世界が見えた世界・10話 D


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 街の景色はめまぐるしく、それでもなぜか脳に染み渡るように理解できました。
 影の人々は私を素通りして、彼らの生活を続け、その中で私の目に留まったのはある少年の姿。傷つき、叫び、それでも。
 それでも、どこまでも自分の弱さを押し込めて、隠してしまう人。
「……泣かないのね、本当に」
 涙を流すことを自分に許さなくなって、彼は本当に泣くことをやめてしまった。涙の一滴もこぼすことはなくて……その姿が、逆に痛々しくて。
 どんな傷を負っても、どんな痛みに晒されても、彼が流すのは苦痛の声だけ。
 感情の涙だけでなく、反応の涙まで否定しなければ、自分の弱さを否定できなかった。たぶんそれが彼の、ヒロトの弱さ。
「そんな目をしても、やっぱり泣かないのね、あなたは」
 血を流して倒れるヒロトの手を取り、脈を計ります。こんなことをしておいてと思われるかもしれないけれど、彼を殺したくて攻撃したわけではないのだから。
「……辛いねぇ」
「ノアさん」
 うっすらと、彼女の瞳が開かれました。
「いつから、見ていたんだい? 私が敗北したときには、すでにいたようだが」
「ずっと、です。ノアには、見つかっていたようですけれど……気付いていなかったんですか?」
「私はノアと記憶は共有しているが、ノアのそのとき見たものを見ているわけではないのでね。君を見た、という記憶がノアの中になければ、私が知ることはできないわけさ」
 あら? それはおかしいのでは?
「ノアが私を見た記憶がないなんて、そんな事は……」
「世界の創造には私の記憶が必要。私の記憶はつまりノアの記憶。そういう、事だよ」
 それは……つまり。もしかして。
「どう、して?」
「さあ、わからない。ノアに尋ねても返事はないしね。そもそも、あのタイミングで私が出てこられたのだって突然のことだったんだ。突然、私を押さえつけるノアの意識が、途切れてね」
 記憶と意識は強く結びついています。少なくとも、私の世界ではそのように言われています。
 世界の創造のために使ったのが、ノアさんの記憶ではなく、ノアの記憶であったとするのなら。もしかしたら、ノアはすでに自我を形成していられないほどに記憶を削られていたのかもしれません。
「好きだったんですよ、きっと。ノアさんのことが大好きで、消えて欲しく、なかったんです」
 いずれにせよ存在は消える。それでも、少しでも長く生きていて欲しかった、なんて思ったのではないでしょうか。
 だって彼女が言っていたではないですか。愛している、慕っている、と。
「ははは、そうかもね。結局彼女も私と同じ、自分のエゴを選んだというわけ、か」
 笑う彼女の笑顔が余りにも寂しそうで。
「辛い、ですか?」
「どうかな。よくわからないよ。ただ、なぜかな。彼女を意識したのはこれが初めてだったのに、なぜか彼女を長い間知っていたような気もするんだよ」
 たとえ意識はしなくとも、共にあった存在なのですから。あるいはノアさんが彼女の存在に気付いたとして、不思議はないように思えました。
 ノア・アメスタシアは、たとえ出自が特殊であろうともやはり私たちと同じように、生きている存在だったのでしょうから。
「そして君も、ヒロト君に私にとってのノアと同じ事をするのかな」
「そう、ですね。そうなるんでしょうね」
 私は小さく、光を指先に集めた。
「君はどうして、そうしてヒロト君に生きていて欲しいと思うんだい?」
 ヒロトに、生きていて欲しい。それは、確かにあります。一緒に私も生きていけたなら、その喜びは二倍どころか三倍四倍――いいえ、十倍にも百倍にもなるでしょう。
 でも、足りない。その程度の喜びで、私は満足できない。
「ノアさん、私はヒロトをとてもとても、傷つけるんです」
 酷い女。それ以外に、私をたとえる言葉が見つからない。
「私はヒロトにとっての『大切』の中のひとつとしての存在では嫌なんです。『ユリア』の中に大切というものがあって欲しいんです。私だけを見て欲しい、私だけをその目で追って欲しい。私だけを守って欲しいとは思わない、でも、私を他の何かと同じ要素としてみて欲しくない」
「なるほど、それが君の、我が侭か」
 ノアさんの言葉に、強く肯き返しました。
「はい、我が侭です。生まれてから一番大きな、胸が震えるような、怖くて、嬉しくて、そういう、我が侭です」
 声には震えが混じりました。瞳から涙が零れました。怖い。死ぬのはとても怖い。
 それでも。
 あなたにもっとちゃんとしっかりはっきり、私を見て欲しいから。知って欲しいから。
「やれやれ……まったく、ヒロト君といい姫君といい、私の周りのこども達は加減というものを知らないな」
 その言葉に、少し首を傾げました。
「あのう、つかぬ事をお聞きしますが、もしかして私はノアさんに嫌われているのでしょうか?」
「なぜ、そう思う?」
「他の皆さんは名前で呼ぶのに、私はいつまでも姫君、と呼ばれているので」
 正確には、私たちの世界の出身者が、なのですが。
「なに、子供じみた嫉妬さ。タイヨウさんが生まれた国、タイヨウさんに特別だと思われている国……そういう国から来たから、かな」
「はぁ……しかし、タイヨウさんが骨を埋めたのは」
「ああ、知っている。死んだ存在が帰るのは属する世界という話だろう? 異世界に属する存在が死ねば存在は跡形もなく消えもとの世界へ帰る。タイヨウさんはこの世界で死に、灰になった。彼はこの世界に心から属していた。それはわかっているさ」
 それが、世界のルールでした。属する、ということがどういうものなのかは私たちにもわかっていないのですが、心理的な部分や居住した時間など複雑な要因が重なっているらしい、と言われています。
「ただそれでも君に対しては少し個人的な感情もあるかな」
 ノアさんはちょっぴり意地悪な顔をすると、
「丹念に私好みに育て上げた男を持っていかれそうな予感があったんだよ。逆光源氏計画が台無しさ」
――? ギャク、ヒカル、ゲン――
「え? え? え、あのその、ええええ!?」
「落ち着きたまえ、冗談だ」
「じょ、冗談ですか」
 ほっと胸をなでおろす。いえ別にノアさんがどのような意図や感情をヒロトに向けていようとも構わないのですがその犯罪的な香りに少々戸惑ったといいますか焦りを覚えてですね。
「というのも冗談で」
「どっちですかぁっ!?」
 思わず涙声になってしまいました。
「私好みの男にしようと思ったのは事実さ。育ててどうしようとも思っていなかったがね。私の知る限り、最高の男に、それを超えられるような男になるように。どうだい、ヒロト君はタイヨウさんのようになれると思うかい?」
 私はヒロトを一目見て、その、傷だらけで汚れまみれの姿を見て。
「いいえ」
 首を横に振った。
「ヒロトはヒロトです。ヒロトのなるようにしかなれないでしょう。そんなヒロトを――見てみたかったと思います」
「そうかい、それが聞けてよかった」
 ノアさんはそれで満足したのか、再び瞳を閉じました。最後までこちらを見る視線には哀れみや同情はなくて、ただ、慈しんでくれていたことに深い感謝を覚えました。
 深く、深く、彼女に頭を下げます。ヒロトを強く思ってくれている、二人の姉に、最大限の感謝を捧げます。
 体を起こして、光に手を伸ばしました。
 指先が震える。自分が今からすることに恐怖する。でもそれでも、私は、あなたに知ってほしいの。
 失うことで見えるものがある事を。
 失うことで守れるものがある事を。
 悲しみは、耐えるだけのものでない事を。
「ねえ、ヒロト。あなたは、涙を流すことを自分に許さないあなたは、私のために、泣いてくれる?」




 沈む。沈んでいく。意識が深く、どこまでも。
――起きたまえ
 誰だ?
――起きるんだ
 知っている声。なのに知らない人の声。
――まさか理解できているのか? なるほど、タイヨウの息子か
 タイヨウ? ああ、大洋――親父のことだろう。それがどうしたって?
――君の世話を任された。まったく、あの男の考えは理解しがたいな。私という存在の意義を理解しながら、このような事に使うなど。正気か?
 親父のやることにいちいち疑問なんて持ってると疲れるよ?
――ふん、まったくその通りさ
 でも、あんたいい人だね
――何を唐突に。貴様もやはりどこか脳みそがあれなのか
 何を納得してるのか知らんが、親父のこと悪く言いながらこうして俺のことを世話してくれてるんだろ。なら、いい人じゃん
――さてな、あの男への嫌がらせも含めて貴様をどうにかしに来たのかも知れんぞ
 それはないと思うなぁ
――なぜだ
 だって、すっげぇ優しい声してるんだもん。ぶっきらぼうな言葉だけど、俺を想ってくれてるもん。言葉からそれが伝わってくるもん
――勝手な思い込みだ。私はあるいは、貴様達全てを滅ぼす存在なのだから
 んー、よくわかんないけど、それがあんたが悪いやつって事になるわけじゃないんじゃないのかな。やりたくなくてもやらいとだめな事ってあると思うし
――では私がそれをこそ真に望んでいるとしたら
 それでもやっぱりあんたは悪いやつじゃないよ
――なぜ断言できる
 きっとあんたは、俺や親父のために悲しんでくれると思うから。そう思ってくれる人がやりたくなくてもやらないからって、仕方なくやるのなら、その人はやっぱり優しいよ
――貴様は……いや、いいさ
 そうか?
――ああ、だから早く、目を覚ませ
 目、を、覚ます。
――いつまで沈んでいるつもりだ。君のすべきはそこにあるぞ、目を開け、現実に苦しめ、そして掴んで見せろ。
 掴むって何をだよ。
――明日を。痛みと喜びに満ちた明日を。やりたくない事をやるかやらないか、それが貴様に与えられた選択だ。そうして心を痛めることが貴様の役割だ
 選択する、役割。
――行け、ヒロト君。そうして、取り戻せ。あの頃の君を
 あんた……あんた、まさか。
――さっさと行けというのがわからんかこの馬鹿者が! ぐじぐじくだらないことばかり言っているようなら尻にロケット花火刺して吹き飛ばすぞ
 怖えよ。仕方なく、歩き出す。方向なんてわからないが、たぶんそっちであっている。
 そうして歩いていけば、自分の状況が次第に頭の中に蘇ってきた。足は自然に刻みを速めていった。
 その暗闇の先に光が溢れ、視界いっぱいに広がって――意識の覚醒と全身の感覚の復活は同時。
 俺は顔だけを動かす。ユリアは……俺の目の前に、立っていた。その体は淡い光に包まれ、たとえようのない存在感に満ちている。理解した。瞬時に俺は全てを理解した。
 ユリアは、礎と一体化している。
「なん、で……」
 ユリアは屈んで、俺の頬を両手で優しく持ち上げた。
「私がこの世界に来た理由、やっとわかったの。人間って不便ね、自分の気持ちさえもちゃんと理解できないんだもの」
 そう微笑んで、ユリアは立ち上がる。
 ユリアが何を考えているのかわからないが放っておけない。それだけはまずいと直感が告げている。
「ユリア……何を、するつもりだ!?」
 腕で上半身を起こした。全身の傷は酷いもので長く放っておけば危険であることは明白。だがそれでも、今は目の前のことを。
「この世界はもう限界。本当に、のこり数分で粉々に砕けてしまう。そして、ノアさんの産んだ仮想の世界はなくなってしまったから世界を複製という形で仮に存続させることもできない。残された手段は、この歪みの原因をこの世界から消し去ること、だけ」
 そういって、ユリアは己の胸に手を当てた。
「私の力では礎を破壊することはできません。だから私は、この世界を出ます。そしてどの世界でもない、世界のたゆたう無と混沌の海に沈みます」
「それで……どうするんだ?」
「どうも。礎を手に入れても私には世界の作り方なんてわからないし、作りたい世界もないわ。だからといって、無為に世界を生み出すようなこともするべきじゃないと思うの。だから、永久に沈むわ、この存在のまま」
 は。あははははっ。はははははははははっ!!!!
 最ッ低だな本当に俺は! 俺の矮小な世界を守ろうとして結局これか、なんだよ、同じじゃねえか。俺も礎を生んだクソヤロウを馬鹿にできないじゃんかっ!!
「俺の、せい、で……こんな……っ」
「あなたのせい……そうね、それは否定しないわ。けれど大翔、あなたがノアさんを、そして私たちを守ろうって思ってくれた気持ちは決して嘘なんかじゃない。それだけは、誰がなんと言おうと、本当だった」
 誰かがいつか言ったような言葉だった。
 違う、違うんだよ。俺はそんなに立派なやつじゃない。みんなを守りたかったのだって俺の自己中心的なものだったんだ。
「あなたは大丈夫、私が保証する。あなたはきちんと向き合える、世界と。本当の、世界と」
 無理だよ、何もできない俺は結局逃げるに決まってる。だってほら、いまだって俺は、君と目を合わせることさえできない!
 自分の罪を見ることのできないようなヤツが、まともになれるわけがいないだろう?
「……あまり、長居はできない。ヒロト、私、もう行くね? あなたと過ごした日々、沢山の思い出があれば、きっと悠久の中でもさびしくなんかないよ。だから、ありがとう、ヒロト」
 その声がまるで俺を責めているかのような被害妄想を覚える。そんな事はきっとない。
 何だこれ。結局俺は何がしたかったんだ、俺に何ができたんだ?
「あなたと同じよ、ヒロト。私はあなたが死ぬのが嫌だった、それだけ」
 もうひとつの結末。俺の死。
 俺が乃愛さんの死を頑なに拒んだように、ユリアも俺の死を拒んだのだろうか。
 残されるものはこんなにも深い痛みを抱えないといけないのだろうか。
 重いなぁ。何があいつらなら乗り越えられるだよ、俺の馬鹿。こんなの押し付けるなんて、最低じゃんか、俺。
 こんな終わり方。最悪の終わり方。
 ……最悪? おかしなことを言う。さっき考えたじゃないか。俺が死なない、誰かが死ぬ、そのどちらもが俺にとっては等しい物だと。どちらがよいというのでないのなら、どちらが悪いというわけでもないはず。
 なのに俺はこれを、この結末を最悪だと思う。そう、そこに間違いはない。この結末は、誰がなんと言おうとも最悪だ。
――掴んで見せろ
 なぜか、よく知っている声が聞こえた。
――やりたくない事をやるかやらないか、それが貴様に与えられた選択だ。そうして心を痛めることが貴様の役割だ
 よく知っている声なのに、余り知らない人。なぜかその声に込められた力に、強く、心が揺り動かされた。

――私は選択したぞ、ヒロト君。君らを失いたくないから、選択した。私の存在意義を、全て失ってもいいと思ったんだよ

 拳を握る。ぼろぼろになったグローブが小さく裂けた。潰れた指は、いつの間にかもとの形を取り戻していた。
『お前は思い知るよ、お前の本当の強さを』
 俺の強さって、何だ? 俺が強いと思える本当の強さって、一体なんだ?
『ヒロ君の望む結末は、どんなものならヒロ君自信が満足できるの?』
 俺が望むのはどんな未来だ? 本当に求めたのはどんな明日だ?

 選ぶ。
 俺が、選ぶ? 一体、何をだよ。
 選ぶ、決める。俺が、俺の意志で。
 全部を台無しにした俺が。ただ結果を見送るのではなくて、選ぶ。未来を受け入れるんじゃない、選ぶ。
 失われていくのを受け入れるんじゃない。自分の意志で失うことを選ぶ。あるいは。
「ぐ、く、ああああああ!!!!」
 両腕の力を振り絞る。胸の傷口から赤い血が流れ、口や鼻からも血が逆流する。
 痛みは無視する。けど血を失うわけには行かない。俺は魔法で背中から貫通した傷を氷付けにした。一応の、止血だ。
 自業自得だよな、本当。一番誰が悪いのかって言ったら、俺なんだろう。一人で自分の我が侭押し通そうとして事態を最悪まで一気に転げ落した。そんなヤツが今更しゃしゃり出てくるほうが間違ってるんだろうな。
 まあ、間違ってるのは最初からだっけ。
 ああもうなんかな、血が抜けすぎて頭ん中すっからかんだ。
 でもこれで、いいのかな。
 何も考えないでもっと単純に、願いに囚われずに、未来を、選べるかな、乃愛さん。
「俺は――」
 どう、したい?
 俺はどうするべきだ?
 俺にできることは二つ。選べる道はたった一つ。
 何もせずにユリアを見送るのか、それとも、俺の魔法で礎を貫くのか。

 俺は選ぶよ、ユリア。きっとそういうことなんだろう? 世界と向き合うって。
 俺の望まない未来が待っている。それだけは変えられない。
 君が望む未来は――君が望む、結城大翔は。
 その未来を、自分で選ぶ、そういう男なんだろう?

 だったら掴むさ。どんな未来でも選ぶしかないのなら。待ってるだけなんてごめんだ。俺が始めたことだ、俺が見届ける。最後まで。

 呼吸を整える。瞼を閉じ、世界を黒く塗りつぶす。
 ゆっくりと視界を開く。月明かりが目に染み込んでくる。
「行かせない。そんなところにユリアを一人になんて、絶対にさせない」
 ユリアがぴたりと動きを止めた。
「ユリアの中の礎は、俺の魔法で貫けば問題なく消滅させられる。その際、ユリアの命も一緒に貫くことになる、けど」
 俺の出した答えに、ユリアはといえば、微笑んでいた。
「私を、その中の礎と共に討つ。そういうのね、ヒロト」
「うん、そうする」
「なぜ?」
 なぜ、か。それに足る理由。
 理にかなったことを言うのならば様々な理由があげられるだろう。例えば安全の問題。たとえ人の手出しの及ばない場所へ沈むといえ、それが人の手がいつ届くとも知れない場所である以上、誰かがその力を利用しようと考えないとも限らない。また、ノアのような存在の例もある。
 その他にも思いつくことはいくつかあるが……正直そのあたりのは建前だ。
 本当は、ただユリアがそうなるのが嫌だって言う、ごく個人的な感情。
「ユリアの悲しい顔は、見たくない。思い出だけを持っていくって、たぶんきっと苦しいから。届かない日々を、すぐにでも届く場所にあるものを、それでも手を伸ばしたらいけないなんて、苦しすぎる」
 もう叶わない願いを口にする。ああ、寂しいな。
「だから、私を討つの?」
「どうだろ。うまく説明できないや」
 ただ嫌だと思った。ユリアが孤独の中に沈み、俺たちがいつものように笑いあう日々が。ユリアの側からは見ることができて、俺たちはそれを何も知らずにいる事が。
 ただ、変わっていく俺を、レンさんを、世界を見続けることになるユリアはきっと途轍もなく辛いと思った。どんな思い出も、永遠の前では風化する。
 ユリアがそんな思いをするのは、嫌だ。
 ユリアの笑顔を守るためには、ユリアを失うしかない。そんな思い込み。
「そう……でもだめ、私はあなたには殺されてあげない」
 ユリアは意地悪にも楽しそうにも見える笑顔を浮かべた。
「私はあなたの記憶の中で悲劇になるのは嫌。あなたは私が死んで悲しむ?」
「ああ」
「あなたは私が死んで後悔する?」
「ああ」
「あなたは私が死んで何かを得る?」
「いいや」
「それでもあなたは、私を殺すのね」
 その確認の言葉に、俺はただ。
「ああ」
 答えた。
 冷たい風が流れる。夏の夜の風では氷付けにされた屋上を暖めるのは厳しいらしい。
「俺は君を、殺すよ」
 この数ヶ月の日々が胸を流れていく。最後の日々を思いながらの数日を思う。
 彼女が言えないその気持ちを俺が汲み取る。
 親しい人に殺してくれなんて、とてもじゃないが言えない話だ。
「それなら私は、あなたを斃します。ええもう徹底的に一週間ほど寝込んでしまうくらいに」
 妙に楽しそうだった。
「なんかすごくやる気に満ち溢れてるなぁ……」
「あなたに、私を殺したなんて罪の意識を植え付けるのはご免です。あなたの中で辛い思い出の筆頭になるのなんて嫌に決まってるわ」
「んなことねぇよ」
 いや本当に、そんなことにはならないから。
「それがどんなものでも、ユリアとの思い出なら笑って思い返せるよ」
「ん……」
 ユリアは肯き、俺達は同時に構えを取った。
 拳に力を収束したところで、はたと気付く。集まる力が桁外れに巨大になっていた。思い当たる節はひとつ、礎の破片だ。あれには礎そのもののように世界の創造などの力はなかったが、どうやら単純に能力を高める力があったらしい。
 思えば、乃愛さんの錯覚もその力を随分と引き上げていた。
「なんか、ごめんなほんと、俺が全部台無しにしてしまってさ」
「ノアさんを助けたかったあなたの気持ちもわかるから、大丈夫」
 優しいな、こんな人間にまで。
「手加減、しないから。全力であなたを、たおすから」
「ああ、わかってる。俺も全力を出す」
 力の全てを集める。拳の先の一点に、全てを。この一撃に貫けないものなどこの世界には、どの世界にも存在しない。それだけの力を。
 特殊魔法『貫抜』の最大の特徴。狙ったものだけを貫き通すその力を、世界の礎の核のみに狙いを定める。他の何物をも貫かず、狙ったその物は必ず貫く。たとえ世界であろうともこの一撃は、貫き通す。
「すごいね、すごい力。でも――」
 ユリアが弓を構えるような姿勢をとると、薄く、銀の光がその手に集まりだす。やがてそれは光の弓と矢を形作った。
 月の光を集めたような輝く、透明の弓矢は、思わず心を奪われてしまうほどに美しい。
「この身は想い。楽園を夢見る儚き願い。全ての人の、心の支え。家名解放――我が名はユリア。私が背負うは、無垢なる銀」
 その呪文が契機となったのか。弓矢は地上に降りた月のようにまばゆく優しく輝く。その強い輝きは、なぜか目を眩ませることは無く、ただ世界を白く染め上げる。雪原のように、ただ白く。
「この弓矢は、あなたの意志を撃ち抜くわ。肉体に損傷は無いけれど、意志を撃ち抜かれてしまえば立つ事はできない」
「俺の魔法は、お前の中の礎を貫き通すよ。他の何物をも傷つける事無く、ただその核のみを貫きその存在を打ち砕く」
 互いの刃は一撃必殺。勝負はただ一瞬。
 白銀の世界の中では世界中に俺とユリアの二人しかいない、最後の一撃の一瞬のために力を高めていく。
「……そうだ、ひとつ提案がある」
「提案?」
「おう。俺が勝ったら、俺の秘密を教えてやるよ」
「……俺に勝ったら、ではなく?」
「ああ、俺が、勝ったら、教えてやる」
 ユリアはずるい、とくすくす笑った。
 ずるいだろ、と俺も笑った。
「それじゃあ、私も。私が勝ったら、私の秘密をひとつ、教えてあげる」
「なんだよそれ、知りたいなぁ」
 お互い様、と笑い合い。
 不意に凪が訪れる。

 始まりの――終わりの瞬間を、静かに待つ。
 時が止まったような錯覚の中。

 かちり、と、二十四時を告げる針の音が、やけに大きく響いた。

 両の足で大地を踏みしめ、構えた拳をまっすぐに突き出し、ありったけの力で魔法を放つ。同時、銀の弓から、光が流星のように尾を引いて奔った。
 互いの魔法は一瞬交差し――


 何かが砕ける、音を聞いた。




 冷たい、冷たい床だな、と思った。そうしたのは俺の魔法だけど。
 触れた部分からじんわりと寒気が広がっていく。
「これで、いいのか?」
「うん、これで……いい」
 俺はユリアの頭を自分の膝に乗せた。
 ユリアは目を閉じ深く息を吸うと、
「ああ……暖かい…………」
 そう言って、星空を見上げた。




 俺の魔法は礎を貫いた。ユリアの魔法は俺の魔法と交差した際に軌道が逸れた。『貫抜』は発動後は定めた目標まで直進する性質があるから軌道が逸れることはなかった。でもたぶん、それだけじゃないんだろうな、とは思う。
 力を失い青い顔で倒れるユリアは、俺を見て優しく笑って、こういった。
「ねえ……膝枕、してくれる?」
 断る理由など、何一つなかった。




「寒くないか? 夏とはいえ、もう夜中だし……」
「平気」
 ちっとも平気なわけないはずなのだが、なぜか本当に平気に見える。
 ユリアの呼吸は細く、その周期も長い。
「空、綺麗だね。ヒロト、あなたが手に入れた、今日だよ」
「ああ……ユリアが守ってくれた今日だ」
 ユリアが守ってくれたから、俺に世界と向き合う機会をくれたから、今この時がある。
「ねえ、あなたの秘密って、何?」
「え、あー、うん。それはその、だな……」
 しどろもどろになってしまう。なんとて言うか、別に言うのは構わないんだよな。ていうか、伝えたい。伝えておきたいその気持ちは強い。
 でも恥ずかしい。恥ずかしいものは恥ずかしいからしょうがない。
「ヒロト? 約束でしょ?」
「ああ、うん、そうだな。約束だ」
 俺はこほん、とひとつ咳払いをする。あー、だの、うー、だのとうめいて空を見上げて、ああなんつーかな、気の聞いた言葉はないかなーとかね、探して。
 みつからねー。だから正直に、それだけを伝えよう。
 ユリアの澄んだ瞳を覗き込む。
「俺は、結城大翔は――ユリア・ジルヴァナが、大好きです。俺はユリアを、愛しています」
 かぁぁぁ、と頭に血が上る。ああ恥ずかしい、なに言っちゃってるんだろうな俺はもう。手で口元を覆う。どんな顔をしたらいいのかわからない。
 いつの間にか好きになっていた。いつからなんてわからない。ただふと、そうなんだって気付かされた。
 最悪の結果ってのはつまりそういうことだと思う。好きな人を失う、これが最悪の結果でなくてなんだというのだと。自分がずっと大切にしていたい人を失ってしまうのだ、痛い、苦しい、悲しいに、決まってる。
 突然の告白に、ユリアはぽかんとしていたが、突然、相好を崩した。
「あはは、なによそれ、もう……ずるいよ、ヒロト。そんな事いわれたら、私も私の秘密教えたくなっちゃうじゃない」
「ん、教えてくれるのか?」
「……うん、教えてあげる。聞いて欲しいの」
 ユリアは、緊張の面持ちで、頬を赤く染めて。
 そっと、大切な秘密を告白した。
「私、ユリア・ジルヴァナは、ユウキヒロトを愛しています。愛しくて、恋しくて、大切で……私のものにしてしまいたいくらい、大好きです」
 嬉しかった。嬉しくて言葉が出なくて。
「だから、ごめんね、ヒロト」
 悲しくて、笑うしかなかった。
「あーあ、なんか俺達、タイミング悪いなあ」
「そうね。もっと早く自分の気持ちに気付けたらよかったわね」
 機会は何度もあったんだと思う。でもそのたびに考えるのをやめて、逃げて、投げ出してきた結果がこれだ。後悔先に立たずとは、よく言ったものだ。昔の人も同じような経験をしたのかもな。どうしようもなくなって初めて大切なものに気付くような、そんな経験を。
「悔しいなぁ……もっともっと、あなたと一緒に、生きてみたかったなぁ……」
 絞り出すような声。
「ああ……俺も、そう思う」
 締め付けられる心。
 辛い、こんなにも辛いことが、世界にはある。俺が逃げ出したかったものが、今この膝の上にある。それでも手放すわけには行かない。だってこのぬくもりは、何よりも大切な人だから。
 俺は守れなかった。君を守れなかった。願いに振り回されたせいで大切なものを守れなかった。
 それでも俺はきっと、失ったからこそ今、この苦しみを手に入れた。この、かけがえのない苦しみを。
「あ……」
 ユリアが声を上げた。その視線は空へと向いている。俺は空を見上げて――え?

ちら、ちら
  ゆら、ゆら

 雪?
 何で、こんな時期に?
「何で、雪なんか……」
「雪……本当、に?」
 ユリアが手を伸ばす。その指先に落ちた雪は、ゆっくりと溶けていく。
 本物の、雪だ……。
「すごい……本当に、雪だわ」
「あ、ああ……それにしても何でいきなり、ていうかこんな時期に」
「理由なんかいいわ。雪が見れたのなら私は満足だもの」
 ユリアは本当に理由なんかどうでもいいようだった。
 ん、まあいいか。この場は流されておけば。
「はぁ……最後の最後で、夢が叶っちゃった」
「あん、夢て?」
「ヒロトにだけ話したわ、夕日を見ながら、ヒロトにだけ」
 思いついたのは、文化祭の後の遊園地。
 えーっと、あの時ユリアは……
「……あ」

『雪の日に、好きな人を膝枕してあげるんです。私、雪の日に外に出たことないんですよ。それに、私の国はそんなに雪が降る地方でもなかったのでつもったりもしないんです。だから、薄くつもった雪の絨毯の上に座って、好きな人を膝枕して、空を見上げて、いろんなことを話せたらなぁって、そんなことをこの間、考えたりしました』

 そんなことを、言っていた。夢見るように。
 本当に、なんてちっぽけな、幸せな夢。
「はは……なんだよ、これじゃあ、役柄が逆じゃないか」
「そんなの些細な問題よ、幸せなら」
 幸せ。なあ、本当に、幸せなのか?
「それに、こんなにあったかいんだもの。好きな人が――あなたが、こんなに傍に居てくれるから」
「ユリア、本当にそれで」
「幸せよ、私。そう……幸せなんだわ、私」
 幸せそうに、辛そうに。
 わかってるから、どんなに幸せでも、それはもうすぐ終わってしまう。
「……他に、何かして欲しいことはあるか? 今なら大サービス、ヒロ君がなんだって叶えちゃうぞ」
「本当? それなら、そうね……この手を、放さないで。最後の時まで」
 俺は肯き、ユリアの手をそっと握った。冷たい、力の無い、細い手。それでもこの手は俺を救い上げてくれた。
「ヒロト、辛そうな、顔」
「んな顔、してないだろ」
「してるわ、とても辛そう……今にも、泣きそう」
「……泣かないよ、俺は泣かない」
 だって、俺に涙を流す権利なんか、ない。俺が招いた事態なのに、泣くことが許されるわけが――
「えいっ」
 ぺちん。
 弱々しく、頬が叩かれる。
「おいおい、いきなりなんだ――」
「痛い?」
 え?
「泣いちゃうくらい、痛い?」
 ……………………。
「今までずっと、痛みを堪えてたんだよね、悲しみに耐えてたんだよね。泣いちゃったら、もう立てないから。自分が立てなくなったら、自分が支えている人たちがどうなるか、知っていたんだよね」
 呆然とする俺を、労る視線。
「もういいんだよ。我慢しなくていいよ、気持ちを押し殺さなくていいよ。だって、あなたが支えてきた人たちは、もうあなたを支えられるくらいに、強くなっているんだから」
 思い浮かんだのは、妹達の姿。強く、優しく育った、血の繋がりはなくてもどこかそっくりな二人の姿だった。
「いいこ」
 ふわりと、あいたほうの手で、俺の頭を撫でた。
 もう力の入らない手が、優しく、俺の頭を。
「もう、頑張らなくていいよ……もう、楽になっていいよ。泣いて、いいんだよ」
「ユリア、俺は……俺、は」
 何を言えばいい。俺はこの人に、なんて言えばいい? こんなにも想ってくれている人に、俺は何を返せる?
 なぁ……どうしたらいいんだよ……。
「ごめん……ごめんな。謝ってどうしようもないけど、本当に、俺は……っ!」
 喉が干上がる。鼻の奥が、つんと痛む。なんだよ、ちくしょう。なんだよ、これ。
「いいよ。これも、私が望んだ結末、だから」
 ユリアの体から、小さな光が浮き出る。ひとつ、またひとつと、蛍のようにふわふわと、白い光が飛び立っていく。
 終わりが近いのだと、悟った。
 心臓を鷲掴みにされたような恐怖が走った。
「ユリア」
「うん……もう、近いみたい」
 ユリアは少し悩むような顔をして、
「ねぇ、最後に……酷いことを、お願いしていい?」
「言ってみろよ」
「うん。一年間……一年間だけ、私のことを忘れないで、ずっと、思い続けて。一年間、あなたのことを、独占させて」
 それは、奇妙な提案だった。
「一年間ずっと、あなたの心の中で私を思い出して。私を、好きでいて欲しいの。一年間、だけ。せっかく歩みだすあなたの枷に、一年の間」
 一年間。その言葉が何を示すのか。
 ユリアお前もしかして、それってすごく、酷いことを言ってないか、なあ。
「そして……一年後経ったら、私の、こと、全部、忘れて?」
 一年間。
「い……嫌、だ。な、なんでそんな、そんな、こと」
「うん、嫌、だよね。私、ひどいこと、言って、るね。わかってる、わかってるの。でもね、嫌なの。あなたが他の誰かのものになるのが嫌なのっ! あなたが私を愛さなくなるのが怖いのっ!! でも、でも……あなたが、誰も愛せずに幸せになれないのも、駄目なの」
 ユリアはありったけの力を込めて、それでも弱々しく、手を握り返してきた。小刻なその震えは、寒さのせいじゃないんだろう。
 でも、俺は。
「だって、全部忘れるって、そんな……しかも一年って」
「お願い、ヒロト。お願い、だから」
 最後の最後で、そんな願い事。
 涙に濡れた瞳がまっすぐに、俺の心に訴えかけてきた。
「わか……った。約束、する。俺は一年間、ユリアを想い続けて……一年後の今日、その全てを、忘れる」
 口にした瞬間、例えようのない恐怖が全身を駆け巡った。一年。一年しか、俺はこの人のことを覚えていてはいけない。
 そんなのは嫌だ。ずっと覚えていたいに決まっている。あんなに輝かしい、暖かな記憶を忘れるなんてこと耐えられるわけがない。
 ……それでも俺はその願いを聞かないわけには、いかなかった。
「いい、の? 辛いわ、きっと。苦しいわ、きっと。私の、我が侭、なんだよ?」
 俺は、口を歪めた。
 ちゃんと笑えているだろうか。自信は、ない。
「当たり前だろ。耐え切れなくなったら、泣けばいいんだろ。それに、ほら、なんだ。好きな女の子の願いは聞いてやるのが、男ってもんだろ」
「あり、がとう」
 その口を開くたびに、光が零れる。ユリアの存在が、次々に失われていく。
「本当に、ありがとう」
「ユリア……嫌だ、逝くな、まだ逝くな。ずっと逝かないでくれ!」
「ふふ、我が、侭だね。でも、ごめんね、それはできない、から。私も、もっとあなたと一緒に、いたい。離れたくない。あなたの、そばで、あなたと一緒に、もっと、色んなものを見たいよ」
「ユリア……ユリア……!」
 俺はただ名前を呼んだ。そうする以外に何もできない自分をひたすらに呪う。
「怖いよ、悔しいよ、悲しいよ……こんなに満たされてるのに、幸せなのに、嬉しいのに、でも、辛いよ、ヒロト……」
「逝かないでくれよ、なあ。もっと、俺だって、一緒に! ずっと、ユリアのことを、覚えていたいんだ!!」
「うん……うん、ありがとう、ヒロト。私の大好きな人。でも――だから」
 そっと、俺の頬を温かい指先がなぞり、目元を拭った。白い指先には、小さな水の粒がポツリと乗っかっていた。
 それを見たユリアは、満面の笑顔を浮かべた。
「……ありがとう、ヒロト。私のために、泣いてくれて。私のために、私を失う覚悟を決めてくれて。あなたのその涙だけで、私は救われるわ」
 はっと目元に手をやる。
 もう流さないと決めたもの。もう零すことはないと誓ったもの。それが、ほんの一滴だけ確かに流れていた。
 それを、とても大切なものを仕舞いこむかのようにぎゅっと手の平で包んで、

「ばいばい」

 強く、強く抱きしめる。力ない、存在の薄いその体を。
「ありがとう、ヒロト。私、あなたと会えてからずっと――」

――幸せだったよ。

 一陣の風が吹いて。
 俺の腕の中から、握った手の中から。
 光を、攫っていった。

「あ――」

 失った。
 あの温もりも、声も、香りも、笑顔も全部。全部、失った。
 今までここにあった。それが今はもう、ない。
 冷たい、冷たい風が、雪が、全身を苛む。
 あれ? だって、さっきまで全然、寒くなかったよな? なんで、そんな、急に。
「う、あ――」
 溢れてくる。今まで押し込めていたものが、全部、溢れてくる。
 頬が熱い。
 痛い。ああ、痛いよ、ユリア……泣きそうなくらいに、痛い。
 空を見上げる。雪が、火照った顔に舞い落ちる。その中の一粒が、目尻に落ちた。
「んだ、よ、ちくしょ」
 視界がぼやけた。雪が目に入り、溶けた。
 途端、意識がぐらりと揺らぎ、呼吸が詰まる。鼻の奥につんとした感覚。
 際限のないものが溢れてくる。その感覚に、もう覚えていないくらいに懐かしい感覚に、背中が震え、喉が強張り、心が、裂けて。

 ぱた、ぱたた

 滴る熱を帯びた雨音に覆いかぶさるように、今までそこにあった温もりにすがりつくように。体を曲げ、頭を抱え。


「――――――――――――っ!!!!」




「はっ!?」
 う……あ?
 ぼんやりとした頭で、辺りを見回す。部屋、自分の部屋だ。
「……涙」
 目尻が濡れている。どうやら、泣いていたらしい。
 理由は?
「夢……か」
 体を起こす。全身が気だるい。
 ぼんやりとした頭で、なんとなくカレンダーに視線を向けた。
 八月、三十一日に、バツのマーク。ああ、めくり忘れてたのか。つまり今日は。
「九月一日、か」
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