世界が見えた世界・8話 A


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 魔法といっても、最終ファンタジーのように何でもできるわけではない。使える者にとってはそれはちょっとした特技でしかなく、日常生活で普通に使う者は少数派だ。
 そしてそんなものだからこそ、人はうまく使うために知恵を働かせる。この力で何ができるのか、どういう使い方ができるのか、工夫次第で別の用途に扱えないか、どうすれば効果的に使えるか。
 魔法を使えるというのは、自分の能力を理解し、それをその場その場で有効に扱えるようになって、初めて『使える』というのだ。このことを理解しているものは、実は意外と少ないのだが。
「結城、大翔。自身の能力がわからんっちゅう以外には、別に変わった経歴とかはないんやけどなぁ」
 手元の書類を捲り、ひとりごちる。彼女の手元にある書類は、一人の学園の男子生徒の記録だ。
 結城大翔。魔法の成績は芳しくないが、一般教養科目の成績は良好。学園での素行も品行方正というものではないが目だって悪いというわけでもなく、ごく一般の生徒といえる。何かと騒ぎを引き起こす友人が傍にいてそれに巻き込まれる形で注目を集めてはいるが、それも火消し役に回っている印象だ。
 小学校時代に母親をなくし、父とも中学に入る前に死別。その後は彼女の同僚でもある乃愛が後見人とされているが、ほぼ兄姉妹の三人で生活していたらしい。妙に落ち着きがあるのもその辺が関わっているのかもしれない。
 中学時代には多少荒れていた時期もあるらしいが、一時期の入院以降はそれも無くなり、健全な生活を送っていた。
「あの歳にしちゃ苦労はしとるんやろうけど、書類やとこれが限界やなぁ、やっぱ」
 放り投げられた紙束が机の上に山を作る。
 なぜ、彼女が大翔について調べようなどと考えたのか。それは、数日前の夜、ポーキァとの戦いの折に彼が作戦を立てたのがきっかけだった。
 何度も言うように魔法は万能ではない。当然人間の扱うものであるから、その効果は人間の理解できるものに限られる。炎や水を出したり風を起こしたりといったものはこの学園でも扱う人間の数を数えればそれなりになる。しかしそれはあくまで大分類した場合の話。細かい違いを列挙すれば、完全に同じ能力、というものは一万人集めて一組できるかできないか、といったところだ。
 それだけに魔法を理解する、ということは実は思うよりも難しい。そもそもが生まれてきて当たり前のように使える力なのだ。人間、歩行や思考のプロセスを正しく理解しているほうが珍しいのと同じことである。
 あの夜大翔が立てた作戦は実に単純なものだった。
 ポーキァをおびき寄せ大翔が戦う。貴俊はこの隙に屋上に暗幕を運び、ポーキァが戦いに集中している間にそれを窓を隠せるように設置、魔法ですぐに分離できる金具で固定した。その後大翔の合図で廊下一帯の電源をカット。同時に暗幕の金具を分離して完全に廊下を暗闇で覆い尽くしポーキァの視界を封じる。その後ポーキァを瓦礫に埋めてトドメは沙良の魔法で集めた水で一気に押し流す。
 沙良の魔法の詳細を説明したのはあの時が初めてだった。沙良の魔法で大量の水を扱うにはそれなりの下準備が必要になるのだが、大翔はそれを僅かの間に理解し、そのための時間までも稼いでいたのだ。
 並べてみるとまあ、随分と運の要素に助けられているように見える。実際沙良もそのように思ったのだが現実はあの通りだ。
 魔法を正しく理解し、それをどのように使うか。さらにその効果をどれだけ信用し、信頼するか。若さゆえの未熟さはあるが、それでも基本の部分はきっちりこなしていると沙良は感じた。
 そんなものを、あの若さで、しかも自身は魔法が使えないというのに発揮してしまう。
 沙良にはそれが酷くアンバランスに見えた。
「乃愛が全部しゃべってくれたらええんやけど、あの頑固者が口を割るとも思えへんし」
 そういえば、乃愛はよく『自分とヒロト君は似ている』などと口走っていたな、などとどうでもいいことを思い出す。
「他人の魔法を理解することは、自分の魔法を理解することにもつながる。逆を言うと、自分の魔法を理解でけへんのに他人の魔法なんか理解できるわけない。結城大翔。アンタのバランスが崩れんのも、そう遠くないかもしれへんで」
 バランスが崩れる。それが何を示すのか、沙良にも分からない。だが、直感が警鐘を鳴らす。
 結城大翔を、これ以上魔法に触れさせるのは危険だ。少なくとも、彼が自分の魔法を正しく理解するか、扱えるようになるまでは。だが彼はおそらく自分の言うことなんか聞かないだろう。いや、誰のいうことも聞かないだろう。
「誰かがアイツを支えてやらんことには、いつか壊れるかもしれんな」
 不機嫌な呟きが、薄暗い保健室に消えていった。




 ついに、調査の結果が出た。その知らせを受けたのは、夏休みに入って一週間ほどしてからだった。
 俺達は全員居間に集められた。ユリアさんが全員の視線を受け、静かに口を開く。
「率直に言えば、事態は最悪といってもいいでしょう。うまく偽装されていましたが、この世界と他世界を『物理的に』繋ぐ穴が、いくつか見つかってしまいました」
 この世界と、他世界を物理的に繋ぐ……だって!? そ、そんな。それって!
「それってどのくらいまずいことなわけ?」
 現世界チーム全員首をひねる。大体この世界と他世界を物理的に繋ぐ穴が想像できない。落とし穴みたいなもんだろうか。
 俺達の反応に、ユリアさんはがっくりと肩を落とした。うーん、彼女的にはものすごく重要なことを言ったんだろうけど、こちらの反応の薄さに落ち込んでしまったようだ。
 がんばれ、ユリアさん。俺達はいつでも君を見守っている……!
「あの、そんな力強く励ます視線をしなくてもいいですから。み、皆さんまで労る目をしないでください、からかってるんですか!」
 もー! とでもいう風に、ユリアさんがすねる。そのかわいらしいしぐさが微笑ましかった。
「まあまあユリアさん、落ち着いて落ち着いて」
「うう、ヒロトさぁん……って、最初にからかったのはヒロトさんじゃないですか、もう!」
 ぽかぽかと叩かれる。はははこやつめ、ういのう。
 などとじゃれあっていると、周りの視線が白けているのに気がついた。あ、あれ? なんか俺失敗した?
「ねえ、あたし達って何のために呼ばれたんだっけ?」
「ユリアさんのお話を、聞くため、だと、思う、よ?」
「私としては姫様のあのような微笑ましい姿を見るのは非常にうれしいのだが同時に正直なところこう、憎らしい」
「とはいえ、ノロケは自分の部屋でやってもらいたいところだがね」
「こーら、保険医の前で不純異性交遊に発展しそうな意見をださんの」
「もうここまできたら思い切っていくところまでいってもらいたいけどなぁ、俺は」
「やれやれ、庶民はこんなところでまで野次馬根性かい? ボクは遠くから見守らせてもらうよ」
 ……ひそひそと小声で話しているせいで聞こえないけど、なんだかものすごく勝手なことを言われている気がする。
 こら君たち、本人の目の前でひそひそ話はやめたまえ。ユリアさんも怪訝な表情をしている。
「あのさあ兄貴、別にいちゃつくなとは言わないけど時と場所をわきまえてくれる?」
 突然美羽がわけの分からないことを言い出したせいで吹き出してしまった。い、いちゃつくってなんだよ、いちゃつくって。ユリアさんは言葉の意味が良く分かっていないのかきょとんとしている。ていうか、視線で『いちゃつくってなんですか?』って聞いてきている。
 知らなくていいですから。これ以上場を混乱させるつもりはないんで。
「言いがかりは良くないぞ、美羽……って、なんだその視線は? 絶対零度にもほどがあるぞ、お前ら!?」
 全員冷ややかな目をしている。レンさんにいたっては『貴様遊びのつもりか……』などとよく分からない言葉を吐きながら殺意すらこもった視線を向けてきている。ちょっと、抜かないで、真剣抜かないで下さい!
 危険な雰囲気が漂うリビング。おかしい、俺達は話し合いをしていたんじゃなかったのか? なぜこんな危険が危ない事態になっちゃってんでしょーか。
「あのー……そろそろ続きを話したいのですが、だめですか?」
 むしろお願いしたいところだ。
「この世界と私たちの世界の世界については、以前に簡単に話しましたね――」
 これは私たちの世界でも完全には解明されていないのですが。
 そんな前置きの後に彼女の口から語られたことは、なんというか、これまた俺の常識の到底及びつかないような話だった。




 世界にはその世界そのものとなるエネルギーが充満している。それは空気のように漂っているものの、海流のように、ある程度決まった流れのようなものがある。
 その流れにも室や種類、密度の違いがあり、エネルギーの強い地域と弱い地域というものができてしまう。そしてその強い地域でも特に一部に、渦を巻いてそのエネルギーがたまってしまうことがあるのだという。
 一か所に集まった力は自らの圧力によって圧縮されるが、限界を超えると大きな爆発を起こして散り散りになる。地震のメカニズムを想像すれば分かりやすいだろう。爆発といっても実際に世界のどこかでぼんぼん爆発が起きるわけではない。
 さて、この爆発の時に瞬間的に異世界とつながる……というより、この世界の壁に穴があく。その時たまたまそばにある異世界の壁もついでに貫通してしまう。時間にして一瞬の話らしいが、たとえばこの瞬間のど真ん中に人が立っていて魔法を使っていると、世界のエネルギーに引っ張られて異世界へ飛んでいくこともあるのだそうだ。
 ユリアさんたちがこの世界へやってきたのも、これを人為的に行ってのことらしい。とはいえ世界の壁に穴をあけるなんてどれほどの力を集めればいいのかなんてまるで想像できないが。とにかく、ユリアさんは自分の限界を超えるほどの魔力を貯め続ける。ユリアさんたちの魔法は世界のエネルギーへの干渉力が強いため、そうすることで渦と同じ状態を作ることができるらしい。
 あとは限界まで貯めた力を解き放つことで穴をあけるのだとか。なにがなんだかさっぱりだが。
 さて、この開いた穴は自動的にしまってしまうらしい。壁という表現を使ったが、それも結局は世界を流れるエネルギーの奔流。水にあけた穴は次の瞬間にはなくなっている。
 ところが今回異世界のエネルギーが流入しているのはこの穴が開きっぱなしになっているからだという。視覚的には全く変わらない景色が広がっているのだが、もしその場でうかつに魔法を使うと、エネルギーの流れに乗ってユリアさんたちの世界へぽんとはじき出されるらしい。
「どうやらエネルギーの流入と流出が同時に起こっているようです。それでも流入する量のほうが多いので、やはり世界の崩壊は時間の問題、ということになるのですが……」
 それに、今は影響は出ていないが異世界のエネルギーが流入しているせいでこの世界に対してどのような悪影響が出るかもわからない。やはり時間との勝負、ということになる。
 さらには放っておけばユリアさんたちの世界側からも人や物が流れ込んでこないとも限らないのだ。しかしこれは取りようによってこちらにとってもチャンスではないかと俺は思った。
「それじゃあ、ユリアさんたちの世界から人を寄越せるんじゃ? ユリアさんたちも簡単に帰れると思うけど……」
「だといいのですけど、なかなかそううまくはいかないんですよ。もし人手を大量に寄越したとしてもその人たちの帰り道を考えるとその穴を閉じるわけにはいきません。そしてこれはこれから話すこととも関係するのですが、穴は徐々に小さくする必要があるのです。そうすれば結局、まともに活動できるのは私たちだけになります」
 いくら私でも五人十人を一斉に世界を越えさせるのは不可能ですよ。と彼女は苦笑した。
 穴をふさぐだけならなんということのない作業らしい。しかし問題はこの世界に残る彼女たちの世界のエネルギーと、彼女たちの世界に残る俺たちの世界のエネルギーだ。このエネルギーにしても放っておけばそのうちそれぞれの世界に同化するだろう、というのが学者たちの言い分らしい。が、それも大量になれば同化に時間がかかる。そしてすでに大量のエネルギーが互いの世界に充満している。
 これをそのまま放っておけば、どんな被害をもたらすかはわからないが、楽観できる状況でもないようだ。
 よって穴を閉じる前に可能な限りエネルギーをそれぞれの世界に戻す。そのために、穴は徐々に小さくしていかなくてはならないのだという。
 これだけなら残りの時間でも十分に可能な作業だというのだが、問題が先日発生した。
 ポーキァたち敵の出現だ。俺が隠していたせいで発覚がつい最近になったのだが。




「それに加えて新たに判明したのですが、どうにもこの世界に流入しているエネルギーが私たちの世界のものだけではないようなのです」
「……は?」
「どうにも彼らはいくつもの世界とこの世界をつないでいるみたいですね。それぞれのエネルギーも分けなくてはいけません」
 よくわからないが面倒が増えたらしい。ていうか、人の世界にぼんぼん穴をあけるなよまったく。
「それで、解決策は?」
「手段はいくつかありますが、確実かつ手っ取り早いのは穴の数をまず減らし、この世界のエネルギーで蓋をすることでしょうね」
 蓋により流入を防ぎ、世界のエネルギーは同じ世界のエネルギーと引き合う性質を利用し、穴の周囲にその世界のエネルギーをあらかじめ集める。そうしてあらかた集まったところでこちら側のエネルギーを押し出すのだという。
 ちなみに、異世界へ流れたこの世界のエネルギーも、異世界側から流入してくるはず、らしい。
「何しろ事例がありませんので、推測憶測のオンパレードです。一応、私たちの世界の研究結果では理にかなっているのですが……」
 自信なさげなユリアさんだが、乃愛さんは肩をかるくすくめた。
「なぁに、それで駄目ならまた別の手を考えればいいさ。そもそもこちらの世界ではそれほど世界のエネルギーに関しての研究は進んでいないのだから」
 それは暗に研究自体は存在するといってるんですよね、乃愛さん。どうして毎度一般に知られていないような話を知っているんですか、あなた。
「コネだ。あと腕力」
「聞かなきゃよかったっ!!」
「安心したまえ、コネといってもゆすりたかりのようなものだから」
「ああなんだ、そうなんだ……って違うそっちじゃない、聞かなきゃよかったのは腕力のほうだ! ていうかその話のどこに安心する要素が!?」
「あのー、話を続けてもいいでしょうか……?」
 ああ、思わずノリツッコミをしてしまった。
 そんななか、俺たちのあほな会話にも表情筋一筋さえも動かさなかった沙良先生が口を開いた。
「てことは、や。効率的にそれを行うにもまずは穴の数を減らす。そんでそのあとに残った穴に蓋をする。それはええんやけど、その蓋ってどないして作るん?」
「私の通常魔法を使ってもいいですが、可能であればこの世界の特殊魔法で行っていただきたいです。そのほうが、もしもの時に対処しやすいですから」
 もしもの時。それがどんな時を指すのかは、誰も口にしない。ただ、レンさんとエーデルの表情に一瞬の緊張が走った。
 それに気付いたユリアさんは小さく二人に微笑んで、話を続ける。
「ミウさんのようなエネルギー操作系の魔法使いの方が向いていますが、他にも時間操作系、空間操作系の魔法でも可能であるはずです。まあ、種類にもよりますが……」
 特殊魔法の効果は見た目には同じでもその実はまったく違った過程によってもたらされる、なんてのはよくある話だ。たとえば沙良先生の魔法は見た感じエーデルの通常魔法と似ているが、それは先生の魔法の一面に過ぎない。
 ていうか、先日話を聞いたときは血の気が引いた。ぶっちゃけ使い道次第ではポーキァレベルの破壊をもたらせる力だ。
 そこでふと思いついた。
「ん? もしかして沙良先生の魔法でもいけるんじゃないですか?」
「んー、可能かもわからんけど世界のエネルギーって言われてもようわからんしなぁ。撃ちの魔法やと理論もないもんを制御するんは、ちょっとしんどいな。そういうのに向いてそうな知り合いは、何人かおるけど」
 なるほど。そういえば沙良先生の魔法は……というか、先生の性格なのかな。視覚的あるいは理論的に明確でないと、その扱いに不具合が生じるんだとか。
「それで、美羽の魔法――『弦衰』で蓋を作るって言うけど、それは?」
「簡単ですよ。ミウさんの魔法でそのあたりの空間丸ごとのエネルギーを極限まで減らしてもらって、あとは私がそれを維持する魔法をかければいいんです」
 空間丸ごとのエネルギー……そんな事できるのか。
 美羽を見ると、
「できるよ? 何となく、感覚で」
 あっけらかんとしたものだった。ああなるほど、性格だな。
「……兄貴? なんか非常に不本意な感想を抱かれてる気がするんだけど?」
「安心しろ気のせいだ」
「そう……美優、兄貴にケーキでも焼いてあげて」
「お前信用してないだろ、なあ、信用してないんだろう!?」
「どういう意味かな、お兄ちゃん……」
 プチ修羅場が発生した! 世界の終わりの前に俺の人生の終焉がっ!!
「ともかく、明日からは調べた穴という穴に蓋を付けて回ります。それで一応事態の進行は抑えられるはずですから」
 ぎゃあぎゃあと騒ぎ始めた俺たちを横目に、ユリアさんは今後の方針を決めた。
 こちらを見るその顔は呆れていて、それでも優しく笑っていて。そんな笑顔が、やっぱり似合っていて。
 だからそれをみた俺は、思わず小さく笑ってしまった。
「兄貴っ「お兄ちゃんっ」!何笑ってるの!!」
 ちゃうねん。




 だがしかし!
 俺は穴の近辺にはこれっぽっちも近づかせてはもらえなかった。ユリアさんに『ダメ、絶対!』といわれてしまったのだ。
「まあ、確かに俺の魔法とは相性が最悪だもんなぁ……しかも制御できないし」
 貫く魔法。それが制御されていない上に詳しいことが分からない以上、せっかく作った蓋を片っ端から貫いてしまう可能性だってあるのだ。ちなみに貴俊もここにいる。理由? 魔法じゃ役に立たない上に場を掻き乱すからだよ。こいつの動物的勘だけは頼りになるとは思うけど。
 グラウンドの隅の木の陰に入ってもう1時間。作業はまだ終わらないらしい。暇、超暇。遊びたい盛りの男子高校生に夏休みの一日を日陰でぼーっとすごせというのはいくらなんでも酷というものだ。
「なあ大翔ー。お前ユリアちゃんともうキスくらいはした?」
 んなぁっ!?
 飲もうとしていたピルクルが気道に入った。おかげでむせた。
「いきなり何を言い出すんだ! 暑さで頭がおかし……いやそれはいつものことか」
「いくらなんでもそりゃ酷いってもんじゃないか、マイラバー」
 いやだって、貴俊がちょっと脳内に電波がゆんゆんいってるのっていつものことだし。脳内電波規制法とかできたら真っ先につかまりそう。
 ……美優もな。
「お前はそーやって大事な話になるとすぐ話し逸らすよなぁ。特に、他人が絡んだ心の問題とか」
 そうか? 大体今のはごまかすも何も無いと思う。いきなり意味不明な質問されたら、誰だって驚くだろ。
 そもそも、大事な話になるとすぐごまかす点に関して文句をいわれたくない人間ナンバーワンの貴俊に言われてもちっとも心に響かない。
「大体なんで唐突に、その、なんだ、キ、キスだとかいう話題になるんだ」
 心底疑問を覚える話だ。
 貴俊、ニヤニヤするんじゃない。
「最近のお前ら見てると結構いい雰囲気にみえるけどなぁ」
「気のせいだろ。そもそも異世界のお姫様だぞ? 俺のことなんか気にするもんか」
 最近はその事実もたまに忘れるけど。こちらの世界に来て数ヶ月。ユリアさんたちは、にすっかりこちらの生活に馴染んでしまっていた。ドラマに心躍らせる姿なんか、完全にただの女子高生にしか見えない。見ていてほほえましいことだ。
 ちなみにレンさんは時代劇に心を躍らせすぎて剣を振り回しそうになる。おかげで彼女が時代劇を見るときは俺が隣で見張る役をすることが我が家の暗黙のルールに追加されている。
「ふーん、そういうかわし方か。まあお前ならそうなんだろうけど」
「なんだよ、いいたい事があるのならはっきり言えよ。気持ち悪いのはいつものことだからそれ以上に……えーっと、ちょっとまて」
 なんかこう、うまい言葉は無いだろうか。気持ち悪いを更にぱわーあっぷさせた、すさまじく相手の心をえぐるようなフレーズは。
「きみょい? ぞ」
 奇妙+キモイ。
 いかん、逆にかわいらしくなってしまった。
「なんかないか、こう、お前をこの上なく痛めつけるような単語」
「なんで俺が自分の悪口を開発しないといけないんだっ!? げちょいとかどーよ? 意味は無いけどなんかいやっぽいイメージ」
 お、それはいやっぽい雰囲気がそこはかとなく強烈に伝わってくるな。げちょい。うん、げちょい。
 ああもう、貴俊はいつ見てもげちょいなぁ。
 いいじゃない、これ。
「言いたいことがあるならいえよ、げちょい貴俊」
「自分で編み出しておいてなんだが結構くるなそれ! ああでも、こういうのもいいかもしれない。新しい趣味に目覚めてしまいそうだぜ」
 頬を染めるな体をくねらせるな息を荒げるんじゃない! というわけでげちょいの永久封印が確定した。
「で、話の続きだが。お前、ユリアちゃんのことをどう思ってるわけ? 相手の立場を言い訳にするのはあんまりいい趣味じゃないだろ」
 ユリアさんのことをどう思っているか、なんて、そんなこと。
 俺が、ユリアさんを好きかどうか、って事か? え、いや、だって、ユリアさんだぞ? お姫様だぞ?
「いきなりそんな事言われても困る。俺はただあの人が元の世界に戻った時に、この世界のことをいい思い出として思い出してもらいたいだけだし」
 それは約束で、俺の希望でもある。そしてそれはおそらく、今のところちゃんとできていると思う。
 不安要素はあるとはいえ、それをどうにかするのが俺の役目だと思っているし。
 ユリアさんにも言ったことだ。こちらの世界ににいるうちは、ただの女の子なんだって。ただの女の子がこちらの世界で楽しい思い出を作る。その手伝いをしたいだけなんだが。
「ただの女の子としてお前が扱ってるんなら、向こうだってただの女の子としてお前に接してるんじゃねーの? お姫様かどうかなんか関係ないじゃん。お前を好きになって、お前が好きになって何か問題があるのか?」
 む。それはたしかに……え、そうなのか? そういう話になっていくのか?
 なんだか混乱してきたぞ。
「そういうもんか? いやでも、それだって向こうが俺に好意を持ってるとは思えないぞ」
「その手の話題に関してはお前の意見は当てにならないから無視な。それにユリアちゃんがお前に好意を持っているかどうかは別にいいだろ。お前がユリアちゃんを好きなのかどうかを聞いてんの、俺は」
「そんなこといわれてもよく分からないのが本音なんだが」
「はあぁぁ。まあ、お前の性格じゃあなぁ。石橋を叩いて砕く性格だし」
 今なんつったお前。
「砕いてどうするよ。本末転倒もいいところじゃないか」
「慎重に慎重に様子を見て、それでも安心できなくてむしろ全部ぶっ壊して安心する、そういうことだ」
 だからとにかく相手の気持ちを、意思を気にする。自分の気持ちじゃなくて、相手の気持ちがはっきりして初めて自分の気持ちの置き場所を定める。
 それでも不安だから。それなら最初から橋なんかなければいい。
「それだけ聞くとずいぶん最低な人間に聞こえるな、おい」
「最低とは言わなくてもそれなりに酷いっていうか卑怯だろ、お前」
 ずいぶんな言われようだった。
 それに俺は自分を慎重な性格だとは思えない。どちらかといえば行き当たりばったりで、その場の流れに任せていると思う。人に流されやすい自覚もあるし、それでいいやなんて多少諦めてもいる。
 がむしゃらだった昔の反動というか、それを反省にしたというか。さすがに人に流されすぎるのは問題なんだろうけど。
「お前が他人の心情あれこれにまで気を配るなんて世も末だな」
「お前が他人の心情あれこれにしか興味を持たないからだろう」
 もっと自分の心に気を配れ、と視線が言っている。絶大なお世話だ。
 なんだって言うんだ、いったい。そんなこといいじゃないか、別に。惚れた腫れたなんて、そんなに大事な話かよ。
「まあ俺には恋なんてよくわからないけどなー。俺にわかるのは、お前に対する熱い愛だけだぜ!」




 ユリアさんたちが戻ってきたのは、それからさらに2時間程たってからだった。賽の河原よろしく石をひたすらに積み上げている俺達を見て、困惑の表情を浮かべていた。
「ごめんなさい、穴の数が多くてどうしても時間がかかっちゃうんです」
「構わないよ」
 心底申し訳なさそうなユリアさんに苦笑する。
 ただ問題があるとしたら、彼女達が魔法を使うたびにどうしても悪寒が走ってしまうことか。魔法で狙われるときには便利なんだけどな。
「とりあえず、この辺りの穴はすべてふさいでしまいました」
「街のほうは私のほうで手配した人たちに対策をとってもらっているから、君達の役割は一応ここでひと段落、となるかな」
 乃愛さんの言葉に、全員がほっと胸をなでおろした。どうやら敵の妨害なども無く作業を終えることができたらしい。後は、この蓋を維持するだけか。
 だが、乃愛さんはまだ難しい表情を浮かべて、とんでもないことを言ってきた。
「私はこれからしばらく忙しくなるから、周りには気をつけたまえよ。実は、もしやと思って調査したところ、世界中にこの街にあるような穴が開いているらしいんだ」
 へぁ?
 さらりと出てきた爆弾発言に全員口をぽかーんと開いてしまっている。
 世界……中? 世界中って、要するに地球全体まるっとぐるっと、そこかしこにぼこぼこ穴が開いてるって、そういうことか!?
「おかげでその実態調査と対策に入らなくてはならなくてね。悪いが、しばらく戻ってはこないと思う」
「いや、それはいいんですけど……あいつら、世界中にそんなボコボコ穴あけて結局何がしたいんだ?」
 そう、連中の目的はいまだに不明なままなのだ。もしかしたら蓋をかけていったところを片っ端からまたあけていくかもしれないし、こうしている間にもどこかに新しい穴を開けているのかもしれない。
 はたまた、今もどこからかユリアさんを狙っているのか。
「やはり、彼らが何者で、何を企んでいるのかを解き明かさない事には、事態は解決しないのでしょうか」
「可能性は、ありましょう……そして、彼らが姫様を狙っていることが分かっている以上、これから先も油断はできない」
 レンさんは腰の剣に手を当て、何か思うように静かに眼を閉じた。
 美羽と美優は、ユリアさんを気遣う視線を向けている。
 そのユリアさんは――なんだろう、今までに見せたことの無い表情を浮かべてじっと俺を見ている。初めて見るその顔は、悪い気分にはならないものだけど、酷く危ういように見える。
 なんだろう、この表情を知っていると思う。これと同種の表情は、見飽きるくらいに見てきている。そんな確信が胸をよぎった。
 それが誰の顔なのかは思い出せないけど。
「ユリアさん?」
「はい、なんですか?」
 しかし俺が声をかけると、それは蜃気楼のようにすっと消え、いつもの暖かな笑顔に戻る。
 それを見て、胸の奥がざわついた。ああ、だめだと。その顔は、その顔の裏にある決意は間違っているんだと。なぜか、そう思った。
「……ふぅ。やれやれ」
 乃愛さんがそっと俺に耳打ちした。
「ヒロト君。君、なるべく彼女と一緒にいたまえ。そうして、いろいろと考えてみることだ」
 相変わらず答えはくれない。それでも俺は素直にうなずいた。別に乃愛さんの言うことを聞こうと思ったわけではない。
 もうそうする事は、俺の中で決まってしまっていたんだから。
ツールボックス

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