ABCまとめ4


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「なんだ、それ……」
「……いや、驚いたねえ~」
「ああ、まさかこんな事態になるとは……あの話は一体なんだったんだ……」
少し必死になって考えてしまった自分が馬鹿みたいじゃないか。
……いや、あの話はただの前置きでは無いとは思うのだけれど、ノア先生の仕事を放棄してまでやりたいことというのが気になって仕方がなかった。

「……ん、そだねぇ~」
自習とは言え、他のクラスから注意などはされないようにある程度の静けさは保たれている。
その中で陽菜は一心不乱に何かをノートに書き込みながら俺の言葉に生返事だ。
「なにやってんだ? 宿題は終わったんだろ?」
「ん……ちょっちゅね、ちょっちゅねぇ」
「どこの具志堅だ」
俺がひょいと中身を盗み見ようとしたら、「肉のカーテーン!」と体で覆い隠されてしまった。
そんなに見られたくないならこんな所で書くなよと思う。
しかし……必死に文面を考えているその顔は意外と真面目で、あまり茶化すのも可哀そうな気がしてくるので、
「こっちの方が肉ついてるんじゃないか?」
――脇腹をつつくだけで済ませておいてあげた。

「わきゃああああっ!」
絹を裂いたかのような悲鳴と共に陽菜の腕が上がってへぶぉぁっ!!
「もうっ、何するのっ!! ヒロくんの馬鹿っ! 最近おなかのおにく気にしてるのにっ、女の子にそういうことするの最低だよっ!」
「う……うぅ……すまんのう……すまんのう……」
なんて強烈なビンタだ……。
腕の振りが全く見えなかった。幼馴染にとってビンタというのは最強の組み合わせではあるが、陽菜は至高の域までそれを高めているに違いない。
イチローのスイングだってあそこまで速くないよ……。
「何ぶつぶつ言ってるのっ!」
「わ……悪かった、本当悪かった。俺はレンのとこ行くから、存分に何か知らんが書いててくれ……」
「あ、う……うー……うん……」
少々躊躇うような陽菜のつぶやきが気になりはしたものの、陽菜の近くにいたらまた自然といじってしまいかねない。(陽菜は徹底的にいじられキャラだ)
今は、陽菜の怒りが収まるまでレンとユリアのところに避難させてもらおう。


「よっす、レン、ユリア」
隅の席で椅子を逆にして向かい合うレンと、何をするわけでもなく手持無沙汰なユリアに挨拶をする。
そういえば、今日ユリアと顔を合わせたのは今が初めてだな。
「おはようございます、ヒロトさん。今朝はレンのこと、どうもありがとうございました」
「ああ、いや……。俺は何もしてない、レンが全部自分でやったんだよ」
これは謙遜でも何でもなく、純度百パーの事実だ。
俺は逆に陽菜につけられて秘密を漏えいさせてしまった役立たずな協力者になってしまったわけだし。
「いや、ヒロト殿が近くにいてくれているというだけでも……支えになったさ」
レンがいつもとは微妙に異なる柔和な笑みを浮かべて言った。
……いつものレンとは、纏っている空気が違う。
今朝は少し弱々しかったものの、いつものように凛々しくあったのに、離れていた一時間の間に何かがあったのだろうか?
「いや、まあ、俺が支えになったっつーなら、幸いなんだけどね……」
「ああ、ありがとう。……本当に、感謝している」
素直なお礼の言葉に、自分の顔が少し紅潮したのが良くわかってしまった。
レンがこんな風に優しく話してくれることなんて滅多になかったんだよ! わかってくれ!

「…………」
ユリアはそんなやり取りを見ていつも通りにこにことしている。
頭の中がぬくぬくな人だからいつものことだ、そう流してしまえばそれで終わりな気もするが。判で押したようなその顔が妙に心を圧迫した。
「ヒロトさん」
不意に、ユリアが口を開く。
「ん、何?」
「私達、少々調べ物があるんです。失礼させて頂いてもよろしいですか?」
調べ物?
今この世界で調べることなど、何があるのだろう……なんて思ったが、あまり突っ込んだことをこんな人が多いとこで訊かれても困るだろう。
俺は「ああ、わかった」とだけ答える。
レンは事前にそのことを聞かされていなかったのか、微妙に戸惑っている。ユリアはそんなレンをドナドナの牛のように引きずって教室を出て行った。
……なんつーか、レンを引きずるユリアってのはかなり珍しい構図だな。

また教室からエスケープした者が出たわけだが、皆が皆それぞれの会話や勉強に忙しいようで、ユリア達が出て行ったことなど誰も気にしてはいないようだった。
――こちらを見ていた陽菜以外は。

話し相手もいなくなったので必然的に自分の席に戻ることになり、そうしたら自動的に隣の陽菜がこちらに話しかけてくる。
「レンちゃん達、どこに行ったの?」
「……さあ、調べ物があるとか言ってた」
「調べ物って?」
「そこまではしらね……」
俺にとってはあまり都合のいいことではなさそうなのは確かだ。

陽菜は「なんだぁ」とつまらなさそうに呟いて、ポケットに入れていたテープを取り出し、ケースをぱかぱかと開いたり閉じたりしていじっている。
どうやら先ほど書いていた手紙? はくしゃくしゃにされて机の中に突っ込まれたらしい。
陽菜は文才が無いからな……前略を全略とか書くような奴だし……。
「違うよっ! 周りが騒がしいから集中できなかったんだよっ!」
言い訳を聞き流して、犬みたいにう~う~こちらを威嚇する陽菜の視線を右から左に受け流す。
陽菜の場合犬といってもチワワみたいな感じなのでかわいいものだ。
「ふぅ……」
陽菜もやがて無意味だと悟ったのか、一つ溜息をついて椅子をがたがたしだしたと思えば、くっとこちらに身を折って顔を覗き込んでくる。
「……何?」
「また悩んでる」
「……悩んでない」
「嘘ばっかり。とっても大事なことだって、顔みればわかるよ」
……だから、お前はエスパーか?
今だってぼーっとしていただけで、特に顔の筋肉は動かしてないはずだ。微細動さえも見逃さない気がこいつは。
「だからさー、付き合いの長さわかってるー? ヒロくんのことなら晩御飯の献立のことまでわかっちゃうよ!」
そんなことを知ってどうするのかわからないが、とにかく無い胸を張ってみる陽菜だった。
「……って、何でヒロくんちの晩御飯のことを話さなきゃいけないのさ?」
いや、そちらから振った話であって俺には関係ない。
陽菜は一転「ん……」と眉をハの字にして真面目に心配していそうな表情を作る。
「本当、気にしてるんだよ? 私が気付くくらいだもん、美優ちゃんや美羽ちゃんだってわかってるだろうし……あんまり心配かけたら可哀想だよ」
「………………心配、か」
俺のせいで皆が笑えなくなるなんて、考えたくも無い。
残り少ない、消費されてゆく有限の日常を、どんなものにも変えられない「平穏」という環境を、そこから来る「幸せ」と感じる心を。
……曇らせてしまうのは、あまりにも忍びないんだ。
だから、いつも通り明るく振舞おうとしているというのに、何で皆気付いてしまうのだろう。

「ほら、またトリップしてる」
「……ああ。確かに悩みはあるけどさ、誰かに言えることじゃないって前に言っただろ? 自分で考えなきゃいけないことなんだよ」
「ふーん。ま、そういうこともあるかもねぇ……。でも、本当に辛くなったらいつでも相談にのるよ? そんな時の為に友達っているんだからさっ」
「ああ、ありがとな……。その時は、よろしく頼むよ」
「わかれば、よろしぃ~」
うんうんと満足そうに頷いて、陽菜はまたぱかぱかとビデオテープのケースをいじる作業に戻る。
俺は窓際から四角く区切られた世界をぼーっと見据えて、遠く青空を飛ぶ豆粒みたいな飛行機の姿を見つけたり、だらだらとグラウンドを走っている体育の風景を眺めたりで。
当たり前の中にある、大切なものについて自分なりに考えたりしていたのだけれど……。
「……美羽だ」
美羽が、見ていて気持ち良くなる程軽快なスピードでトラックを駆け抜けていた。
他の生徒のほとんどは、こんな日に長距離走なんざやってられるかとだらだらしているというのに。
空から降り注ぐ日差しも、地面からせり上がってくる熱気もものともせずに、美羽はツインテールをたなびかせて走り続ける。
既に周回の差をつけているようだ。……逆に浮いてるぞ、あれじゃあ。
「運動神経はいいからな……あいつ」
美羽の運動能力にはとにかく目を見張るものがあり、集中して一つのことをやれば恐らく簡単に全国レベルまで成長するのではないかと言われている。
入学当初は引く手数多の部活からの勧誘で大変だったようだが。結局、美羽は未だに部活には入っていない。
その理由は今までに何度も聞いたが、「兄貴には関係ないっしょ?」の一言で済まされている。

「にしても、一生懸命走るね……」
たかだか授業のマラソンに、そこまで熱心になることは無いだろうに。
……まあ、美羽は何でもかんでもやると決めれば全力で力を注ぐ奴だからな。例え、それがどんなに小さく取るに足らないことだろうとも、だ。
正直言うと、俺にはあまり理解できない思考だった。

無駄なことは避けるべき、それが俺の常だったから。
――まあ、この考えはどうしようもなくくだらない考えだってことを後から思い知らされるのだけれど、それはまた後のこと。


「何見てるんだい? ワトスン君」
隣から、迷探偵が肩越しににょきっと顔を出した。
「……下級生の頑張りを見てただけだよ」
「下級生全体を見てたような言い方だねぇ~……」
「何だよ」
含みを持たせた言い方に、ニヤニヤといやらしい笑みがやたらと神経を逆撫でする。
「美羽ちゃんだけを見てたんでしょ? ヒ・ロ・くん♪」
ふっと生暖かい息が耳に吹きかけられて、全身が総毛だってしまった。
「っ……! 気色悪いことするなって!」
耳は弱いんだよ耳は!
「きゃわっ、あっはは、やっぱり昔っから耳は弱いね~」
とんとんと数歩後ずさって、陽菜は相変わらずの能天気な笑顔をこちらに向ける。
「……昔……?」
……確かに、昔はよく耳をいじられてた気がするけど……それは……。
頭の中にぽっと浮かんだイメージを、俺はかき消す。自分の記憶はあまり信用できない、陽菜にちゃんと訊いておくべきだろう。
「なあ、陽菜」
「なーに?」
「その、昔のことについて……聞かせて欲しいんだ」
陽菜は少し訝しむように首を傾げて、「昔のこと?」と聞き返してくる。
「……その、五歳くらいの時のこととかさ、あんまり覚えてないんだ」
「ん……んー……」
すっと、俺の顔から手に持つビデオテープに視線を移す。
逃げる意味で目を逸らしたわけではないだろうけれど、どこか残念そうな感情を込めた眼差しではあったと思う。
「んー」
そして、陽菜の答えは。
「駄目らめでっす!」
ナイムネの前で大きく×印が作られる。
「……何で?」
「恥ずかしいからでっす! それに、私じゃなくても誰かが覚えてるよ、たぶんきっといつかきみとっ!」
畳みかけるように言って、「そいじゃあ私は寝るから~」と腕を枕にして突っ伏し、動かなくなってしまう。
……何だか、機嫌を損ねてしまったらしい。妙に胸がもやもやする。
謝るか? でも、何もわからないのにただ謝っても意味ないだろうし……。


1:それでも謝っておく 好感度 1
2:何も言わない    変化無し


「……ごめん。昔のこと、あんまり覚えてなくてさ」
「…………」
寝ると言って30秒で寝つける人間ではない、まだ聞いているだろう。
「少し、不安だっただけなんだ。……もうこの話は、やめるよ」
陽菜の腕がぴくりと動いた気がした。だけれど、あくまで気がしただけだ。
俺は残りの自習時間をひたすら答えの出ない思索に費やした。




やめておこう。
機嫌を損ねているように見えたのも、俺の主観だ。
だったら妙なことを言って混乱させるより、睡眠を邪魔しないように黙っているほうがいいだろう。

俺はそう考え、また窓の外に意識を向けた。








合流


結局、ユリア達は授業が終わるまで帰ってくることは無かった。
教師達は、この一年真面目すぎる程に授業をしっかりと受けてきたユリア達がまさかサボるとは考えず、体長不良か何かで連絡を忘れたんだろうなんて自分で合点をつけていた。

俺にとっては、ユリアの不在にはただただ嫌な予感しかしなかった。
……そして、今も尚その予感は増長し、俺の精神的余裕のある領域を侵食している。


「校舎裏、か……」
目的地を確認するみたいに一言呟いて、西日の差す階段をゆっくりと一段一段降りて行く。
既に時刻は放課後、ユリア達と同じく貴俊も教室に一度も顔を見せなかったし、陽菜とは微妙な空気のままだった。
不純物が浮いているかのようなにごった空気に少し辟易していた頃、体育から戻ってきた俺は机の中に、差出人の名が無い手紙――というよりは、書き置きと言うのが正しいか――が入っているのに気付いた。
まあ、その手紙に指示されてほいほいと行ってしまうわけだ俺は。
修理工が待ってても知らないぞ、と。

「あ、兄貴!」
「お兄ちゃん」
「お?」
2パターンの呼び声に伏せた視線を上げれば、階段を下りてすぐの教室から妹達が出てきたところだった。
二人はぱたぱたとこちらに近寄って来て、両サイドからがっしりと俺の腕を掴む。
……え? 何? 宇宙人連行?
「買い物いくよっ、兄貴」
「今日は買うものいっぱいあるから、お兄ちゃんにも来てほしいな……」
ああ、荷物持ちに刈りだそうというわけか。
我が家の財布の紐は美羽と美優が協力して握っているから、買い物などは二人に任せっきりなわけではあるが、力仕事となれば俺の領分だ。
……まあ、美羽の場合最近は俺よりも力がいたいいたいいたいいたい!!!
「い、痛いって、美羽!」
腕の骨が万力みたいな力で圧迫されてるっ!
「今さぁ、何か失礼なことを考えなかった?」
流石に長い間兄妹をやっていると微弱なテレパシーが宿るという、いつか貴俊が力説していた学説は真実だったのだろうか。
レクター博士も裸足で逃げ出すだろう凶悪な目つきに口の奥にきらりと光る犬歯、正直言うと、怖い。
「か、考えってないっすよ。いやだなぁー、美羽。俺はいつでもやさしい兄だぞ?」
「……きもいよ。言っておくけど、噂が勝手に収まっても、機嫌までは勝手に直ったりしないんだからね?」
むっと眉を顰める美羽とは対照的に、美優がどんな罪でさえも許してしまえそうになるほどの優しい笑顔を俺と美羽に向けた。
「あはは、お姉ちゃん嘘つき。あのねお兄ちゃん、今日お姉ちゃんね……」
「ちょ、ちょっと美優! 何を……!」
赤面して美優を取り押さえようとする美羽に、やけにハイテンションで逃げ回る美優。
はしゃぐ二人は可愛くて、じゃれ合う子犬を眺めるような気持ちで二人を見ていた。

……だけれど、もう行かないといけない。
俺は、握られた両手をすっと離して立ち止まる。
美羽と美優は、突然になくなった手の感触に少し驚いたようで、数歩先まで歩いて同時にふり返る。
「……ごめん、今日はいけないんだ」
「え……?」
美優の笑顔に影が差す。
美羽の眉がぴくりと動く。
「何、それ? 用事でもあるの?」
「ああ、実はさ、ノア先生にちょっと呼ばれてるんだ」
「……そうなんだ、それなら仕方ない……ね」
美優には悪いことをしたと思う、だけれど誰かも確かめないうちに放置しておくわけにもいかない。
「あ、でもさ、用事がすぐに終われば追いつけるから。いつものスーパーだろ?」
「兄貴、嘘はやめて」
虚飾を貫く刃のような言葉が、俺に向けられた。
「ノア先生なら、最後の授業が終わる前に帰ったよ。……挨拶だってした、間違いない」
「………………」
「美優も、何で言わないの? あんたも一緒にいたでしょ」
美優は、「あ……」とうろたえて、腕の前で手を組んで俯いてしまう。
「で、でも、お兄ちゃんが、用事あるっていうなら……仕方ないよ」
「………………兄貴」
これ以上美優に何か言っても仕方ないと判断したのだろう。美羽がきっとこちらを睨む。
「別にね、一緒に買い物に行けないくらいで私達は怒らない。でも嘘は嫌い。わかるでしょ?」
「……悪い、嘘をついてたのは謝る。でも、言うだろ? 我儘は男の罪ってさ」
「それを許さないのは女の罪だとか言いたいわけ? やめてよくだらない。早く本当のことを言って」
有無を言わさぬ口調。ここで素人ならば素直にゲロるのだろうけれど、俺は兄として17年付き合っているんだ、慣れはしないまでも少しは耐性がついている。
「貴俊に呼ばれてたんだよ。……どうも、人に言えないことに巻き込まれたらしくてさ」
「………………ふーん」
美羽は顎に手を当て、表情から心を読もうとじっとこちらを見つめるが、すぐに飽きて。
「ま、そう言うんならいいけどね。校舎裏にでも呼び出されてカツアゲされそうになってるんじゃないか、とか考えちゃった」
どんな想像だよとは思ったが、場所は合ってるので敢えて何も言わなかった。
「……お兄ちゃん、早く帰ってきてね?」
「ああ」
「何かに絡まれたらすぐ呼びなよ? 兄貴をぶっ飛ばしていいのは私だけなんだからさ」
「……ああ」
「そだ、久し振りにこれ貸したげる」
美羽が鞄に手を入れ、何かをごそごそと取り出している。
そして、手に握った物を俺の手のひらの上に置き、ぎゅっと拳を丸めさせられた。
「これか……」
「そ、久し振りにお守りね」
「急にどうしたんだ? 最近はずっと貸してくれなかったのに」
「ん……なんでだろ……。嫌な予感がするっていうか……。毎日ぶっ飛ばしといてなんだけどさ、とにかく気をつけてよ」
それじゃあね、美羽はそう残して踵を返し、美優の手を取り「行こう」と走り出す。
名残惜しむかのような美優の視線に手を振って答え、俺は一人人気の無い廊下に残された。

手に握った小熊のキーホルダーと共に。
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