ABCまとめ6


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「くそっ……」
情けない自分に腹が立ち、戒めるように拳を地面に叩きつける。
……俺が唯一考えていた道、それは自分以外の二人の人間を選ぶことで、俺はこの世界と共に滅びるという選択だ。
しかし、世界の消滅を疑似的にとは言え体感してしまった俺には、あの全てが消えて無くなる瞬間が恐ろしくて仕方がなくて、選ぶことが出来ない……。
貴俊は、死ぬとわかっているのなら穏やかに死にたいと言っていた。だけれど、それは助かることができるという選択肢が無い場合の話。


「なんでっ……!」
もう一度拳を叩きつけたその時、胸ポケットからある物が零れおちた。
それを目にした瞬間、絶望の淵に堕ちていた俺の心に、彼岸から希望の手が差し伸べられた気がした。

小熊のキーホルダーが、つぶらな瞳でこちらを見上げた。
……美羽が紙粘土で作った、『お守り』。
金銭的価値なんて無いけれど、俺にとっては家族を繋ぐ絆となる物。

『兄貴』

頭の中で、美羽の呼び声が何度も反芻される。
幻聴だ、きっと俺は誰かに縋りたいだけで、今目に入ったきっかけが美羽が作ったお守りだったというだけだ。
……ああ、何で俺はこんなにも弱いんだろう。
分かれた道で右か左どちらに進むかを選ぶみたいに、気楽に決められたらいいのに。自分の命だけは助かるんだって喜べる馬鹿だったらよかったのに。

だけれど、それは許されないから。
いや、許されないんじゃない、自分が一番許せないから。

「俺は……ユリアなんかには従わない……」

のどを震わせて、裏返ってしまった声を出したその時。
美羽の『お守り』が、唐突にレンの足に踏み潰された。
「くだらない物に、縋るな」
虫をすり潰すかのように皮靴のつま先をぐりぐりと土にめり込ませ、その足をどけた時に残っていたのは、二つに砕かれた小熊だけ。
「あ……ああ……!?」
慌てて拾いあげて繋ごうにも、そんなことは不可能だ。
後は朽ち果てたコンクリートのように崩れさるしかなくて、細かくなった絆が、指の隙間から落ちていった。

「――――っ!!!」
怒りと共に顔を上げれば、そこには鬼が立っていた。
本当に鬼が立っていたわけじゃない、だけれど鬼という空想上の生き物が実際にいたとしたら、こんな威圧を与えられるに違い無いと思わせられる程に、
憎しみを……いや、憎しみと呼ぶことすら生温い殺意を纏ったレンがいたんだ。

……ユリアの姿は、空気に溶けてしまったみたいに奇麗さっぱり消えている。

「私には、ただ一つ許せないことがある」
くっと、長い腕に顎を掴まれ、無理やりに見上げさせられる。
剣を振りまわしているようには見えない細い腕だけれど、その中に宿る力は本物だ。抵抗することなど出来ない。
「それは、姫様を侮辱されることだ!! 先ほどまでは耐えてきたがもう限界だ。そっ首たたき落してくれる!」
「ぐぅっ!」
ゴミを打ち棄てるみたいに地面に叩きつけられ、うつ伏せになった背中に膝を押しつけられる。
しゃりんと抜刀する音が聞こえて、世界の崩壊なんかよりもっとリアルな死の気配に本気で恐怖した。
「や、やめろレン! 冗談だろ!? い、今までだって、ユリアをちょっといじったりすることだってあったじゃないか!」
「私とて馬鹿ではない、それが冗談であることはわかっている。この世界に目立った身分の差など存在しないことも理解している。
……だから、今までは許してきただろう? 住まわせてもらっている恩もあったのだから当然だ。今朝の告白についても十分感謝しているさ。
だが、ヒロト殿は先ほど何と言った? 自己満足を押しつけているだと? ユリア『なんか』だと? 姫のことなど何も理解していない癖に!」
「っ……!」
「一番心を痛めているというのが姫様だということがわからないのか?
ヒロト殿に答えを迫るのが辛くて、私にデコイを使わせた理由がわからないというのか?
二人しか救うことの出来ない無力さに打ちひしがれているということがわからないのか!!」
デコイ……?
デコイということはつまり、あのユリアはレンが作り出した偽物だということか?
「確かに、姫様の姿で厳しい言葉を使い、追い詰めたのは私だ。……無理な追い込みをしたことは謝罪する。

だが追い詰められた時にこそ人間の本音は出る。つまり、あれがヒロト殿がいつも心に眠らせていた本心なのだろう?

……むしろ、記憶を消す道を選んで欲しかったと思うよ。今のヒロト殿に、助けるだけの価値はない」
冷たい剣の切っ先が首に押しあてられる。
全身にぞわりとした怖気が走って、針の先が刺さったかのような痛みを感じた時、『ああ、俺はこんなことで死ぬのか』なんて自分の不用意さを呪った。
「…………」
目を瞑って歯を食いしばり、やってくるだろう死に至るまでの痛みを待ち構えていたのだけれど。
その瞬間はいつまで立ってもこなかった。

「…………実際に殺すわけがないだろう。姫様が悲しむからな」
重石として乗せられていた膝がどかされ、死の恐怖からやっと解放される。
膝をついてふらふらしながらなんとか立ち上がれば、レンは既に背を向けて歩き去ろうとしている所だった。
「っ……レン……」
恐怖、悲しみ、怒り、あらゆる感情が混ざり合い、何を言えばいいのかわからずにレンの名前だけを呼ぶ。
レンは振り向かない、俺の顔など見たくないとでも言いたげに吐き捨てた。
「私もとっくにおかしくなっている。世界の崩壊を目の前にしておかしくならない人間など存在しない。
……二日は時間をやるさ。ただし姫様を悲しませるような選択は、決して許さない」


音の無い校舎裏、去ることに何の躊躇いも無い足音だけがして。
やがてそれすらも無くなる。
野球部の掛声も、もう聞こえない。日が長いはずの夏の太陽も既に暮れ始めていて、こんなにも時間が経っていたことに驚いた。
「…………」
突然に台風がやってきて、全てを吹き飛ばしていった。
そんな虚無感が心を支配して、しばらく考えるという行為すら出来なかった。

しばらく時間が経って、夏の割に涼しい風が、額に浮いた汗を拭っていく。
……思い返してみれば、レンの言い分は至極自分勝手なものだったんじゃないかと思えてくる。
しかも最後は話し合いですらなくなった、ユリアが望む望まないに関わらず、自分が姫の為になると思えば一方的にそれを押しつける独善的な主張。
侮辱しただけで殺すというのは、行き過ぎた忠誠のように思えるけれど、あちらの世界では当たり前なのかもしれない。

――でも、殺されそうになったとかそんなことより……美羽のお守りを壊したということが、ただ許せなかった。


何をするでもなく、暮れなずむ夕日の街の中をとぼとぼと歩き回る。
逃げるなと言われた。……だけど、逃げないで立ち向かうってどういうことなんだ?
ルーレットを回すみたいに運や勘で決めてしまえばそれでいいのか?

「…………一番大事な人なんて…………俺には皆大切だ…………」
陽菜も貴俊も、昔から一緒に人生を歩いてきた家族同然の存在だ。
天秤にかけることなんて、出来るわけがない。
こんな考えも、逃げてるってことなのか? もう、何をどうすればいいのか全くわからない。

……家に足が向かない。
帰ってレンの顔を見れば、俺はきっと喧嘩腰になってしまうだろうから。
「……美羽にも、顔向け出来ない」
みすみすお守りを壊されてしまった。
きっと、とんでもなく怒るだろうな。……あの時以来に、殺されかけるかもしれない。
「メール送っておくか……」
いくらなんでも無断で外泊なんてしたら、美羽どころか美優からも雷が落ちる。
美羽だけでも鬼の如く怖いというのに、二人揃えば相乗効果でヤバイ。阿吽の呼吸と言う奴だ。
「……っ」
だけど、嘘を送ると言うのはあまり気が進まなくて、指が自然と違うキーに向いてしまう。
ちょっと書いては気に入らなくてすぐ消去して、五分かけてようやく書き留めた文章は『貴俊 家 泊まる』。
「なんだこれ」
『ハハキトクスグカエレ』みたいな電報じゃないんだからさ……。
まあ、充電も心もとないし、このままでも十分に意味は汲み取れるだろう。

「……はあ」
でも、実際に貴俊の家に行くつもりなんてない。
それどころか行く当てなんてどこにもない。
真っ暗な洞窟をライトも無しに歩くように手探りで、行き当たりばったりだ。

……こんなことでいいわけないってことは、わかってる。
わかってるはずなんだ……。

わかってるだけじゃ、意味がないんだろうな。

「……はああ」
先ほどよりも重い溜息をつく。
多分俺の周りの空気だけ澱んでるだろうな、ネガティブオーラ放出で周りの人間の気分さえも悪くさせてしまいそうだ。
無意識に歩いて繁華街まで差し掛かった頃、携帯電話にメールが一通届く。
……美優からだ。
『黒須さんのお家に泊まるの? それはいいけど……着替えの服だとか、大丈夫? 届けるよ?』
「……過保護だな……」
少し苦笑をして、返事のメールを打つ。
『大丈夫だよ。気遣ってくれてありがとう。もう充電切れるから、電源切るよ』
返信の後、本当に電源を切った。
……これ以上、俺の嘘のせいで妹に煩わしい気遣いをさせる必要はないからだ。
携帯をポケットに放り込み、また当てのない散歩へ回帰する。
既に暗くなった空は、そこら中で輝くネオンによって委縮させられていた。
俺も、あまり光に当たらないよう背中を縮こまらせて歩く。
今の俺は何も考えていない、……これだったら、二日前くらいの俺の方がマシだったんじゃないかと思えてくる。
「……はあああああ」
地獄の底まで落ちて行きそうな三度目の溜息を吐いた時。

「お、負け犬だ」
いきなり背後から馬鹿にされた。
歩いていたらいきなり石を投げつけられたみたいな気分になりながら振り向けば、そこには夜の街に映える色気を惜しみ無く放出しているノア先生がいた。。
「……負け犬ってなんですか、負け犬って」
「見たままを言ったのさ」
ノア先生は飄々と嘯いて続けた。
「どうした? 山口二矢を目の前にした浅沼稲次郎みたいな顔をして」
「そんな歴史上マイナーな人物に例えられても全くわかりませんよ」
「私なりのユーモアというものを理解するべきだよ、結城兄」
『負け犬』と呼ぶのもユーモアの一つなのだろうか?
「そんなことより、授業をサボって早退してまでこんな所で何をしてるんですか?」
「サボったとは人聞きの悪い。自習にしたと言ってくれ」
「同じじゃないですか……」
逃げることを戦略的撤退とか言うのと同じことだ。
外面を繕っただけで事の本質は同じ、……何も、変わらない。
するとノア先生は唐突に空を見上げた。
夜の闇の向こう側の、星の海を見据えるかのように遠くを見る目で、見上げていた。
「やるべきことがあったんだ。……悪いとは思っている」
すいとこちらに向き直り、こちらに向かって微笑む。
「ちょっとした詫びだ、悩み事があるのなら聞いてやるぞ? 担任教師として、な」
「…………」
少しだけ躊躇ったけれど、この人の笑みには全てを任せてしまえそうな妙な安心感があった。
……それなら、今何も考えずにぐだぐだとしているよりはマシだろう。
俺は、自然に「お願いします」と頭を下げていた。


「ほら、奢りだ」
「……ども」
公園のベンチで、ノア先生から缶コーヒーを受け取る。
俺には微糖で、ノア先生はブラックだった。その違いに言葉にしない子供扱いが含まれているように感じたのだけれど、実際ノア先生から見れば俺なんてガキもいい所だろうしな……。

「さあ、話してみたまえ」
ノア先生がゆったりとした姿勢で足を組み、こちらを見る。
やたらと扇情的な光景なので、先生の方を直視できない。俺はじっと地面に視線を落としながら、言葉を選んで話し始めた。

「……俺、ある選択をしなければいけないんです」
「ある、とは?」
「すいません、そこまでは言えないんですけど」
ふうんと興味があるのか無いのかわからない風に相槌を打って、先生が懐から煙草の箱を取り出す。
「……ん、ああ、煙草を吸っても問題はないだろう?」
というか、既に火をつけておいてから訊いても意味ないですよね。
俺は少し呆れ気味に了承する。
まあこの人は、元から人の話を聞かないと言うか、我が道を行く女王様系というより独裁者系だからな。
サディストならぬファシストっつーか、……いや、ファシストなんかは全然違うよな。
「ん? 何故こちらを見ている? 続きを話たまえ」
「ああ、はい……」
ノア先生のことは今はどうでもいいな。俺は気を取り直して続けた。
「俺の前には、無限に近い選択肢があって……。どれを選んでも、助かる人と助からない人が出てしまうんです。
全員に手を差し伸べることなんて、絶対にできない。だけど、俺はどれか一つの道を選ばなければいけない」
一転難しい顔をして俺の話を聴くノア先生。
「でも、俺は選べない……どうすればいいのかわからないんです。
自分なりの答えを見つけようとしても、俺のせいで誰かが不幸になるって考えてしまうと……身動きが、とれなくなってしまう……」
どうしようもなく下手な説明だったけれど、ノア先生ならば汲み取ってくれるだろうと目を向けると。
「さっぱりわからん」

ですよねー。


「どういう選択かもその背景もまるで見えないのに、そんな話の仕方で相談とは片腹痛いわ」
「え、えぇ……?」
なんで怒られてるんだろう、俺……。
「もう少し話のディティールを詳しく。さっきの話では国語の教師に日本語でおkと言われてしまうぞ」
「そ、そこまでですか……」
「こんなもの相談どころではない没交渉だ。それにもう少し大きな声で喋ってくれ、聞き取りにくい」
「わ、わかりました」
「あ、やっぱりうるさいのはいかんな……夜だし」
「……そっすね」
呆れるを通り越して、自然と俺の口から苦笑が漏れた。
ノア先生はそんな俺を見て満足そうにうなずく。それは、こちらの心の壁を溶かしてしまう程に美しい笑みだった。
「緊張はほぐれたか?」
「…………あ…………」
その時、この人の懐の深さを垣間見た気がした。
……この人は、俺の浅い心の底まで、ライトで照らしでもしているかのように見通している。
そう思う。

「ま、無理して話せとは言わない。……ただ、答えが出ないと言うのなら……。
君は、まだその答えを求める為の方程式を知らないだけなんだろうさ」
「方程、式?」
理系のノア先生っぽい例えだな、とは思う。
「だがその求め方がわかったとして、方程式を解くにはまだ材料が足りない。
では何が必要なのか? 君の独りよがりな考えだけでは答えは求められないというのならば、その問題に関わる人間の気持ちを考えてみたらどうだ?
自分の周りにどれだけ素晴らしい人間がいるのか、思い返してみることだ」
ふう、煙草の煙が夜の公園にはき出されて、やがて闇に紛れて消えていく。
ノア先生は少し恥ずかしがるように言った。
「……詳しいことがわからない以上、私が言えるのはそんな所だ。的外れだったか? だとしたら笑って流してくれよ、結城兄」
誰だ、この人をサディストだとか女王様だとか言ったのは。
それはどうしようもなく馬鹿な俺で、自分の人を見る目の無い節穴さが嫌になった。
「いえ、ありがとうございます……先生」

俺はベンチから立ち上がり、心からの感謝をこめて頭を下げた。
先生は煙たそうにして「よしてくれ、私は大したことは言っていない」とまともに取り合おうとはしてくれなかったけれど。
「それよりも、そこのコーヒーは飲まないのかい? 飲まないのならば私が――」
話を逸らす為に話題を変えようとしたのだろうけれど、そこに新たな人物が現れたおかげで俺たちの話は中断された。

「あーーー、ヒロくんっに先生!? こんな所で何してるの?」
「?……ああ、沢井か、この騒がしい声は」
俺はいきなりの嬌声にびっくりしたのだが、先生は流石と言うべきか、落ち着いて走り寄って来た陽菜に応対している。
「二人ともどうしてこんな所にいるのっ? あっやしー」
けんけんと笑う陽菜に向って、先生は逆に質問を投げかける。
「それを言うなら沢井もなぜここにいる? 既に夜の八時を回っている。教育的指導を与えてもいいんだがな」
先生の脅しに少し怯み、目が泳いで少しだけこちらを見た。
俺に何かあるのかと思えば、すぐにきっとノア先生を見つめ返し、必死に不審な点にくらいつく。
「わ、私も散歩ですぅ! それよりも、二人で何をしてたのかが気になるのっ!」
「……はあ」
呆れの溜息と同時に煙が吐き出される。
「お前と言う奴は……いくらもう少しで………………。いや、困った奴だ」
ノア先生は、何かを言いかけた所でしまったとでも言いたげに言葉を変える。
その様子が少し気になったけれど、陽菜の矛先がこちらに向けられたのでそれどころでは無くなった。
「ねー、ヒロくぅん、何してたのー?」
「……いや、別に……どうもしてないって、本当に少し話してただけ」
しどろもどろになりながらそう答えると、陽菜は一層疑惑の色を濃くしたようだ。
そこにノア先生の助け舟が届く。
「実はな、少し相談を受けていたのさ……生徒の悩みは担任として解決してやらねばなるまい?」
嘘というのは、多少真実を混ぜるもの。そういう話を聞いたことがある。
ノア先生が実行しようとしているのはまさにそれだろう。
「どんな相談ですか?」
「……ユリアとレンがもうすぐ母国に帰るようだからな、どんな風に見送ってやろうとか、そんな話さ」
「…………!?」
瞬間、顔に出そうになる動揺をなんとか抑え込んだ。
先生は気付いたかもしれない、知らなかったのか? という表情が一瞬見えたが、そこは陽菜の前。すぐに取り繕う。

「えーっ! ユリアちゃん達、帰っちゃうんですか?」
「あ、ああ……。私も今日話を聞いたんだ。急な話ではあるが、来る時も急だったからな、あいつらは……」
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