世界が見えた世界・9話 A


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

 その日の朝、乃愛さんのトンデモな一言が食卓を揺るがした。
「いやー、なんか世界中にぼっこんぼっこんあいてた穴が、昨日いきなり全部閉じちゃったらしいんだ」
 本日の予報。硬直後絶叫。
『はあああぁぁぁっ!?』
 え、何を唐突に重大な話を、そんな。トーストにバターとジャム塗りたくってる場合じゃないと思いますが。
 そしてそれで説明はおしまいと言わんばかりにパンを味わう乃愛さん。自家製のジャムは実はひそかに自信作だ。レンさんの作ったジャムもなかなかいける。
 ……だから違うだろ俺。流されるな俺。
「乃愛さん、説明してもらわないと、俺達何がなんだかわからないんですけど」
「ふふふ、そうジト目で見てくれるな。からかってすまなかった。だけどね、私にもどういうわけなのかはさっぱりわからないのさ」
 言って、乃愛さんは肩をすくめる。確かに、いくらこの人と言えどもすべてを知りえるわけがないんだろうけど。乃愛さんの言葉に驚いていたみんなも戸惑いながらも納得する。
 だが、意外にもここで沙良先生が反応を示した。
「ふぅん。なあ乃愛、確か昨日の時点では学校の蓋には影響はなかったんよなぁ」
 沙良先生は先ほどからひたすら牛乳とヨーグルトを往復で口に運んでいる。カルシウムの摂取ですか、あぁぁっ!? フォークが、フォークが眉間に刺さったぁ!!
 何のためらいもなく眉間に突き立てられた三叉の狂気に、じったんばったんと床の上をのたうちまわる。
「さて、そこで騒いどるバカはほっといて。たしか異世界のエネルギーいうんは、その蓋んところに集まってくるはずやなあ。となると、この世界に流出したエネルギーが集まる先は、もう一箇所しか残ってないいうわけやな?」
「あ、ああっ!!」
 沙良先生の指摘にユリアさんは驚きの声を上げた。そう、確かに考えてみればそうなるわけのだ。それにすでに気づいていたらしい乃愛さんも、静かに首肯した。
 だがその表情は晴れない。
「その通り。まさしくその通りなのさサラ。だがしかしそれ以上のところは結局わからない。むしろこの現象は我々にとっては好都合ですらあるように思うよ。何しろ、世界中に散らばっている魔法使いを一箇所に集められるのだからね」
 確かに、全体でばらばらに管理運営するよりも一箇所で管理運営できるのならそのほうが手っ取り早いだろう。処理する仕事量も自然と多くなるが、それは集めた人数でうまくまわせばいいのだし。
「穴を開けたのは、ファイバーたち。そしておそらく、閉じたのも。彼らの狙いは、最初からこの地に異世界の力を集めること『だけ』にあったのでしょうか?」
「それが知りたいんだよ、姫様。何か知らないかい、ひとつの地域に大量の異世界のエネルギーが集まって、何かが起こるとか」
 乃愛さんは若干の期待を込めて問うが、ユリアさんは暗い表情で力なく首を横に振った。乃愛さんもため息をつく。話題を振った沙良先生は十分カルシウムの摂取を完了したのか、大福で遊んでいる。あんたいくつだ。
 新しい事実はわかるものの、結局進展はしない。
 相手の出方を待ち続けるというのは、実に神経を使うものだ。ため息を漏らしたのは、俺だけではなかった。




 前回のファイバーの襲撃以来、貴俊や沙良先生は一日のほとんどをウチですごしている。というか、貴俊は時々泊まったりもする。学校は何が起こるかわからなくなったので、保健室に泊まれなくなったエーデルも一応ウチに泊まらないかと言ってみたが、
「僕が、君の、世話になるだって!? ありえない、あの月が夜空から消え去ってしまうくらいにありえない話だよ、君!!」
 などと、いちいち区切って言わなくてもいいだろうに。まあ、正直なところ泊めたくなかった俺としては助かったのが正直なところなんだけどさ。
 しかし状況が状況だけにウチから離れるわけにもいかず、庭に住んでいる。3食提供してるし風呂も貸してるし油断してたら勝手に入ってくるし、家の中で寝てないだけだったりする。
 平民の家の中で寝るのはだめで、庭でテント暮らしはオッケーってどんだけ偏ったプライドの持ち主なんだろうな。もう素直に泊まれよ、お前。庭にテント住まいの人間がいるって近所からどんな目を向けられると思ってるんだおい。無茶苦茶友好的に見られてるんだぞ。世間と自分の感覚のギャップに俺は思考の腐海に沈んでいきそうだよ。
 そんなエーデルは今日も子供用プールに足を突っ込んで涼んでいる。どんどん生活がうちの庶民臭さに飲み込まれていっているのに、果たしていつ気づくんだろうか。
 呆れた視線でエーデルを見ている俺の背中が、全力で叩かれた。
「いったぁっ!? 陽菜、お前いいかげんにしろっての!!」
「えへへー、まだまだ修行が足りないよ、ヒロ君っ!」
 背中がじんじんと熱を持っている。手加減なしだなこりゃ、完全に油断していた……。
 恨めしさ満点で後ろを睨みつけるが、そんな視線陽菜にとってはどこ吹く風。けらけらと笑っている。
「ボディががら空きだよヒロ君。そんなんじゃいつまでたっても最強にはなれないよっ!」
「背中を思い切り攻撃しといて出てくる言葉はボディかよ。ていうか空気になって気配消してるやつの攻撃なんかかわせるか!」
「ちちち、いくら陽菜でも完全に気配を消せてるわけじゃないのはヒロ君も知ってるでしょ? その気配を掴んでこそ、心眼を獲得することができるんだよ!」
 いやいらないから、心眼とか。
「ヒロ君、志低い……」
 うわすっごい不満そうな顔! え、何、俺が悪いの? なぜに?
「陽菜、今自分がどれだけむちゃくちゃなことを言っているのか、自覚はある?」
「はーっ、ヒロ君にはものっそ不評だーっ。乃愛先生には『いいぞもっとやれ』って言われたのになぁ」
 それは悪ノリしているだけだと思う。
「せっかくヒロ君の修行を手伝おうと思ったのに」
「その気持ちだけ受け取っておくよ。今の俺じゃその修行はどう考えても無理無理。レンさんならまだ修行になるかもしれないけど」
 あの人なら陽菜のかすかな気配でさえも感じて避けることができると思う。
「陽菜だって、料理を勉強しようと思った時にいきなりフランス料理フルコース作れなんていわれても、無理だろ?」
「う、それは確かに無理だね。でもそのたとえって、なんとなく変じゃない?」
 まあ気にしないで。たとえなんだからニュアンスが伝わればいいんだよ。
「でもやっぱりヒロ君はすごいよね~、ほら、こんなに筋肉あるし」
 陽菜は俺の腕をちょんちょんとつつく。夏前からずっと続けていた訓練のおかげで、体はそれなりにしまっていると思う。これならブートキャンプ辺りもこなせるかもしれない。
「これなら『扇中の黒豹』と引き分けたのも納得だねっ!」
「ちょっとまて今何か聞き捨てならない言葉を聞いたぞ?」
 ひさしぶりに耳に入ってきたのは、いやぁな記憶を呼び起こすものだった。『黒豹』『黒獣』『黒暴君』等々。センスも捻りもないあだ名というか通り名のようなものをぶら下げていた男が、昔いたのだ。
「なんでそれを陽菜が知ってるんだ? まさか、乃愛さんに聞いたとか?」
「ううん、くろすんに直接聞いただけだよー。でもその様子だと、やっぱり美羽ちゃんたちには秘密なんだ?」
 貴俊いぃぃっ! 昔のことは軽々話すなと常々言っているのに。どこから美羽たちの耳に入るか、わかったもんじゃないんだから。
「ま、まあ過去の忌まわしい記憶の一部だ。すっかり忘れてくれると助かる」
 深いため息をつく。だがしかし、陽菜はそんな俺を見て意地悪そうにその瞳を光らせた。
「んっふっふっふ。ヒロ君、そういえば陽菜ってば最近ヒロ君の暖かさにちょっと飢えてるんだよねー。なんだか今日は、陽菜の好きなもので晩御飯のめにゅーを……れれ? ヒロ君、陽菜の頭を鷲掴みにしちゃって、どうするんですか? あ、あれ? ねえヒロ君、何柱の角とにらめっこなんかしちゃってるんですかぁっ!?」
「陽菜、人の記憶を物理的手段で消し去る方法があるらしいんだが、ちょっと体験してみないか?」
 俺の言葉に顔を真っ青にしてぷるぷると顔を震わせる陽菜。
「じ、冗談! 冗談だからヒロ君、だからねえやめませんかそれはいくらなんでもちょっとまずいですよー!? あ、そんな大きく振りかぶって勢いなんてつけないで、いややややや、にゃー!!!!」
 家中に陽菜の奇妙な悲鳴が響き渡った。
 その後、陽菜の懇願により先ほどまでの会話はなかったことになった。
 それにしても、貴俊のやつ。一言文句をいってやらないと――
「あれ、貴俊めずらしいな電話なんて。どこにかけてるんだ?」
 廊下では貴俊が受話器を片手に苛立たしげに立っていた。どうやら相手を呼び出している最中らしい。
 質問に返ってきた答えは貴俊らしからぬ端的なものだった。
「わかれよ、ったく」
 ため息をつくその表情は複雑だ。ああなるほど、実家に電話するのか。
 貴俊は携帯電話など、文明の利器というか先端技術というか、そういったものをあまり好まない。携帯電話も持っているのは見たことがあるが使った所なんて数える程度にしか見ていない。結城家の人間もことごとく持っていないけど、それは特に必要性を覚えないからであって、貴俊のようにポリシーがあってのことじゃない。
 ていうか、たけーんだよ、料金が。
 それはそれ。
「そういえば、この間の時はお前が実家に連絡して乃愛さん達に連絡とってくれたんだってな。悪いな、助かったよ」
 貴俊とその実家については、実は何も聞いていない。けど俺のほうからそれとなく話題を振ったり、暗にほのめかしたりして探ったことはある。その結果俺が出した結論を、貴俊は特には否定していない。俺の予想が確かなら、貴俊は本来こんな家にいるような人間じゃないんだが。
 実家との関係が悪いというのは最初にあったときに聞かされていた。数年たって多少は改善傾向にあるようだが、やはりまだ溝は深いんだろう。それをおして電話をしてくれたのには、素直に感謝する。
「にしても今度はどんな電話だ?」
「ああ、積極的に戦うつもりはねーけどもしそうなった時のために備えて嬉しいことにしとこうとな」
 備えあれば憂いなし、な。わざと間違えたなこのやろう。
「……お前の備えっていうと、まさか、あれか?」
 俺の言うあれとは、貴俊が昔使っていた大振りのナイフ『牙』の事だ。見た目はちょっと変わった形のただのナイフなのだが、貴俊の魔法を組み合わせて使うことでその凶悪さが格段に上がる。
 俺の手の甲にはいまだにそれによって付けられた傷の跡が残っている。ああ、思い出したくもない。あんときゃほんとに痛かった。
「あれはお前が駄目にしてくれたじゃん。だから次は新しいのを作ってんだよ」
「どうせまたえげつないんだろ?」
「威力はな。けど前より全然単純だぞ。ほら、高校入試前にお前とおしるこを食べながら話したじゃん」
 ああ、あれな。……え、マジで? あれを実用化するの? こいつ馬鹿だろ。あれ殺傷兵器じゃなくて破壊兵器だぞ?
 それにそれを作るとなれば、こいつの嫌いな先端技術がどうしても必要になってくるはず。
「いいのか、お前は?」
「俺がやってんだからいいんじゃねーの? ま、あれだ。俺が嫌いなのは親父であって、親父の作ったのはそりゃ気にくわねーけど使えるなら使う」
 昔はどうあっても使わなかったのに。
 自分の身を守るため、と同時――それ以上に、俺と一緒に戦ってくれる。そのために自分の意思までも曲げてくれたのか。その気持ちに、思わず感動してしまった。
 が、
「ふ、お前を愛すればこそだ!!」
 あーそうですかーそれにしても空が青いなぁ。
 バカには付き合ってられない。
 恍惚とした顔を浮かべながらにじり寄ってくる貴俊から、じりじりとすり足で距離をとる。が、その表情が不意に曇った。電話が繋がったらしい。
「んじゃ、俺は行くよ、ゆっくり電話してくれ。……電話は壊すなよ?」
「んおー。まかしとけー……っと、あーシゲさんすか? はい俺です、早く親父死にませんかね? ……チッ、まあいいですけど、それより爪の完成はいつごろに――っていきなり出てくんなクソ親父! ああ、なんだとこの野郎!?」
 いきなりヒートアップしてるなぁ。
 多少乱暴に扱われた程度では壊れないとは思うけど、さすがにバラバラに分解されてしまってはどうしようもない。俺にできる事は魔法を使わないように祈る事だけだ。
 多少の不安を残したまま台所を覗いてみると、美羽と美優がレンさんに料理を習っているところだった。
 ……不安が激増した。うちの台所はB兵器の製造工場じゃないんだけど。
「レンさん、何を恐ろしいことをやってるんですか唐突に」
「ちょっと兄貴、恐ろしいって何よ恐ろしいって」
 事実を言ったまでだ。美優の作るものはそもそも料理っていうシロモノじゃないし、美羽の作るものは、えー、その、なんだほら。
「そう、雑! お前の料理は雑なんだ、お前に調理された食材がかわいそうだろうが!!」
 切り方は大雑把。味付けは勘任せ。火加減はその日の気分次第。確かに料理にある程度の大雑把さは必要だろうけども美羽のそれは度を越している。そして姉妹揃って味見なんかまったくしない。
「まあ落ち着けヒロト殿。確かにミウ殿の作業は雑だが、それでも努力して確実に上達しているのだから」
「レンさんまで雑って言った!?」
「半泣きになろうとも事実は事実として認めるんだ美羽」
 ぽんぽんと肩を叩く。本気で悔しそうだ。
 その横の美優は……
「うー…………」
 フライパンの上にこんもりと乗っかった、黒いよくわからない物体を睨みつけている。
「レンさん、美優は何を作ってたんですか?」
 俺の質問に、レンさんはついと視線をそらす。その表情に浮かぶ感情は、無。
「目玉焼きだ」
 絶句。
 いやだって、目玉焼きって卵割って焼くだけだろ。なんで失敗する……ていうか、そんな奇形を生み出すことができるんだ。
 フライパンの中のそれは、いびつに歪んで奇妙なオブジェと化している。そういう形を作ろうと思わないと生み出すことができないであろう、いびつな形を。もっとも、こんな形を生み出そうなんて考える人間とはお近づきになりたくないけど。
 そーゆーカタチ。そもそもどう考えても質量が卵一個分どころじゃねえよ。
 ……料理云々からこれほどまでに遠いものを、俺ははじめてみたよ。
「えーっと、美優。お前鶏に何かうらみでもあんのか」
「お、お兄ちゃん酷いよっ……!」
 イヤーそんなこと言われましても、さすがにそれはなんていうかバイオハザードでしょう。
「み、見た目が悪いだけだから、ほら、中身はちゃんと、半熟だから……!」
「いやそんなに黒焦げっつーか炭化してて中身は半熟のほうが異常だろ!?」
 ぶちゅっ。
 美優が菜箸でオブジェをつっつくと、生理的悪寒を誘う音とともに、中から青紫色の何かがでろりとあふれ出した。
「「「……………………」」」
「あ、あう……」
 青紫の何かはあとからあとから溢れてくる。美優がそっと菜箸を抜くと――さきっちょが溶けてなくなっていた。
「レンさん、もう一度聞いていいですか。美優はいったい何を作り出したんですか」
「……私にも、わからないことぐらいある」
 結城姉妹のお料理修行は、次回に持ち越しとなった。それがいいことなのか悪いことなのかの判断は、とりあえず保留にしておくことにする。




 過去の写真を見ると、不思議なことにその時の状況がどんどん頭の中に浮かんでくる。普段は押し込められている記憶が、次から次へと湧いて出てくる。人間の記憶力の偉大さには本当に驚かされる瞬間だ。
「んで、俺はその力を逆ベクトルに向けてるって事か。なんていうか、情けねー」
 ため息をつきながら、アルバムのページを捲る。
 この数日間、ずっと繰り返していることだ。それには、ちゃんと目的がある。
「俺が魔法を忌避する理由、理解しない理由は、俺の心の問題……か」
 自分自身でどうにかする。解決の糸口を得るために、俺はこうして昔のアルバムを見かえしていた。
 それにしても、本当に不思議だと思う。たった一枚の写真を導として、次から次へと記憶が浮かび上がってくるのだから。ああ、あの山を登ったときは辛くて泣いてしまった。あの川ではおぼれてしまった。この時の釣りでは親父がでっかい鮎を釣っていた。川原でバーベキューをしたときは母さんが素手で川から魚を取ってきたっけ。
 どれもこれも、全部今まで忘れてしまっていたことばかり。きっと今思い出しても、いずれまた忘れてしまう物語。それでも、こうしてページを捲れば何度でも思い出せる、そんな思い出。
 たった一つの景色が、たくさんの記憶を連れてきてくれる。
「それでも、魔法に関する記憶はさっぱり、か……」
 ため息をつく。収穫はゼロ。この作業――作業というのは、なんとなくいやなんだけど――を始めてからの結果はいつも同じだ。
 まー、完全に埃かぶってたから久しぶりに見かえすのはそれはそれで楽しいんだけどさ。
 それにしても乃愛さんの相変わらずの姿勢には多少不満を持ってしまう。俺自身の問題と言ったけど、解決のヒントのひとつもらえないのではもはやお手上げだ。今俺たちに残された時間がどれだけあるのかもわからないんだし、さっさと答えを教えてほしいと思ってしまう。
「とはいえ、俺の問題なんて言われたら俺がどうにかするしかないもんなー」
 山を登るなら自分の足で登る。川に流されたら自分で足掻く。転んだのなら、ひとりで立つ。
 いつでも誰かが、傍にいるとは限らないから。母さんや親父が、いつだって俺の傍にいられるわけじゃないから。
 だから誰かを守りたいのなら、まずは自分の力で立てるようになれ。
「小学生に言って聞かせるような言葉じゃ、ないよなぁ」
 一枚の写真を手に取り、浮かべるのは苦笑。でも懐かしさと愛しさが、胸の奥から溢れてくる。
 コンコン。
 ドアがノックされた。今では随分と聞きなれた音とリズム。それでもきっと彼女はまだ慣れないんだろう、どことなく、ぎこちない空気が扉越しに伝わってくる。
 自然と浮かんでくる苦笑は、何故だか今までのとは少し違うものだと、そう自覚できた。どう違うのかは、よくわかんないけど。
「どうぞ、ユリアさん」
「……わかっちゃいますか?」
 そりゃあもう、と芝居がかったしぐさで肯く。くすくすと笑うユリアさん。

 あの日、俺たちの敵が現れた日から、少しずつだけど俺たちの日常は形を変えていた。緩やかに、それでも、確かに。
 きっとそれは、みんなが何かを、覚悟しているからだと思う。

 ユリアさんは俺の手元を覗き込んだ。
「また、見ていたんですね。これはどんな写真ですか?」
「うん、小学校に入りたての頃かな。それで、親父と魔法の訓練をしてた時の写真」
 写真の中には、まだ幼い俺自身と笑っている親父がいる。体中のいたるところに擦り傷を負っている俺は、半泣きになっていたりする。
 昔は何かにつけてよく泣いてたよなー。写真の中でも、親父や母さんに泣きついている写真がたくさんあるし、情けないことに美羽に泣かされている写真まである。
 三つ子の魂百までとはよく言ったもんだと思う。
「確かこの時は、魔法の練習をしてたんだ。親父と母さんに付きっ切りで教えてもらっても、うまくできなかったんだ」
 小学生相手に、今思い出すと結構無茶な訓練をさせていたと思う。
「どんな練習方法だったんですか? なんだか、すごくぼろぼろですけど」
「いやぁ、正直あまりいい思い出じゃないなこればっかりは」
 浮かんできた記憶は割と悲惨だった。
 魔法を扱うために必要なのは常に平常心を保つことだ。たとえ慌てるような出来事にあっても、すぐに自制心を取り戻さないといけない。そういった親父に連れて行かれたのは、高さ10メートル以上の滝だった。無論、落とされた。小学校に入る前の話だ。
 魔法を使う時には集中力も大事だ。周りの雑音に自分の意志を惑わされてはいけない。そういった親父に連れて行かれたのは、どこかの新興宗教の大集会だった。そこで俺は聖書を朗読させられた。小学校に入ってすぐの話だ。
 魔法を使うためには時には大胆さも必要になる。そういった親父に連れて行かれたのは、どでかいスクランブル交差点だった。あんなところでソーラン節を踊ったのは後にも先にも俺しかいないだろう。小学校の最初の夏休みの話だ。
 魔法を使うためには体を鍛えない。そういった親父は海に俺を連れて行った。そこではこんどは――
「いえあのもういいです。もういいですからそんなに落ち込まないでください」
「……あの謎の訓練は何だったんだいったい。実際のところ役に立っているのかいないのか」
「や、役には立っているんじゃないですか、ほら、忍耐強くなっていますよきっとそれでももしかしたら!」
 フォローしているつもりなんだろうけど逆にへこませるような言葉だよそれは。
「ていうか実際どう? こういうのって魔法を使うのには何か役に立つわけ?」
「ええと、その……おっしゃることは間違いではないのですがその、なんていうか随分と奇抜な方法だなぁと」
 がっくし。つまり役に立ちそうもないってことじゃないか、それ。
 なんとなくそんな気はしていたし、ここ数日はその疑いがかなり濃厚になってたんだけど実際に言われると地味にショックだ。
「じゃああの時俺が失った恥だとか外聞だとか無邪気な子供心だとか大人への根拠のない信頼だとかその他諸々は何だったんだ……!!」
「よっぽど精神的苦痛を被ったんですね、その訓練で」
 今まで大して気にしてこなかったけど、実はかなり密度の濃い幼少時代だったんじゃないかと思い始めている。まあ記憶を封印されてたしそれ以前だって昔のことを思い返すような年頃じゃなかったしで、考えたことがないのは当たり前なんだけど。
 思い返さなくてよかった。精神衛生上。
「まあ私には特殊魔法の訓練はよくわかりませんから。レンもそういうのはわかりませんし、やはりノアさんやサラさんにたずねるのが一番では?」
「全力で遠慮します。どんなトドメを刺されるのかわかったもんじゃない」
 沙良先生はともかく、乃愛さんの訓練は洒落にならない。
 先日の話の後で聞いたのだが、乃愛さんも俺と同じように親父の格闘術を教わっていたのだという。今まで俺に手ほどきをしなかったのは、段階的には俺のほうが進んでいるから、ということだった。
 のだが、組み手の結果は惨敗。動きのキレも正確さも段違いだった。その後二日ほど乃愛さんに鍛えてもらったのだが、危うく入院させられる目前まで追い詰められた。容赦手加減一切なし、今でも思い返せば体に震えが走る。
「……あの人やめないんだよ、もう動けないって言ってるのに何で追い討ちかけるの? 降参してるのに容赦なく急所に一撃を叩き込むって本気? しかもめがマジなんだぞ!?」
 しかも笑って!
 さらにそれを見ている沙良先生はというと『乃愛にやられてそんくらいならまだええやろ。ウチが鍛える? 四肢、なくなってもええんか?』などとのたまってくれやがった。ましゅまろと戯れながら。
 そんな人たちに魔法の手ほどきをしてもらう? あははは……冗談でしょう。
 ……忘れよう。きっとその方が心に優しい。
「魔法の訓練と言えば、美羽と美優の調子はどう? 結構筋がいいって言ってたけど」
 美羽と美優は現在、ユリアさんの下で通常魔法を特訓していた。この時期にそんなことをやるその意図を思えば反対したいところだったが、『身を守れる力はあるに越したことはないでしょ?』と言う美羽の言葉には反論できなかった。
 あの怒りを内包した鋭い眼光からして、どう考えても目的は自衛じゃねーだろと言いたいけど。
「はい、ミウさんはとても順調に魔法を習得しています。これなら十年もしないうちに、王国の一流の魔法使いに並ぶことができますよ。それにミユさんは――正直、彼女の力は凄まじいです。基本の扱いしか知らないようですが、これで応用まで覚えたならわが国でも彼女と渡り合える魔法使いは両手の数もいなくなると思います」
 我が家の今の戦闘力がぐんぐん上がっていっているようです。53万に届く日もそう遠くないんじゃないだろうか。
 そしてその最底辺にいるのが、結城大翔君なのですよー。あああああ、俺の家庭内での地位が危ういものになっていく。今後美羽を怒らせたら弦衰に加えて通常魔法まで飛んでくるのかぁ。
 俺の寿命もあと僅かだな。
「俺も通常魔法が使えればなぁ」
「ヒロトさんも、素養自体は備わっているはずですけどやはり私達の世界の空気を知らないことには」
 通常魔法は俺たちの扱う魔法とは基本的に違うものだ。それを扱うためにはまずユリアさん達の世界の人間の血を継いでいることと、その世界の空気……というより、エネルギーを感じられることが前提条件らしい。
 美優はもとよりそちらの生まれだったらしいし、俺と美羽は親父の血を受け継いでいると言うことで素養の部分はクリアしている。問題は、異世界というものを感覚として知っているかどうか。
 美羽は調査の時に何度かユリアさん達の世界のエネルギーの密度の濃い場所に入ったらしい。それで才能が開花しており、後は扱い方を学ぶだけなのだという。
 ハブられていた俺はその辺の経験がないので、通常魔法は扱えないのだ。ちっ。
 ちなみに、俺の例の魔法を感知する力は美羽や美優のそれにはまったくもって反応しない。
 これについてはユリアさん達も首をひねるばかりだ。
 思い返してみれば、俺の力はポーキァの通常魔法、特殊魔法どちらをも感知できた。魔法の種類ではなく、使う人間の属する世界の違いに反応しているのだろうか?
 それ以前にそもそもこの力がどういうものなのかがさっぱりわからない。もし、俺が通常魔法を使えたとして、もしあの感覚が襲ってきたら……うわー、どうしようもないな。
 そういえば美優にやたらこの感覚について聞かれたな。ありゃあ何か知っている様子だったけど……ううん、あの頑固者から話を聞きだすのは難しいぞ。
「それに、せっかくお父様やお母様から教えていただいた力があるのですから、そちらを思い出したほうがいいと私は思います」
「まあ俺もこっちをどうにかするってのには賛成なんだけどね。さすがにこれだけ手ごたえがないと、不安にもなってくるよ」
「いけませんよヒロトさん! 弱気になっては何事も成せなくなってしまいます。まずは心から信じることです『じーく自分』と」
「ユリアさん……」
 次々に新しいネタをテレビから仕入れてきているなぁ……でも使い方は間違ってるんだよな。
 妙なところでぼけぼけしたところは可愛いのだけれど、なんかこう、変なところばかりテレビに影響を受けているのを見ると、教育方針間違ったかなーとか保護者みたいなことを考えてしまう。
「まー焦らず手がかりを見つけるよ。のんびりとは、してらんないけどな」
 俺の言葉に、ユリアさんもこくりとうなずいた。
 世界中の穴が消え去ってから、もう一週間近くになっている。夏休みもそろそろおしまいで、外の景色は夏真っ盛りのいつもの陽気だ。
 この世界のどこかで、この世界を『ついで』にぶち壊そうとしているやつらがいて、そいつらが俺達を狙っている。
 せっかくの夏休みなのに、まともに遊びに行くこともできない。
「日に焼けてるのは基本的にレンさんにこってり絞られたせいだからなぁ……」
 乃愛さんたちに戦い方を教えてもらうのは寿命を早めることになりかねないので、レンさんに教わっていた。エーデルも体力づくりを一緒にしている。
「でもレンが驚いていましたよ、ヒロトさんとても動きがよくなっているって。これなら騎士隊に今すぐにも入れるって言っていました」
 そういうユリアさんは、まるで自分のことのようにうれしそうだった。騎士隊ってのがどういうものかわからないけど、その笑顔を見た俺もなぜかそのことが嬉しくて誇らしい。
「レンさんの教え方がいいからだよ。誰かに戦い方を習うのなんて、親父がいた時以来だしちょっと楽しいから」
「うふふ、訓練をしている時のヒロトさんは、なんだか生き生きしていますもんね」
「ん、そう見える?」
「はい」
 そういうものか。まあ元々体を動かすのは嫌いじゃないもんな。時間があればランニングをしょっちゅうしてたし。
 それにまあ、なんていうのか。俺とレンさんの組み手というのか打ち合いというのか。とにかく訓練をニコニコと楽しそうに見ているユリアさんがいると、自然と気合が入るのだった。
 そうしていつものように特に意味もない会話をしながら、アルバムのページを捲る。
 異世界での両親の話は聞いていて新鮮で楽しかったし、ユリアさんもこちらでの両親の話を本当に楽しそうに聞いてくれる。
 いつの間にかいろんな話をすることが楽しくなっていた。




 気がつけば、夕飯を作る時間になっていた。
「あ……ごめんなさい、お邪魔しちゃいました」
「いいって。どうせ焦ったって仕方がないんだ。ダメ元みたいなところもあるし、それなら楽しいほうがいいだろ?」
「楽しい、ですか。私とお話をするのは、楽しいですか、ヒロトさん」
 随分と不思議なことを聞く。
 楽しくなければ、こんな風に時間を忘れて話し込むなんてことないのに。
「楽しいよ。ユリアさんと話をしてると」
「……えへへ、嬉しいです。私も、ヒロトさんとお話しをするのは、とても楽しいです」
 …………うあ。
 思わず顔をそらした。なんかわからんがユリアさんの顔を直視できなくなってしまった。
「ヒロトさん? どうしたんですか、なんだか顔が赤いですよ?」
「や、大丈夫だから。元々そういう顔だから」
「そんなわけないじゃないですか。いっつもずっと見てるんだからそのくらいの違いわかりますよ」
 ユリアさんは俺のごまかしを一瞬で看破して、ずいっとこちらに身を乗り出してきた。
「ほんとに大丈夫だから、特に何があるってわけでもないから!!」
「……本当ですか? 体調を崩したとかだったら、すぐに言ってくださいよ?」
 本当に大丈夫です。むしろ早いところ距離をとってもらわないと、心拍数がひたすら上昇し続けて大変なことになりそうです。
 しぶしぶといった感じでユリアさんが離れて、ほっとしたようなちょっと残念なような気分になって――
「あー、君達、ストロベるのは構わないがせめてもう少し進歩したらどうかな」
「「なぁっ!?」」
 突然乃愛先生が目の前に現れた。まさしく、何もない空間から現れたのだ。
 そんなことができるのは、陽菜意外には未来からやってきた青いタヌキくらいしか知らない。
「の、乃愛さん、まさか錯覚を使って!? ていうかいつからそこにいたんですか!!」
「実は一時間ほど前からずっといたんだけどね。いや、いつ驚かそうかと思っていたんだが君達の姿を見ているとどうにも間に割り入り辛くて」
 乃愛さんは意地悪ににやりと笑う。
 い、一時間前からずっと見てた……? ずっと、この部屋の中で見てたのか、俺達を!?
 うああああ! なんか無性に恥ずかしいぞ、何でだ!? べ、別にユリアさんと二人でアルバムを見ながら思い出話とか世間話をしてただけで、やましいことなんてない……はず!
 しかし隣を見ると、ユリアさんもどこか恥ずかしそうにもじもじしていた。
 何だこの針のむしろは!
「そういえば姫は面白いことを言っていたな」
「うえっ!? な、なんですか!?」
 乃愛さんの言葉に目に見えてうろたえるユリアさん。ああ、ユリアさんダメだってば。乃愛さんは人のそういう姿がすごく好きなのに。
「ほら、何か言っていただろう。なんでも『いつもずっと見ている』とかそんなことを」
「……………………ふぇ?」
 乃愛さんの言葉に、ユリアさんが凍りつき。
「ひ、い、いやぁぁぁっ! ち、違っ、いえその、だから私は、あうっ!!」
 ばたばたと慌てだすユリアさん。
「ユリアさん? と、とにかく落ち着いて!」
「お、おおお落ち着いていますよ! 落ち着いていますとも! そ、それじゃあ私はこれで失礼しますね! ヒロトさん、またあとでっ!!」
 脱兎。
 ユリアさんはあっという間に部屋から姿を消した。
「えーっと……もう何がなんだか」
「情けない顔をするんじゃない。やれやれ、君にその辺りの機微を養う機会をもたせなかった責任の一端は私にもあるわけだが、君のそういうところはもはや生まれ持った部分が大きいのだろうな」
 乃愛さんは何か一人で納得していた。なんだって言うんだろうか。
 ていうか、何しに来たんだ、この人。
「乃愛さん、何かあったんですか? ていうか人の部屋になんでいきなり忍び込んでるんですか」
「そんなもの楽しいからに決まっているじゃないか」
 なに当然のことを聞いてるんだ? そういわんばかりの反応だった。というかそうとしか言っていない。
「……いや、いまさら文句は言いませんけどね。何か用があったんじゃないんですか?」
「用というかなんと言うか。君の様子を見に来たんだが、その様子だと相変わらず成果は上がっていないようだね」
 そのことか。事実なので隠さずに、俺は自分の魔法について何もわかっていないことを告げた。
「なるほどな。記憶はどうやらほぼ完全に戻っているか。それでも魔法を思い出せないとなると――」
 乃愛さんは俺の瞳をじっと覗き込む。
「やれやれ。君も大概、苦労を背負うのが好きな男だ」
「はい? いや、できることならば楽して人生過ごしたいと思っていることにかけては右に出るものはいないと自負していますが」
「とんでもなく情けない自負だな、それは」
 うん、俺もそう思う。だけど正面から言われると結構傷つくね。
「ま、それは置いておいて。ヒロト君、君の魔法だが……君は完全ではないが魔法を理解せずに使うことができている。それは実は自分の魔法を理解できないことよりも、おそらくは異常なことだ。だがそれも、こう考えれば説明がつく。君はね、本当の本当は自分の魔法をいつだって忘れたことはなく、きちんと理解してきたんだ。だがそれを自分のなかで認めていない……というよりは」
 乃愛さんは窓の外に視線を向けた。この季節、まだ日が沈むには時間が早い。
「君は、自分の魔法を信じられなくなっているんだ」
 その言葉は、なぜだが、すとんと自分の中の何かに収まった。
 乃愛さんは珍しく何かを悩んでいる様子だった。ちらちらと俺を見ている。何を、迷っているんだろう。
「乃愛さん?」
「――本当なら、思い出さずにいられるのならそのほうがよかったんだと思う。けれどやはり、君はそれを思い出さなければ、自分と、タイヨウさんと、世界のすべてを受け入れられないと思う」
 乃愛さんはゆっくりと振り返り、射るような視線で俺を貫いた。その瞳に、もう迷いはない。何よりも強い意思と覚悟があった。
「ヒロト君。思い出すんだ、君の中の、何よりも深い傷を。君の父親の、最期の姿を」
 それは。
 一体。
 どういう、意味なのか。
「もう一度言うよ、思い出せユウキヒロト。おそらくはそれがすべての鍵だ。君を抉り斬り刻む最大の傷が、君の未来を切り拓く最強の剣になる。皮肉な話だが……君は、そういう道を生きなくてはならないらしい」
「ち、ちょっと待ってください、乃愛さん! それって一体どういう意味なんですか!?」
 だが乃愛さんはやはりそれ以上を語るつもりはないらしい。いつもの、超然とした様子で口の端に笑みを浮かべるだけ。
 乃愛さんも、親父と母さんに育てられた時期があったという。俺が乃愛さんの保護をどこか当たり前のように受け入れられたのも、おそらくその姿勢に両親に似通ったものを感じたおかげだったんだろう。
 自分で歩く。答えは自分で探す。守りたいものがあるのなら、自分が強く在らねばならぬのだから。
「それだけ言っておいて、結局は自分でどうにかしろってことですか?」
「恨めしそうな目をしないでくれ。正直なところ、君がそれを思い出さずに魔法を取り戻すことができるのならそれが最良だと思っていたんだ。今でもそう思っている。君が何をきっかけに自分の魔法の理解を取り戻すか、私にもわからないんだから。君は昔、望んで魔法を忘れた。それを望んで取り戻すのなら、それはやはり君自身でやらなくては意味がないんだよ。魔法とは、そういうものだ」
 そういうもの、か。
 魔法。
 そもそも、なんでこんな力があるのか。何のためにあるのか。それは誰にもわからない。
 でもそこに、意味を求めることはできる。自分だけの、たった一つの答えを。俺はその答えを取り戻さないといけない。
 乃愛さんの言う、親父の最期の姿を、俺が知っているのなら。俺の中にまだ、魔法以外の欠けた記憶が……失うことを望み、失ったことさえも忘れてしまった記憶があるのなら。
「なんていうか、また……しんどそうな話だ」
 本当に。
 俺はどれだけのことを忘れているんだろうか。どれだけのことを背負うことを投げ出しているんだろうか。
 昔の俺。逃げ出した俺。耐えられなかった俺。そういう俺が少なからずいたことは、わかっている。背負っているものから逃げるのは、楽になるということだ。でもそれは同時に、大切なものを手放すということだ。
 俺が、手放したもの。
 魔法と記憶。
「取り戻すよ、必ず」
「ああ、がんばりたまえ。君ならきっと、取り戻せるだろう。悲しいことに、ね」
 窓から見上げる、四角く切り取られた空の向こう。
 その空に誓うように、拳を強く、握り締めた。
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。