ABCまとめ2


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1 学校に行く =ノアもしくは陽菜ルート


……まあ、休んで部屋に引きこもってもいい考えなんて浮かぶわけないよな。
そもそも何を持って「いい考え」なのかわからないし。
この問題に正しい答えなんてないに決まっている。

後一人、誰を選ぶか……なんて。


「……みんな行っちゃったか」
まあ、今からでは走らないと遅刻しそうな時間帯だし当たり前だ。
だけれど俺はその状況に反逆するかのごとくゆっくりと時速2kmの鈍足で歩き出す。

学校には行くけれど遅刻くらいはしてもいいだろう、なんて考える辺り。
やっぱり少し捨て鉢になってるよな、そうならないように意識はしてるんだけど。

ま、ノア先生ならそこら辺結構寛大だったりするしな……。


「とってったーん。とてったーん。おいーっす!」
「ん? ってうおぁぇっ!!」
背後からの飛んできた力士の張り手のような衝撃に押し飛ばされ、危うくアスファルトに頭から突っ込みそうになる。
「おおう? 吹っ飛びすぎだよー。胆力が足りんよ胆力が」
「……陽菜、お前何すんだよ」
振り向けば、そこにはやたらとてかてか輝く太陽みたいな笑みを浮かべた陽菜が立っていた……が、俺はそんな陽菜と対照的に陰気な目で睨みつける。
「そんなの挨拶に決まってるよ」
お前の挨拶とは友人を地面にキスさせようとすることを言うのか?
「というか今日はユリアちゃんとかユリアちゃんはいないの?」
ユリアだけしか頭の中にいないのか。
「時間帯考えればわかるだろ? 今歩いてるのはたぶん俺達くらいのもんだよ」
「うえ、そういやそうじゃんそうじゃんやばいじゃん! ほら、ダッシュしないと!」
今さっきまで忘れていたのか知らないが、とたんに青い顔をして俺の腕を掴もうとする陽菜。
だが俺はその腕をすっと引いてかわした。
「ちょ、ちょっとっ、走らないと遅刻するよっ!」
「あー、いーや。遅刻しても……」
何だか、一度気を抜くとなかなかやる気が出ないもんだな。
風船の空気を抜くのは簡単だが入れるのはその何倍も労力がいる。
「ん? んー……?」
「な、なんだ?」
陽菜が俺の様子を変に思ったのか、ぬっと顔を寄せてこちらを覗き見てくる。
……顔が近い、後数センチ前に動かせばキス出来てしまう程に。
「なんか、ヒロ君さ……前々から思ってたけど……変わったよね」
「変わったって、何が?」
どもらずに答えることはできたけれど、内心少し焦った。
陽菜に何かを見透かされた気がして、急いで心の内を悟られないよう取り繕う。
「ん……結構前から思ってたんだけど、さ」
陽菜が少し言葉を選んでいる隙に、会話の流れを変えるべく俺は言った。
「別に何も変わらないよ、変なこと言うとキスするぞ?」
する気なんて全くなかった。
ただ陽菜はぼっと顔を赤くして、「ばかっ」とでも言いだしながら逃げ出す……と思ったのだけど。
「ん? してもいーよっ」
「なっ……」
「んちゃってー! じゃあねっ! 適当に代返頼んどいてあげるよーっ」
陽菜が急加速して俺の目前から離脱し、ぶんぶんと手を振りながら曲り角を曲がって視界から消えていく。

……やられた。
いつもは俺が主導権をとれているのに、今日は完全にからかわれたな。
いつもならあそこで逃げ出すのが陽菜らしい反応だと思ったのに、何というか、あいつも変わった……のか?

「ちっ……ん?」


ちょっとした悔しさを胸の内に収め歩き出そうと足を動かしたら、かつんとつま先に何かが当たる。
陽菜の落し物かと思い拾い上げてみれば、それはなんとも懐かしさを感じさせる代物だった。
「カセットテープ、か?」
いや、それより一回り小さい。
こういうの、何に使うんだっけなあ。昔見たことある気がするんだけどどうも思い出せない。
「うーん……」
ちょっとした時間の流れにショックを受けながら、まあこれは後で陽菜に渡しておくかと鞄にしまっておき、再び学校への道を歩き出した。



学校に来たのはいい、いいのだけれど教室についた時には誰もいなかった。
どうやら教室移動で皆化学室に行っているらしい。
「…………丁度俺が嫌いな授業か」
モルとかコサインとか見てると体がむずむずするんだよな……。

そういうわけで、俺はサボリ学生にも寛大な購買のおばちゃんに感謝しながら、屋上への踊り場へ向かうことにした。
ちなみに屋上へは入ることは出来ない。……いや一ヶ月くらい前までは入れたのに、何故か急に閉鎖されたのだ。
美羽達なんかと結構一緒にお昼を食べたりしていた憩いの場だったのに、まあ夏は暑いからあまり利用しないのだが。
「え」
しかし、踊り場についてみれば、何故か扉がほんの少しだけの隙間を残して開いていた。
誰かのいたずらか、管理者の怠慢か。
どちらにせよこれは入らないわけにはいかない。俺は躊躇うことなくノブに手をかけて扉を押す。


「……でかっ!!」
屋上自体は、何も変わらない。ちゃんとフェンスがあって、ベンチがあって、どこかが壊れたりして閉鎖されたわけじゃあない。
恐らく、というか絶対に、原因はこれだ。

屋上の面積の半分以上を占める巨大な物体。全体にブルーシートがかけられているために何かはわからないがとにかくでかい。
「なんだ、これ」
良くわからないが好奇心を刺激する、隠されたら見たくなる。それが人間というものだ。
だけれど、それは一枚の紙きれによって阻止された。

『見たら殺す』

まるで俺がここからめくってみるとわかっていたかのような位置に、そう毒々しい筆致で書かれた紙が貼ってあった。
「……二枚あるな……」
ぺらりとめくってみる。
『見たら→→→→→→↓』
「…………」
思わず矢印の方向を見てしまう……が、その先にはフェンスとその向こうに広がる青い空しかない。
つまり、見たら紐無しバンジーさせるぞこのファッキン野郎ということ、か。
見たかどうかの証拠なんて残らないと思うが、こんな紙を残すくらいだから何かトラップが仕掛けられていても不思議じゃないな。
「やめておくか……」
まあサボるのに不都合はないしこのままにしておこう。

……『最後の日』に見てみるのもいいかもしれないけどな。



「……あーあ」
ベンチにぐたっと腰をかけ、まるで生き甲斐だった会社でリストラされ公園で呆然とするサラリーマンのようにもそもそと飯を食い始める。
昼休みの争奪戦に巻き込まれていたら確実に手に入らなかっただろうヤキソバパンだ。ありがたく頂くとしよう。

パクリと一口。

「うめぇ!」

芳醇なソースの香りと紅ショウガが絶妙なハーモニーを生み出し、一度食べ出したらその勢いが止まらない。
こんなにうまかったのかよ、入学してからずっと諦めてたから知らなかったよ、購買のレベル超えてるよこれ。
もう余計な比喩とか必要ないな、ただ「美味しい」という一言だけがすべてだ。
これから毎日さぼってこれを買おうかなんて邪な考えが脳裏を過ったが、流石にそれは無いわな……。

「ん? 開いてる……ってなんじゃこりゃあああああ!」
今朝の妹ばりにGパンな叫びに入口の方を見てみれば、悪友の貴俊が謎の物体を目の前して固まっていた。
「これはツンツンと好奇心が刺激されるな……中身はなんだ?」
ブルーシートに手をかけた所で、一応は止めておいたとやるかと声をかける。
次の日の新聞の隅に、『アホ高校生転落死』なんて記事が載ったら後味が悪い。
「やめとけよ、貴俊」
「あ? お、おお! お前は……! …………お前じゃないか!」
「……帰るわ」
「やーめーろーよー冗談だよー大翔ー、でゅくし! でゅくし!」
「小学生かお前は」
ええい鬱陶しいと、やたらと絡んでくる貴俊を振り払う。
「冷たいなあ、大翔は。サボリか?」
どかっと隣に座る貴俊、その右手にはやたらと膨れ上がった鞄が握られている。
……なんか異様な膨張率を見せているが、少し怖いので触れないでおこう。
「まあ、サボリだな。ただちょっと大人な事情の考えごとがあってさ」
「大人な事情か、それよりあのでかいのなんだろうな?」
華麗にスルーしやがった。
まあ突っ込まれた所まで訊かれても困るだけなんだけど、無視されるのは結構むかつく。
人間ってのは自分勝手な生き物だなあ。
「さあな、わかんないけど。見たら殺されるらしいぞ」
ちょっとした苛立ちを胸の内に収めながら言う。
貴俊は、もう興味を失ったのか「ふーん」と適当に返しながら鞄から五本のちくわを取り出した。
「ってちくわ!? 何故ちくわ!?」
「昼飯……かなあ?」
「かなあって」
疑問形で言われても。
しかも貴俊はその五本のちくわを食べるのかと思いきやお手玉し始めた。
いや、物凄いジャグリング技術で普段なら褒めてやりたいところだけどそれは食べ物だ、粗末にしちゃいけない。
「おい、ちくわで遊ぶなよ」
「ちくわって投げる為にあるんだぜ?」
お前のちくわの使い方、イエスだね! ……とか言うわけがないし、もうこの行為の意味自体わからない。
「ここで鉄アレイ入りまーす」
「やめろこのファミコン忍者野郎!」
最近レトロゲーにはまってるとか言ってた気がしてたけど、リアルに影響を及ぼすなこのゲーム脳が。
お前みたいな奴のせいで規制がどんどんと厳しく「あ」……って『あ』って何だ『あ』って。
貴俊の上空を見上げる視線を追えば、ゆっくりと空に舞い上がった鉄アレイが背面跳びでフェンスを乗り越えようとしていた。
力加減を間違えたのか知らないがちくわもそれに追随して舞い散った。
「お……おおおおおいっ!」
落ちてゆく鉄アレイ、そしてちくわ。焦ってフェンスに張り付くも、真下までは見えないので目で追うことはできなかった。
「…………」
「…………」
隣で冷や汗をたらたら掻いている貴俊と眼が合う。

「ニコッ」
「ニコじゃねえよ! 下に人がいたらどうすんだよ!」
「それでもちくわなら……ちくわなら何とかしてくれる……!」
してくれないし、出来るわけもない。
とりあえずお前は反省の色を見せておけ、不祥事起こして逆切れする会社役員じゃあるまいし。
「ま、まあ何も声は聞こえないし、大丈夫だって!」
「……そうだったらいいけどな」
気になりはしたが、ここから下まで全力疾走するのも面倒くさい。
まあ今は体育の授業はどこもやってないようだし、大丈夫だろう……大丈夫だよね? うん、大丈夫。無理やり自分を納得させた。


「はあ、いい天気だなぁ」
お前は都合良く切り替えが早いよな。
自分にとって都合が悪いことは三歩歩けば忘れる男、黒須貴俊。
……だけれどそんな奴のせいで疲れるのも癪だし、俺は適当に流してペースを合わせることにする。
「暑いな……」
流石に夏の日差しがこたえてきて、汗で少し蒸れてくる。
そろそろ中に戻ろうかなと思ったが、結局サボリ場所が思い当たらずに動けない。
そんな風に思考をぐるぐるとさせている内に貴俊が口を開いた。

「大人な事情って、なんだ?」
「え?」
「言ってなかったか? 悩んでるとかさ」
「……ああ」
急に話題を巻き戻すものだから少し戸惑ってしまった。
しかし、悩みを相談できてこその友人とはいえ世界の崩壊について話すわけにはいかない。

真面目に話せば吹聴することもないだろうけれど、普通に話して信じてもらえることではないからな。
(姫に口止めもされてるし……)
だけれど、例え話なら止められてはいない。レンあたりは屁理屈だとごねそうだけれど。

「……あのさ」
「うむ」
「もしさ、明日、地球に隕石がぶつかるってわかってしまったら、どうする?」
「どうするって……」
あまりにもぶっとんだ話だったからか、貴俊が少し間の抜けた表情で驚いていた。
「地球がぶっ壊れて、皆死んじゃうんだよ。お前だったらそんな状況で何をして過ごす?」
「…………それは、真面目に考えなきゃならん話か?」
「ああ、一応考でいいから考えてみてくれないか?」
「……………………」
貴俊は俺の頼み通りに考えてくれているらしい。
普段はふざけてはいるが、友人の頼みとあらば無碍にはしない。こいつはそういう奴だ。
だからこそいつまでも友人でいたいと思っていられる。

「はあ……」
貴俊の返事を青空を見上げながら待っていると、「多分……」と貴俊が呟き始める。
「多分、何もしないな」
「え?」
それはどうとでもとれるような言葉であって、俺にとっては少し意外な科白だった。
「……その最後の日はさ、皆で遊びに出掛けるんだよ。そんで皆で腹が破裂するくらいにうまいもん食ってさ、海なんかで泳ぎまくって、恥も外聞も無く路上で歌いまくって、
 疲れたら家に帰って『おやすみ』って言って眠って……皆と一緒に死ぬだろうな」
「………………」
それは、全てを受け入れるということ。
今までの積み重ねてきた人生が、これから先ある筈の未来が、理不尽に全てが奪われるという絶望に直面しても尚……嫌、直面したからこそ、なのか。
「多分、最後に犯罪とかする奴もめっちゃくちゃ多いんだろうな、そんな日が来たら。でも俺は他人に迷惑をかけないように静かに死にたいね」
まあリアルにあるわけないから。ただの妄想だけどな。と貴俊は付け足した。
「誰かと一緒にいたい、とかないのか?」
「どうせ皆死ぬなら、同じだろ?」
……なるほどな。
「そっか。参考になったよ……ありがとう」
一つの判断材料として、貴俊の言葉を心の中に刻み込む。
「で、この質問に何の意味があったんだ? 中二病度計測か?」
「んー……多分、意味なんてない……かな」
そう、意味なんて無い。
いくら考えた所で、結局俺の胸先三寸で全てが決まってしまうのだから。
……言うならば、これはただの自己満足。自分は悪くないと、擁護するための保険。


「なるほど、やおいか!」
何を血迷い事を。
「やおい?」
「やまなし、おちなし、いみなし。……つまり……うほっ……」
即座に傍を離れようとして飛びのけば、少し逃げ遅れた左腕ががっちりと掴まれて……。


「アッーーーー」



「……じゃねえよ! キメエよ!!」
散乱したちくわを五本くらい一気に貴俊の口の中に突っ込んで逃げた。
「ふもが」
白目を剥いて口から何本ものちくわを生やした様はまさにモンスターで、そのまま校舎内を30分間ほど追い回された時は死の恐怖を感じた。
「ふもがぁー」
噛み切れよ、ちくわ……。

後日授業中の廊下を走り回るちくわ男の噂がたつことになるのだが、それはまた別の話。




「はあ」
30分の全力疾走は、最近運動不足気味だった俺には多少堪えた。一年前の運動不足から回復したと思えば、すっかり元に戻ってしまって情けない。
「疲れた……」
今はどこぞの不良みたいに校舎裏でうんこ座り中だ。
ここは絵に描いた不良のような人々はいないので安心して休むことができる。

「どうするかな……」
そろそろ教室にもどるか、しばらくここにいるか。
さして重要な選択でもないように思えるが、時間は残り少ない。

無駄な時間なんて無かった、そう思えるように行動しなければいけない……。


1 教室に戻る   陽菜ルート
2 ここにいる   ノアルート



そろそろ昼休みの時間帯だし、教室に戻るか。



昼休みの教室は相変わらずの喧噪につつまれていて、その中にユリアやレンの姿を捜したけれど見つけることはできなかった。
いつも二人は美優の作った弁当を二人で食べているはずなんだけれど、今日は主に一人のせいで時間をとられて作ることが出来なかったのだ。

……はいはい、俺のせい俺のせい。
せっかくさぼったんだから、二人の分のパンも買っといてやれば良かったな。

まあ、俺はもう昼飯を食い終わっているわけだし。
次の授業が始まるまで、この喧噪を子守唄にしながら惰眠を貪ろうとしたのだけれど、
「ひっろっとっー!」
やたらと元気すぎる幼馴染の存在がそれを許してはくれないようだった。

「と、トロツキー」
「お? き、キユ!」
ロケットで駆け抜けろ!?
「ユンカース」
「煤!」
「す、すき……」
「えっ」
「すめきときす……」
「なにそれー?」
「知るか、というか何でしりとりなんだよ」
「そんなの、私に訊かれても困るかも……」
…………。
少し前の記憶を掘り起こしてみる。
ああ、確かに俺から始まってるな。
「つーか結局遅刻どころかサボりまくってるし! 何でサボったの?」
何でと言われても困るな。特に意味なんてないのかもしれないし、敢えて言うのなら『考え事がしたかったから』だろうか。
だけれどそんなことをこの久しぶりにやってきた孫に接するお婆ちゃんみたいなお節介さを秘めている幼馴染に話せばどういうことになるかわからない。
「空が、あまりにも青かったから……かな」
「RI・FU・JI・N」
無駄にローマ字で怒られた(?)

「もう……朝も言ったけどさ。やっぱりちょっと変じゃない? 前は理由も無くサボったりはしなかったのにさ?」
「べ、別に変じゃない」
「心当たりがない人はどもったりしないよ?」
なんて的確な指摘だ……。

こ、ここは右から左に受け流して方向転換するしかない。
えーと……ま、マホカンタ!
「それを言うなら、陽菜の方だっておかしいだろ?」
「……え?」
「いや、今朝からやけにハイテンション過ぎだろ。前はそんなことなかった」
正直に言えば、これはただの苦し紛れだった。
陽菜がハイテンションになることなんてたまにあることだったし、ただその場の話を逸らすことができればそれで良かったんだ。
だけれど……。
「い、いやぁ、そんなことないって……。あはは、あははははははははは」
お前の方がよっぽど顔に出てるじゃないか。
推理小説で「私が犯人です」って名乗り出ちゃって、でもあまりにも怪しすぎるから逆に容疑から外される。
わかり易いようでわかりにくい、そんな感じだ。

「あ、あのさ……実は……」
「ヒロト殿!」
陽菜が何か口を開きかけたところで、城に打ちいられたことを告げる伝令のように必死な様相のレンが、どどっと教室になだれ込んできた。
「は、話がある! 来てくれ!」
「レン!? ど、どうした?」
ま、まさか……崩壊について何かが!?
荒々しく席を立ってレンの方に向かおうとすれば、陽菜が「あ、ヒロ君……」蚊の鳴くような声で何かを呟く。
その瞳には迷いを秘めた鈍い光があったように思えたけれど、今は構っている暇がない。
「悪い、陽菜。後にしてくれ!」
悪いとは思いつつ、俺は陽菜に背を向けた。


「レン、何があったんだ?」
なるべく人気の無い場所まで行きたかったらしいが、屋上まで行くにはあまりに時間が足りない。
まあ、今はどこでも騒がしいし、小さめの声で話せば余程注意して聞き耳をたてられない限り聞かれることはないだろう。
「その……なんだ……」
「え?」
レンにしては珍しいそのぼそぼそとした喋りに、紅潮した顔。
学ラン姿のまま目の前でそんな顔をされると、思わず変な方向に目覚めてしまいそうになる。
「だから……私……ホモ……んだ」
「ええっ!? レン、ホモだったのか!?」

ざわっ……。

一瞬にして、廊下の喧噪がピタリと止んだ。
そして、皆が皆、奇異な物を見る視線を俺とレンの二人に向けている。

レンは金魚みたいにぱくぱくと口を開いて呆然としているし。
俺もあまりに迂闊な発言をしすぎたことに焦っていると。

「……でさー……」
「あはは……」

このまま視線に晒され続けるかと思いきや。
止まっていた時が動き出したかのように、再び廊下に喧噪が戻る。
……いや、きっとそれは表向きだけの話だ。きっと、既に裏のネットワークには情報が出回りまくっているに違いない。

「きっさまあああああああああ!」
完熟トマトなんか目じゃない、太陽のプロミネンス並に熱くなってそうな顔をしたレンに胸倉を掴まれる。
「うわ!」
流石に基礎体力から違う。見た目は俺の腕の半分くらいの細さなのに、軽々と足が持ち上がってしまった。
「く、くるしいよ……」
「う、うるさい! いきなり妙なことを言い出すせいで……!」

………………。
………………?

流れ出した時が、また止まっている? 
苦しいながらも周りを見渡せば、先ほどまでと同じように、周囲の人間みんなが穴を開けそうな程にこちらを凝視していた。
こ、このままではまた妙な噂が伝播してしまう!

きっとこんな感じだ。

レンと俺がホモだとかなんとか言っていた。
       ↓
レンと俺がホモでアッーな関係だ。
       ↓
レンが俺の胸倉を掴んでいた。
       ↓
俺が別の男になびいて修羅場な状態だ。

こんな漫画的展開になってしまうに違いない! 
……違いない、のか? いや、つーかレンが女って皆わかってるはずだよな!? ならないよな!?


レンもようやく二度も視線を集めてしまっていることに気付いて、今は逆に一周して青ざめている。
「こ、こいっ!!」

びゅーん

そんな擬音が配置されそうなくらいのスピードで、廊下を駆け抜けるレン。
……俺の胸倉を掴んで引き摺りながら、だ。
その物凄い握力や腕力に感心したくなったり、抵抗出来ない自分が情けなくなったりした。


「はぁ……はぁ……」

人気に無い場所を探しまわって校舎内を駆け回っていた俺達は、ようやく体育館の器具倉庫の中で落ち着いた。

朝は誰もいなかった踊り場にいってみればそこには濃厚なキスを交わしながら乳繰り合うカップルがいたり。
校舎裏で謎のちくわ怪人に遭遇してレンが一瞬で蹴倒したりいろいろあって、ようやく、だ。

「あーあー……」
学ランの前ボタンがバラバラと取れてしまっている。
これじゃあまた美優と美羽に怒られるな……。

そんな心配をしている内に、すっと息を整えたレンが真面目な顔でこちらを睨みつけてくる。
……多少、いやかなり怒りが混じっているけれど。

「紆余曲折あったな。……いや、はっきり言わなかった私が悪いともわかっている。だからもうこの件は忘れよう」
俺も、出来るならばそうしたいところだ。
「いや、忘れてくれ。忘れたい。忘れさせてくれ……」
「お、おい、レン?」
ずんずんと沈んでいくレンに声をかけると、「はっ」と大切なことを思い出すかのように顔を上げた。

「そ、そうだ。とんでもないことが起きたのだ!」
「な……ま、まさか、崩壊について何か……!?」
「いや、そういうわけではないのだが」
えー。

レンはこほんとわざとらしい咳をして、心して聴いて欲しいと前置きをしてからしゃべりだした。
「……私はな、その……所謂ホモという人種の男に告白されてしまったのだ!」
「ぶえーっ!?」

唐突に地球がひっくりかえるような衝撃的告白を受けたせいで、ギャグ的な声で驚きを表現してしまった。
……いや世界崩壊の一週間前にこんなイベントってあーた。

「どういうこと? 順を追って説明して欲しいんだけど」
「ああ、簡単に話すとだな……」


レンが恥ずかしそうに話す内容をまとめると、大体こうなる。

昼休み。
姫は職員室に用事があり、その間レンは購買でパンを買う役目を仰せつかったそうだ。
まあ、あのぽわんとしたお姫様じゃあ購買前の戦争には勝てないだろうし、ポテンシャルの高いレンに任せるのはいい采配だと言えるだろう。

だが、いくら身体能力が常人より並はずれて高いレンとはいえ、人海戦術と慣れない戦場の前には完全な目的達成は不可能だった。
姫が名前に興味を持った三色パンは変えなかったのだ。
まあ、あの姫様は「名前からして奇麗そうなパンですね!」とか言い出しそうではある。

レンは良く頑張ったし、どう考えても姫がそんなことで怒るとは思えなかったが、このままでは合わせる顔がないと校庭をしょぼんとした顔で歩いていた。

そして、そこに問題の人物が現れたのだ。

「あ、あの。レン・ロバインさん!」
「ん? 初対面のようではあるが、何か用か?」
「ぼ、僕と付き合ってください!!」
「はあ!?」
「僕、あなたのような強い人が好きなんです!」
「い……いや、そう言われても、だな」
「確かに、軽蔑されても仕方ないです。同性愛なんて、気持ち悪いと思う人がほとんどですし……」
「どうせい、あい?」
「でも、そんな性別の壁なんてどうでもよくなるくらい、僕はあなたみたいな素敵な男性が好きなんです!!」
「ぇ、えええぇぇぇぇえええええっ!?」
「あ、あの。明日の朝校舎裏に来てください! 返事はその時にっ!!」

レンが、「私は女だ」と釈明する暇も無くその男は去っていったのだという。
幸い周りに人はいなかった為に誰かに聞かれることはなかったが、どうしていいかもわからなかったレンは姫様にパンを全て預けて俺のところにやってきた。


「……というわけか」
「ああ……」
俺は何か座れそうなものを探したけれど、マットもあまり奇麗そうではないしこのまま立っていよう。
「あのさ、レンは……どうしたいの?」
相談に乗ってくれと言われても、まずそこがわからないと俺にもアドバイスのしようが無い。
まあ、そもそも恋愛経験すらほぼ無いと言っていい俺にまともなアドバイスが出来るかどうかは甚だ疑問なのだが。
しかし願う者には救いの手を与えなければいけないのが当然だ。出来る限りのことはしよう。
「どうしたい、とは?」
「その人の告白を受けるのか、受けないのか」
まあ、火を見るより明らかっつーかわかりきっていることだけれど、一応訊いておく。
「受けるわけ、無いだろう」
「……? ま、まあそうだよね」
俺は、かっとなったレンに「受けるわけないだろう!」ってな感じで言われるかと思ったのだけれど、予想していたよりも勢いが無い。
「彼が求めているのは男の恋人なんだ。私が女である以上彼の期待を裏切ってしまうことになるからな……」
どうやら、レンはかなり真面目に考えてしまっているらしい。
いや、レンは男女問わず今までかなりの告白をされている筈だけれど、それは全てレンを女として見ている人からだ。

男扱いされての告白は初めてだから戸惑っているのだろうな。
もうレンが学校に通い始めて半年以上経つのに、レンが女であることを知らない人なんて既にいないと思ったんだけど……。
まあ、自分達の知っている目線だけで世界が回っているわけではない、そういうこともあるか。

「出来れば、後腐れのないように断ってやりたいのだ。崩壊まであと一週間……。なるべく傷つかないように……」
……ああ、そっちの理由もあったか。
あまり、こちらの世界に禍根を残したくはないんだな。

「だったら……やっぱり、誤解を解いてあげるしかないんじゃないかな」
「自分から『私は女だ』と告げるのか? ……自分の告白を断ろうとついている嘘ではないか、という取られ方をするかもしれないだろう……」
「深く考えすぎじゃないか?」
もう少し肩の力を抜いて考えてみたらどうだ? と言ってみるけれど、レンは「難しいものだな」と呟いて俯いてしまう。

「ここに来ていろんな人々と新しく知り合った。こんな私にもたくさんの友人が出来た。
だけれど私はこの世界を出て行って……彼らはみんな何も知らないままに滅びる。
告白してきた者も、知らない者も、ひとしく。そう考えると………………、この先は、どう言葉にして良いかわからんな…………。
とにかく難しくて、私にはどうしたらよいのかわからなくなる」


それは、きっと俺と姫が抱えているであろう悩みとほぼ同じものだろう。

崩壊を知るが故の孤独。
助けることが出来ないという絶望。

だけれど……いや、だからこそ最後まで考えなくちゃあいけないんだよな。




「でも、言うしかない。……俺にいい考えがあるから、家に帰ったら話すよ」
「何故だ? ここで話せばいいだろう」
「もうすぐ、六時間目の授業始まるからさ」
まあ、何があっても訥々と過ぎていく時間のおかげで、俺は結局五時間目までの連続サボリ記録を更新してしまった。
最後の授業だけ出たところで何をしに来たと言われるかもしれないが、出ないよりはマシだろう。
「ああ……そうか」
レンも必死で気付かなかったんだろう。
責めることなど出来ない。

「じゃあ、行こうぜ」
正直に言えば、この薄暗くて埃っぽい倉庫からは早く出てしまいたかった。
少々建付けの悪い戸を何度かガンガンと蹴ってから開いて――体育の授業にやってきた生徒の集団と目が合った。

「……え?」
俺はしばらく口を開いたまま唖然としてしまい、レンは青ざめるどころか土気色にまで染まっている。
やばい、死の色だ。

待て、冷静になれ結城大翔。
荒々しくボタンが全て引きちぎられた学ラン……休み時間から授業をさぼって、二人で入っていた体育倉庫……。
二つの符合から導き出される答えは、一つ……!

「あ、悪夢だああああああああああああああああっ!」

レンの悲痛な叫びが、体育館に木霊した。



「無駄に疲れた……」
夕日が赤々と燃えあがり、影を前に伸ばしながらの帰り道。
今は一人で歩いている。レンはユリアを探してから一緒に帰るということだ。あんな状態でも使命を忘れないとは、全くメイドの鑑ってやつだ。
……しかしまあ、噂については我が愛すべきクラスメイト達が聡明であることを祈るしかないな。

「…………!」
「ん?」

どこかで誰かが俺を呼ぶ。
ヒロトイヤーに頼ってみれば、それは後方100m程から俺を呼ぶ美羽だとわかった。

一応説明しておくと、ヒロトイヤーとは半径100mからの妹達の声を識別できるのだ。(誰でも出来そうで出来るわけではない)


「つーか、やけに元気だなあいつ」
ちぎれそうなくらいぶんぶんと手を振りながら走ってくる。
夕日を背負っているので表情は見えないけれど、その眼はくりぬかれたかのように光ってまるでハンターだ。
はははっ、そんな兄に会いたかったのか妹よ! さあ、抱擁してやるから胸に飛び込んでこい!


「こんの馬鹿兄貴Take2!!!!!!!!   WRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYっ!!!!!!!」
グッパオン!
「あじゃぱああああああああああっ!」

こちらが構えを取る前にゴングが鳴った。

試合開始零秒

結城大翔【×-○】結城美羽
決め技 ウォールオブシスター(ツインテールの壁)


い、いきなり大技すぎやしませんか、マイシスター……がくり。

俺の意識は夕日と共にゆっくりと沈んでいくのだった。


「…………ん」
誰かが、俺を呼んでいる。
奈落の底に落ちた俺の意識を、優しく手を差し伸べるかのように引き上げてくれる。
「お兄ちゃん……」
ああ、わかってる。
もうそろそろ、起きなくちゃいけないよな。
「陽菜……」
「え?」
瞬間、ライトに直接照らされたみたいな白色が視界を支配する。
急に目に飛び込んできた刺激を腕で遮断し、段々と目を慣らしていって見たものは、俺の部屋の天井だった。
「…………あれ?」
何で、俺はこんな所で寝てるんだ?
「お兄ちゃん、起きた?」
首を横に捻ると、ベッドの横に椅子を運んでちょこんと座っていた美優がいた。
「頭におっきいこぶできちゃってたから、心配したよ……」
「ああ、そうか……。美羽のせいで……」
くそ、あの生意気ツインテールめ、成敗してやらねば。
思い立ったが吉日、有言実行即執行。
美羽にリベンジを挑もうとベッドから降りると、頭をピストルで撃ち抜かれたかのような衝撃と共に痛みが走り抜けた。
「っ……!」
おいおい、ここまで強烈にやってくれたのかよ、美羽の奴。
「お、おにいちゃん! じっとしてなくちゃ駄目だよ、思ったより重傷みたいだし……」
膝をついて崩れ落ちた俺の体を支え、ベッドの上まで押し戻してくれる美優。
その表情には、俺を心配する以外にも何かを怪訝に思う不安さがにじみ出ているように思える。
「ありがと、美優……」
「あ、あのね、お兄ちゃん……」
「何だ?」
「さっき……陽菜さんの名前を呼んだのは……何故?」
え?
俺が陽菜の名前を……呼んだ?
「いや、そんなこと、無い……と思うけど……」
寝ぼけてたのだろうか、じっくり思い返せばそんなことが無いでも無かったような気もするけれど。
「う、ううん。思い出せないならいいの。……それより、他に訊きたいこともあるし」
妙に焦った様子でぱたぱたと手を振り、ふーっと深呼吸をして一端間を作る。
そして、少々怒っているかのような顔をして言った。
「お兄ちゃん、どうして今日は……学校をサボったの?」
「……あー」
やっぱりそっちもくるかー……。
俺がバツが悪そうに頭をぽりぽりと掻いていると、美優は慌てて。
「べ、別に怒っているわけじゃないんだよ? お兄ちゃん」
と、取り繕い、「ただ」と続けた。
「お兄ちゃんが……理由もなく丸一日サボるだなんて、思えないし……。何かあったんじゃないかって、思って……」
美優は、心から俺を心配してくれている。
だけれど俺はその理由を話すことができなくて、正面から心を向き合わせることができなくて、悲しくなってくる。
「それに、ずっと前から、何か悩んでる……みたいだし」
「え? な、なんで?」
俺、そんなに顔に出してたのか?
ずっと気取られないようにってがんばってきたのに、無駄だったのか?
そういえば、陽菜にも何か感付かれそうになったし……、俺は隠し事をするのが滅茶苦茶下手なのかもしれない。
「ずっと一緒に暮らしてるもん……お兄ちゃんの、ちょっとした変化とか……すぐに気付くよ……」
目は口程に物を言う。
血は水よりも濃い。
美優とは血の繋がりは無いけれど、それでも、敵わないな……。

土壇場で強いのは、実は美羽じゃなくて美優みたいに普段は大人しいタイプなのかもしれない。
でも。

「……そっか、でも大丈夫。これは俺が考えなくちゃいけないことだから……」
「そう、なの。……でも、私に手伝えることがあったら何でもするから。遠慮せずに、言ってね?」
「ああ、ありがとう」
美優の頭をぽんぽんと撫でる。
多少躊躇するかのようにそれを受け入れた美優は、しばらく撫でまわされるのに身を任せて目を細めていた。



「それじゃ、晩ごはん出来たら呼びにくるから……それまで休んでてね?」
「ああ、わかった」
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