IFシナリオ後編


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  5章「father《シャクシャイン》」

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  0 ~ナイトメア~
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配給を待つ少女がひとり。

両親を失い、難民キャンプに収容された少女は、薄汚れた毛布にくるまって順番が来るのをじっと待っていた。

配給を待つ列の近くに自衛隊のジープが止まった。

ジープには自衛官が四人乗っており、中から男が二人降りてきた。男達は列を見渡し、少女を見つけた。

男達は少女の手を取るとジープに乗せた。

「美味いものを食わせてやる」

そう言われた少女は黙って男達についていった。

たどり着いたのは、自衛隊の宿舎だった。

プレハブで建設された簡素な住居。

だが、難民達の吹きさらしの小屋よりは遥かにマシだった。

宿舎の中は暖かく、少女はストーブに張り付いて暖をとった。

男達はみな優しかった。

少女に食べ物を与え、いたわりの言葉をかけてくる。

やがて少女の警戒心も薄れ、久しぶりの満腹感にウトウトしかけていたとき、一人の男が背後から少女を抱きすくめる。

少女は男が戯れているのだろうと思った。

ただの冗談だと。

少女は軽く拒絶の意思を見せたとき、男達の様子が一変した。

どす黒い情欲に満ちた瞳を少女は忘れることはできない。

それくらい男達の瞳は濁り、曇っていた。

抵抗するだけ無駄だった。

屈強な男が四人、少女の華奢な身体に群がってきたのだ。

プレハプに悲鳴が響く。

だが、その声は誰にも届かない。

とっさに手にした果物ナイフが自衛官のノドを切り裂き、生暖かい鮮血がノアの全身に降りかかってくる。

再び悲鳴。そこから先はいつも闇の中……。


薄汚いペッドが軋み、女性が飛び起きる。

「また、あの夢か……」

汗で肌に貼り付いた髪をかきあげ、近くに置いてあったペットボトルの水を飲むと、ノアは痛む頭を押さえながら立ち上がった。

一〇年前。

まだ一四歳だったノアの悪夢は、まだ終わらない。

頻繁に同じ夢を見てはうなされている。

ノアは男を、特に自衛官を憎んでいた。

自衛官らの不祥事はいまも絶えることはない。

本土と隔離されたこの土地で、連中はやりたい放題だった。

一人でも多くの女性を理不尽な暴力から救うため、ノアは女であることを捨て、レジスタンスに身を投じた。

だが、この理想を理解するものは黒須川くらいしかおらず、ノアはレジスタンスとしての活動に疑問を抱き始めていた。

ドンドンとドアを叩く音が聞こえる。仲間が起こしにきたのだ。

「いま行くわ」

ノアは拳銃の弾倉を確かめてホルスターに入れると、ドアへと向かった。



  1 ~尋問~
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ゼロワンの起動から一夜が明けた。

ツーアイズチームは二班に分かれて、ゼロの修理とゼロワンの解析に奔走していた。

村雨の特科部隊も、中破したバウンザーの修理に人員を総動員させていた。

美羽は、大翔と陽菜、それと上園の三人に尋問を受けていた。

チームの中でゼロワンのことを知らされているのは、この三人だけだったからである。

とはいえ、ゼロワンの存在は、昨日のバグリーチャー戦で、プロジェクトチーム全員の知るところとなった。

アマテラスのように部屋に引篭っていた陽菜だが、ゼロワンが勝手に起動したと聞いて、出てこないわけにはいかなかった。

大翔とは一切口を聞かずに、淡々と美羽に質問を行う。

美羽はユリアの存在を公言しないよう口止めされていたので、乗り込んだら勝手に動いたと言い張った。

そんなはずはないという陽菜に対して、知らぬ存ぜぬを貫き通した。

「通信記録が残ってるんですよ。ゼロワンの中で誰かと喋っていたでしょう」

たしかに通信記録は残っていたが、一方的に美羽が喋るだけで、当然のようにテレバシーで話すユリアの言葉は残っていない。

だが、美羽の口調から会話しているように聞こえるので、そう問い詰めるしかないのだ。

そうして一番の難題は、あれだけ動いていたゼロワンが、いまはまったく沈黙し、陽菜や上園がどう頑張ってもLED一つ点灯しなかったのだ。

まったく分からないことだらけだった。

これでは本部に報告もできない。陽菜はため息をついた。

「とにかく、アレは自衛隊の最高機密ですので、もう二度と触らないように。それからその腕時計は回収させて貰います」

「いやよ。これはわたしが貰ったの」

美羽は腕時計を庇うように手で被い、席を立った。

「いやよ。じゃありません。それは自衛隊の備品なんですよ!」

「そうなの?」

美羽は大翔を見つめた。

「持ってていいぞ美羽。そりゃお前んだ」

「な、結城二尉! なに勝手なこと言ってるんですか!」

「まあまあ、落ち着こうや陽菜くん。とりあえず原因はわからないけど美羽のおかげで我々ツーアイズチームが無事だってことは確かなんだ。これは紛れも無い事実だ」

「結城二尉が不甲斐ないからでしょう!」

「きっついこと言うね。まあ正解だけどさ。それに今度同規模のバグリーチャーが出現したときにゼロとバウンザーだけで仕留められる保証はないぜ」

「ゼロワンが動くとも限らないじゃないですか」

「いや動くね」

「なんの根拠があってそんなっ!」

「そうだろ美羽?」

大翔は美羽に視線を送った。

美羽はしばらく迷った末、ゆっくりと頷いた。ユリアが頷いて良いと許可したのだ。

「ほらな?」

「何が『ほらな?』ですか。まったく根拠がないじゃないですか」

「あーもう、美羽は行っていいぞ。あとは俺たちで話し合うから」

大翔は美羽にウインクして早く出て行くように促した。

「うんわかった」

美羽はそれを聞くと、脱兎のごとく、尋問を受けていたトレーラーの中から飛び出した。

「行かせて良かったんですか?」

いままで静観していた上園一曹が恐る恐る尋ねる。

「いいよ」

「よくないです!」

大翔と陽菜が同時に答えた。


美羽は表に飛び出し、自衛隊のキャンプ地を歩き始めた。

「どうして秘密にするの?」

美羽はユリアに尋ねる。

(ごめんなさい。ちょっと考えがまとまらないの。それに喋らない方があなたたちのためでもあるのよ)

「そうなの?」

(切り札は最後まで取っておくものよ)

「ふーん」

美羽には分からなかった。

もし、ユリアの存在が発覚し、それを彼らが信じたら、恐らくこのプロジェクトは一旦棚上げとなり、彼女の調査が行われるだろう。

それではこの北海道《バグネスト》に現れるバグリーチャーを殲滅することは出来ず、いたずらに犠牲者を出すことになる。

そのことが容易に予想できたユリアは、いまは話す時ではないと判断したのだ。

博愛主義者ルジミオンのユリアは、目の前の犠牲者を放っておける性格を持ちあわせてはいなかった。

(それよりシャクシャインのお見舞いと説得に行かなくてはならないんじゃないの)

「そうだね」

昨日、従軍医師に診察を受けたシャクシャインは不整脈が検出され、レントゲン撮影の結果、肺に影が写っていたため、精密検査を受けるよう医師に言われていた。

だが、なんともないと、シャクシャインは頑なにそれを拒んで、医師と美羽たちを悩ませていたのだ。

美羽はユリアに言われて思い出したように、医療トラックへ向かった。



  2 ~観測所~
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旭川市の大雪山跡を中心に広がるシュヴァルツシルト半径。

その外苑に添うように、時計周りに丁度一二個所、特異点の観測所が設けられていた。

そこで観測したデータをツーアイズチームに連絡している。コンテナトレーラーが万能でも、北海道《バグネスト》全域の特異点情報を把握することは出来ない。

トレーラーは観測所で観測された特異点のデータを受け取る受信機でしかなかった。

観測所は確かに重要な施設ではあるが、軍事的に重要な拠点と言う訳でもなく、その警備コストは出来る限り押さえられ、つまり警備が手薄ということだった。

だがそれでも良かった。

道民の殆どが、この施設が何なのかすら分かっていなかったからだ。

だが、その存在と目的を理解した道民が現れた。

北海道解放同盟イヨマンテ。

その幹部である黒須川が難民キャンプに訪れた自衛官を収賄し、その存在を知り得たのだ。

そうしてその報告を聞いたイヨマンテのリーダーマンイーターは、観測所を利用する作戦を考え出した。


網走方面をカバーする第二観測所に、武装したレジスタンス八名が到着した。

イヨマンテのサブリーダーの黒須川は、網走地区を拠点とするレジスタンス「キタキツネ」と手を結び、観測所を強襲した。

警備兵は僅か二人。舐めているとしか思えなかった。

突然の賊の侵入に、完全に不意をつかれた観測所は、SOSを発する前に占拠された。

「あっけないな」

キタキツネのメンバーはどちらかと言えば穏健派だ。

武装したのは今回が始めてである。

その素人集団に占拠されるとは、この国の国防は大丈夫かと、黒須川は他人事ながら心配になった。

「クロスさんよ。これからどうするんだ?」

キタキツネのリーダーが黒須川に声をかける。

「ここに提示した通りに動いてください。タイムスケジュールを守って、連中に報告させてくれればいいです。もしなにかあればここの通信機を使って連絡しても構いません」

黒須川はキタキツネのリーダーにスケジュールを記載した紙を手渡す。

「こいつの通りにやればいいんだな?」

「そうです。お願いします」

黒須川はそう言うと、キタキツネのメンバーを残して観測所を後にした。

「あと一時間後か。間に合うかこのポンコツ」

黒須川は、愛車GTサンパチにエンジンをかけ、襲撃ポイントの難民キャンプに向かってバイクを走らせた。


網走難民キャンプには、マンイーターらレジスタンスがすでに潜伏しており、自衛隊の詰所を占拠していた。

身包みを剥がされて猿ぐつわをされた自衛官が、風呂場に放置してあった。

自衛官の制服を拝借し、それを仲間に着させて待機させる。

マンイーター本人も、奪った制服を着込んでおり、自衛官になりすましているが、その凶悪な人相ではニセモノであることがすぐにバレてしまいそうであった。

「クロスからの連絡はまだかよっ!」

自衛官から奪ったたばこを吸いながらマンイーターが吠える。

「まだです」

「おっせえなぁ、あのヤロウ」

「他のレジスタンスと連携しての襲撃なんだから慎重にいかないとマズイでしょ」

どうしてこの男は黒須川を貶める言い方しか出来ないのだろう。

ノアの胸中にマンイーターへの嫌悪感が募る。

「やけに奴を庇うじゃねえかノアよ。オマエは男が大嫌いじゃなかったのかよ?」

「ああ嫌いだよ。だけどそれとこれとは別さ。それにどうせ決行は夜なんだ。ゆっくりと待てないのかい?」

「分かってるさ。おれぁ一眠りする。後は勝手にやってろ!」

マンイーターは詰所の休憩所に入って、ソファーに横になった。

「姐さん。あんまりリーダーを刺激しないで下さいよ」

「そうですよ。イライラをぶつけられるこっちの身にもなってくださいよ」

レジスタンスの仲間が冗談めかして進言する。確かに彼らの言う通りだとノアは思った。

マンイーターはおだてて持ち上げれやれば機嫌がいい単細胞だ。

扱いには慣れているはずだったが、どうしても嫌悪感が勝って刺のある言葉を選んでしまう。

「そうかい。悪かったね」

作戦前にギクシャクしててもしょうがないので、ノアは素直に謝った。

「まあ、あっしらは別にいいんですがね」

「そうそう大将を立ててやってくださいよ」

こいつらの方がよっぽど分かっている。

ノアは自分が少し意固地になっていたことを恥じた。

「おっ、来ました。クロスからの連絡が入りましたよ姐さん!」

通信機に耳を宛てていたレジスタンスが報告する。

「どうだって?」

「占拠完了したそうです。予定通り作戦を決行してくれとのことでさぁ」

「わかった。あんたはマンイーターを起こしてきな。いや、やっぱりいいや。リーダーには休息が必要だ。作戦決行時間まで寝かせといてやりな。ただし起きたら黒須川から連絡があったことを知らせるんだ」

「わかりやした。姐さん」

「それじゃあアタシも少し休憩するよ」

ノアはそれだけいうと詰所を後にした。



  3 ~真夜中の警報~
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深夜一時。損傷したゼロとバウンザーの修理も完了し、当直の兵士以外寝静まった夜。

セミも鳴かない北海道の夜はシンと静まり返っていた。

僅かに待機した車両のエンジンは全て燃料電池によって動作するため、アイドリングの音すらしない。

レンはコンテナトレーラーで一人、観測所から送信される時空歪曲率の波形を眺めていた。

実際のところ、眺めていなくても危険領域に入れば警報が鳴る仕組みだったのだが、前回の戦闘でほどんどなにも出来なかったのが悔しいレンは、波形の見方を勉強し、ゼロへの指示の出し方のイメージトレーニングを行っていた。

中学までは普通の学校に通い、そこから学徒自衛官に編入したレンはこのチームで一番階級が低かった。

どうして自分がチームに抜擢されたのかも良く分からないまま、技術チームの雑務として組み込まれていた。

ふと耳をすますと、サクサクと土を踏みならし、誰かが歩いている気配を感じ取った。

なんだろうと窓の外を見るが、誰も居なかった。

レンはドアのウインドウを空け、もっとよく外を覗き込もうと顔を出すと、いきなり目の前に人の顔が降ってきた。

「うわあああ!」

レンは悲鳴を上げて顔を突き飛ばした。

「きゃっ!」

突き飛ばされた人物は、器用に宙で回転し、ネコのようにしなやかに着地した。

「ご、ごめん。キミは確か美羽……さん?」

レンが突き飛ばした人物は美羽だった。

プロジェクトの極秘であったゼロワンを操縦したという噂の道民の少女美羽が、トレーラーの下からレンを見上げていた。

「驚かしたようね」

「ど、どうしたの。こんな夜中に?」

「トレーラーから明かりが漏れてたから、ヒロトが居るかなって思ったんだけど……」

「ヒロト? ああ、結城二尉なら第二テントに居るよ」

「そうか。ところでオマエは何をやってる?」

「おまえって、ボクはレン・ロバインっていうんだ。こう見えてもキミより年上のはずだよ」

「レン・ロバイン?」

「そうだよ。レンお兄さん呼んでね」

「わかった。レンでいいんだな」

「お兄さんだってばっ! ここではボクが一番下っ端なんだから、せめて美羽さんくらいそう呼んでよ」

「しかしレンは弱そうだし、年上には見えないわ」

「そんなことないよ。ちゃんと訓練も受けてるし女の子には負けないよ」

「そう。なら勝負してみる?」

美羽は手に持った小刀(マキリ)を突きつけて言う。その瞳は真剣そのものだ。

「あ、いや、やめときます」

とても適いそうにないと瞬時に判断したレンは、あっさり負けを認めた。

「大翔が居ないのなら仕方ない。じゃあなレン」

美羽はそれだけ言うと、脱兎のごとく駆け出した。

「お兄さんだって言ってるのに……」

そんな美羽を優しく見守りながら、レンはドアのウインドウを閉めようとしたが、夜風が気持ち良かったのでそのままにしておいた。


深夜三時。ウトウトとしていたレンの耳元に、甲高い警報が鳴った。

レンは飛び起きて、目を擦って波形を見つめた。

「観測値増大……、特異点反応? また?」

レンはじっと波形を観測続ける。

特異点の反応が徐々に大きくなってきている。五分足らずで警戒レベルが一つあがった。

「ほ、報告しなくちゃ」

レンは警報用のインカムスイッチを入れて、特異点反応が増大中であることを主要メンバーに知らせた。

すぐに陽菜が飛んできた。

居住モジュールから出てくれば五秒で指揮車両に来れる。これは最大の利点だった。

次いで上園とその技術スタッフ、最後に眠そうな大翔がやってきた。

「レン二士。ご苦労でした。後は私たちがやるからテントで待機していて」

「了解しました」

レンはトレーラーから降りると、自身のテントに向かった。


陽菜は難しい顔をしてモニタを眺めていた。

余りにも前回のパターンと酷似しているからだ。

「網走難民キャンプのすぐ側で特異点が発生してます」

「なるほどそれで?」

嫌味な奴。

陽菜は大翔に胸の中でアカンベーをすると話しを続けた。

「一番近い駐屯地は釧路です。今から応援を要請しても間に合うかどうか分かりません。難民キャンプには一〇名足らずの自衛官とボランティアの難民、それから約三〇〇名の難民が生活しています」

「それで?」

「いま一番近くて早いのは我々です。一応、釧路司令部には応援の要請はしますが、我々が向かって難民の保護及び、バグリーチャーの殲滅を行います。これで満足ですか?」

「もう大満足!」

死ね! と心の中で悪態を吐きながら、陽菜は各種事務処理をこなしてゆく。

そんな陽菜を大翔と上園は暖かい眼差しで見守っていた。

「それじゃあ俺たちはゼロの準備でもやろうかね上園くん」

「そうですね結城二尉殿。行きましょう」

男二人は陽菜を残して、ゼロのコンテナへと移動した。



  4 ~トラップ~
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深夜五時。

もうすぐ夜明けという頃、キャンプを撤収したツーアイズチームが移動を開始した。

目的地は網走難民キャンプ。

ここからなら一時間とかからない距離だ。

指揮車両のコンテナトレーラーを先頭に、その両脇をバウンザー二両が随伴する。

その三両の後に大型トラックが数十台追いかける。

深夜の行軍が始まった。

特異点反応はある一定の値を出した後、安定し、それ以上大きくなる気配はなかった。

それでも油断はできない。

網走難民キャンプの自衛官詰所に特異点のことを連絡し、難民を非難させるよう指示を出す。

「現在のペースで特異点が広がった場合、バグリーチャーが出現するのは早くても夜明けの八時頃です。現地への到着が午前六時を予定していますので、ゼロの展開、難民の非難は余裕をもって行ってください」

陽菜の指示が全車両に伝えられる。


出発時にドタバタしていたので、乗り込むトラックを間違えた美羽は、そこで偶然レンと一緒になった。

トラックのシートに座ってウトウトしているレンの隣に座って、彼の柔らかい頬を指で突ついた。

「す、すいませぇん」

うたた寝していたのを注意されたのだと思ったレンは思わず敬礼して謝ってしまった。

だが、頬を突いたのが美羽だと知ると、顔を真っ赤にしてうつむいた。

「どこへ向かってるの?」

「あ、えと、網走だよ。網走難民キャンプ」

難民キャンプと聞いて美羽の表情が厳しくなる。

「わたしたちを連れて行く気か?」

美羽の問いの意味がしばらく分からなかったレンはきょとんとしていた。

「あ、ち、ちがうよ。バグリーチャーが現れそうだから向かっているんだ。勘違いしないで」

「そうなの?」

美羽はそういうとレンから離れ、トラックの後部へ行き、目を瞑って精神を集中させた。

「(ユリア聞こえる?)」

(聞こえてるわ。どうしたの?)

「(特異点が網走に出たらしいわ)」

(本当? でもわたしは何も感じないわよ。ちょっとまってて)

ユリアは網走方面に向けて意識を集中した。

だが、そこには特異点反応の欠片も検出できなかった。

それもそのはず、その情報は第二観測所が送った偽の情報なのだ。

観測所を占拠したレジスタンスたちの手によって、捏造されたデータが送信され続けていたのだ。

だが、策略とか謀という概念を持たない優しい博愛主義者のルジオミンのユリアにはその陰謀の裏が読めなかった。

(おかしいわね。わたしには特異点の反応は感じないわ?)

「(どういうこと? 機械の故障なの)」

(そうなのかもしれないわね。でも警戒するに超したことはないわ)

「(分かった。ありがとう)」

(どういたしまして)

美羽は再びレンのところへと戻った。

「どうしたの美羽さん?」

「特異点は出てないらしいわ」

「え? 何を言っているんだい? 観測所からの報告に間違いは無いよ」

「さっきから何を言ってやがんだこの小娘はっ!」

レンは男であるが、何故か他の自衛官に気に入られていた。

背徳感の香りがする視線を注がれ、疲労困憊しているレン。

そんなレンに気のある巨漢の自衛官が、美羽の前に立ち塞がり、自動小銃のストック部で肩を突いて突き飛ばした。

「こ、子供相手に何をするんですか。平田士長!」

レンが倒れた美羽に歩み寄る。

だが美羽は何食わぬ顔をして立ち上がり平田を睨んだ。

「生意気なガキだ。やはり野蛮人だな!」

レンに窘められた自衛官はそう吐き捨てると、シートにどっかと座った。

「士長、その言い方はひどいですよ」

だが士長はフンとそっぽを向き、美羽とレンを無視した。

「ごめんね美羽さん」

「レンが謝る必要は無い。気にするな」

美羽はそれだけ言うと、トラックの後部に移動し、開けっ放しの後部から飛び出して天幕に登った。

「見たかよ。猿だなありゃ」

だが、そんな平田の悪態も、当の美羽には届かなかった。


午前六時。

ツーアイズチームは難民キャンプに到着した。

自衛隊の詰所から詳細を知りたいので説明に来て欲しいという要請があったので、代表して陽菜と上園が詰所へと向かった。

そうして三〇分が経過したが、二人とも一向に戻ってくる気配がないので、気になった大翔が詰所に連絡すると、カンに触る女性の声が聞こえた。

「誰だお前は?」

「おれか? おれさまはマンイーター。北海道解放同盟イヨマンテのリーダー、マンイーターさまだよ。お客さんは預かった。無事に返して欲しかったら五分以内に武装解除して投降シナ。じゃないと二人の命は保証しないぜぇ!」

「…………」

「どうした? 喋れないのか? 黙ってないで返事しろよなっ! オイコラッ!」

マンイーターは短気らしいと知った大翔は、交渉は難しいと踏んで、相手の要求を一旦飲むことにした。

「オーケー分かった投降しよう」

「わかりゃいいんだよ。アハハッ、五分後に丸腰で広場に集まれ、後で誰か隠れてたりしたのを見つけたら皆殺しにするからな。てめえらの人数は偵察して把握してっから一人でも足りないときは分かってるだろうな!」

マンイーターからの通信はそこで切れた。

「やられたぜ畜生!」

大翔は強化プラスチック製の窓を拳で殴った。透明の窓に血が滲む。

それから大翔は、全隊に武装解除して広間に集合するよう命じた。

「各武装は安全装置をセットしてコードSを入力して保管庫に格納すること。以上」

コードSとは、自衛隊の本隊であるバグネスト方面隊の師団長クラスにしか解除できない特殊コードであった。


広間に集められたツーアイズチームの面々。

詰所から出てきた陽菜と上園の無事を確認して、大翔はほっとした。

とはいえ、上園は顔面に何発かいいのを貰っており、顔面が腫れ上がっていた。

「これが名簿だ。全員いるはずだ」

大翔はマンイーターにチームの名簿を渡した。

その名簿の中には美羽、美優、シャクシャインの名前は入っていない。

美羽ら三人は関係ないので、広間に来ないようにと大翔は言い含めて、自衛官のみでやってきた。

「オイ、確かガキが居ただろう?」

「よく知ってるな。だが途中で降ろしてきた。軍属じゃない民間人だからな」

「フンそうかよ。まあいい。ガキの一匹や二匹どってことねえや。それよりあの人型兵器を頂くぜ。つーか装備一式丸ごと頂戴するけどよ。ヒャハハ」

「好きにしろ。オマエラに扱えるのならな」

マンイーターの鉄拳が大翔の頬を捕らえる。

「オイ、俺を舐めるなよ。何も知らないと思ってるだろうがそれは大間違いだぜ。あの女が動かし方知ってるってな。悪いが俺たちが運用できるようになるまであの女は借りとくぜ」

大翔の視線が陽菜を捕らえる。

ガタガタと震えており、今にも気絶しそうな雰囲気だった。

衣服も少々乱れているので、乱暴を受けたのかもしれない。

だが、陽菜を支えるように立っているレジスタンスの女性を見たとき、陽菜の貞操は守られていると確信した。

あの目は敵意に満ちているが、陽菜を抱く肩はどこか優しかった。

きっと乱暴しようとしたレジスタンスを彼女が制してくれたのだろう。

そう大翔は思った。

もちろんそれは勘でしかなく、本当のところは定かではない。

「ゼロのレクチャーは陽菜くんじゃなくても出来る。俺が分かりにやる」

「バカかオマエ。むさ苦しい野郎になんて教わってたまるかよ。オマエは死んどけ」

マンイーターの拳が再び大翔に襲いかかる。が、大翔は難なくそれをかわして、マンイーターの手をとって関節を逆手に取る。

「ッテテッテー、は、放しやがれこのヤロウ! 人質殺されてーのかっ!」

その言葉に反応して、大翔はマンイーターの手を放す。

「てめえ、動くなよ。動いたら人質ブッ殺スからな!」

マンイーターはそう因果を含めると、仁王立ちになった大翔を殴り続けた。

「や、やめて!」

そう言ったのは陽菜だった。

陽菜の不注意でこうなってしまったというのに、その失態をすべて引き受け、なおも犠牲になろうとしている大翔に、陽菜は自分の矮小さを思い知り、それ以上の暴行は自分が殴られるより痛く、辛かった。

「いい加減にしなよ。本当に死んじまうよ」

陽菜の言葉の後を継ぎ、マンイーターを止めたのは、レジスタンスのノアだった。

「クロス、止めてきな」

「分かりました姐さん」

執拗に殴り続けるマンイーターを、先ほど合流した黒須川が後ろから羽交い締めにする。

「なにしやがる。放せっ! バカ!」

「グズグスしてたら自衛隊の本隊が来ちまいますよ」

「なんだとっ?」

「連中がこっちに来るまでの通信で、応援を呼んでいたのを聞いたでしょう」

「そ、そうだったか?」

「そうですよ。無駄な体力つかってないで、テキパキと仕事しましょうよリーダー」

「分かったよ。うっせーな! オマエラこいつらを縛っとけ。行くぞノア」

マンイーターはノアと陽菜を連れて詰所に入った。

もう一人の人質、上園は、レジスタンスに銃を向けられたままなので、手が出せないまま、大翔たちツーアイズチームは縛についた。



  5 ~沈黙する兵器~
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夜が明け、朝日が地平線より現れる。

マンイーターたちレジスタンスは苛立っていた。

拳銃一丁からトラックまですべてロックがかかっており、ピクリとも動かなかったからだ。

「どういうことだっ!」

ドアすら開かないトレーラーを前に、マンイーターは叫んだ。

その銃口は人質の陽菜に向けられている。

「あ、安全装置が作動して、全ての装備にロックがかかっています」

陽菜はマンイーターにそう答えた。

「解除しろ!」

マンイーターの銃口が、陽菜の胸に食い込む。

「くっ」

陽菜は恥辱で顔を朱に染めた。

「早く解除しろって言ってんだよっ!」

マンイーターの銃を持つ腕が、陽菜の胸を卑らしくこねくり回す。

「か、解除は、できません。コードSでロックされた兵装は、自衛隊本部の幹部にしか解除できません」

「ハ、ハッタリだ!」

「嘘じゃありません。本当ですっ」

「俺が嘘と言ったら嘘なんだよっ!」

マンイーターの蹴りが陽菜の膝関節を捕らえ、拘束された陽菜は無様に横転した。

「嘘じゃ、ありません。嘘じゃ……」

陽菜は悔しくて情けなくて、涙が滲んできた。

「やめなマンイーター」

陽菜に付き添っていたノアが止めに入る。

「納得できるかっ! ここまできて、武器を奪えませんでした。そうですか。……で済むと思ってんのかっ!」

「思っちゃいないよ。ただこの女は知らないってのは本当らしいから他の方法を考えたらどうなんだい?」

「何か方法があるってのか?」

「それを考えるのがアンタの仕事じゃないのかい。リーダー」

「フン、分かってるさそれくらい。作戦練ってくる、オマエはココで見張ってろ!」

マンイーターは陽菜とノアをその場に残し、再び詰所に戻った。

「あんたも馬鹿だね。女のくせになんで自衛官になんかなったんだ……」

ノアは突っ伏して泣いている陽菜も向かって、独り言のように呟いた。

「そうするしか、そうするしか選択肢はなかったから仕方ないじゃない……」

か細く呟く陽菜の声は、喧騒にかき消され、ノアの耳には届かなかった。


詰所内の通信室には大翔とレンが呼び出されていた。

レンは二人がかりで押さえつけられ、その首にはナイフがあてがわれていた。

「聞くところによるとオマエが一番偉いんだってな」

マンイーターは先ほどのダメージが抜けきらず、少し朦朧としている大翔に向かってそう言った。

「状況は分かってるよな? オマエに拒む権利はない。そんときゃあのボクちゃんがズタズタに引き裂かれ、最悪失血死してしまうことになる。わかったら黙って自衛隊の本部とやらに連絡してコードを解除してもらえねえかな?」

大翔は答えない。酩酊しているかのようにフラフラしていた。

「聞こえねえのか! だったら目を覚まさせてやるぜ! オイ、その小僧を三枚に下ろしてやりな!」

「な、結城ニ尉~」

レンが情けない声をあげる。

「待てっ! 分かった。目が覚めた」

「分かればいいんだ。分かればな」

大翔は指令本部に連絡を入れた。

三〇分後。大翔はコードS発動を誤動作と報告した。

そうして厳重注意をうけながらも、なんとか解除コードを入手した。



  6 ~交渉~
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第二観測所。

レジスタンスのキタキツネが制圧したその場所で、観測者たちが慌て始めた。

「どうした?」

半分眠っていたキタキツネの見張りが、銃を構えて観測者に近付く。

「た、大変です。特異点、特異点が本当に現れました」

「どういうことだ?」

「バグリーチャーが現れるかもしれないということです。早く連絡を入れないと大変なことになる」

「どこに出現したんだ?」

「偶然にもほどがありますが、網走難民キャンブのすぐ側です」

「なんだと!」

「あなたたちの仲間が居るのでしょう? 連絡を入れさせて下さい」

「…………」

レジスタンスは考えた。

先ほど偽の情報を知らせて、今度また本当の情報を知らせた場合、先の情報に疑問を持たれるかもしれない。

そうなれば当然この観測所は疑われ、自分たちの存在に気付くだろう。

武装した自衛隊がやってきたら素人集団の自分たちに勝ち目は無い。

そう考えたレジスタンスは、首を横に振った。

「駄目だ。連絡することは許さない。知らせたら殺す!」

ターンという銃声が響く。弾丸は観測者の脇にある計器メーターを吹き飛ばした。

「通信装置はどれだ?」

レジスタンスの問いに、腰を抜かした観測者は素直に通信装置を指差す。

タタタタタタッ……、と自動小銃を連射して、通信装置を破壊するレジスタンス。

その音に他のレジスタンスも起き出してくる。

「どうした?」

「なにがあった」

「なんかやべえらしい。おまえらずらかるぞ!」

レジスタンスは適当に発砲しつつ、観測所から逃げ出した。

「な、なんとういうことを……、予備の通信機を早急に立ち上げるんだ。急げ!」

取り残された観測者は、通信装置の復旧を命じた。

「無知で無学なレジスタンスめ……」

観測者はバグリーチャーによる被害のことを考えると、背筋が凍る思いがした。


兵装のロックを解除したマンイーターは、早速指揮車両に乗り込み、ゼロとゼロワンを動かすよう陽菜に命じた。

陽菜は、ゼロ及び、ゼロワンを動かすためのハードキーである腕時計をマンイーターに渡す。

「ゼロワンは、赤いマシンはまだテスト中で起動できません」

「ウソつけっ! 俺はちゃんと動いてるのを見たんだ。痛い目に遭いたくなかったらさっさと動かせ!」

「それは偶然動いただけで……」

陽菜はそこまえ言って、考えを改めた。

どうせ本当のことを言ってもこの男は信じないだろうと悟ったからだ。

「……わかりました。やってみます」

「分かりゃいいんだよ」

陽菜は無駄だと思いつつ、ゼロワンの起動を開始した。

すると、どういう訳か、昨日までピクリとも動かなかったゼロワンの起動がスムーズに進んでいるのである。

というより、陽菜はほとんど何もやっていなかった。

まるでゼロワンに意思があるかのように、次々に起動準備がなされてゆく。

「どういうこと……」

陽菜は突然動き出したゼロワンに動揺を隠せない。

「やりゃあデキルじゃねえかよ。オイ、ハッチを開けとけよ」

マンイーターはそういうと、陽菜の見張りを仲間のレジスタンスに任せ、コンテナ部へと移動した。


美羽と美優、そうしてシャクシャインは、コンテナトレーラーの居住モジュール内に居た。

ここは陽菜の城であるが、大翔にこの中に隠れていろと言われたのだ。

美羽たちは、ユリアによって外の様子を克明に知らされていた。

そうしてシャクシャインにもユリアの声は聞こえた。

ユリアの存在に猜疑的だったシャクシャインだが、こうなると、もはやその存在を認めるしかなかった。

三人は自衛官らがレジスタンスに痛めつけられている間、じっとこの場所で機会を伺っていた。

幸い外の様子はユリアのおかげで筒抜けだった。

コードSが解除され、このモジュールに電源が供給されると、ユリアはトレーラーに同化し、そのシステムを掌握した。

ゼロワンを起動させたのもユリアの仕業だった。

そうしないと陽菜の身が危険に晒されると判断したからだ。

そうしてチャンスは突然やってきた。

(大変よ美羽。特異点が本当に現れたわ。かなりの規模よ。この間と同じくらいの規模と思っていいわ)

「どこに現れたの?」

(信じられない。まるでわたしたちを狙っているかのようだわ)

「どういうこと?」

(難民キャンプのすぐ側よ。ここは危険だわ)

「急いで知らせないと」

(慌てないで、観測所の人が知らせるわ。それを待ちましょう。わたしたちが出ていっても捕まってしまうだけよ)

「わかった」

だが、いくら待てども、観測所からの連絡はなかった。


いつまで経っても連絡がこないので、ユリアはその意識を観測所に飛ばした。

(なんてこと! 観測所の通信システムが破壊されてるわ。これでは連絡なんか来るわけないわ)

「連絡がこないとどうなる」

シャクシャインが口を挟む。

(ベム《バグリーチャー》の奇襲を受けるわ。目標が来ると分かっていても危険な相手なのに、奇襲なんかされたらここは全滅するわ)

「やっぱり知らせなきゃ」

美羽が居住モジュールのドアに手をかける。

だが、シャクシャインの大きな手が、その手を被うように重ねられた。

「ワシが行こう。外の様子はどうなんだ?」

(大丈夫、見張りは居ないわ。こっそり出ても大丈夫よ)

「ワシが飛び出したらすぐに閉めろよ。美羽。美優を頼むぞ」

「任せて」

シャクシャインは二つある出口のうち、外に出るドアノブを捻り、外へと飛び降りた。

シャクシャインはそのまま真っ直ぐに広間へと向かった。愛用の小刀を腰に下げた以外の武器は持たず、堂々と歩いて行った。

当然レジスタンスの見張りに見つかった。だが、それもすべて考えあっての行動だった。

「誰だお前は。止まれ!」

「クロス、と呼ばれている人物に会いたい」

「質問に答えろ! 何者だ!」

「ワシは見ての通り道民じゃよ。クロスに合わせて貰えんか?」

難民たちは皆、合同宿舎に閉じ込めて、外から鍵をかけたので出てこれないはずだった。

それに一人だが見張りもいる。

レジスタンスは余りにもシャクシャインが堂々としているので、他のレジスタンスなのかと勘違いした。

「どこの組織の者だ?」

「ワシは一匹狼だ。どこの組織にも属していない。だがこの土地を想う心は誰にも負けぬ。クロスに合わせて貰えるのか貰えないのか?」

「……分かった。合わせよう。だがどうしてクロスなんだ?」

「おまえたちのリーダー、マンイーターとやらに冷静な判断ができるとは思えないのでな」

レジスタンスは苦笑した。

「分かった。ついてこい」

シャクシャインはレジスタンスの後について、詰所の中に入った。


黒須川はシャクシャインの言葉をすぐに信じた。

だが、他のレジスタンスの手前もあったので、疑う演技は怠らなかった。

「キタキツネの連中が裏切ったと?」

「裏切ったというより、怖くなって逃げたようだ。通信システムが壊れて通信できないことは確認済みだろう」

シャクシャインの言う通り、何度観測所に打診しても返事が返ってこなかった。

「確かに通信はできない。しかし、それだけでバケモノが現れるという情報を信じろというのか?」

「信じなければ全員死ぬだけだ。ワシもアンタも」

「食えない爺さんだな。もしここにバケモノが現れた場合、オレたちの戦力じゃ適わないだろう。だからといって自衛隊に武器を返すわけにもいかない」

「まあそうだろうな。とりあえず警告はした。後は自衛隊と心中するか、逃げるか、好きな方を選ぶといい」

シャクシャインはそれだけ言うと立ち上がった。

「どこへ行く気だ?」

「外の自衛官たちにも教えてやろうと思ってな。知っておいた方が覚悟できるだろう」

「勝手なことを!」

「生きてここから、でられると」

「行かせてやれよ」

はやるレジスタンスの言葉を遮り、黒須川はそう命じた。

「だ、だけどよ……」

「もちろん見張りは付ける。自衛隊の縛を解かれちゃ適わないからな」

「アタシが付いてくよ」

いままで黙って話を聞いていたノアが名乗り出る。

「姐さん……」

「クロス、あんたはマンイーターにこの事を伝えてきな。ただし、観測所から連絡が来たことにするんだ。マンイーターは爺さんの与太話を信じるようなタマじゃないからね」

「わかりましたよ」

黒須川はレジスタンスの一人に、バケモノが来たことをマンイーターに伝えるよう命じた。



  7 ~バグリーチャー強襲~
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シャクシャインはノアと共に、縛についた自衛官らの前に立って、特異点が現れて、バグリーチャーが襲ってくる可能性が高いことを告げた。

その知らせを受けた自衛官らは、すぐに縛を解くよう迫った。

「静かにおし。まだ来ると決まったわけじゃない。観測所との交信が途絶えただけよ。全部この爺さんの憶測に過ぎないから解くわけにはいかないね」

「一つだけ教えてくれ」

両手両足を拘束され身動きもままならない大翔がノアに尋ねた。

「一つだけだよ」

「どうしてその爺さんの話を、お前たちは信じる気になったんだ?」

「……勘さ。長いことレジスタンスとかやってると危険には敏感になるんでね。本土でぬくぬくと過ごしてきたアンタたちとは違うのさ」

ノアはそういうとシャクシャインを連れてその場を後にした。


「苦労してきたようだな……」

小銃を肩に下げ、隣に歩いているノアを隣に、独り言のようにシャクシャインは呟いた。

「下手な同情は勘弁してよ。アタシはずっと独りで生きてきたんだ」

「ではどうしてレジスタンスになんかと一緒に居る」

「い、いまだけだよ。アタシの戦いはこの北海道から自衛隊を追い出して、道民だけで自立することだから、その仲間を集めて何が悪い」

「悪いとは言っていない。やり方は人それぞれだ。ワシも北海道の復興を望んでいる」

「あんたこそ一人で復興なんてできるのかい?」

「一人ではない。道民の生き残りの中には、難民キャンプを離れ、畑を耕し、自立して生活している連中が居る。ワシはその手助けをしている」

「畑だって? この不毛の荒野に畑?」

「そこまで実を結ぶのに一〇年かかった」

「そ、そうかい」

「いま、あのバケモノたちを野に放てば、その苦労も水泡と化す」

「どうしろってんだい? アタシにあの連中の縄を解けというのかい?」

「それは自分で考えるんだな。ワシには守るべき者たちがいる。自衛隊の武器を借りるぞ」

「武器なんか持ってどうしようってんだい!」

「言ったはずだ。守るべき者たちがいると」

シャクシャインの言葉はとても静かだったが、その奥に潜む揺るぎ無い意思がひしひしとノアに伝わってきた。

「あんたがそこまでして守ろうとするものは一体なんだい?」

「ワシの可愛い子供たち。それと道民の未来だ」

「武器庫のものは勝手に使いな。ただし変な真似をしたら爺さんだろうと容赦はしないよ」

ノアの自動小銃が、シャクシャインの胸に狙いを定める。

「もしもあのバケモノを迎え撃つつもりなら、その程度の武器は豆鉄砲程度の威力にしかならないぞ」

シャクシャインはそういうと、武器弾薬が格納されているトラックへと向かった。

ノアは迷った。

このままマンイーターに従っていて道民の開放が出来るのか。

多分それは無理だろう。

マンイーターの気性と性格を見る限り、その結論を導き出すのは容易かった。


マンイーターの元に、バグリーチャー出現の可能性があるとの連絡が入った。

「嘘が真になっちまったな。ヒャハハ」

「笑い事じゃありませんよ。リーダー」

「そうだったな」

「どうします。逃げますか?」

「アホかテメー。ここまできてなんで逃げる必要がある。コイツさえあればバケモンなんてイチコロだろうが。これで撃退してみろや、イヨマンテの名前が一気に知れ渡るぜ」

ゼロワンに乗ったマンイーターは、その鉄の腕でレジスタンスを掴んで持ち上げる。

「な、なにをっ、助けて!」

「すげえだろ。ぜんぜん力を入れてないんだぜ」

そう言ってゼロワンの手を放すマンイーター。

どすんと尻餅をつくレジスタンスは腰が抜けて立ち上がれない。

「ヒャハハ、軽くヒネッてきてやんぜ。オイこら、ハッチを開けろ!」

マンイーターは陽菜にそう命じた。陽菜は言われた通り、コンテナのハッチを開けた。

「ヒャハハ、行くぜ!」

マンイーターの載るゼロワンが大地に降り立った。

そうして広間に向かってホバリングで前進を始めた。


ユリアのアンテナがバグリーチャーの姿を捕らえた。

(来たわ。距離は二キロ。全部で六体のベム《バグリーチャー》の出現を確認したわ。システムに強制介入するわ)

ユリアはそういうと、トレーラーに積んである時空歪曲率の波形モニタの受信をストップし、自らが創り出した波形の出力を開始した。

同時にアラームランプも点灯させる。

驚いたのは陽菜だった。

急に連絡が途絶えた観測所からの送信が再開されたのだ。

しかもバグリーチャー出現のおまけ付きで。

「なんてこと……」

陽菜は突如現れたバグリーチャーに呆然としていた。

(美羽。あなたはゼロに搭乗して自衛官たちを解放しなさい。わたしがサポートするから)

「わかった」

(ちょっと待って、その前にレジスタンスを排除して頂戴。そこの扉を開けると同時に運転席の扉を開けるわ。運転席にいるレジスタンスを車外に叩き出してくれる?)

「任せて」

(行くわよ)

ユリアの合図と同時に二つのドアが突然開く、見張りのレジスタンスは突然開いたドアを閉めるべく、身を乗り出していた。

その隙をついて、美羽は居住モジュールから指揮車両側に移動する。

「あ、誰だキサマ!」

レジスタンスが気付いて振り返るが、もうその時には美羽の鋭い蹴りがレジスタンスの顔面に炸裂し、情けない声をあげながら、レジスタンスは大地にキスをした。

そこで絶妙のタイミングでドアが閉まる。

外では起き上がったレジスタンスがドアノブを捻るが、びくともしない。

「大丈夫? 怖くなかった? どこも痛くない?」

「し、心配してもらわなくても大丈夫ですっ!」

陽菜の顔が真っ赤に染まる。

「そう。よかった。ちょっとゼロを借りるわ。大翔たちを助けてくるから」

「あっ! ちょっと、待ちなさい」

だが、美羽は陽菜の言葉を無視してコンテナ部へ向かった。

美羽と入れ替わるように、居住モジュールから美優が這い出してきた。

「ねえねえ。おねえちゃんはどこにいったの?」

キョロキョロと指揮車両を見渡して美優は尋ねる。

「私はあなたのお姉さんの保護者じゃなありませんっ!」

「ひぃん」

美優は急に怒鳴った陽菜が恐ろしくて泣き出した。

「うわああああああん。こわいよう」

「あ、あの、泣かないで、ほら、これ、飴あげるから泣き止んでよ」

陽菜はダッシュボートから飴を取り出すと、美優に与えた。

「なにこれ?」

「お菓子よ。知らないの? 美味しいわよ」

陽菜は飴を取り出して包み紙を取って口の中に運ぶ仕草をした。

美優は恐る恐る飴を受け取り、口に含んだ。

「あまーい」

「それ全部あげるから大人しくしててね」

陽菜は飴の入った袋ごと美優に手渡す。

「はーい。ありがとうおねえちゃん」

「おねえちゃんって……もういいわよ」

いつからここは託児所になったのだろうと、陽菜はため息をついた。


コンテナに到着した美羽は、腰を抜かしたレジスタンスを見つけたが、素早い身のこなしで、ほどんど気付かれることなくゼロに乗り込むことができた。

(起動準備は完了してるわ。ハッチ閉めるわよ)

「いいよ」

ゼロの搭乗用ハッチが閉じ、中は真っ暗になる。やがてモニタ類が立ち上がり、外部カメラが外の様子を写し出す。

(広間に向かって頂戴。見張りのレジスタンスが二人いるから、彼らをまず武装解除させて、それから自衛官の縄を解いてあげて。急いでね)

「わかった。こいつはどうするの?」

美羽は腰を抜かしているレジスタンスを指した。

「コンテナからつまみ出しといて下手に計器をいじられても困るし)

「わかった」

美羽はレジスタンスを片手でひょいと持ち上げると、一緒にコンテナの外に出た。

「閉めていいよ」

(頼んだわよ美羽)

美羽はハッチが閉まるのを確認すると、レジスタンスを地面に置いて、広間へと向かった。


先に広間へと着いたマンイーターのゼロワンは、自衛官らの見張りを残して、全員でバグリーチャーを狩りにでかけた。

嫌がるレジスタンスもいたが、ほとんど無理矢理連れて来させた。

レジスタンスの武装は貧弱で、拳銃とサブマシンガン、それに自動小銃と口径の小さな火器ばかりであった。

唯一、レジスタンスに合流したシャクシャインだけが、対戦車ミサイル、バズーカ砲などを携帯していた。

「なんで付いてきたんだい?」

ノアがシャクシャインに尋ねる。

「道民を守る。と言ったはずだ」

「あ、あんた……」

シャクシャインの言葉にノアは心底驚いた。

この老人のいう子供たち、道民という言葉の中には、自分たちも、ならず者のレジスタンスも含まれていたのである。

「あんたバカだよ」

ノアはそう言ったが、そんな馬鹿は嫌いじゃなかった。


美羽が広間に到着したときには、詰所にレジスタンスの姿はなかった。

見張りが二人、銃を構えて立っているだけだった。

美羽の乗るゼロが現れたとき、レジスタンスは仲間が乗っているのだろうと思っていた。

だが、銃を奪い取られ、胴体をわし掴みにされて拘束されて、ようやく敵が乗っているのだと理解した。

そのゼロのハッチが開き、中からツインテールの少女が出てきたので、レジスタンスたちはより一層驚いた。

「美羽!」

「美羽さん」

大翔とレンが声を上げる。

「大翔は早くこれに乗って」

ゼロを降り、自衛官らの縄を小刀(マキリ)で解きながら美羽は言った。

「レンは本当に弱いな。マキリを向けられたくらいで情けない声を出すな」

レンの縄を解きながら美羽は呆れたように呟いた。

「面目ない。ってなんで知ってるの?」

「おいガキ! その……、あ、りがとよ」

美羽を馬鹿にした平田士長が明後日の方角を見ながら礼を述べた。

素直に礼が述べられないが、彼なりに感謝していた。

そうして全員の縄を解くと、自衛官らは各自自分の持ち場に戻った。

「特科部隊は五分以内に出撃準備を完了させろ!」

村雨二尉が感情を露にして叫ぶと、おおー! という気合の入った返事が響く。

ツーアイズチームは復活した。



  8 ~鋼の棺桶~
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特異点より現れたバグリーチャーは六体。

その歩みはほぼ同じで、時速二〇キロメートルほどのスピードだった。

ライト級に分類されるのが四体、ミドル級が二体であった。

ツーアイズチームの戦力なら充分撃退できる相手であったが、マンイーター率いるゼロワンと丸腰同然の装備のレジスタンスに勝機は望み薄だった。

そのことはゼロワンに乗っているマンイーターにも分かることであったが、彼は自分が安全なら他の人間が危険に晒されても意に介さないタイプの人間だった。

ゼロワンの中にいる限り安全という保証は、マンイーターに絶対の自信と余裕をもたらした。

「へへへ、ゾロゾロと来やがったな」

ゼロワンのレーダーにバグリーチャーの影が映る。

だがすでに肉眼でも認識できる距離だった。

その異形の姿にレジスタンスたちは驚愕し、戦意を失いつつあった。

「なんだよありゃ」

「やべえよ、やべえよ」

レジスタンスの銃を持つ手が震えていた。

蜘蛛の胴体に蟷螂の上半身を加えたようなバグリーチャーがレジスタンスに迫る。

バグリーチャーは最も近い生命体を襲う習性がある。

このレジスタンスは迂闊にもゼロワンよりも前にでていたのだ。

「う、うわああああ」

手に持ったサブマシンガンをフルオートで連射するが、まるでそよ風にでも当たっているかのようにバグリーチャーは意に介さない。

硬い皮膚が統べて弾き返し、その跳弾が撃ったレジスタンスの太股を抉る。

「いてぇーーっ!」

太股を抱えてうずくまるレジスタンスにバグリーチャーの容赦ない一撃が加えられる。

鋭い鎌のような腕が一閃し、レジスタンスの胴を寸断する。

死体はしばらく痙攣していた。

その様子を楽しむかのように、バグリーチャーは死体を切り刻んだ。

細切れなった死体が、乾いた大地に赤い染みをつくる。

「か、かなうわけがねえー」

その余りの惨劇に、他のレジスタンスの戦意は失われた。

まるで蜘蛛の子を散らすかのように各々好き勝手な方向に逃げ出す。

だが、それこそバグリーチャーの格好の餌食だった。

「テ、テメエラ逃げるんじゃねー」

マンイーターはそう叫んだが、ゼロワンの気密性によってその声は外には届かない。

「一人死んだくらいでオタオタしやがって。クソがっ!」

マンイーターはゼロワンのアクセルペダルを踏み込んだ。

もの凄いGがマンイーターの身体を襲う。

さっきまでとは勝手が違っていた。慌ててペダルを戻すと、急ブレーキがかかり、ゼロワンの荷重がマンイーターの背に覆い被さる。

「ぐあああ」

ミシミシという骨のきしむ音が聞こえた。

「ど、どうなってやがんだ……」

朦朧とした意識の中、目の前にバグリーチャーが迫ってくるのを知った。

猛牛のように、真紅のゼロワンに突進してくる四つ足のバグリーチャー。

その衝突の衝撃はまったく吸収されること無く、中のマンイーターを圧迫した。

「ごばぁ……」

折れた肋骨が肺に突き刺さり、吐血するマンイーター。気絶しそうになりながら、どういうことなんだと、何度も何度も反芻する。

崩れかけていたゼロワンの上体が起き上がり、四つ足のバグリーチャーにリニアパンチを繰り出す。その腕の振りのスピードはすさまじく、マンイーターの右腕の筋肉を断絶し、骨が砕け散る。

「あがががが……」

いまゼロワンの制御を行っているのは、ユリアではなくゼロワンに搭載されたコンピュータであった。

美羽がゼロに乗り込んだとき、ユリアはゼロワンの制御を本来のシステムに移行して切り離していた。

そうして、ゼロワンのコンピュータは、搭乗員が戦闘不能であることを心拍数、血圧などから算出し、ゼロワン本体の回収を優先する自己防衛プログラムが作動を開始していた。

ゼロワンが、ハンドグレネードで四つ足のバグリーチャーを粉砕したとき、中のマンイーターはすでに生き絶えていた。


動かなくなったゼロワン。

ゼロワンから生命活動が消えたことにより、バグリーチャーたちは他の生物を求めて迫ってきた。

今度の標的はノアだった。

「逃げるんだ!」

自動小銃をバグリーチャーに構えようとしていたノアを制し、シャクシャインがノアの手を引く。シャクシャインに握られた手をノアは必要以上に意識した。

男に触られたのは何年ぶりだろうか。

ノアは十年前に自衛官らに暴行を受けてからというもの、男性に触れること、触れられることを極端に嫌っていた。

彼女に気安く触った輩は、小銃のストックでぶん殴られるか、股間を蹴り上げられるか、どちらかの制裁を受けていた。

だが、いまノアの手を握って走っている老人の触れる手は優しく、一片の嫌悪感も抱くことはなかった。

自分でも不思議な感覚だった。

相手が老人だからだ。ノアはそう思うことで納得した。

「姐さん大丈夫ですか?」

所々に裂傷を負った黒須川が走ってきた。

「クロス、生きてたのかい」

「オレ以外はみんなバケモノにやられちまった。生き残りはオレらだけのようですよ」

「なんてこったい!」

「二人とも、死にたくなければ走れ!」

シャクシャインはノアを黒須川に向けて突き飛ばす。

「な、なにすんだ。このジジイ!」

「おまえたちは逃げろ」

「おまえたちって爺さん……」

黒須川はシャクシャインが言わんとしていることを瞬時に理解した。

「二人とも死ぬなよ」

「なに言ってんだい。あんたも逃げればいいだろ。ほら早く」

ノアはシャクシャインの手を引いた。

自らの意思で男性の手に触れるのは十年ぶりだった。

だが触れても何とも無かった。吐き気も、頭痛も無い。

「ノア……といったかな? 優しいな。レジスタンスなど止めるがいい」

「い、いまはそんなこと言ってる場合じゃないだろ!」

シャクシャインを引っ張るノア。だがその巨体はぐらつき、片膝を付いて咳き込み始めた。

地面に鮮血が飛散する。

「じ、爺さん。あんたまさか……」

「そうだ。ワシは肺を病んでいる。もう長くはない」

「なんだって!」

粉塵による道民の肺ガン、肺気腫の罹患率は内地の三〇倍近くあった。

肺の病は、この北海道《バグネスト》では一種の風土病のようなものであった。

「ワシがここで足止めをする。おまえたちは逃げろ!」

シャクシャインはノアの手を振り解き、突き飛ばした。

「クロスとやら、ノアを連れて逃げろ」

黒須川はシャクシャインを見つめ、ゆっくりと頷いた。

「は、放せ! バカ!」

ノアの罵声を無視し、黒須川はノアを連れて逃げ始めた。

「それでいい」

シャクシャインは対戦車ミサイルを両肩に担ぐと、バグリーチャーに向けて構えた。


大翔のゼロがバグリーチャーに向かって疾走する。

レジスタンスとはいえ人間だ。見殺しにするわけにはいかない。

レーダーは五体のバグリーチャーが一点を目指して進行している。

標的に向かっている証拠だった。

「間に合うのか?」

ゼロのサーモセンサーが二人組の人間を検出する。

センサーが検出した方向をモニタに映すと、ノアと黒須川が走っているのを確認した。

「レジスタンス二人がそっちに向かった。武装を解除させて保護を頼む」

大翔はそう連絡を入ながら、バグリーチャーに向かってゼロを走らせ続けた。


シャクシャインの視界には五体のバグリーチャーが映っていた。

無理をしすぎたせいか、肺が焼けるように痛んだ。

呼吸は荒く、逃げようにも、この場から動けそうになかった。

「いよいよここまでか。世津子、裕樹、もうすぐワシも逝くぞ」

妻と息子の名前を呼び、シャクシャインは対戦車ミサイルの照準をバグリーチャーに向けて引き金を引く。

狙い違わずバグリーチャーに命中するミサイル。

とても素人が放った弾とは思えない。

事実シャクシャインは素人では無かった。

シュヴァルツドライヴの事故に遭う前まで、彼は、シャクシャインは自衛官をやっていた。

特科部隊の砲兵として、その技術を磨いてきた。

二等陸士で入隊して、事故当時には陸曹長にまで昇格した砲撃のプロフェッショナルだ。

事故直前、米軍との演習と称して、北部方面隊の全軍が、海自と連携してオホーツク海に集結させられた。

それはまるで事故が起こるのを知っていたかのような対応だった。

そのとき、僅かに残された自衛官のうちの一人がシャクシャインであった。

残された自衛官の大半はウタリと、反骨心を持った自衛官たちで構成されていた。

そうして起こるべくして事故は起こった。少なくともシャクシャインはそう考えていた。

制服を脱ぎ捨て、民族衣装《アットゥシ》を身にまとい、名を捨てた。

すぐにでも妻と息子のところへ逝くはずだった。

だが、死に場所を求めて彷徨っている最中に、美羽と美優を拾い、彼女らを育てるという責任が生まれた。

そのことがシャクシャインを生に繋ぎ止める唯一の絆だった。

だがそれも、一人前に成長した美羽と、大翔、ノアらに希望を託すことにより、シャクシャインを縛っていた義務は、その役割を終えようとしていた。


硝煙が舞う大地を、バグリーチャーは平然と歩いてくる。

その数は四体。

シャクシャインはもう一丁の対戦車ミサイル砲を担いで狙いを定めた。

風向き、バグリーチャーの動きを読んでいるとしか思えないほど奇麗な放物線を描いてミサイルはバグリーチャーに命中し、爆散する。残りは三体。

バラバラに砕けたバグリーチャーの破片が、他のバグリーチャーに降り注ぐ。

シャクシャインは背中に背負ったミサイルを、バズーカ砲に装填し、再び放った。

命中し、爆散するバグリーチャー。

残るは二体。そうしてミサイルの残弾もあと二発だった。

砲身が冷めないまま、ミサイルを装填して撃つ。バグリーチャーには命中するが、その砲身は焼け、先端に歪みが生じている。

バグリーチャーもついに最後の一体となった。

焼けた砲身にミサイルを装填する。掌はすでに焼け爛れている。

最後に残ったバグリーチャーは他の四体より大きかった。ミドル級に分類されるバグリーチャーだ。これを破壊するには、ギリギリまで引き付けて撃つ必要があった。

早く撃つように誘っているかのように、ゆっくりとバグリーチャーが迫ってくる。

「ここから先へは一歩も通さん」

目の前には人型の巨人。身長四メートルはあるかという巨人が立っていた。それはまるで神話にでてくるギガンデスを彷彿とさせた。

そのギガンデスの豪腕が振り上げられる。

「この距離ならっ」

ほぼゼロ距離でシャクシャインは引き金を引いた。

だが、ミサイルは発射されなかった。連射による金属疲労でジャムってしまったのだ。

何度引き金を引いてもミサイルは出ない。

「ここまでか……」

シャクシャインは覚悟を決めた。


巨人の、ギガンデスの振り上げた腕が爆発する。

シャクシャインは自身のバズーカ砲を見るが、発射された形跡はない。

後ろを振り返ると、そこにはハンドグレネードで狙いを定めるゼロの姿があった。

「なんて爺さんだ。たった一人で四体ものバグリーチャーを倒しやがった」

大翔はここまで来る数分の間に、バグリーチャーの数が一体づつ減っているのを目の当たりにしていた。

「いったい何者なんだ?」

あそこまで正確にロケット砲を扱えるということは素人ではない。

恐らく軍属経験者。

その考えに到達するのに、そう時間はかからなかった。

「あ、あぶない!」

感心している場合じゃなかった。

その勇猛な老人はいま、目の前でバグリーチャーの攻撃を受けようとしてる。

大翔は誤爆の危険があるのは承知で、ハンドグレネードをバグリーチャーに見舞った。

その弾道は寸分違わずバグリーチャーの腕を吹き飛ばした。

「命中精度が上がっている?」

ゼロの火器管制プログラムはユリアによって書き換えられ、格段に性能が向上していた。

「これならいける!」

大翔はハンドグレネードの集中砲火を浴びせ、バグリーチャーを撃滅した。

そうしてゼロを走らせて、燃え盛るバグリーチャーの残骸の中からシャクシャインを引きずり出し、老人の体を抱き上げた。

シャクシャインはゼロを見上げ、微笑んだ。

初対面、あれだけ頼もしかったシャクシャインは見る影も無く、疲労し、弱々しく横たわる老人の姿がそこにあった。

何か喋っているようだが小さくて聞き取れない。

大翔は集音装置の感度を上げた。

「じ、……衛隊を信用するな……、美羽と美優を頼む……、そして……」

言葉の途中、シャクシャインは大量に吐血した。

「おっ、おいちょっと。しっかりしてくださいよ!」

だが、大翔の呼びかけも虚しく、シャクシャインは絶命した。



  9 ~氷解する心~
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ユリアはシャクシャインの声を聞いた。

心を閉ざした寡黙な老人の思考が、積を切ったかのように溢れ出してくる。

後悔と絶望を繰り返しながらも、子供たちに未来を託すため尽力してきたシャクシャイン。

その人生の記録が、ユリアの中に流れ込んでゆく。

そうして最後に、子供たちを頼むと結んで、彼の思考は消えてしまった。

(そ、そんな……)

そのシャクシャインの思考を、ユリアはできるだけ詳しく美羽と美優に伝えた。

「お、おとうさん……、うわああああああん」

再び泣き出した美優に陽菜は慌てて宥めたが、今度ばかりはそう簡単に泣き止むことはなかった。

そうして美羽は……。

「嘘でしょうユリア」

(真実よ。シャクシャインの生命活動は停止したわ。だけど安心して、その魂はベム《バグリーチャー》に侵されることはなかったわ)

「死んだことに変わりないわ」

ユリアの慰めも美羽には無意味だった。

美羽と美優の悲しみは、誰よりもユリア自身が良く理解できた。

一瞬にして何千億という同胞をベム《バグリーチャー》によって失ったのだ。

しかもその原因は自分にあるのだ。

やりきれない思いがユリアの胸中に飛来する。

生き残った同胞はシュヴァルツシルトの裏側に逃げ込んで、止まった時の中で過ごしている。

ユリアが地球に何億年留まろうと、事象の地平線に入った同胞たちには一瞬の出来事でしかない。

人間には想像もつかない時間軸の中で、ユリアは生きていた。

この宇宙で彼女の仲間は一人も居ない。

そんな孤独なユリアを癒してくれたのは、美羽であり、美優であった。

(二人とも聞いて。これはシャクシャインの遺言よ……)

ユリアに宿ったシャクシャインの想いが美羽と美優に流れ込む。


朝日を浴び、ゼロの白銀のボティが黄金色に染まる。

太陽を背に、ゼロは難民キャンプの広間に戻ってきた。

その両腕には、生き絶えて横たわるシャクシャインの亡骸を抱いていた。

大翔の指示によって、ゼロの前に自衛官たちが集められる。

「被害が最小限で済んだのは、彼のおかげだ。彼は俺たちの先輩でもある」

大翔の言葉に自衛官らのどよめきの声が聞こえる。

「戦士シャクシャインは自衛官だ。一〇年前の事故で死んだと記録されている神野重蔵陸曹長と同一人物であることを、先ほど確認した」

「そんな、嘘でしょう!」

投降し、手錠をかけられたノアがシャクシャインの亡骸を見やってそう呟いた。

薄汚い自衛官。

自分を汚し、弄んだあの自衛官とシャクシャインが同じであるという事実に、ノアの心はかき乱された。

ほんの僅かしか交流しなかったが、ノアはシャクシャインに父親像を投影していた。

あの掌の温もりはいまもしっかりとノアに残っている。

「そんなのって、そんなことが……」

ノアはがっくりと膝をついて号泣した。

悔しさと悲しみがないまぜになった感情が流出し、それが涙となり、止め処なく溢れてくる。

「みんな。神野曹長、いや、シャクシャインに黙祷を捧げてくれ」

自衛官らは全員が直立不動の姿勢でシャクシャインに敬礼した。

縛につき、鳴咽を漏らすノアの傍らに一人の少女が姿を見せる。

美優だ。

美優はノアの肩にそっと手を添える。

ノアは泣き腫らした瞳で美優を見上げた。

「泣いちゃダメだって。おとうさんがいってたよ。お姉ちゃんにがんばって生きろって」

美優自身、頬に涙の跡が残り、さっきまで泣いていたのが一目瞭然だった。

「あんたあの爺さんの……娘かい?」

色素の薄い少女美優。

ロシア人とのハーフであることが一目瞭然で、シャクシャインの実子でないことはすぐに分かった。

「そうだよ。あたし美優。おとうさんはしんじゃったけど、あたしもう泣かないの。お姉ちゃんもこれあげるから泣かないで」

美優は掌いっぱいの飴玉を広げて差し出した。

陽菜に貰った飴玉。

なんの変哲も無い官給品の飴玉を大事そうに差し出す美優に、ノアの涙腺がまた緩んだ。

「ありがとう、美優……ちゃん」

涙を見せないよう立ち上がり、美優から飴玉を受け取る。

飴は嫌いだった。

自衛官に乱暴されたときに連中がくれた唾棄すべき菓子のひとつで、見るのも嫌なはずだった。

だがノアはその飴玉を剥いて口に入れた。

飴はとても甘かった。

「おいしいでしょう?」

「ええそうね」

ノアの自衛官に対するわだかまりは、飴のように簡単に溶けはしないが、それでも、ゆっくりとだが、癒される日がくるだろう。




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  6章「schwarzschild《シュヴァルツシルト》」

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  0 ~始末書~
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陽菜は目の前に積み上げられた膨大な始末書、報告書の山を見てウンザリしていた。

幸い情報規制によってマスコミなどに、今回の事件をリークされ、本土で報道されるという心配はなかったが、逆にこのことが、レジスタンスの問題を激化させている原因なのではないかと陽菜は考えた。

「あんたは下衆な自衛官に泣かされている女性の数を把握してるかい?」

陽菜は女性レジスタンスのノアが言い放った言葉を反芻していた。

自衛官の不祥事。

とくにこの北海道《バグネスト》では、監査の目が届かないのを良いことに、好き勝手に振る舞う自衛官が居るという噂は前から聞いていた。

同じ自衛官として情けなかった。

それ以前に、そのような輩がいるという事実が許せなかった。

そうして、レジスタンスの人質となったとき、あのノアという女性が居なかったら、陽菜は間違いなくレジスタンスに乱暴を受けていただろう。

そのことを思い出すだけで、背筋が凍る思いがした。

「減刑できればいいんだけど……」

報告書をタイプしながら、陽菜は呟く。

少なくとも陽菜にとってノアは敵では無かった。

あの恐ろしいレジスタンスたちから身を守ってくれた唯一の存在であり、彼女の境遇を考察すると、同情はできても断罪することは出来なかった。

だがレジスタンスの一員であることに変わりはなかった。この事実だけは曲げられない。

引き取り手がくるまでここに拘留したのち、裁判のため本土に護送されるのだろう。

陽菜はノアが減刑を受けられるように、報告書はなるべく検事の心証が良くなるよう手を加えた。

それは、以前の陽菜からは考えられない行為だった。


生き残ったレジスタンスは六人。

リーダーのマンイーター含む八名はバグリーチャーによって惨殺された。

正確に言えば、マンイーターはバグリーチャーではなくゼロワンによって殺されたようなものだった。

それとは対照的に、自衛隊の被害はゼロだった。

皮肉なことに、レジスタンスの犠牲があった故に、陽菜らは助かったのだ。

それからシャクシャイン。本名を神野重蔵という元自衛官。

陸上自衛隊陸曹長であった彼の働きが無かったら、被害は更に拡大していただろう。

単身で四体のバグリーチャーを撃破するという快挙を成し遂げ、名誉の戦死を遂げた勇敢な戦士。

彼もまた、正確には戦死ではなく病死だった。

肺の病気を患っており、無理な運動が祟って肺に水泡が溜まり、呼吸困難に陥っているところへ更に無理を重ね、バズーカ砲の爆風による熱で肺が焼け、窒息して絶命したのだ。

医師の検査を受け、そのことを宣言されていたのに関わらず、シャクシャインは皆を守るために戦った。

その行為には頭が下がる想いでいっぱいだった。

彼の養女である美優はまるでシャクシャインの死を知ったかのように、陽菜の隣で泣き出した。

感受性が強い子なのだろう。

そうして美羽。あの少女の活躍も見逃せなかった。

ゼロワンの動作原理は陽菜にも分からない。

ゼロとは異なるコンセプトで設計されたゼロワンの詳細を知る者は牧野一尉くらいであり、この評価プロジェクトに搬入された事自体が謎だった。

だが、そのゼロワンのおかげでチームは九死に一生を得た。

美羽が操るゼロワンは、圧倒的劣勢だったゼロとバウンザーを助け、勝利に導いた。

そうして今回はシャクシャインに救われた。

自衛隊の面目丸潰れである。

陽菜はチームを救った英雄。この親子を見捨てようとしていた自分を心から恥じた。


始末書と報告書の作成は丸一日費やしても終わる気配はなかった。

技術チームはゼロとバウンザーのメンテナンスに奔走し、護衛チームは合流した釧路の機甲部隊より補給を受けていた。

みな忙しく、手が空いてる者は居なかった。

陽菜は美羽と美優の処遇に困っていた。

このまま網走難民キャンプに登録して置いてゆくのが最良の選択であることは承知していたが、二人がそれを納得するはずが無いと分かっていたので頭を抱えていた。

「かといって、摩周の廃屋に戻すわけにもいかないし……」

陽菜は美優のことがなにかと気に入っていた。レジスタンスから解放されたあと、居住モジュールから這い出してきて、陽菜の緊張をほぐしてくれた存在。

自分よりも弱く、守ってあげなくてはならないと思った美優は、陽菜にとってかけがいのない存在だった。

そうして、戦士としてのシャクシャインと美羽も、いまでは尊敬し感謝できる。

自分でも丸くなったと陽菜は驚いていた。


「どうしたんだい? ニヤニヤして」

疲れた風貌を隠さずに、大翔がトレーラーに乗り込んできた。

「あ、結城二尉。いえ、あの子達をどうしようかと思って」

「あの子たち? ああ、美羽たちのことか」

「はい。このまま難民登録してキャンプに移送するのが一番なんでしょうけど……」

そう言う陽菜の言葉には、そうしたくないという想いが込められていた。

「そんな一番は却下だよ。そうだな。美羽と美優は機密保持のためにプロジェクト終了までチーム内に拘置するよう手筈してくれ」

「結城二尉」

「俺たちと一緒じゃ危険かもしれないが、あいつらはそんなにヤワじゃない。それに、ゼロワンを動かした実績のある美羽をこのまま放っておくわけにもいかないだろう?」

「あ、はい、そうですね。確かに。でも美優ちゃんは」

「ええ? ま、まさかあの二人を引き離そうだなんて……。陽菜くん。キミってやつはそんな酷いことができるのかい?」

芝居がかった大翔の口調。以前ならイラついていただろうが、いまでは受け流せる。

「いえ……、できませんよ。分かりました。美羽さんは自衛隊生徒の現地編入という形で手続きを取ります。階級は三等陸士でよろしいですね。美優ちゃんは美羽さんの扶養家族および、プロジェクトの機密保持のため、本プロジェクト終了まで拘置するよう手配します。これでよろしいでしょうか?」

「完璧だよ陽菜くん。どこでそんな悪知恵を身に付けたんだい?」

「悪知恵だなんて人聞きの悪いこと言わないで下さい」

「冗談だよ。美羽たちの件、ほんと助かる。サンキューな」

「そう思うのなら、これを手伝ってください」

陽菜は始末書を半分、大翔に手渡した。

「なにこれ?」

「始末書です。コードS使用の件、レジスタンスにゼロワンを奪われた件、民間人に武器を奪われた件、レジスタンスとは言え民間人を死傷させた件、エトセトラ、終わるまで眠らせませんよ」

「了解了解。それにしても眠らせませんって、陽菜くん積極的だねえ」

「バカなこと言ってないでお願いします」

もはやこの程度のセクハラには動じない陽菜。彼女もまた成長した。

カタカタカタとタイプする音が、夜の帳に延々と響く。



  1 ~目的地へ~
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レジスタンス襲撃から二日後。

始末書と報告書を提出し、補給と修理も済んだツーアイズチームに、陸自のトップである大倉陸幕僚長より直々の命令が下った。

陽菜は命令書を見て、ついに来たかと思った。

この実験のキモであり、本来の目的を果たすだけなのだが、陽菜は気が重たかった。

「どうしたのヒナおねーちゃん」

美優が居住モジュールから這い出してきた。

身体の弱い美優は、医師の診断により、この防塵処理が完璧な居住モジュールに居るのが最良という判断を下され、陽菜と同居していた。

そうして陽菜は、美優に「おばちゃん」ではなく「おねえさん」と呼ばせることになんとか成功していた。

「なんでもないのよ美優ちゃん。もう勉強は終わったの?」

「おわったよー」

「本当に? 見せて」

陽菜は作業の合間を見て、満足に教育も受けていないだろう美優に勉強を教えていた。

美優は飲み込みが早く、湯水のごとく知識を吸収していった。

「すごい。全問正解だわ」

陽菜は美優から受け取った算数のドリルが入ったノートパソコンの画面を見て驚嘆した。

解き方とか詳しく指導してないのにどうしてここまで理解できるのか不思議だった。

理由は簡単。

ユリアが至極丁寧に教えているのだ。

ちゃんと答えが導き出せるよう美優のペースに合わせてしっかりと教えていた。

決してユリアが答えを教えるというズルはやっていない。

「すごいわね。それじゃあコレやってみて。今度は難しいわよ」

陽菜は今まで小学生の算数ドリルを渡していたが、今度は中学の数学レベルまでランクを上げた。

「うんわかった。やってくるー」

美優は、ドリルの入ったノートパソコンを受け取ると、居住モジュールへと戻った。

「天才かもね。あの子……」

指折りの足し算と引き算しか知らなかった美優が、たったの二日で中学教育で行なわれる数学の問題を解こうとしているのだ。

この分だと高校生レベルに到達するまで一週間とかからないかもしれない。

陽菜が美優を天才だと思うのも無理はなかった。


美羽は自衛官たちのウケが良かった。

この北海道《バグネスト》で、一〇年間サバイバル生活を送ってきたのだ。

その生活の知恵と工夫は訓練を受けた自衛官が舌を巻くほどであった。

美羽独自の格闘術は荒っぽいが実戦向きで、女の子だと思って舐めてかかると大怪我を招きかねない。

その体術の練度から、シャクシャインに相当鍛えられていたことが容易に想像できた。

大翔や、格闘技の有段者が美羽に手ほどきを見せるが、手加減などする余裕も無く、油断すると足元をすくわれかねない勢いだった。

だから自衛官はみな真剣かつ面目を保つために必死だった。

女の子である美羽を中心に乱取りの輪が広がる。

「美羽さんって恐ろしく強いんですね」

以前勝負するかと言われ、慌てて断った自分の慧眼にほっとしていたレンが呟く。

そうして泥だらけになるであろう自衛官らの服を洗濯するのは自分なのだ思ったら、げんなりしてきた。

「男はバカで単純だから、女より弱いっていうのは我慢ならんのだろうよ」

大翔がレンの隣でそう答えた。

「でもほんとに美羽さんは凄いですね。あの筋肉お化けの平田士長を投げ飛ばしましたよ」

「実は俺も一度投げられたけどね」

「えっ! 結城二尉を投げ飛ばしちゃったんですか!」

「油断した。いや、ホント舐めてかかったら負けるね実際。足元すくわれるよ」

「強いんですねぇ、美羽さん」

「ますます惚れちゃいそうかい?」

「なっ、なんでそんな発想。美羽さんはボクなんか眼中にないですよ。どうして惚れるとかそういう話になるんですか」

レンは顔を真っ赤にしてうつむいた。まるで女だなと、大翔はレンを見て思った。


「でもあいつらはそうは思っちゃいないよ。若き自衛官の憧れの的であるレン・ロバイン二等陸士のハートを一瞬で奪った美羽三等陸士。自衛官のアイドルが、ぽっと出の野生児に奪われようとしてるんだ。そりゃ平田兵長もムキになるわな」

「やめてくださいよ。ボクにはそんな趣味はないです」

「そうか。じゃあやっぱり美羽に惚れてるんだな。じゃあ俺がみんなにそう伝えて諦めてもらおう」

「えっ?」

大翔はスタスタと美羽を取り巻く円陣に向かって歩き始めたが、それを阻むかのように、大翔の服の裾を引っ張るレンが居た。

「この手はなに?」

「よ、余計なこと言わないで下さいよ!」

「いやいや、こういうことははっきりさせとかないとな」

「恥ずかしいからやめてくださいよ」

「恥ずかしいって、レンちゃんはゲイの自衛官に迫らせてもいいのか?」

「それは困りますけど……」

そのとき、レンを助けるかのように、大翔のインカムに呼び出し音が鳴った。

立ち止まる大翔。ほっとするレン。

「もしもしどうしたの?」

大翔はインカムを耳に当てて話し始めた。

「分かった。すぐに向かうよ」

通信を終えた大翔は、いかにも残念そうな顔をした。

「陽菜くんに呼び出し食らっちまったよ。行ってくる」

「いってらっしゃい」

走り去る大翔を見送ったレンは、ほっと胸をなで下ろし、美羽たちが乱捕りを行っている円陣に向かって歩き始めた。


トレーラーに乗り込んだ大翔を待っていたのは、憂いた表情で物思いに耽る陽菜の姿であった。

「あっ、結城二尉。急に呼び出して申し訳ありません」

「どうしたの。元気ないね?」

「いえ、司令部から作戦指示書が届きました」

陽菜は印刷した指示書を大翔に手渡した。大翔は受け取った指示書をざっと眺めた。

「おいおい、これは……」

「そうです。ツーアイズプロジェクトの真の目的はそれです」

「し、陽菜くんは知ってたのか?」

「一応……、ですが本意ではありませんよ」

「あの内容物が極秘扱いだったトラックが一台あったよな。コードSでも解除できなかった奴。あの中か?」

「はい。そうです。投棄実験用に、高濃度放射性廃棄物を積んでいます」

「そいつをブラックホールに捨てるわけか?」

「そのためにゼロは開発されました。インテリジェンススーツ。シュヴァルツシルト半径付近でギリギリの作業を行うために開発されたのがゼロです」

「バグリーチャー殲滅兵器じゃなかったのかよ?」

「それは後付けの機能です。バグリーチャーの存在が確認された昨年。急遽、対バグリーチャー迎撃機能を追加して、名称もインテリジェンスインパクトスーツに改められました」

「なんてこった」

「すいません。いままで黙っていて」

陽菜は申し訳なさそうに呟いた。

「守秘義務があったんだろう。別に気にしちゃいねーよ」

そんな陽菜を気遣うように、大翔は答えた。

「それじゃあゼロワンはなんだ? 一体なんのために作られたんだ?」

「それは私にも分かりません。どうして美羽さんやレジスタンスに動かせたのかも、いまだに分かりません。ただ、ゼロとは異なり、純粋にバグリーチャー殲滅を目的として作られたということと、現在のテクノロジーでは作成困難、殆ど作成不可能な機体と言うことだけは分かっています」

「そうか……。まだなにか裏があるのか。なんか胸くそ悪いな畜生!」

大翔はフロントガラスを拳で叩いた。

「どうしましょうか?」

遠慮がちに陽菜が尋ねる。

「なにを?」

「もちろん指示書に書かれた作戦のことです。実行しますか?」

「するしかないだろ。死ねという命令以外は服従するさ」

大翔はシートのリクライニングを倒し、ふて寝した。


明朝。

一部の士官にだけ実験の詳細が伝えられ、プロジェクトの最終テストが実行に移された。

目的地は旭川にあるシュヴァルツシルト門《ゲート》だった。

厳重な警戒網が張られ、一個大隊に相当する兵力が駐留していた。

それほど重要な拠点なのだ。

網走から門《ゲート》のある旭川までの移動中、指揮車両内には沈黙が訪れていた。

実験には大倉陸幕僚長も同席するという。それくらい重要な試験であると言えた。

憂鬱な気分を隠そうともせず、大翔は無言でトレーラーを運転する。

その隣で、複雑な顔をした陽菜が、ノートパソコンの画面を見つめていた。



  2 ~ユリアの理由~
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ユリアにとって一瞬も永遠もそう大差は無かった。

寿命と言う概念がないルジミオンにとって、生きるということは、なにかを探求し続けることと同義だった。

そうしてこの地、地球は刺激が豊富だった。

有機生命体の美羽と美優に出会えたことはユリアにとって旅の目的以上に有意義だった。

出会ってまだ数日しか経っていないが、時間では計れない価値というものを、彼女は見出していた。

そうして、彼女の旅はもうすぐ終わる。

彼女は見つけてしまった。

凶悪なベム《バグリーチャー》を殲滅する兵器。

ツーアイズ・ゼロワンを。

このマシンを持ち帰り、量産すれば、ベム《バグリーチャー》の脅威から同胞を救うことができるだろう。

初めてゼロワンと同化したとき、ユリアは懐かしい感覚を覚えた。

まるで銀河の中心――。

ルジミオンの故郷、巨大な機械のゆりかご、ノイアベースに居るかのような、そんな錯覚に陥った。

ゼロにも同化したユリアだが、ゼロではその感覚を味わうことは出来なかった。

(――わたしたちルジミオンの技術が使われている?――)

ユリアはそう考えてみたが、この地球上はおろか太陽系全域に思考のアンテナを伸ばしても、仲間の気配は感じられなかった。

もし仲間がいるのなら、ユリアの呼びかけに応えるはずだった。

「ねえねえ、この問題のときかた教えてよ」

ユリアの思考を遮るかのように、美優の、人間にしては強力な思考と言語がユリアの中に割り込んできた。

(どこが分からないの? 見せてみて)

ユリアはノートパソコンに表示される数式を眺める。

幾何学の初歩だったが、僅か三日足らずで、美優は小一レベルの問題から中学レベルまで解けるようになっていた。

(学力では美羽を抜いたかもね)

「ほんとう? おねえちゃんより頭よくなったの?」

(そうね。恐らくこの問題は美羽には解けないでしょうね)

「おねえちゃん、勉強きらいだから」

シャクシャインにサバイバル術を徹底的に叩き込まれた美羽。

それでも読み書きと、生活に必要な知識は学んでいる。

だが、物理や数学などは、頭が痛くなったので、美羽はなるだけ敬遠してきた。

(いいのよ。これから幾らでも学べるわ。美優も美羽も。ここにはその設備が整っているわ)

「もうおうちには帰れないのかな……」

寂しそうに美優がつぶやく。

(すぐに帰れるわよ)

「ほんとうに?」

(多分……ね。それより解き方分かった?)

「うん。Yをここに代入するんだよね」

ぶつぶつと美優は呟きながら、再び算術に没頭した。

やり方さえ分かると、美優はすぐに熱中して問題を解いていった。

そんな美優をユリアは優しく見守っていた。


美羽をどうするか。それがユリアの悩みの種だった。

ゼロワンを持ち帰るのは良いとして、パイロットが居なければ、ベム《バグリーチャー》の殲滅は不可能だろう。

ユリアだけでもゼロワンを動かすことはできる。

ただし、武器のトリガーを引くことは出来ない。

優しすぎるルジオミンは、他者を傷付けることが出来ない。

それがいかに憎い敵であろうとも。

長い進化の末、闘争本能を失ってしまったのだ。

その点美羽を始め、この地球の野蛮さには、驚かされた。

まさに蛮族と言いたいところだったが、今はその彼らの蛮勇が渇望されていた。

美羽をルジミオンに連れて行くか?
ユリアは迷った。

ルジミオンの技術があれば、美羽を生きながらユリアの故郷に連れて戻ることは可能だった。

そうして美羽の協力を得て、ベム《バグリーチャー》を撃退し、その隙に不安定になったブラックホールの制御装置を復旧する。

ブラックホールが安定さえしてしまえば、もう二度と再びベム《バグリーチャー》が現れることはないだろう。

そうして美羽を無事に地球に送り届けることも可能だ。

ただ、特異点が閉じてしまった場合。

美羽を地球まで届けるのにかかる年月は、一億年以上かかる計算になった。

すなわち、美羽を連れて行くということは、百年足らずしか寿命を持たない有機生命体である美羽に、美優や地球の人々と今生の別れの決断を迫らなければならなかった。

どれだけ考えても、良い案が浮かばなかった。

美羽が年老い、地球に未練が無くなったころに連れて行くという手もある。

それくらいの時間を待つことは、ユリアには可能だった。

だが、若く、精力に漲るいまの美羽だからこそ、ゼロワンに搭乗できるのだ。

年老いた美羽を乗せたらなら、あのマンイーターというレジスタンスのようにショックで死んでしまうだろう。

結論は出そうに無かった。

何時の間にか美優は眠っていた。

数学のドリルを解き終わり、達成感に浸って寝息を立てていた。

ユリアはカプセルから実体ホロを照射し、実態を持つ姿になると、美優に毛布をかけてやった。

「おとうさん……」

美優の寝言がユリアの胸を刺す。

本当の両親と、養父シャクシャインを失った美優。

そうして姉である美羽までも失ったら、美優の悲しみはどれほどのものになるのだろうか。

そのことを考えると、ユリアには美羽をルジミオンへ連れて行くことなど、とてもではないが出来なかった。



  3 ~つかの間の休息~
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ちょうど日が暮れた頃に、ツーアイズチームは門《ゲート》がある基地の到着した。

基地は広く、宿舎には予備の部屋も充分に確保してあったので、久しぶりにキャンプではなく、室内でゆっくりと睡眠が取れることになった。それよりも嬉しいことに、そこには大浴場があった。

車両での移動実験だと、どうしても水不足となり、シャワーの回数も限定される。女性は優遇されていたが、それでも一日に一回。五分間だけという厳しい条件下でやりくりを行ってきた。

そうして男性に至っては、夕食後に蒸しタオルが手渡されるだけだった。

それで汗を拭き取れということだった。

パイロットの大翔でさえ、戦闘後に蒸しタオル二枚支給されるだけで、通常はみなと同じで一日タオル一枚という有り様だった。

そんな理由で、男性用の大浴場は、さながら芋洗い場と化した。

ツーアイズチームの男性自衛官が入った後の浴槽は真っ黒に変色しており、清掃員をげんなりさせた。


女性陣は、美羽、美優、陽菜、田島看護師の四人しか居ないので、大浴場で、ゆったりと汗を流すことができた。一児の母であり、ふくよかかな体型の田島看護師は、美優を我が娘であるかのように可愛がった。

「うちのバカ息子に比べたら美優ちゃんは天使だね」

「田島さんのご子息はおいくつなんですか?」

他人に干渉しない性格だったはずの陽菜が、柔和な態度でそう尋ねた。

「このあいだ一二歳になりました。来年は中学生になります」

「敬語はやめてください。少なくとも今くらいは」

「そうかい? そりゃあ助かるよ。でもお堅いと思っていた沢井三尉も変わったもんだね」

「そうね。陽菜は変わった。初めて会ったときとは別人みたい」

美羽が同調する。

「そんなことないよ。ヒナおねえちゃんはやさしいよ」

美優が陽菜を擁護するが、二人の言っていることは事実だった。

プロジェクト発足当時からつい最近まで、陽菜はチームのメンバーに距離を置いていた。

選民意識ではないが、どこかで下士官、自衛官らを見下していた傲慢さがあった。

それは技術将校ゆえのコンプレックスだったのかもしれない。

当時はそのことにに気付きもしなかったので、こうして客観的に自分の過去を振り返ると、ホントに嫌な女だったと、陽菜は苦笑した。

「いいのよ美優ちゃん。本当のことだから」

「気にする必要は無いわ。いまの陽菜は好きよ」

美羽は本心からそう思っていた。

シャクシャインを失った美優に対する陽菜の気遣いには感謝していた。

「ありがとう美羽さん」

「レジスタンスに襲撃されたのが、心変わりのきっかけみたいだね」

田島の言葉は図星だった。

「そうですね。そうかもしれません」

「結城二尉はいい男だね。アタシがもう一〇歳若かったら放っておかないよ」

「な、結城二尉は関係ありません!」

「本当か? 陽菜が要らないと言うのならわたしが貰うぞ。それでもいいの?」

「いいなー。美優もおにいちゃん欲しいなー」

「あんなひと、ぜんぜんタイプじゃありませんっ!」

陽菜はそう言うと立ち上がり、浴槽から出ようとした。

「わたしもっ!」

髪をしばったまま、美羽が浴槽から出る。

「ちょ、ちょっと待ちなさい。髪の毛は洗わないの?」

「大丈夫よ」

「おねえちゃんは髪の毛洗うのが嫌いなんだよー」

「こら美優! 余計なことを言わないでよ」

脱衣所へ向かおうとする美羽の肩を、がっちりと掴む腕が二本。

陽菜と田島が美羽を両サイドから押さえ込む。

「何のマネよ?」

だが陽菜と田島はそれに答えず、不敵な笑みを洩らすだけである。


恰幅のある田島に身体を押さえ込まれた美羽は身動きが取れなかった。

護身術を使って投げ飛ばすことはできたが、流石にそれをするのはマズイという分別くらいは持っていた。

美羽は観念して二人のやりたいようにやらせた。

髪を洗い、コンディショーナーで整え、身体も隅々まで磨き上げられる美羽。

ようやく風呂からあがって脱衣所に逃げ出しても、今度は仕上げが待っていた。

ドライヤーで優しくブローして髪の毛をセットする。

数十分後には、美優に負けず劣らず可憐な少女が完成した。

ツインテールをやめて、ウェーブのかかった髪を少しだけ編み込んでリボンで整えた髪形は、どこかの令嬢かお嬢さまのように上品に仕上がっていた。

そうして官給品とは思えない純白のパーティドレス。靴もドレスに合わせた白いミュールで、履き慣れない靴に足首を捻りそうになっていた。

「もう気が済んだ?」

機嫌が悪そうに美羽が呟く。

「おねえちゃん綺麗。すごいすごい!」

見事な変身を遂げた美羽を誉めたのは妹の美優。

偽りではない本心からの感想である。

「まさかここまで化けるとは。いやはや女の子だよ」

田島も嘆息を洩らす。陽菜もまたこの変貌ぶりに舌を巻いていた。

「もういいでしょ。着替えさせてよ」

ドレスを脱ごうとした美羽だったが、その瞬間……。

宿舎内に警戒態勢を示すサイレンが鳴り響いた。

この浴槽内にもその音が聞こえてくる。


警報は特異点反応を示すものであった。

すでに風呂から上がっていた男性自衛官たちは、作戦会議室に同席を許可してもらい、基地司令の説明を聞いていた。

それに遅れるように美羽たちがやってくる。美羽はパーティドレスを着たままの状態で、自衛官らを唸らせた。

「あの。とても綺麗ですよ美羽さん」

ドレス姿の美羽を見たレンが素直な感想を述べる。美羽に対し猛々しいイメージしか持っていなかったので、このギャップはとても嬉しい誤算で、レンの胸は高鳴った。

「お世辞はいいから、ちゃんと前を見なさいよ」

美羽は自衛官らの視線に戸惑いながらも、作戦内容を拝聴した。


「えっと。どうしちまったんだ。あれは?」

華麗に変身した美羽を見た大翔が、したり顔の陽菜に声をかける。

「えっと、綺麗でしょ。ちょっとした悪ふざけだったんですけど、警報が鳴って着替える暇が無かったんです」

「陽菜くんも意地悪だねぇ」

「そんなんじゃありません」

陽菜はなんと言い訳しても無駄だと悟りつつも、弁明を怠らなかった。


会議はすぐに終わった。

特異点より現れるであろうバグリーチャーの殲滅は、この旭川基地の戦力より捻出することになり、ツーアイズチームは予定通り実験を行うこととなった。

慌ただしくなった基地の中、ツーアイズチームだけがやることもなく、広い会議室に取り残された。というより、別命があるまで待機という命令が下されたのだ。

基地から、何台ものトラックと特殊装甲車両が出動して行く。

この基地にはツーアイズチームの一〇倍以上の戦力が駐留していた。

この数をもってすれば、バグリーチャーの一〇体や二〇体は、容易く殲滅できるだろう。

「いいんですかね。我々は何もしなくて?」

上園一曹が大翔に尋ねる。

「休むのも仕事の内だ。明日になれば嫌でも神経をすり減らす作業を行わなければならないんだ。ここは大人しく旭川基地の連中の手並みを拝見しとけばいいさ」

「そうですね。それでは自分はゼロの廃棄運用プログラムの見直しをやっておきます」

上園は席を立ち、自分にあてがわれた部屋へと向かった。

その上園に続くかのように、他のメンバーも宿舎へと戻っていった。

「美羽さん。あの、その姿をデジカメに収めてよろしいでしょうか?」

「でじかめ? なんなのそれ?」

レンは頭を捻る美羽を連れて会議室を後にする。

その後を、面白そうに美優が付いて行った。

結局その場に残ったのは、大翔と陽菜の二人きりになってしまった。


コーヒーを飲んでいた大翔と陽菜の安息を妨害するかのように、警戒警報のサイレンが鳴り響く。

「今度はなんだ?」

「一体どうしたんでしょうね」

陽菜は席を立ち、内線電話の受話器を取る。

「また、特異点が発生したそうです。第四、第七観測所から通報があったそうです」

陽菜は受話器を置きながらそう言った。

「やけに多いな」

「異常ですよね。まるで実験を阻もうとする意思でもあるみたい……」

「まあどのみち第三から第九観測所まではこの基地の管轄じゃないからな」

「そうですね。でもバグネスト方面隊の全軍が動きそうな勢いですよ」

「この基地には戦力は温存されてるんだろう?」

「はい、実験の守備隊として二個中隊が駐留してます」

「それだけでも俺たちの戦力の四倍はある。なんとかなるんじゃない」

「そうですね。そうだといいんですけど……」

陽菜は冷たくなったコーヒーを飲み干した。



  4 ~孤立するチーム~
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翌朝。

各地での特異点反応は尚も増大中で、いつバグリーチャーが出現してもおかしくない状態が続いていた。

それでも実験は予定通りに行われる。

門《ゲート》が建設されて五年猶予。

一度も開くことが無かったシュヴァルツシルト門《ゲート》の扉が、いままさに開こうとしていた。

門《ゲート》の手前に建設された管制塔の中には、プロジェクトを立ち上げた大倉陸幕僚長以下、幹部たちが勢揃いしている。

そこにはプロジェクトリーダーの牧野一尉の姿も見えた。


陽菜は高官たちを前に、緊張した面落ちで実験スケジュールの説明を始めた。

すでに門《ゲート》の前では大翔がゼロに搭乗して待機している。

その脇には高濃度放射性廃棄物を格納したトラックが待機しており、荷台から廃棄物を密閉したケースを運び出す作業を行っていた。

「お渡しした資料にありますように、シュヴァルツシルト半径での作業を行う上での複雑な計算をスタンドアローンで行うため、ゼロは開発されました」

「沢井三尉。その辺は皆さん分かってらっしゃるから、実験を始めてくれないか?」

陽菜の説明を遮り、牧野一尉がそう急かした。

「分かりました。それでは実験の手順を説明します。まず、ゼロが廃棄カプセルを持って門《ゲート》に突入します。そうして門《ゲート》内に接地された投棄用リニアドライバーに廃棄カプセルをセットして、ブラックホールに向けて射出します。これを計一二回繰り返し、ブラックホールより放射される回転エネルギーを利用して発電を行います。廃棄カプセル一二基投棄によって得られるエネルギーは約三〇億キロワット。我が国の年間消費電力と同等かそれ以上となります」

陽菜の説明に高官たちから嘆息の声が聞こえた。

なにせゴミを捨てるだけでエネルギーが手に入るのである。

しかもその数値は尋常じゃない。

さらに有害なゴミまで処分できるという。

日本は世界中の産業廃棄物を処理する利益と同時に、世界最高の電力保有国家となり、電力を輸出することで経済を潤すことが出来るのだ。

これは国家規模の大事業であった。

今日はその無限の富を得る利権が、机上の空論で終わるのか、実現するのかの大事な見極めの日だったのだ。

実験の遅延や失敗は許されない。

そうして、このブラックホールを利用したエネルギー抽出理論は、虎宮沙良博士が提唱したものだった。

一〇年前の実験当事、博士は東京に居たため無事だったという。

博士は実験の失敗を糧に、このプロジェクトを推進した。

北海道を全滅に追い込んだ張本人を更迭せず、再び博士のプランを実行する。

そんな政府の思惑など、ただの一士官に過ぎない陽菜には分かるはずもなく、その博士の理論が間違ってないことを願うのみだった。

一〇年前の悪夢の再来だけはゴメンだった。


実験開始一時間前。旭川基地に警報が鳴り響く。

基地より北西一キロ付近に特異点反応が現れたのだ。

だが、実験は中止にならなかった。

旭川基地に残った残存兵力の全てを特異点に向けて出撃させた。

数十台の特殊車両が砂塵を撒き散らしながら基地を後にして行った。

基地はまるでもぬけの空だった。

唯一。

ツーアイズチーム専属の護衛チーム、村雨二尉以下二四名だけが基地内に展開していた。

しんと静まり返る基地は、少々不気味な雰囲気をかもしだしていた。

すでに廃棄物を積んだトラックからは、全ての廃棄カプセルが搬出されていた。

このカプセルの一つでも破損したら、基地はおろか、北海道《バグネスト》全域が汚染されるだろう。

それだけはなんとしても避けねばならなかった。



  5 ~空からの刺客~
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実験開始予定時刻、三〇分前。

もうここまできてしまったら後戻りは出来なかった。

そうして、そのことを見計らったかのように、特異点よりバグリーチャーが出現を始めた。

観測史上最大の規模だった。

道内四個所に発生した特異点から数十体のバグリーチャーが現れたのだ。

その数およそ五〇体。

しかも、そのうちの約半数は初めて観測される飛行タイプのバグリーチャーであった。

強力な時空と磁場の乱れにより、北海道《バグネスト》の領空はよほどの高度を保たないとフライトは不可能だった。

計器が乱れ、コンピュータが暴走し、姿勢制御を保つことが出来ずに墜落する恐れがあるからだ。

本来バグリーチャーのような敵を殲滅するには攻撃ヘリが最良と言われていた。

だが、時空と磁場の乱れにより、北海道《バグネスト》での運用は不可能であったため断念せざるを得なかった。

そうして、いままでバグリーチャーはすべて陸上歩行型だったため、自衛隊も陸戦兵器で対応できると油断していた。

だが、まるで狙い済ましたかのように、その凶悪な敵であるバグリーチャーは、飛行能力と言う厄介な性質を持って、襲い掛かってきた。

各守備隊から、対空砲火をすり抜けて、防衛ラインを突破されたという報告が入る。

その報告は、バグリーチャーを研究してきた者にとって衝撃的な行動だった。

バグリーチャーの特性。

一番近くの生命体を襲うと言う共通の特性。

その定説が破られたのである。


「飛行タイプのバグリーチャーは全部、この基地を目指しているとの報告が入りました」

管制塔の通信士が報告する。

「連中の到達までどれくらいかかるというのだ?」

大倉陸幕僚長が重い口を開いた。

「一番早い地区からだと一〇分です。その個体数は六です」

「そうか。ならば護衛部隊の武器を対空用に換装急げ。それからゼロワンを使え」

「幕僚長!」

牧野一尉が慌てて、大倉幕僚長の前に飛び出す。

「報告は聞いているよ。正式名称ツーアイズ・ゼロワンだったかな。報告によると二度出撃したそうだな。動かせるのなら出撃させればいい」

「ゼロワンにはまだ不安要素が多すぎます。実戦データも揃っていません」

「おかしなことを言う。ゼロワンはキミが創ったんじゃないのかね? いいから出撃させるんだ。これは命令だ!」

大倉陸幕僚長は有無を言わせぬ迫力で、牧野一尉の進言を一蹴した。

「分かりました。どうなっても知りませんよ」

「馬鹿なことを言うな。どうかなった場合、責任を取るのはお前たちだ。まさか使えもしないガラクタを開発したわけではあるまい」

牧野一尉はぐうの音もでなかった。

「こちら実験プロジェクト進行チームの沢井三尉です。上園一曹聞こえますか」

『なんでしょう? 沢井三尉殿』

「ゼロワンを出撃させます。美羽さんに連絡してください」

『ゼ、ゼロワンを動かすんですか?』

「緊急事態です。そちらにも情報はいってると思いますが」

『わ、わかりました。すぐに連絡します』

陽菜は通信機を元に戻すと、牧野一尉の元へと向かった。

「先輩もゼロワンのことについて知らなかったんですね」

「面目ない。対バグリーチャー殲滅兵器ということしか分かっていない。その設計思想は限られた天才にしか理解できないだろう。少なくとも私には理解不能だった」

がっくりとうなだれる牧野一尉。

陽菜はそんな牧野一尉を尻目に、大倉陸幕僚長に向き直った。

「幕僚長殿。ツーアイズチームの責任者は私です。もしもゼロワンがバグリーチャーの迎撃に失敗したなら、その責任は私が取ります」

「おまえごときの首ひとつで収まる問題と思っているのか? まあいい。それよりも実験を続けたまえ」

大倉陸幕僚長は、バグリーチャーのことなどどうでも良いと言わんばかりに、実験の再開を促した。


美羽はユリアの思念波によって、バグリーチャーに防衛ラインを突破されたことなどを聞かされ、命令より早くゼロワンの元に駆け付けていた。

「空からの敵をどうやって叩くの?」

(予備のリニアドライバーが格納庫に収納してあるわ。それでゼロワンを射出してもらい、グライダーユニットで滑空して対応するわ)

「荒っぽいやりかたね」

(怖くなった?)

「まさか、一匹残らず叩き落してやるわよ」

(頼もしいわね。グライダーユニットを換装するわ。あなたは上園一曹にリニアドライバーの準備を依頼して)

「わかった」

美羽はトレーラー内に居る上園にリニアドライバーを用意するよう頼んだ。

美羽の口から空からのバグリーチャーの迎撃方法を聞いたとき、上園は一瞬言葉を失った。

だが、限られた時間では、それ以外に有効な作戦が無いと判断し、旭川基地の倉庫管理事務所に連絡をつけ、至急リニアドライバーを出してもらうように手配を行った。

「しかし、リニアドライバーのセッティングに数十分はかかるから間に合わないぞ」

「大丈夫。倉庫から出してくれればあとはゼロワンがやるわ」

「どういうことだ?」

上園が首を傾げるが、美羽はそれに答えること無くゼロワンに搭乗した。


グライダーユニットを装備したゼロワン。

背中のバックパックに大きな翼が折り畳んであった。

リニアドライバーで射出され、高度八〇〇メートル付近で展開し、約数分滑空を続ける。

方向転換などは、スラスターの推力によって行う。

問題は射出時に強力なGに搭乗者の美羽が絶えられるかどうかにかかっていた。

リニアドライバーのコンテナに収容されるゼロワン。

方位や高度の計算はユリアの手により瞬時に行われ、いまは射出のための電力をチャージしている最中だった。

「見えてきたぞ」

バグリーチャーの姿が望遠鏡で観測できるほど近付いてきた。

(射出まであと五、四、三、二、一……)

ユリアのカウントに対して身構える美羽。

次の瞬間、身体の半分が地上に置いて行かれるように衝撃が美羽を襲う。

胃の中身を全て吐き出してしまった美羽。

その汚物はマスクを通して外に排出される。

(美羽、大丈夫? 美羽、敵が来たわよ)

数秒間。強烈なGによるショックで気絶していた美羽。

ユリアの呼び声によってようやく目を覚ました。

「て、敵はどこ?」

目の間のモニタにバグリーチャーの姿が映し出される。

「いけっ!」

レールガンのトリガーを引く。

ユリアの完璧な軌道計算によって、寸分違わずバグリーチャーの胴体を突き破る高速の質量弾。

「まずひとつ」

真っ二つになって墜落して行くバグリーチャーを見て警戒したのか、他のバグリーチャーたちが散開する。

「逃がさないわよっ」

美羽の視線上に居たバグリーチャーにゼロワンのレールガンが向けられる。

回避運動を予測したレールガンの弾道が再びバグリーチャーを捕らえる。

翼を失ったバグリーチャーは無様に墜落して行く。

そこへ駄目押しの一撃を加え、完全に消滅させる。

「ふたつ。次は?」

すでにバグリーチャーは美羽の視界から消えていた。

(背後に回り込まれたわ。あと上から一体来てる)

レールガンを持ったゼロワンの腕が真上に延びる。

急降下してきたバグリーチャーを串刺しにするように、レールガンの弾道が抉り込まれる。

そのまま落下してきたバグリーチャーがゼロワンに衝突する。

ぶつかった衝撃でゼロワンがぐらつく。

ゼロワンに覆い被さるバグリーチャーの亡骸をハンドグレネードで払い落とし、ゼロワンは再び体制を整えた。

「みっつ。あと何体?」

(あと三体よ美羽。でも気を付けて、まだまだ後続が控えているわ)

その後、ユリアのサポートの元、アクロバティックな回避運動をとりながら、的確にバグリーチャーを撃墜し、美羽は第一派の攻撃を全て凌いだ。

(よくやったわ美羽。一旦基地に戻るわよ)

「わ、わかった。誘導お願い……」

美羽はそう言うと目を閉じて休息を取った。

旭川基地に戻ってきたゼロワンと美羽は、歓喜で迎え入れられたが、当の美羽は相当体力を消耗しており、ミネラルオィーターをがぶ飲みして、荒い息を整えていた。

「おねえちゃんだいじょうぶ?」

レンに手を繋いでもらった美優が心配そうに美羽に声をかける。

「だいじょうぶよ。バケモノは全部、お姉ちゃんがやっつけるから、美優はレンと一緒に安全なところへ行って」

「美羽さん大丈夫?」

「いいから美優を連れて行って!」

美羽はそう言い放つと、ゼロワンのハッチを閉じた。

(もう数分したら第二派がやってくるわよ。それまで喋らず休息してなさい)

ユリアの言葉に、美羽は無言で頷いた。



  6 ~実験の行方~
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門《ゲート》の中はものすごい時空の歪みで、計器の八割は死んでいるといっても過言ではなかった。

「冗談じゃないぜぇ。まったくよう」

一歩進む度に死んで行く機能を前に、大翔は冷汗が頬を伝った。

おかしくなるのはゼロだけではなかった。

大翔自身も、頭痛と吐き気に襲われていた。

リニアドライバーまであと一〇メートルというところで、ゼロの歩行用OSの一部が暴走した。

慌てて手動に切り替えた大翔だが、いまのトラブルで完全に立ち往生してしまった。

「陽菜くん聞こえるかーい。こっちはもう駄目だ。動けないよ」

大翔は状況を報告する。

報告するまでもなく、ゼロの状態は管制塔のモニタによって観測できていたため、その時空の歪みの酷さに陽菜を始め、プロジェクトチームの技術スタッフは天を仰いでいた。

「実験を行うには歪みが酷すぎます。特異点が安定してからでないと再開は無理です」

「残念だがもう後戻りはできない。修正プログラムをゼロに転送する。シールド率を三割増しにしてくれ」

牧野一尉は陽菜にそういうと、ゼロに修正プログラムを転送するよう命じた。

「了解しました……」

陽菜はインカムを掴むと、大翔に状況を説明した。


バグリーチャーの第二派がやってきた。今度は全部で七体いた。

再びリニアドライバーの射出準備を行うユリア。

ゼロワンをコンテナに載せるところまでユリアが行うと、休んでいた美羽を起こす。

(美羽出番よ。そろそろ起きて)

「ん、今度は何匹いるの?」

(七体よ。今度は接触予想地点に機甲部隊を配置してもらったらか、翼を狙って打ち落とすだけでいいわ。でも油断はしないでね)

「わかった。でもその心配はないわ。全部空で殲滅するから」

(まだ敵は居るのよ。体力を温存して頂戴)

「いいから出して」

再びリニアドライバーの強烈なGが美羽を襲う。

だが今度は気絶すること無く、意識を保ったまま射出に成功した。

七体のバグリーチャーはまるで意思の疎通があるかのように、連携してゼロワンに攻撃を仕掛けてきた。

回避運動も小賢しくなっており、一発で仕留めることが難しくなってきた。

予測ポイントの、裏の裏をかいた回避行動を瞬時に計算して、なんとか撃墜して行く。

だが、六体まで倒したところで、一体のバグリーチャーを取り逃がしてしまう。

バグリーチャーは一直線に旭川基地へと向かっていた。

美羽はスラスターを全力でふかして、バグリーチャーの後を追った。

(レールガンを撃っては駄目。貫通した弾丸が基地に被害を与えるわ)

「わかった。スタンワイヤを用意して」

(良い選択だわ。目標ロックオン。いつでもいいわよ)

美羽はスタンワイヤのトリガーを引く。

右手の甲から射出されるワイヤがバグリーチャーの翼に絡み付く。

「ワイヤを巻き取って!」

(わかったわ)

スタンワイヤを巻き取って、その距離を縮めてゆく。

ワイヤがからまったバグリーチャーは網に絡まった獣のように、じたばたともがいていたが、もがけばもがくほど、スタンワイヤは食い込んで行く。

そうしてバグリーチャーとゼロワンの距離がほぼゼロ距離になったとき、ゼロワンの左手に内蔵されたレーザーメスがバグリーチャーの翼を切断する。

(下に村雨二尉のバウンザーが待機してるわ)

「ワイヤを切り離して」

からみついたワイヤを切り離すと、バグリーチャーはそのまま自由落下で地上に落下して行く。

ズウウゥゥン、という音と共に落下したバグリーチャーが立ちあがる前に、村雨二尉の操るバウンザーの簡易型電磁レールガンがバグリーチャーの胴を貫く。

ゼロワンは、そのバウンザーの真上を通過し、ゆっくりと基地へ着地した。

第二派の迎撃にもなんとか成功した。

だが、美羽の体力は限界に近かった。


修正プログラムの転送は困難を極めた。

幾重にもシールドが施してある有線ケーブルなのだがノイズがひどく、エラーチェックにてその七割は弾かれてしまうのだ。

「この調子じゃ日が暮れちまいそうだな」

大翔はゼロの中であくびを漏らした。

ようやく修正プログラムの転送が終わり、ゼロが息を吹き返す。

「一度戻った方が良くないかい? プログラムを修正しても、肝心のハードのシールドが弱けりゃ意味ないだろ」

「心配ない。シールドもソフトで制御できる。シールドの出力を三割増したから多少の歪み程度でならカバーできる」

「そのスカした声は牧野か? お前ほんっと中の人間のこと考えてねえな。これ以上シールド強化したら俺が死んじまうだろうが!」

「お前がそれくらいで死ぬタマか。いいから実験を再開しろ」

「てめえ、戻ったら覚えてろよ」

大翔はゼロの姿勢制御を有功にして、問題ないことを確認すると、再びリニアドライバーに向かって歩き始めた。


第三派がやってきた。空から現れる最後の刺客。

同時に四個所の特異点から現れたバグリーチャー。

そのうちの三個所から飛行型のバグリーチャーを確認していた。

故に、この第三派を迎撃すれば、残りのバグリーチャーは地上部隊に任せれば良かった。

(これが最後よ。がんばって美羽)

「まだまだ大丈夫よ。これくらいでへこたれてたら、シャクシャインに笑わるから」

(……そうね、頑張りましょう)

三度強力なGが美羽を襲う。

美羽は下手にりきまず、弛緩した状態でGを受け止める。

その方が楽だと言うことに気付いたのだ。

高度七〇〇メートル付近で翼を広げる。

目の前には五体のバグリーチャーが待ち構えていた。

(数は減ったけど油断しないで、スピードが段違いよ)

ユリアがそういうや、まるで落下してきたかのような勢いで、四方からバグリーチャーが迫ってきた。

「ちっ」

スラスターを噴射し、上昇して逃げる美羽。

だが、ゼロワンを迫ってきた四体のバグリーチャーは重力を無視したかのように、垂直に駆け上がってゼロワンに体当たりを食らわせた。

四体のバグリーチャーの衝突で、脳震盪を起こしかけた美羽。

ユリアのカウンターショックによって、なんとか意識を保ち、スラスターを左右逆噴射させることで機体を高速回転させ、オールレンジでガトリングガンを乱射する。

ガドリングガンの威力は弱いが、バグリーチャーの薄い羽を突き破るくらいは可能だった。

そうして破れた障子のように穴だらけになったバグリーチャーを一体づつ確実にレールガンで仕留めていった。

その戦術性の高さはユリアの指示でなく、美羽の独創によるものだった。

短期間でこれほどゼロワンを扱えるとは、ユリア自身も美羽の潜在能力の高さに驚いていた。

「あとひとつっ!」

飢えた野獣のような声で美羽が吼える。


旭川基地の管制塔に悲鳴が上がる。

「何事だ?」

大倉陸幕僚長が尋ねる。

「た、大変です。先ほど出撃した二個中隊が全滅しました。特異点から現れた巨大バグリーチャーに壊滅させられました。

「なんだと? 二個中隊が全滅だと? いったい敵は何体いるのだ?」

「て、敵は、バグリーチャーは一体のみです。ゆっくりと南下していますが、距離が近いため五分後にはこの旭川基地に到達します」

「一体だと。たった一体の敵に全滅させられたのか?」

「レールガンの電荷が足りなかったようです。全ての攻撃が無力化されたみたいです」

「幕僚長殿、実験の中止を進言します」

牧野一尉が通信士に成り代わって進言する。

「確か、倉庫の中に試作品のヘヴィレールガンがあったな」

大倉陸幕僚長が呟くように尋ねた。

「ハイ、最大三千キロワットの出力で射出できます。試作機なので連射できるか保証できませんが」

旭川基地の技術職員が答える。

「それだ。そいつで迎撃すれば良い」

「しかし、それだけの電力を供給するには……、あっ」

職員は幕僚長が考えていることに気付いた。

「実験で得られる電力を当てれば良い。バグリーチャー殲滅のために益々実験は成功させなければいかんな。頼むぞ諸君」

「は、はい」

基地職員の空虚な返答が管制塔に木霊する。


美羽は最後の空戦バグリーチャーに対して苦戦を強いられていた。

そのスピードは隼よりも早く、目で追うことはできても、身体がついていけなかった。

ゼロやゼロワンに飛行能力はない。

スラスター推力によって前後左右への移動できるが、推進剤に限りはあり、その移動は微々たるもので、基本的にはグライダーで滑空しているだけにすぎない。

ゆっくりと降下して行き、やがては地上に降り立つ。

それに引き換え、空戦バグリーチャーは縦横無尽に空を駆けていた。

いままでの空戦バグリーチャーもそうであったが、スピードが段違いだった。

軌道計算を行ったレールガンの弾道が明後日の方向へ飛んで行く。

実にトリッキーな動きだった。

美羽は頭に血が登っていたため、冷静になりきれず、それが命中精度の低下に繋がっていた。

軌道計算はユリアが行うが、そのトリガーを引くのは美羽である。

美羽が最良のタイミングでトリガーを引かない限り、目的には命中しない。

(落ち着いて美羽。釣りと一緒よ。ゆっくりと待つの。シャクシャインの教えを思い出して)

――シャクシャインの教え。

その言葉で美羽は少しだけ冷静さを取り戻した。

「シャクシャインは、生身の身体で、ユリアの力を借りること無く、バグリーチャーを殲滅したんだよね」

(そうよ。あなたの父上は生身のまま、簡素な武器だけで、四体ものバグリーチャーを撃破したわ。病に倒れていなければ最後の一体も仕留めていたはずよ)

「わたしは病気なんかじゃない。それにユリアもいる」

(そうよ。あなたらな最後の一体をやれるわ)

「ゼロワン自体を囮にするわ。少し傷付けることになるけど構わない?」

(空戦タイプはもうおしまいだから、あなたの思う通りにやってみなさい)

「ありがとうユリア」

美羽はバグリーチャーを追うのをやめ、瞳を閉じて呼吸を整え始めた。

動きが止まったゼロワンにバグリーチャーは遠慮なく襲い掛かってきた。

その鋭い爪が、ゼロワンのグライダーユニットを襲う。

右の翼に穴を空けられたゼロワンの姿勢が乱れる。

バランスを崩して降下するゼロワンに再びバグリーチャーが襲ってくる。

ゼロワンの背後に回ったバグリーチャーはその身体をグライダーユニットに張り付かせ、まるで弄ぶかのように翼を引き裂いて行く。

「グライダーユニット解除!」

(――了解)

ゼロワンの背中からグライダーユニットが音を立てて剥離する。

「ターゲットロックオン、目標はグライダーユニット!」

落下しながらレールガンの照準をグライダーユニットに合わせ、トリガーを引く。

空戦バグリーチャーはグライダーユニットから離れようとしたが、一瞬遅く、その身体はレールガンとグライダーユニットの爆発によって引き裂かれた。

「おわった……」

(安心するのはまだ早いわよ。着地の衝撃に備えて。できる限りの事はするけど相当の衝撃を覚悟しておいてね)

「死なない程度にお願いね」

高度約二〇〇メートルから自由落下するゼロワン。

着地時に両脚にあるスラスターの推進力で衝撃を和らげたとしても、パイロットにかかる負荷は相当なものになるだろう。



  7 ~最後の敵~
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幸いゼロワンは傾斜のある場所に着地したので、その衝撃をほぼ吸収することができた。

だが、美羽の体力はとうに限界を超えており、着地のショックでゼロワンの中で気絶していた。

だが、この場でのんびりとしている暇はなかった。

ユリアのアンテナは、旭川基地へと向かう巨大バグリーチャーの存在をすでにキャッチしていた。

それから二個中隊が全滅したことを知った。

全ての兵器が無力化され、逃げる間もなく踏み潰された二個小隊の魂は、全て巨大バグリーチャーに食われてしまっていた。

(基地が、美優たちが危ない)

ユリアは気絶した美羽を載せたまま、ゼロワンを基地に向かって走らせた。


大翔はようやくリニアドライバーに投棄カプセルを搬入することに成功した。

「どこがインテリジェンスインパクトスーツなんだよ。全然賢くねえぞコイツ!」

「御託はいいから早くリニアドライバーを動作させろ。時間が無いんだ」

イライラとした口調で牧野一尉が怒鳴る。

「やるのは構わないけど、こいつを放り込んだ瞬間に大爆発とかいうオチはねーよな?」

「ソロバンずくだ。その心配は微塵も無い。いいからやれ」

「俺に命令すんなよな。ったく。行くぞ。そらっ!」

大翔はリニアドライバーの動作タスクを実行させた。

螺旋状に弧を描いたリニアドライバーの射線上に、廃棄カプセルが射出される。

流れるように射出された廃棄カプセルは、シュヴァルツシルト半径内にゆっくりと飲み込まれ、その姿を消した。

「ようし、急いで退避しろ。回転エネルギーに巻き込まれるなよ」

「ふざけんな!」

大翔は無限軌道ホイールのアクセルをベタ踏みして門《ゲート》を離脱した。

「回転エネルギー抽出開始。順調です。発電機は正常に動作してます。成功です」

「そうか」

大倉陸幕僚長は満足そうに一言だけ発した。

「抽出した電力はすべてヘヴィレールガンの充電に回せ!」

「やってます」

二個中隊を壊滅させた巨大バグリーチャーを殲滅すべく、ベヴィレールガンへのエネルギー抽入作業が迅速に行われていた。


問題がひとつあった。

このヘヴィレールガンは、二七式特殊車両に装備する予定の品であったが、その二七式特殊車両は現在開発中であり、現物が存在しなかった。

バウンザーではその重さに耐え切れず、撃った途端に支柱が折れ、横転してしまうだろう。

その弾みで目標を逸らしでもしたら元も子もなかった。

当然ゼロに扱えるわけが無く、無様に吹き飛んでしまうだろう。

だがゼロワンなら可能だった。

ゼロワンには砲撃用接地強化ユニットの換装が可能であった。

これにより、戦車砲クラスの武装の射撃が可能となる。

だがそのゼロワンは、最後の空戦バグリーチャーと同士討ちにあって墜落したとの報告が入っていた。

その知らせにレンは胸を締め付けられる思いをした。

そうしてこのことを美優に知らせることができずにいた。

だが、レーダー班の情報により、ゼロワンが基地に向かっているとの報告が入った。

ツーアイズチームは歓喜し、凱旋したゼロワンを迎えるべく、砲撃用接地ユニットの換装準備を行った。

結局美羽を眠らせたまま、ユリアの操るゼロワンは戻ってきた。

バックパックに砲撃用接地ユニットを乾燥し、バグリーチャーの進路上に向けて固定する。そうして砲身長が約二〇メートルもあるヘヴィレールガンを手に取る。

砲身を支えるべく、中間に支柱が三個所儲けられていた。

やがて目の前に、巨大なバグリーチャーの影が見える。

それはまるでマンモスかなにかのように巨大で、四本の太い足を持つ超獣であった。

全長二〇メートル、全高八メートルの巨大な移動要塞が、地響きを立てながら迫ってくる。

それは、観測史上最大級のバグリーチャーであった。


確かに巨大ではあったが、それを葬り去る武装さえあれば、巨大なバグリーチャーは格好の標的でしかない。

二個中隊の不幸は、その武装を持っていなかったことにあった。

だがいま、目の前には巨大バグリーチャーを殲滅できるだけのエネルギーをもった兵器が存在する。

ユリアの完璧な計算により、巨大バグリーチャーの急所を貫く照準がセットされる。

あとはエネルギーの充填が済むのを待って、トリガーを引くだけだった。

ブラックホールから抽出されるエネルギーは湯水のごとく溢れ出てきている。

あと数十秒で充電は完了する。

巨大バグリーチャーとの距離は三〇〇メートル。

相手の時速は五キロメートル足らずである。

充分に余裕があった。

やがて充填が完了し、ユリアは眠っている美羽を起こす。

(美羽起きて、出番よ。美羽……)

だが、美羽は答えない。

眠ったように気絶したままだった。

ユリアは美羽の思考に直接アクセスしようとしたが、その門は硬く閉ざされていた。

(美羽、どうしたの美羽? アナタがやらないとみんな死ぬのよ。起きて美羽!)

ユリアの思考が虚しく轟く。


美羽はいま不思議な空間にいた。五感のうち、聴覚以外なにも感じなかった。

声が聞こえた。

誰かを呼ぶ声、美羽を呼んでいる声だった。

美羽は声のする方へと向かった。

真っ暗で、何も見えない暗闇の中、声だけを頼りに美羽は意識を走らせた。

やがて美羽は視覚を取り戻した。

目の前に立っている人物。

若い男性と女性が美羽を見つめている。

誰だろう。

見覚えがあるような気がした。

だけど思い出せない。

だが、目の前の二人は美羽を慈しむように見つめていた。

やがてその人影は霧のように四散して消えてしまった。

「だれだったんだろう……」

美羽が疑問を口にしたとき、見覚えのある初老の偉丈夫が目の前に姿を現わした。

「シャクシャイン」

そう。それはシャクシャインその人だった。

だが、その表情は見違えるほど満たされており、優しく美羽を見つめていた。

やがて現れた女性と美羽と同じくらいの男の子の二人に手を引かれ、その姿を消して行った。

(ワシはいま幸せだ。美羽よ。お前も美優と、自分自身の幸せのために戦いなさい)

去り際にシャクシャインはそう言うと、完全にその姿を消してしまった。


(ミ……ウ……、美羽……、美羽ッ、美羽ーーーーッ!)

ユリアの呼ぶ声に導かれ、美羽は覚醒した。

目の前のモニタには巨大なバグリーチャーが迫っている。

(撃って美羽、お願い撃って!)

ユリアの悲痛な叫びが脳の奥に響く。

美羽はモニタ越しに目標を定めた。

巨大バグリーチャーが基地内に進入しようとしている。

バウンザーやゼロに装備されたレールガンが掃射されるが、巨大バグリーチャーにはまったく効果がなかった。

「この引き金を引けばいいの?」

(気が付いたの美羽。そうよ撃って!)

「わたしが引き金を引くのはすごく簡単。だけどユリア、あなたはそれでいいの?」

(え、どういうこと?)

「夢を見たの。眠ってる間に。自分の幸せを守るためにわたしは戦う。そのためだったらこの引き金くらい簡単に引ける。だけど、ユリアはどうして引けないの?」

(わ、わたしたちには他者を傷付けることはできない。それがどんなに凶悪な連中であったとしても……)

「それは嘘。そう思い込んでいるだけ。ユリアにも引き金は引けるわ」

(できない。そんなことしたらわたしはストレスで死んでしまうわ)

「死ぬのが怖いの?」

(……怖いわ。でも、仲間のためだったらこの命、惜しくないわ)

「なら一緒に引き金を引こう。ユリアが引けないと、ルジオミンに帰れないんでしょう。わたしひとりだったら一緒に行ってもいい。だけどわたしには守るべき家族がいる。美優を放って行くことはできない」

(……わかったわ。やってみる)

「三、二、一で、いくよ」

(分かったわ)

「それじゃあいくよ。さん」

(にい)

「いち」

美羽は引き金を絞った。

果してユリアも引き金を引いたのか分からない。

だが、誰が引き金を引いたかに関係なく、三〇〇〇キロワットの電荷によって射出された質量は、目の前の巨大バグリーチャーを跡形もなく吹き飛ばした。

砲撃のショックで、接地ユニットが剥離し、後方に吹き飛ばされるゼロワン。

そのゼロワンをがっちりと受け止めるのは大翔の搭乗したゼロだった。

「よくやったな美羽!」

「わたしひとりの力じゃないから……」

美羽は謙遜ではなく、心からそう思った。



   8 ~別れのとき~
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巨大バグリーチャー殲滅の後、各方面軍より、バグリーチャー殲滅の知らせが入った。

特異点は消え去り、ブラックホールの歪みの安定してきたので、実験が再開された。

実験は成功を収めた。

一二基の高濃度放射性廃棄物は、その放射線すら遮断するブラックホールに飲み込まれ、その対価として莫大なエネルギーを生み出してくれた。

この事業が軌道に乗れば、日本は第二の油田大国として、電気輸出国としての地位を確立するだろう。

そうして有害なごみ処理施設としての機能を兼ね備えたブラックホールは、世界のごみ箱という汚名も同時に頂くであろう。


高台の上、二人の男女が旭川基地を見守っていた。

赤いニット帽を被った屈強な男と、ウェーブのかかった赤い髪を持つ若い女性が、オンボロバイクに跨っていた。

その二人は逮捕されたレジスタンスの黒須川とノアだった。

護送中、バグリーチャー出現のどさくさに紛れて逃げ出してきたのである。

「とうとうやっちまったらしいね。あの連中」

「そうみたいですね姐さん」

「これからどうしようかねクロス。レジスタンスは壊滅したし」

「一からやり直しましょうや。畑を作るってのもいいもんですよ」

「そうだね。あの爺さんの話じゃ、知床あたりじゃ畑を耕してるそうだよ」

「それじゃあ行ってみますか?」

「そこまでこのオンボロが持つのかい?」

「ひでえな姐さん。ちゃんと動きますよ」

黒須川はGTサンパチのエンジンを始動させる。

「ほらね」

「それじゃあいくよ」

「しっかりつかまっててくださいよ」

バスンバスンと妖しい音を立てながら、タンデムバイクが砂塵を巻き上げ疾走する。


実験から一夜が明けた。

美羽は過労のため眠り続けていた。

心配そうに美羽を取り囲む仲間たち。

美優、レン、田島看護師、そうしてユリア。

夢の中、美羽はユリアと会話していた。

(ありがとう美羽)

「礼を言うのはこっちよ。ユリアが居なかったら、わたしたち家族は全員死んでた」

(そんなこと……。それよりもあなたはわたしにとても素晴らしいものをくれたわ)

「ユリアにあげられるようなモノなんて持ってないわよ」

(モノじゃないわ。物質にわたしたちは価値を見出さないわ。崇高な精神。そうして戦う勇気をあなたから貰ったの)

「わたしの力、わたしの勇気も全部、シャクシャインの受け売りだよ」

(それでいいのよ。言葉や思想は人から人へ受け継がれるの。人生はその連鎖によって営まれるわ。美羽、あなたは本当に良い教育者と出会ったわね)

「夢だと思うけど、ゼロワンの中で気絶してたときにシャクシャインに会ったの」

(夢じゃない。あなたなら会えるわ。肉体は滅びても精神は不滅のはずよ。あなたがシャクシャインに出会えたとしてもなんらおかしくはないわ)

「そうなの。また会えるかな?」

(きっとまた会えるわ)

ユリアは故郷の仲間たちを思い出した。

(わたしはそろそろ行くわ)

「やっぱり帰るの?」

(わたしたちにとって時間は永遠であって一瞬。帰るのはいつでもいいけど、やっぱり時期と言うものがあるわ)

「そう。仲間たちによろしくね。仲間を助けたらまた来てくれる?」

(ええ、またくるわ。絶対に。約束する)

バグリーチャーを殲滅し、ブラックホールのシステムを復旧させたら、特異点は消失する。

そうなった場合は再び美羽と邂逅することは不可能に等しかった。

それでもユリアは全てが終わったらまたここに、地球へ来ようと思った。

(モノに価値は見出さないと言ったけど、ゼロワンは頂いて行くわ。多分あれ、わたしのために作られたみたいだから)

「どういうこと?」

(分からない。だけど、なんとなくそんな気がするの)

「そうね。どのみちユリアが居ないんじゃゼロワンは動かせないものね」

(そういうこと。それじゃあ美優によろしくね)

「美優には挨拶して行かないの?」

(わたしが乗ってきたカプセル。あれは受信機になってるの。言ったでしょう。わたしはどこにいても意思を飛ばせるって。故郷に帰ってもわたしの意思は銀河の果てにだって飛ばせるわ。だからわたしが帰ったことは、美優には内緒にしておいてね)

「そう。ありがとう」

(どういたしまして。それからあなたの時計にも、僭越だけど受信機を取り付けておいたから。何かあったら呼びかけてね)

「いつでも話せるのなら、お別れとは言いがたいわね」

(そうね。それじゃあ慌ただしいけど、ゼロワンに調査が入る前に行くわね)

「さようならユリア」

(さようなら美羽……)


美羽はそこで目を覚ました。瞳からは涙が零れていた。

「おねえちゃんどこかいたいの?」

心配そうな瞳で美優が見つめる。

美羽は、そんな美優の頭に優しく手を添えると、

「大丈夫よ。心配かけてごめんね」

と呟いた。


基地のドックではゼロワンが突然起動したのでスタッフが大慌てで報告していた。

ゼロワンは無人ゆえ、軽快な足取りで、シュヴァルツシルト門《ゲート》まで歩み寄ると、設計者の牧野一尉ですら知らない特異点発生装置を作動させ、その中へと入って行った。

やがて特異点反応は消え、時空の歪みが僅かに観測されるだけとなった。

こうしてゼロワンはツーアイズチームの前から姿を消した。

だが、不可思議なことに、この件に関して、誰も責任を追及されるものは居なかった。

ゼロワンに関する資料は一切破棄され、その存在を知ったものは、一切口外しないと誓約書を書かされた。

まるでこうなることが当然であったかのように……。



「これからどうなるのかね」

コーヒーをすすりながら、大翔が独り言のように呟く。

「あの、私新兵器の開発案件に組み込まれそうなんですよ。ゼロツープロジェクトの」

陽菜はコーヒーを飲みながらそう報告する。

「そりゃおめっとさん。陽菜くんの活躍を草葉の陰で応援してるよ」

「ひとごとみたいに言わないでください。結城二尉にはテストパイロットとしてこれからも……」

「あーごめん無理」

「なっ! まだなにも言って」

「だって俺自衛隊辞めるからさ、なに言われてもハイって言えないんだよ」

その言葉を聞いた陽菜は、コーヒーカップを取り落とした。

「な、なんで、どうして?」

「どうしてって言われてもなぁ。そんなの俺の勝手だろ」

「そんなの勝手過ぎます!」

「もう決めたことだ。それに辞表受理されちゃったしな。あはは」

「ふ、ふざけないでくださいよ。どうして、なんで辞めちゃうんですか? 私が性格ブスだからですか? 私が嫌味で、冷血で、意固地で……」

陽菜は泣きながら訴えた。

押え込んでいた感情が積を切ったように、止めど無く溢れてくる。

大翔はそんな陽菜の肩を優しく抱いてやった。

「陽菜くん。キミはその、とってもチャーミングだよ。容姿はもちろん性格もね。自信を持っていい」

「うそつき、本当はそんなこと思ってもいないくせに、本当は美羽ちゃんみたいな女の子が好みなんでしょう」

「どうして美羽が出てくるんだよ? まったく心外だぜ。初めて会ったときから俺はキミに夢中だったんだぜ」

「うそよ。うそ……」

「嘘じゃねえって。始めて逢ったときに言っただろ。俺と付き合ってみないかって」

「たしかに言ったけど、そんなの信じられるわけ……」

そううそぶく陽菜の唇を、大翔は苦いコーヒーの香りがする唇で塞いだ。

「んっ……」

不意打ちのキスに陽菜はその場で硬直してしまった。

「本当さ。辞めるのは俺個人の問題だ。美羽と美優の面倒を見ようと思ってる」

「ミ、美羽さんが自衛隊学校に入学すれば、美優ちゃんだって……」

「ゼロワンが消えたいま、美羽を拘留する理由は無くなった。美優もそうだ。二人をこれ以上自衛隊の中に置いとくわけにはいかないだろ。それにあいつらには新しい家族が必要だ。幸い俺は天涯孤独の身だ。家族もいないし丁度良い。これでも止めるか?」

陽菜はゆっくりと大翔を見上げ、その瞳に嘘偽りがないことを見極めると、大翔の胸にその身を預けた。

「私のこと、嫌いだから辞めるんじゃないんですね」

「ああ、もちろんだよ」

「いまの仕事が終わったら、私を、その……」

「というか、俺を陽菜くんのヒモにしてくれよ。働くのやだからさ」

「ばか、最低……」

そう言いながらも、陽菜は大翔から離れようとはしなかった。




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  エピローグ
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東京某所にある高級ホテルのスイートルーム。

そこは完全防音、防弾、防盗聴処理が施され、世界一のセキュリティを誇っていた。

「さてと。これで良かったのかな~?」

虎宮沙良博士は、蒼く輝く球体に向かってそう呟いた。

(……うむ。上出来だ。私が意識を消してから、地球時間で一〇年余りしか経ってないが、何もしないというのは永遠にも近い時間に感じたよ。君らの多大な協力には感謝する。ここまで計画通りに進むとは思ってもみなかったよ。結局二千三百億パターン近く用意していた修正プログラムの殆どが無駄になってしまった。だがそれは喜ぶべきことなのだろうな)

「一〇年ぶりの会話ともなると、幾らか饒舌になるんようだね。それはそうと、お役に立てて光栄ですよ。表向きの実験も成功したようだし、利権に群がる強欲な連中もさぞ満足したことでしょうよ」

(その人間が持つ私利私欲が、私の計画を推し進める原動力となった。人間とは面白い生物だ。何万年と観察してきているが、全く飽きることがない)

「ではそろそろキミが乗って来たと言う宇宙船をボクに譲渡して貰えないかな」

(欲しければくれてやると何度も言ったと思うが?)

「キミも意地悪だねぇ。残念ながら我が国の技術レベルでは冥王星軌道上に浮かぶ宇宙船の回収なんてとても無理なんだよねー。それはサフィール、キミも承知してるだろう?」

(冗談だよ沙良。宇宙船は近々月の裏側にでも移動させよう。しかし、ただの恒星間航行宇宙船がそんなに珍しいのかね?)

「珍しいいとも! しかもそのエンジンが欠陥品でない、完璧な理論で作り上げられたシュヴァルツドライヴで出来ていると知ったら、研究者として解析したいと思うのが普通の反応だと思うよん」

(人間は沢山知っているが、キミのようなタイプの人間は……、そうだな。レオナルド・ダビンチ以来かもしれないな。彼もまた私の話に耳を傾けられた稀少な人物だったよ)

「ところでサフィール。キミのお仲間。ユリアという君の同族はあの兵器でバグリーチャーを殲滅できそうなの?」

(ゼロワンだったかな? ああできるさ。そのために色々と手を尽した。自分でトリガーが引けるまで成長したのには驚きだったが。やはり若さゆえなのだろうな)

「サフィールは故郷へ帰ろうとは思わないのかい?」

(あと一千万年くらいこの惑星を観察したら帰ってみてもいいかな。君達人類がどこまで進化するのか見極めてみたいしな)

「すでに進化のモデルケースは実験済みじゃないの?」

(ふむ。しかしあれでよかったのか? 私にはモラルというものが欠落しているらしく、良く分からないのだが)

「事故に遭った道民の魂を保管してるんでしょう。君たちと同じ精神生命体として……」

(正確には意識の集合体だな。彼らの精神状態を分析すると概ね居心地はよいみたいだな)

「概ね好評と言うわけかー。だからと言ってボクの罪は減刑されるわけでなし、地獄があるのとしたならそこへ叩き落されるだろうね。まあ仕方ないか。五〇〇万人は殺しすぎたよ」

(地獄とは面白いことを言う。キミも死んだらそこへ行くんだよ? いやなのかい?)

「いやじゃないよ。ただね。生きている間は、この身体に執着させて貰うってだけだよ」

(うむ。それがいいだろう)

「それより乾杯でもしない?」

(何に対して乾杯するのかね?)

「我が友サフィールの種族復興を願って、……というのではどうかな?」

(ユリア次第だな。まあそれもよかろう。あのひよっこにどこまでできるか少し不安が残るがな)

蒼く輝く球体から、長身の男性の姿を模した立体映像のホログラフが出現する。

実体化したホログラフ、サフィールは虎宮博士が注いだグラスを受け取った。

「キミの種族と、ボクが種族の繁栄を願って……」

(乾杯!)


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