ABCまとめ9


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……痛い。
体の節々が痛んで、起きあがることが出来ない。
だが、俺は勝った筈だ。拳を握ることすら出来ない右手には、確かに勝利の記憶が残っている。

「勝った」

無意識の内に、そう呟いていた。
俺はまだ寝ている、だからこれは夢だ。そう思っていたから言った言葉なのに。

「ああ、ヒロト殿の勝利だ」
ぶっきらぼうなレンの口調に、自然と頬が緩む。
「じゃあ、レン……ユリアと……うちに……。お別れのパーティー……開くんだ……」
「断る」
「え……」
「ヒロト殿の顔など二度と見たくない」
「…………」
その言葉には、怒りも悲しみも憎しみもこめられていない。
「貴様のように自己中心的で、死にたがりで、頑固で、独善的で、往生際が悪くて、水虫持ちで、スケベで……」
酷いな……しかも水虫とか持ってないし・・・…。
「そんな……ヒロト殿がそんな人間だとしても、死に別れるとわかっている者と一緒にいて辛くならないわけがないだろう!」
レンの姿は見えないけれど、激昂している時の顔が目に浮かぶようだ。
俺はまた、大変な勘違いをしていたんだな……。
「ああ……俺は……また……」
断片的にしか言葉を紡げない俺を差し置いて、レンは続けた。
「それに、私には理解できない。いつもあれ程に大事にしていた妹すらも……見殺しにすると言うのだから」
「それはちが……」
「何も違わない。私は、最後の最後にヒロト殿を軽蔑する」
一旦厳しく突き放し、そして自ら救い上げるようにレンは口調を変える。

「……そして、僅かな敬意を捧げよう。納得などできはしない、だが私は勝負に負けた。姫様には私から伝えておいてやる。――そして」

さらばだ。

淡泊な別れの言葉、それが俺の聞いたレンの最後の言葉だった。

そして、俺の意識は再び闇に沈んでいく。




ぼやける視界に、まともに回らない頭、腹部に残る疼痛。
それが目覚めてすぐの俺の状態だった。
「……っ」
一分程経ってようやく目が正常な機能を取り戻す。
まだ体の感覚が完全に戻っていないのでわからなかったのだが、俺はどうやら板の間に仰向けになっているらしい。

ふに

「?」
そして、数秒経ちようやく体の感覚が戻ってから、後頭部に柔らかいものが当たっていることに気がついた。
そが何かと答えを探す前に、天井と俺を繋ぐ視線を遮るように、陽菜が顔を出した。
「ヒロ君、大丈夫?」
「陽菜……?」
陽菜が膝枕をしてくれている。
まるで暖かい海の中に浮いているように気持ちいい。
「うん、陽菜だよ」
「なんで……ここに……」
虚ろな問いに、陽菜は答えない。
俺の言葉を、心を、全てを包み込むような笑みを浮かべて、小さな手で俺の頭を優しく撫でた。
「全部聞いたよ。お疲れ様、ヒロ君」
「俺……パーティーの準備……無駄にしちまった……。俺のせいで……」
「もういいよ。美羽ちゃんも美優ちゃんも、絶対にヒロ君を責めたりしないから」
「……」
「あーあ、ヒロ君ともうちょっといちゃいちゃしたかったな」
陽菜が自嘲するように軽く笑って言った。
「俺もだよ」



皆、死にたくなんてない。
納得なんてしていない。

だが、陽菜も美優も美羽も、誰もが他人を助けることを優先した。
自分が生き残ったとしても、誰かが死んでいたら意味がない。そう言った。

罪悪感で互いを縛りつけているだけ、厳しく言えばそうなってしまう。
でも俺は、やっと幸せを手に入れられたことが、優しさに包まれて穏やかに過ごせることがとても嬉しかった――。
だからこそ、俺はこの選択をしたんだ。


今なら、貴俊が言っていたことがよくわかる。
どうせ死んでしまうのだとしたら、最後まで楽しんで消えていきたい。
悟っているわけじゃない、迫る恐怖を必死にかき消そうとしてるだけ。



ぽたりと、俺の頬に涙が落ちた。
「もう、ヒロ君と一緒に通学路を歩けない……お父さんとお母さんに、お帰りなさいって言ってもらえない……やだな」
少し指を動かすだけでも軋んで痛い腕を、陽菜の頬に向けて伸ばす。
再び零れそうになる涙を、拭った。
「涙は、良くない。陽菜には、笑って欲しい」
無理な注文かもしれないけれど。
「じゃあ、面白いこと言ってほしいな」
「…………」
俺は数秒考えて、
「熊さん、今から銭湯に行くっていうのに銃なんかもって……」
「これから戦闘に行くからさ」
渾身のオチを言われた。
「クス……ヒロ君……つまんないよ……」
「笑ってくれたね、陽菜」


魔法も何もできない、レンやユリアの気持ちも考えられない、そんな俺でも陽菜を笑わせることが出来た。
もう、それだけで十分だ。




全てが始まり、世界の終りが始まったあの河川敷に、ユリアとレンはいた。
「そう、大翔さん達はお残りになるのですね」
「申し訳ありません、姫様。私の力が到らないばかりに……」
二人の表情は決して明るくない、だがユリアはそれでも無理に笑顔を作ろうとして、逆に滑稽な顔になってしまっている。
レンは、そんな痛々しいユリアの姿を直視出来ず、自分の無力さを噛みしめるようにただ地面を穴が空くほどに見つめていた。
「私は結局、何がしたかったのでしょう」
「姫様?」
レンがふと顔を上げた。
「私は誰も助けられない……そもそも私は本当に誰かを助けたかったのか……ううん。
本当に助けたかったのは自分。私はこんな褒められるべき行動をしたんだっていう自己を満たす為の……」
「姫!」
ユリアの心は瓦解寸前にまで追い詰められている、不安定な笑顔のままにぼそぼそと呟き続けるその姿は傍目から見れば不気味なものでしかない。
だがレンは決して気味悪がったりすることはなく、ただユリアのことを純粋に思い、彼女を支えようと傍にかけより肩をゆする。
「ヒロトさんはそのことをわかってた……。だから残るなんて言い出した……私のエゴにまみれた助けの手なんて、誰も手に取ろうとしてくれない……」
「姫様!!」
そしてレンは。
従者として、決してしてはならないことをした。

パン!

「……っ!」
「姫様、申し訳ありません」
レンが、ユリアの頬を平手打ちしたのだ。
多少手加減はしている、だが温室の蘭のように大切に育てられたユリアには、それでもかなりの衝撃だっただろう。
「罰は後ほどいくらでも受けましょう。ですが今はどうか心をしっかりと持ってください」
「レンも、私を見放すのですか?」
「姫様!!」
ユリアはレンの言葉を聞いていない。
平手打ちをただの敵意として受け取り、ネガティブな思考から抜け出せないでいる。
「姫様っ! 私は姫様を見捨てたり致しません! この度のことは本人が覚悟した上で決めたこと、仕方が無かったのです!」
「仕方が無かった? そんな一言で全てが終わってしまうのですか?」
「そう、終わるのよ」
ユリアに誰に言ったかもしれぬ問いに答えたのはレンでは無い。
「美羽?」
「私だけじゃない、美優もいる」
「あ、あの……はい」
いつも通りに控え目な美優を従えるように、不遜を態度で表わすように美羽は立っていた。
世界の崩壊など知ったことでは無い、美羽の目はそう語っている。


「もしかして、私達と共に来てくれるのですか?」
わずかな希望に縋るようにユリアが顔を上げる。
だが美羽はその希望を手を振るだけで否定した。
「行かないよ。私には兄貴を見捨てるなんて出来ない」
「あの……すいません、私も……です」
「……そう、ですか」
再び与えられた絶望に打ちひしがれ、ユリアは膝から崩れ落ちる。
レンはその肩を支えながら多少の敵意をこめて二人を睨んだ。


「だったら、何をしに来た。そもそもこの場所を何故……」
「お兄ちゃんから聞いたんです……きっと、帰るならここからだろうって……」
「私達は兄貴の頼みで、これを私に来ただけ」
大翔の言う所の『贈り物』を、美羽は持ってきていたのだ。
それは、陽菜が思い出を残す為に使っていたビデオカメラだった。
「……これは?」
レンが腫れものを触るようにそっと受取る。
うっかり力を入れて壊してしまわないかと気を使っているのだろう。
過去にレンは、この世界に来たばかりの頃テレビのリモコンを握りつぶしたり電話のボタンを押し込みすぎて壊したりということをしていた。
「ビデオカメラ、ユリアなら……機械の操作とかは大体教えたことあるし、再生するくらいならわかるでしょ?」
ユリアは糸の切れた人形のようにぐったりとして、反応しない。
美羽はそこに苛立ちを覚えたようで、呆れて相手を小馬鹿にするような溜息をついてみせる。
「というか、私は世界の崩壊なんて信じてませんよ」
「お姉ちゃん……?」
「はん、ただのコスプレ趣味の二人が垂れ流してる妄想を真面目に受け取るほど私は聡明じゃないんです。
そもそもいきなりホームステイだのわけわからなかったし。兄貴が言うから我慢してたけど、もし私がセガールだったらこの一年間に十回は首ぽっきりやってたわ」
「お姉ちゃんっ!」
諌めようとする美優を無理やりに自分の背後に追いやって、美羽は続ける。
「帰るなら私達のことなんてどうぞ気になさらないでさっさとどうぞ。私達は死にませんから」
「美羽っ、言わせておけばのうのうと……!」
レンが剣を抜き放とうとして、柄にかけた手を細い指が押さえつける。
「姫様……!?」
「良いのです、レン」
美羽の言葉に命を吹き込まれたようにユリアは立ち上がり、決然と言い放った。
「美羽さん、美優さん。用事が済んだのならば、早々に立ち去っていただけませんか?」
「ええ、最初からそのつもり。行こう、美優」
さっさと踵を返すして歩いて行く美羽。その足取りに躊躇いは無い。
美優はおろおろと美羽とユリアに何度も視線を往復させ、最後に二人に向けてきちんとした一礼をして走り去っていく。

レンはやっと美羽の気遣いを理解した。
ユリアが先に気付いてからは、予定調和のお芝居。別れを悲しませない為の儀礼に過ぎなかったのだ。
本気で頭に血を昇らせていた自分を恥じ入り、涙をのんで空を見上げた。

恨めしいほどに、青い。

この世界そのものが、理不尽な運命を受け入れているかのようだ。

「……レン」
「はい」
不意に。ユリアが名前を呼ぶ。
名を呼ばれればレンは畏まって跪き、次の言葉を待つ。それは従者として決められた動作だ。
「……帰りましょう」
「はい」
レンは迷うことなく答えた。
主人が出した答えを従者のせいで有耶無耶にすることはできない、常にレンはユリアの傍にあり、ユリアを助け続ける。

大翔が自分を取り巻く世界を優先したように、レンも自分の生きる目的を、自分の生きる世界を守り続けよう、そう決めたのだ。


数分後、世界全体を一瞬の閃光が覆い尽くした。
この世界の人間の内の半分は、陽光の下太陽の光などと思い過しただろう。
幾分かは室内にいて気付かなかったかもしれない。
しかし、光を認識していようがいまいが同じこと。
その意味を理解していたのは、この世界に四人だけしかいない。





「あ、兄貴」
「お兄ちゃん……陽菜さん……」
「……おう」
「やっほ」

四人は偶然に出会った。
だけれど予め打ち合わせていたかのように美羽と美優が土手に座り、陽菜に肩を貸してもらっていた大翔も同じようにする。

緑の匂いが薄い川辺で、四人肩を並べる。

そのことに意味なんてなく、ただ誰も言葉を発さずに前を見ていた。




蒼穹の彼方に輝く世界の中で、人々の見る世界はそれぞれに違うものを柱として成り立っている。

だけれどこの四人は、皆で一つの世界を成り立たせていた。
誰にも踏み入ることが出来ない幸福の領域を、確かに存在させていた。

――例えば世界が滅ぶ直前にも。


「……終わるな」
「本当に終わるのかな?」
「たぶん」
「兄貴の言うことなんて信用できないって」
「お兄ちゃんは……どう思う?」
「俺は、理解してるから」
「どゆこと?」
「魔法は凄いってこと」
「わけわかんない」
「兄とはそういうもんだ」
「お兄ちゃんらしいね」
「兄とはそういうもんだ」
「ヒロ君のノリは時々わからないよね……」
「兄とはそういうもんだからなあ」
「ほんっと、わけわかんない……」


誰かがふと涙を流した。





学校の屋上にて、ノア・アメスタシアは倦怠期の夫婦のような気だるい空気を身にまといながら煙草を吸っていた。
「サイ・ミッシングか、はたまた私の力不足か……どちらにせよ、私には復讐も出来ないということか」
屋上の半分を占拠していた巨大な物体には未だに青いビニールシートがかけられたままとなっている。
というよりも、最早希望が無いと判断したノアが再びかけ直したのだが。

「ちーくーわー、ちーはちーくびーのちー。くーはクリ……うおあっ!」
珍妙な歌(?)と共に気のいい不良学生、黒須貴俊が屋上に乱入してくる。
彼はサボりに来た場所で教師と出会った驚愕と不運に目を見開いてたじろぎ、「失礼しましたー!」と回れ右をしようとしたところを「待て」とノアに呼び止められる。
「黒須、もうすぐ世界が滅びるぞ」
「……?」
貴俊はノアが何を言い出したのか理解できずに首を傾げる。
「もうすぐ、皆死ぬということさ」
ノアは棄てばちにそう言って煙草の灰を落とす。
だけれど貴俊は平然と「そーなんですか」と鷹揚に頷いて焼きそばパンを鞄から取り出した。
「冷静だな」
「だって、どうしようもないじゃないですか。どうしようもないならうまいもん食って死にますよ」
「……そうか」

空を仰いで煙を吐く。

ノアは誰にも聞こえないよう呟いた。

「時よ止まれ、この世界は美しい」













余談として、ユリアとレンが再生したビデオテープの中身についての話がある。

『…………あー、マイクテストマイクテスト』
『マイクとかないし、もうカメラ回ってるよ、ヒロ君』
(大翔、大げさに驚いてしどろもどろに話だす)
『まじか!? ……あー、何から言うべきか……多分このビデオを渡すってことは、ろくにちゃんと別れることもできなかったんだと思う。ごめんなさい!! ………………えっと、言うこと終わったかな?』
『早いよ! まだ30分くらい残ってるよ!!』
『あー、じゃあ……どうしよう。一曲歌うか?』
(小指を立てながらマイクを握るジェスチャー)
『おっけー』
『じゃあ、アリスのチャンピオンで』
『却下』
『なんでだよ?』
『せっかくこのテープをつぶして撮ってるんだから、もうちょっとマシな歌にしてよー』
『チャンピオンがマシな歌じゃないっていうのかよ……。そもそも陽菜がテープをそれ以外持ってないから悪いんだろうが……』
『むう、だったら土下座一本締めでいいよ、もう』
『え、土下座すんの?』
『うん』
『いや……いいや。レン、ユリア、じゃあな! 泣くなよ!』
『良くわかんないけど、まあいっか、パーティーの準備しよっか』
『ああ』
(しばらく大翔はフェードアウト、彼の妹なども交えたパーティーの準備をする様子が音だけで伝わってくる)
『あ、ビデオ回りっぱなしだー!』

(ここでこの映像は終わっている)
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