世界が見えた世界・9話 D 前


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 十数回もの激突を繰り返し、その全てが有効打にはならなかった。
 硬い。まるで頑丈な壁みたいだ。魔法を使う隙さえもらえないとなると、俺一人の力じゃこいつを倒すのは無理か。
 やはり、まずはユリアを解放しなくちゃならない。ユリアの様子を見たところ魔法が使えないようだが、その原因がすぐに解決できるものなら反撃に転じられるし、そうでないのならひとまず撤退する必要がある。
 とはいえ、そのためには魔法を使う以上の隙を作らなきゃならない。どうしたもんかね。

大翔「本当、お前の相手は今までで一番面倒だよっ!」

 魔法で生み出された氷を弾きながら毒づく。

ファイバー「ならば今すぐ家へ帰るかね?」
大翔「返す気のない人間がよく言う。そういえば、お前が何のためにこんなことをしてるのかを聞いてなかったな」

 風の刃が荒れ狂う。距離を離すことでどうにかかわすが、この距離は向こうに有利だ。
 っつーか野郎、魔法のラグが小さいにもほどがある。特殊魔法並みの速度で通常魔法を撃ってくるのは反則過ぎるだろうが!

大翔「確か夢を叶えるための手段を手に入れるとか言ってたな? お前達の目的は何だ、なにをするためにこの世界を滅ぼす!?」
ファイバー「聞いたところで納得はできないぞ。至極個人的な内容だからな」
大翔「何を聞いたところで納得できないんだ、結果が変わるわけじゃないだろ。それに、こっちが質問に答えてばかりじゃ不公平だ」

 ファイバーはふん、と息をつく。

ファイバー「それで、姫君を助ける隙でも作るつもりか?」

 バレバレかよ、クソッたれ……。

大翔「だったらどうする、さすがに自分の負けの目を作るのは嫌かい?」
ファイバー「まるで自分に勝ちの目があるような言い草だな。まあいい、タイヨウにも聞かせたことだ、お前に聞かせるのもいいだろう」

 親父にも?
 ……………………うん? あ? ちょっとまて。
 それって……もしかして、そういうこと、か? でも確かにその可能性は……いや、まずはこいつの話を聞いてからだ。

大翔「それで、世界を滅ぼす個人的な事情と、その手段とやらは一体どんなものなんだ?」

 ファイバーはその場に立ち尽くす。油断も隙もなく、だが静かに。

ファイバー「俺達それぞれの目的は別々だとは聞いたな? 共通するものは手段だと。その手段とは――新たな世界を生むことだ」
ユリア「世界を……生む!?」

 個人的な事情の割にはスケールのでかい話だった。さすがはメルヘン親父、俺達の想像のはるか上を行く発言だ。

大翔「また、滅茶苦茶な話だな、おい……。ていうか、それだけのことをしないとできないお前の個人的な事情って何だよ」

 一度小さく目をとじ、目を開いたファイバーの表情は、

ファイバー「人間一人、殺すことだ」

 なぜか、悲哀に満ちていた。




 沙良が『流理』の対象として一番よく扱うものは水だ。それは地域にもよるがごく溢れたものであり、扱いなれているからだ。
 風などの流れも扱えないことはないが、そこまで大きな流れとして扱うのにはむいていないので補助程度にしか使わない。たとえば、

沙良「ましゅまろ、飛べ!」

 沙良の起こした小さな風に乗って、ましゅまろがガザベラへと飛びかかる。しかしそれも横から殴りつける風によって吹き飛ばされてしまう。が、その間にさらに自分用に起こした風に乗って、沙良はガザベラへと詰め寄っていた。

ガザベラ「ちぃ、ちびっこい体でちょこまかと!」

 ガザベラの掌から血が舞う。血の粒はすぐさま生き物のようにうねり、その鋭い切っ先を向けて空を切り裂き沙良へと踊りかかる。水流の壁でそれを押し流す。
 あちこちの水道管から水を引っ張ってきたせいで、もはや足元の床は小さな流れを形成していた。
 一見沙良の有利に見えるこの状況だが、実際は互角だった。ガザベラの通常魔法の得意系統は水。沙良にとってそこらじゅうが武器として扱えるのと同じことが、ガザベラにも言えるのだ。今、足元のの水は目には見えないが、二人の魔法の支配合戦にさらされていた。一瞬気を緩めれば、足もとの水が刃となって襲い掛かってくる。
 そのことで、二人の戦いは大規模な力のぶつけ合いから体技、小技の裏のかきあいへと移り変わっていた。
 互いに、無傷ではない。

沙良「それにしても大それた事考えるわ。世界を作るために世界を滅ぼして、挙句その作る世界はアンタの望みを反映させるために作る? 滅茶苦茶やな、アンタら」
ガザベラ「ふん、その程度のこと分かってるわよ。けどねぇ、アタシの目的はそうでもしなけりゃ果たせないのさ」

 沙良はため息をついた。
 ある意味、ガザベラの目的は分かりやすいものだった。そしてたぶん、沙良もそう願ったことがないとは、言えないものだった。

沙良「昔の同僚を生き返らせる。それも、幸せな人生を遅らせるためだけに、か」

 それが、ガザベラの目的だった。

ガザベラ「そう。どこにでもある話さ。アタシらは権力者の慰み物だった。ただやつらの気まぐれに生かされ、人間としての尊厳なんて何もなくて生きているなんて言えない様な形で生かされてきた」

 ガザベラが見た、それは絶望だった。
 ガザベラは気づいた時にはそこにいた。自分がどこの誰からどうして生まれてきたのかなんて知らずに、ただその日を生きるために路地裏で残飯をあさる日々。そうしているうちに、いつの間にやらそんなところに放り込まれていた。
 そこには人間なんて一人もいなかった。その店にやってくる男どもにいいように扱われ、気分を害せばその場で殺されても誰も文句を言えない。いや、言わない。なぜなら最初から生きていないから。
 深く暗く重い絶望だけが蔓延したそこで、ただそこにいた。そんな中でも――いや、そんな中だからこそ、芽生えた絆もあった。だがそんなものは上の連中には関係ない。やつらは飽きたら棄てる。
 次々に減っていく顔なじみと同じ速さで増えていく顔なじみ。それさえも、慣れてしまう。
 ある人は狂った。ある人は自ら命を絶った。ある人は気まぐれに殺され、ある人は使えなくなったと殺された。
 そして、ガザベラにも、その日が来た。

ガザベラ「今でも覚えてるよ、あの同僚達の顔をね。どいつもこいつも忌々しいったらありゃしない。自分の分まで生きてくれだの、せめてアタシだけは幸せになってくれだの、無茶苦茶な要求をして自分らだけ満足そうな顔して、不幸なまま死んでった!」

 生き延びるつもりなどなかった。決して応えられない願いを負わされた体は、すでに心まで押しつぶされかけていた。
 なのに。
 ふと、思ってしまったのだ。

ガザベラ「こいつら全部死んじまえば、アタシらも少しはましになれるんじゃないか、なんてね……」
沙良「けど、実際にはそんなことあるわけない。一度泥沼のそこに落ちた人間は、そんなことくらいじゃ這い上がれんのや」

 ガザベラが顔を歪めて嘲る。何を嘲ったのだろうか。
 沙良には、少しだけ分かった。ガザベラは、誰よりも自分を嘲っている。愚かだと、無様だと。

ガザベラ「そうさ。むしろそのせいで死んだやつらのほうが多かっただろうね。アタシらは国の要人を殺したことでみんな手配されて、次々に殺されたよ。だってのに、だーれもアタシを怨まないんだから、笑っちまうね」
沙良「それで、その人らが幸せになる世界を望むんか、あんたは。せめて不幸な人生を送った人らが、今度は幸せになれるように?」

 まさか、と肩をすくめる。

ガザベラ「アタシは認めたくなかっただけさ。あんな連中が当たり前に生きている世界があるなら、アタシらだって当たり前に生きていける世界があるべきだってね。そうじゃなきゃ、世界なんか総じて滅びちまえばいいんだよ!!」

 ガザベラの怒りに呼応するように、水が刃となって沙良に襲い掛かった。だが――

沙良「あんたのそういう気持ちなぁ……うちにも、分からんことはないんや」
ガザベラ「なっ!?」

 ザンッ!!
 沙良の姿が消えたかと思った次の瞬間、ガザベラの前にその姿が現れた。沙良の通った軌跡を辿り水が割れ、風が巻き起こる。
 人間の限界を超えた高速移動。
 風にはためく白衣をばさりと払い、沙良はガザベラを見上げる。その表情は今の苛烈な運動のせいか、顔色が一気に青ざめ眉間にしわがよっている。その懐から、小さなぬいぐるみがぴょんと飛び出した。

沙良「うちにも、取り戻せん、失ったものがある。あいつらが笑顔で暮らせる世界が手に入るんなら、そんなに嬉しいことはないと思う。けど――」

 ばさぁ! 白衣が翻る。
 沙良の魔力が膨れ上がり、ぬいぐるみに注がれる。ぬいぐるみは一瞬のうちに数倍にも膨れ上がり――

ガザベラ「次から次へと……『血棺』、アタシを守れ!!」

 ぱぁん!!
 ぬいぐるみの中でひたすらに加速された水が、音速を超える速度で撃ち出された! 四方八方に水弾が飛び散り、衝撃波によって床といわず天井といわず、全てが砕かれる。

沙良「あかんよ。もうない笑顔を手に入れるために、今ある笑顔を手に入れようなんて、そんなんあかん。あいつらだってそんなん、喜びやせん」
ガザベラ「はん……あんたに何があったのかアタシは知らないけど、その意見には賛成するよ。あいつらは少なくとも、そんな腐った性根だけは持たないようにしていたからね」

 二人が指す『あいつら』とは、当然ながらまったく別のものだった。だが、それは同じものでもあった。

ガザベラ「けど、言ったろう? これは『アタシの』目的なのさ。あいつらの意見なんか関係ない、アタシがそうしないと納得できないんだよ! だからあいつらには生き返ってもらう、幸せになってもらう! それがアタシの目的だ!!」
沙良「……なら、あんたはうちの敵や。結城の敵やのうて、うちの敵や。あんたの願い、うちは受け入れられん。受け入れるわけにはいかん」

 共感と、対立。
 同じ想いと、受け入れられない願い。
 生徒を守るために盾となった女は、今これから、自分のために戦う。相棒の白いぬいぐるみを従え、彼女は全力をもって、

ガザベラ「そうかい……アタシはガザベラ。あんた、名前は?」
沙良「沙良。虎宮沙良。この学校の養護教諭で、先生で、生徒達を守らなあかん存在で……昔、それに失敗した女や」

 今ある笑顔を、守るために。今の全てを、否定しないために。




 美羽にとって、ガーガーの存在はここしばらくの自分の通常魔法の訓練を否定されているような気分にさせた。
 ガーガーはただひたすらに頑丈だった。とても生身の肌とは思えない筋肉の防壁。そのせいで通常魔法はまともに効かず、貴俊の攻撃も同様だった。
 だが貴俊にとってはその程度のこと、問題にもならない事だった。

美羽「ち、ちょっと先輩! さっきからずっとアイツを吹っ飛ばしてますけど、ぜんぜん効いてませんよ?」
貴俊「分かってるって。大丈夫、とりあえずあと一回吹き飛ばせば目的地に着くから」
美羽「目的地って……もしかして、この先の」

 体育館。貴俊の目的地はそこだった。そこならば、自分の力を思う存分に発揮できる。
 貴俊の魔法『分離』は、汎用性が低い。たとえば砂漠や草原のど真ん中で戦うとなれば、まったくといっていいほど魔法が使えないのだから。反面、周りに物が溢れている状況であればその有効度は一気に増す。
 現代社会、分離できる物体は山ほど存在するのだから。
 ガーガーが起き上がる前に一気に距離をつめ、頭を起こしたところでその顔面を槍で強くひっぱたく。再三吹き飛ばされたガーガーは扉を突き破り、ついに体育館へと吹き飛ばされた。

美羽「それで先輩、この後、どうするんですか?」
貴俊「んー、美羽ちゃんはどうしたらいいと思う?」

 なぜか困った顔で聞き返す貴俊。その顔に、美羽は頬を引きつらせた。

美羽「まさか先輩――何も考えてなかったんですかっ!?」

 くらり、と目の前が暗くなりそうだった。今までの長い時間は一体なんだったのか。これならまだ何か攻略法を探ったほうがよかったんじゃないのかと思ってしまう。

貴俊「まあとりあえず、アイツについて気づいたことを上げていこうか。そんで、何か付け入る隙を探せばいいだろ」
美羽「適当ですね……ガーガーについて気づいたこと、ですか。とりあえず、頑丈でアタシの魔法も先輩の攻撃もまともに響かない、腕力がどうしようもないくらいに馬鹿力、それから、魔法を食って吐き出す。ただし、魔法を食べられるのはひとつきりで吐き出すまでは次の魔法は食えない。そんなところですか」

 絶望的なラインナップだった。唯一の救いは、魔法何でもばくばく好きに食えるわけではないというところか。とはいえ、そもそも通じない魔法なのだからあまり意味がないというのが美羽の考えだった。

貴俊「いやいや、作戦の立てようはいくらでもあるよ。こっちは二人いるんだし、美羽ちゃんは通常魔法と特殊魔法の二つを持っている。魔法は使い方次第でいくらでもその効果を変えられるんだから、手数は多いに越したこたぁねーやな」
美羽「でもアタシの魔法、あいつに通用しませんよ? どうするんですか?」
貴俊「どっかその辺に水でも張って、あいつをおびき寄せて『弦衰』で水を凍らせれば、時間稼ぎくらいにはなるんじゃね?」

 ぽん、と手を打った。美羽はその時にようやく、自分が通常魔法を攻撃や防御ばかりに使っていたことに思い至った。
 美優やユリアの魔法の印象が強すぎて、そのことにしか考えがいかなかったらしい。
 確かに美羽の魔法の才能はなかなかのものがあるが、それにしたって一人前になるためには訓練がいる。今の美羽は一人前以下なのだ。それが、二人と同じように魔法を使おうと考えること自体が間違いだったのだ。
 通じないのならば、通じる形で使えばいいのだ。

美羽「あーあ、情けない。これじゃ兄貴に笑われるわ」
貴俊「大翔は魔法をうまく使うことに関しちゃ才能あるわな。他人の魔法まであんなに理解できるなんて、気色わりいくれーだ。思わず愛が溢れ出すね」
美羽「あの……前から聞きたかったんですけど、その先輩の言う『愛』ってなんなんですか? ていうか、兄貴とは実際どういう関係なんです?」

 その言葉に、貴俊は一瞬動きを止めた。が、すぐに動き出す。

貴俊「俺の愛と大翔の関係、か……そうだなぁ、強いて言うのなら……絶対に相容れない故の執着、ってところかな」
美羽「?? よく、わかんないんですけど……」
貴俊「俺と大翔の主張ってのは、絶対にかさならねーんだ。それぞれ、自分の意志の真ん中に据えてるもんが正逆なんだよ。あいつと俺がもしひとつのもんを奪い合ったら妥協なんてせず、殺し合いになるくらいに。っつーか一度それやってるし」
美羽「……………………へぁ?」

 なんだか凄まじい言葉を聞いた気がした美羽は、間抜けな顔で呆けた。
 それがまずかった。
 瓦礫の中から飛び上がったガーガーは、その脚力を存分に生かし、数十メートルの距離を一足飛びに飛び越えてきたのだ。突然の自体に、美羽の脳は反射的な行動すら起こせない。
 その前に、貴俊が立ちふさがる。

貴俊「まあそれだから俺は大翔に執着して、あいつも俺をなし崩し的に受け入れてんだけどさ。それだけに、今回のこの事件は――」

 貴俊が槍を持つ手に力を込める。まっすぐにその切っ先をガーガーに向け、貴俊が全力で魔力を解放した。
 物体の接続の強制分離。あらゆる物体は貴俊の魔法の前ではその構造を維持することを許されない。たとえどれだけ頑丈に組まれたものでも、その接続を解除されてしまう。
 それを、逆手に取った武器。

貴俊「貫け――黒爪!!」

 バチンッ!!
 大気が張り飛ばされたように弾け、なんと、貴俊の槍の先端がガーガーの肩に突き刺さっていた。
 ガーガーの体がその槍の勢いのままに天井まで吹き飛ばされる。

美羽「先輩……その武器!?」

 ただし、刺さったのは射出された槍の先端。槍はやや短くなった状態で、貴俊の手元に残っている。

貴俊「ロケット鉛筆の応用でな。この槍は八つの小さな槍がひとつに合わさってできている。その一つ一つを接続しているのは、強力な電磁石だ。俺の魔法はあくまで分離。物を飛ばしたりはできない。それをうまく攻撃に変えるための装置ってわけだ」

 貴俊の『分離』が物体を解体する際、目安となるのはサイズではなく結合の強さだ。それが強ければ強いほど、必要な力も強くなる。そして、必要分だけの魔力を込めれば、物体は即座に分解される。
 貴俊は分離した物体に干渉することはできない。あくまで分離することのできる物体のみにしか干渉できない。魔力を通してしまえば分離してしまうのだから、そこに射出させるだけの力を込めることは不可能なのだ。
 だがもし、貴俊がいくら分離しようとしても、電磁石の力で完全には分離できないとなればどうなるか。貴俊はいくらでも、その物体に『分離』をかけることができる。ひたすらに離れようとする力を高めることができる。
 そして、存分にその力が高まったところで磁力を切る。そうすることで『分離』を『射出』へ利用しているのだ。

貴俊「まあ実際開発にはかなり苦労したらしいけど。アイデアは悪くないんだけど、やっぱり装置の小型化が大変だったらしいぜ」
美羽「そんなもん作り上げる技術もたいしたもんですけど、それを考える先輩も先輩ですね……」

 美羽はどこか呆れた様子だ。それに対して、貴俊はいたずらっぽい笑顔を向けた。

貴俊「おいおい、考えたのは俺じゃなくて君の兄貴だぜ? しかも、俺と敵対してた時期に平然とそういうアイデアを考え出すんだからなぁ」
美羽「えぇ!? なんかもう、二人の関係がさっぱりわかんなくなってきましたよ。結局何なんですか、先輩は兄貴の味方なんですか?」

 そうたずねる表情は、真剣で、不安の中にも力強さがあった。
 その不安を拭うように、力強い表情を浮かべて貴俊は自慢げに胸を張った。

貴俊「当然、味方だぜ! 何しろ俺の愛は溢れんばかりに、大翔に注がれてるんだからな!!」
美羽「……はぁ、じゃあまあ、そういうことでいいです。詳しい話はとりあえず――」

 天井が轟音と共に砕かれて、青い獣を中心に落ちてくる。肩に刺さった槍などものともせず、ガーガーは着地した。

美羽「こいつを、どうにかしましょう」

 水を生み出し、不可視の糸を貼り付ける。
 戦う。戦える。そう確信する。自分を信じる。どこかの馬鹿兄貴のように、できることをやりぬく。
 それを覚悟したのなら、あとは進むだけだ。




 自分がひとつの覚悟を決めたのは、この世界にやってきて間もないころだったか、とふと思い出す。
 その頃は、この横で共に戦っている勇気ある少女のことなど、知りもしなかった。それだけではない。おそらくこの世界に対しての興味など、まったくといっていいほどなかっただろう。
 いつからだろう。この世界に対して愛着のようなものを感じるようになったのは。そう思った時、やはり最初に思い浮かぶのは、ユリアが彼の意見を聞きとめず、この世界を守ると宣言した時のことだった。

エーデル「あの時から僕は、この世界を知るようになった。なぜ姫は、こんな世界に執着するのか。なぜ留まろうとするのか」
陽菜「どしたのえーちん、いきなりそんなこと言って。敵さんがいきなりファンタジーな事言うもんだから、影響された?」
エーデル「何、少し感傷的になっていただけだ。まあ確かに、世界を作り出すなどという世迷い事はかなり衝撃を受けたがね」

 二人がバードックから聞かされたその手段と目的は、やはりにわかには信じがたいものだった。世界を生むという巨大なスケールの話もそうだったが、その目的があまりにも個人的に過ぎるものだったからだ。

陽菜「まあけど、人間必死になったら何だってやっちゃうものだし、ねぇ……」
エーデル「だからといって、納得のできるような話でもないのは確かだね。貴族として、彼らの話は受け入れられないものだ」

 岩のようにその場に立つバードックを二人して睨みつける。彼は相変わらずの頼りない表情のまま、しかし根を張るようにそこに立っていた。
 バードックは通常魔法はほとんど使わない。牽制やフェイントとして使う程度だ。彼の主力は、その常軌を逸した腕力。ガーガーに匹敵するほどの腕力を、何の道具もなく発揮する。
 ガーガーほどの防御力はないにしろ、その筋肉の壁の前には生半可な攻撃は通用しない。加えて、見た目よりもずっと動きが早い。唯一の救いは戦いの場が校舎内であったと言う事か。おかげでバードックはその腕力を全力で振り回せないでいる。むやみに破壊を繰り返しては、足元が崩れる危険があるからだ。
 もっとも、一般から見ても強すぎる力を持ったエーデルにもそれは同じことだった。全力の出せない戦い。だからこそ、何の戦闘経験もない陽菜はかろうじてこの戦いに参加することができていた。

陽菜「それで、双子の弟さんを助けるために、新しい世界を作るんだっけ? そんなことできるの? そもそも、新しい世界ってなんなのさ」
バードック「正確には弟を助けることは不可能です。私がしようとしているのは、弟とまったく同じ人間が存在し、その人が幸せに生きられる世界を作るということなのです」

 バードックはどこか夢見るように続ける。

バードック「我々の目的は誰も彼も似たようなものです。ガーガーも、自分の種族が生きられる世界を望んでいます。彼の種族は何の前触れもなく世界から不適合とされ、その種を壊滅させられました。彼は最後の生き残りです。彼は彼の仲間を蘇らせたいわけではなく、彼と同じ種族が普通に生きられる世界を望んでいるに過ぎません。それと同じです、私のしようとしていることも」

 死んだ人が、生きている世界。陽菜がその言葉を聞いたとき、真っ先に浮かんだのは大翔のことだった。
 大翔も、そんな世界を望んだりするだろうか。彼の人生は、両親の死によって大きく変わってしまった。それはたぶん、特別な話ではあっても唯一の話ではなくて、きっと同じような人は世界中にいることは理解できる。それでもやはり、本人にとってそれは唯一なのだと思う。
 だから大翔がそんな世界を望むのはたぶん、ありうる話だと思いながら。
 まあそんなことはありえないのだと、それも同時に理解していた。

陽菜「キミは、弟さんが死んだことで自分の幸せ全部を否定しちゃったんだね。だから平気で、陽菜たちの世界を壊して、自分達がほしい世界を作ろうとしてるんだ。しかもそれは、取り戻すためじゃなくて、自分の夢を見るために」
バードック「ええ……その通りです。所詮それは望んだ世界ではあっても望んだ未来ではありません。弟は死んだ、無残な実験によって。その結果は、変わらないのです」

 バードックと弟の双子の兄弟は、似たような特殊魔法の使い手だった。それをとある研究機関が目をつけ、血と特殊魔法の関連を調べようとしたのだ。無理矢理連れ去られた彼らは、研究者達に対して何もすることができずに、ただ従うしかなかった。
 繰り返される実験。無茶な要求に、体は日に日に衰弱し、疲労していった。しかし研究員達は二人を決して死なせるような真似はしなかった。ギリギリのところで常に生かされた。
 枯渇する希望と蔓延する絶望の中、やがて二人はその生活を諾々と受け入れるようになっていった。
 だが無茶な実験のツケはいつの日か一気に襲ってきた。やはり二人の間には何かしらのつながりがあったのか、ある日同時に二人の体が急激な変調をきたし、生死の境をさまよう事になった。もはや二人を生かすことは不可能だった。
 研究者達は考えた。それならば、どちらか一人だけでも生かすことはできないか。その考えは無論のこと、研究に対する好奇心以上の何者でもなかった。そしてその考えは、バードックにとって悪魔のようなものだった。

バードック「彼らは弟を切り捨て、僕を生かしました。感謝なんてしませんでしたよ、当然」

 その結果を知った時、彼の絶望は憤怒へと変わった。限界を超えた自身の力によって、施設を完膚なきまでに破壊し、研究者達を悉く皆殺した。

バードック「もう気づいたとおり、僕の魔法は肉体の強化……それも、肉体に負担を与えずに限界を超えて強化させるという物です。こんなもののために僕らの人生は弄ばれた。その歴史がなかったことになる世界。そんな世界を、作るんです。それが、弟の供養にもなると思っています」
エーデル「無茶にも程がある。そんな自己満足のために、世界を滅ぼすことが許されると思っているのかね?」

 エーデルは怒りを隠しもしない。彼は貴族だ。この世界においてはただの一人の人間であるが、それでも彼は貴族なのだ。
 貴族であるのならば、民を守る義務がある。世界など関係ない。彼が貴族であるため、自身が貴族であると胸を張るためには、世界など関係なく彼のやるべきことは一貫していなくてはならない。彼はそう考える。そう考えるようになった。

エーデル「何度でも言おう。貴様は無様だ! 守るべきものもなく自身の願いに踊り狂う貴様らは、無様以外の何物でもない!!」
バードック「無様で結構! 所詮は世界に対して恨み言を並べることしかできなかった臆病者だ! だが臆病者にも意地がある、夢見てやまぬ望みがあるのだ!!」

 床を震わせ、バードックが走る。目の前からトラックが迫ってくるような圧迫感を堪え、エーデルは生み出した水を撃ち出した。コンクリートさえ打ち抜くはずの水の槍は、体の前で交差されたバードックの腕に弾かれた。

エーデル「ちっ、一体どれだけの力があるというんだ、あの腕は!?」

 傷ひとつつかないバードックに焦りを覚えるエーデル。しかし陽菜は、ふと思った。

陽菜「えーちん、でっかい水流のヤツ、すぐにできる!?」
エーデル「いや、すでに水があるのなら可能だが、新たに水を生み出すとなればそれなりに時間が……うん? なんだ、下に大量の水が?」

 陽菜はぴんと来た。沙良だ。陽菜は沙良の魔法の詳細は知らないが、それでも水を自由に扱っているところなら何度か見ている。

陽菜「じゃあすぐにやって、とにかくでっかいヤツ! お願いだよ!!」

 そういって、その身を風に擬態しバードックへ飛ぶ陽菜。止める暇もない彼女に慌てながら、急いで水を呼び寄せた。
 床を突き破り、大量の水が蛇のようにうねり、捻れ、螺旋を描きながら現れる。

バードック「ぬう!?」

 水蛇は巨大な顎を開き、バードックを飲み込む。廊下を水流が暴れまわり、窓を突き破って外へと溢れた。
 壁に背を預けながら耐えたエーデルは、バードックが仰向けに倒れているのを見た。その前に、陽菜が立っている。

陽菜「見えたよ、キミの秘密。意外とずっこいね、キミ。なるほど、研究者さん達も随分残酷な事をしたもんだね」
バードック「くっ……なるほど、あなたの魔法は風になることかと思っていましたが、違ったわけですね。今あなたは、水に擬態して私の能力を観察していたわけだ……」

 やはり無傷のバードックは立ち上がる。陽菜は再び風に擬態し、エーデルの隣へと飛び退った。

エーデル「どういうことだい? 君は一体何をしたのかな?」
陽菜「簡単な話だよ。水に擬態して、彼の体の変化に触れてみたの。どう考えても、えーちんの魔法で傷ひとつつかないのは変だもん。だから直接触って確かめたんだ。そして分かったよ、彼の魔法のタネが」

 それは確かに、悪魔の所業と呼ぶに相応しいものだった。人間が同じ人間にそこまでできるのかと思ってしまう。
 バードックの魔法は、肉体の強化。そして、彼の弟が持っていた魔法はそれと同系統の魔法――肉体の、再生。

エーデル「肉体の、再生魔法? …………それでは、まさか」
陽菜「そう。たぶんそれで正解。研究者さん達は、彼を生かすために、彼の弟さんの魔法を、移植したんだよ」

 魔法がどこに宿るのか、それは判明していない。様々な研究が行われたが、解明するには至っていない部分だ。
 そんな魔法を、どうやって移植したのか。応えは、バードックの異様な巨体が、答えだった。つまり――

バードック「僕の心臓の隣には、弟の心臓があります。僕の体の半分は、弟の肉体でできています。弟の脳は、僕の背中にあります。意識はありません、ただ魔法を自動的に使い続けられるように、いじられてはいますが」

 人間全てを、移植してしまえばいい。興味と狂気の行き着く果ての答えが、そこにあった。

エーデル「……つまり、弟君は死んではいない、生きてもいない。そこに、あるだけというわけか」

 エーデルは戦慄した。およそ人間の考え付くこととは思えなかった。だが、考え付いてしまった人間がいたのだ。その結果が目の前にある。それは確かに哀れだった。だが、しかし。

エーデル「ならばやはり、君の夢はここで潰えさせて貰う。君の無様に、いつまでも弟君をつき合わさせるわけには行かない」

 水を纏い、力ある視線でバードックを射抜く。

陽菜「うん。陽菜もキミを認められないよ、だってキミは前を向いていないから。それじゃあ夢はつかめても、きっと未来はつかめない。キミは何も変われない」
バードック「未来なんていりませんよ。ただ夢が見られれば、僕はそれで満足です」
陽菜「世界とかよくわからないけど、陽菜は絶対にそんな夢認めないから」

 夢は誰だって見る。叶えたい未来を夢見ることは、きっと誰にだってある。
 陽菜もそんな夢を見たりするのだ。だからこそ、この夢は陽菜にとって絶対に許せないものだった。自分が幸せになれないのなら、そんな夢は嘘だと陽菜は思う。夢を叶えた先に未来がないのなら、そんなものは認めたくなかった。
 自分が見た夢を守るために、陽菜は戦う。



 もはや自分に勝ち目がないことは悟ってしまっていた。それでも、自分の夢のため、ポーキァは退くことはできなかった。

ノア「ふむ……新たなる世界、いや、自分の望む歴史を辿る世界の創造か。ファイバーめ、そんなことをしでかすつもりだったとは」

 あらゆる力を尽くして戦ったはずだったが、目の前の存在は傷ひとつ負わず、逆に自身は満身創痍であった。
 それはポーキァにとって恐るべきことだった。ポーキァの生み出すことのできる最大電力は、ひとつの街を覆い尽くすことさえ可能なのだ。その力を存分に発揮して、この世界に限らず、幾つもの世界で猛威を振るってきた。
 だというのに、ノアに対して彼は無力だった。
 攻撃が、あたらない。狙いは全てはずされ、前にいたと思ったらいつの間にか後ろに回られ、ガードしたかと思えば攻撃はすでに届いている。理解できないうちに、彼は対抗する術を失っていた。
 そのノアはといえば、

ノア「新たな世界を世界の中で創造する、か。異世界のエネルギーを利用して新たな世界の礎を生み出し、それを手に入れることで世界を創造することができる。ふむ、想像し難いが、まあ実物を見れば分かることか」

 余裕だった。ポーキァを相手に、なんら危機感を抱いていない。
 敗因は、ポーキァの特殊魔法『雷電』の強力さにあった。速度と威力において最強を誇る彼の魔法は、彼から魔法を扱う上での応用力を養うということを奪っていたのだ。ただ全力を持って力を叩きつければ勝てたその勝利しかない経験が、彼の弱点となった。
 ノアは自身の魔法の扱いについてこの上なく熟知している。『錯覚』はそのまま催眠術としても応用できる。相手の脳に偽の情報を流し込むことで自分の存在をごまかすほか、一撃のダメージを大きく錯覚られもする。それ以上にたちの悪い使い方だってできる。
 それこそが、ノアが生まれた世界から放逐された最大の要因。およそノアに勝てる存在はいない。

ポーキァ「く……そ、ふざけんな……!」
ノア「諦めなさい、君は私には勝てない。今回のこの件、君には勝者の資格はないんだ。妹君のことは残念だが、諦めることだ」

 妹。その単語を聞いたポーキァは顔を上げ、獣のような顔でノアをにらみつけた。今にも飛び掛らんばかりに四肢に力を込める。
 ノアはため息をついた。愚直に己の目的に邁進する、たとえそれが誤りであると分かっていても突き進むその姿は、過去の馬鹿な少年達と重なるものがあったからだ。
 歪んだ理想を抱きながらそれに向かって邁進し、その夢を幸運にも打ち壊された。不幸にも、目の前の少年には理想を打ち砕く存在がいなかった。
 だが、やはり夢に向かって突き進む姿というものは、それだけで憧憬の対象になりうるのだ。それが、自分と同じような夢であればなおのこと。大翔がポーキァを快く感じなかった原因は、その辺りだろうとノアは当たりをつけた。

ノア「生贄となった妹を取り戻したいという君の気持ちは、まあ分からなくはないがね、君の願いは結局かなわないよ。話を聞いた限りでは、あくまで創造できるのは新しい世界であり、たとえその世界で君の妹とまったく同じ存在が生まれてもそれは君の妹ではない。君は二度と、妹を手には入れられない」
ポーキァ「そんなの……やってみなくちゃわからねー」
ノア「……やれやれ、こんなところまで一緒なのか」

 ノアはどうしようもなく呆れた様子だった。つい、と指を指揮者のように縦に振ると、加重を受けたかのようにポーキァの体が沈み、床に這い蹲った。腕の動かし方を『錯覚』させた。

ノア「もう一度言う――諦めろ」

 宣告に、ピクリとポーキァの体が震える。だがその体に、もう立ち上がる力はない。

ノア「君には私に勝てる要素が何一つない。君は今日ここで、その理想を砕かれる。そうすればまあ、君も少しはましな未来を想像できるようになるさ。保障は何一つないし約束もしないし責任も持たないがね」
ポーキァ「へ、へへ……そいつは、どうかな? まだ下で戦ってる連中も、上で戦ってる連中も、いる……そう簡単に、勝てると思ってんのか?」

 その質問に、ノアは顔色一つ変えない。どこか怪しい雰囲気を纏ったまま、ポーキァに背を向ける。
 カツ、カツ。硬質な音が廊下に響く。今なお各所からは激しい戦いの音が聞こえてくる。しかしポーキァには、それらのどの音よりも、冷たいノアの靴音だけが耳に残っていた。
 随分離れたところで、その足音がやむ。力なく顔を上げた視線の先には、影の中にありながら、瞳だけが暗く光るノアの姿があった。

ノア「手段のためなら犠牲を厭わないその姿勢――その結果が知りたいのならば、私が教えてあげよう」

 この距離では聞こえないはずの声が、聞こえる。まるで、悪夢を見ているかのように。
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