1章「Bug nest《バグネスト》」


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  1章「Bug nest《バグネスト》」

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  0 ~イントロダクション~
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北海道。

かつては大自然に囲まれた未開の地。

北海道開発庁という省庁があったくらい攻略が難しい自然の要塞であった。

だが、北海道の自然も、人の造りし建造物も、人工ブラックホール《シュヴァルツドライヴ》の暴走という人類史上最悪の事故により、跡形もなく消え失せた。


西暦二〇三〇年――。

現在残っているのは、そこに北海道があったという事実と、国立図書館に残された膨大な資料。

そうして忌まわしい記憶のみだった。

死者行方不明者の数、約五〇〇万人。

それは北海道の総人口の八割を越えていた。

いや、全滅しなかっただけマシだったのかもしれない。

そうして僅かに生き残った道民も、飢えと寒さ、舞い上がる粉塵に肺をやられ、次々とその命を失っていた。


政府は事故を隕石の落下と国民に説明した。

また、隕石には未知のウィルスが付着しており、生き残った道民は皆感染の恐れがあるため隔離する必要があるとも付け加えた。

ある意味政府の対応は素早かった。

政府は道民の保護活動法案を議会に提出し、強行採決した。道民の保護活動法。

それは、保護とは名ばかりの隔離政策であった。


保護法の施行により、道民は、自衛隊が配給する僅かな食糧と燃料で、生活することを余儀なくされた。

一枚の毛布を巡って殴り合い、時には殺し合いも起こった。

ウィスルの拡大を防ぐという偽の情報により、内地へ疎開することも許されない道民は、生きる目的を失い、完全に難民と化していた。

政策開始当初は、同じ日本人として許せないと人権団体が騒ぎ立てたりした。

だが、政府の狡猾な情報操作により、人々は北海道のこと、道民のことを、時が経つにつれ、記憶から忘れ去っていった。

事故から一〇年が経ち、忘れられた民、道民の不満は次第に膨れ上がってゆく。

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  1 ~釧路~
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;(背景:砂丘1)


何処までも続く荒れ果てた大地を、一台の特殊大型トレーラーが走っていた。

車幅五メートル、全長二〇メートルの特殊車両は、日本の狭い一般道を走ることはできない。

だが、そんな特別仕様も、この砂漠のような荒野を走破するにはちょうど良いのかもしれない。

そのトレーラーを先頭に、まるで団子のように密集して、数十台のトラックと装甲車がその後に付き従っている。

突き抜ける蒼天、圧巻とも言える白い入道雲。

真夏の北海道はとても清々しく、都会の喧騒を忘れさせてくれる。


だが心地良いのは空の景色だけだ。地上はもう悲惨なものだ。草一本生えてない不毛の荒野が延々と続いている。
ごくたまに草木が生えた地帯も見えるが、それは砂漠の中のオアシスのように稀な存在だった。

「一〇年前とはえらい違いだ」

揺れる車中、大翔は草原を自転車で走っていた昔を思い出していた。

そこにはまだ草木や川があり、姉妹も居た。だがいまは誰もいない。

一〇年前の事故により全てを失ってしまった。

特別学徒自衛官の制服で身を固めた若い男性。まだ少年と言っても過言ではない。

左手でハンドルを掴み、右手には水が入ったペットボトルを片手に、だらしなく運転している。


結城大翔(ゆうき ひろと)。
若干17歳で士官であるニ尉という謎多き学徒自衛官。

いつもニヤニヤと笑っているので、軽薄そうなイメージがつきまとい、泣かせた女性自衛官の数は一個師団にも及ぶという。

そんな悪い噂が絶えない。

それら噂は事実無根も甚だしいのだが、当の大翔は弁解すること無く、あくまで飄々としていた。その態度が更なる誤解を生む。

「結城二尉。そろそろゼロの着装準備にとりかかってください」

融通のきかなそうな女性の声が、隣の助手席から響いた。

技術者にありがちな化粧とは無縁のスッピンの女性。

とはいえ彼女もまた大翔と同じ学徒自衛官のため、化粧をしなくても充分魅力的であった。

自衛官らしく短く切った黒髪に切れ長の鋭い瞳は少しキツイ印象を受ける。
実際はどうかというと、やはりキツイ性格なので印象通りのイメージ通りで問題なかった。

「レンくんさあ。いまは夏だよね。北海道といっても、夏は結構暑いよね」

「北海道じゃありません。いまはバグネストです。何度言えば理解して頂けるのでしょうか。それよりも早くゼロを着装してください。時空歪曲率が上昇して、とっくに警戒レベルに達しているんですよ」

レンは神経質そうに、助手席の前にずらりと並んだ計器パネルの内の一つに示される、時空歪曲率を現わすモニタを、キリっとした大きな瞳で追いかけていた。

「開発者って奴はさ、性能ばっかり追っかけてさ、中に入る人間のことなんてまるで考えてないんだよなぁ。つーかゼロの実戦データを取りたいから、おまえら北海道に行ってこい。ときたもんだ。人使い荒いと思わない?」

「牧野主任はちゃんと搭乗者のことも考慮して設計しています。それに、未評価の機体を量産するほど、日本の財政は裕福ではありません」

「知ってるよ。その財政赤字というかヤバイ位の借金をなんとかしようってのがこのプロジェクトなんじゃないの?」

「そうです。分かっているのなら早く着装してください」

「んー。でもあれって一種のサウナスーツなんだよ。一〇分で二キロは痩せちまうんだぜ。そうだレンくん。キミ乗ってみないか。マジで痩せるよ」

「わ、私は、太ってなんかいません!」

「冗談だよレンくん。でもなー、もう少しメリハリってものが必要だと思うんだよ。もう少し胸にボリュームがあったら完璧なのにねぇ。あ、俺はいまのままが好きだよ。ところでレンくんは彼氏とか作らないの? 意中の士官とかいないなら……さ」

「結城二尉。これが最後の警告です。これ以上ゼロの着装を遅らせた場合、東城一佐に職務放棄と報告を入れさせて頂きます。それでもよろしいのですね?」

「特務四科所属、結城大翔二等陸尉。ゼロの着装準備に入りますっ!」

東城一佐の名を聞いた大翔は、それまでの軟派な態度を一変させ、キビキビとした動作で、ゼロのコンテナへと向かった。

そんな大翔を、レンは半ば呆れながら見送った。

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バグネスト。

かつて北海道と呼ばれていた土地は、現在ではそう呼称されていた。

もっとも、バグネストと呼称するのは、本土の人間か役人くらいで、道民は皆、北海道と呼び続けていた。

核融合エンジンを実用化し、ノーベル物理学賞を受賞した天才科学者、虎宮沙良博士。

彼女はその功績に満足する事はなく、更なる研究に没頭した。

博士の次なる研究は、極小ブラックホールを利用したエネルギープラントの開発だった。

シュヴァルツドライヴプロジェクト(SDP)。

政府は国家規模のプロジェクトとして博士の研究をサポートした。

なにせ完成すれば無限のエネルギーが得られるだけに、その開発は全世界から注目された。

だが、計画は失敗に終わった。

極小とはいえ、圧縮された巨大質量の暴走は、実験施設はおろか、施設のあった北海道そのものを跡形も無く消失させるだけの威力を持って暴れ狂った。

そうして、日本の地図より北海道は失われた。

直径五〇キロに及ぶ巨大クレーターが、実験施設のあった旭川市を中心に広がり、その衝撃の余波は青森県まで及んだ。

悲劇はそれだけで終わらなかった。

暴走震源地では時空の歪みが生じ、施設後を中心とした半径約二〇キロ以内には、立ち入りが禁止された。

その半径こそが、疑似ブラックホールのシュヴァルツシルト半径《事象の地平面》に他ならなかったのである。

実験施設と北海道は崩壊したが、ブラックホールが出現したということは、ある意味、実験は成功したとも言える。無論。そのようなことを政府が公表するわけはなく、ブラックホールの出現は国家機密扱いとなっていた。

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学徒自衛官。
それは被災孤児たちの救済として、政府が行なった政策の一環であった。
事故によって被災し、身寄りを失った子供たちをバグネスト復興のため、自衛官として派遣できるよう幼少のころより特殊な教育を行い、個々の能力にあったスキルを開発してゆく。
学徒自衛官は一五~十八歳くらいまでの少年少女たちで構成されている。

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トレーラーに連結されたコンテナのハッチを開けると、中に溜まった熱気が大翔の頬を突風のように撫でる。

やれやれとかぶりを振って、大翔はコンテナに一歩足を踏み入れる。

中はサウナ室として利用可能なくらい、こんがりと熱されていた。

大翔の口からため息が漏れる。

「レンくんさあ。ひょっとして空調壊れてんの」

大翔はインカムを通じてレンに愚痴を吐いた。

「経費節減とゼロの耐熱試験にもなるので、コンテナ部の空調は切ってあります」

「おいおい、ゼロって精密機械だろ? そんな乱暴に扱っていいのかよ」

「ですから耐熱試験も兼ねていると言いました。何か不満でも?」

「だからって俺たちまで一緒に試験することはないんじゃないの?」

澄ました態度のレンに文句を言っても、のれんに腕押しだと判断した大翔は、それ以上は何も言わず、ゼロの着装準備に取りかかった。

「キミたちも大変だな」

コンテナトレーラーに付き従っていたトラックに搭乗していたゼロの作業員たちが、重たそうな器材を持って、くそ暑いコンテナの中に入ってくる。

「任務でありますから」

体育会系のさわやかな笑顔の作業員数名に囲まれ、大翔はやれやれとかぶりを振った。

「ったく。経費節減もなにも、このトレーラーには核融合エンジンが積んでるんだからエアコンの電力くらいケチってどうするよ」

「結城二尉、核融合エンジンはゼロの運用時に使用されます。トレーラーは通常、燃料電池によって運用されているので、ロバイン三尉はケチっているわけではありませんよ」

沢井陽菜という名前の技術下士官が生真面目に答える。階級は一等陸曹だった。
彼女もまた大翔と同じ被災孤児で、学徒自衛官としてこのプロジェクトに参加している。
レンとは対照的に明るく、笑顔がチャーミングな女の子だった。

そうしてどういうわけか支給された作業服ではなく、養成学校の制服を着ていた。

「沢井……陽菜くんだっけ? 冗談だよ。冗談。俺も馬鹿じゃない。それくらい知ってるさ」

「し、失礼しました!」

「そんなに恐縮しなくていいよ。階級なんて飾りだからさ。それよりどうして制服着てるの? 目の保養になるから俺は全然オッケーなんだけど」

「あ、はい。作業服ってもの凄く汗かくんですよね。それに作業服を着ないとダメだって規則は無いので、通気性の良い制服のほうが動きやすいので」

「なるほど納得の理由だ。そんじゃま怖いお姉さんが着装するのを、首を長くして待ってるんで、手早く済ませちまおうぜ」

「了解しました」

沢井一曹は大翔が見守る中、ゼロの収納されたハンガーコンテナの安全装置を解除してゆく。

開かれたハッチの中には、大翔の体型に合わせたインナースーツがぶら下がっていた。そうしてその奥には、金属の塊が静かに鎮座していた。

「結城二尉、お願いします」

沢井一曹はそのまま奥にある金属の塊の方へ、部下を引き連れて向かった。

大翔はそんな沢井のモチベーションというかハイテンションに気後れしながらも、着ている軍服を脱ぎ、ハンガーに吊ってあるインナースーツを取り外してダラダラと着替えた。


「ロバイン三尉、ゼロの安全装置、全て解除しました。起動用パスコードを入力し、核融合エンジンを始動してください」

沢井一曹の嬉々とした声が、インカム越しに響く。

インナースーツに内蔵されたスピーカーの感度は良好のようだ。

「こちらロバイン三尉。ゼロの起動パスコード入力しました。核融合エンジン始動スタンバイお願いします。

「了解しました。燃料ヘリウム注入開始します」

「タービン内圧力増加」

「加速率上昇。対消滅機関起動電圧まであと八〇、七〇……」

核融合エンジンを起動させるのにかかる時間は五分から一〇分だった。

「俺はストレッチしてくるから後よろしく」

インナースーツを纏った大翔は、くそ暑いコンテナから飛び降りた。

「あ、はい。いってらっしゃい」

沢井一曹の返事を待たずにコンテナから外に飛び出すと、大量の砂ぼこりが舞った。

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細かく砕けてパウダー状になった砂の粒子は、足元に絡み付き、歩く度にキュッキュッと嫌な音を立てる。

まるで月の大地だった。

月を舞台にした映画を撮影するならこれほど適したロケーションは他にないだろう。

これがあの自然豊かな北海道《バグネスト》の姿なのかと思うと、大翔はやりきれない気持ちになった。

しばらく歩いて、剥き出しのコンクリート片の上に立った。

ここなら埃が舞う事も無い。

大翔はそのコンクリートの上で器用にストレッチを行った。

できるだけ筋肉をほぐしておかないと、ゼロの負荷に耐えられず肉離れを起こす。

最悪は靭帯断裂もありうるのだ。

事実、ゼロの実験中に故障したテストパイロットの数は枚挙に暇ない。

「しっかし、ゼロでこのザマだ。ゼロワンのパイロットなんて人間につとまるのかよ。まっ、俺のしったこっちゃないけどな」

大翔は汗だくになるまでストレッチを続けた。

「結城二尉。ゼロの起動準備が整いました。速やかに帰投してください」

インカム越しのロバイン三尉は、まるで怒ったような声に聞こえる。

もう少し愛想が良ければ可愛いんだけどなあと大翔は考えながら、インナースーツのドライモードで汗を乾燥させると、コンテナに戻った。

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  2 ~摩周湖~
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摩周湖のほとりで、釣り糸を垂らす少女が一人。

竿はなく、糸だけが濁った湖面に沈んでいる。

かつてはアイヌ民族から神聖な湖として崇められ、驚くほどの透明度を誇った聖なる湖。

それが摩周湖だった。

そんなアイヌ民族が自然神として親しんでいた摩周湖も、いまでは濁りきった湖でしかなかった。

湖心に浮かぶカムイッシュ《神の島》や、東岸のカムイヌプリ《神の山》も、今はもうその原形を留めていない。

唯一の救いは、砂漠化はしておらず、まだ草木が多少なりと残っているということだろう。

少女の瞳は絶滅した蝦夷狼にも似た鋭さを持ち、真剣そのものだった。

学徒自衛官養成学校の制服をまとっているが、どうみても生徒には見えない。

中学から高校生くらいの年恰好。赤い燃えるような髪の毛をツインテールにした寡黙な少女。


この釣り糸には今日の飯の種がかかっている。

ここ二日余り水と木の根しか食べてない少女にとって、魚釣りは遊びではなく、立派な狩猟行為なのだ。

少女の脇には、身の丈二メートル近くある初老の偉丈夫が、大地に根を生やしたかのように立っていた。

偉丈夫はアイヌの民族衣装《アットゥシ》を纏い、顔や腕に独特の刺青を彫っていた。

糸を垂らすこと一時間。

その間二人は、まるで自然の一部であるかのように振舞い、事実風景に溶け込んでいた。

微かに糸が張る。

少女は焦ること無く、指先を器用に動かし糸に緩急を付ける。

糸には手作りの疑似餌が付いていた。

湖中では、それが生きた昆虫のように蠢いているのだ。

大きなアタリが少女の指へ伝わってくる。食いついたのだ。

頑丈なテグスならば、このまま一気に釣り上げれば良いだろう。

だが、この糸は服の繊維を解き、幾重にも編んで作った手作りの糸だ。

伸縮性はあるが、強度はいまひとつだった。

少女は根気よく時間をかけて獲物を弱らせ、完全に体力を失ったニジマスを釣り上げた。

「よくやったな美羽。美優も喜ぶだろう」

初老の偉丈夫は、少女美羽にそう声をかけると、ニジマスを腰に吊るした麻袋の中に入れた。

「もう一匹釣っていい?」

「駄目だ。今は数を増やさなければならない。三日に一匹だ」

偉丈夫はそういうと、未練がありそうな美羽の腕を掴み、摩周湖を後にした。


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「シャクシャインはどうして配給を貰わないの?」

帰路の途中、美羽はシャクシャインと呼ばれる偉丈夫に尋ねた。

「国からの施しは受けない」

ぎろり、とシャクシャインが美羽を睨む。その眼光に美羽は思わず怯んだ。

「わたしはこんな生活でも構わない。だけど美優が可哀相だよ」

美優とは美羽の妹である美優のことだ。

「美優を連中に引き渡したいのか?」

「そうじゃないけど。美優のために配給を貰うのは正当な権利じゃないの? 連中はここをこんなに滅茶苦茶にしたのよ。その責任は負うべきだわ」

「もちろん奴等はそれ相応の報いを受けるべきだ。だが連中からの施しは受けん。これは誇りの問題だ」

シャクシャインはそれきり黙ってしまった。

そうなるともう話しかけてもで返事が返ってくる見込みはないので、美羽も黙るしかなかった。

約数十分。

平坦な荒野を歩いてゆくと、元々は旅館かホテルだったと思われる廃虚のビルがあった。

恐らく数十階建てだったのだろうが、二階より上は吹き飛ばされており、剥き出しになった二階と、かろうじて雨露をしのげる一階部分、それに地下室があった。

ここが美羽とシャクシャイン、そうして二人の会話に出てきた美優の住居であった。


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美羽とシャクシャインが廃ビルの手前まで来ると、彼らの気配を感じたのか、ビルの中から真っ白な肌をした蒼い髪の少女が飛び出してきた。

彼女もまた、美羽同様に制服を着ているが、学校に通っているかどうかは定かではない。

「おかえりなさい。おねえちゃん。おとうさん」

美優は美羽に抱きついて抱擁してもらう。

そうして美羽から離れると、今度はシャクシャインのにしがみつく。

シャクシャインは美優を軽々と持ち上げると、そのまま廃ビルへと向かった。

五歳で両親と死別し、美羽と共にシャクシャインに拾われて育った被災孤児の美優。

三人で暮らすようになって一〇年の歳月が流れたが、まだ二人が狩りに出て家を空けると、待っている時間に不安がつのる。


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;(回想始)

――五歳だった当時、運良く生き残ったものの、いくら待っても両親は戻ってこない。自分の周りには沢山の人が倒れていた。みんな動かなかった。

美優自身もショック状態に陥っており動けなかった。

このまま死ぬのだろうと、幼いなりに美優は感じ取っていた。

両親の生死も分からず、死体が積雪によって埋もれてゆく様を見ていると、自分もこのまま雪に埋まって死ぬのだと思った。

それでも良かった。生きたいという気持ちはあったが、助かるとはとても思えなかった。

僅か五歳の少女をそこまで悲観的にしてしまうだけの地獄がそこにはあった。

そんな、泣く気力すら失い、壊れた人形のように横たわっていた美優を抱き上げたのは、太い腕の偉丈夫、シャクシャインだった。

彼女の小さな命は、シャクシャインの大きな腕の中に収まることで九死に一生を得た。

;(回想終)

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そんな美優の抱擁には、無事に帰って来た二人への感謝と安堵の意味が込められていた。

「今日はニジマスを釣ってきた」

「やったー。じゃあ腕によりをかけて料理するね」

美優はシャクシャインに頼んで地面に降ろしてもらうと、彼の腰に付いた麻袋を解いてビルの中へ急いで戻っていった。

「早く早く」

廃ビルの入り口で、美優が手招きをする。

「さあワシらも帰ろう」

シャクシャインが美羽の肩に手を添える。

その大きな掌は、美羽に絶対の安心感を与えてくれた。


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;(回想始)

――爆風で記憶のほとんどを失い、歳も自分の名前すら分からぬまま彷徨っていた幼い自分。

泣いても叫んでも誰も助けてはくれない。

そんな日々が一週間近く続いた。

季節は冬。

飢えと寒さに凍え、雪をかじって生き長らえていた美羽の前に、大きな掌が差し出された。

掌を掴むと、その手は優しく美羽を包み込んだ。

見上げるとそこには大きな男がしゃがんでいた。

気を失う寸前、美羽は男に抱かかえられたことを知った。

それが養父シャクシャインとの出会いだった。

記憶と笑顔を無くした少女に、シャクシャインは美羽と名付けた。

;(回想終)

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「うん。戻ろう」

美羽とシャクシャインは美優が待つ我が家へと帰った。

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そうして三日ぶりのたんぱく質をゆっくりと味わって食べると、疲れたのかそのまま眠ってしまった。

「もーおねえちゃん起きてよー、こんなところで寝ちゃいけないんだよー。行儀が悪いっておとうさんに怒られるよー」

美優が美羽を起こそうと揺さぶるが、美羽は気持ち良さそうに眠るだけだった。

「そのまま寝かせてやれ。寝床へはワシが連れて行く」

シャクシャインは、眠った美羽を軽々と抱かかえる。

「あーずるい。あたしも連れってってよー」

美優はそういうと、余ったもう一方の腕にぶら下がった。

「今夜は少し暑くなりそうだ。暑いからといって裸で寝るんじゃないぞ」

「はーい」

と、シャクシャインの腕の中で美優は答えるが、朝になって目が覚めると、決まって服を脱ぎ散らかしてしまっており、美羽とシャクシャインを閉口させている。

「本当だな?」

「た、たぶん。というか、がんばる」

「よし」

シャクシャインは二人を両腕に抱え、地下に作った寝床へと向かった。

今はいい。夏の間は生活にも余裕があった。

たとえブラックホールによって大地を飲み込まれたとは言え、季節は必ず巡ってくる。

長い冬をどう乗り越えるか。

それはシャクシャインにとって頭痛のタネであり、課題であった。

この極限の北海道《バグネスト》で、配給にも頼らず、ひたむきに暮らす美羽たち。

彼らはこの地、北海道《バグネスト》が、権力者たちの利権のために、再び利用されようとしていることを、まだ知らない。

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  3 ~ツーアイズ・ゼロ~
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ゼロの起動実験は順調だった。

《IIS―0》これがゼロの開発コード名だ。

磁場の乱れの多いバグネストにおいて、電波障害を無効化して作業するパワードスーツ。

高度な計算能力と、分厚い装甲、携帯火器を選択することによって汎用性のある兵装を実現することから、IIS《インテリジェンスインパクトスーツ》と呼ばれた。

屋外や悪天候下での起動は始めてではないが、この粉塵が舞う、ある意味砂漠よりも性格の悪い土地で起動させるのかと思うと、レンは少し緊張していた。

階級は大翔より下の三等陸尉であったが、このIISプロジェクトチーム、通称ツーアイズチームの試験担当責任者としての全権限は彼女にあった。

本来ならプロジェクトリーダーであり開発主任の牧野一尉が担当するはずだったのだが、彼女は別の案件で忙しく、

「テストだけならロバインに任せても問題ないでしょう」

と、うっかり口を滑らしたため、バグネストに現地入りしたくない他の研究者らの賛同を得て、急遽試験担当責任者として大抜擢されたのだ。

要するに貧乏クジを引かされたのだ。

だが、レン自身は、尊敬する上司である牧野一尉直々の推薦ということもあり、必要以上に張り切っていた。

ロバインレン。一七歳になる健康でうら若き学徒自衛官。

言い寄る男性は多々あるが、自分よりも頭が良く、クレバーな男性像を理想とする彼女を射止める男性はまだ現れていない。

唯一望みがあった上司の牧野は既婚者だったのでどうしようもない。

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「レンくんさあ。早く起動してくれない? マジで頼むよ。このままだと蒸し焼けになって死んじまうぜ。ゼロの空調最優先な!」

インカムから伝わる下品な大翔の声で、レンは我に返った。

なんでコイツがゼロのパイロットなんだろう。

レンはバグネスト方面隊、第一三師団、第一三戦車大隊の司令である東城一佐を怨んだ。


;(回想始)

幾人ものテストパイロットが怪我で故障して、設計を見直すしかないと言われて落ち込んでいた時、東城一佐の推薦で結城二尉がパイロット候補として転属してきた。

約一年前の話だ。

そうしていきなり初対面で、

「キミ、可愛いね。彼強いるの? いや、いないよね。いたらもっとこう、柔らかい感じがするはずだよな。どうかな? 俺と付き合ってみない?」

と言ってのけた大翔を、レンは思わずグーで殴ってしまい、三日間の謹慎処分を食らってしまった。

屈辱に震えながら始末書を書いた記憶が鮮明に蘇える。

それは、レンの輝かしい経歴を汚す、唯一の失態であった。

なにしろ生まれてこのかた表彰はされても、反省文や始末書の類を書いたことが無いというのがレンの自慢だったから尚更である。

もちろん大翔もセクハラ行為でレン以上に重い処分を受けたが、日報のような感覚で始末書を提出している大翔とでは、その意味合いが根本的に異なる。

とにかく第一印象から最悪だった。

;(回想終)
;(背景:)


そうして大翔に対する評価は、一年経ったいまでも余り変わっていない。

それでもゼロをマトモに扱える自衛官は、いまのところ大翔くらいしか居なかった。

もちろん、ちゃんと探せば大翔以上に適正のある自衛官は居るのだろうが、ツーアイズプロジェクトにかける予算と人員では、それは過ぎた願いだった。

;(背景:)

一五七箇所にも及ぶチェック項目をクリアして、ようやくゼロの機体に動力が伝わる。

特殊合金で組み上げられた鋼の芸術品。
最新技術の結晶である白銀の巨人にいま、命が吹き込まれてゆく。

「結城二尉。空調が入りましたよ。気分はいかがですか?」

嫌味がブレンドされた口調で、レンが訊ねる。

「最っ高だね。科学万歳。計器もオールグリーン。なんの問題もないよ」

既にゼロの中に入っている大翔は、目の前に広がる無数の計器を眺め、そう答えた。

形状記憶チタンフレーム。強化カーボン複合材による特殊装甲など。

その他できうる限りの軽量化を施したゼロの乾燥重量は八五四キログラムと、軽自動車並である。

燃料、内蔵武器の弾薬、それからパイロットである結城大翔を搭乗させると、一トンを僅かに越えるが、それでもその軽さは驚異的であった。

そのゼロが、胎児のように四肢を丸めた状態で、コンテナのハンガーに吊るされて外へと運び出される。

大きく開いたコンテナの上部ハッチに吊るされたゼロの四肢が、窮屈な檻から開放された獣のようにゆっくりと伸びてゆく。

「ジャイロバランサーチェック完了。結城二尉、準備はよろしいですか?」

「問題ない。やってくれ」

「ゼロ、投下します」

レンはトレーラーと連動した助手席のコンソールから、ハンガーのフックを解除した。

バシュッ!
という音を立ててハンガーより切り離されるゼロ。

地上から一メートル高い位置に吊るされていたゼロが、ズゥウウンと音を立てて北海道《バグネスト》の大地に着地する。

もの凄い砂塵がぶわっと舞うが、防塵対策を施してあるゼロに影響はなかった。

「脚部および碗部の関節異常無し。結城二尉。室内環境訓練と同じ手順でゼロの運用をお願いします」

「はいよ」

大翔は軽く右足に力を入れる。

するとその筋肉の動きをトレースするように、ゼロの右足が持ち上がる。

インナースーツが筋肉の微細な動きをモニタし、ゼロ本体に伝えているのだ。

「操作手順にのっとり、歩行テストから始める」

ゼロに乗った大翔が実際に歩くことはない。

大翔の筋肉の反応を予測シミュレートしたゼロのコンピュータが、即座に脚を動かす。

上手く歩行させるにはコツがいるのだが、もう何百時間もゼロに乗ってきた大翔にとって、ゼロの操作は女性を口説くより簡単なルーチンワークでしかない。

二〇近くのテスト項目を淡々と消化して行く大翔。

それはまるで空手の形のように、荒々しい動作だったが、洗練され美しくもあった。

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限りなく人間に近い動作を見せるゼロ。

装甲の都合上、人間に及ばない動きもあったが、逆に人間ではありえない動作をすることも可能だ。

レンは、その光景を見せ付けられる度に、悔しいがゼロのパイロットとしての大翔は一流だと認めざるをえなかった。

「ついでに新兵器の試射もやっておくかい?」

全てのテスト項目を終え、コンテナトレーラーまで戻ってきた結城のゼロが、インカムを通してレンに尋ねた。

「ちょ、ちょっと待ってください。新兵器は磁場の影響を受けるので計算してみます」

流れるようなゼロの動きに思わず見とれていたレンは、突然の大翔の提案に虚をつかれ、少し慌ててしまった。

「ロバイン三尉、磁場は問題ありませんよ。結城ニ尉の提案通り、新型レールガンの試射もやっておきましょう。バケモノが出た後では調整が間に合いませんからね」

沢井一曹は暇を持て余していたので、周囲の磁場チェックを怠っていなかった。

それに兵器オタクでもある彼女にとって、強力すぎて内地では試射できなかった最新鋭のレールガンの威力テストは、とても興味深い事項なので、いつでも試射できるよう整備を怠ったことはなかった。

「そうですか。それでは付近に難民もいないみたいですし、いつ磁場が不安定になるか分からないので、今のうちにやっておきましょう。結城二尉、聞こえていますか?」

「聞こえてるよロバイン三尉。だがキミとしたことが詰めが甘いな。本当に付近に道民が居ないのかどうか、ちゃんと調べてくれ。そのための難民マップだろう」

いつになく真剣な口調でレンに注文を付ける大翔。

レンも、大翔が自分のことを『レンくん』ではなく『ロバイン三尉』と呼んだので少し驚いていた。

ひょっとしたら初めてそう呼ばれたかもしれない。

「わ、わかりました。確認してみます」

「頼むよ。殆ど真っ平らになっちまった北海道で、レールガンなんかを水平掃射したら、流れ弾が道民を巻き込む恐れがあるからな」

「さすがですね。敬服します。また、そこまで考えが至らなくて申し訳ありません」

インカム越しに沢井一曹が呟く。悔しいがレンも同じ意見だった。

レンは最新の難民マップで難民の分布状況を調べ始めた。


数分に及ぶ検討の末、最適な試射位置が割り出された。

「網走方面に向けて試射願います。硫黄山痕に僅かな隆起部分が認められますので、それを目標としてください」

「そこなら撃っても大丈夫なのか?」

「絶対に大丈夫という保証はできません。ですが、そこが一番安全だと思われます」

「そうかい。しっかし難儀な武器だね。威力強すぎやしねーか?」

「仕方ありませんよ。あのバケモノ相手にはそれくらいの威力の兵装でないと効果ありませんから」

沢井一曹が割って入る。

「えっと、なんていったっけ、そのバケモノの名前」

「バグリーチャーです。沢井一曹もバケモノなんて言わないで下さい」

「あっ、失礼しました!」

「そう、そのバグリーチャーってのシミュレーションで何度も戦ったけど、ホントに居るのかい? 特撮とか映画じゃないの?」

「発生固体数三四体。破壊個数二九体。所在不明個数三体。捕獲個数二体。難民の死傷者数二二八名。自衛官の死傷者数六八名。すべて事実です」

レンはバグリーチャーに関するデータをつぶさに報告する。

「それもこれもこのブラックホールのおかげってわけかよ。放射能汚染がないだけ核よりマシかと思ったら、とんだ二次災害を巻き起こしてくれたな。いわゆるバイオハザードってやつか?」

「そうですね。ですが結城二尉、そのバケモノ、いえ、バグリーチャーを殲滅するためにこのゼロは開発されたんですよっ!」

熱っぽく沢井は語る。

「あーそうですか」

そんな沢井を軽くあしらい、大翔は兵装コンテナからレールガンを取り出すと、ゼロの右腕部に固定し、グリップを掴んだ。

釣竿のように伸縮した折り畳み式のレールガンが伸びる。

その長さは五メートル弱。

電磁誘導によって打ち出される高速の弾丸を加速するには、充分な長さが必要で、これでもまだ短いくらいだ。

最初の試作機は全長二〇メートルほどあり、これでようやくバグリーチャーの分厚い甲羅を粉砕できると検証された。

それから技術者たちの試行錯誤の末。ようやくこの長さまで短縮できたのである。

「レールガン試射するぞ。レンくん。方角を指示してくれ」

「北北西、現在の位置より、三〇度左に旋回してください。細かい微調整はゼロのコンピュータが行います。静止物掃射モードにセットしてください。いまデータを送りました。目標をロックオンしてください」

「ロックロン完了。電力供給問題なし。チャージも完了。よーし撃つぞ!」

「どうぞ」

大翔はレールガンを水平に構え、硫黄山に向けてトリガーを引いた。

;(SE:レールガン)

張り裂けるような電気の咆哮と共に、光の弾道が一直線に走った。

数秒後、ドォォンというレールガンが着弾した音が、網走方面から微かに聞こえてきた。

;(BGM:OFF)
;(背景:フェードアウト)


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;(効果:センタリング)
  4 ~電磁の咆哮~
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;(BGM:)
;(背景:)

;(SE:レールガン)

ものすごい地響きが聞こえた。

あと少しでオオアカゲラを捕まえることが出来そうだった美羽は舌打ちしながら、地響きのする方向に目をやった。

僅かに根を残した枯れ木のてっぺんへ器用に登ると、そこには土煙を上げる硫黄山の姿が確認できた。

「なによ、あれ……」

「恐らく軍の演習だろう。ここには人が住んでないことになっておるからな」

気が付くと木の下にはシャクシャインが立っていた。

その表情は暗く、苦虫を噛み潰したように歪んでいた。

「未登録であるわたしたちの存在は無視されるわけね。やはり難民登録をした方がいいんじゃない?」

「難民認定され、所在位置を特定する、発信用の刺青を彫られたいのか?」

「まっぴらごめんよ。だけどこの辺で演習なんてやられたら、せっかく戻ってきた魚や獣たちが逃げてしまうじゃない!」

美羽は取り逃がしたオオアカゲラのことを思い出し、もう一度舌打ちした。

「ワシに考えがある。美羽。美優を呼んで来てくれ。出掛けるぞ」

「わかったわよ」

美羽はシャクシャインの言葉に従い、廃ビルへと向かった。

「まったく、好き勝手なことばかりやりおる……」

土煙を上げ続ける硫黄山《アトサヌプリ》を見つめ、シャクシャインは拳を握り締めた。


美優はまだ眠っていた。

余り身体が丈夫ではない美優は、よく熱を出して寝込んでいた。

栄養が足りないというのが最大の原因だった。

それゆえに、美羽はせめて栄養のあるものを美優に与えようと、栄養価の高いものはすべて美優に与え、自分は木の根などをしゃぶって飢えを凌いできた。

いつぞやか、美優が高熱を出した時は、こっそりと難民キャンプへ忍び込み、医薬品を盗んできたこともあった。

シャクシャインに見つかり、足腰が立たなくなるまで折檻を受けたが、それでも薬を美優に与えてくれと懇願し続けた。

その根性に免じてか、シャクシャインも医薬品を捨てることはなく、美優の治療に使用してくれた。

共にシャクシャインに拾われて、姉妹のように育ってきた二人は、血の繋がりこそないが、本物の姉妹以上に固い絆で結ばれていた。

「美優起きてる? 出掛けるわよ」

美羽は美優が包っているシーツを剥いだ。

「あふぅ、おふぁよう。おねえちゃん」

「おはようじゃない。もうすぐお昼よ。それよりシャクシャインが呼んでるわ。出掛けるってさ。早く着替えなさい」

「おでかけするの?」

普段あまり外出を許されない美優は、出掛けると聞いて飛び起きた。

「そうよ。だから早く着替えてね」

「はーい」


美優はシャクシャインの肩に座って、代わり映えのしない景色を眺めていた。

何も無くても外に出るのは気分が良かった。

粉塵が肺を傷めるので、粉塵対策として、ゴーグルとマスクを被っていた。

「ひゃべりふゅらいよ」

喋り辛いと文句を言うが、シャクシャインに外したら家に帰すと脅されているので、外すことは出来なかった。

「どこまで行くの?」

もうかれこれ三時間近く歩いていた。

距離にして二〇キロ弱。

別にこれくらいの距離と時間歩いていたって美羽は平気だったが、狩り以外でこんなに遠くまで歩くのは滅多にないことだった。

それにシャクシャインの装備はキャンプ仕様で、大きなリュックにテントまで持参していた。

今日は家には帰らないつもりなんだなと、美羽は感じ取った。

「昼間に見ただろう」

「何のこと?」

「硫黄山《アトサヌプリ》が燃えていたのを見ただろう」

「見たわ」

「あれは自衛隊の演習だ。連中はこの地を灰にしただけでは気が済まないらしい。ワシらの平穏な生活を再びかき乱すつもりらしい」

「え? まさかシャクシャイン……」

「心配するな。連中と会って、話をするだけだ」

「うん、わかった」

結局その日は野宿する羽目になった。

レールガンの弾道に沿って歩いてきたが、自衛隊のキャンプ地までたどり着くことができなかった。

「明日は早い。もう寝よう」

「わーい。おとまり、おとまり~」

はしゃく美優をあやしているシャクシャインは普段の彼そのものだったが、美優が寝静まった後に見せた表情は、苦悩する男の顔であった。

;(BGM:OFF)
;(背景:フェードアウト)


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;(効果:センタリング)
  5 ~虚栄とプライド~
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;(BGM:)
;(背景:)


ゼロの実験は順調そのもの。

進捗が前倒しになっていたので、ロバイン三尉はすこぶる機嫌が良かった。

朝の定期報告にて、開発主任の牧野一尉に「よくやったな」と、誉められたことも一役買っていた。

残された試験は特に磁場や電波障害の影響を考えないで済むテストだったので、言うなればいつでも消化できる。

それともう一つ。

これが最大の目的なのだが、バグリーチャーとの実戦テスト。

このデータ取得がこのツーアイズプロジェクト実機評価のメインテーマであった。

とはいえバグリーチャーの出現は完全にランダムなので、偶然の遭遇に頼るしかない。

最後に発見されてから、二ヵ月以上が経過していた。

いつ来るか分からない敵に、レンは重いため息を吐いた。

;(回想始)
――最初に報告があったのは一年前。

ブラックホールの特異点から突如として現れた異形のバケモノ。

動くものを完膚なきまで破壊する狂暴な性質をもった殺人鬼。

バグネストより出ずるクリーチャーという理由で、バグリーチャーという安易でセンスの無い呼称が政府の高官によって決定された。

また、このバグリーチャーの存在は内地の人間には極秘とされ、国内はおろか、海外のメディアにも圧力をかける徹底ぶりだった。

バグネスト内では、強力な電波障害のため、誘導兵器が無効化される。

それに大型ミサイルの類は磁場の悪化を招き、現在安定しているブラックホールに悪影響を与える危険を孕んでいるので、使用は硬く禁じられていた。

バグリーチャーに対抗するには機甲部隊と連携をとった重装歩兵が、対戦車ミサイルで仕留めるか、装甲車両に取り付けたレールガンで屠るしか戦略が立てられなかった。

そのため犠牲も多く発生した。

そもそもツーアイズ・ゼロはバグリーチャーを殲滅するために設計されたわけではない。

その基本設計は、軍事機密の特殊案件に基づいて開発されていたのだが、バグリーチャー出現の報を受け、急遽、対バグリーチャー殲滅兵器として再設計されロールアウトした。
;(回想終)


「まっ、本来の目的もロクなものじゃないんだけどね」

レンは独り言のように呟いて、無限に広がる荒野を見渡した。

目を凝らすと、遠くに人影が見えた。

難民だろうか?

レンはノートパソコンのカバーを開いて、難民マップを調べたが、前方に見える人影からは何の反応も無い。

「幽霊? まさか、いえそんなありえない……」

政府が道民の保護政策を行うようになって一〇年余。

このバグネストの難民はすべて登録済であると報告を受けていた。

難民には発信タトゥーが耳の裏に刷ってあり、それによって難民の位置状況が把握できる。

人権蹂躙だという道民の反発を受けながらも、配給を均等に分配するためという理由の元、強制的にタトゥーを刷られた道民たち。

タトゥーを刷ってない道民イコール、配給を貰っていないということになる。

「じゃあ一〇年間配給無しで、この地で過ごしてきたって言うの!」

目の前の影が大きくなるにつれ、レンの動揺は増した。

友軍かも。

同じ自衛官なら発信タトゥーは付けてない。

そう思いたかったが、友軍なら識別コードもしくは事前に連絡があるはずだった。

「まさかバグリーチャー!」

レンは特異点の観測という手順を忘れ、慌ててスクランブル用のスイッチを押した。


サイレンの音で叩き起こされた大翔は、怒鳴り込むようにトレーラーに乗り込んで来た。

「なんだってんだよ、いったい!」

「識別コードを持たない移動物が前方に……。バ、バグリーチャーかも……」

レンは明らかにうろたえていた。

気が強そうな女だと思っていたが、意外と可愛いじゃないかと結城は思い直してニヤついた。

「笑い事じゃないでしょう。早くゼロの着装準備に取りかかってください」

ヒステリックにレンは叫ぶ。

「まあまあ落ち着こうよ。レンくん。とりあえずきちんとモニタで確認してみよう。な?」

大翔はトレーラーに積んである監視用モニタを人影に合わせると、最大望遠まで倍率をあげた。

ぼやけた人影にピントがあってくる。

「あのさ、レンくん。あの人影はどう見ても人間だよ」

「えっ?」

レンは慌ててモニタに視線を送る。

確かにそこに写し出されていたのは、奇妙な衣装を纏った人間でだった。

大男が一人に、その肩に子供が一人、更にその脇にも子供が一人付いて、こちらのキャンプに向かって歩いてくるのが分かった。

「人間、それも子供が二人も……」

「子供はお互い様だろ。とりあえずスクランブルは解除しといたから。レンくんはお客さんを迎える準備でもしといてよ。そうだな。とりあえず冷たい麦茶でも入れといて」

大翔はそれだけ言うと、トレーラーを後にした。

「ちょ、ちょっと、迎え入れるって、このプロジェクトは極秘で……」

だがもうそこには大翔の姿は無かった。

「だ、誰がこのプロジェクトのリーダーだと思ってるのよ!」

大翔が出ていったドアに向かってレンは悪態を吐いたが、このスクランブルの件からしても、非は自分にあり、大翔のフォローが無かったら、ゼロを民間人に見せてしまうという大失態を演じてしまうところだった。

また、レンにとって残念なことだが、大翔は人当たりが良く、ツーアイズチームから信頼を勝ち得ていた。

逆にカタブツのレンの方がチームの中では浮いた存在になっていた。

悔しいが、チームメイトも事実上のリーダーは大翔だと認めているフシがある。

レン本人ですら、半ばそのことを認めていた。

;(BGM:OFF)
;(背景:フェードアウト)


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;(効果:センタリング)
  6 ~偏見と謝罪~
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;(BGM:)
;(背景:)


ツーアイズチームのキャンプ地へ向かうシャクシャインたちの眼前に、二人の士官と、三名の武装した学徒自衛官が立ち塞がった。

「私はバグネスト方面隊、第一三師団、第一三特務四科に所属するロバイン三尉です。ここは我々の演習地となっており、民間人及び難民の立ち入りは禁止されています」

中央に立った若い女性士官が無表情でそう述べる。

シャクシャインは不快感を押し殺しながら、学徒自衛官らを伺っていた。

その瞳はレンではなく、隣に立つ青年、大翔に向けられていた。

シャクシャインは本能的にリーダーを見抜いていた。

銃を構えて自分たちを牽制する三人の自衛官は下士官なのだろう。

一言も言葉を発せず、黙って銃口を向けていた。

「ここは、北海道は、誰のモノでもない。貴様らはどうしてそんなに傲慢なのだ。そもそも子供が何故銃など持っているのだ」

ゆっくりと、落ち着いた口調でシャクシャインが答える。その視線は、ずっと大翔に向けられていた。

「あなたたちは難民登録されてないようですが、この近くに難民キャンプがありますので、そこで登録をお願いします」

無視されていると分かり腹を立てたレン。それでも平静を装い、話を続けた。

「その必要はない」

きっぱりとシャクシャインは断った。

「こ、国民の義務なんですよ!」

「義務だと? ではおまえたちは責任を果たしたのか?」

「ちゃ、ちゃんと配給を支給しています」

「そんなものは必要ない。よって登録も不要だ。この話はこれでおしまいだ。それよりもここへ何しに来た」

「それを説明する義務はありません。軍事機密です」

シャクシャインの問いかけはレンではなく、大翔に向けられていた。

そもそも始めからシャクシャインはレンと話し合う気はなかった。

「OK分かった。俺から説明しよう。レンくん。悪いけど席外してくんない?」

「なっ!」

「なんていうかさ、そんな頭ごなしじゃこのひとたち納得してくれないよ」

確かに大翔の言う通りだった。そのことはレン自身が良く分かっていた。

住人との交渉なんて面倒なだけだった。だったら結城二尉に任せればいい。

レンはそう結論を下した。

「分かりました。好きにしてください。そのかわり責任はとってもらいますからね」

レンは肩を震わしながらキャンプ地へと戻っていった。

「おまえたちも戻っていいぞ」

大翔は銃を構えた学徒自衛官らにも、そう告げた。

「しかし二尉殿」

「いいから、心配すんな。そんなもの構えて話し合いなんて出来ないだろ。それよりレンくんのお守り頼むよ」

「はっ、了解しました」

三人の学徒自衛官は苦笑しながらレンの後を追った。


「さてと……」

大翔は改めてシャクシャインたちを見やった。

長身で筋骨逞しい初老の男と、その彼の肩に乗った穏やかな表情の少女美優に、獣のように鋭敏な気配を放つ赤毛の少女美羽。

実に奇妙な取り合わせだった。

よく見ると二人の少女が着ているのは、学徒自衛官養成学校の制服と同じであった。

「同僚の無礼は詫びます。すいませんでした」

大翔はシャクシャインに頭を下げた。

「なぜおまえのような子供たちが武器を持っている?」

シャクシャインの問いに、大翔の眉が微かに動いた。

「学徒自衛官と言って、被災孤児たちを集めてこの北海道の再開発の尖兵として教育するって目的で編成されたんですよ」

「なんてことだ。おまえはそれで満足なのか?」

「他に選択肢はありませんでしたからね。それに、ここは俺のふるさとです。復興の礎になる覚悟はありますよ」

「政府に利用されているだけだ」

「分かってますよ。でも現場で動くのは俺たちです。命令なんて糞喰らえですよ」

「連中はそんなに甘いものではないぞ」

「そうかもしれません。ですが俺たちは北海道の復興を信じて、その一念で行動してるんです。政府からすれば捨て駒なのかもしれませんが、捨て駒なりの意地はあります」

「そこまで分かっているならもう忠告はすまい」

「すいません」

大翔はもう一度頭を下げて謝った。

「このお兄ちゃんが悪い人? そんなふうには見えないよ」

シャクシャインの肩に乗った美優が大翔の仕種を見て微笑む。

「そちらのお嬢さんは?」

「ワシの娘、美優だ。そっちの小娘は美羽だ」

「美優に、美羽か……。いい名ですね。で、アナタは?」

「お前は何者だ?」

「おっとこれは失礼しました。自分はしがない学徒自衛官の結城大翔と申します」

「ワシはシャクシャインだ」

シャクシャインの硬い表情が少しだけ柔らかくなった。

「改めて問う。ここへ何しに来た」

「政府の広報とか知らないでしょうから、かいつまんで話しますね。一年ほど前から、ここにバケモノが現れたんですよ。お偉いさんはバグリーチャーとか言ってます」

「バケモノの噂は聞いたことがある」

「それなら話しが早い。我々はそのバケモノを殲滅する兵器の運用試験に来たんですよ」

「あの光の槍か?」

「レールガンのことですね。あれでそのバケモノを退治する予定で試射したんですが、まさか硫黄山付近に人が住んでるとは思ってなかったもので……、本当にすいませんでした」

大翔は三度と頭を下げた。

「どうしてワシらがその辺に住んでると思った?」

「苦情を言いに来たんでしょう。だったら地域住民だと思うのが当然でしょう」

「そうか、まあいい。もう一度忠告しておく。いま一〇年の歳月を費やして、ようやく北海道の自然が再生しようとしている。その邪魔だけはするなよ。これはお前ではなく政府に対しての忠告だ」

「分かってます。俺だって道民です。内地の人間の好きにはさせませんよ」

「ワシらは平穏な生活を望んでいるだけだ」

「もう試射は完了しました。ご面倒をかけることはないと思います」

大翔がシャクシャインに敬礼する。そこへ……。

「あんたたちのせいでオオアカゲラ取り逃がしたのよ。どうしてくれるのよっ!」

いままで黙って会話を聞いていた美羽が飛び出してきて吠えた。

「へえ、オオアカゲラか。絶滅してなかったんだな……」

大翔は虚空を見つめ、嬉しそうに語った。

「あ、いや、悪かったな。……そうだ、お詫びにこれをやるよ」

大翔はそう言うと、腕にはめた時計を外し、美羽に向けて投げた。

美羽はそれを片手でキャッチすると、もの珍しそうに時計を眺めた。

「施しは受けん。返すんだ美羽」

シャクシャインにそう言われた美羽は、がっかりした顔をして結城の前に歩み寄り、渋々時計を差し出した。

「施しじゃない。お詫びです。俺たちの実験でオオアカゲラを取り逃がしたんだ。配給を受けてないあなたたちにとってそれがどれほどの損失なのか、俺には分かります。だから受け取ってください」

「むう……」

美羽はドキドキしながら二人のやりとりを見守った。

「こんなことを言ってはなんですが、俺には妹が居ました。生きてりゃ丁度彼女くらいの歳です。別に同情心からって訳じゃないんです。このサバイバルウォッチは絶対役に立ちまず。どうか受け取ってください」

「おまえの家族は?」

「全員死にました。俺はそのとき東京に居たんで助かりました。七歳の時です」

「そうか。美羽よ。その時計は貰っておきなさい」

「いいの?」

「ああ」

シャクシャインはゆっくりと頷いた。

「ありがとう!」

「美羽だっけ? 使い方教えてやるからちょっと来いよ」

大翔は美羽の腕に時計を巻いて、機能についてレクチャーを始めた。

「いいなあ、おねえちゃん。あたしもなにかほしいなー」

美優が不満を漏らず。

「美優には今度木彫りの人形を作ってやる」

「ほんとう!」

「ああ、約束だ」


大翔と別れ、美羽たちは帰路についた。

「あれでよかったの?」

大翔に貰った時計をいじりながら、美羽が尋ねる。

「なにがだ」

「文句を言いに行ったんじゃないの?」

「そうだな。あの青年が居れば大丈夫だろう」

「そうだね」

美羽は大翔のことを気に入っていた。
被災後、始めて見る同年代の異性の出現は、美羽自身が少女であることを思い出させるのに充分な効果をもたらしていた。

時計で懐柔されたと思われるのが癪なので、シャクシャインには内緒だったが、それ抜きにしても好感が持てる人物だった。

「美羽よ。今日はたまたま運が良かったが、内地の人間を信用するな。あの結城という青年は希有な存在だと思え」

「わ、分かってるわよ。でもアイツは信用していいんでしょ?」

「そうだな。ひょっとして惚れたか?」

「そ、そんなんじゃないわよ!」

「あーおねえちゃん。顔が赤くなってるよー」

「ち、違うわよ! 美優もなに言ってるのよ。とにかくなんでもないから!」

「わかったからそう騒ぐな」

「さわぐなー」

シャクシャインと美羽は、真っ直ぐに家路に向かった。

家にたどり着いた頃、美優はシャクシャインの背の上で、静かに寝息を立てていた。

;(BGM:OFF)
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