世界が見えた世界・9話 C 後


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 すでに学園を包む衝撃は絶え間ないものとなっていた。各所で行われている戦いが、それだけ激戦となっているのだろう。
 それはつまり、まだみんな生きていることの証拠。誰も俺達は欠けていない。だから今はただ、走る。

乃愛「それにしてもここまでお膳立てされていると、次は誰が出てくるのかつい考えてしまわないかい?」
大翔「ええまあそりゃあ考えますけど……後残ってるのって言うと」
美優「ファイバー、エラーズ、それからポーキァ……ですね」

 ポーキァか。また嫌なやつが残ったもんだ。また絡まれたりするんだろうか。前回存分に罠にはめてぼこぼこにしてやったし、ガキっぽいあいつは相当怒ってるんじゃないだろうか。
 ……むしろガキっぽいから逆に忘れてたりな。そっちのほうがありそうだ。

ポーキァ「なぁーんかすっげぇ馬鹿にされてる気がするんだけどぉー?」
大翔「うぉ、ポーキァ!? よう、そんなところで黄昏てどうした」

 窓に腰掛けていたポーキァにまったく気づかずに通り過ぎるところだった。思わず普通の知り合いにするように話しかけてしまったではないか。

ポーキァ「どうもこうもねーよ。もう少し早く来るかと思ったんだけどなぁ。待ってるこっちの身にもなれっつーの」

 どうやらここで待っている間にやる気がなくなってきたらしい。

大翔「別に無理してやるこたないだろ。んじゃ、俺達は先に行くぜ――っと!」

 軽く退いた頭の鼻先を小さな雷撃が走った。ちり、と鼻先が少し焦げた。
 ポーキァは窓枠から立ち上がる。ぱりぱりと、青白い電気が弾けた。じり、と何かが焼ける音と嫌な臭いが漂いだす。

ポーキァ「悪ぃけどそーゆーわけにもいかねえんだ。ようやく俺達の目的のブツが手に入るんだからな、アンタ等に余計なことをされちゃあ困る」
大翔「さっきと言ってる事が逆じゃねーか。それなら、俺達を待つのはおかしいだろ」

 全員でかかってくるか、あるいは俺達の手の届かないところにさっさと行ってしまえばいいのだ。後者に関しては、この学校に何か仕掛けがしてあるのだろうと大体推測が立つ。だが、前者は? なぜ明らかな邪魔になる俺達をさっさと潰さない?

ポーキァ「俺達にも色々都合があってね。まあとりあえず、あんたらはここで俺と遊んでてよ」
大翔「お断りだクソガキ」
美優「絶対、や!」
レン「断固拒否する」
乃愛「頼み方に誠意が足りないな誠意が。土下座でもしたまえ、少年」

 俺達の一斉の拒絶に、ポーキァがこめかみに血管を浮かべ目を吊り上げる。それにしても乃愛さん、何気に一番酷いこと言ってませんでしたか。

大翔「というかだな、ポーキァ。お前は重大なことを忘れている」

 ポーキァの背後――俺達が今しがた通ってきた道を指し、その後、俺の背後――これから進むべき方向を指す。
 立ち位置が、徹底的に悪すぎる。ていうかアホだろお前。

大翔「そんなわけで、俺達はせっかくだからお前を無視して進ませてもらうぜ!」
ポーキァ「うお、おいこらちょっと待て!!」

 ポーキァに背を向けて走り出す――なんて事を、当然黙って見逃すようなやつではない。
 逃げる俺達に対して、次々に雷撃を放ちながら追いかけてきた。炎や水、氷やら風ならともかく雷となると基本的に回避は不可能だ。美優の魔法でどうにか防いでいるが、さすがにいつまでも逃げられるとは思えない。何より美優への負担が大きすぎる。

大翔「やっぱり、誰かが足止めしないと無理か……?」

 けど、誰にだ? 相手がポーキァで雷電の特殊魔法では、この中でまともに相手ができるのは俺しかいないだろう。何しろこの至近距離、相手の魔法がどこに来るのか感知できる俺でなければかわすことはできないからだ。
 ……けど、なぁ。俺がここでポーキァを引き止めて残りの三人だけを進ませるのも気が引ける。エーデルに頼まれた手前もある。
 いや、俺は別に物語の主人公でもなんでもないんだ。できる人間がやることをやるべきだろう。

大翔「よし、ここは俺が残って、ポーキァを引き止めます。だからみんなは――」
美優「だめ、絶対にだめ!!」

 美優に全力で否決された。なぜだか怒っている。

美優「ユリアさんは、お兄ちゃんが助けに行かないとだめなの! お兄ちゃんが行かないとだめなの!」
大翔「いやそんなこと言ってる場合じゃ……大体なんでいきなりそんなルールができてるんだよ」
美優「だめなものはだめ! じゃないとお兄ちゃんが……」
乃愛「あーはいはい、二人とも落ち着いて。ここは私が引き受ける、それで全て解決だろう?」

 俺達の間に割って入った乃愛さんは、足を止める。悠然と立つその姿に隙はない。

大翔「いいんですか、乃愛さん? いくらあなたでも、あの雷撃は」
乃愛「これでも君よりも長い間タイヨウさんの師事を受けていたんだ。それに絶体絶命の状況など、すでに慣れたものだ。あんな風に、やんちゃな子供の躾もね」

 そういって笑った乃愛さんの顔は、なんというかその、ぞっとしないものだった。
 ああそういえば、昔乃愛さんが起こったりなんかするときはあんな顔してたっけ。うん、ひたすらに怖かった。何しろガキ相手に容赦しねぇ。

大翔「わかりました、お願いします。けど、絶対に死んだりしないでくださいよ」
乃愛「悪いが、あの程度の相手に死ぬ方法が思いつかなくてね。さあ行きたまえ少年少女、君達の望むその先へ」

 芝居がかった言葉とともに、乃愛さんはポーキァへ一気に距離をつめた。すべるような動作でポーキァに一撃を加えたのを見送り、俺達は逆の方向へと走り出した。
 階段は、図ったかのようにすぐそこにあった。
 ……やはり、この戦いもやつらの目論見どおりなのだろうか。だがその結果までその通りにはさせない。
 意思を改めて確かめ、階段に足をかけた。




 なるほど、と。そう思った。
 話には聞いていたし多少の言動から想像はしていたが、それでもこうやって向かい合うと、そう思わずにいられなかった。

乃愛「確かに彼らに似ているようだな。こういうものは見ていて辛いだろうな、嫉妬するのもわかる」

 殴り飛ばされたポーキァが立ち上がるのを見ながら、乃愛はどこか醒めた様子で呟いた。
 結城大翔と黒須川貴俊。彼等とポーキァはよく似ていた。いや、それを言うのなら、ファイバーたち全員が似ているといえるだろう。

乃愛「さて、それを矯正するのも教師の役目か。さあかかってきたまえポーキァ君、存分に君を叩いて打ちのめし鍛えなおしてやろう」
ポーキァ「ちっ、なんなんだよアンタは……ああ、ファイバーからそういえば聞いたぜ、最悪に凶悪なオンナだって」

 血の混ざった唾を吐き捨てながら、四肢に雷を纏う。乃愛は答えず、冷静にその様子を観察する。構えから発動までの時間、その間のポーキァの視線や表情、筋肉の動き。感じられるありとあらゆるを解析する。
 乃愛の魔法は『錯覚』であり、相手の脳に偽りの情報を叩きつけることだ。本来ならば実践向きの能力ではない。故に解析する。偽りの情報を送り込むためには、正しく自他周囲の情報を自身が認識しなくてはならない。そして糸口を掴む。己の勝利へといたる道筋への入り口を。

乃愛「覚悟したまえポーキァ君。その最悪に凶悪な存在が、数年ぶりの全力で目の前の獲物を屠ろうとしているのだからね」

 ざわり、と。空気の質が変わる。
 乃愛は静かに構えを取る。それは、大翔と同じスタイルの構え。結城大洋が世界に残したもののうちの、そのひとつ。
 ――ファイバーが奪い去った命の、遺産。

乃愛「運命とはどこまでも皮肉なものだ。だがそれも、一興というのかな」
ポーキァ「運命ね、俺のいっちばん嫌いな言葉だ。アンタこそ覚悟しろよ、俺の一撃はかなり応えるぜ?」

 青白い光が暗い世界を照らしつける。
 暴れまわる雷撃は天井を床を削り、電灯を破裂させる。

乃愛「出力は確かに驚異的だな。だが――」

 互いににらみ合いながら、乃愛は静かに過去を思い出す。彼女にとって誰よりも敬愛すべき存在であり、今なおその心に住まう存在。結城美玖。
 優しく気高く誇らしく、そしてそれ以上になによりも型破りで、強かった。彼女に比べれば、目の前の力が恐ろしいなどと欠片ほども思うわけがない。何よりも自分には彼女の言葉が残っているのだから。それがある限り、自分には何も恐れるものなどないのだと。
 そう確認し、確信し、乃愛は笑う。そして彼女は、乃愛をやめる。

ノア「さあはじめようか青少年、持てる力の全てでぶつかって来たまえ! そして君にも教えてやろう、君の知らない世界、弱肉強食のみで構成されたあの忌まわしき世界においてすら、生まれてきた瞬間に恐怖された、私という存在を」

 ノア・アメスタシアの全力。

ノア「『敗北とは勝てないことではなく相手を負かせないことだ』という、その屁理屈をどこまでも信じ続ける私の力を」

 それは、徹底的に敵を叩き潰すことに特化した戦法。いや、戦法も何もないそういった存在となること。
 彼女と戦うならば、そこに引き分けなどは存在しない。後に残るのは勝ちか負けのみ。そして敗北即ち死の世界で生まれた彼女は、敗北をどこまでも拒絶し、貪欲に勝利を奪い取る。
 故に彼女は常勝無敗。ファイバーをして最悪に凶悪といわしめた彼女を知る少ない者達は、彼女をこう呼ぶ。
 大蛇。敗北を喰らう蛇。
 雷撃と錯覚。ベクトルのまったく違う力が、激突する。




 あと一階。あとひとつ階段を上れば、屋上だ。そして屋上は棟ごとに分離していることから考えても、使うべき階段はすでにわかりきっている。

大翔「中央棟の階段!」

 中央棟へ向けて駆ける俺達。もはや遮るものはなく、目的地へと向けて突き進むだけだ。
 その前に悠然と現れたのは――

大翔「変態仮面!!」
エラーズ「ああもう、なんだか私としても訂正するのも面倒になりますね、これは」

 狐の面の向こうでため息をついた。確かそう、エラーズといったか。別に変態仮面でいいじゃんか。わかりやすいし。

大翔「んじゃあそのお面を真っ赤に塗りつぶせよ。そしたらなんか別の名前考えるから」

 まるちゃんとか。
 だがエラーズは俺の親切な提案をさらりと無視した。

エラーズ「さて少年、ファイバーが御指名だ。ひとりでこの先へ行ってくださ」

 そう言って、階段の前から退くエラーズ。随分と親切なことだが……ひとり、だと?

大翔「お前に言われなくても行くのは行くさ。でもわざわざ譲ってもらわなくても、俺達三人でお前を叩き込んで通るって選択肢もあるぜ?」
エラーズ「また随分と悠長な話ですね。三人なら私を一瞬で倒せると思ったのですか? 舐めないでもらいたいですね」

 エラーズが不快そうに声を沈めた。なんとなく、気配も変わる。

エラーズ「言っておきますが、そんなことは不可能ですよ」
レン「随分な自信だな。それでは、試してみるか?」

 キン、と静かに剣に手をかけるレンさん。二人の間に静かな緊張が生まれる。

エラーズ「ふふ……私を甘く見すぎですよ皆さん。私はね……逃げ足にはこの上ない自信があるのですよ!」
大翔「偉ぶって情けない事を大声で宣言してんじゃねえ!」

 しかも微妙に共感してしまいそうになった。こいつら本当に世界を滅ぼす気あるんだろうな。
 なんか壮大なドッキリにでもはめられているんじゃないかと疑いたくなってきた。

エラーズ「まあ冗談はともかく、私もそうやすやすとやられはしないということです。そうそう、それから、私達の計画は時間がたてば成就されますとも言っておきましょう」

 つまりのんびりしている暇はないということか。でもそれならわざわざ俺を通すのはなぜだ? やはりそれも計画に関係があるのか。もしそうならば、むしろ俺がひとりでのこのこ行くのは逆に危険だともいえる。それでやつらの計画が達成されては元も子もない。
 だが、このまま放置していてそれで本当に連中の計画が達成されればそれで終わりだ。さて、どうする――?

美優「お兄ちゃん、悩んでも仕方ないよ。先に行って」
レン「そうだな、このままここで悩んでいるわけにもいかないのなら、あとは賭けるしかないだろう」
大翔「美優、レンさん……わかった。それじゃあ、先に行ってまってる」

 俺は二人から離れ、階段に向かう。エラーズは面のおかげで、その表情は見えない。なにを仕掛けてくるかもわからない。油断なく注意しながら、その横を通り抜け――

エラーズ「まあ、やるだけやってみなさい」
大翔「え?」

 ようとしたところで、何か呟きが聞こえた……と、思う、んだが。
 エラーズを振り返っても、その顔はただまっすぐと美優とレンさんに向けられていた。励まされた? いや、まさかな。俺は階段を駆け上がり、屋上への扉に手をかけた。

――ギィン!

 背後で金属のぶつかる音。振り返ると、レンさんがエラーズに斬りかかっていた。美優も今にも魔法を放とうとしていた。
 美優が、小さく笑った。いつもの、気の弱いものじゃない。しっかりとした笑顔。
 行ってらっしゃい。
 たぶん、そういわれた。だから俺も、親指と笑顔でそれに返事をする。
 行ってきます。
 剣戟と爆音を背に、俺は扉を一気に開いた。




 エラーズの動きは鍛えられたものだった。その様子からなんとなく察してはいたが、実際に戦ってみるとその強さを実感する。
 美優が放つ炎に合わせて、突撃。距離を一瞬でつめた勢いと共に放たれた突きはしかし、エラーズを捉えずに壁を粉砕するのみ。

レン「あの男、先ほどの言葉はある意味冗談ではなかった、ということか。ならば……」

 魔法との連携の一撃を事もなくかわすあの動き。只者ではない。だがしかし、レンの攻撃手段は剣だけではない。

レン「これはどうだ! 『単剣一刃』!」

 レンの剣に魔力が宿り、その剣を床へと振り下ろした。
 瞬間、レンの剣筋をなぞるように白い光が現れ、光は床を砕きながら一瞬でエラーズへと迫る。だが、まるでそれを知っていたかのように最小限の動きで光の刃をかわし、反撃の拳を打ち込む。
 重い一撃を、剣の腹で受け止める。

美優「レンさん、下がって!」

 氷の刃が次々に現れ、エラーズへと襲い掛かる。が、取り囲むように発生したそれを、背後からの攻撃すら振り返らずに回避する。

レン「なんなんだあの動きは! あれではまるで――」
美優「お兄ちゃんみたい」

 レンが言葉の途中ではっと息を呑み、その言葉を美優が受け取った。
 まるで魔法の発生とその効果を先読みしたような動き。それはまさしく、大翔が違和感を感じるといっていたその動きそのものだった。違いがあるとすれば、特殊魔法の発生さえも感知してしまう、というところか。

レン「くっ、あの体術に加えてこちらの魔法を感知するとなれば、かなり厄介だぞ」

 一端美優の傍まで距離をとる。エラーズは積極的に仕掛ける気はないのか、追撃をかけてくる様子はなかった。

レン「すまないな、ミユ殿。私一人で押さえ込めたのならよかったのだが、それも無理そうだ」
美優「だいじょうぶです。これでも、お兄ちゃんの妹なんですよ」

 美優は力のこもった瞳でまっすぐにレンを見やる。

レン「君は本当に、ヒロト殿を好きなのだな。ヒロト殿が羨ましいことだ」
美優「それを言うなら、レンさんもユリアさんが大好きじゃないですか」

 確かに、と笑う。
 レンにとっては、ユリアは姫という以上の存在だった。その身分など関係ない、ただその存在に自分は仕えると、そう誓えるほどの。
 だからこそ、彼女にとって結城大翔という存在は扱い辛いものだった。ユリアが彼に対して、単純な親愛以上の感情を抱いていると察してしまってからは、特に。

美優「ごめんなさい、レンさん。うちのお兄ちゃんがあんなので……」
レン「うん? ああしまった、顔に出ていたかな」
美優「いえ、なんとなく。でも、ワタシはああいうお兄ちゃんは、見ていて嬉しいです。正直、うまくいってほしいと思っています」
レン「私もそう思っているのだが、なかなか感情というものは厄介なものでな」

 割り切れないこともある。
 いや、レンにとってこの世界は割り切れないことで溢れている。だがそれでも、その中でも、ただひとつ信じると決めたものがある。

レン「なに、悩むのは後だ。今は、我々のやるべきをやらねばな」
美優「はい、そうですね」

 その決意を立ててからすでに何年も経った。その間、その決意が揺らいだことは一度もない。そして今、この瞬間も。

レン「いくぞエラーズ、世界の敵! 我が名はレン・ロバイン。ここより彼方の異世界の王国に属する、ユリア・ジルヴァナただひとりの剣だ!」
美優「あ、あう……! い、いきます! 私は結城美優。絆だけで繋がった、お兄ちゃんとお姉ちゃんの妹です!」

 その二人の名乗りに、仮面の奥でエラーズは小さく笑った。決して馬鹿にしたわけではない。むしろ、どこかうらやむような。

エラーズ「ええ、かかってきて下さい。私はエラーズ。醜く小さな願いを棄てきれずしがみ付く、世界の誤謬!」

 割れんばかりに地を蹴り、壁を使って飛び上がる。そのレンとそれに追随する雷を迎え撃つエラーズ。
 魔法は悉くかわされ、剣は受け流される。それでも、ひたすらに剣は翻る。剣が魔法が拳が嵐のようにぶつかり合う。




 黒い雲に覆われた空。びゅうびゅうと吹き付ける風。
 手を離すと、支えを失った扉は重い音を立ててしまった。視線はまっすぐに前を向いている。その先には両手両足を紐で縛られたユリアと、その横に立つファイバー。二人の視線は向かい合っており、ユリアの瞳には……

大翔「ファイバアァァァ!」

 何も考えずに地を蹴る。

大翔「てめえ、なにユリアを泣かせていやがる!!」

 涙に濡れた瞳。やつがなにをしたのかは分からないがそんなこと分かる必要はない。ユリアを泣かせた時点で、あいつをぶっ飛ばすことは決定事項だ!
 右の拳に力を集める。いける! その確信と共に、力を解き放つ!
 魔法は空を貫き、ファイバの鎧の一部を削り取った。くそ、直前でかわされた! だが距離は開いた。今のうちにユリアを――

ファイバー「その程度の腕で、我らの夢を阻めると思うな!」

 ドンッ!
 脇腹に鋭い一撃。体が横に折れ曲がり、フェンスに激突する。

大翔「ゲホッ、ぐ……そ……」

 痛みに顔をしかめながら、立ち上がる。衝撃は逃したので、ダメージはそれほど酷くない。
 ファイバーを睨みつける。俺とやつの立ち位置はちょうどユリアを挟んで対極に位置している。今の状況だとユリアを解放するのはちと無理か。
 再び地を蹴り今度はファイバーへと向かう。ファイバーは風のハンマーを次々に放ちながら突っ込んできた。感覚を便りにハンマーをかわす。

大翔「おおお!」

 ドンッ!
 空気が爆発したような音と共に、ファイバーと激突する。流れるように体を捻り、顔面へ蹴りを放つ。首を捻るだけでかわされ、反撃に拳を振り下ろされる。両腕を使って受け止め、半歩下がる。
 一撃一撃が、いちいち重い!
 けど、どうにかしないと。ユリアを、助けるために!
 両足で力強く地を踏みしめ、腹に力を込める。倒すべき相手を睨みつけ、俺は躊躇うことなく踏み込んだ――。




 呆然と……まるで意識が肉体から遊離したような気分で、私は目の前の戦いを見ていた。
 両手両足は魔力を封じる縄で縛られているおかげで、魔法を使うこともできない。ううん、たとえ魔法を使えたとして、今の私が使うのかどうか。
 この瞳から涙が零れていることにさえ、ヒロトさんの言葉で気づいたというのに。

ユリア「――――ヒロトさん」

 かすれた声で、無意識のうちに口をついてでた、彼の名前。それを呼ぶだけでこんなに心が苦しいのは、やはりファイバーが先ほどいった通りなのだろうか。

ファイバー『貴様は所詮、タイヨウの死の責任の重さを軽くしようとしているだけなのだろう。だからこそ、あの小僧の傍にいるのだろう。そうやってこの世界を守ってあの小僧さえ守りさえすれば、その責任から解放されると思っているのだ!』

 違う。そんなの違う。
 だって、ヒロトさんは言ってくれた、もう怯えなくていいって。あの瞳で伝えてくれた、もう背負わなくていいって。
 だから……だから私は!!

ファイバー『冷静に考えて、貴様はもう元の世界へ帰っているべきだった。まあ我々としてはそれで助かるが……貴様がそうしなかった理由は何だ。いつまでも縛られているからだ。実に、自分本位な理由にな』

 ……そうなのだろうか。そうなのかもしれない。
 私も、考えていた。なぜ私は帰ろうとしないのか。そう私が決めたから? うん、確かにそう。でもここまで事態が進行した以上、ファイバーたちが現れたあの時点で、一国の王女として私は国へ引き返すべきだった。明確な敵が現れ、それが私を狙っているのだから。
 けれど私はどこまでも、自分の力でこの世界を……ううん、彼を守ることにこだわった。それは、なぜ?
 答えは私自身にも、わからない。けれど、本当にファイバーの言うとおりなら。それなら私はなんて愚かしいのだろう。
 この苦しみも悲しみも切なさも全て、私の身勝手なもの。
 ヒロトさんのように、純粋な意志のみに根ざしたものではない、卑しいもの。そうだというのなら、私は……彼の前に、いるべきではないのかもしれない。
 それはなぜか、胸を締め付けるほどに悲しいこと。ねえヒロトさん、私はあなたの傍にいてもいいのかな?
 私は、どうしたら……

大翔「ごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃごちゃ! てめえは質問してばっかだなクソッたれ!!」

 はっと顔を上げた。ヒロトさんは服はところどころ破け傷も負っていたけれど……それでも、あの力強い瞳の輝きは決して鈍ってなんか、いない。

ファイバー「ならば貴様は答えが出せるのか、自分が今、何のためにここにいるのかという答えを!?」

 拳を、体をぶつけ合いながら、ファイバーは問いかけていたのだ。なにをかは分からない。けれど、その言葉はまるで自分に叩きつけられたかのように全身に衝撃を受けた。

大翔「答え? 答えって何だよ。答えがあれば全部納得できるのか、答えさえあれば全部信用できるのか? 大体俺がここにいんのはてめえがユリアを攫ったからだろうが、いちいち答えるまでもない!」
ファイバー「なぜ彼女を助けようと思う。それは世界を救うためか、それとも個人的な感情によるものか?」

 炎や氷、風や雷が次々と放たれ、ヒロトさんはそれをかわすけれど全てをかわしきれはしない。少しずつ、全身の至る所に傷を増やしていく。
 それでもまっすぐにファイバーを睨みつけ、ヒロトさんは走る。

大翔「理由なんかどうでもいい――」

 その心の、赴くままに。




 実力差は明らかだった。身体能力にはそこまで目立った差はない。動きだけならむしろ鎧のある向こうよりこっちのほうが早く動けるくらいだ。
 だがしかし、俺の腕力と技術じゃその鎧の向こうにまで攻撃を届けさせられないし、魔法を使うにしても完全に扱えない俺じゃあ魔法を放つまでにどうしても一瞬の隙を生んでしまう。目の前の男相手にその隙は致命的過ぎた。
 そしてその実力差のせいか、野郎はやたらと余裕綽々に俺に対してあれこれ質問してきやがるのだ。
 何のために戦うのかに始まり、この世界を守る意志があるのか、父の弔いのつもりか、仲間を見捨てることに躊躇いはなかったのか、なぜここまで来たのか。
 どれもこれもふざけた質問ばかりだ。

大翔「理由なんかどうでもいい、俺は俺がこうすると決めたことをやり抜いているだけだ!!」

 だから足を止めない、下を向かない。前へ進む。それしかできないのなら、できることを貫き通すだけだ!
 ガゥンッ!
 鎧の板金を強く打ち据える。ただの鋼じゃない、異常な硬さ。おそらく、魔法か何かの効果でもあるんだろう。そういうことができるのかどうかはわからないが。

ファイバー「理由もなく理想もなく願いもなく目的もない、と?」
大翔「そうだよ、なんだ不満そうだな。人のやり方にけちつけんなよ。お前らなんか散々人様に迷惑かけてんだから」
ファイバー「だが我らには理由があり願いがある。それがある限り貴様に負けはしない」

 そうですかそれはえらいですね花丸でもくれてやるよ。だから帰って糞して寝てろ。

大翔「お前らのその願いやらなにやらに巻き込まれる人の身にもなって見やがれってんだよ!」

 ガゥンッ! ガゥンッ!
 体重と遠心力を乗せた回し蹴り。繋いでかかと落し。正確に防がれてしまう。技術の差というよりは、経験の差か。

ファイバー「そうは言うがな、それなら貴様を巻き込んだ姫君を貴様はどうする?」
大翔「あぁん? なんだそれ、どういう意味だ?」

 いつの間にかこちらを凝視していたユリアの瞳が揺れた。なぜかその瞳に迷いが見える。

ファイバー「彼女はタイヨウの死に責任を感じていた。お前も不自然に思っただろう、一国の姫が貴様のような人間の家に来たことを。いつまでもそこに留まり続けたことを」

 それは、確かにその通りだ。とはいえ、自分の好きにすればいいといったのが俺だったので特に聞くこともしなかった。
 というか正直どうでもいいと思っていたような気がする。結局俺にとって、ユリアはお姫様という認識はあったものの、実感は乏しかった。
 ただの、ちょっと変わった女の子がそこにいただけだ。

ファイバー「彼女はその償いにお前を利用したに過ぎん。貴様は彼女により巻き込まれ今こうして理不尽な戦いに身を投じ、己の大切な人々を危険に晒しているのだぞ!」

 親父の死。確かに、ユリアはそれに責任を感じていただろう。それはたぶん、俺が少し何かを言ったくらいでどうにかなるもんじゃない。
 今の俺なら、きっと少しはそれがわかる。自分が背負うものの重さの大切さと、その辛さが。それらを背負って、俺も今ここにいるんだから。

大翔「それは許す」
ユリア「は……?」

 若干呆れた声が聞こえたがとりあえず無視。

大翔「ていうか許すも何もないんだよそんなもん。それでユリアが少しでも心の重荷を減らすことができるんならそれでいいだろ、いくらでも利用してくれて結構だっつーの。それが、俺がこうするって決めたことなんだから」
ファイバー「わけが分からんな。貴様は他人に迷惑をかけられるのが嫌いなのではないのか」

 その言葉に思わず苦笑した。

大翔「分かってんじゃねーか。他人に迷惑かけられるのなんか絶対御免だ、俺はそんなの受け入れられるほど人間できてねーんだよ。だから、ユリアに迷惑かけられるのは問題ないんだろうが」
ユリア「ヒロト、さん? それって、どういう……」

 ユリアも困惑している。
 ああそういえば、ユリアには言った事はないのか。まあいちいち言うようなことでもないしな。

大翔「家族だろ、俺達」

 それはもう、俺の中では当然になっていたことだ。この数ヶ月の生活でそうなっていたことだ。

大翔「俺はな、決めたんだよ。ずっと忘れてたことだ。そのために俺は親父に鍛えてもらった。俺は家族を守る。家族がいられる場所を守る。そのために、ここに来たんだ。だからファイバーはぶっ飛ばす、ユリアはつれて帰る。そんで世界もついでに守って、あとは新学期に備えるだけだ」
ファイバー「それが、貴様の戦う理由か」
大翔「戦う理由なんかじゃない。俺が俺でいるために必要なだけだ」

 世界も他人も関係ない。一番自分勝手なのは、たぶん俺だ。
 家族を守りたいから、家族が家族でいられる場所を守りたいから。そんな理由で、家族を危険に晒している。矛盾している、自分勝手だ。我が侭にもほどがある。

大翔「俺はガキだ、ただのガキだ。我が侭で自分勝手な。だからユリア、なーんにも、気にすんな。自分のやりたいようにやればいい、迷うかもしれないし躊躇うかもしれないけど、なにもしないよりきっとマシだ」

 何かをすることは常に失敗の恐怖が付きまとう。自分の心が分からないまま動かなくちゃならない事だってある。
 けど、動けばきっと何かが変わる。動かなければ、たぶん何も変わらない。だから動く、歩く、進む。

大翔「理由なんか小さいことだ。ユリアがどんな理由で俺の傍にいてくれたにしろ……俺は君に、目一杯救われてる。だからユリア、ありがとう」
ユリア「ヒロトさん……私は、あなたの傍にいても、いいの?」

 おいおい、なんつーことで悩んでるんだか。今更も今更、そんな質問、答えるまでもなく答えは決まっている。

大翔「君が望むのなら、俺が望む限り」
ユリア「……うんっ!」

 ユリアの涙に濡れた笑顔を見て、ほっとした。ああ、そうだ、俺はこれを取り戻しに来たんだ。
 だから、そのためには――

大翔「さあ――倒すぜ、俺の敵」
ファイバー「いいだろう――かかって来い。俺の、敵」
ツールボックス

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