ABCまとめ3


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「ヒロトさん、お話があるのですが、入ってもよろしいですか?」

……ああ、ユリアだったか。
美羽が謝罪にでも現れたかと少し期待したのだけれど、あいつにそんな殊勝さを求めてはいけないな。
「いいよ、入って」
仰向けのまま応対するのは失礼なので、とりあえず腰掛けるように起き上ってユリアに入ってくるよう促す。
「失礼しますね」と入ってきたユリアは、いつも通りのドレス姿。家の中でいつも着ている私服ではあるが、こんな普通の家とはミスマッチが過ぎて今も少し違和感が拭えない。
「どうぞどうぞ……って、何気にユリアが俺の部屋に来ることって、珍しいよな」
この一年間で、片手で数える程にあったかないか……といったくらいだと思う。
でも、つまりそれは、その滅多になかったことをするくらいに話さなければいけないことがあるってこと、なのか?
「あまり他の人には聞かれたくない話なのです」
やはり、この家に成り行きでホームステイすることになってしまった貴族な留学生ユリアではなく、異世界の姫ユリア・ジルヴァナとして……ってことか。

とりあえず、ユリアに座るように椅子を差し出してみたが、すぐに終わりますからと断られる。
「心に留めて置いてほしいことがあるのです」
「……何?」
すっ、とユリアの周囲に常に漂う華やかな雰囲気が落ち着いた気がした。
相変わらずの優しい目だけれど、これから話す無内容は気楽に聞けることではないと告げいている気もする。

「……レンと結婚してくださるというのは、本当ですか?」
「…………………………え?」

いきなり何を言い出しますかこのお姫様は?

ユリアは、突然に何か悪いものが取り憑いたかと思わせるような力で俺の肩をぐっと引きよせる。
……でもその目はいつの間にかきらきらと輝いてる。
「私、レンとヒロトさんが仲良くなってくださって、本当にうれしいです!」
疑うことを知らない純真な笑顔が逆に怖いです!
「い、いやいやいやいやいやいやいやいや。何をトチ狂っ……いや、何を言ってるの? ユリア……」
「何をも何も……先ほど下で美羽さんにお聞きしたのですが……」
「美羽ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!」


「美羽ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
ユリアはここにいてくれ、俺が呼ぶまで絶対に部屋を出ないで。でないとこの世で最も醜い社会の縮図を見せられる羽目になるからと言いくるめておき。
俺は義経の逆落としのびっくりな勢いで階段を駆け下り……というか三段目辺りでジャンプして前回り受身で着地した。
「お前なあっ、ユリアに何吹き込んで「うっさい馬鹿兄貴Act3!! FREEEEEEEEEZ!」
ああ、俺はこの声を後ろから聞いた次の瞬間、ちょっと振り向いてすぐに気を失ったのだけれど。
美羽が手に持っていた物はフライパンという調理器具の名を冠した鈍器だったような……まあこれ以上考えると恐ろしくなるので次に目を覚ます時までに忘れておこう。


どうやら一時間近くは気絶していたらしく、目覚めた時にはすでに午後七時を回っていた。
そろそろ死んでもおかしくないと思う怪我だったと感じたのだが、一日に二度も気絶させられる情けない兄をも手厚く看護してくれている妹のおかげでそれほど体調に不備はなかった。
……ここは穏便に流そう。そうしないとまともに話も出来ないし、世界崩壊前に妹に殺されたくはない。


「でな、美羽……。それはただの噂なんだよ、わかる?」
「でも、火の無い所に煙はたたないわ」
俺の大人な態度によってようやくまともな話し合いとなっている。
しかし、レンは放心状態でぼーっとしていて弁解は期待できないので、実質俺対美羽のいつもの口喧嘩だ。(美優は当然のごとく仲裁役)
「あのな、レンのプライベートな事情なんで話せないが……俺とレンがどうこうってことは全くないんだよ!」
「だったら、何であんなに妙な噂ばっかり伝播してんのよ!?」
ばんばんと力強くテーブルを叩きながら怒鳴る美羽。
完全に噂を真実として捉えてしまって、そのイメージが定着しているらしい。
マスコミに踊らされるのはやっぱりこういう単純な人間か……我が妹ながら哀れだ……。
「ちょっと、人を地面に落ちた蝉を見るような目で見るのはやめてよ!」
「いや、そんな目では見てないよ!?」
どんな被害妄想だ。

「お姉ちゃん、お兄ちゃん……」
不毛な兄妹喧嘩に、控え目な仲裁役が口をはさむ。
「あのさ……私は……その、お兄ちゃんがレンさんと……ごにょごにょ……なことをしてたなんて、もちろん信じてないんだけど……」
そのごにょごにょの部分を是非はっきり口に出して頂きたたかったが、レンはどうやらそれを聞き出して轟沈したらしいので俺は聞かずにおこう。
「本当にあったことを、ただ順を追って話してくれれば……私は信じるよ? お姉ちゃんも、そうだよね?」
「う……ま、まあ。兄貴は嘘はあんま言わないし、それでいいけど……」
さっきまで話そうとしても聞く耳を持とうとしなかったやつが、美優のおかげでえらい変わりようだ。
やはり妹に勝てる姉はいないということか。



「あのな、レンは俺のところにある相談に来たんだよ」
「まずそれが納得いかない!」
いきなり話の腰を折る空気の読めないツインテールだ、グドンを呼びたい気分になってくる。
「何が納得いかないんだよ?」
「だって、兄貴に相談しても何か解決するとは思えないし」
数分前に信じると言ったことはすでに忘れているようですね。
いきなり手のひらを返す妹に一種の感動と諦観と悲哀を感じながらも『そういうことにしておいてくれよ』とスルーして話を続ける。
レンが放心から目覚めれば実証も楽なんだがな……。
「その内容は明かせないんだけど、その時に俺が……あれだ、ホモだのなんだの口に出しちゃったんだよ。
それですったもんだ……なんやかんやあって、二人で話せる場所を探して体育倉庫に入って、外に出るとこを目撃された……ただそれだけだ」
「…………それだけ、ねえ」
美羽の目は、やはりまだ『納得できない』ということを俺に告げていて、やたらとじっとりとした視線でこの部屋の湿度を三パーセントくらいあげている気がする。
「お、お姉ちゃん。お兄ちゃんも正直に話してくれたみたいだし……もうこの話は終わりにしよっ? レンさんも、このままじゃ可哀想だよ」
「……そうね、お腹減ったし。でも、噂は兄貴がちゃんと静めてよ? 恥ずかしくて学校に行けなくなるのなんて嫌だし!」
「ああ、わかったよ」
まあ、結局は美優の懇願によってこの場は丸く収まり、やっと夕飯にありつける……と思ったのだけれど。
「あれ、そういえばユリアさんは?」
「あ? ……あーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」

そういえば、ずっと部屋に放置したままじゃないか!!

結局、この日は復活したレンにユリアに狼藉を働いたことを散々に怒られ、ついでに便乗した美羽にも怒られたりして。
久しぶりに騒ぎまくって近所迷惑になってしまったけれど、皆で喧嘩したり遊んだりするのはとても楽しくて……この日は、大切な日常の一ページとして、胸の中に刻み込まれた。




朝七時。
まだ部活の朝練に来ている生徒もいない、グラウンドには早めに目覚めた蝉だけが蒸し暑い空気に鳴き声を響かせていた。
「……緊張するな」
しかし、その蝉の鳴き声にさえも負けてしまいそうな声でレンが呟く。
いつもはいくら暑くても汗一つかかずに平然としているようなレンでも、多少冷や汗をかいているのは気のせいではない。
「そんなに緊張してるのか? レンだったら今までにいろんな修羅場とかくぐりぬけてるんだろ?」
何せ俺達からすれば、レンは本当にファンタジーな世界の騎士候なのだ。
今までに様々な武勇伝を聞かせてもらったことはある。
そのどれもが子供の頃に目を輝かせて見ていたアニメや特撮番組のように、わくわくして早く続きが聞きたいと思わせられる、臨場感に充ち溢れた話だった。
もちろんその中には本当に死ぬ目に合ったというような話もあったわけで……。
そんな体験をしてきたレンが(特殊な嗜好の人間とはいえ)平凡な男子学生との惚れた腫れたの問題でこれ程までに緊張するとは予想外だった。

「……確かにな、命の危機というだけなら今の年齢以上の回数に遭遇したことがある。だが、私にとって恋愛などというものは全く縁のないものだったから……」
それに、とレンが続ける。
「戦場での命のやり取りならば、向い合う相手と私、そのどちらかが死ねば……それで終わりだ。
だがこういった場では違うだろう? 断った後でも、相手はずっとそのまま生きている。その後のことさえも考えなければいけない。
例え……後僅かな時間で滅び去る命だとしても、私には恋に破れ去った人間の気持ちがわからなくて、怖いんだ……」

おかしいものだよな。と自嘲するかのように呟くレン。

……つまるところ、一番恐ろしいのは剣よりも人の心ということか。
レンがこの世界に生きる普通の学生だったならば、そんなことは微塵にも考えなかったのだろう。
だが、異世界から来て世界の崩壊と向き合っているから、この世界の人間の悲劇を知っているから、こうして悩んでいる。

「崩壊については、誰もどうしようもない……だろ? レンに責任は無い、断りたいなら断るべきだよ」
「ふっ……。これが、私を女として見ての告白なら、少々考えてみても良かったのだけれどな……」
だったら俺がと言おうとして、やめた。
そんなギャグを言う雰囲気では無い。俺は美羽と違って空気を読む人種だからな。


とりあえず、俺が一緒に『例の彼』の前に出るわけにはいかない。
多少良心が咎めるが、レンを先に行かせ俺は家政婦よろしく覗き見るという寸法だ。
「もしトラブルがあったら、出てきてくれ」とレンに頼まれているわけだし。(その時の行動については考えていない、アドリブというやつだ)

「…………」
校舎の影から顔を半分だけ出す。
こちらを注意深く見られたらすぐにばれそうではあるが、二人は今お互いの顔しか見ていないので大丈夫だろう。
(しかし……)
相手の男子生徒は、美少年というよりも美丈夫という言葉が似合う古風な感じの男だった。
あの容姿ならそれなりに女の子にモテそうな気がするのだが、ホモというのは何とも惜しい気がする。
まあ、自分の価値観を押しつけたところでしゃーないんだけどな……。

「……まし……か?」
「…………いては…………ざんね…………ど……」

この距離からではどうにも全ての声を聞き取れないが、話し合いは今のところ穏便に進んでいるらしい。
落ち着いた様子の人だし、いきなりトチ狂って暴れ出したりはしないだろう。
このまま無事にことが終わることをのぞ――「ヒロくんやっほっ!」
「っ~~~~~~~!!!」
声を出さなかった自分を褒めてやりたい。
俺は背後からやってきた無粋な闖入者をサイレントに怒鳴り付けた。
「(陽菜っ! 今ちょっと大事な時だから少し黙ってろっ!)」
「(え、ちょ……何……?)」
「(いいから大きな声出すな、黙って見てろ!)」
「(え、レンちゃん……? ま、まさか告白……!? の……覗きは良くないよー!)」
俺だって、覗きたくて覗いてるわけじゃない。
「(事情は後で説明するから、今は黙って見てろ……!)」
どこからついてきてしまったのかは知らないが、今は騒ぎ立てられるよりは黙っていてもらう方が重要だ。
ここで俺達が見つかってしまえば、その時点で『信頼』という最も大事なものが失われてしまう。

……しかし、そんな心配はただの杞憂だったようだ。
二人は仲の良い友人同士のような笑顔を浮かべて談笑していた。
レンの笑顔のさわやかさを見れば、男女間の友情を信じていない人間でも、その存在を認めざるを得なくなるだろう。

「(レンちゃん……告白をOKしたのかな……?)」
陽菜が俺の頭の上からひそひそと口を開いた。
「(いや、それは無い……と、思う)」
「(何でわかるの?)」
陽菜の疑問は事情を知らない人間としては当然だが、今は一から説明してやるような余裕は無い。
俺はただ、「わかるから」とだけ一言返して、そのまま監視を続行した。

「…………うこと……だ……すま……い」
「……ったよ……じゃあ……」

美丈夫が少しだけ哀愁のこもった笑顔を浮かべて、校舎裏をそのまま向こうに歩いて行く。
……その顔から、レンがきちんと断ったのだということが理解できた。
(ん……。なんで俺は微妙にホッとしてんだろうな……?)
まあ、俺も一枚噛んでいたわけだし。仲間としてうまくいったということを喜んでいるだけ……ということにしておこう。
深く考えるとあまり良くない事態に陥りそうな気がする。

そんな風に無理やりに自分の心を納得させていると、レンも一仕事終えたようないい顔をしてこちらに向かってきて――陽菜の顔を見て固まった。
「な、ななななななななな何故こ、ここにヒヒヒヒナヒナヒナがが……っ!!」
やばい、予想外の事態に壊れたカセットテープみたいになってしまっている。
って、顔真っ赤にしながら剣抜いてどうするんですかー!?
「ちょ、ちょちょちょっとレンちゃん! わ、悪気はなかったのっ! ただ偶然ヒロくんについてきたら見ちゃっただけでっ!」
「だが見てしまったのだろう! ヒロト殿には私から随伴を頼んだので文句はない……が、ヒナぁぁぁぁぁっ!」
「わきゃああああっ! お命だけはご勘弁をーーーっ!!」
「レン、ストップストオオップ!!」


この騒動については、陽菜にこの朝のことを誰にも話さないと確約させ、レンも陽菜に襲いかかったことを謝らせたことで何とか事なきを得た。
レンが何を話したのかはわからないけれど、もう心配無いようだったし、後は自分が考えるべきことだけを考えていればいいかと思っていたのだけれど。

簡単に終わり過ぎだってことを疑っておくべきだったんだ。
……そう、何でもあっさりと終わる話には続きがある。俺はそのことを失念してしまっていたんだ。



校門で姫を待つというレンを残し、俺と陽菜は一足先に教室に入ることにした。
「……ふう」
朝から一つの試練を乗り越えはしたが、先のことを考えるとやはり能天気なままではいられないな……。
どうしても年寄りくさい溜息が出てしまっていけない。
「ねえねえ、ヒロくん」
「あ?」
夏の暑さにテンションを奪われたのか、レンに勢いを削り取られたのかはわからないが、昨日よりはテンション抑えめな陽菜が隣に座りながら言った。
「やっぱり……ヒロくんは、レンちゃんと付き合ってるのかな?」
「…………………………は?」
唐突な質問に唖然としながらも周囲を確認する。
まだ早朝で俺達以外に人がいなくて助かった、他の奴らにこんな話を聞かれたら昨日の噂に追い風を吹かせてしまう。
「あのな、その噂とやらがどんなものなのかは知らないが……ああ、言わなくていい、聞きたくもないからな。ただ、その噂は確実に九割出任せだ!」
「……そうなんだ?」
「そうなの」
「ふーん…………」
「………………」
「………………」
陽菜は微妙に不満そうな面持ちのままで少しの間黙っていたが、やっぱり我慢出来ないとでも言いたげに口を開いた。


「でもさ」
「何だよ」
「大事な告白に付き添ってもらいたいって思うほど、信頼されてるってことでしょ?」
「………………それにもさ、面倒くさい事情があるんだよ」
とりあえず、あの美丈夫がホモだということを自ら公言していない限り、俺がそのことを言いふらすわけにはいかない。
レンが俺に相談したのは……まあ仕方ないことだとして、だ。
「どのくらい面倒くさいの?」
「第四次の栄光の落日くらい……」
「う、そ、それは……」
陽菜もその一言には流石に納得せざるをえなかったようだ。
というかこれで伝わる仲って素晴らしいよね、持つべきは同じジャンルのゲームをやる友人だ。

「ああ、そうだ」
「ふぇぃ?」
その返事はどうなんだろうとか考えつつも、これ以上さっきの話を蒸し返されないようにこちらから話しを振ることにする。
こちらが会話の主導権さえ握ってしまえば陽菜も蒸し返したりはしないだろう、こいつはこいつでそれなりに『わかってる』やつだからな。
「ずっと渡そうと思って忘れてたんだけどさ……これ、陽菜が落としたもんだよな?」
俺は鞄の中から昨日拾ったカセットテープ(らしきもの)を取り出した。
「あー! それっ!!」
驚異的な反応速度で、俺の手のひらの上からテープが奪い取られる。
陽菜はそれを両手で包むようにしてふうと安堵の息を一つついた。
「良かったぁ……ずっと探してたんだよぉ……」
「そんな大事なもんだったのか? ってかそれって何に使うんだっけ?」
「これはね、ビデオカメラのテープだよ!」
「……ああ、なるほど」
ようやく記憶の糸がつながった。
こういったテープを使うビデオカメラなんて、一般人はもうそうそう使う人はいないだろうからな。
「でも、なんでそんなもん持ってるんだ?」
「えへへ、最近はビデオ撮影がマイブームなのですよ。そこら辺の景色とか色々撮ってるんだー」
両手の人差し指と親指で空間を四角く区切り、カメラマンのようにこちらを覗き込む陽菜。
様になっているようでなっていない、まだにわかと言ったところか。
「なるほどな……。流行りにのってばかりの陽菜にとってはなかなか味のある趣味じゃないか」
……思い出を物として残るカタチでとっておくのは、悪くない。
そんな考えも同時に脳裏を過った。
「な、何を言いますかー!? 私はいつでも個性派ですよ? 時代に背を向けて走り続ける孤高な女ですよっ!」
「持ち金全部二千円札にして自販機の前で泣いたり大して好きでもない韓流ドラマ見たりビリー○ブートキャンプのDVDでぼったくられたりするのが時代に背を向けた行為だとは知らなかった」
「ふぐぅ……!!」
河豚はともかく、陽菜いじめは楽しかったりする。
まあやりすぎるとたまにガチ泣きされることがあるので程ほどにしつつもさらにちょっといじってみるかなんて思ったその時。

「朝から仲がいいな、二人とも」
いつからいたのか――――ノア先生が、開いたドアに少しだるそうにもたれかかりながらこちらを見ていた。
「何でいるんだという顔だが、私としてはこんな早朝に生徒がいることの方が驚きだ」
こつこつと小気味良い足音を鳴らしながらノア先生がこちらに近づいてくる。
「まあ、ちょっとした野暮用ですよ」
「あはは、その随伴みたいな感じです」
……あれ?
そういえば、陽菜が早く来ていた理由を聞いてないことに今気がついた。
まあ、別にどうでもいいか。そんなのは恐らくビックリマンチョコにおけるおまけのチョコみたいなもんだ。(メインはシール)
「ふぅむ、野暮用と呼ばれる用事の大体はどこかでフラグをたてる為の重要イベントだったりするのだけれどな」
ノア先生のメタ的発言はスルーするしかない、凡俗には理解できない天啓にも似たお言葉なのだ。
「ん? それはビデオテープか。これまた微妙に懐かしいものを持ち出して私に好感度と内申を稼ごうと言う、FC版DQ3における防御キャンセル並にこすい作戦かな? どちらのものだ?」
素の表情のまま言うからわかりにくいけれど、この人なりの冗談……だと思う。
ノア先生曰く「私は冗談など言わないよ」らしいが、そんなのは絶対嘘でこの人の五割くらいは冗談で出来ていると思う。
……一般人との感性がずれているとの説もあるが。
「あ、それ……私のです」
陽菜がたははと苦笑しながらゆるゆると手を挙げた。
「でも、内申稼ぎとかそういうんじゃないですよ? 宿題だって今日はちゃんと持ってきてますし」
「宿題!?」
そうだ。
ノア先生は先週の金曜日に今日が締切の宿題を出していたじゃないか!
先生曰く「やってこない奴はぐっちょんぐっちょんのエロゾンビにする」との談でクラス中を恐怖に陥れたのを俺は完全に忘れ去っていた。
……いや、まあ、もっと考えるべきこともあったのだから仕方のないのかもしれないけれど。
それでも、今から三千世界の生き物全てが裸足で逃げ出すような恐ろしい罰が待っているのかと思うと……!

「宿題? 別にいいよ、出さなくても」
「え?」
意外すぎる言葉に顔をあげてノア先生を見れば、先生は髪を優雅にかきあげて妖艶な流し目でこちらを見返して言った。
「どうでもいい、と言ったのさ。それとも私の暇つぶしの道具になってみるか? 結城兄」
「い、いえ! 全力で遠慮しておきます!」
どういう風の吹きまわしかわからないが、ノア先生の慈悲なんて百年に一度あるかないかと言った確率だろう。
この降って湧いたような幸運はありがたく享受するべきだと判断しておく。

しかし、陽菜は物凄く文句言いたげな目をしていた。
宿題は無駄な頑張りになってしまったわけだし、一言くらい言ってもばちも当たらないだろうけど、あくまでもちょっとむっとしただけで終わらせる辺り陽菜の人間の出来ている所だと思う。


まあノア先生はそんなこと意にも介さずにテープをひょいと手に取った。
「ま、そんなことはどうでもいいさ……このテープには何が写っているんだ?」
「あ……えっと、私達の子供の頃のことが……もろもろと……です」
先生は「子供の頃、ねえ」とどこか懐かしむような顔で手遊びのようにテープをいじっている。
「私から見れば、君たちはまだ子供なのだが……そんなことはどうでもいいか」
「…………」
「ヒロくん、どしたの?」
「え、ああ……いや……」
実を言うと、陽菜の言う子供の頃というのが良く思い出せなくて、少し不安だった。
記憶を遡って行き、靄がかかり始めるのは5歳くらいの頃だっただろうか……?
美羽はあの頃から俺を既に兄貴と呼んでいて……良く、美優も一緒に三人で遊んでいた、と思う。
お兄ちゃんと呼ばれていた記憶はあるのだ、ただ顔が黒く塗りつぶされたかのように、映像として表れてこない。
……そして、陽菜のことすらも、良く思い出すことが出来なかったのだ。

5歳の時のことなんて、覚えていなくても仕方がないのかもしれない。
だけれども、過去が思い出せないということがわかると、途端に自分を支える足場が脆くなった気がしてしまう。
こんな不安定な人間が、残り少ない未来を見据えることができるのか……と。

「ヒロ君……大丈夫?」
「え? あ、ああ」
陽菜が心配そうに眉をよせてこちらを見つめていた。
……そこまで不安そうな顔を見せていただろうか? 大したことでは無い、そのはずなのに……。
「…………なるほど」
ノア先生は何かを納得したと言いたげにメガネをくいと押し上げる。
「沢井の片恋慕は昔からそういった気遣いとして表れていたのだな」
は? かたれんぼ?
俺はすぐにその意味はつかめなかったのだが、陽菜はぼっと顔を赤くして、「や、やっ! 何言ってるんですかーっ! もーっ!!」なんて先生に掴みかかっている。
ああ、かたれんぼという字がどういう風に書くのかやっと変換できた。……って、片恋慕!?
「どうやら、結城兄も何やら否定したげな顔をしているな。……全く、二次元の中にしか存在しないと思っていたよ、君達のような人間は」
陽菜は子供みたいに腕をばたつかせてノア先生に否定を求めているが、しなやかに長い腕に頭を押さえつけられて全く無効化されていた。
……何だか、ここで深く突っ込みすぎるのはセルフで墓穴な気がするのでやめておこう。ノア先生を面白がらせるだけだ。

この時俺はまた大事な答えを一つ保留にしたのだけれど、またそれに気付かない振りをした。、


「そう暴れるな沢井、もうそろそろ他の奴らもやってくる。話は授業の後にでも聞いてやるさ」
「なんですかそれーっ! 大体ヒロくんはレンちゃんと……!」
「っ!」
おい陽菜何言おうとしてるやめろ!
そう怒鳴ろうとしたところで、クラスメイトの男子が三人程入ってきて、陽菜も流石に聞かれまいと口をつぐんだ。
ノア先生は口の端を釣り上げるようににやりといやらしい笑みを浮かべて「またな」と教壇の方へ戻っていく。
……ほんと、食えない人だ。



それからしばらして、すぐに教室は生徒達の喧噪で埋め尽くされた。
良かったと思えるのは、誰も噂のことなど口にしていなかったという点か。
やっぱり、ホモだのなんだの馬鹿らしい噂を皆が信じるわけがない、レンが女であるということは周知の事実なのだから。
(ま、歪曲して解釈してる人もいるかもしれないけど……口に出さなければ問題ないだろう)

「……お」
始業の鐘が鳴る直前に、ようやくユリアとレンがやってきた。
流れる金髪とスカートが尾を引いて流れ、朝からその優雅な姿に魅了された男がユリアに挨拶をしている。
俺は離れた所から二人に軽く手をあげて挨拶をしたのだけれど、ユリアだけが軽く会釈をして、レンは何故か少し悲しそうな目でこちらを見ていて……それだけだった。
「……?」
しかしそれが何故かを聞く隙も無くHRが始まってしまう。
席が離れているので授業中にこっそり聞いたりも出来ないし……まあでも、気にするほどでもないか。


「今日も黒須は休みか……まあ正常だな」
いないことが常とされている生徒というのに、ある種哀れな情を感じてしまうのは禁じえなかったりする。
あいつ、まだちくわ加えてるのかな……。
「さて諸君、今朝緊急の職員会議があった。まあ私はサボったので内容がどんなものかは知らない、他の先生に聞いておいてくれ」
さらりと暴露された職務怠慢にクラス中の全員が突っ込みたそうな顔をしたが、どんな反撃が待っているやもわからないので誰も何も言わない。
蛇が出るとわかっているのに藪をつつく馬鹿はいないということだ。

「ま、今日の私の話なんだがな……。……そうだな、沢井」
「ふぁぉっ!?」
ノア先生から意識を外してぼーっとしていた所に不意打ちがきた為、陽菜が頬杖をついていた腕をずらしてがたがたと驚く。
「な、なんですか!?」
自分が何かとんでもないことを仕出かしたのではないかとおろおろしながら立ち上がる。
「君は、生甲斐と呼べるものは持っているか?」
「は?」
「生甲斐だよ、生甲斐。……何かある筈だろう? 生きる目的という物が」
先生が何を言いたいのかわからない。
きっと皆そうだろう、その証拠に教室の中は陽菜の「あー? うー?」と悩む声以外は静まり返っていた。
「そ、そうですねー……。こういうこと言うと、馬鹿にされるかもしれませんけど。私は……みんなが幸せなら……私も幸せに生きていられると思います」

皆が幸せなら、それでいい。それが陽菜の答え。

……何度考えたことかわからない。幸せな日々を崩させない方法は無いものかと。


ノア先生は「成程」と頷いてメガネをくいを押し上げる。
「幸福を求める。……それが、ほぼ全人類に共通して言える生きる目的だな。
今の生活が幸福だと思う者もいれば、満たされぬ欲望の為に生きる者もいる。
ようは、自分のやりたいことが出来れば、自分の願う通りに物事が運べばそれでいいということだ。
その為に、人間は皆生きている……」
「あ、あの、それが……どうかしたんですか?」
「前振りだよ、もう少し付き合ってくれ。そうだな、じゃあ次は……結城兄」
「はっ?」
まさか俺の方に矛が向くとは思っていなかったので、素っ頓狂な声を上げてしまった。
「自分のやりたいことをやる為には、自分の願いを叶える為には、どうしたらいい?」
「どうすればいい……って、言葉遊びみたいになりますけど……」
ノア先生はそれでいいとも何とも言わない。ただそのエメラルドをはめ込んだみたいな奇麗な瞳でこちらを見るだけ。
俺は、自分に集まるの視線の中、針のむしろのような気分になりながら言葉を選んで話す。
「やりたいことをやる為には……その、やりたいことをやる為に努力するしかないんじゃないですか?」
馬鹿っぽいけれど、そんなの願いごとが個人によって違う以上これ以外のことは下手に言えなかった。
「そうだな、その通り。大抵やりたい事の前には苦難が待ち構えているだろう? 例えば、夏休みの宿題……とかな」
宿題という言葉に何人かが反応して身を震わせた。
きっと俺と同じように宿題を忘れてきたのだろう。……まあ、もう提出しなくても良いと本人が言ったのだからいいのだろうけれど。
「宿題という苦難を早めに終わらせた者だけが、自由に遊ぶことができる。やりたいことができるわけだ……」
ぱちん、静寂が場を支配する中で、ノア先生が指を弾く音だけが響く。ユリアやレンでさえも、黙ってじっと先生を見ている。
先生が話す時は私語をしてはいけない。それは彼女の授業を受けたことがある生徒ならば誰しもが理解していることだろう。
ノア先生は良く自分に陶酔して話をすることが多く、またそれを邪魔されることを酷く嫌う。
生徒の私語=死語と成すというのは先生が担任になって最初に言われたことだけれど、今でもあの時の迫力は忘れられない。
……だけれど、今はなんだか静寂の質が違う。

今の先生の話は、いつもと違って聞き慣れない単語があまり出てこない、普段ならばルサンチマンだとか政治のプロパカンダがどうだとか次元連結システムがなんたらとか、そういう話ばっかりなのに。
できるだけ易しい言葉を選んで、何かを伝えようとしていて。
そして、皆それを汲み取ろうとしている。そんな気がしたのだ。



「ここで重要なのは、苦難はほぼ確実に避けられないということだ」
ずきんと、刺すような痛みを心が感じた。
ノア先生に俺の心が読める筈も無い、これはただ俺の問題だ。
「夏休みの宿題は早めに終わらせねば後にツケが回るだけ……。結局、どれだけ苦しかろうとやらなければいけないことがある」
「………………」
俺は、その言葉を黙って受け止めた。
ノア先生は、だけれどそこで「しかしだ」と一転調子を変えて軽い口調で言った。

「…………だけれどな、誰だって苦しいことは嫌だ。辛い選択はしたくない。責任からは逃れたい。そう願うだろ?
そういう人間の為にもう一つ選択肢がある、それは苦難から『逃げる』ということだ! 何でも逃げ切れば勝ちだ!」
……何か嫌な予感。
長々とした前置きの末に聞きたくも無いオチが待っている、そんな予感がする。
いや、もうこれは確信だ。この人は絶対に、常人には理解できない理屈を持ってオチをつけに来る!
「そして、このノア・アメスタシアにはやるべきことがある! その為に私は今から逃亡する! 追いかけてきても、遊んでいるのも構わない! 授業は自習だ!」
ガラララ ピシャリ。
教室の戸が開かれて、また閉められて。
教壇の上にはもう誰もいない、ただ少しくすんだ黒板だけが寂しそうに授業が行われるのを待っていた。
「……え?」
皆が皆呆然としている。
いや、確かに前からめちゃくちゃな先生ではあったけれども……こんな風にサボったりなんてことは一度もなかった。
……だけれども、どこか皆『ノア先生だから仕方ない』みたいな顔をしている。
普通ならば怒って職員室に殴り込みなんてする所かもしれないけれど、このクラスは与えられた自習の時間を好きに使うことを選んだようだった。
ツールボックス

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