世界が見えた世界・9話 E 後


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 苛烈な攻防の最中、ふと、エラーズがその顔色を変えた。

レン「どうした、何かを感じたようだが?」
エラーズ「ああ、いえ。しかし、俄かには信じ難いが……やはり、そうか」

 一人で納得した様子のエラーズに、怪訝な顔をするレン。

エラーズ「どうやら、君たちの仲間の勝ちのようですね。こちらの仲間はどうやら、ファイバーを残して全員敗北したようです」

 その言葉に美優の表情が明るくなる。だがレンはやはり腑に落ちない。仲間達がやられたというのに、この目の前の男の余裕は何だというのか。

レン「貴様……何を企んでいる?」
エラーズ「今更新しく何かを企んだりはしませんよ。ただ、そう。試合に負けて勝負に勝った、というところですか」
美優「どういう、意味ですか?」

 とたん、不安げな顔をする美優。

エラーズ「ああ、そういえば、世界の礎の生成方法を言っていませんでしたね」

 少し長くなりますよ、と前置きをして、エラーズは語りだした。
 以前大翔が説明を受けていたように、世界は混沌の中に浮いている。つまり、世界は混沌の中で誕生と消滅を繰り返しているのだ。世界は混沌より生まれ混沌へ帰る。
 つまり世界の元は混沌となり、逆接、世界は混沌の一部といえる。
 世界を作るためには混沌が必要。だが混沌などどう足掻いても手に入らない。それならば、極力それに近いものを作ればよい。そう、例えば、幾つもの世界のエネルギーを――混沌の一部を一箇所に集めれば、それは限りなく混沌に近いものとなるのではないか。一部を大量に集めればそれは全体に近づく。そうして、この世界へと多数の世界のエネルギーを集めだしたのだ。
 しかし、それだけでは世界は生まれない。ただ混沌があるからといって世界が生まれていては、あっという間に混沌の中は世界で埋め尽くされてしまう。きっかけが必要だった。火種といってもいい。集まったエネルギーを撹拌するような、そんなことが。
 それが、学園のいたるところで行われた、戦いだった。戦いをすれば魔法を使う。魔法は世界のエネルギーを利用した力だ。その戦いが激しければ激しいほど、エネルギーはかき回される。それに巻き込まれるように、ユリアの世界以外のエネルギーも、撹拌される。
 つまり、エラーズたちに必要だったのは、戦い。それも、激しく、なるべく長い戦い。

エラーズ「本当は、姫君の協力があればもっと事は簡単に進んでいたのですが……まあ、上での戦いの様子からして説得は失敗、ですね。当然ですけど。まあそれでもよかった。これで条件は揃った。これだけ世界のエネルギーが渦を巻いていれば、後は時間の問題でしょう」

 窓の外を眺めながら、しみじみと語るエラーズ。強大な感知の力を持つ彼には、異世界のエネルギーが荒れ狂う様子が見えているのかもしれない。

美優「そんな……それじゃあ、ワタシ達のしてきたことは、無駄だったの……?」
レン「馬鹿な……そんな馬鹿な話があってたまるか!!」

 鋼鉄の刃と硬化した腕が火花を散らす。

レン「たとえ……たとえそれで世界の礎とやらが生まれても、貴様らの好きにはさせん! そうだ、まだ終わってはいない!!」

 靴の裏で蹴飛ばす。

エラーズ「どうあっても、この世界の滅びはもはや変わらない。世界の中に世界が在るという、その矛盾、存在の負荷。それによって、この世界は砕け散る。もはやどうしようもない」
美優「そんなの、まだ分かりません!!」

 鋭く尖った鏡がエラーズに襲い掛かる。そのことごとくを叩き落とされる。レンのたたきつけた剣閃から三つの光の刃が走る。壁へ天井へと縦横に走る刃も、やはりその身を傷つけることは適わない。

レン「ちっ! これでは……!!」
エラーズ「もういいでしょう。おそらく私ではあなた達を倒すことはできないでしょう。ですが、あなた達も私を倒すことは、できません」
美優「それは、どうでしょうか」

 美優のつぶやきに、レンが振り返る。何か策があるのか、と。エラーズの魔法の感知力は並外れている。おそらくどんなやり方でも奇襲さえ成功しないだろう。魔法であれば。

美優「レンさん……あの、剣から光る斬撃を放つ魔法。あれ、その剣以外にもかけられますか?」
レン「ああ、それは可能だが……それがどうした?」

 美優はそれに言葉ではなく、行動で返した。美優の魔力が溢れ、一斉に鏡が現れる。

エラーズ「むっ!?」

 十字の形をした……ただし、その一辺だけが長い、まるで剣の形をした鏡たちが、床に壁に剣に突き立っている。『鏡界回廊』改め、『鏡剣回廊』
 その全てがレンの武器となり、美優の武器となる。レンはその鏡の剣を一振り手に取ると、

レン「ゆくぞ――『二剣六刃』!」

 二本の剣が輝き、叩きつけられた剣からそれぞれ三本の刃が迸る!! 鏡の剣は折れたが、それでもまだ大量に武器はそこにある。

エラーズ「数で押し切るつもりか!?」
美優「ええ、そんなところです。レンさん」

 美優に肯き返したレンは、鏡の剣を抜き、エラーズへと駆け出した。両手の剣を交差するようにエラーズに斬りかかる。どちらもがっちりと受け止められるが、鏡の剣は砕け散り――美優風を受けて、小さな刃となってエラーズに襲い掛かる!
 驚き、退くエラーズ。レンはぐるりと回り、辺りにあった剣を砕いた。それらはやはり風に乗ってエラーズへと襲い掛かる。鏡の欠片をかわすエラーズに、今度は両手に二本ずつの剣を抱えたレンは、それら全てを叩きつける!!

レン「『四剣八刃』!!」

 迸る刃は廊下を縦横無尽に駆け巡り、鏡を砕きながらエラーズへと突き進む。刃はかわしきったが、砕かれた鏡たちが襲い掛かってくるその全てまでは避けきれない。

エラーズ「だが、この程度の攻撃では私は倒せませんよ!?」

 そう、確かに鏡の先端は鋭くエラーズの体に襲い掛かるが、それでも小さな傷にしかならない。とてもではないが、ダメージと呼べるようなものではない。
 だが、それでいい。これで攻撃の『準備』は整った――

美優「レンさん、行きます!!」
レン「応!!」

 美優の言葉に呼応し、廊下を風が駆け巡り、砕かれて廊下にばら撒かれたまま維持されていた『鏡界』の欠片が集められる。レンは剣を掲げ、その集められたかけら達に全力の魔力を注ぐ。

エラーズ「それは、まさか!?」
レン「ゆくぞエラーズ、単独軍隊と呼ばれる我が全身全霊を見るがいい!!」

 鏡の一つ一つが眩く輝く。レンの魔力が――切断した対象に斬撃を走らせる『斬像』が込められる。あまりにも大量の『剣』の群体。
 エラーズは顔を青ざめさせた。確かに彼は魔法を感知することができる。それによって、魔法使い相手にはほぼ勝利することが可能だ。だがしかし、それはあくまでも感知してその魔法を回避することが前提なのだ。防げなければ、回避できなければ、どうしようもない。
 レンの剣が、振り下ろされた。
 猛然と殺到する鏡の群に、エラーズは全力で力をみなぎらせ、全身を硬化させる。果たしてこれで、どれほどレンの『斬像』に耐え切れるかは彼にもまったくわからなかった。
 次々に床に壁に鏡が突き立ち、それが一斉に光を放った。輝く刃が一斉に生まれ――一瞬で、消滅した。

エラーズ「…………え? がはっ!?」

 レンの一撃。背後からの、必殺の一撃。それはエラーズの右胸を貫いていた。

エラーズ「これは、一体……?」
レン「私の『斬像』は確かに、斬ったものの表面に斬撃を走らせることができる。だがそれは、発生させる斬撃の量と反比例して距離が短くなるのだよ、残念な事に」

 つまり、あれだけの大量の鏡に斬像を込めたところで、本来は刃すら発生しないのだ。それでもどうにか刃が生まれたのは、美優の鏡に魔法の増幅効果がかかっていたおかげだ。それで目くらましができた。

エラーズ「つまり……あなたの攻撃は……この、一撃、というわけですか」
レン「ああ、私の全身全霊のフェイントだ。私の全てを費やさせてもらった」

 事実、レンの息は荒い。エラーズは苦笑すると、

レン「くあっ!?」
美優「レンさん!?」

 レンを蹴飛ばし、その剣を引き抜いた。よろめき、壁に背を預け、ずるずると血の跡を引きながら座り込む。

レン「ふん……まったく、随分と、丈夫な事だな……」
エラーズ「まあ、そうでないと、生きていけない生き方でしたからね。私の負けです、行くといいでしょう。この世界でどういう結末を迎えるのか、あなた達のやりたいように、やってみるといい」

 レンは立ち上がり、剣を回収して鞘に収める。

レン「当然だ」

 言い捨てると、エラーズを振り向くことなく、歩き出す。美優の傍まで来ると、ひとつ礼をした。

レン「助かった、ミユ殿。あの作戦は見事だった」
美優「あ、はい。こちらこそレンさんがいたから……それで、レンさん、あの人……」

 美優はエラーズが気にかかるようで、仕切りにそちらを気にしていたが、レンはぽんと頭を叩く。

レン「あのまま放っておけば死ぬだろうし、彼に死ぬつもりがなければ自力でどうにかするだろう。我々にできることは何もない」
美優「あの人は……それで、いいんでしょうか?」
レン「わからんさ。わからんが……それでも、我々に何かされるよりは、ずっといいだろう」

 美優はもう一度エラーズを振り返った。廊下は暗く、ここからでは生きているのか死んでいるのかもよくわからない。
 彼は、この世界に決定的な滅びをもちこんだ存在で、彼女にとっては紛う事なき敵だった。それは理解していてそうとしか彼女自身思えない。ただそれでも、美優は。

美優「せめて、未来を夢見てほしいなって、思います。辛くても悲しくても、それでも、あの人が生きていれば、悲しかった過去にいた人たちが存在したことの、証明になるから」

 せめて悲しいことは少ないほうがいいな、と思った。




 ファイバーは戦いに熟練していた。巧みにこちらの裏をかき、隙をついては圧倒的な力で押しつぶしにかかってくる。今まで戦った中でも抜きん出て厄介な相手だった。これに比べれば、まだポーキァのほうがやりやすかった。何しろ馬鹿だから正面から力でぶつかってくることしか知らない。
 加えて、殺し合いは初めてとなれば、こちらの精神疲労も凄まじいものだった。

大翔「はぁ、はぁ……そったれ……!」

 無様に仰向けに倒れ、両手を岩人形に押さえつけられ、みぞおちをファイバーに踏みつけられていた。容赦なく込められる力に、朝飯が逆流しそうだ。くそ、もったいないだろうが。今すぐ、そこからどけってんだよ!
 睨みつけることしかできない俺を見下し、ファイバーは横へと視線を投げた。そこには確か、ユリアが倒れているはずだ。

ファイバー「……こんなものか、つまらんな」

 何がつまらないだこのやろう、こっちは最初から少しも面白くないんだよ。だが本当にそう思っているんだろう、ファイバーの瞳にはまぎれもない落胆の色が見えた。は、何期待してたんだ、親父の息子だからもうちょっとやるかと思ってたか?
 ばーか。親父のことなんか何も分かってないくせに、何を勝ったつもりになってやがるんだか。

ファイバー「何が可笑しい、状況に絶望し、気が触れたか?」
大翔「あん? ああ、笑ってたのか。いや、ただ単にお前が滑稽だっただけだよ」

 俺の言葉に眉をひそめるファイバー。俺が何を言ってるのか分かってないんだろう。別に理解しなくてもいいさ、この場においては重要な事じゃない。

ファイバー「まあいい、お前達の役目も終わりだ。もはや俺達の計画は為される」
大翔「……さっき言ってた話か、あとは時間の問題だとか何とか。けどまだ結果はでてない、どう転ぶかわかんないのが、世の中だぜ?」
ファイバー「そうだな、だからこそ、最後まで気を抜くわけにはいかん」

 ぐ、あああああ!!
 ぎりぎりと力が込められる。お、重い……! 巨体の人間一人分に加えて、鎧の重さのせいで滅茶苦茶な重量だ! 内臓が、破裂してしまうかという妄想。いや、それはもうすぐ現実になる。

大翔「へ、へへ……ったくさぁ、親父も、厄介なもんを人にバトンしてくれたもんだよなぁ……」
ファイバー「何?」

 くらくらする。視界は白だか赤だか黒だかが混濁したように、あるいは切り替わっているのか、とにかくぐちゃぐちゃだ。死ぬのか? ああ俺死ぬのかもなぁ? ――嫌だなあそれは。だってほら、親父が。俺が。……ユリアが。

大翔「自分が、人の夢を……綺麗だと思った願いを、守りたい、だなんて、願いを持ってるからって……」

 基準。人が物を判断する基準には、社会的な基準と個人的な基準がある。譲れないものというのは、得てして個人的な基準によってはかられる。それは他人にうかがい知ることはできない。親父もそうだ。親父が何を基準に、守りたい願いを持つ人を判断していたのかは分からない。
 ただいえることは、俺の願いも、ファイバーの願いも――母さんの願いも、全部、その中に入っていたんだろう。
 そして、親父自身の願いも、だ。
 だから親父は、あの日、ファイバーを倒さなかった。何も自分が死ななくてもいいだろとか思うが、そうでもしなければファイバーの願いは守れなかったのかもしれない。だから親父はあの日、俺を守って、俺の願いを守って、ユリアを守って、親父の願いを守って……あろう事か、敵であるはずのファイバーの願いまで守ったのだ。
 姉を、殺したい。あるいは、助けたい。いや、解放したい? 救いたい?
 まあ表現はどうでもいい。つまりは、そういうことだというだけの話。

大翔「あんな目でさぁ、見やがって……あとは、任せる、だってさ。はは、まったくやってくれるぜ……」

 だからきっと、この戦いは必然だった。俺がどの世界にいて、ファイバーがどの世界でこんなことをしでかそうとしていても、俺はこいつを止めに来たに違いない。
 ああ、くそ。そうだな。何も聖人君子じゃなくてもいい、頭が悪い理由に変わりはない。俺はこいつを倒さないといけない。
 親父は確かにファイバーの願いを守ると決めただろう。だからといって、その行いまでは受け入れられなかった。複雑な事だ。親父らしい。
 だから、その全部を俺に託した。自分に覚悟できないことを、俺に任せた。
 だったらやるしかないだろう。あの時何もできなかった俺をなかったことにできないなら、今度は正面から向かい合うしか。そのチャンスを、親父は俺に残してくれたんだから。

大翔「俺のやりたいようにやるってことは、たぶん、酷く難しいんだろうな。いつか絶対、躓くんだろうな。でも、その日までは――諦めない」

 ぐっと全身に力を込める。そんな俺をあざ笑う。今のお前に何ができる。腕は封じられて特殊魔法は放てず、通常魔法を編む集中力さえも奪われたこの状態でなにができる、と。
 できるに決まってんだろうが、あほう。
 俺は可能な限り嫌味な笑みを浮かべてやった。

大翔「俺の魔法が手から出るなんて、いつそんな事俺が言った?」
ファイバー「ぬおっ!?」

 両手を押さえつけていた岩人形を同時に貫き、ファイバーにも放つがそれはかわされ鎧の一部を抉り取るに終わった。だがこれで解放された。

ファイバー「そうか、あのとき魔法を暴走させた時は、動作など必要とはしていなかったか!」
大翔「ま、あれにはあれで狙いを確定しやすくする効果はあるんだけどな!」

 追い討ちをかける。もはや隠す必要はない。モーションを経ずに畳み掛けるように次々に魔法を放つ。ファイバーは素早く動きながらも、その鎧は次々に削られていく。だがやはり、早撃ちでは直撃は狙えない。
 だん!
 音を立てて床を蹴り、ファイバーへ立ち向かう。鎧の多くはすでになく、これならば俺の攻撃も直接打ち込むことができる!

大翔「おおお!!」
ファイバー「はああ!!」

 交差する拳と拳。俺はもぐりこむように、やつは覆いかぶさるように、互いに拳を打ち込む。速さでは俺が、一撃ではファイバーがそれぞれ勝る。ファイバーの膝が腹にめり込む。俺は胸の中央に、螺旋に捻った掌底を突き入れる。がつんと音がして、視界がぶれる。鼻の奥で鉄の臭いがした。右の耳が熱を持つ。右の側頭部を強打されたのだと気付いた時には、反撃に敵の顎を突き上げていた。がちん、手ごたえが返ってくる。ぎょろりと目をむき、叩きつけるように拳が振ってきた。それを受け流し、受け流しきれずに膝を突く。顔面に、膝がぶち込まれた。
 意識は朦朧としながら、ひたすらに勝つためだけに動く。体が動く。意志がひたすらに、体を動かす。
 それでも、どれだけ意志を保っても限界はやってくる。体力の、肉体の限界。
 ふらりと足から力が抜け、後ろによろけてしまう。それを逃さず、ファイバーの太い腕が伸び、俺の首を締め上げ、背後のフェンスに押し付けられた。そのまま壊れそうなほどに歪むフェンス。

大翔「はぁ……はぁ……」
ファイバー「どうやら、お前の力も、ここまでのようだな」

 ファイバーが指を鉤爪のように曲げる。その太い指先がどれほどの力を持っているのか、それを味わった俺は、それがもはやナイフに匹敵する凶器であると理解する。

ファイバー「やはり、あの男の息子か、久々に全力を出した。だか所詮、あの男が倒せなかったのにお前に俺が倒せるはずがなかったのだ」

 へ。そうかい。
 それじゃあ、最後までそうやって勘違いしたまま……

大翔・ファイバー「「死ね」」

 同時につぶやいた、瞬間。

ファイバー「かぁぁぁっ!?」

 ファイバーの四肢を四本の光が貫いた。指先の力が抜け、俺はすぐさまファイバーの拘束を解く。倒れようとするその胸に肩を当て、地面を強く踏みしめ――ドンッ! 放たれた肘打ちは、ファイバーを吹き飛ばす。
 その瞬間、限界を迎えた俺の体は、勝手に倒れ――優しく、受け止められた。

大翔「あぁ……さんきゅ、ユリア。危なかった」
ユリア「私こそ、あなたには助けられてばかりだから」

 暖かで、柔らかくて……いい香り。すぐにでも眠ってしまいたい、ところだけど。あとちょっと、ひとふん張り。
 俺はユリアに肩をあずけて、倒れるファイバーまで歩み寄った。ファイバーは意識はあったが、俺と同じような状態だった。俺は少しどうするか迷った後、魔法を放つ。

ファイバー「ぐっ!!」
ユリア「ヒロトっ!?」

 大丈夫、ちょっと四肢の神経の伝達を遮っただけだから。こいつくらいの根性があれば、貫かれたくらいでおとなしくしてるなんて楽観はできなかった。まったく、意志が強すぎるのも問題だ。

大翔「俺達の、勝ちだな」
ファイバー「……だが、もはや世界の礎の発生は止められんぞ。この世界はいずれにせよ、終わる」

 それが、最後の問題だった。果たしてこの世界の崩壊を止めるにはどうすればいいのか……そも、世界の礎の詳細が分からなければどうしようもないのだ。

大翔「ファイバー、その、世界の礎って一体なんなんだ?」
ファイバー「知らん」

 あ、ちょっとぶち切れていいですか?

ファイバー「なんといわれようと知らんものは知らんのだ。ただ、それが手に入れば新たな世界を創造できることは確かだ。ただ、それがどのようなものなのかまでは資料にはなかったのでな」
大翔「なんだよ、資料なんてあるのか? ていうか、他の資料を探せばいいじゃねえか、どこだよ、その資料」
ファイバー「姫君の王城の秘密書庫だが」
ユリア「えぇっ!? あ、あそこに忍び込んだんですか? いつの間に!?」

 また随分と意外っつーかありえそうっつーか。ユリアも真剣にセキュリティについて考えてる場合じゃないって。

ファイバー「どちらにせよもはや資料を探している時間などないぞ。具合から見て、もはや生まれるのは――」

 その言葉の途中、ぐらり、と足元が揺れた。
 その奇妙な……しかし不穏な揺れに、俺とユリアは顔を見合わせた、その時。
 ドンッ!!!!
 突き上げるような揺れが起こり、学園を、いや、街全体を揺らしだした。あまりの揺れに立つこともできず、俺達は寄り添うようにその場に座り込んだ。戦いによってガタが来ていた部分は崩壊し、フェンスもメリメリと音を立てて落ちていった。
 一体、どれほど揺れていたのか。長かったような短かったような時間だった。
 顔を上げた俺達は、街の光景を見て愕然とした。どれほどの揺れだったというのか、いくつかの家はつぶれ、あちこちで先よりも酷い火事が起きていた。
 今の揺れは、地震、だったのか。けどそれはおかしい。この世界は表の世界とは隔絶されているから、地震なんて起こるはずがないのに。
 しかも揺れはまだ小さく続いている。それだけじゃない、どこか遠くからも、同じような音が聞こえてくる。
 一体どうなってるんだ、この世界は!?

ファイバー「合図だ……! くるぞ、世界の礎が!」

 ファイバーの興奮したような言葉と共に、周りの空気が密度を増したような圧迫感が生まれる。その圧迫感の中心は、自然と感じられた。
 三人の視線が、ゆっくりと一箇所に集まる。そこに、何かが集まっているのを感じる。そして――

 ――リィインッ!!

 耳をつんざく音と共に、エメラルドグリーンの光の塊が姿を現した。世界の礎というにはあまりにも小さく、その大きさの割には途方もない存在感を持って、そこに現れた。
 これが――世界の、礎。世界を、生み出す元。
 呆然と見やる俺達。それがまずかった。

ファイバー「おおおおおお!!」
大翔「んなっ!?」

 ファイバーが、己の四肢に岩人形を突き刺して動かしていた。馬っ……鹿か、こいつ!? そこまでしてでも……叶えたい、願いなんだろう。
 だが、それを黙って見過ごすわけには――

 ざりっ。

 砂を踏む音。
 なぜかその音は、やたらと、耳に響いて聞こえた。

ノア「おや、ファイバー『君の魔法は、もう打ち止めだろう』」

 ざわり、と空気が変わる。違和感だとかそういった生易しいものじゃない、これはもっと単純なもの。単純すぎて、すぐには理解が及ばないもの。
 ファイバーがその言葉の通り、唐突に岩人形の動きを制御できなくなって、倒れた。

 その人は。その、人は。呆然とする俺達の前に、ふらりといつもの調子で現れた。
 乃愛、さん? え、いやちょっと、え?
 なんだ、これ。理解できない。理解が及ばない。理解が追いつかない。何かが明確に違うわけじゃない。何か明白な差があるわけじゃない。でも直感が、経験が、本能が、理性が、告げている。
 この女は、乃愛さんじゃない。もっと何か俺の理解の及ばない、別の存在だ。

ファイバー「ノア……アメスタシア…………!!」

 驚いたことに、ファイバーの声には間違いなく恐怖が宿っていた。
 いや、何を驚くことがある? そんなの当然だ。だって俺が――慣れ親しんでいるはずの俺でさえこの目の前の人に恐怖を感じているのに。
 ああそうだ、乃愛さんが現れる直前のあの空気。あれは、恐怖だ。世界が彼女に恐れ戦いたのだ。

ノア「ふぅん……これが、世界の礎か。もっと大仰なものかと思っていたのだが、まあこんなものか」

 興味深そうに、あるいは興味なさそうに。彼女はじろじろと世界の礎を観察している。
 そして、その手を世界の礎へと伸ばす。

大翔「乃愛さん!」

 俺の呼びかけに、ぴくり、とその肩が動いた。ゆっくりと彼女が振り向く。
 ああ……やっぱりだ。何度でも言うぞ。
 あんた、誰だ。

ユリア「ノアさん……? あなた、本当に、ノアさん、ですか?」

 ユリアも震えている。その手をしっかりと握り締める。俺が震えるわけにはいかない。
 何がなんだか良く分からないが、とにかく、今の乃愛さんはやばい。たぶんファイバーたち全員をまとめたのなんかより、ずっと危険だ。

ノア「やあやあ、なんだか随分と怯えているな。まあ仕方のないことかもしれないな、何しろこちらの私は、君たちには見せたことがないからな」
大翔「こちらの私? どういう、事ですか?」
ノア「さっきファイバーが言っただろう『ノア・アメスタシア』と。つまりはそういうことだ。その『ノア』と君の知る『乃愛』は基本的に別の原理で動いている……というよりは、『ノア』の狂気的な部分を押さえ込んだのが『乃愛』というところかな」

 それはつまり今の乃愛さんは『ノア』で、今までの乃愛さんが『乃愛』で……ああもう、わけが分からんぞ。

ユリア「ええと、つまり今のノアさんは――どういう原理で動いているんですか?」
ノア「ああ、いい質問だねそれは。満点をあげてもいい、それなら現状が良く理解できる。まあつまり、今の私を衝き動かしているのは――『この世界は過ちだ』という認識だ」
大翔「……どういう、ことですか?」

 乃愛さんは……ノアは、うん、とひとつ肯いたあと、こんな風に言った。

ノア「だってほら、この世界には美玖さんと大洋さんがいないじゃないか」

 何を仰いましたか、この方は。
 唖然とした。ユリアも同じだ。ファイバーは……顔は見えないがたぶん同じだろう。なにしろ、この人の理屈はファイバーたちよりぶっ飛んでいる。なぜなら、その理由の中にはノアの感情も目的も何もないから。ただ、親父と母さんというファクターが存在しない、イコール過ち。そんな理論とも呼べない理論だけが存在する。

大翔「え、ちょ、ちょっと待って下さい。じゃあなんですか、親父と母さんがいればこの世界は正しいんですか?」
ノア「うん」

 即答しやがったよ、この人。

大翔「え、なんで?」
ノア「は、なにが?」

 聞き返しやがったよ、この人! 真顔で聞き返してきたよ!
 その瞬間悟った。ああだめだ、この人とは話が通じない。どれだけ言葉を交わしても会話にならない。すんでる世界が違う。

大翔「ええと……念のために聞きますけど。今、それを手に入れようとしてましたよね、それでどうするんですか?」
ノア「まあ実際に手に入れてみないとなんともいえないな。どこまでのことができるのか、それを確認しなくては理想を語るだけになる」

 こういう語りは、乃愛さんのままなのに。
 いまだに振動は鳴り止まない。ぐらぐらと足元は揺れている。それにあわせて、俺の思考も揺れいてる。

大翔「ひとつ、教えてください……あなたは、この世界を、どうするつもりですか?」
ノア「うん? まあ推測の段階だが、たぶん一度砕くことになるのかな」

 ぎり、と奥歯をかみ締めて、残りのありったけの力を振り絞り地を蹴った。一動作でノアへと詰め寄り、握った拳をそのみぞおちに打ち――

ノア「よろしい、合格点だ」

 ぐるんと視界が回転し、背中をしたたかに打ちつけた。気付けば、元の位置へと飛ばされていた。何がどうなった?

ノア「悪くない動きだ。いや、むしろ大洋さんを髣髴とさせたよ。だが熟練が足りないな、私のほうが君よりも長い期間大洋さんに師事をしていたし実戦も多い。今のはその差が出たに過ぎない」
ユリア「あなたは……この世界を守るために、戦っていたのではないのですか!?」

 ユリアの叫びに、ばつの悪い顔になるノア。

ノア「ああうん、まあねえ『乃愛』ならね、この場でもそう振舞うんだろうけどねぇ。タイミングが悪かった。まさか『ノア』の時にそんな話を聞いてしまったら、もう止まれるわけがないんだな、これが」

 やれやれ、こういうのも私の悪い癖だなどとぼやきながら、世界の礎に手を伸ばす。まるで何かのついでのような、軽いしぐさで。
 止める暇もなかった。礎は触れたその手に吸い込まれた。と同時に、世界を揺らしていた振動も止まった。
 ノアはうんうんとなにやら一人で納得した様子だ。俺達はもはや言葉もなかったが、それでは終われない男がいた。

ファイバー「貴様あぁぁぁっ!!!!」
ノア「ああ、ファイバーか。まだ生きていたんだっけ、そういえば」

 つと、その瞳が細まる。ぞっとした。その目は命を見るものじゃない、物を見る目だ。しかも敵意なんてさらさらない、ただ殺意のみの目。

ノア「なあ、ファイバー。君は――」
大翔「やめろ……」

 何が起ころうとしているのか、漠然と理解した。彼女の魔法は知っている。俺は何度も経験している、何度もそれを使うところを見ている。
 そしてそれを言っていたことも覚えている。最悪の『錯覚』の使い方。無数の条件が必要で、まず使うことはないといわれた、その力。
 ――相手に、自分の死を『錯覚』させる。

ノア「『今日この日この場所で、死ぬんだったな』」
大翔「やめろおぉぉぉ!!!!」

 目の前で、ファイバーがびくん、と痙攣した。同時に、ざり、と頭の中に何かが割り込んできたような音。耳の奥から耳の外へと逆流してきたような、生理的嫌悪感を伴う音。
 ぞっとした。今のがなんなのか、乃愛さんの『錯覚』を受けた事のある俺はわかってしまった。今のは『錯覚』の対象となったときの感覚だ。だが先ほどのノアの魔法は俺達を対象にしていなかった。それでも、傍にいるというだけで影響を受けてしまった。
 魔法の規模が、増大している。巨大に、強力になっている!

沙良「待ちや、ノア。あんた、なにしてん。なんであんたが、それ持っていきよるん」

 満身創痍。まさしくその通りの姿で、沙良先生がましゅまろと共にそこに立っていた。いや、沙良先生だけじゃない。
 美羽、美優、陽菜、レン、貴俊、エーデル。全員、そこにいる。誰もが信じられないといった顔で、ノアを見ている。話を、聞いていたのか……。

沙良「なあノア。あんたそれつこうて、なにするつもりなんや?」
ノア「――まあ隠しても仕方のない話だ。君たちには話しておこうか。まあ単純な話だ。この世界の一からやり直して、幸せな世界を作る」

 全員が全員、呆気に取られた。そうするしかなかった。一からやり直す? 幸せな世界を作る?
 そんなことができるのかとも思ったが、そういう以上はできるのだろう。新たな世界を作るというのとは、また違うようだが……世界の礎。謎が多い。ともあれ、

大翔「やめてください。迷惑です」
ノア「迷惑? みんな幸せになれるのに、かい?」
大翔「ええ、とっても」

 ノアは少し迷った様子をしたあと、急に目を細めて、こめかみに指をやる。頭痛を堪えているようなしぐさ。なんだ?
 怪訝に思っていると、次に顔を上げたとき、その顔は……乃愛、さん?

乃愛「やれやれ、どうにも思考が暴走してしまうな、あちらだと。多重人格、というわけでもないのだがね」
大翔「乃愛、さん……? いや、これは一体どういう?」
乃愛「すまないが今はこれ以上話している余裕がない。どうにもこの世界の礎、私の中で随分と不安定に暴れまわってくれているようだ」

 そういって、乃愛さんは苦笑するが、残念そうな表情を浮かべて、言った。

乃愛「すまないね。こうなってしまった以上、やはり私はヒロト君の期待にはこたえられない。結局ノアとしての私の望みは、乃愛としての私の望みとも重なるわけだ。だがまあ……そうだな、三日だ」

 三日?

乃愛「三日後、私はここにいる。ここから、世界を作り変える。それが嫌なら八月三十一日、午後二十四時までに、ここへ来て私を討つといい。そうすれば、少なくとも世界の礎は私から解放される。まあそれはそれで問題なんだが、ね」
大翔「いやいや、いきなり何言ってんですか、乃愛さん!?」
乃愛「時間がないといっただろう? 少なくとも今は私はさっさとここを離れなくてはいけなくてね。後は自分で調べたまえ」

 いや、調べるったって……あ。そうか。ユリアと顔を見合わせる。
 ユリアの世界の王城の書庫。確かそこに、礎の資料があるとかなんとか。

乃愛「まあ、そういうことだ。こんな結果になってしまって君たちには悪いと思うが……まあ何だ、私の造る世界も、存外悪くはないと思うよ」
美羽「乃愛さん……」
乃愛「そう悲しい顔をするな、ミウ。なぁに、君の愛しのお兄さんが頑張ってくれるさ」

 俺すか、俺なんすか。ていうか美羽も一人であせあせしながら人の頭をぽかぽか殴るんじゃない。結構限界近いんだよ。
 乃愛さんはユリアを真剣な瞳で見つめる。ユリアも、それをまっすぐに見返した。

乃愛「姫、ヒロト君を頼むぞ。もうわかっているとは思うが、それの性格は」
ユリア「大丈夫です、ちゃんと、わかっています。それよりも、あなたは、やはり――」
乃愛「私のやることは変わらないよ。結局、私は美玖さんと大洋さんが死んだことを受け入れたくないのさ。まったく我が侭な話だがね。ノアとの違いはそこに理由をつけるか否か、ただそれだけだ」

 肩をすくめて、かつかつと迷いのない足取りで歩いていく乃愛さん。するとその先に、何もない空間にぽっかりと光の扉が現れた。
 その光を潜る直前、乃愛さんは首だけ振り返り、俺に向かっていった。

乃愛「ヒロト君。以前に私が言ったこと、忘れるんじゃないぞ」

 その言葉を最後に、乃愛さんは忽然と屋上から姿を消した。それを見送った俺は……くらり、と体が揺らいだかと思うと。
 あ、もうだめだ。
 すう……と、意識が暗闇に吸い込まれた。体が温もりに包まれる。かろうじて瞳を開くと、どうやらユリアに抱きかかえられているようだ。こりゃいかんと思い体を起こそうとするが、無理だった。すでに肉体も精神も限界を超えている。

ユリア「無理しないで、ヒロト。ゆっくり、休んでていいから」
大翔「悪い、ユリア。実はもう、限界……」

 がくり、と。今度こそ、完全に意識は途絶した。



 起きたらかつてない面倒が待っている。だから今は、せめて、この心地よいぬくもりの中で――。
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