4章「01《ゼロワン》」

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  4章「01《ゼロワン》」

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  0 ~ピクニック~
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今日は天気も良く、風も無風に近かったので、美優はシャクシャインの許しを得て、外に遊びに出た。

「おねえちゃんはどこに行ったの?」

「今日は屈斜路湖で釣りをしているはずだが、美優の足ではそこまでは行くのは無理だぞ」

「じゃあつれてってー」

「ワシは別の用事がある。よいか、ここから一キロ以上離れるんじゃないぞ」

「つまんないの」

美優は不承不承返事をすると、シャクシャインは美優の頭を撫でて外出した。

「ねえねえ、ユリアいる?」

シャクシャインが完全に見えなくなったのを見計らい、美優は服のポケットに入れた深緑の珠を取り出した。

それは精神生命体であるユリアの乗った生命維持カプセルだった。

もちろん、そんなことを美優が知る由も無かった。

(いるわよ。どうしたの?)

ユリアは美優の意識に直接返事をする。

「おねえちゃんのところへ行きたんだけど場所とかわかる?」

(場所って、それはすぐに分かるけど、いまシャクシャインが行っちゃ駄目って言ってたでしょう)

「うーん。そうなんだけど。でもおねえちゃんが狩りしてるところ、あたし一度も見たことないんだもん」

(しょうがないわね。でも結構遠いわよ。大丈夫?)

「だいじょうぶ。かえりはおねえちゃんにおんぶしてもらうから」

(あっ、そう……)

ユリアは屈斜路湖で釣りをする美羽の意識を探して、テレパシーを飛ばし、今から美優と二人で行くことを告げた。

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  1 ~弟子屈町~
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ツーアイズチーム指揮車両。

その巨大コンテナトレーラーには、居住モジュールが搭載されていた。

シャワー室、トイレ、簡易ベッドと小さなデスクが、六畳間くらいのスペースに、コンパクトにまとめられている。

ここはプロジェクトリーダーのレンに与えられた部屋であり、指揮車両から片時も離れずに済むように考案されたものだった。

レンがこのバグネストに上陸してから、彼女がバグネストの土を踏んだのは、僅か数時間足らずである。

汗と埃を洗い流すため、熱いシャワーを浴びるレンの肢体は、まだ少女と言っても過言ではない。

このツーアイズチームの構成メンバーの殆どは一〇代の学徒自衛官である。

そうして大翔がそうであるように、レンもまた被災孤児であった。

レンだけではない。この場に存在する学徒自衛官の殆どは、一〇年前の事故によって両親を無くした孤児たちで構成されている。

訓練は厳しく、一〇代とはいえ、内地でぬくぬくと育った同世代とは比べ物にならないくらい、彼らは鍛えられた。

身体的能力が乏しかったレンは、いつしか情報分析、開発部門へとその才能を開花させてゆく。

その結果が、いまの現状である。

普段は軍服に身をつつみ、女としての弱みを見せまいと、気を張っているが、裸になってシャワーを浴びている時だけは、無防備で気弱な女に戻れた。

根が真面目で小心者のレンには、プロジェクトリーダーとしての責務は重たかった。

だが、初めての実戦で、ゼロは開発者が予想していた以上の戦果を上げた。

開発チームの一員として、レンは素直に喜んだ。

大翔のパイロットとしての腕は確かなものだった。

いや、すでに大翔以上にゼロを扱える自衛官は居ないだろうとレンは思った。

シャワーを浴びながら、色々と考えていると、天井に取り付けられた防水スピーカーからレンを呼び出すアナウンスが流れた。

「ロバイン三尉、特異点反応が検出されました。データの解析をお願いします」

「わかりました。すぐに解析します」

レンはシャワーの栓を締め、バズタオルを巻いて浴室を後にした。


軍服に着替え、濡れた髪をタオルで押さえながら、指令本部にあたるトレーラーの助手席に座ると、隣の運転席にはすでに大翔が座っていた。

「風呂上がりかい? いつもの倍は艶っぽいね。その濡れた髪がとっても……」

レンはタオルを大翔に投げ付け、一言も発せずに、インカムを取り付けた。

「状況を報告願います」

「旧弟子屈町付近で特異点らしき時空歪曲率を検出しました。前日のバグリーチャー発生時と酷似しています」

「そのようね」

レンはモニタに写し出される時空歪曲率を眺めながら、そう呟いた。

「観測をおこたらないよう。データはバグネスト方面隊、第一三師団、第一三特科大隊の浜岡一佐に報告し、引き継いて貰ってください」

これ以上のバグリーチャー殲滅は、自衛隊の本隊に任せた方が良い。

ゼロの実戦データを取得したいま、これ以上危険な橋を渡る必要はないとレンは判断したのだ。

「いたっ!」

不意にレンの横顔に、濡れたタオルが投げ付けられた。

振り向くと、話を聞いていた大翔が、真剣な表情でレンを睨んでいた。

レンはタオルの文句をいうことも忘れ、その大翔の発する無言の抗議に当惑していた。

「な、何をするんですか!」

ようやく気を取り直したレンが、大翔に食ってかかる。

「何をするんですかだって? それはこっちの台詞だよ」

「なんのことです?」

冗談ではなく、本気で大翔の言うことがレンには分からなかった。

「正気か? いま弟子屈町に一番近いのは俺たちだ。釧路の第一三特科大隊が急いでも特異点まで到達するのに五、六時間はかかるだろう。だが俺たちなら一時間だ」

「それくらい分かります」

馬鹿にされてると思ったレンの声には、少し刺があった。

「オーケー。そうしてあそこには美羽と美優、それにシャクシャインって家族が三人で仲良く暮らしている。ロバイン三尉も二日前に会ったから覚えているよな?」

大翔にそう言われ、レンはようやく難民の少女たちのことを思い出した。

だがそれは、大きな初老の難民に馬鹿にされ、屈辱的な思いをしたという思い出したくない過去の記憶であった。

それゆえに、

「な、難民登録もしていない道民を保護する義務はありません」

という刺のある無慈悲な言葉が紡ぎ出される。

「義務はないって……。おい三尉! レン・ロバイン三尉! おまえそれ本気で言ってるのか?」

大翔の怒りと失望がないまぜになった瞳が、レンの目の前に迫ってくる。

いつものにやけた顔ではなく、真剣な表情。

その瞳はレンを怒っているというより、むしろ哀れんでいた。

レンは自分の発言を振り返っていた。

確かに言い過ぎた個所が有ることは認めざるを得ない。

自衛隊は国民を守るために存在する。

難民登録をしていなくても、美羽たちはこの荒廃した北海道《バグネスト》を必死で生きる、立派な国民だった。

だが、ここで自分の非を認めるのは、プライドの高いレンには耐え難い屈辱だった。

「もちろん本気です!」

レンの意地が、彼女のプライドが、心にも無いことを発してしまう。大翔の顔がみるみる曇って行く。

「そうか。わかった。残念だよロバイン三尉。キミは意地っ張りだけど正義は貫くタイプだと思っていたけど、それはどうやら勘違いだったらしい」

「どういう意味です」

「キミには失望した……ということさ」

大翔はそれ以上語らず、トレーラーのエンジンを始動させた。

「な、何をするんですか!」

だが、大翔はそれには答えず、通信機を掴むと、特異点の調査に向かうので全隊準備に取りかかるよう指示を出した。

「か、勝手にチームを動かさないで下さい!」

「降りろっ!」

「え?」

「おまえは降りろ」

大翔はレンに振り返ることなく、冷酷にそう言い放った。

「な、なんでそんなことをいう資格が……、あなたにそんな権限なんて無いでしょう!」

「美羽たちを見殺しにする権限がおまえにはあるのか?」

「どうしてそんな言い方をするんですか?」

「事実だろ?」

「そんなにあの女の子が気になるの?」

「当たり前だろ? 人命がかかってるんだぞ?」

「このプロジェクトの重要性は……」

「人間を三人見殺しにするほど重要なのかよ!」

それ以上言葉を発せないように、レンの言葉を大翔が遮る。

「と、東城一佐に報告しますよ?」

「したけりゃすればいいさ。それよか、いい加減鬱陶しいから降りてくんない?」

「あ、あなたの方が鬱陶しいじゃない。階級が上だからって威張らないでよ。プロジェクトリーダーはわたしなのよ」

「階級なんか関係ねえよ。なに勘違いしてんだこのバカ女は。そんなんだから仲間とも上手く連携できないし、彼氏もできないんだよ」

「彼氏が居ないとか、そんなの全然関係ないでしょ!」

レンは泣きながらドアを開け、自分の城である居住モジュールの中に逃げ込んだ。

「まったく、あたまでっかちの技術屋の女ってのは扱い辛いったらねえや」

大翔は頭を掻き毟り、トレーラーのクラクションを鳴らした。

ほどなくして、全隊の発進準備が整った。

「いつでも行けます。けど……」

途中からではあるが、大翔とレンのやりとりを聞いていた沢井一曹の声が、インカムから聞こえる。

「それじゃあ出発する。目標は弟子屈町に発生した特異点だ」

燃料電池の電力が、大型のモーター音を唸らせ、大翔を乗せたトレーラーが動き出す。

そのトレーラーに付き従うよう、数十台のトラック、装甲車両が後を追った。

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  2 ~沼地での異変~
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僅か一〇年前は、山々があり、原始林が茂っていたこの屈斜路湖周辺も、いまでは吹き飛ばされ、なぎ倒された木々が横倒しになって腐食しており、屈斜路湖の水が染みて足場の悪い沼地となっていた。

そんな足場の悪い沼地を、美優は何度も転び、泥だらけになりながら美羽の元へと進んでいた。

もはや何色だったのかも分からなくなった泥だらけの格好で突き進む美優だが、ぬかるんだ足場は、彼女の体力をいたずらに消耗させた。

立ち上がったそばから苔に足をとられ、ベシャっという音と共に倒れ込む。

何度目なのか、数えるのも面倒なくらい、美優は転んでいた。

(どうしたの? 起きなさい)

「もうやだっ!」

(やだじゃないでしょう。こんなところで寝そべってたら病気になるわよ)

「もうつかれた。もう一歩も歩けないよ」

美優は手足をばたつかせて泣き出した。

(困った子ねぇ……)

ユリアは仕方なく、美羽の思念を探ろうと、その思考を拡散させた。

だが、ユリアの思考は美羽の思念を掴む前に、この地帯の異常な空気を感じとった。

(なっ! こ、これは!)

思考を拡散するとき、ユリアは異常なほどの時空の歪みを感知した。

(特異点に相転移反応! それも近い)

ユリアは慌てた。

この嫌な感じは紛れも無く特異点より何者かが現れようとしている兆候だった。

そうして、あのベム《バグリーチャー》がやってくる可能性も否定できなかった。

ユリアの一族を襲った貪欲なベム。

この地ではバグリーチャーと呼ばれるバケモノが、この近くに出現するかもしれないのだ。

先日もバグリーチャーの出現を感知した。

しかしここから離れていることと、美羽が言う自衛隊が殲滅したのか、その存在そのものが消失したので、美羽や美優にその事実を話してはいない。

いたずらに不安を煽るのは良くないと判断したからだ。

だが今回は違う。

バグリーチャーは最も近くの生命体を襲うという特性を持つ。

そうしてその嗅覚は鋭敏にして絶対である。

もしもバグリーチャーが出現したら、まず真っ先に美優や美羽が狙われるだろう。

もちろんユリア自身も……である。

(美羽! 聞こえるなら返事して! 美羽ッ!)

ユリアは全方位に向けて思考を走らせた。


一方その頃。

美羽は先ほどから妙な胸騒ぎがしていた。

虫の知らせというのか、第六感というのか、とにかく、嫌な予感がした。

釣りの手を休め、辺りを伺っていると、誰かが自分を呼ぶような声が聞こえた。

耳を澄まし、神経を集中させる。

(美羽……、美羽……)

確かに聞こえた。ユリアが呼んでいるのが美羽には分かった。

「どうしたの?」

美羽は思考と言葉を同時に発した。

(危険が迫ってるわ。わたしの居場所を美羽に伝えるから合流して。ここには美優も来ているの。お願い早く来て)

「わかったわ」

美羽は釣りの道具を片付けると、ユリアが示した方向に駆け出した。

ぬかるんだ沼地も、美羽にとっては何の障害でもなかった。

腐食した木々を踏みしめ、獣のように素早く移動する美羽。

その並外れたバランス感覚と運動神経は賞賛に値した。

僅か三分足らずで美羽はユリアたちの元へと到着した。

「おねえちゃーん」

泥だらけの美優が美羽にしがみつく。

「ひどい格好ね美優。ほら、わたしの背中につかまって」

美羽はしゃがみ、美優をおんぶする。

燃料用に、水を吸った大木を引いて帰る体力がある美羽にとって、枯れ木のように痩せた美優の体重程度はまったく問題にならなかった。

「どうすればいいのユリア?」

(とにかくここから離れて。家まで全力で戻って頂戴)

「分かったわ」

再び美羽は駆け出した。

美優を背負っているのが嘘みたいに、跳ねるようにその身体は家路を目指した。

結局美羽は、美優が一時間近くかけて歩いてきた道を、一〇分足らずで引き返してきた。

その背に美優を背負ったままで。


「これからどうするの?」

美羽には時空の歪みのことなど分からなかったが、先ほどからねっとりと絡み付くような不快感を感じていた。

何かおかしい。美羽は直感でそれに気付いていた。

(――凄い感性だわ――)

ユリアは美羽の持つ発達した感性に感心した。

魂を肉体に固定した生物は、どうしても感覚が鈍くなるものである。

ユリアたち精神生命体のテレバシーを受信できない種族は珍しくない。

その中で、この美羽と美優の精神は、自分たちに近かった。

きっとこの過酷な環境がそうさせてしまったのだろう。

荒廃した大地を前に、ユリアはそう思いを巡らした。

「いやなかんじがするね……」

美羽に続いて、美優も身体中に感じる悪寒で震えていた。

(――ここで死ぬわけにはいかない――)

(――この娘たちをここで死なすわけにはいかない!――)

ユリアは思考のアンテナを更に広げた。

指向性を強めるため、円を描くように、狭い範囲を調べる。

それはさながらレーダーのようであった。

思考のアンテナを伸ばすこと数分。

そうしてようやくユリアはとびっきりの情報をキャッチする。

(この国の軍隊みたいなものが、こちらにむかってるわ)

ユリアはツーアイズチームのトレーラーをキャッチした。

(南南東に向かって進めば彼らが保護してくれるわ。急ぎましょう)

「待ってユリア!」

(急がないと間に合わないわ。美羽に見せたあのイメージ。わたしの同胞を滅ぼしたベム《バグリーチャー》が現れるかもしれないのよ!)

「わかってる。だけどまだシャクシャインが戻っていない。ここに置いては行けないわ」

(でも……)

ユリアは意識を飛ばしてシャクシャインを探した。

だが、シャクシャインの思念は寡黙で、微量にしか思考が漏れないので探すのには一苦労しそうだった。

「聞いて美優。これからユリアの言う方角に向かって走るのよ。わたしはシャクシャインを探してから行くから。いいわね?」

「お、おねえちゃん……」

美優は不安そうな視線を美羽に送り、その服の裾をぎゅっと握った。

「お姉ちゃんが嘘ついたことある?」

「ない……」

美優はゆっくりと首を振る。

「必ず行くから先に行ってて。ユリア。美優の誘導をお願い」

(任せて。それからシャクシャインは東北東の方に居るわ。これくらいしか分からなかったの。ごめんね)

「充分よ」

それだけ言うと美羽は東に向かって駆け出した。

(わたしたちも行くわよ)

「う、うん」

美優は立ち上がり、ユリアが示す方角に向かって、よたよたと走り始めた。

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  3 ~家族の墓標~
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家族の墓参り。

シャクシャインは住処の廃ビルから東へ三キロほど歩いた場所で、コンクリートの柱で作った墓標に祈りを捧げていた。

そこには、彼の本当の家族、妻と息子が眠っていた。このことは美羽や美優には話してはいなかった。

僅か七歳で死んだ息子は、生きていれば結城大翔という学徒自衛官と同じ歳になっていただろう。


;(回想)

妻と息子を同時に失い、生きる目標を無くした大男は、死を覚悟した。

そうして、自暴自棄になって彷徨っていたとき、人形のように佇んでいた美優を見つけた。

泣きもせず、笑いもしない。

表情一つ変えない金髪の幼女を目の前にして、シャクシャインは災厄の罪深さに怒りを覚えた。

家族を失った失意よりも、奪われた怒りが勝ったのだ。

シャクシャインはまだ死ねないと思った。

抱きかかえられても無表情のままの美優を連れ、再び荒野を歩き始めた。

そうして数日後、飢えと寒さに震える美羽と出会った。

美羽の冷たい手を握ったとき、この娘はもう助からないと思った。

だが次の瞬間、シャクシャインの胸に希望の炎が灯った。

今にも生き絶えそうなそのか細い腕は、生き延びるために、精一杯シャクシャインの腕を掴んできたのだ。

何処にそんな力が残っていたのか。

そう驚嘆した後、美羽は力尽きて気絶してしまった。

美優と美羽を背負いながら、シャクシャインは二人を育てる決意を固めた。

事故から一週間後、ようやく政府が重い腰を上げて、被災者の救済に乗り出したが、シャクシャインはそれを拒み、妻子の眠るこの摩周で、二人を育て始めた。

;(回想終)


「一〇年か。早いものだな。函館、釧路の復興は目覚しいものがあるよ。知床や根室では畑を耕している連中もいるらしい。夕張ではメロンの栽培を始めたと聞くが、まだ実を結んではいないらしいよ」

墓前に向かって、北海道《バグネスト》の移り変わりを報告するシャクシャイン。

復興に向けて地道に努力する道民達の相談役として、シャクシャインは道内を行脚していた。

始めは美羽と美優も連れて回ったが、美羽たちが大きくなり、食料も備蓄も増えてきたここ二、三年は、一人で行くことの方が多い。

「さてと……」

墓標への報告が終わったシャクシャインは、引き返すべく踵を返して歩き始めた。


シャクシャインは東北東に居る。

そうユリアに言われ、大翔に貰った腕時計に内蔵された磁石を使ったが、磁場が乱れているのか正確な表示はされなかった。

そのため美羽は勘を頼りにひた走っていた。

事故によって荒野になった北海道《バグネスト》は、たいへん見晴らしが良くなっていた。

とはいえ、ちょっとした凹凸はあり、丘を登ってみるまでその先がどうなっているのか分からない個所はいくらでもあった。

美羽は立ち止まり、目を瞑って神経を集中させた。

シャクシャインの気配を辿るように一心に念じた。

ユリアと思念でやりとりをするようになり、そのやりとりのコツを教わったのだ。

美羽はそれを応用しようとしていた。

雑念を振り払ってシャクシャインのことだけを考える。

初めて出会った頃から、厳しく仕込まれた日々が脳裏に巡る。

そうして美羽は、シャクシャインの気配を、初めて出会ったときの温もりを感じ取った。

「見つけた!」

開眼し、シャクシャインの気配がする方へ、一遍の迷いも無くひた走った。

一キロ近く走ったところで、美羽は大男の影を見つけた。


シャクシャインと合流した美羽は、早口でここが危険であることを告げた。

始めは当惑していたシャクシャインだが、美羽の真剣な口調と、大翔の言うバケモノの話を思い出し、危険が迫っていることを納得した。

「美優はどうした?」

「自衛隊に保護してもらうため、先に逃がしたわよ」

「どういうことだ美羽?」

シャクシャインはユリアのことを知らない。もとより話したところで信じないだろう。

アイヌの神々は信じても、宇宙人やオカルトの存在を信じるシャクシャインでは無いというのは、美羽自身が身をもって知っていた。

それでも美羽は事情を説明した。

ユリアのこと、特異点のこと、バグリーチャーのことを……。

「馬鹿者! 来るかどうかも分からない自衛隊を信じて美優を逃がしたというのか!」

「自衛隊は絶対に来るの。わたしを信じて!」

「……もういい。ここで口論していても仕方が無い。とにかく美優が心配だ。後を追うぞ」

それは美羽の言動を信じたわけではなく、これ以上無駄な議論に時間を割けないという大人の判断だった。

「わかったわよ」

美羽もシャクシャインが信じていないことに気付いていたが、ここで言い争っても時間の無駄だというのは分かったので、それ以上は言葉を発せずに、美優が向かった方角目指して走り始めた。

美羽の後に従い、シャクシャインも走り始めた。

シャクシャインは、その巨漢と齢でありながらも、驚くべき速度で走っていた。

美羽の走りにも負けてはいない。

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  4 ~特異点出現~
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大翔が運転するトレーラーの隣には、ツーアイズチームの技術スタッフの一人、メカニック班の主任である沢井陽菜一曹が座っていた。

いつも油にまみれているが、よく見ると可愛い顔立ちをしており、笑った時に見せる八重歯がキュートな女性士官であった。

「陽菜くんはスジがいいね」

「あのう、どうして急に名前で呼ぶんですか?」

「ああ悪い。ナビシートを任せる人間は名前の方がいいかと思ってね。気を悪くしたなら謝るよ沢井一曹殿」

「いえ、ちょっとびっくりしただけで、別に陽菜でいいですよ」

メカニックとはいえ、ゼロのことをレン以上に熟知している沢井一曹にオペレーターをやってもらおうと言うのだ。
始めは嫌がっていたが、人命救助の大切さを説かれ、陽菜は大翔の主張を支持し、ゼロのオペレーターとしてのレクチャーを受けていた。

レンが居住モジュールですねているので、急遽オペレータの変わりを用意しようというのだ。

彼女もまた大翔と同じ被災孤児で、年齢も同じ一七歳で人懐っこい性格ゆえ、レン以上に親しみが持てた。

少しクセのある栗色の髪を短く揃えている。長髪禁止だからなのだが、陽菜にはこの髪型が似合うと大翔は思った。

その人当たりの良い性格と、老若男女関係無く接するスタンスは、口説きやすそうというイメージがあるのだろう。
それゆえ、かなりの数の学徒自衛官が告白し、友達でいいならという返事を返してきた陽菜であった。

結局のところ意中の士官がいるのかは誰も知らなかった。
一説によるとゼロが恋人と言う噂も立っている。


「特異点の様子はどうだい?」

「えっと、屈斜路湖周辺にて反応が増大中です」

「歪曲率臨海点までどれくらいだと予想されそう?」

「ええっと。待って下さい。よく分かりませんけど、過去のデータと照合すると……、あと一〇分程度で歪曲率臨海点に達すると思います」

「上出来だ。偉いぞ」

「あ、ありがとうございます」

「それじゃあ俺はゼロの着装準備に入るから、ゼロのメカニック班と連携とって指示を頼むよ」

「あっ、はい、あの、でも、ロバイン三尉は……」

陽菜は後部に見える居住モジュールをチラッと伺いながら、消え入りそうな声で尋ねた。

「ほっとけ!」

大翔はそう返事すると、トレーラーをオートランに設定し、コンテナ部に向かった。

その大翔と入れ替わるように、ゼロの整備スタッフの一人が、緊張した面持ちでトレーラーの運転席に座り、オートランを解除して運転を再開した。

「よ、よろしくでありますっ!」

「そんなに緊張しなくてもいいのに。いつも一緒に作業してるでしょ?」

「そ、そうですね」

整備スタッフは陽菜とふたりきりになれたことが嬉しかったのだが、そのことはおくびにも出さずハンドルを握った。

「しっかり運転してくださいね」

「ま、任せるでありますっ!」

必要以上に張り切るスタッフが思い切りアクセルを踏み込んだものだから、着装準備に取りかかっている大翔たちから思い切り罵声を浴びた。


屈斜路湖の湖畔上では異変が起こっていた。

時空の歪みによって、周りの風景が歪んで見えるのだ。歪みは湖面に不規則な波紋を作り、歪みの中心では振動するかのように泡立っていた。

波紋は徐々に大きさを増し、湖面はまるで、大漁の魚が跳ねているかのようにざわめいていた。

振動がピークに達したとき、湖面に何かが落ち、水柱を立てる。

湖面にこぼれ落ちた物体は、水を掻き分けながら、ゆっくりと湖面を進み、陸へと上陸を果たした。

屈斜路湖に現れた異物。

それは、身の丈三メートル程度のバグリーチャーであった。

ずんぐりとした体躯は、この北海道《バグネスト》では絶滅した羆を連想させた。

三本の足が大地に延び、左右非対称の腕を持っていた。

右手は野太く棍棒のように粗野で、左手は鋭く鋭敏な刃物を連想させた。

バグリーチャーの頭部に付いた触覚のようなものがピンと立つ。

それがゆっくりと旋回し、まるで何かを探しているかのような動作だった。

そうしてその触覚がある方向に達したとき、獲物を見つけたとばかりにビクンと震えた。

バグリーチャーはその三本の足を巧みに動かし、触覚が指し示す方角へ向かって進み始めた。

バグリーチャーが出現した特異点。

その産道とも言える時空の穴は、まだ開いたままで、塞がる気配はなかった……。


ついに現れた。

ユリアはその邪悪な思念を素早く察知した。

特異点から現れたベム《バグリーチャー》が、狙いを定めて真っ直ぐこちらに向かっているのが分かった。

(美優、辛いでしょうけど急いで走って。ベム《バグリーチャー》が現れたわ)

「お、おねえちゃんと、おとうさんは?」

半分泣きながら走る美優。

その走りは大人が歩いているのと同じくらい遅かった。

美優の不安を取り除くべく、ユリアは美羽の思念を探した。

(大丈夫よ。こっちに向かってきてるわ)

だが、若干ながらベム《バグリーチャー》の方が早い。

先にここへ到達するのは美羽たちではなくベム《バグリーチャー》の方が先になるだろう。

その前に、ユリアは美優を誘導して自衛隊に接触しなければならない。

自衛隊と美優たちの距離も微妙だった。

現状のスピードのままだと、ベム《バグリーチャー》の方が先にたどり着いてしまう。

だが、美優の歩調はこれ以上早くはならないだろう。

万事窮すかと思った。

ユリアの脳裏に美優を見捨ててカプセルで脱出しようかという考えが浮かぶ。

自分だけなら助かる。

美優が持つユリアの生命維持カプセルは、故障しているとはいえ、移動能力はまだ生きていた。

この程度の重力下であれば、時速約二〇〇キロメートルのスピードで飛行することが可能だ。

見捨てるか、このまま心中するか。

ユリアは迷った。

自分の使命を、旅の目的を考えれば、原住民に付き合ってベム《バグリーチャー》に襲われるリスクを負うべきではないのは分かっていた。

だが、そこまで冷徹にはなりきれない。

それがユリアであり、精神生命体ルジミオンの最大の特性でもあった。

そのときであった。こちらへ向かってくる自衛隊の車両のスピードが上がったのだ。

(――こ、これなら間に合うかも――)

ユリアは思わず自衛隊の方向に向けて思念を送った。助けて……と。


インナースーツを着て、ゼロに乗り込もうとしていた大翔を呼ぶ声が聞こえた。

「誰か呼んだか?」

大翔は尋ねるが、誰も心当たりはなかった。インカムの通信記録も無かった。

空耳だったのだろうか? 大翔は首を傾げた。

「な、結城二尉、バ、バグリーチャーと思わしき物体を補足しました!」

陽菜がうわずった声で報告する。

「運転手! スピードを上げろ!」

「は、はいっ!」

「結城ニ尉、これ以上スピードを上げるとゼロの発進準備に支障が出ますよ」

揺れる車内、インカム越しに陽菜が、大翔に進言する。

「作業は続けろ。できませんじゃない。やるんだ」

「わ、分かりました」

「嫌な予感がする。多少手順を省いても構わないからゼロの起動を急げ」

「でも、ゼロの起動パスコードはロバイン三尉しか……」

「"IIS-0-aif235klas0aezo"でいいはずだ。起動頼む」

「ど、どうして結城二尉がパスコードを知ってるんですか?」

陽菜は唖然としていた。

ゼロの起動コードはレン以外誰も知らないはずだった。

万が一、怪我や事故でレン本人がコード入力出来ない場合は、本土の司令部に問い合わせる必要があり、その管理は厳重だった。

「備えあれば憂い無しってね。いいからコード入力頼む」

「あはは、こうなったら一蓮托生ですね。まったく、どうなっても知りませんよ」

陽菜は苦笑しながらゼロの起動コードを入力した。ちなみにどうなってもとは、懲戒処分、始末書提出などのことである。

「で、敵さんはどんな調子だい?」

「はい。バグリーチャー接近中です。目標は、あの、微妙に我々ではないみたいです……」

陽菜がモニタを観察してそう結論を下した。

確かにこちらに向かってはいるのだが、コースをトレースすると微妙に座標が異なるのだ。

「どういうことだ?」

「あのっ、バグリーチャーは恐らく、多分ですが、別の誰かを追っているように見受けられます」

「クソッ、嫌な予感が当たっちまったぜ!」

大翔は瞬時に悟った。

バグリーチャーが追跡しているのは自分達ではなく、美羽たちだという解を導き出した。

「どういうことですか?」

「いますぐゼロを発進させる。各種調整は遠隔操作により、後追いでやる」

「無茶です。今の状態でゼロを出しても、従来の半分の性能しか引き出せませんよ。バグリーチャ相手にそれは自殺行為です」

「道民の人命がかかってるんだ。村雨隊にも出動を要請しろ」

「ですが……」

「急げ! 時間がないんだ」

「わ、分かりました。ですが、気をつけてくださいね。絶対、絶対に死なないで下さいね」

「あいよ了解した。結城二尉。ゼロ、発進する」

移動するトレーラーの後部ハッチが開き、ハンガーに吊るされたゼロがせり出してくる。

「移動中の射出は初めてですから、接地時のバランスに気を付けてくださいね」

「分かってる」

「ゼロ……射出します」

沢井一曹の掛け声と共に、ゼロが大地に向かって投げ出される。

接地時に、一瞬バランスを失い、横転しそうになるが、ホイールローダーを巧みに利用し、なんとかバランスを保った。

そうして、トレーラーと並走するようにゼロを移動させると、結城はアクセルペダルを踏み込んでフル加速でゼロを走らせた。

「頑張って下さい。結城二尉……」

砂塵を巻き上げながらトレーラーをブッちぎって進むゼロを、陽菜はモニタ越しに見守っていた。

またレンも、居住モジュールに引篭ったまま、一連のやり取りに聞き耳を立てていた。

「あんな奴、死んじゃえばいいのよ……」

レンは膝を抱えた格好でベッドに座り、シーツをにぎりしめながらそう呟いた。

;(BGM:OFF)
;(背景:フェードアウト)


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;(効果:センタリング)
  5 ~白銀の騎士~
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;(BGM:)
;(背景:)


美羽とシャクシャインは、ひとつの丘を越えたところで、美優の姿を発見した。

目測で五〇〇メートルくらい離れていた。

そうしてその脇から美優に迫る黒い物体も視界に入っていた。

美優と黒い物体の距離は二〇〇メートルくらい。

美羽が全力で走っても間に合いそうになかった。

「美優! 美優ぅ!」

それでも美羽は走った。

下り坂を転がるように走った。

シャクシャインも負けてはいなかった。

美羽に続いて、その老体に鞭打って走るが、その体力は限界に近かった。

ここまでの数キロを休み無しで、全力で走ってきたのだ。

若く、体力のある美羽には苦も無かったが、巨漢で年老いたシャクシャインには地獄の荒行にも似ていた。

それでも、シャクシャインは走るのをやめなかった。

美優の足はもうほどんど止まっていた。

上り坂になっており、四つんばいになって、這うように移動する美優。

それを狙う黒い影、バグリーチャー。

目と鼻の先だというのに、あとほんの僅かだというのに、間に合わない。

「くそぅ……」

美羽の喉からバグリーチャーを罵る悪態が漏れる。

下り坂が終わり、今度は上り坂になった。

美優が四つんばいでしか歩けないくらい、急な傾斜を持つ坂だった。

すでにバグリーチャーは坂の半分を登っている。

「美優、逃げて!」

美羽の声に美優が振り返る。

二人の距離は僅か一〇〇メートルくらいであった。

視線の先にバグリーチャーと美羽が見える。

「おねえちゃん……」

バグリーチャーの恐怖と、姉美羽の姿を見た安堵で、緊張の糸が切れた美優は、力尽き、その場に座り込んだ。

「座るな。立って逃げるのよ!」

バグリーチャーはもう美優の目と鼻の先であった。間に合わない。

誰もがそう思った時、その時――。

砂塵を巻き上げながら、坂の頂上から白銀に輝く鉄の巨人が舞い下りた。


大翔の視界にバクリーチャが飛び込む。

眼下にはいまにも襲われそうな美優がしゃがみ込んでいた。

ゼロはいま、空中に滞空している。

陸戦兵器として開発されたゼロに飛行能力はない。

ラリーカーのジャンプと同じ原理で、ホイールローダーによって坂を駆け登ったゼロは、放物線を描いて宙に舞っていたのだ。

美羽はその姿に神《カムイ》を見た。

美優は天使を見た。

そうしてユリアは、ルジミオンに失われた技術である兵器というものを目の当たりにして、不謹慎と思いつつ興奮していた。

「このやろうーーーっ!」

ゼロの体勢を空中で立て直し、まるで飛び蹴りのようにホイールローダーの鋭いエッジが、美優に迫るバグリーチャーの胸部を切り裂く。

重さ約一トン。

それに加速が加わったことにより、実質二〇トン近くの威力が、バグリーチャーに叩き込まれた。

三本足のバグリーチャーは、倒れこそしないものの、上体を仰け反った。

大翔はそのままゼロのアクセルペタルを底まで踏みつける。

ガリガリガリッ!
とバグリーチャーの固い皮膚を削る音が響き、そのままゼロはバグリーチャーの胸を横断して地面に着地した。

地面に着地するや、一八〇度のアクセルターンによって、バグリーチャーの背後をとったゼロは、その腕に仕込まれたスタンワイヤをバグリーチャーに叩き込む。

「その子から離れやがれっ!」

ホイールローダーをバックギアにセットし、絡めとったバグリーチャーを引きずろうとした。

だが、三本足のバグリーチャーは、まるで大地に根を下ろしているかのようにビクともしない。

ホイールローダーが虚しく空転を続ける。

「このままじゃ攻撃できないな……」

大翔はスタンワイヤに電流を流しながら舌打ちする。

ここで実弾兵器を使うと、美優にまで被害が及ぶ。

当の美優は腰が抜けたのか、座ったまま動かない。

だが、その心配は杞憂だった。

ゼロはまだ調整不足で、火器管制プログラムが正常に作動しておらず、火器の使用はできなかったからだ。

バグリーチャーはゼロを無視し、美優に襲いかかろうとゼロを引きずる。

力ではバグリーチャーの方が勝っている。

「嘘だろ? これだけの電流を浴びて動けるのかっ!」

大翔はバグリーチャーの生命力に呆れ返った。

そのとき、ゼロの赤外線モニタが移動する人型を捕らえた。

通常モニタに目をやると、ゼロの脇を通りぬけるように、美羽が走り込んできた。

「ばかっ、何しにきた!」

だが大翔の声が美羽に聞こえるはずもなく、美羽は美優の元へと向かった。

美優の元へ向かう美羽をバグリーチャーは見逃さなかった。

美羽の距離が美優より近くなったとき、バグリーチャーはその標的を美羽に向けた。

棍棒のような大きな右腕が振り上げられる。

だが、その動きはスタンワイヤの電流によって緩慢な動きになっており、野生児美羽にとって、その振り下ろされた腕を避けることは造作も無いことだった。

腕をすり抜けて、美羽は美優の元へとたどり着く。

「捕まって美優!」

美羽が差し出す腕に、美優は手を伸ばす。

美優の腕をがっちりと掴んだ美羽は、柔道の背負い投げよろしく、思い切り引っ張って美優を宙に浮かすと、落ちてきた美優を両手でチャッチする。

美優の体重が重かったら脱臼していたところだった。

そうして、脱臼こそしなかったものの、美優は肩に激痛を覚え、涙が滲んできた。

だが、それ以上にいまは姉の腕に抱かれていることの嬉しさが美優の胸をいっぱいにして他のことなど考える余裕を与えなかった。

「おねえちゃん。おねえちゃん。おねえちゃん……」

美優は必死になって美羽にしがみついた。

美羽はそんな美優を壊れそうなくらいぎゅうっと抱きしめ、シャクシャインが待つ坂の下まで走り抜けた。


「そっちへ行くんじゃないっ!」

ゼロの横を通りぬける美羽たちに叫んだところで、密閉されたゼロから声が漏れることはない。

大翔は、ゼロに外部スピーカー機能がついていないことを呪った。

美羽が美優を救出してくれたのはありがたかったが、逃げる方向が逆だった。

特異点側へ逃げるのは、極めて危険な行動だった。

そうしてその危険な予感は的中する。

「た、大変です! バグリーチャーが次々に特異点から出現してきます。その数……八体、いえ九体ですっ」

インカムから陽菜の悲鳴に近い声が上がる。

「村雨二尉の特科部隊はどうした?」

「向かってます。ですが歩兵に合わせた行軍だと、そちらに到着するのに五分はかかります」

「装甲車両だけでも先に向かわせろ。民間人がいるんだ。救助させるんだ」

「わ、わかりました」

大翔は後手に回る陽菜の対応にイラついたが、所詮にわか仕込みである。むしろよくやっていると言えたが、この状況ではジリ貧だった。

「陽菜くん。ゼロの調整はまだかい?」

「いま、七〇%です」

「もっと急げないかな?」

「無理です。機能毎に転送しないとゼロのOSがハングアップする恐れがあります。そうなったらアウトです。わたしが手伝えるといいんですけど……」

オペレーターと並行してできるほど簡単な仕事でないため、陽菜の抜けた穴は予想以上に大きかった。

「そうか……できるだけ早く頼む。こいつ一匹に構ってられないからな」

「全力を尽すよう指示します」

陽菜は通信を終わると、メカニックたちに急ぐよう指示を出した。

「ロバイン三尉がいてくれたら……」

陽菜は、レンが篭城する居住モジュールをチラリと眺めた後、ため息をついて作業を再開した。

;(BGM:OFF)
;(背景:フェードアウト)


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;(効果:センタリング)
  6 ~見えない敵~
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;(BGM:)
;(背景:)


(美羽。そっちへ行っては駄目よ)

ユリアは既に、新たに現れたバグリーチャーの気配を察知していた。

その固体数も把握しており、絶望的な気分に陥っていた。

「シャクシャインを放ってはおけない。それに三人で固まって行動した方がいい」

(……わかったわ。でもシャクシャインと合流したら、すぐに自衛隊に向かって逃げるのよ)

だが、その自衛隊も頼りになるか分からなかった。

ユリアはその思考を発信すること無く、自分の胸の中に飲み込んだ。

「分かってる」

美優を抱いたまま、美羽はシャクシャインの元へと向かった。

シャクシャインは、美羽が美優を救出したのを見て、安堵と疲労のため、その場で立ち止まり、荒い息を整えていた。

住処からここまでずっと走ってきたのだ。その蓄積された疲労は限界に近かった。

美羽が美優を連れてシャクシャインの元へとたどり着く。

「ここは危険だよ。あっちに行けば自衛隊がいる。さあ行こう」

「連中の、世話になどなら……」

「馬鹿なことを言わないで! あんなバケモノに素手で適うわけないじゃない。あの鉄の巨人だって、苦戦してるのよ! 頼むからたまにはわたしの言うことも聞いてよっ!!」

美羽は振り返ってゼロを指差した。

三本足のバグリーチャー相手に、苦戦を強いられているゼロの姿がそこにはあった。

シャクシャインの目にもその様子は容易に伺えた。

確かに人間の力ではどうしようもない圧倒的な暴力を、バグリーチャーから感じとった。

「……仕方ない。だが今回だけだぞ」

「ありがとうシャクシャイン」

美羽は美優を抱いたまま、シャクシャインに背を向けると、自衛隊の部隊に向かって再び走り始めた。

シャクシャインも、ゆっくりとだが、歩いてその後を追った。


大翔は切羽詰まっていた。火器管制プログラムが未調整だったため、バグリーチャー相手に素手で渡り合う羽目に陥っていた。

「ハンドグレネードさえ使えればこんな奴……」

棍棒のような右手の一振りをかわしながら、大翔はプログラムがセットアップされるのをひたすら待った。

「苦戦してるようだな?」

インカムから落ち着いた男の声が聞こえた。特科部隊の村雨二尉からの通信だった。

「おっせえよ。この給料泥棒!」

村雨二尉率いる特科部隊の対バグリーチャー用装甲車両が、坂を登ってようやく現れた。

弾丸さえ弾き飛ばす巨大な八輪のホイールは全て独立したモーターで駆動する。

六〇ミリの厚さを誇る最新の複合装甲に、簡易型電磁レールガンと三五ミリ機関砲二門を装備した自衛隊の虎の子兵器。

二九式戦闘装甲車両、通称バウンザーが、黄土色の砂塵を撒き散らし、悠々と現れた。

バウンザーに装備された三五ミリ機関砲が唸り声をあげる。

バグリーチャーの背中に、毎秒約五〇発×二の機関砲弾が炸裂する。

人間ならば一発でミンチなのだが、バグリーチャーに対してそれは、牽制くらいにしか効果がなかった。

だが、機関砲で足止めをしている隙に、簡易型電磁レールガンの照準がセットされ、号砲を打ち鳴らす。

その威力は簡易型と言えすさまじく、轟音と共に、バグリーチャーの上半身は根こそぎえぐり取られて消し飛んだ。

ピクリとも動かない三本足の下半身だけが、地上に取り残された。

「楽勝だな。陸自の研究所もそんな役に立たない人形なんか作ってないで、こいつを量産すれば済むことなのにな。そう思わないか?」

村雨はバウンザーの中から皮肉めいた口調で大翔に尋ねた。

「うっせぇよ。俺が足止めしといたか仕留められたんだろうが。それより民間人の救助に行ってこいよ」

「もう行ってるよ」

その言葉通り、すでにもう一台のバウンザーが、美羽たちの前で停車していた。

「素早いね。ところでバケモノはあと九体いるらしんだが……」

「問題ない。オレ達はその倍以上のバグリーチャーを殲滅してきた」

虚勢ではなく、絶対の自信を持ったひとことだった。

だが、次の瞬間。前方で美羽たちを保護しているはずのバウンザーから白煙が上がった。

次いで、そのバウンザーはまるでオモチャのように横転した。



美羽の目の前に、自衛隊の装甲車両《バウンザー》が現れたとき、ようやく助かったと思った。

シャクシャインが追いつくのを待って、装甲車両《バウンザー》に乗り込もうとしたときである。

(危ない、避けて!)

ユリアの叫びが美羽と美優の脳裏に響く。

その叫びはシャクシャインにも、バウンザーに乗っていた自衛官にも聞こえるくらい、強力な思念だった。

美羽は咄嗟に美優とシャクシャインの手を引いて、バウンザーから離れた。

二人を押し戻すように、飛び掛かったため、美羽ら三人は地面に転げ落ちた。

「どうした?」

ハッチの上から学徒自衛官が声をかけたその瞬間、バウンザーに衝撃が走った。

見ると、機関砲の砲身が、への字に曲がっていた。

何かが高速でバウンザーにぶつかったようだ。

(立って、立ち上がって走るのよ!)

「この声は?」

シャクシャインにもユリアの声が聞こえたようだ。

「みんな走って!」

美羽は美優を抱えると、シャクシャインに向かってそう叫んだ。

「う、うむ」

シャクシャインは美羽に言われるがまま立ち上がり、黙々と走った。

(迷彩能力を持ったベム《バグリーチャー》よ。こんな近くに来てるなんて……、まったく気付かなかったわ)

振り返ると、ぼんやりとゼリー状に空間が歪んでいる場所が見えた。

その物体は、バウンザーの車輪に取りつき、その豪腕でバウンザーをひっくり返した。


「どうなってるんだ一体?」

大翔はオペレーターの陽菜に尋ねる。

「わ、わかりません」

「わからないじゃないだろう。モニタではどうなってる!」

「すいません。えと、モニタには何も……、あ、バグリーチャーの反応がありました。あ、でもまた消えました。ど、どういうことでしょうか?」

「こっちが聞きたいよ……」

「余り考えたくは無いが、ステルス機能を持ったバグリーチャーなのかもな」

村雨が口を挟む。その口調は冗談で言ってるわけではない。本気だった。

「そんなのありかよ!」

「泣き言を言うな。バグリーチャーは理不尽な存在なんだよ」

幾多のバグリーチャーと激戦を繰り広げてきた村雨の一言は、とても重たくシビアだった。

「くそっ」

大翔は舌打ちする。

丁度その時、大翔たちの前に、逃げてきた美羽たちが到着した。

「バケモノは迷彩能力をもってるらしいよ。気を付けて!」

大声で美羽は叫ぶ。

ゼロとバウンザーの中に入っている人に伝えるため、ありったけの声量で叫んだ。

そこまでしなくても、ゼロやバウンザーには集音装置が付いているので、美羽の声ははっきりと聞こえているのだが、その声は、大翔と村雨の迷いを打ち消す効果をもたらした。

「迷彩能力だとよ。どうする?」

「弾幕を張っていぶり出す」

「それいいね。採用」

「歩兵隊も追いついた。行くぞ」

ゼロとバウンザーの背後に、重火器で武装した重装歩兵隊が到着する。

大翔と村雨は、重装歩兵隊を引き連れて、横転したバウンザー目指して移動を開始した。

大翔はゼロのマニピュレーターでVサインを美羽に送った。

;(BGM:OFF)
;(背景:フェードアウト)


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;(効果:センタリング)
  7 ~ゼロワン起動~
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;(BGM:)
;(背景:)


ゼロとバウンザーから三〇〇メートルほど離れたところに、ツーアイズチームのトレーラーやトラックが待機していた。

そうしてそれらをガードするかのように、小銃を持った歩兵が四名、護衛についていた。

護衛に連絡が届いていたのか、美羽たちが到着すると、検査なしで陣内に招き入れた。

「よく頑張ったな」

「お嬢ちゃんたち。もう安心だよ」

護衛の歩兵たちが美羽たちに声をかける。

「喉が渇いた……」

ずうっと走り続けてきた美羽の喉がカラカラだった。

「奥に赤い十字が描いてあるトラックがある。そこに医療チームが待機してるからそこへ行けば水が貰える」

「とりあえず三人ともそこへ避難するんだ」

「ありがとう」

「ありがとうお兄ちゃん」

「……世話になる」

三人はほっと胸をなで下ろして、赤十字のトラックへと向かった。


「おいしい」

美羽は一リットルのスポーツドリンクを一気に飲み干した。

普通の水と違ってすごく飲みやすく、すんなりと身体に吸収されてゆくのが肌で感じ取れた。

「どうした? まさかスポーツドリンク飲むのは初めてか?」

従軍医師は美羽の飲みっぷりに呆れていた。
学徒自衛官だらけの中、医師だけは学徒に任せる訳にはいかないため、退役した従軍医師がチームに編成されていた。

美羽が無言で頷くと、老医師はもう一本ペットボトルを取り出して美羽に差し出した。

美羽はそれを受け取ろるべく、手をだそうとしたが、シャクシャインの視線に気付いて手を引っ込めた。

だが、シャクシャインは首を横に振って「頂きなさい」と言うや、美羽は奪うようにペットボトルを受け取り、再び一気に飲み干した。

「ありがとう」

「どうってことないさ。それよりも、そっちのあなた、ちょっと脈を計らせてくれないだろうか?」

老医師はシャクシャインに向き直ってそう言った。

「……ワシはいい」

「顔色が悪い。見たところ、そう若くも無さそうだし、一度診察を受けて貰えんかね?」

「おとうさん。みてもらって!」

美優がシャクシャインの服を掴んで懇願する。

病気がちな美優は自分以上に他人の健康に敏感だった。

いまにも泣き出しそうなつぶらな瞳で見つめられると、シャクシャインも観念するしかなかった。

老医師の前に座ると、大人しく手を出した。

「手短に頼む」

「あんた、いい娘さんを持ったな」

老医師は血圧計と、聴診器を取り出した。


ユリアはいま、全神経を集中させ、自衛隊とバグリーチャーの戦力比を計算し、勝率を割り出していた。

これまで見て感じてきた自衛隊の戦力と平均的なバグリーチャーの戦力を冷静に比較すればするほど、その勝機の少なさに愕然としていた。

(――このままでは全滅する――)

ユリアの種族は武器を持たなかった。

争うという概念が失われていたのだ。

数十億年に渡る平穏な日々が彼女らの種族をそうさせた。

だが、武装するという概念がなくとも、この地球に着いて、自衛隊を観察することにより、兵器というものの概念は分かった。

ユリアたちの技術からすれば石器で出来たナイフのようなシロモノではあったが、それは紛れも無くバグリーチャーに対抗できる武力だった。

そうして、戦力分析の最中、コンテナトレーラー内に、まだ未使用の兵器があるのを発見した。

それはゼロと同じ人型兵器だった。早速ユリアはその性能を分析した。

(――これはっ――)

その兵器は、ゼロとは比較にならないくらい精巧な技術で作成されていた。

そもそも根本的な基本原理から異なっていた、外観こそ似通っているものの、中身が、使用されている技術が全然違っているのだ。

それはもう、全く別の兵器といっても過言ではなかった。

(――これを運用させれば、もしかしたら――)

だが、この兵器の構造を分析すればするほど、パイロットに尋常じゃない負荷がかかることが判明した。

(――それでも、やるしかない――)

ユリアは生き残るため、バグリーチャーを殲滅するために兵器の運用を決意した。

(美羽、話があるの……)

ユリアの思念が美羽にだけ向けられる。

「どうしたの?」

(みんなを、美優やシャクシャインを守りたい?)

「当たり前じゃない」

(あなた、そのために死ぬ覚悟はある?)

「どういう意味?」

(恐らくこのままだと遠からず全滅するわ。それを回避できる方法が一つだけあるの)

「わたしが死ねばみんなは助かるの?」

(そういう意味じゃないわ。死ぬ危険があるってことよ。あなたに戦う意思はある?)

「もちろんあるわ」

(じゃあついてきて、こっちよ)

ユリアは、美優の持つ生命維持カプセルから抜け出すと、その半透明なホログラフィのような姿を美羽が持つ時計(大翔から貰ったもの)に宿らせる。

そうしてその時計に内蔵されたレーザーポインタを光らせながら美羽を導いた。

「何処へ行く美羽!」

診察を受けるシャクシャインが怒鳴る。

「おねえちゃん!」

美優も叫ぶ。

「大丈夫よ。みんな守るから。絶対に……」

美羽はそういうと、医療トラックから飛び降りた。


時計に乗り移ったユリアに導かれて、美羽は大きなトレーラーの前にやってきた。

(いまからこのトレーラーのシステムに介入するから少し待ってて)

ユリアはそういうと、その半透明な身体をトレーラーに重ね、同化した。

ほどなくしてコンテナのハッチが自動的に開く。

(乗って美羽)

美羽はいわれるがままコンテナに飛び乗った。

「うわ、なんだキミは」

「ロックがかかっていたのに、一体どうやってはいったんだ」

コンテナの中には、ゼロの火器管制プログラムをチェックしていたメカニックたちが居た。

ハッチのセキュリティは万全なのに突然開いたことと、そこに美羽が飛び乗ってきたことで驚いている。

「わたしは美羽。みんなを守るためにやって来た」

美羽は真顔でそう答えた。

(システムはだいたい把握したわ。運がいいわ美羽。あなたが貰ったというこの腕時計、それって唯一のネックだった兵器のハードキーだわ)

「どういうこと?」

(この兵器を動かすカギみたいなものよ)

コンテナトレーラーに格納された、真紅のコンテナが音を立てて開いて行く。

「ど、どういうことだ!」

「ゼロワンがどうして!」

動揺し、パニック状態になるメカニックたち。
その様子はオペレータとしてモニタをチェックしていた陽菜も驚かせていた。

そんな学徒自衛官を尻目に、美羽は真紅のコンテナの元へと向かった。

(乗って美羽。あなたはこれで戦うの)

「これってさっきの巨人よね」

(ツーアイズ・ゼロワン。それがこの機体の名前よ)

「ゼロワン……」

(扱い方のレクチャーは動かしながらやるわ。起動するから乗って)

「わかった」

美羽はゼロワンに搭乗した。

沢井ら技術チームは、まるで夢を見ているような気分だった。

恐ろしいスピードでゼロワンの起動設定がなされており、メカニック班はもとより、レンでさえ知らされてない起動コードを僅か数秒で解読されたのだ。

「な、何が起こっているんだ?」

「おれたちは夢をみているのか……」

起動テストを行っていないゼロワン。それを一から起動させるには丸一日を要す。

起動マニュアルだけでキングサイズのファイル六冊あるのだ。

その起動におけるチェック項目が、ものすごい勢いでグリーンになってゆく。

ジグソーパズルのマス目を埋めるかのように、ゼロワンの制御システムが構築されて行く。

そうして更に驚くべきことに、ゼロワンの基本OSすらも書き換えられてしまった。

それらは全て、精神生命体ユリアが行ったことである。


(起動プログラム改修完了。実働シーケンスオン。美羽、その黒いコンテナを取ってみて)

「どうやって動かすの?」

(イメージして、あなたの考えをわたしが実行するわ)

「わかった」

美羽はモニタに写し出される黒いコンテナを取ろうと思った。

すると、ゼロワンは膝を付いてしゃがみ込むと、黒いコンテナを手に掴んだ。

「取れたわ」

(今度はコンテナの中身を取り出して)

「わかった。やってみる」

美羽が思考すると、ゼロワンはコンテナのロックを解除し、中から折り畳まれた銃、レールガンを取り出した。

(この世界での最強兵器よ。それを持って行きましょう)

「うんわかった」

まるで人間のように、スムーズな動作でゼロワンはコンテナトレーラーを飛び降りた。

「私たちは夢を見ているのか……」

「さ、沢井一曹、ゼロの火器管制プログラムが完成してます」

「なんですって?」

陽菜は転送されたソースコードをざっくりと眺めた。

それは完璧なソースコードだった。文句のつけようもない美しい仕上がりに、沢井は嘆息を漏らした。

それは、ゼロワン起動のおまけにユリアが片手間に修正したものだった。

「何が起こったのか分からないけど調査は後回しにしましょう。いまはこのプログラムをゼロに転送するのが先決よ」

「了解しました」

「ゼロへの転送を開始します」

;(BGM:OFF)
;(背景:フェードアウト)


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;(効果:センタリング)
  8 ~殲滅~
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;(BGM:)
;(背景:)


大翔と村雨は、見えない敵を相手に苦戦していた。

幸い破壊力はそれほどでもなかったので、バウンザーはその装甲に守られて被害は軽微だったが、闇雲に機関砲を連射したので、もう残弾がなくなってしまった。

反対にゼロはかなり深刻なダメージを受けていた。

強化カーボン複合材の装甲は、所々亀裂が走っており、関節部の気密性が失われたため、機動性も鈍くなっていた。

なにより、中に入っている大翔の体力は限界に近かった。

ゼロの運用限界は二時間だが、それは通常に運用した場合で、戦闘時においてはその時間は格段に縮まる。

最大三〇分。これが大翔の体力が持つ限界のであった。

そうして戦闘はすでに二〇分以上経過している。

この見えない敵の後に、まだ九体近くのバグリーチャーがこちらに向かっているのだ。

幸い足はそんなに速くはなかったが、あと数分もすれば、第二派がやってくる。

「戦闘レンジ内に、三、いえ、四体進入しました」

陽菜のつたない報告がインカムに響く。

「ちょっとやばくないか?」

「喋ってる暇があるなら奴を足止めしろ」

めくら撃ちの簡易型電磁レールガンが虚しい号砲を上げる。

「お前こそ無駄弾打つなよ、バッテーリが干上がっちまうぞ」

そう大翔が悪態を吐いたときである。

;(SE:レールガン)

雷鳴のようなもの凄い轟音が鳴り響いた。

ゼロとバウンザーの間をすり抜け、迷彩能力によって身を隠したバグリーチャーにレールガンの弾道が貫通し爆散する。

まるで正確な位置を掴んでいたかのような、完璧な狙撃だった。

「な、なんだ!」

「いまのは……」

慌てて後部モニタを表示する二人。

そこには、真紅の人型兵器、ツーアイズ・ゼロワンが、スナイパーのようにレールガンを構えて立っていた。

「ゼロワン……だと……?」

大翔は信じられないという口調で呟く。

「あれはゼロか?」

村雨の問いに大翔は答えない。それほど混乱していたのだ。

「結城ニ尉、火器管制プログラムお待たせしました。転送します」

沢井一曹の声がインカムから流れる。

「オ、オイ、それよりなんでゼロワンが、誰が動かしているんだ!」

大翔はプログラムの転送どころではなかった。

ツーアイズチームのトップシークレットとして極秘に搬入されたゼロワンが起動していることに驚きを隠せなかった。

「我々にも分かりません。ただ、先ほど保護したツインテールの少女が乗っていることだけは確認しています」

「……ツインテールの少女って、美羽のことか?」

「はい、恐らくその少女です」

「確かにゼロやゼロワンの起動キーとなる腕時計はあいつにやったけど……、それだけで動く代物じゃないだろ」

「ですが現実です。そうしてもう一つの現実をお伝えします。もうすぐそこまでバグリーチャーが来てます。位置座標を転送するので確認願います」

陽菜の言葉で我に返った大翔は、ダウンロードした火器管制プログラムを実行した。

ゼロの内臓火器のアラームが解除され、グリーンになる。

「キタキタキタ! ようやく反撃だ」

とにかくいまは目の前の敵を倒そう。

大翔は気持ちを切り替えて、バグリーチャーに対峙した。


美羽は自分が行ったことが信じられなかった。

あれだけ必死になって逃げ回ってきた相手を一撃で屠ったのだ。

照準その他、すべてユリアのサポートがあったからこそ命中したのだが、トリガーを引いたのは美羽自身である。

戦うことを禁忌とされているユリアにとって、トリガーを引く美羽は不可欠な存在だった。

ユリアはいま、ゼロワンと一体化し、頭から爪先まで全てを制御下に置いていた。

美羽の身体になるべく負荷をかけないよう、細心の注意を払いながらゼロワンを操る。

それはこの地球のコンピュータではとても制御できない複雑な処理だった。

ユリアと美羽。

この二人が揃ったからこそ、この兵器、ゼロワンは稼動することが出来たのだ。

「す、すごい……」

(感動するのは後よ。目の前にもう四体のベム《バグリーチャー》が迫ってるわ。その後にもう五体控えてるわ)

「そんなに沢山のバケモノ相手に勝てるの?」

(このゼロワンの性能なら勝てるわ。わたしと美羽。あなたとのコンビならきっと勝てる)

ユリアの思考は自信に漲っていた。

「わかった。ユリアの仲間を苦しめた奴等を、美優を泣かせた連中をやっつけてやるわ」

(行きましょう)

「ええ!」

ゼロワンは脚部スラスターによって、ホバリングしながら移動を始めた。

その最高速度は時速二五〇キロメートル。
ゼロのホイールローダーでの走行の倍以上だった。

ホバーゆえ、整地である必要は無かった。湿地帯や海面でも移動が可能である。

ゼロワンは前方を移動するゼロとバウンザーを余裕で追い越すと、移動しながら最初に目に付いたバグリーチャーにハンドグレネードをお見舞いした。

爆散し、肉片が飛び散るバグリーチャー。

その青い体液をゼロワンは浴びるが、時速約一八〇キロメートルで滑空するゼロワンは、その体液を風圧で洗い流した。

真紅の塗装が黄土色の大地に映える。その赤はまるで、血の赤だった。

赤い血をもった人間の証であるかのように、赤々と輝いていた。

ゼロとバウンザーも負けてはいなかった。

火器が使用できるようになったゼロは、水を得た魚のごとく、ハンドグレネードを連射する。出し惜しみしないその攻撃によって、一体のバグリーチャーが破壊される。

バウンザーに取りついたバグリーチャーを、村雨はフルブレーキで引き剥がし、その倒れたバグリーチャーが立ち上がったところに簡易型電磁レールガンを叩き込む。電荷が足りなかったため、一発では完全に破壊できなかったので、もう一発叩き込む。

そうしている間にも、ゼロワンは残ったバグリーチャーをレーザーメスで三枚に下ろす。

僅か三〇秒足らずで四体のバグリーチャーを殲滅した。

「ノってきたな」

「これが実力だ」

「おーい美羽、聞こえるか」

大翔はゼロワンに向かって通信した。

「ど、どうすればいいの?」

突如聞こえた大翔の声に、美羽は戸惑っていた。
自衛隊の兵器を勝手に使用しているという負い目があったからだ。

(いま回線を開いたわ。話せるわよ)

ユリアが美羽に告げる。

「え、えっと。なに?」

美羽は緊張した口調でそう呟く。

「うひょう! 本当に美羽かよ」

「誰だ美羽とは?」

村雨が怪訝そうに尋ねる。

「民間人の少女さ。なんでお前が乗ってるんだ?」

「そ、それは……」

美羽は言いよどんだ。

(お喋りはそこまで、第二弾来たわよ)

「また敵が来たから後で話すわ。ヒロも気を付けて!」

美羽はそれだけ言って回線を切ると、ゼロワンを走らせた。

「お、おい待てよ!」

「やれやれ……」

――三分後。

特異点より出現したバグリーチャーは、すべて殲滅された。



戦場から一キロほど離れた丘の上で、三人の男女がゼロワンたちの活躍を見つめていた。

「圧巻でしたね」

双眼鏡から目を離した黒須川が嘆息を漏らす。

「あの赤い奴はおれが頂くゼ!」

マンイーターはゼロワンのすさまじい戦闘能力に惚れ込んでいた。

「今度はドジ踏まないでよね」

ノアは、はやるマンイーターを窘める。

「ッセーなノア。ダマッてろ!」

「それじゃあ計画通り、クロス頼んだよ」

「分かりました姐さん」

黒須川は愛車のGTサンパチに跨ると、スロットルを回してバイクを走らせた。

「上手くいくのかしら?」

「イかせるんだよ。是が非でもな」

マンイーターとノアはジープに乗り込むと、アジトへ向かってアクセルを踏んだ。

;(BGM:OFF)
;(背景:フェードアウト)
最終更新:2007年09月23日 12:56
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