6章「schwarzschild《シュヴァルツシルト》」


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  6章「schwarzschild《シュヴァルツシルト》」

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  0 ~始末書~
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レンは目の前に積み上げられた膨大な始末書、報告書の山を見てウンザリしていた。

幸い情報規制によってマスコミなどに、今回の事件をリークされ、本土で報道されるという心配はなかったが、逆にこのことが、レジスタンスの問題を激化させている原因なのではないかとレンは考えた。

「あんたは下衆な自衛官に泣かされている女性の数を把握してるかい?」

レンは女性レジスタンスのノアが言い放った言葉を反芻していた。

自衛官の不祥事。

とくにこの北海道《バグネスト》では、監査の目が届かないのを良いことに、好き勝手に振る舞う自衛官が居るという噂は前から聞いていた。

同じ自衛官として情けなかった。

それ以前に、そのような輩がいるという事実が許せなかった。

そうして、レジスタンスの人質となったとき、あのノアという女性が居なかったら、レンは間違いなくレジスタンスに乱暴を受けていただろう。

そのことを思い出すだけで、背筋が凍る思いがした。

「減刑できればいいんだけど……」

報告書をタイプしながら、レンは呟く。

少なくともレンにとってノアは敵では無かった。

あの恐ろしいレジスタンスたちから身を守ってくれた唯一の存在であり、彼女の境遇を考察すると、同情はできても断罪することは出来なかった。

だがレジスタンスの一員であることに変わりはなかった。この事実だけは曲げられない。

引き取り手がくるまでここに拘留したのち、裁判のため本土に護送されるのだろう。

レンはノアが減刑を受けられるように、報告書はなるべく検事の心証が良くなるよう手を加えた。

それは、以前のレンからは考えられない行為だった。


生き残ったレジスタンスは六人。

リーダーのマンイーター含む八名はバグリーチャーによって惨殺された。

正確に言えば、マンイーターはバグリーチャーではなくゼロワンによって殺されたようなものだった。

それとは対照的に、自衛隊の被害はゼロだった。

皮肉なことに、レジスタンスの犠牲があった故に、レンらは助かったのだ。

それからシャクシャイン。本名を神野重蔵という元自衛官。

陸上自衛隊陸曹長であった彼の働きが無かったら、被害は更に拡大していただろう。

単身で四体のバグリーチャーを撃破するという快挙を成し遂げ、名誉の戦死を遂げた勇敢な戦士。

彼もまた、正確には戦死ではなく病死だった。

肺の病気を患っており、無理な運動が祟って肺に水泡が溜まり、呼吸困難に陥っているところへ更に無理を重ね、バズーカ砲の爆風による熱で肺が焼け、窒息して絶命したのだ。

医師の検査を受け、そのことを宣言されていたのに関わらず、シャクシャインは皆を守るために戦った。

その行為には頭が下がる想いでいっぱいだった。

彼の養女である美優はまるでシャクシャインの死を知ったかのように、レンの隣で泣き出した。

感受性が強い子なのだろう。

そうして美羽。あの少女の活躍も見逃せなかった。

ゼロワンの動作原理はレンにも分からない。

ゼロとは異なるコンセプトで設計されたゼロワンの詳細を知る者は牧野一尉くらいであり、この評価プロジェクトに搬入された事自体が謎だった。

だが、そのゼロワンのおかげでチームは九死に一生を得た。

美羽が操るゼロワンは、圧倒的劣勢だったゼロとバウンザーを助け、勝利に導いた。

そうして今回はシャクシャインに救われた。

学徒自衛官ばかりで構成されるツーアイズチームとは言え、自衛隊の面目丸潰れである。

レンはチームを救った英雄。この親子を見捨てようとしていた自分を心から恥じた。


始末書と報告書の作成は丸一日費やしても終わる気配はなかった。

陽菜を始めとする技術チームはゼロとバウンザーのメンテナンスに奔走し、護衛チームは合流した釧路の機甲部隊より補給を受けていた。

みな忙しく、手が空いてる者など居なかった。

レンは美羽と美優の処遇に困っていた。

このまま網走難民キャンプに登録して置いてゆくのが最良の選択であることは承知していたが、二人がそれを納得するはずが無いと分かっていたので頭を抱えていた。

「かといって、摩周の廃屋に戻すわけにもいかないし……」

レンは美優のことがなにかと気に入っていた。レジスタンスから解放されたあと、居住モジュールから這い出してきて、レンの緊張をほぐしてくれた存在。

自分よりも弱く、守ってあげなくてはならないと思った美優は、レンにとってかけがいのない存在だった。

そうして、戦士としてのシャクシャインと美羽も、いまでは尊敬し感謝できる。

自分でも丸くなったとレンは驚いていた。


「どうしたんだい? ニヤニヤして」

疲れた風貌を隠さずに、大翔がトレーラーに乗り込んできた。

「あ、結城二尉。いえ、あの子達をどうしようかと思って」

「あの子たち? ああ、美羽たちのことか」

「はい。このまま難民登録してキャンプに移送するのが一番なんでしょうけど……」

そう言うレンの言葉には、そうしたくないという想いが込められていた。

「そんな一番は却下だよ。そうだな。美羽と美優は機密保持のためにプロジェクト終了までチーム内に拘置するよう手筈してくれ」

「結城二尉」

「俺たちと一緒じゃ危険かもしれないが、あいつらはそんなにヤワじゃない。それに、ゼロワンを動かした実績のある美羽をこのまま放っておくわけにもいかないだろう?」

「あ、はい、そうですね。確かに。でも美優ちゃんは」

「ええ? ま、まさかあの二人を引き離そうだなんて……。レンくん。キミってやつはそんな酷いことができるのかい?」

芝居がかった大翔の口調。以前ならイラついていただろうが、いまでは受け流せる。

「いえ……、できませんよ。分かりました。美羽さんは自衛隊生徒の現地編入という形で手続きを取ります。階級は三等陸士でよろしいですね。美優ちゃんは美羽さんの扶養家族および、プロジェクトの機密保持のため、本プロジェクト終了まで拘置するよう手配します。これでよろしいでしょうか?」

「完璧だよレンくん。どこでそんな悪知恵を身に付けたんだい?」

「悪知恵だなんて人聞きの悪いこと言わないで下さい」

「冗談だよ。美羽たちの件、ほんと助かる。サンキューな」

「そう思うのなら、これを手伝ってください」

レンは始末書を半分、大翔に手渡した。

「なにこれ?」

「始末書です。コードS使用の件、レジスタンスにゼロワンを奪われた件、民間人に武器を奪われた件、レジスタンスとは言え民間人を死傷させた件、エトセトラ、終わるまで眠らせませんよ」

「了解了解。それにしても眠らせませんって、レンくんってば積極的だねえ」

「バカなこと言ってないでお願いします」

もはやこの程度のセクハラには動じないレン。彼女もまた成長した。

カタカタカタとタイプする音が、夜の帳に延々と響く。

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  1 ~目的地へ~
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レジスタンス襲撃から二日後。

始末書と報告書を提出し、補給と修理も済んだツーアイズチームに、陸自のトップである大倉陸幕僚長より直々の命令が下った。

レンは命令書を見て、ついに来たかと思った。

この実験のキモであり、本来の目的を果たすだけなのだが、レンは気が重たかった。

「どうしたのレンおねーちゃん」

美優が居住モジュールから這い出してきた。

身体の弱い美優は、医師の診断により、この防塵処理が完璧な居住モジュールに居るのが最良という判断を下され、レンと同居していた。

そうしてレンは、美優に「おにいちゃん」ではなく「おねえちゃん」と呼ばせることになんとか成功していた。

「なんでもないのよ美優ちゃん。もう勉強は終わったの?」

「おわったよー」

「本当に? 見せて」

レンは作業の合間を見て、満足に教育も受けていないだろう美優に勉強を教えていた。

美優は飲み込みが早く、湯水のごとく知識を吸収していった。

「すごい。全問正解だわ」

レンは美優から受け取った算数のドリルが入ったノートパソコンの画面を見て驚嘆した。

解き方とか詳しく指導してないのにどうしてここまで理解できるのか不思議だった。

理由は簡単。

ユリアが至極丁寧に教えているのだ。

ちゃんと答えが導き出せるよう美優のペースに合わせてしっかりと教えていた。

決してユリアが答えを教えるというズルはやっていない。

「すごいわね。それじゃあコレやってみて。今度は難しいわよ」

レンは今まで小学生の算数ドリルを渡していたが、今度は中学の数学レベルまでランクを上げた。

「うんわかった。やってくるー」

美優は、ドリルの入ったノートパソコンを受け取ると、居住モジュールへと戻った。

「天才かもね。あの子……」

指折りの足し算と引き算しか知らなかった美優が、たったの二日で中学教育で行なわれる数学の問題を解こうとしているのだ。

この分だと高校生レベルに到達するまで一週間とかからないかもしれない。

レンが美優を天才だと思うのも無理はなかった。


美羽は学徒自衛官たちのウケが良かった。

この北海道《バグネスト》で、一〇年間サバイバル生活を送ってきたのだ。

その生活の知恵と工夫は訓練を受けた自衛官が舌を巻くほどであった。

美羽独自の格闘術は荒っぽいが実戦向きで、女の子だと思って舐めてかかると大怪我を招きかねない。

その体術の練度から、シャクシャインに相当鍛えられていたことが容易に想像できた。

大翔や、格闘技の有段者が美羽に手ほどきを見せるが、手加減などする余裕も無く、油断すると足元をすくわれかねない勢いだった。

だから学徒自衛官はみな真剣かつ面目を保つために必死だった。

女の子である美羽を中心に乱取りの輪が広がる。

「美羽さんって恐ろしく強いんですね」

メンテナンス作業が終って一息ついた陽菜が大翔のとなりでそう呟く。

「男はバカで単純だから、女より弱いっていうのは我慢ならんのだろうよ」

「でもほんとに美羽さんは凄いですね。あの筋肉お化けの平田士長を投げ飛ばしましたよ」

「実は俺も一度投げられたけどね」

「えっ! 結城二尉を投げ飛ばしちゃったんですか!」

「油断した。いや、ホント舐めてかかったら負けるね実際。足元すくわれるよ」

「強いんですね。美羽さん」

「ああ、面目丸つぶれだよ」

「結城ニ尉も強いと思いますよ。少なくともわたしは、その……」

陽菜は顔を真っ赤にしてうつむいた。

「気休めはいいよ」

「そんなことないですよ。ゼロに乗った結城ニ尉は格好いいと思いますよ」

「ん? なに? 惚れちゃいそう? 困ったなそりゃ」

「アハハ、やっぱり迷惑ですよね」

「えっ?」

「なんでもないです。冗談ですよ」

冗談と言う割には陽菜の表情は笑っていなかった。大翔も鈍い訳ではないので陽菜の気持ちに気付き、どうしようかと悩んでいた時、運良く彼を呼ぶインカムの呼び出し音が聞こえた。

すこしだけほっとする大翔。

「もしもしどうしたの?」

大翔はインカムを耳に当てて話し始めた。

「分かった。すぐに向かうよ」

通信を終えた大翔は、いかにも残念そうな顔をした。

「レンくんに呼び出し食らっちまったよ。行ってくる」

「そうですか……。いってらっしゃい」

走り去る大翔を見送る陽菜の表情は、どことなく暗く、大翔は少し申し訳ない気持ちを抱きつつトレーラーに向かって走り始めた。



トレーラーに乗り込んだ大翔を待っていたのは、憂いた表情で物思いに耽るレンの姿であった。

「あっ、結城二尉。急に呼び出して申し訳ありません」

「どうしたの。元気ないね?」

「いえ、司令部から作戦指示書が届きました」

レンは印刷した指示書を大翔に手渡した。大翔は受け取った指示書をざっと眺めた。

「おいおい、これは……」

「そうです。ツーアイズプロジェクトの真の目的はそれです」

「し、レンくんは知ってたのか?」

「一応……、ですが本意ではありませんよ」

「あの内容物が極秘扱いだったトラックが一台あったよな。コードSでも解除できなかった奴。あの中か?」

「はい。そうです。投棄実験用に、高濃度放射性廃棄物を積んでいます」

「そいつをブラックホールに捨てるわけか?」

「そのためにゼロは開発されました。インテリジェンススーツ。シュヴァルツシルト半径付近でギリギリの作業を行うために開発されたのがゼロです」

「ゼロはバグリーチャー殲滅兵器じゃなかったのかよ?」

「それは後付けの機能です。バグリーチャーの存在が確認された昨年。急遽、対バグリーチャー迎撃機能を追加して、名称もインテリジェンスインパクトスーツに改められました」

「なんてこった」

「すいません。いままで黙っていて」

レンは申し訳なさそうに呟いた。

「守秘義務があったんだろう。別に気にしちゃいねーよ」

そんなレンを気遣うように、大翔は答えた。

「それじゃあゼロワンはなんだ? 一体なんのために作られたんだ?」

「それは私にも分かりません。どうして美羽さんやレジスタンスに動かせたのかも、いまだに分かりません。ただ、ゼロとは異なり、純粋にバグリーチャー殲滅を目的として作られたということと、現在のテクノロジーでは作成困難、いえ、作成不可能な機体と言うことだけは分かっています」

「作成不能の機体をどうやって作成したんだよ」

「わかりません。ですが巨大な原子核によるフレームを作る技術を人類は持ち合わせていません」

「そうか……。まだなにか裏があるのか。なんか胸くそ悪いな畜生!」

大翔はフロントガラスを拳で叩いた。

「どうしましょうか?」

遠慮がちにレンが尋ねる。

「なにを?」

「もちろん指示書に書かれた作戦のことです。実行しますか?」

「するしかないだろ。死ねという命令以外は服従するさ」

大翔はシートのリクライニングを倒し、ふて寝した。


明朝。

一部の士官にだけ実験の詳細が伝えられ、プロジェクトの最終テストが実行に移された。

目的地は旭川にあるシュヴァルツシルト門《ゲート》だった。

厳重な警戒網が張られ、一個大隊に相当する兵力が駐留していた。

それほど重要な拠点なのだ。

網走から門《ゲート》のある旭川までの移動中、指揮車両内には沈黙が訪れていた。

実験には大倉陸幕僚長も同席するという。それくらい重要な試験であると言えた。

憂鬱な気分を隠そうともせず、大翔は無言でトレーラーを運転する。

その隣で、複雑な顔をしたレンが、ノートパソコンの画面を見つめていた。

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  2 ~ユリアの理由~
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ユリアにとって一瞬も永遠もそう大差は無かった。

寿命と言う概念がないルジミオンにとって、生きるということは、なにかを探求し続けることと同義だった。

そうしてこの地、地球は刺激が豊富だった。

有機生命体の美羽と美優に出会えたことはユリアにとって旅の目的以上に有意義だった。

出会ってまだ数日しか経っていないが、時間では計れない価値というものを、彼女は見出していた。

そうして、彼女の旅はもうすぐ終わる。

彼女は見つけてしまった。

凶悪なベム《バグリーチャー》を殲滅する兵器。

ツーアイズ・ゼロワンを。

このマシンを持ち帰り、量産すれば、ベム《バグリーチャー》の脅威から同胞を救うことができるだろう。

初めてゼロワンと同化したとき、ユリアは懐かしい感覚を覚えた。

まるで銀河の中心――。

ルジミオンの故郷、巨大な機械のゆりかご、ノイアベースに居るかのような、そんな錯覚に陥った。

ゼロにも同化したユリアだが、ゼロではその感覚を味わうことは出来なかった。

(――わたしたちルジミオンの技術が使われている?――)

ユリアはそう考えてみたが、この地球上はおろか太陽系全域に思考のアンテナを伸ばしても、仲間の気配は感じられなかった。

もし仲間がいるのなら、ユリアの呼びかけに応えるはずだった。

「ねえねえ、この問題のときかた教えてよ」

ユリアの思考を遮るかのように、美優の、人間にしては強力な思考と言語がユリアの中に割り込んできた。

(どこが分からないの? 見せてみて)

ユリアはノートパソコンに表示される数式を眺める。

幾何学の初歩だったが、僅か三日足らずで、美優は小一レベルの問題から中学レベルまで解けるようになっていた。

(学力では美羽を抜いたかもね)

「ほんとう? おねえちゃんより頭よくなったの?」

(そうね。恐らくこの問題は美羽には解けないでしょうね)

「おねえちゃん、勉強きらいだから」

シャクシャインにサバイバル術を徹底的に叩き込まれた美羽。

それでも読み書きと、生活に必要な知識は学んでいる。

だが、物理や数学などは、頭が痛くなったので、美羽はなるだけ敬遠してきた。

(いいのよ。これから幾らでも学べるわ。美優も美羽も。ここにはその設備が整っているわ)

「もうおうちには帰れないのかな……」

寂しそうに美優がつぶやく。

(すぐに帰れるわよ)

「ほんとうに?」

(多分……ね。それより解き方分かった?)

「うん。Yをここに代入するんだよね」

ぶつぶつと美優は呟きながら、再び算術に没頭した。

やり方さえ分かると、美優はすぐに熱中して問題を解いていった。

そんな美優をユリアは優しく見守っていた。


美羽をどうするか。それがユリアの悩みの種だった。

ゼロワンを持ち帰るのは良いとして、パイロットが居なければ、ベム《バグリーチャー》の殲滅は不可能だろう。

ユリアだけでもゼロワンを動かすことはできる。

ただし、武器のトリガーを引くことは出来ない。

優しすぎるルジオミンは、他者を傷付けることが出来ない。

それがいかに憎い敵であろうとも。

長い進化の末、闘争本能を失ってしまったのだ。

その点美羽を始め、この地球の野蛮さには、驚かされた。

まさに蛮族と言いたいところだったが、今はその彼らの蛮勇が渇望されていた。

美羽をルジミオンに連れて行くか?
ユリアは迷った。

ルジミオンの技術があれば、美羽を生きながらユリアの故郷に連れて戻ることは可能だった。

そうして美羽の協力を得て、ベム《バグリーチャー》を撃退し、その隙に不安定になったブラックホールの制御装置を復旧する。

ブラックホールが安定さえしてしまえば、もう二度と再びベム《バグリーチャー》が現れることはないだろう。

そうして美羽を無事に地球に送り届けることも可能だ。

ただ、特異点が閉じてしまった場合。

美羽を地球まで届けるのにかかる年月は、一億年以上かかる計算になった。

すなわち、美羽を連れて行くということは、百年足らずしか寿命を持たない有機生命体である美羽に、美優や地球の人々と今生の別れの決断を迫らなければならなかった。

どれだけ考えても、良い案が浮かばなかった。

美羽が年老い、地球に未練が無くなったころに連れて行くという手もある。

それくらいの時間を待つことは、ユリアには可能だった。

だが、若く、精力に漲るいまの美羽だからこそ、ゼロワンに搭乗できるのだ。

年老いた美羽を乗せたらなら、あのマンイーターというレジスタンスのようにショックで死んでしまうだろう。

思考はループし、結論は出そうに無かった。

意識を美優に向けると、何時の間にか眠っていた。

数学のドリルを解き終わり、達成感に浸って寝息を立てていた。

ユリアはカプセルから実体ホロを照射し、実態を持つ姿になると、美優に毛布をかけてやった。

「おとうさん……」

美優の寝言がユリアの胸を刺す。

本当の両親と、養父シャクシャインを失った美優。

そうして姉である美羽までも失ったら、美優の悲しみはどれほどのものになるのだろうか。

そのことを考えると、ユリアには美羽をルジミオンへ連れて行くことなど、とてもではないが出来なかった。

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  3 ~つかの間の休息~
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ちょうど日が暮れた頃に、ツーアイズチームは門《ゲート》がある基地の到着した。

基地は広く、宿舎には予備の部屋も充分に確保してあったので、久しぶりにキャンプではなく、室内でゆっくりと睡眠が取れることになった。それよりも嬉しいことに、そこには大浴場があった。

車両での移動実験だと、どうしても水不足となり、シャワーの回数も限定される。女性は優遇されていたが、それでも一日に一回。五分間だけという厳しい条件下でやりくりを行ってきた。

そうして男性に至っては、夕食後に蒸しタオルが手渡されるだけだった。

それで汗を拭き取れということだった。

パイロットの大翔でさえ、戦闘後に蒸しタオル二枚支給されるだけで、通常はみなと同じで一日タオル一枚という有り様だった。

そんな理由で、男性用の大浴場は、さながら芋洗い場と化した。

ツーアイズチームの男性自衛官が入った後の浴槽は真っ黒に変色しており、清掃員をげんなりさせた。


女性陣は、美羽、美優、レン、陽菜、それから医療チームの田島看護師の五人しか居ないので、大浴場で、ゆったりと汗を流すことができた。
一児の母であり、ふくよかかな体型の田島看護師は、美優を我が娘であるかのように可愛がった。

「うちのバカ息子に比べたら美優ちゃんは天使だね」

「田島さんのご子息はおいくつなんですか?」

他人に干渉しない性格だったはずのレンが、柔和な態度でそう尋ねた。

「このあいだ一二歳になりました。来年は中学生になります」

「敬語はやめてください。少なくとも今くらいは」

「そうかい? そりゃあ助かるよ。でもお堅いと思っていたロバイン三尉も変わったもんだね」

「そうね。レンは変わった。初めて会ったときとは別人みたい」

美羽が同調する。

「そんなことないよ。レンおねえちゃんはやさしいよ」

美優がレンを擁護するが、二人の言っていることは事実だった。

陽菜はレンに対する言及は控え、ひきつった笑みを絶やさす、美羽たちが地雷を踏まないように願っていた。

プロジェクト発足当時からつい最近まで、レンはチームのメンバーに距離を置いていた。

選民意識ではないが、どこかで下士官、学徒自衛官らを見下していた傲慢さがあった。

それは技術将校ゆえのコンプレックスだったのかもしれない。

当時はそのことにに気付きもしなかったので、こうして客観的に自分の過去を振り返ると、ホントに嫌な女だったと、レンは苦笑した。

「いいのよ美優ちゃん。本当のことだから」

「気にする必要は無いわ。いまのレンは好きよ」

美羽は本心からそう思っていた。

シャクシャインを失った美優に対するレンの気遣いには感謝していた。

「ありがとう美羽さん」

「レジスタンスに襲撃されたのが、心変わりのきっかけみたいだね」

田島の言葉は図星だった。

「そうですね。そうかもしれません」

「結城二尉はいい男だね。アタシがもう一〇歳若かったら放っておかないよ」

「な、結城二尉は関係ありません!」

「本当か? レンが要らないと言うのならわたしが貰うぞ。それでもいいの?」

「いいなー。美優もおにいちゃん欲しいなー」

「あんなひと、ぜんぜんタイプじゃありませんっ!」

レンはそう言うと立ち上がり、浴槽から出ようとした。

「わたしもっ!」

髪をしばったまま、美羽が浴槽から出る。

「え? ちょっと美羽ちゃん。髪の毛は洗わないの?」

いままで黙っていた陽菜が驚いたように尋ねる。

「大丈夫よ」

「おねえちゃんは髪の毛洗うのが嫌いなんだよー」

「こら美優! 余計なことを言わないでよ」

脱衣所へ向かおうとする美羽の肩を、がっちりと掴む腕が二本。

陽菜と田島が美羽を両サイドから押さえ込む。

「何のマネよ?」

だが陽菜と田島はそれに答えず、不敵な笑みを洩らすだけである。


恰幅のある田島に身体を押さえ込まれた美羽は身動きが取れなかった。

護身術を使って投げ飛ばすことはできたが、流石にそれをするのはマズイという分別くらいは持っていた。

美羽は観念して二人のやりたいようにやらせた。

髪を洗い、コンディショーナーで整え、身体も隅々まで磨き上げられる美羽。

ようやく風呂からあがって脱衣所に逃げ出しても、今度は仕上げが待っていた。

ドライヤーで優しくブローして髪の毛をセットする。

数十分後には、美優に負けず劣らず可憐な少女が完成した。

ツインテールをやめて、ウェーブのかかった髪を少しだけ編み込んでリボンで整えた髪形は、どこかの令嬢かお嬢さまのように上品に仕上がっていた。

そうして官給品とは思えない純白のパーティドレス。靴もドレスに合わせた白いミュールで、履き慣れない靴に足首を捻りそうになっていた。

「もう気が済んだ?」

機嫌が悪そうに美羽が呟く。

「おねえちゃん綺麗。すごいすごい!」

見事な変身を遂げた美羽を誉めたのは妹の美優。

偽りではない本心からの感想である。

「まさかここまで化けるとは。いやはや女の子だよ」

田島も嘆息を洩らす。陽菜もまたこの変貌ぶりに舌を巻いていた。

「レンおねえちゃんはこれを着てね」

美優が着替えの中からメイド服を取り出す。なぜこんなところに置いてあるのか不明だったが、あるものは仕方がない。

「じょ、冗談でしょ」

「いままで着てた服は洗濯してしまったので、ここにあるのを着るしかなさそうですよ」

陽菜はそういうと、自分は無難な格好の着替えを取り出しそそくさと着替えた。

「美優はこれを着ようっと」

消去法で残ったのはメイド服のみ。

「ほ、他にはないの?」

「バニーガールの衣装ならあるみたいですよ」

陽菜がバニーの耳飾を頭につけてにこりと微笑む。

「メイド服で……」

レンは観念してメイド服を着ることにした。とりあえず部屋に行けば着替えがあるのでそこまで我慢すればいい。

そう思って着替えたまでは良かったのだが、全員が着替え終って浴室を出ようとした瞬間……。

宿舎内に警戒態勢を示すサイレンが鳴り響いた。

この浴槽内にもその音が聞こえてくる。



警報は特異点反応を示すものであった。

すでに風呂から上がっていた男性自衛官たちは、作戦会議室に同席を許可してもらい、基地司令の説明を聞いていた。

それに遅れるように美羽たちがやってくる。レンはメイド服を着たままの状態で、自衛官らを唸らせた。

「なんだおまえたち。特にレンくん。実はそういう趣味の人だったの?」

メイド服姿のレンを見た大翔が素直な感想を述べる。レンに対しお堅いイメージしか持っていなかったので、このギャップはとても嬉しい誤算であった。

「着替えがこれしか置いてなかったんです」

レンは自衛官らの痛い視線を一身に受けながら、作戦内容を拝聴した。

「なあ。本当のところどうしちまったんだ。あれは?」

突如としてメイドに変身したレンを見た大翔が、したり顔の陽菜に声をかける。

「内緒です。ちょっとした悪ふざけだったんですけど、警報が鳴って着替える暇が無かったんです」

「陽菜くんも意地悪だねぇ」

「そんなんじゃありません」

陽菜はなんと言い訳しても無駄だと悟りつつも、弁明を怠らなかった。


会議はすぐに終わった。

特異点より現れるであろうバグリーチャーの殲滅は、この旭川基地の戦力より捻出することになり、ツーアイズチームは予定通り実験を行うこととなった。

慌ただしくなった基地の中、ツーアイズチームだけがやることもなく、広い会議室に取り残された。というより、別命があるまで待機という命令が下されたのだ。

基地から、何台ものトラックと特殊装甲車両が出動して行く。

この基地にはツーアイズチームの一〇倍以上の戦力が駐留していた。

この数をもってすれば、バグリーチャーの一〇体や二〇体は、容易く殲滅できるだろう。

「我々は何もしなくていいんでしょうか?」

陽菜が大翔に尋ねる。

「休むのも仕事の内だ。明日になれば嫌でも神経をすり減らす作業を行わなければならないんだ。ここは大人しく旭川基地の連中の手並みを拝見しとけばいいさ」

「そうですね。それではゼロの廃棄運用プログラムの見直しをやっておきますね」

「手伝おうか?」

「いーえ。結構です」

陽菜は席を立ち、自分にあてがわれた部屋へと向かった。

その陽菜に続くかのように、他のメカニックたちも宿舎へと戻っていった。

「ねえおねえちゃん」

「どうしたの美優?」

美優は美羽に耳打ちする。ユリアが話したいことがあるというらしい。

「わかった。わたしたちも部屋に戻る」

「レンおねえちゃん。ヒロおにいちゃん。おやすみなさーい」

「おう、おやすみ」

「おやすみなさい」

美優は美羽の背中を押すように、会議室から出て行った。
結局その場に残ったのは、大翔とレンの二人きりになってしまった。


コーヒーを飲んでいた大翔とレンの安息を妨害するかのように、警戒警報のサイレンが鳴り響く。

「今度はなんだ?」

「一体どうしたんでしょうね」

レンは席を立ち、内線電話の受話器を取る。

「また、特異点が発生したそうです。第四、第七観測所から通報があったそうです」

レンは受話器を置きながらそう言った。

「やけに多いな」

「異常ですよね。まるで実験を阻もうとする意思でもあるみたい……」

「まあどのみち第三から第九観測所まではこの基地の管轄じゃないからな」

「そうですね。でもバグネスト方面隊の全軍が動きそうな勢いですよ」

「この基地には戦力は温存されてるんだろう?」

「はい、実験の守備隊として二個中隊が駐留してます」

「それだけでも俺たちの戦力の四倍はある。なんとかなるんじゃない」

「そうですね。そうだといいんですけど……」

レンは冷たくなったコーヒーを飲み干した。

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  4 ~孤立するチーム~
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翌朝。

各地での特異点反応は尚も増大中で、いつバグリーチャーが出現してもおかしくない状態が続いていた。

それでも実験は予定通りに行われる。

門《ゲート》が建設されて五年猶予。

一度も開くことが無かったシュヴァルツシルト門《ゲート》の扉が、いままさに開こうとしていた。

門《ゲート》の手前に建設された管制塔の中には、プロジェクトを立ち上げた大倉陸幕僚長以下、幹部たちが勢揃いしている。

そこにはプロジェクトリーダーの牧野一尉の姿も見えた。


レンは高官たちを前に、緊張した面落ちで実験スケジュールの説明を始めた。

すでに門《ゲート》の前では大翔がゼロに搭乗して待機している。

その脇には高濃度放射性廃棄物を格納したトラックが待機しており、荷台から廃棄物を密閉したケースを運び出す作業を行っていた。

「お渡しした資料にありますように、シュヴァルツシルト半径での作業を行う上での複雑な計算をスタンドアローンで行うため、ゼロは開発されました」

「ロバイン三尉。その辺は皆さん分かってらっしゃるから、実験を始めてくれないか?」

レンの説明を遮り、牧野一尉がそう急かした。

「分かりました。それでは実験の手順を説明します。まず、ゼロが廃棄カプセルを持って門《ゲート》に突入します。そうして門《ゲート》内に接地された投棄用リニアドライバーに廃棄カプセルをセットして、ブラックホールに向けて射出します。これを計一二回繰り返し、ブラックホールより放射される回転エネルギーを利用して発電を行います。廃棄カプセル一二基投棄によって得られるエネルギーは約三〇億キロワット。我が国の年間消費電力と同等かそれ以上となります」

レンの説明に高官たちから嘆息の声が聞こえた。

なにせゴミを捨てるだけでエネルギーが手に入るのである。

しかもその数値は尋常じゃない。

さらに有害なゴミまで処分できるという。

日本は世界中の産業廃棄物を処理する利益と同時に、世界最高の電力保有国家となり、電力を輸出することで経済を潤すことが出来るのだ。

これは国家規模の大事業であった。

今日はその無限の富を得る利権が、机上の空論で終わるのか、実現するのかの大事な見極めの日だったのだ。

実験の遅延や失敗は許されない。

そうして、このブラックホールを利用したエネルギー抽出理論は、虎宮沙良博士が提唱したものだった。

一〇年前の実験当事、博士は東京に居たため無事だったという。

博士は実験の失敗を糧に、このプロジェクトを推進した。

北海道を全滅に追い込んだ張本人を更迭せず、再び博士のプランを実行する。

そんな政府の思惑など、ただの一士官に過ぎないレンには分かるはずもなく、その博士の理論が間違ってないことを願うのみだった。

一〇年前の悪夢の再来だけはゴメンだった。


実験開始一時間前。旭川基地に警報が鳴り響く。

基地より北西一キロ付近に特異点反応が現れたのだ。

だが、実験は中止にならなかった。

旭川基地に残った残存兵力の全てを特異点に向けて出撃させた。

数十台の特殊車両が砂塵を撒き散らしながら基地を後にして行った。

基地はまるでもぬけの空だった。

唯一。

ツーアイズチーム専属の護衛チーム、村雨二尉以下二四名だけが基地内に展開していた。

しんと静まり返る基地は、少々不気味な雰囲気をかもしだしていた。

すでに廃棄物を積んだトラックからは、全ての廃棄カプセルが搬出されていた。

このカプセルの一つでも破損したら、基地はおろか、北海道《バグネスト》全域が汚染されるだろう。

それだけはなんとしても避けねばならなかった。

;(BGM:OFF)
;(背景:フェードアウト)


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;(効果:センタリング)
  5 ~空からの刺客~
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;(BGM:)
;(背景:)


実験開始予定時刻、三〇分前。

もうここまできてしまったら後戻りは出来なかった。

そうして、そのことを見計らったかのように、特異点よりバグリーチャーが出現を始めた。

観測史上最大の規模だった。

道内四個所に発生した特異点から数十体のバグリーチャーが現れたのだ。

その数およそ五〇体。

しかも、そのうちの約半数は初めて観測される飛行タイプのバグリーチャーであった。

強力な時空と磁場の乱れにより、北海道《バグネスト》の領空はよほどの高度を保たないとフライトは不可能だった。

計器が乱れ、コンピュータが暴走し、姿勢制御を保つことが出来ずに墜落する恐れがあるからだ。

本来バグリーチャーのような敵を殲滅するには攻撃ヘリが最良と言われていた。

だが、時空と磁場の乱れにより、北海道《バグネスト》での運用は不可能であったため断念せざるを得なかった。

そうして、いままでバグリーチャーはすべて陸上歩行型だったため、自衛隊も陸戦兵器で対応できると油断していた。

だが、まるで狙い済ましたかのように、その凶悪な敵であるバグリーチャーは、飛行能力と言う厄介な性質を持って、襲い掛かってきた。

各守備隊から、対空砲火をすり抜けて、防衛ラインを突破されたという報告が入る。

その報告は、バグリーチャーを研究してきた者にとって衝撃的な行動だった。

バグリーチャーの特性。

一番近くの生命体を襲うと言う共通の特性。

その定説が破られたのである。


「飛行タイプのバグリーチャーは全部、この基地を目指しているとの報告が入りました」

管制塔の通信士が報告する。

「連中の到達までどれくらいかかるというのだ?」

大倉陸幕僚長が重い口を開いた。

「一番早い地区からだと一〇分です。その個体数は六です」

「そうか。ならば護衛部隊の武器を対空用に換装急げ。それからゼロワンを使え」

「幕僚長!」

牧野一尉が慌てて、大倉幕僚長の前に飛び出す。

「報告は聞いているよ。正式名称ツーアイズ・ゼロワンだったかな。報告によると二度出撃したそうだな。動かせるのなら出撃させればいい」

「ゼロワンにはまだ不安要素が多すぎます。実戦データも揃っていません」

「おかしなことを言う。ゼロワンはキミが創ったんじゃないのかね? いいから出撃させるんだ。これは命令だ!」

大倉陸幕僚長は有無を言わせぬ迫力で、牧野一尉の進言を一蹴した。

「分かりました。どうなっても知りませんよ」

「馬鹿なことを言うな。どうかなった場合、責任を取るのはお前たちだ。まさか使えもしないガラクタを開発したわけではあるまい」

牧野一尉はぐうの音もでなかった。

「こちら実験プロジェクト進行チームのロバイン三尉です。沢井一曹聞こえますか」

『なんでしょう? ロバイン三尉』

「ゼロワンを出撃させます。美羽さんに連絡してください」

『ゼ、ゼロワンを動かすんですか?』

「緊急事態です。そちらにも情報はいってると思いますが」

『わ、わかりました。すぐに連絡します』

レンは通信機を元に戻すと、牧野一尉の元へと向かった。

「先輩もゼロワンのことについて知らなかったんですね」

「面目ない。対バグリーチャー殲滅兵器ということしか分かっていない。その設計思想は限られた天才にしか理解できないだろう。少なくとも私には理解不能だった」

がっくりとうなだれる牧野一尉。

レンはそんな牧野一尉を尻目に、大倉陸幕僚長に向き直った。

「幕僚長殿。ツーアイズチームの責任者は私です。もしもゼロワンがバグリーチャーの迎撃に失敗したなら、その責任は私が取ります」

「おまえごときの首ひとつで収まる問題と思っているのか? まあいい。それよりも実験を続けたまえ」

大倉陸幕僚長は、バグリーチャーのことなどどうでも良いと言わんばかりに、実験の再開を促した。


美羽はユリアの思念波によって、バグリーチャーに防衛ラインを突破されたことなどを聞かされ、命令より早くゼロワンの元に駆け付けていた。

「空からの敵をどうやって叩くの?」

(予備のリニアドライバーが格納庫に収納してあるわ。それでゼロワンを射出してもらい、グライダーユニットで滑空して対応するわ)

「荒っぽいやりかたね」

(怖くなった?)

「まさか、一匹残らず叩き落してやるわよ」

(頼もしいわね。グライダーユニットを換装するわ。あなたは沢井一曹にリニアドライバーの準備を依頼して)

「わかった」

美羽はトレーラー内に居る沢井にリニアドライバーを用意するよう頼んだ。

美羽の口から空からのバグリーチャーの迎撃方法を聞いたとき、陽菜は一瞬言葉を失った。

だが、限られた時間では、それ以外に有効な作戦が無いと判断し、旭川基地の倉庫管理事務所に連絡をつけ、至急リニアドライバーを出してもらうように手配を行った。

「でも、リニアドライバーのセッティングには数十分はかかるから、いまから準備しても間に合わなかもしれないわよ」

「大丈夫。倉庫から出してくれればあとはゼロワンがやるわ」

「どういうこと?」

陽菜が首を傾げるが、美羽はそれに答えること無くゼロワンに搭乗した。


グライダーユニットを装備したゼロワン。

背中のバックパックに大きな翼が折り畳んであった。

リニアドライバーで射出され、高度八〇〇メートル付近で展開し、約数分滑空を続ける。

方向転換などは、スラスターの推力によって行う。

問題は射出時に強力なGに搭乗者の美羽が絶えられるかどうかにかかっていた。

リニアドライバーのコンテナに収容されるゼロワン。

方位や高度の計算はユリアの手により瞬時に行われ、いまは射出のための電力をチャージしている最中だった。

「見えてきたぞ」

バグリーチャーの姿が望遠鏡で観測できるほど近付いてきた。

(射出まであと五、四、三、二、一……)

ユリアのカウントに対して身構える美羽。

次の瞬間、身体の半分が地上に置いて行かれるように衝撃が美羽を襲う。

胃の中身を全て吐き出してしまった美羽。

その汚物はマスクを通して外に排出される。

(美羽、大丈夫? 美羽、敵が来たわよ)

数秒間。強烈なGによるショックで気絶していた美羽。

ユリアの呼び声によってようやく目を覚ました。

「て、敵はどこ?」

目の間のモニタにバグリーチャーの姿が映し出される。

「いけっ!」

レールガンのトリガーを引く。

ユリアの完璧な軌道計算によって、寸分違わずバグリーチャーの胴体を突き破る高速の質量弾。

「まずひとつ」

真っ二つになって墜落して行くバグリーチャーを見て警戒したのか、他のバグリーチャーたちが散開する。

「逃がさないわよっ」

美羽の視線上に居たバグリーチャーにゼロワンのレールガンが向けられる。

回避運動を予測したレールガンの弾道が再びバグリーチャーを捕らえる。

翼を失ったバグリーチャーは無様に墜落して行く。

そこへ駄目押しの一撃を加え、完全に消滅させる。

「ふたつ。次は?」

すでにバグリーチャーは美羽の視界から消えていた。

(背後に回り込まれたわ。あと上から一体来てる)

レールガンを持ったゼロワンの腕が真上に延びる。

急降下してきたバグリーチャーを串刺しにするように、レールガンの弾道が抉り込まれる。

そのまま落下してきたバグリーチャーがゼロワンに衝突する。

ぶつかった衝撃でゼロワンがぐらつく。

ゼロワンに覆い被さるバグリーチャーの亡骸をハンドグレネードで払い落とし、ゼロワンは再び体制を整えた。

「みっつ。あと何体?」

(あと三体よ美羽。でも気を付けて、まだまだ後続が控えているわ)

その後、ユリアのサポートの元、アクロバティックな回避運動をとりながら、的確にバグリーチャーを撃墜し、美羽は第一派の攻撃を全て凌いだ。

(よくやったわ美羽。一旦基地に戻るわよ)

「わ、わかった。誘導お願い……」

美羽はそう言うと目を閉じて休息を取った。

旭川基地に戻ってきたゼロワンと美羽は、歓喜で迎え入れられたが、当の美羽は相当体力を消耗しており、ミネラルオィーターをがぶ飲みして、荒い息を整えていた。

「おねえちゃんだいじょうぶ?」

陽菜に手を繋いでもらった美優が心配そうに美羽に声をかける。

「だいじょうぶよ。バケモノは全部、お姉ちゃんがやっつけるから、美優はヒナと一緒に安全なところへ行って」

「美羽さん大丈夫?」

「いいから美優を連れて行って!」

美羽はそう言い放つと、ゼロワンのハッチを閉じた。

(もう数分したら第二派がやってくるわよ。それまで喋らず休息してなさい)

ユリアの言葉に、美羽は無言で頷いた。

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  6 ~実験の行方~
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門《ゲート》の中はものすごい時空の歪みで、計器の八割は死んでいるといっても過言ではなかった。

「冗談じゃないぜぇ。まったくよう」

一歩進む度に死んで行く機能を前に、大翔は冷汗が頬を伝った。

おかしくなるのはゼロだけではなかった。

大翔自身も、頭痛と吐き気に襲われていた。

リニアドライバーまであと一〇メートルというところで、ゼロの歩行用OSの一部が暴走した。

慌てて手動に切り替えた大翔だが、いまのトラブルで完全に立ち往生してしまった。

「レンくん聞こえるかーい。こっちはもう駄目だ。動けないよ」

大翔は状況を報告する。

報告するまでもなく、ゼロの状態は管制塔のモニタによって観測できていたため、その時空の歪みの酷さにレンを始め、プロジェクトチームの技術スタッフは天を仰いでいた。

「実験を行うには歪みが酷すぎます。特異点が安定してからでないと再開は無理です」

「残念だがもう後戻りはできない。修正プログラムをゼロに転送する。シールド率を三割増しにしてくれ」

牧野一尉はレンにそういうと、ゼロに修正プログラムを転送するよう命じた。

「了解しました……」

レンはインカムを掴むと、大翔に状況を説明した。


バグリーチャーの第二派がやってきた。今度は全部で七体いた。

再びリニアドライバーの射出準備を行うユリア。

ゼロワンをコンテナに載せるところまでユリアが行うと、休んでいた美羽を起こす。

(美羽出番よ。そろそろ起きて)

「ん、今度は何匹いるの?」

(七体よ。今度は接触予想地点に機甲部隊を配置してもらったらか、翼を狙って打ち落とすだけでいいわ。でも油断はしないでね)

「わかった。でもその心配はないわ。全部空で殲滅するから」

(まだ敵は居るのよ。体力を温存して頂戴)

「いいから出して」

再びリニアドライバーの強烈なGが美羽を襲う。

だが今度は気絶すること無く、意識を保ったまま射出に成功した。

七体のバグリーチャーはまるで意思の疎通があるかのように、連携してゼロワンに攻撃を仕掛けてきた。

回避運動も小賢しくなっており、一発で仕留めることが難しくなってきた。

予測ポイントの、裏の裏をかいた回避行動を瞬時に計算して、なんとか撃墜して行く。

だが、六体まで倒したところで、一体のバグリーチャーを取り逃がしてしまう。

バグリーチャーは一直線に旭川基地へと向かっていた。

美羽はスラスターを全力でふかして、バグリーチャーの後を追った。

(レールガンを撃っては駄目。貫通した弾丸が基地に被害を与えるわ)

「わかった。スタンワイヤを用意して」

(良い選択だわ。目標ロックオン。いつでもいいわよ)

美羽はスタンワイヤのトリガーを引く。

右手の甲から射出されるワイヤがバグリーチャーの翼に絡み付く。

「ワイヤを巻き取って!」

(わかったわ)

スタンワイヤを巻き取って、その距離を縮めてゆく。

ワイヤがからまったバグリーチャーは網に絡まった獣のように、じたばたともがいていたが、もがけばもがくほど、スタンワイヤは食い込んで行く。

そうしてバグリーチャーとゼロワンの距離がほぼゼロ距離になったとき、ゼロワンの左手に内蔵されたレーザーメスがバグリーチャーの翼を切断する。

(下に村雨二尉のバウンザーが待機してるわ)

「ワイヤを切り離して」

からみついたワイヤを切り離すと、バグリーチャーはそのまま自由落下で地上に落下して行く。

ズウウゥゥン、という音と共に落下したバグリーチャーが立ちあがる前に、村雨二尉の操るバウンザーの簡易型電磁レールガンがバグリーチャーの胴を貫く。

ゼロワンは、そのバウンザーの真上を通過し、ゆっくりと基地へ着地した。

第二派の迎撃にもなんとか成功した。

だが、美羽の体力は限界に近かった。


修正プログラムの転送は困難を極めた。

幾重にもシールドが施してある有線ケーブルなのだがノイズがひどく、エラーチェックにてその七割は弾かれてしまうのだ。

「この調子じゃ日が暮れちまいそうだな」

大翔はゼロの中であくびを漏らした。

ようやく修正プログラムの転送が終わり、ゼロが息を吹き返す。

「一度戻った方が良くないかい? プログラムを修正しても、肝心のハードのシールドが弱けりゃ意味ないだろ」

「心配ない。シールドもソフトで制御できる。シールドの出力を三割増したから多少の歪み程度でならカバーできる」

「そのスカした声は牧野か? お前ほんっと中の人間のこと考えてねえな。これ以上シールド強化したら俺が死んじまうだろうが!」

「お前がそれくらいで死ぬタマか。いいから実験を再開しろ」

「てめえ、戻ったら覚えてろよ」

大翔はゼロの姿勢制御を有功にして、問題ないことを確認すると、再びリニアドライバーに向かって歩き始めた。


第三派がやってきた。空から現れる最後の刺客。

同時に四個所の特異点から現れたバグリーチャー。

そのうちの三個所から飛行型のバグリーチャーを確認していた。

故に、この第三派を迎撃すれば、残りのバグリーチャーは地上部隊に任せれば良かった。

(これが最後よ。がんばって美羽)

「まだまだ大丈夫よ。これくらいでへこたれてたら、シャクシャインに笑わるから」

(……そうね、頑張りましょう)

三度強力なGが美羽を襲う。

美羽は下手にりきまず、弛緩した状態でGを受け止める。

その方が楽だと言うことに気付いたのだ。

高度七〇〇メートル付近で翼を広げる。

目の前には五体のバグリーチャーが待ち構えていた。

(数は減ったけど油断しないで、スピードが段違いよ)

ユリアがそういうや、まるで落下してきたかのような勢いで、四方からバグリーチャーが迫ってきた。

「ちっ」

スラスターを噴射し、上昇して逃げる美羽。

だが、ゼロワンを迫ってきた四体のバグリーチャーは重力を無視したかのように、垂直に駆け上がってゼロワンに体当たりを食らわせた。

四体のバグリーチャーの衝突で、脳震盪を起こしかけた美羽。

ユリアのカウンターショックによって、なんとか意識を保ち、スラスターを左右逆噴射させることで機体を高速回転させ、オールレンジでガトリングガンを乱射する。

ガドリングガンの威力は弱いが、バグリーチャーの薄い羽を突き破るくらいは可能だった。

そうして破れた障子のように穴だらけになったバグリーチャーを一体づつ確実にレールガンで仕留めていった。

その戦術性の高さはユリアの指示でなく、美羽の独創によるものだった。

短期間でこれほどゼロワンを扱えるとは、ユリア自身も美羽の潜在能力の高さに驚いていた。

「あとひとつっ!」

飢えた野獣のような声で美羽が吼える。


旭川基地の管制塔に悲鳴が上がる。

「何事だ?」

大倉陸幕僚長が尋ねる。

「た、大変です。先ほど出撃した二個中隊が全滅しました。特異点から現れた巨大バグリーチャーに壊滅させられました。

「なんだと? 二個中隊が全滅だと? いったい敵は何体いるのだ?」

「て、敵は、バグリーチャーは一体のみです。ゆっくりと南下していますが、距離が近いため五分後にはこの旭川基地に到達します」

「一体だと。たった一体の敵に全滅させられたのか?」

「レールガンの電荷が足りなかったようです。全ての攻撃が無力化されたみたいです」

「幕僚長殿、実験の中止を進言します」

牧野一尉が通信士に成り代わって進言する。

「確か、倉庫の中に試作品のヘヴィレールガンがあったな」

大倉陸幕僚長が呟くように尋ねた。

「ハイ、最大三千キロワットの出力で射出できます。試作機なので連射できるか保証できませんが」

旭川基地の技術職員が答える。

「それだ。そいつで迎撃すれば良い」

「しかし、それだけの電力を供給するには……、あっ」

職員は幕僚長が考えていることに気付いた。

「実験で得られる電力を当てれば良い。バグリーチャー殲滅のために益々実験は成功させなければいかんな。頼むぞ諸君」

「は、はい」

基地職員の空虚な返答が管制塔に木霊する。


美羽は最後の空戦バグリーチャーに対して苦戦を強いられていた。

そのスピードは隼よりも早く、目で追うことはできても、身体がついていけなかった。

ゼロやゼロワンに飛行能力はない。

スラスター推力によって前後左右への移動できるが、推進剤に限りはあり、その移動は微々たるもので、基本的にはグライダーで滑空しているだけにすぎない。

ゆっくりと降下して行き、やがては地上に降り立つ。

それに引き換え、空戦バグリーチャーは縦横無尽に空を駆けていた。

いままでの空戦バグリーチャーもそうであったが、スピードが段違いだった。

軌道計算を行ったレールガンの弾道が明後日の方向へ飛んで行く。

実にトリッキーな動きだった。

美羽は頭に血が登っていたため、冷静になりきれず、それが命中精度の低下に繋がっていた。

軌道計算はユリアが行うが、そのトリガーを引くのは美羽である。

美羽が最良のタイミングでトリガーを引かない限り、目的には命中しない。

(落ち着いて美羽。釣りと一緒よ。ゆっくりと待つの。シャクシャインの教えを思い出して)

――シャクシャインの教え。

その言葉で美羽は少しだけ冷静さを取り戻した。

「シャクシャインは、生身の身体で、ユリアの力を借りること無く、バグリーチャーを殲滅したんだよね」

(そうよ。あなたの父上は生身のまま、簡素な武器だけで、四体ものバグリーチャーを撃破したわ。病に倒れていなければ最後の一体も仕留めていたはずよ)

「わたしは病気なんかじゃない。それにユリアもいる」

(そうよ。あなたらな最後の一体をやれるわ)

「ゼロワン自体を囮にするわ。少し傷付けることになるけど構わない?」

(空戦タイプはもうおしまいだから、あなたの思う通りにやってみなさい)

「ありがとうユリア」

美羽はバグリーチャーを追うのをやめ、瞳を閉じて呼吸を整え始めた。

動きが止まったゼロワンにバグリーチャーは遠慮なく襲い掛かってきた。

その鋭い爪が、ゼロワンのグライダーユニットを襲う。

右の翼に穴を空けられたゼロワンの姿勢が乱れる。

バランスを崩して降下するゼロワンに再びバグリーチャーが襲ってくる。

ゼロワンの背後に回ったバグリーチャーはその身体をグライダーユニットに張り付かせ、まるで弄ぶかのように翼を引き裂いて行く。

「グライダーユニット解除!」

(――了解)

ゼロワンの背中からグライダーユニットが音を立てて剥離する。

「ターゲットロックオン、目標はグライダーユニット!」

落下しながらレールガンの照準をグライダーユニットに合わせ、トリガーを引く。

空戦バグリーチャーはグライダーユニットから離れようとしたが、一瞬遅く、その身体はレールガンとグライダーユニットの爆発によって引き裂かれた。

「おわった……」

(安心するのはまだ早いわよ。着地の衝撃に備えて。できる限りの事はするけど相当の衝撃を覚悟しておいてね)

「死なない程度にお願いね」

高度約二〇〇メートルから自由落下するゼロワン。

着地時に両脚にあるスラスターの推進力で衝撃を和らげたとしても、パイロットにかかる負荷は相当なものになるだろう。

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  7 ~最後の敵~
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幸いゼロワンは傾斜のある場所に着地したので、その衝撃をほぼ吸収することができた。

だが、美羽の体力はとうに限界を超えており、着地のショックでゼロワンの中で気絶していた。

だが、この場でのんびりとしている暇はなかった。

ユリアのアンテナは、旭川基地へと向かう巨大バグリーチャーの存在をすでにキャッチしていた。

それから二個中隊が全滅したことを知った。

全ての兵器が無力化され、逃げる間もなく踏み潰された二個小隊の魂は、全て巨大バグリーチャーに食われてしまっていた。

(基地が、美優たちが危ない)

ユリアは気絶した美羽を載せたまま、ゼロワンを基地に向かって走らせた。


大翔はようやくリニアドライバーに投棄カプセルを搬入することに成功した。

「どこがインテリジェンスインパクトスーツなんだよ。全然賢くねえぞコイツ!」

「御託はいいから早くリニアドライバーを動作させろ。時間が無いんだ」

イライラとした口調で牧野一尉が怒鳴る。

「やるのは構わないけど、こいつを放り込んだ瞬間に大爆発とかいうオチはねーよな?」

「ソロバンずくだ。その心配は微塵も無い。いいからやれ」

「俺に命令すんなよな。ったく。行くぞ。そらっ!」

大翔はリニアドライバーの動作タスクを実行させた。

螺旋状に弧を描いたリニアドライバーの射線上に、廃棄カプセルが射出される。

流れるように射出された廃棄カプセルは、シュヴァルツシルト半径内にゆっくりと飲み込まれ、その姿を消した。

「ようし、急いで退避しろ。回転エネルギーに巻き込まれるなよ」

「ふざけんな!」

大翔はホイールローダーのアクセルをベタ踏みして門《ゲート》を離脱した。

「回転エネルギー抽出開始。順調です。発電機は正常に動作してます。成功です」

「そうか」

大倉陸幕僚長は満足そうに一言だけ発した。

「抽出した電力はすべてヘヴィレールガンの充電に回せ!」

「やってます」

二個中隊を壊滅させた巨大バグリーチャーを殲滅すべく、ベヴィレールガンへのエネルギー抽入作業が迅速に行われていた。


問題がひとつあった。

このヘヴィレールガンは、二七式特殊車両に装備する予定の品であったが、その二七式特殊車両は現在開発中であり、現物が存在しなかった。

バウンザーではその重さに耐え切れず、撃った途端に支柱が折れ、横転してしまうだろう。

その弾みで目標を逸らしでもしたら元も子もなかった。

当然ゼロに扱えるわけが無く、無様に吹き飛んでしまうだろう。

だがゼロワンなら可能だった。

ゼロワンには砲撃用接地強化ユニットの換装が可能であった。

これにより、戦車砲クラスの武装の射撃が可能となる。

だがそのゼロワンは、最後の空戦バグリーチャーと同士討ちにあって墜落したとの報告が入っていた。

その知らせに陽菜は胸を締め付けられる思いをした。

そうしてこのことを美優に知らせることができずにいた。

だが、レーダー班の情報により、ゼロワンが基地に向かっているとの報告が入った。

ツーアイズチームは歓喜し、凱旋したゼロワンを迎えるべく、砲撃用接地ユニットの換装準備を行った。

結局美羽を眠らせたまま、ユリアの操るゼロワンは戻ってきた。

バックパックに砲撃用接地ユニットを乾燥し、バグリーチャーの進路上に向けて固定する。そうして砲身長が約二〇メートルもあるヘヴィレールガンを手に取る。

砲身を支えるべく、中間に支柱が三個所儲けられていた。

やがて目の前に、巨大なバグリーチャーの影が見える。

それはまるでマンモスかなにかのように巨大で、四本の太い足を持つ超獣であった。

全長二〇メートル、全高八メートルの巨大な移動要塞が、地響きを立てながら迫ってくる。

それは、観測史上最大級のバグリーチャーであった。


確かに巨大ではあったが、それを葬り去る武装さえあれば、巨大なバグリーチャーは格好の標的でしかない。

二個中隊の不幸は、その武装を持っていなかったことにあった。

だがいま、目の前には巨大バグリーチャーを殲滅できるだけのエネルギーをもった兵器が存在する。

ユリアの完璧な計算により、巨大バグリーチャーの急所を貫く照準がセットされる。

あとはエネルギーの充填が済むのを待って、トリガーを引くだけだった。

ブラックホールから抽出されるエネルギーは湯水のごとく溢れ出てきている。

あと数十秒で充電は完了する。

巨大バグリーチャーとの距離は三〇〇メートル。

相手の時速は五キロメートル足らずである。

充分に余裕があった。

やがて充填が完了し、ユリアは眠っている美羽を起こす。

(美羽起きて、出番よ。美羽……)

だが、美羽は答えない。

眠ったように気絶したままだった。

ユリアは美羽の思考に直接アクセスしようとしたが、その門は硬く閉ざされていた。

(美羽、どうしたの美羽? アナタがやらないとみんな死ぬのよ。起きて美羽!)

ユリアの思考が虚しく轟く。


美羽はいま不思議な空間にいた。五感のうち、聴覚以外なにも感じなかった。

声が聞こえた。

誰かを呼ぶ声、美羽を呼んでいる声だった。

美羽は声のする方へと向かった。

真っ暗で、何も見えない暗闇の中、声だけを頼りに美羽は意識を走らせた。

やがて美羽は視覚を取り戻した。

目の前に立っている人物。

若い男性と女性が美羽を見つめている。

誰だろう。

見覚えがあるような気がした。

だけど思い出せない。

だが、目の前の二人は美羽を慈しむように見つめていた。

やがてその人影は霧のように四散して消えてしまった。

「だれだったんだろう……」

美羽が疑問を口にしたとき、見覚えのある初老の偉丈夫が目の前に姿を現わした。

「シャクシャイン」

そう。それはシャクシャインその人だった。

だが、その表情は見違えるほど満たされており、優しく美羽を見つめていた。

やがて現れた女性と美羽と同じくらいの男の子の二人に手を引かれ、その姿を消して行った。

(ワシはいま幸せだ。美羽よ。お前も美優と、自分自身の幸せのために戦いなさい)

去り際にシャクシャインはそう言うと、完全にその姿を消してしまった。


(ミ……ウ……、美羽……、美羽ッ、美羽ーーーーッ!)

ユリアの呼ぶ声に導かれ、美羽は覚醒した。

目の前のモニタには巨大なバグリーチャーが迫っている。

(撃って美羽、お願い撃って!)

ユリアの悲痛な叫びが脳の奥に響く。

美羽はモニタ越しに目標を定めた。

巨大バグリーチャーが基地内に進入しようとしている。

バウンザーやゼロに装備されたレールガンが掃射されるが、巨大バグリーチャーにはまったく効果がなかった。

「この引き金を引けばいいの?」

(気が付いたの美羽。そうよ撃って!)

「わたしが引き金を引くのはすごく簡単。だけどユリア、あなたはそれでいいの?」

(え、どういうこと?)

「夢を見たの。眠ってる間に。自分の幸せを守るためにわたしは戦う。そのためだったらこの引き金くらい簡単に引ける。だけど、ユリアはどうして引けないの?」

(わ、わたしたちには他者を傷付けることはできない。それがどんなに凶悪な連中であったとしても……)

「それは嘘。そう思い込んでいるだけ。ユリアにも引き金は引けるわ」

(できない。そんなことしたらわたしはストレスで死んでしまうわ)

「死ぬのが怖いの?」

(……怖いわ。でも、仲間のためだったらこの命、惜しくないわ)

「なら一緒に引き金を引こう。ユリアが引けないと、ルジオミンに帰れないんでしょう。わたしひとりだったら一緒に行ってもいい。だけどわたしには守るべき家族がいる。美優を放って行くことはできない」

(……わかったわ。やってみる)

「三、二、一で、いくよ」

(分かったわ)

「それじゃあいくよ。さん」

(にい)

「いち」

美羽は引き金を絞った。

果してユリアも引き金を引いたのか分からない。

だが、誰が引き金を引いたかに関係なく、三〇〇〇キロワットの電荷によって射出された質量は、目の前の巨大バグリーチャーを跡形もなく吹き飛ばした。

砲撃のショックで、接地ユニットが剥離し、後方に吹き飛ばされるゼロワン。

そのゼロワンをがっちりと受け止めるのは大翔の搭乗したゼロだった。

「よくやったな美羽!」

「わたしひとりの力じゃないから……」

美羽は謙遜ではなく、心からそう思った。

;(BGM:OFF)
;(背景:フェードアウト)


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;(効果:センタリング)
   8 ~別れのとき~
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;(BGM:)
;(背景:)


巨大バグリーチャー殲滅の後、各方面軍より、バグリーチャー殲滅の知らせが入った。

特異点は消え去り、ブラックホールの歪みの安定してきたので、実験が再開された。

実験は成功を収めた。

一二基の高濃度放射性廃棄物は、その放射線すら遮断するブラックホールに飲み込まれ、その対価として莫大なエネルギーを生み出してくれた。

この事業が軌道に乗れば、日本は第二の油田大国として、電気輸出国としての地位を確立するだろう。

そうして有害なごみ処理施設としての機能を兼ね備えたブラックホールは、世界のごみ箱という汚名も同時に頂くであろう。


高台の上、二人の男女が旭川基地を見守っていた。

赤いニット帽を被った屈強な男と、ウェーブのかかった赤い髪を持つ若い女性が、オンボロバイクに跨っていた。

その二人は逮捕されたレジスタンスの黒須川とノアだった。

護送中、バグリーチャー出現のどさくさに紛れて逃げ出してきたのである。

「とうとうやっちまったらしいね。あの連中」

「そうみたいですね姐さん」

「これからどうしようかねクロス。レジスタンスは壊滅したし」

「一からやり直しましょうや。のんびりと畑を作るってのもいいもんですよ」

「そうだね。あの爺さんの話じゃ、知床あたりじゃ畑を耕してるそうだよ」

「それじゃあ行ってみますか?」

「そこまでこのオンボロが持つのかい?」

「ひでえな姐さん。ちゃんと動きますよ」

黒須川はGTサンパチのエンジンを始動させる。

「ほらね」

「それじゃあいくよ」

「しっかりつかまっててくださいよ」

バスンバスンと妖しい音を立てながら、タンデムバイクが砂塵を巻き上げ疾走する。


実験から一夜が明けた。

美羽は過労のため眠り続けていた。

心配そうに美羽を取り囲む仲間たち。

美優、大翔、レン、陽菜、田島看護師、そうしてユリア。

夢の中、美羽はユリアと会話していた。

(ありがとう美羽)

「礼を言うのはこっちよ。ユリアが居なかったら、わたしたち家族は全員死んでた」

(そんなこと……。それよりもあなたはわたしにとても素晴らしいものをくれたわ)

「ユリアにあげられるようなモノなんて持ってないわよ」

(モノじゃないわ。物質にわたしたちは価値を見出さないわ。崇高な精神。そうして戦う勇気をあなたから貰ったの)

「わたしの力、わたしの勇気も全部、シャクシャインの受け売りだよ」

(それでいいのよ。言葉や思想は人から人へ受け継がれるの。人生はその連鎖によって営まれるわ。美羽、あなたは本当に良い教育者と出会ったわね)

「夢だと思うけど、ゼロワンの中で気絶してたときにシャクシャインに会ったの」

(夢じゃない。あなたなら会えるわ。肉体は滅びても精神は不滅のはずよ。あなたがシャクシャインに出会えたとしてもなんらおかしくはないわ)

「そうなの。また会えるかな?」

(きっとまた会えるわ)

ユリアは故郷の仲間たちを思い出した。

(わたしはそろそろ行くわ)

「やっぱり帰るの?」

(わたしたちにとって時間は永遠であって一瞬。帰るのはいつでもいいけど、やっぱり時期と言うものがあるわ)

「そう。仲間たちによろしくね。仲間を助けたらまた来てくれる?」

(ええ、またくるわ。絶対に。約束する)

バグリーチャーを殲滅し、ブラックホールのシステムを復旧させたら、特異点は消失する。

そうなった場合は再び美羽と邂逅することは不可能に等しかった。

それでもユリアは全てが終わったらまたここに、地球へ来ようと思った。

(モノに価値は見出さないと言ったけど、ゼロワンは頂いて行くわ。多分あれ、わたしのために作られたみたいだから)

「どういうこと?」

(分からない。だけど、なんとなくそんな気がするの)

「そうね。どのみちユリアが居ないんじゃゼロワンは動かせないものね」

(そういうこと。それじゃあ美優によろしくね)

「美優には挨拶して行かないの?」

(わたしが乗ってきたカプセル。あれは受信機になってるの。言ったでしょう。わたしはどこにいても意思を飛ばせるって。故郷に帰ってもわたしの意思は銀河の果てにだって飛ばせるわ。だからわたしが帰ったことは、美優には内緒にしておいてね)

「そう。ありがとう」

(どういたしまして。それからあなたの時計にも、僭越だけど受信機を取り付けておいたから。何かあったら呼びかけてね)

「いつでも話せるのなら、お別れとは言いがたいわね」

(そうね。それじゃあ慌ただしいけど、ゼロワンに調査が入る前に行くわね)

「さようならユリア」

(さようなら美羽……)


美羽はそこで目を覚ました。瞳からは涙が零れていた。

「おねえちゃんどこかいたいの?」

心配そうな瞳で美優が見つめる。

美羽は、そんな美優の頭に優しく手を添えると、

「大丈夫よ。心配かけてごめんね」

と呟いた。



基地のドックではゼロワンが突然起動したのでスタッフが大慌てで報告していた。

ゼロワンは無人ゆえ、軽快な足取りで、シュヴァルツシルト門《ゲート》まで歩み寄ると、設計者の牧野一尉ですら知らない特異点発生装置を作動させ、その中へと入って行った。

やがて特異点反応は消え、時空の歪みが僅かに観測されるだけとなった。

こうしてゼロワンはツーアイズチームの前から姿を消した。

だが、不可思議なことに、この件に関して、誰も責任を追及されるものは居なかった。

ゼロワンに関する資料は一切破棄され、その存在を知ったものは、一切口外しないと誓約書を書かされた。

まるでこうなることが当然であったかのように……。



実験から一週間が過ぎた。

「これからどうなるのかね」

コーヒーをすすりながら、大翔が独り言のように呟く。

「あの、この実験のデータを元にロストしたゼロワンに変わる新兵器の開発が行なわれるそうです」

「まあゼロだけじゃ心許ないよな」

「はい。それで案件に組み込まれそうなんですよ。ゼロツープロジェクトの」

レンはコーヒーを飲みながらそう報告する。

「そりゃおめっとさん。レンくんの活躍を草葉の陰で応援してるよ」

「ひとごとみたいに言わないでください。結城二尉にはテストパイロットとしてこれからも……」

「あーごめん無理」

「なっ! まだなにも言ってない」

「だって俺自衛隊辞めるからさ、なに言われてもハイって言えないんだよ」

その言葉を聞いたレンは、コーヒーカップを取り落とした。

「な、なんで、どうして?」

「どうしてって言われてもなぁ。そんなの俺の勝手だろ」

「そんなの勝手過ぎます!」

「もう決めたことだし。それに辞表も受理されちゃったしなぁ」

「ふ、ふざけないでくださいよ。どうして、なんで辞めちゃうんですか? 私が性格ブスだからですか? 私が嫌味で、冷血で、意固地で……」

レンは泣きながら訴えた。

押え込んでいた感情が積を切ったように、止めど無く溢れてくる。

大翔はそんなレンの肩を優しく抱いてやった。

「レンくん。キミはその、とってもチャーミングだよ。容姿はもちろん性格もね。自信を持っていい」

「うそつき、本当はそんなこと思ってもいないくせに、本当は美羽ちゃんや沢井一曹みたいな女の子が好みなんでしょう」

「どうして美羽や陽菜くんが出てくるんだよ? まったく心外だぜ。初めて会ったときから俺はキミに夢中だったんだぜ」

「うそ。信じられない……」

「嘘じゃねえって。始めて逢ったときに言っただろ。俺と付き合ってみないかって」

「たしかに言ったけど、そんなの信じられるわけ……」

そう言ってうつむくレンの頬に手を添えた大翔は、半ば強引にその唇を奪った。

「んっ……」

不意打ちのキスにレンはその場で硬直してしまった。

「本当さ。辞めるのは俺個人の問題だ。美羽と美優の面倒を見ようと思ってる」

「ミ、美羽さんが自衛隊学校に入学すれば、美優ちゃんだって……」

「ゼロワンが消えたいま、美羽を拘留する理由は無くなった。美優もそうだ。二人をこれ以上自衛隊の中に置いとくわけにはいかないだろ。それにあいつらには新しい家族が必要だ。幸い俺は天涯孤独の身だ。家族もいないし丁度良い。これでも止めるか?」

レンはゆっくりと大翔を見上げ、その瞳に嘘偽りがないことを見極めると、大翔の胸にその身を預けた。

「私のこと、嫌いだから辞めるんじゃないんですね」

「ああ、もちろんだよ」

「いまの仕事が終わったら、私を、その……」

「というか、俺をレンくんのヒモにしてくれよ。働くのやだからさ」

「ばか、最低……」

そう言いながらも、レンは大翔から離れようとはしなかった。

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