどね」
世界中どんなコーヒーでも取りそろえているという話だったが、メニューが無いのでコーヒーに詳しくない俺には良くわからない。

だがそれは美羽にしても同じだったようだ。
美優と二人で来た際、マスターの無言のプレッシャーに急かされ「い、インスタント!」と学の無い発言で恥をかいたと言う。(ちなみにその後本当にインスタントのコーヒーが出てきたらしい)
俺はその話を思い出して苦笑する、ユリアが「どうしたんですか?」不安そうに訊いてきたが、「ちょっと思い出し笑いだよ」と答えておく。
「俺はエスプレッソにしようと思うんだけど……」
豆については全くわからないのでマスターに任せよう。
「私は紅茶に……」
思わずこけそうになった。
「な、なんですか?」
「いや、コーヒーがうまいって言ったよね」
ユリアはあたふたとうろたえだして、「え、わ、私駄目でしたか? この様なお店には紅茶も揃えてあると思ったのは私の記憶違いでしゅか?」噛んだ。
「あぅ……」
恥ずかしそうに俯くユリアを可愛らしく思いながら、俺はフォローを入れた。
「いやいや、ごめんね。紅茶もあるかもしれないし頼んでみようよ。茶葉は何にする?」
「…………ダージリンでお願いします」
「わかった。……あのー、エスプレッソ一つと……紅茶ってありますか?」
マスターの機嫌を伺うようにそう問えば、彼は余程凝視していないとわからないくらいの微細な動作で頷く。
「だったら、ダージリンをお願いします」
注文を聞き届けたマスターがゆらりと動きだす。
暗い店内も相まって、失礼ながらもどこか幽鬼を連想させられてしまった。

「ヒロトさん」
「ん」
程なくしてコーヒーと紅茶が届き、二人で舌鼓をうっている最中にユリアが口を開く。
「美味しいですねっ」
確かにうまい。
やはりブラックでは飲めないので砂糖を多少混ぜさせてもらってはいるが、この香りと風味、そしてきめ細やかな泡は今まで自分が飲んでいたコーヒーがどれだけ安っぽいものだったのかを教えてくれる。
一口含み舌で弄ぶように味わえば、口内に広がるのは独特な苦みとほのかな甘み。これならいくらでもおかわりしてしまいそうだ。

「こうして安心して紅茶を楽しむのも、久し振り……」
上品にカップを口に運ぶユリアが、何気なく漏らしたその言葉が気になった。
「安心して、ってどういうこと?」
ユリアにしてみれば、特に意識する風でも無く何気なく出てしまったのだろう。しばらくきょとんと思い返すようにして、すぐに少しだけ気まずそうに笑った。
「何でもないです、忘れてください」
……隠し事。
誰にだって話たくない過去の一つや二つはあるだろう。余程のことが無い限りそこに土足で踏み込もうとするべきではない。
だけれどユリアの隠しかた、取り繕いかたは、『下手くそ』だ。中身が見えないように袋に入れたけれどその袋は半透明でした。みたいな。
レンのように鉄面皮を装うことが出来ない、年相応の少女程度の処世術。
その甘さに付け込もうと思ったわけじゃない、そこは関係ないんだ、ただ俺は……目的の為に知りたいと思ったから、言ったんだ。
「聞かせて欲しいな」って。

「ごめんなさい、楽しいデートに水を差したくないの。……本当に、嫌な話ですから」
彼女には似合わない、苦虫を噛み潰すような顔。
「俺はさ、ユリアのこともっと知りたいと思ってる」
「……え?」
「今日誘ったのは、ユリアのことをもっといっぱい知りたかったからなんだ」
「……何故?」
何でそんなことをするのだろう。
踏み込まないで欲しい、その言葉からはそんな壁を感じた。
だけれど俺は、それに答えるだけの言葉を持ち合わせていない。だから屁理屈を言うしかなかった。
「知りたいから、かな」
「…………余計なこと、言わなきゃ良かったですね」
別に、何だって良かったのかもしれない。
ただ目の前を通り過ぎたから反射的に掴んだだけ、そう言われても仕方ないような話題の振り方。
でも、そこに運命を……違う、ユリアのルーツを見た気がしたんだ。


「レンは私の専属のメイドで、護衛などと言った点ではレン以上に優秀な人間はいないと思うのですが……。
彼女の料理などの才能は……非常に言いにくいのですが、無いに等しいと言ってもいいくらいです」
……そこまで言うか。

そういえば、レンは掃除やらはてきぱきとこなしてはいたけれど、美優の料理を手伝おうとした時なんかはユリアがやんわりと止めていた。
レンの親切を止める意味がわからないと思っていたが、あれはユリアなりの心遣いだったんだな。

「私もいけなかったのです、はっきり一言『美味しくない』と言ってあげるのが本人の為にもなるとわかっているのに、それがいつまで経っても言えずに……」
ユリアがカップを両手で包み、もう一度温め直すように力を入れる。
……その手は、僅かに震えていた。
「でも……特に……」
「?」
「特に紅茶がひどかったんです! 閉口する程に、まずかったんです! レンは茶葉のファーストラッシュやセカンドラッシュという言葉を聞いて、どんな剣の技ですか? などと質問してきたのですよ!
何が『ファーストラーーーッシュ!』ですか! 紅茶を侮辱する気ですかっ!」
爆発した。
静かだった店内に吐露されたユリアの怒りが響き渡り、すぐに静寂が戻ってくる。
大きく息を吐き出して、自らの動悸を抑え込むように紅茶を飲みほすユリア。
「……お恥ずかしいところをお見せしました」
「ああ、いや、その……ずいぶんと紅茶にはこだわってるんだな」
「ええ、美優さんの淹れてくださる紅茶は美味しかったので、安心しました」
「そ、そう」
……こだわりは人を変えるんだな……しみじみとそう感じる。
だけれど、あの姿がユリアの最も自然なそれなのだろう。
いつもの優雅さを崩さない態度も、幼い頃から培われてきた彼女の一面であることには、違いないのだろうけれど……。
「……でも、つまらない話だったでしょう?」
「いや、そんなことはなかったよ」
ごまかされたのは明白だ。だけれどそれは口に出さないでおく。
それでも新たな一面を見つけられたということを、嬉しく思っておこう。


「不公平ですよね」
「何が?」
その言葉の意図をまるで汲めていない俺に、少しだけむっとしながらユリアは言った。
「私ばっかり話してるからですよ、自爆がなかったとは言いませんけれど……ヒロトさんのことも、教えてください」
「俺のことと言ってもな……」
何を話したら良いものかと考えていると、ユリアの方から話題を振ってくれる。
「やっぱり、ミウさん達とは昔から仲が良かったんですか?」
「……まあ、ね。ミウとはいつも一緒だったよ。喧嘩もめちゃくちゃ多かったけど」
「昨日もすごかったですものね」
「昨日? ああ、昨日ね」
確かに昨日も喧嘩した気がするが、美羽に頭を強打されたせいか記憶は朧気だ。そもそも何が発端だったのかすら覚えていない。

それからは、互いのことをとりとめも無く語り合った。
昔は美羽とこんな遊びをした、だとか。
ユリアは昔礼儀作法が苦手でさんざん怒られた、だとか。
そんな雑談ばかりだった。
そしてコーヒーと紅茶のおかわりが三杯目にさしかかった頃、俺は「ユリアの世界の人間は、皆魔法を使えるのか?」と興味本位で質問をぶつけた。
「ええ、訓練をすればどなたでも使えるようになりますよ。才能と言うか……魔力のキャパシティに個人個々の違いはありますけれど」
「へえ、じゃあ俺も練習したら魔法を使えるようになったりするのかな?」
ユリアは苦笑する。
「難しいと思いますよ。どう言えばいいんでしょうか、私達の体にはこの世界に人々には無い魔法の為の器官が存在するのです。
もちろん、それは外科しゅじゅちゅ……手術などしてもわからないでしょうけど」
噛んだのは流してあげるのが優しさだろう。
「へえ……」
なるほどな、じゃあ俺達の世界で魔法が発達することはありえないってことか。時間的な問題ではなく。
「実際、そうでもないのですよ」
「え?」
「魔法が現在存在しない世界でも、何年かに一人はその才能を持った人間は生まれてくるらしいということはわかっているのです。
ほとんどは、その才能に気付かないままになるのですけどね」
「だ、だったら俺にも魔法を使える可能性が!?」
「無いとは言い切れませんね」
そうか……そうなのか……。
「くく、くくくくく……」
「ど、どうかしましたか?」
不気味に喉を鳴らす俺を、不安と怯えがないまぜになった瞳で心配そうに見つめている。
「ふははははは! 実は俺はすでに魔法を習得しているのだよ!」
「え、ええーーー!?」
本気で驚くユリアだった。ああもう、可愛いなあこの人は。
「手始めにニューヨークを夜にしてやったわ! 今ここはお昼なのにな!」
「じ、時間操作! なんて高度な魔法を……!」
「ふふ、俺の手にかかれば日本の経済も円高ドル安……気圧配置も西高東低よ!」
「わ、私にはわからない用語をいくつも……実は物凄い大魔法使いだったのですか!?」
「あっはははははははははは、もちろん嘘だけどね」
「わかってますよ」
あるぇーーーーーー?


ユリアはくすくすと小悪魔的な笑みを浮かべ、俺の浅い嘘を僅かに嘲笑うように言った。
「クス、最近私に天然さんという印象ばかりがついてまわっているような気がしたので、少しだけ意趣返しをしてみました」
「……なるほどね。やられたよ」
俺は自らピエロを演じていたわけだ。
普段は、天然ほわほわ脳内小春日和のお姫様ではあるけれど、それだけが自分では無いということを言いたかったのだろう。
一年間一緒に暮らしてきて、知らないことがとても多かったということを痛感させられる。
……でも、一年というのは人が完全に打ち解けるのに最低限必要な準備期間なのかもしれない、俺はそう思った。
だとしたら、本当に惜しい。もう俺に残された時間は少ないのだから。


「じゃあ、そろそろでようか。もうお昼だしね」
「はい」
ここは軽食なんかは一切やっていない。理由はやはり面倒だからなのだろう。
俺はマスターが口にした値段分の小銭――味の割に良心的な値段だった――を取り出してカウンターに置いたのだが、その内の百円玉を一枚爪弾きされる。
「……?」
なんなのだろう、少しだけ汚れているのが気に食わなかったのだろうか。いくらなんでも客商売だからその態度はないだろう……と思っていたのだけれど。
マスターは厳かに「裏側」と一言呟いて、気付いた。
――それはトリックコインだったのだ。どこかの雑貨屋で面白半分に買った両表のコイン。コイントス時に小銭を取り出す際、怪しまれないように財布に忍ばせておいたのを忘れていたのだ。
「すいません」
俺は素直に頭を下げ、変わりの百円玉を置いてユリアと共に店を出た。


街中を歩きながら、ユリアがぽつりと呟く。
「変わった方でしたね」
ちょっと失礼ですけど、と付け足す。
俺も確かに変だね、と同意した。
「でも――さっきの硬貨、あれは何ですか?」
「何ですか……と訊かれたら、嘘つきの道具と答えるね」
ユリアはきょとんと首を傾げた。
「コイントスって賭け事があるんだ、コインをこう指で弾いて隠して、裏か表かどちらが出るかを当てるっていうね」
「でも、そのコインは両方表で――ああ!」
ポンと手を打つ。コイントスのルールさえわかれば誰にでも理解できることだろう。
「そ、これはどっちも表だから、先に表とさえ宣言してしまえば負けることは無い。……相手にばれなければね」
「嘘も、ばれなければ嘘になりませんものね」
「…………」
「? どうかしましたか?」
「いや……何でも無いよ」
ユリアは、何となく嘘を嫌いそうな印象があった。
だけれど、先ほどの喫茶店での意趣返しのように、年相応の少女らしい一面も当然のごとく持っているのだ。
別段不思議なことではないと俺は心の中で折り合いをつけた。

「でも、使う機会はほとんどないんだけどね」
「何故ですか?」
「嘘をつくと、美羽が怒るからさ」

美羽は俺が嘘をつくことを何よりも嫌った。
その原因ともなる一つの事件を思い出そうとして、やめる。古傷が疼く気がしたから。
「……どうかしましたか?」
「ん?」
「いえ、少し苦しそうに見えたので……」
どうやら無意識の内に表情を歪めてしまっていたらしい。
俺はすぐに「何でもないよ」とテンプレートな対応で取り繕った。
……ああ、なんだかんだ言って俺の方から壁を作っているなと、自己嫌悪。

それから俺たちは昼食をハンバーガーで済ませ、そこら中を遊んでまわった。
まとわりつく視線もその内気にならなくなるほどに楽しい時間が続き、やがてそれにも終りがやってくる。

俺は最後にとユリアを近所の公園に誘った。
空という名のスクリーンにはオレンジ色のグラデーションが浮かんでいて、美しい夕方を演出していた。
「…………」
楽しい時の終りが近づくことを感じているのか、ユリアは俺の半歩後ろを歩いてついてくる。
俺はその足音に耳を澄ませながら、どこか安心感を覚えていた。
それは、ユリアを信頼する心から来ているのかもしれない。俺の求める答えを返してくれるだろうという。
でも人の心、例えそれが家族のそれでも完璧に読み切ることなんて出来ない。そんなことが出来るのは漫画や小説の中の超能力者だけだ。
――これからどうなるかなんて、誰にもわからない。





公園には二人の少女が立っていた。
夕日を
背負っており逆光になっているので、その顔までは窺い知ることが出来ない。
だけれどその必要も無いことはわかっていた。何故なら彼女達は俺の妹であり、この時間にこの場所に来るよう予め指示しておいたからだ。
「兄貴、遅いよ」
「悪い悪い」
十分程とは言え、遅刻は遅刻だった。
「美優なんか待ってるのに飽きてコサックダンスとセクシーコマンドーを融合した踊りを始めるところだったんだから」
「えっ……私そんなことシテナイヨ……」
「ああごめん、ジョン・マクレーンの物まねだっけ?」
「してナイヨッ……」
「お前ら、意味のない会話は止めろ」
いつまでたっても本題が切り出せないじゃねーか。
「そうね、火の鳥を彷彿とさせる壮大なループをしてしまうところだったわ」
どんだけ続ける気だったんだよ。
「……あの」
それまで黙っていたユリアが口を開く。
「何か、言いたいことがあったのではないのですか?」
「ああ、そうだよ。ごめんね」
美羽も話す前にその場の空気を和やかにしようとしてくれたのだろう、結局本当の話題からしてそれは無駄なのだけれど。
「いえ、別にかまいません。ヒロトさん達が言いたいことは、何となくわかっていましたから」
「……へえ」
「崩壊に対しての、答えでしょう?」
「……あたり」
「すいません、魔法で心の表層を読み取るような真似をして。……普段は絶対にこんなことはしないのですが……少しだけ、不安で……ごめんなさい」
そうか、さっきは心を読むなんて漫画などの登場人物にしか出来ないとは言ったが、ユリアはこの世界の人からすればファンタジーな存在に違いなかった。
心を読むという芸当も、魔法を使えば可能なのだろう。

だとしたら、これから言うこともわかっているのではないか?
そんな不安が脳裏を過った。だけれどユリアは静かに目を閉じて俺たちの言葉を待っている。
「答えを、お聞かせください」
俺達三人は、互いに目を合わせて頷いた。
そして俺だけが一歩前にでて、ゆっくりと口火を切る。
「昨日、美羽と美優には話をしたんだ。ユリアとの約束は破ることになっちゃったけど、やっぱり一人じゃどうにもならないことだったから……」
「はい」
短く同意して、続きを促す。
「最初は、二人とも信じてはくれなかったけれど、根気よく話せば信じてくれた。……嘘は、美羽の嫌う所だしね」
少しだけ皮肉だと思う。
俺が嘘をつくことを最も許さない美羽。
その俺が『一週間で世界が崩壊する』なんて突拍子も無いことを言いだした。
美羽はまた馬鹿兄貴が変なこと言いだしたと俺を叱りつける。
だけれど俺は真剣に信じてくれと主張する。そこまで真剣に言うのならばと信じてやりたいところなのだけれど、人間としての常識が、理性が、世界の崩壊を否定する。
随分と、あの晩は長い葛藤をしていたな――。

対して美優の方は、美羽程俺を疑おうとはしなかった。
もちろん最初は否定したけれど、説得する内に割とあっさりと受け入れてくれた。やっぱり、いざとなると美優の方が頼りになるのかもしれない。
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