世界が見えた世界・7話 A


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 誰も居ない。誰も居ない街。誰も居ない家。その前に、独りで立っている。
 夕焼けが空を赤く染め、視界のすべてのものが紅のフィルターを通して見ているように赤い。何の変哲もない景色。よく見る景色。……本当に?
 もうしばらくで沈む太陽は赤い。確かに赤いけど……街を、こんなに赤くしてしまうっけ。
 まるで赤いペンキをぶちまけたみたいに隅から隅まで一部の隙もなく、まんべんなく染まっている。いや、それよりも深くて暗い。夕日はこんな風に、こんなにも深く街を塗り潰すだろうか。
 この赤は、もっと身近なものだ。この赤は夕日によるものなんかではない。答えは分からずともそれは理解した。
「なんか、変な感じがするな」
 つぶやく自分の声はまるで洞窟の中のように反響し、消えていく。それを奇妙と思わない自分を奇妙に思う。まあ、どうでもいいか。なんだか、全部がどうでもいい。
 ふと、物陰で何かが動いた気がした。なんだろう。誰もいないのに、なんで。……なんで、誰もいないって知ってるんだろう。いや、なんでもなにも、誰もいないんだから誰もいないに決まってるよな。
 じゃあ、今見えたのはなんだろう。何が動いたんだろう。ちょっと気になるな。
 ただの好奇心で物陰のほうへ足を向ける。何かいたならそれは確認しておきたいし、なにもいなければそれでよし。別に難しいことじゃない。
 赤い道を黒い影を背負って歩く。雨でも降ったのか、道路は薄く赤い膜を張っている。歩くたびにぴちゃぴちゃといやに粘着質な音を鳴らし、水が跳ねる。
 そこに何かが本当にいるなんて、そんなことはぜんぜん思っちゃいない。どうせ気のせいだろう。
 そう思っていたから。
 そこに『そいつ』がいるのを見て、俺は言葉を失った。

 犬がいた。そこに犬がいた。猫でも猿でも羊でも狼でも鰐でもなく、犬がそこにたっていた。

 ぎょろりとその眼球が動き、俺をじっと見ている。右の眼球で、じっと俺を見ている。左の眼球はすでにその機能を果たせる状態ではない。何しろ頭蓋が損傷しており眼球が零れ落ちているのだから。神経によってかろうじてつながったそれは、犬の呼吸に合わせてぷらぷらとゆれている。
 それだけではない。脳もむき出しになり脳漿が零れ、ほほを伝って流れ落ちている。胴体も脇腹から腹にかけてがくりぬかれてきれいに抉り取られ、中身がこぼれてなりだらりとぶら下がっている。
 そんな犬だった。死んでいる犬だった。死んでいる犬が動いている、ただそれだけの話だ。
 なにも異常な話ではない。すべてが赤いこの異常な世界に、こんな異常なモノが生きていることに何の不思議があるというのだろう。
「――あ。う……あ」
 しかし結論と感情は相反する反応を示す。恐怖、拒絶。目の前のモノを否定する感情に心が縛られる。
 おかげで意味を成さない声が自分の口からもれたことに気づくのに数秒を要した。
 だって、こんな。なんで、こんなもの。
 わからない。自分が何におびえているのかがわからない。そのとき、犬が口を開いた。
「おい、お前」
 聞き覚えのある声。いや、そんなもんじゃない。その声は。
「お前が俺のこと忘れちゃ、だめだろう?」
 ――俺の声。
 そうだ。ああその通りだ。俺がお前を忘れることはきっと許されない。奪われた者を奪った者が忘れるなど、傲岸不遜甚だしい。
 奪った? 俺が? 何を?
 フラッシュする記憶が神経を焼く。
「うわああああああああああああああああ!!!!」
「お前が俺を、」
「ああああああああああああああああああ!!!!」
 俺の悲鳴が、犬の言葉をかき消す。違う、俺の悲鳴で、犬の言葉をかき消す。
 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い! 何でこんなところに俺はいるんだ。思考が混乱し、視界歪み、意識が惑う。まともに立つことさえかなわなくなった俺はその場に崩れ落ち、地面に手をついた。
 ぬるりとした感触。ああ、この感触は。この赤いものは。今まで目をそらしていたもの、気付かないふりを続けていたもの。この、鼻を突く独特のにおいに気付かないはずがなかったのだ。
 喉からせり上げてくる嘔吐感をこらえることもできずに、胃が押し出したものをすべて吐き出す。吐き出したものもすべてが赤い。どろどろとしたよくわからない何かたちが、びちゃびちゃと不快な音を立てる。それをぬぐうこともせずに、俺は呆然と自分の両手を見る。
 真っ赤に染まった両手。そこからたどって、腕、肩、そして、胸。
 そこは――まるで、正面から何かの返り血を浴びたみたいに真っ赤に染まっていた。

 世界が赤い。誰もいない世界が赤い。赤い世界には誰もいない。まるで赤いペンキを天空からぶちまけた様に深紅に染まった世界。
 誰も居ないのは当たり前。
 全部が赤いのも当たり前。
 だって。
 みんな。
 この世界をその血で埋め尽くすくらいに、そのすべてを流しつくしてしまったのだから。




 ここしばらくでは珍しいことに、目を覚ましたのは俺が一番最後だったらしい。
 なにか嫌な夢を見ていた感覚だけは残っているんだけど、どんな夢だったのかはまったく覚えていない。それが逆に不気味だった。朝起きたときパジャマにべっとりとついていた汗。それがなぜか、とてもおぞましかった。
「ちょっと兄貴、入り口にぼけっと突っ立ってないで早く入りなよ。って、なにそれ、布団?」
 食卓に座っている美羽が俺に気づいて、さらに俺が抱えているものにも気づいた。俺が持っているのは掛け布団だ。さて、どうしよう。もとより隠すつもりはないけど、いざ言うとなると気後れが。
 それでも言わないわけにもいかないので、正直に布団を広げる。目の前に大きく広がった布団には、頭がすっぽり入るくらいの穴がきれいにあいていた。
いやー、実は寝てる間に魔法が出たらしくて、なんか穴が開いちまっててだな、その……どうしよう?」
「まあ……ずいぶんときれいに穴が開きましたね」
「切り口も見事なものだ。これがヒロト殿の魔法の効果なのか」
 俺の魔法を始めてみるレンさんとユリアさんが感心している。いやあの、物的被害が出てるしあんまり感心する場面じゃないと思うよ?
 ところが肝心の美羽と美優からのリアクションがない。穴から顔を出してみる。
「「………………………………」」
 無言。心なしか顔色が悪い。二人ともパンを口にくわえたまま固まってしまっている。いくらなんでも驚きすぎだ。
「えっと、お二人さん。なんか、予想してた反応とぜんぜん違うんだけど……大丈夫か?」
「え、あ、な、大丈夫よ、大丈夫に決まってんでしょ! ね、美優!」
「うん! だい、だいじょ、だいじょぶだよ!」
 実に嘘が下手な姉妹だった。どうしよう、すごく気になるけど突っ込んだほうがいいのか。でもたぶん教えてくれないしなぁ。
「ちょっと兄貴、なにその哀れみのこもった視線は。なんか馬鹿にしてない?」
「いや、お兄ちゃんは妹たちが素直に育ってくれてうれしいよ、うんうん」
 ……まあ、布団に穴あけたことを怒られなかっただけでもよしとするか。後で新しいのと変えておこう。
 明らかに俺の言葉を信じていない姉妹の視線を華麗に受け流しながら朝食を食べた。
 そえでも胸の中の不安は消えることはない。妹たちの顔にかかった影も同じく。そうして逃げて、いつものように流されている。じゃあ、その先にもしも逃げ道がなくなったら。流れる先がせき止められたら。その時俺は、どうなるのだろうか。




 だーるーいー。授業に身が入らないー。現代国語ってー、だるー。
 大体現代国語ってやるいみあんのか。小説の問題で『ここの主人公の気持ちを答えなさい』とか作者にしかわからないだろうに。読者はあくまで想像するだけなんだからそれを問題にするのはおかしくない?
 テレビでも小説家の先生が言ってたぞ。入試問題に自分の小説が使われてたけどぜんぜん違った解釈されててワロタって。なので現代国語はきゃぴきゃぴしたぎゃるとか夜のコンビニの前に集団でたまってる金髪のにーちゃんとかに正しい日本語を教えていればいいと思います。
「って言ったらなんかすごく怒られた」
「いやヒロ君、さすがにそれは怒られると思うよいくらなんでも。せめて小学生までに徹底的に教え込むとか、そういう未来のヴィジョンを見据えた意見を出すべきだったと陽菜は考えるね」
 む、陽菜にしてはなかなか高度な意見じゃないか。だがしかし、仮に今教育制度が変わったとしてもそれが俺たちに適用されることはない。つまりどの道卒業まで現代国語という授業を受け続けなくてはならないのだ。
 正直面倒なんだ。だって意味わかんないんだもん。
「ヒロ君そんなに現代国語苦手なの?」
「うんにゃ。むしろ点数だけ見たら得意な部類に入るかも。けどそれって本文の内容を読み解いてるっていうより、出題者側の意図を読んでるだけだしなぁ。あんまり面白くないぞ」
 出題者と俺の意見が一致している場合はいいんだけど、たとえば俺の読み解き方と食い違った場合なんかすごく悲惨。だって選択問題とか、選択肢の中に答えがないんだもん。どうしろと。
「あの、お二人で何の話ですか?」
「ああ、さっきの授業でしこたま怒られたからその愚痴を。いまどき廊下に生徒を立たせる先生なんかいないってーの」
「い、いないんですか? でも、テレビにはよく出てきていますよ!?」
 相変わらず順調にテレビの悪影響を受けている。むしろテレビだけじゃなくこっちの世界のメディア全般に耐性がなさ過ぎるともいえる。
「テレビと現実は別だからね。そんなテレビみたいにいきなりかわいい女の子と知り合ったり家に押しかけてきたりなんて話がそうそう……」
 いや。
 むちゃくちゃ心当たりがあるって言うか、実例が目の前にあるわ。どうしよう、なんかテレビって実は全部本当のこと流してたりするんだろうか。
 いやまあ、そんなことになってたら世界中のでっかい湖には巨大生物がいて某国にはUFOがファンファンきちゃってて宇宙人未来人異世界人超能力者がいてオタクが世の中闊歩しちゃうからそれはないだろうけど。……最後のはあながち間違いでもないか? まあいいや。
「そんな怒られて廊下に立たされたヒロ君と、実はその前から廊下に立たされていた陽菜とでずっとぐちぐちしゃべっていたわけ」
「なるほど……廊下からたまに聞こえてきていた陽菜さんの叫び声はそういうことでしたか」
 うぐっ、と陽菜が言葉を詰まらせる。陽菜はテンション高いからなぁ。こっそり話せと言ってもすぐに大声になる。おかげで10分たたされるだけのはずが授業が終わるまで延々と立たされる羽目になったわけだ。まあ反省せずしゃべり続けた俺も悪い。
「お二人とも、授業中なのにずいぶん楽しそうでしたものね。聞いているこちらも微笑ましくなるくらいでしたよ、ええ」
「え……あ、うん、そう?」
 あれ……なんだろう。ユリアさんは笑顔なのに妙なプレッシャーを感じる。陽菜もそれを感じているのか、顔が引きつっている。お、おかしいな。そんなに怒るくらいうるさかったかな、俺たち?
「あのー、ユリアさん。つかぬことをお伺いしますが、私めは何かあなた様を怒らせるようなことをしましたでしょうか?」
「あらあら、ヒロトさんたら冗談が上手ですね。私がいつ起こったって言うんですかほら見てくださいよいつも通りの私じゃないですかそれなのに私のことが怒って見えるなんてそんなヒロトさんそうだ今から眼科か脳外科にでも参りましょうか」
 ひいっ! な、なんかよくわかんないけど怖い! これ絶対怒ってる! 教室の中を視線を走らせ――いた。レンさん! 助けて!!
 しかしレンさんはどこか気まずい表情のままつい、と視線をそらした。あ、うそ、なにその知らん振り!? ずるくない? 大体あなた護衛でしょう姫様のそばにいつもいなくていいんですか!?
(すぐに駆けつけられる場所にいるから平気だ! そ、それに常に私がそばにいては姫様もくつろげないだろう!!)
 そんなのいいわけだい! ユリアさんのそばに居るのが怖かったに決まってる!
(な、なにを馬鹿なことを。この私が姫様を恐れることなんか、あ、ああああ、あるわけが、ななななな、ないだろう!)
 ほら今視線が泳いだ! 額から脂汗がだらだらと流れてるし、どう考えてもそれは嘘をついている汗だぜ!
(ぬ、ぬぅぅぅ、だ、だがしかし、そもそも姫様がご機嫌を損なっているのはヒロト殿が原因であろう! もっと自覚を持て!)
 ええぇぇ。俺のせい? でも俺、何もしてないけど……。
 ちょんちょん。
 肩をたたかれる。なによ、今ちょっと重要な話し合いの途中で、
「ずいぶん熱心にレンと見詰め合っていましたがいったい何をなさっていたんですかヒロトさん目の前に私がいるのですからちゃんとこちらを向きましょうね」
「は、はい」
 ぎりぎりと首の向きを固定される。これでレンさんとのアイコンタクト会議は強制終了となった。ていうかなんであんな鮮明にアイコンタクトで会話してるんだ、俺たちは。いつの間にか妙な特技に目覚めていたようだ。
 そんな特技が必要な人生送りたくない……。
「あー、こほん。いいですかヒロトさん……その、えっと」
 視線をあちらこちらに彷徨わせるユリアさん。あのー、まずこの姿勢といてもらえませんか。顔をつかまれて正面向かされているってことは、自然と顔と顔の距離が近づいちゃうんですけど。
 今度は心なしか陽菜のしせんが突き刺さってる気がするし、周りの連中も何かを期待するようなまなざしをしている。お前ら、別に何もしないからわざわざ歩行速度を緩めてこっち見てないできりきり歩きなさい。
「あの、ヒロトさん……その、これからどうしましょう」
「いや、そこで俺に訊ねる、普通?」
 ですよねー、なんて言って力ない笑顔を浮かべるユリアさん。なんかテンションおかしく見えるんだが、大丈夫か。しかも相変わらず俺の顔を固定する力が緩むことはない。完全拘束。
 ……キスしたろか。いやしないけど。なに考えてる俺。自分の考えに自分で動揺してたらい見ないだろうが。そもそも冗談なんだし。
「あー、とりあえず俺としてはこの手を放してもらえると――」
 ――ぞわり。
 いつかと同じ、吐き気を催すほどの悪寒。全身を虫が這い回るような錯覚さえ起こす感覚。しかも近い!
「どこに――!?」
「きゃぁっ!?」
 いる、の言葉が出る前に、廊下が立っていられないくらいに大きく揺れてバランスを崩した。倒れそうになるユリアさんを抱きとめ、壁に手をついて堪える。振動はすぐに収まった。廊下に立っていた生徒はほとんどが座り込んでいる。それだけの衝撃が走ったということだ。
 窓に駆け寄って身を乗り出す。どこだ、今のはどこが揺れた? 視線をめぐらせて、煙を上げている区画を見つける。目を凝らす。爆発でも起こったのか、壁は崩れているらしいが煙でよく見えない。くそっ、これじゃあ本当にあいつなのかわからない!
 すぐにその場を離れ、まだ大半の生徒が呆然としている廊下を駆け出す。
「ヒロトさんっ、どうしたんですか!?」
「ユリアさんはそこにいて! みんなも教室から出るな!」
 言葉だけを置き去りに、階段を飛び降りる勢いで下りていく。すれ違う生徒たちが驚愕の視線を向けてくるが気にしている余裕はない。もしもあいつが――ポーキァがこの原因なら、何も知らない誰かと鉢合わせてしまうのはまずい。あの狂気を秘めたガキがたまたま出会った相手に何もしないなんて楽観することの方が難しい!
 現場に近づくほどに人が増えてきている。くそ、好奇心が殺すのは猫だけじゃないんだっての!
「邪魔だ、どけっ!!」
 人ごみをかき分ける。さすがに危険だとわかっているのか、煙の向こうにまで行こうとしてる人はいなかった。俺はそいつらを尻目に立ち上る煙の中へと駆け込む。破壊された教室に踏み込むと、むわっとした熱気が襲ってきた。火災報知機やらはどうしたんだ?
 幸い、炎の規模はそこまで大きいものじゃないらしい。このくらいなら、少しくらいならこの場にいられるか。ハンカチで口を覆い、煙を払いながら教室の中を見回す。
 いや……いる。わかる。
「何の真似だクソガキ。物陰からこそこそ俺を狙おうってのか」
 傾いた掃除用具入れが弾け、中からポーキァが現れた。相変わらず、むかつく笑顔を浮かべている。人の学校壊しておいて笑ってるとか。まあ見たところ人的被害が出てないのが唯一の救いか。だからといって感謝する気にはならないが。
「んで、何のようでこの学校に? ここはお前が来るにはまだ早いぞ、小僧」
「なんだよ、冷てぇなあ。それにしても俺がいるってこと、やっぱりわかるんだな、すごいじゃん」
 人のことこっそり魔法で狙撃しようとしてなけりゃわかんなかったよ、とは教えてやらない。あいつの右手はまだバチバチと危険な音を立てている。この状況でポーキァが俺を狙うのが早いか俺が隠れるのが早いかを試すような物好きな神経はしていない。
「そんなことはどうでもいいだろ。んで、まさか遊びに来たわけじゃないよな。目的は前も言っていた、お姫様ってやつか?」
 俺がユリアさんのことを知っていることは言わない。今校内にユリアさんがいる事を考えると、こいつには早々に引き取ってもらったほうがいいだろう。
 ポーキァは俺の後ろをきょろきょろ見ている。何を探している?
「あのさあ、サフィールのヤツいねえのか? あいつにヒメサマのこと聞きたかったんだけど」
「しらねーよ、あんな貧弱野郎。どうせさっきの衝撃でこけて頭打って気絶してんじゃねーのか」
「ひゃはははっ! ああ、それは確かにありそうだな!」
 腹を抱えて笑うポーキァ。けど、油断できない。相変わらず雷をまとっていることに変わりはないのだから。
 無駄話に興味はない。俺もこいつから情報を仕入れなくてはいけないのだ。そのためには――多少、危ない橋を渡る必要があるか。
「おいポーキァ、せっかくだし俺はお前に聞きたいことがあったんだが、聞いてもらってもいいか」
「ああ? 別にかまわねえけど、面白くもないこと聞きやがったら灰にするぜ?」
「やれるもんならやってみろ」
 挑発的にポーキァの眼光を正面から受け止める。ふざけた態度とは裏腹に、その瞳には何かしらの覚悟が、強い決意が窺い知れた。
 だけど、俺にだって退くわけにはいかない理由がある。お前なんかにまけてらんねんだよ。
「お前、仲間がいるのか。今世界中のコミューンが魔法使いに攻撃されている。それも、そこを襲う奴らはたった一人でコミューンを制圧してしまってるらしい。通常魔法の使い手が、な。んで、お前はその中の一人なのか?」
「あれ、俺達のことそんなに広がってんの? なわけないよなあ、あんたもしかして、結構俺らと同じタイプの人間なわけ?」
 人から教えてもらっただけだっつーの。まあ、その人は裏で何やってんだかよくわからない人なんだけど。もしかしたら正義の味方みたいなことをしていても俺は一向に驚かないな。
「知るかよ。とにかく、お前らはその連中の仲間って事でいいんだな」
「仲間ってのも微妙だなぁ。俺らの目的はみんなバラバラだからな。そのためにてにいれねーといけない手段が同じだから協力してんだよ」
「その手段っていうのが、この世界をぶち壊すこととなにか関係があるのか?」
 その質問にポーキァは邪悪に顔をゆがめる。その嗤った顔はむかつくからやめろ。
「そうだなぁ、まあなんつーか、目的を達成する手段のためにこの世界が壊れるっていうだけの話だな」
 だけってなんだ、だけって。ここで生きている俺たちからしたら迷惑千万だぞ。
 だからといって他所でやれというわけでもない。そもそも、そんな厄介なことを始める思考が俺には理解できない。
「じゃあなにか、お前らそのためにお姫様が必要だってのか」
「そーなるね。オニーサン、頭いいじゃねえか」
 うるせえよ黙れって、俺は今考え事で忙しいんだよ。
 とにかくこのポーキァは単独で街ひとつつぶせるような化け物軍団の中の一人で、そいつらはこの世界を崩壊させるつもりだ、と。さらに言えば、この世界の崩壊はこいつらの目的のための手段を手に入れる過程で壊れてしまう。つまり、こいつらが、この世界の崩壊の原因か。
 ……てことは、だ。こいつらはユリアさんに接触しようとしている。それだけならこいつらからユリアさんを守るだけでいいけど、このまま調査が進んで世界崩壊の原因がこいつらにあるとユリアさんが知ったら……間違いなく、あの人はこいつらを止めようとするだろう。
 危険、だろうな。こいつらがなぜユリアさんを求めるのかはわからないが、まっとうな理由じゃないことだけは予想がつく。そんな奴らにユリアさんを渡すわけにはいかないし、接触させる事すら危険すぎる。こいつらの目的のためか手段を得るためかは知らないが、いずれにせよ彼女を危険に晒すことには違いがない。
 よし、決まった。
 つまりは俺がこいつら全員をぶっ潰せばいいんだな。そうすればユリアさん達は調査だけに専念できるし危険もなくなる。俺は調査には参加しないしこれは調査とは別口なんだから、彼女らに怒られる心配もない。
 そら、万事解決だ。
「んっんー? なーんかオニーサン、目つきが変わったねぇ……それはあれだ、敵を見る目だ」
「残念、俺が敵にしていいのはひとりだけって決まってるんだ。お前ら全員まとめてじゃあ定員オーバー。けどまあこの世界を壊されたら俺らが生きてけないだろうが。だったらお前らはこの世界全体の敵だ」
「そりゃーそうだけど、なーんかオニーサンの場合は違う気がすんだよなー。まぁいいか。じゃああんた、俺達の敵になるんだな」
 それが一番正しい表現だろう。俺の敵がポーキァたちというよりはポーキァたちの敵が俺を含んだ世界全体というべきか。もっとも、こいつらのばかげた力に対して敵足りえる実力がこの世界にあるのかは俺の知るところではないが。
 炎がちらちらと揺れる中、俺達は無言でたがいを睨む。ポーキァの放つ雷が右腕から全身へとその体を覆っていく。緊張が高まり、音がなくなる。
 が、そこでポーキァが緊張を解き雷を開放した。なんだ、どうしたんだ? 突然の無防備な姿に戸惑ってしまう。
「なあ、オニーサン。よくよく考えたらさあ、俺あんたとまともに戦う理由がねえんだよ」
「お前になくても俺には十分あるわけだが」
「そりゃそうだけどさあ、俺前回派手に暴れたから怒られてんだよね。今回のこれも、サフィールのヤツをおびき出すためだったのにあんたがきちゃうし。もう俺としてはさっさと引き上げて――」
「ユリアさんの居場所を教えてやろうか。誰がこの世界でかくまっているのか」
 ポーキァの表情がすとんと抜け落ちる。次いで、裂けんばかりに口が開かれる。眼は釣りあがり鋭い眼光が俺を射抜く。
「あっはっはっはっは! 知ってんだ、知ってたんだ! 俺ずっとだまされてたんだ!」
「それが何か問題でも?」
「あーもう、アンタムカつく。おっけー、じゃあアンタは俺をぶったおしたくて俺はアンタを締め上げる、わかりやすくて助かるぜ」
 ああくそ、怖いな。自分をすぐにでも殺せる相手が目の前にいて、殺意を持って見られるだけでこんなに怖いのか。
 自分の口が引きつったような笑顔を浮かべるのがわかる。不自然に見えない程度に速やかにポーキァに背を向ける。もう表情を取り繕っているのも限界だ。
「今夜――また学校に来い。俺がお前を迎え撃ち、お前が全力で俺を狩る。相手をツブせばそいつの勝ちだ」
「面白そうなゲームじゃん。いいぜ乗った、今夜だな? けど、俺にはアンタ以外にも手がかりはあるんだ。殺してしまっても文句は言わないでくれよ」
「安心しろ。俺だってお前に手加減する理由なんかないんだから」
 そりゃそうだ。と心のそこから愉快だといわんばかりに笑い、ポーキァ一瞬でどこかへと消え去ってしまった。俺はその場で立ち尽くす。全身を流れる汗は、熱に当てられたものだけじゃないだろう。
 さあ。これで、覚悟を決める必要が出てきた。まずは、対策を練らないといけない。ヤツの力を封じ、ヤツを捕らえる策を。




 話を聞いた乃愛さんは、あきれたという代わりに盛大なため息をついた。
「それでヒロト君は、この学校を戦場にするつもりかい?」
「ほかに俺が指定できる場所がなかったんですよ。それに、あのままポーキァをほっておくわけにもいかないじゃないですか」
 乃愛さんも相手が貴重な情報源だということはわかっているが、それ以上に危険だということを考えているんだろう。当然だ、俺だってユリアさんが関わっていなければあんなやつとやり合うなんて御免だしな。
「それで、君が勝つために私にやってもらいたいことはたったのそれだけ、なのかな?」
「はい、それだけです。ただ一言付け加えさせてもらうと、勝つためじゃなくて……」
「負けないため、か。君は正直だな。ポーキァには相手を叩き潰すみたいなことを言っておきながら、本心ではそんなことを考えていない。ポーキァが姫やミウたちに近づかなければそれでよし、か」
 乃愛さんの言うとおりだった。俺の力でポーキァを倒すことは難しいだろうし……それ以前に、たとえどれだけ危険な人間だからといって俺にそれを殺せるのかというと疑問だった。そんな迷いを抱えるくらいなら最初から殺すなんて選択肢は消しておくに限る。
 とにかくあいつを俺に釘付けにし、他にかまっている余裕を無くす。可能であれば捕らえてしまうのが上策だ。その後のことはこの人に任せてしまえばいい。なんとも、汚い考え方だと思うけど。俺は結局自分の周りのことくらいしか考えられないのだ。
「そんなわけで、しばらくはユリアさんの周りに気を配ってください。それと、エーデルのヤツも今日はどっか別のところにおいてもらえませんか、邪魔です」
「やれやれ。ほかの手助けもいらないか。別に姫の警護を少しぐらい回すことはできるし、他から増援を呼んでもいいのだよ? いやむしろそうするのが当然だと私は考えるが」
 乃愛さんの言葉はもっともだが、それじゃあ意味がない。
「そんなことしたら学校で本格的に大規模な戦いをしなくちゃいけなくなるじゃないですか。明日終業式なんですから、せめて明日までは最低限の形を保っておいてもらわないと」
 それが俺の考えだった。夏休みに入ってから壊れるのならまあまだいい。業者を呼んでその手の魔法使いを呼べば、新学期までには直るだろう。だが夏休みに入るのは明後日からだ。明日までは学校がその形を持っていてもらわないと、ユリアさんたちの日常が壊れる。
 世界崩壊の調査なんてしている段階で半壊状態なんだから、これ以上壊すわけにもいかないだろう。
 俺は、彼女や妹達の日常を守らないといけないんだから。これから先の日常を守るために戦っている彼女達のために、俺は今の日常を守らないといけない。そのためになら俺はいくらでも、非日常に踏み込む。その上で、いつも通りに過ごしてみせる。
 それが、乃愛さんや陽菜と話をしたことで俺が決めたことだった。
「まったく……つくづく、どうして君がこれほどまでに私に似て育ったのかと疑問でならないよ」
「まあ、乃愛さんにはずいぶん長い間世話になってますし、その影響とかじゃないですか?」
「それはないだろうな。ま、そんな話は今はどうでもいいことだ。とにかく君は、今日一日を無事に乗り切ることを考えたまえ」
 確かにそうだな。明日を迎えるために、今日を乗り切らないといけない。
 あの雷小僧を踏み越えないと。




 大翔が出て行った職員室。すでに他の教員は姿を消し、彼女一人だ。
 さてと乃愛は考える。大翔の言うことはもっともだがこの世界を守るために走り回っている自分としてはこれだけで良いとは到底思わない。しかしながら彼女にとって大翔からの助力の申し出というものは特別な意味を持っているのだ。
 つまるところ、彼の申し出を実行しつつ、彼の戦力を増強しなくてはならないということになる。
 大翔の申し出をまとめると、三つだ。
 ひとつ、結城家近辺の警護を強化すること。
 ひとつ、今夜学校に残るであろう人物に退去の命令を出すこと。
 ひとつ、明日まで学校の形状を最低限維持していること。
「そうなってくると……まあ、私の言うことに耳を貸さない人物をけしかけるのが得策か」
 幸い彼を気に入っている人物でこういうことが大好物の人物には昨日の時点である程度の事情を話してある。そのほかにも『彼女』もいてくれれば心強いだろう。大翔の望む状況とは違ったものになるだろうが、彼女とて学校の関係者全員に自分の言うことを言い聞かせることができるわけではないのだ。
 その分、自分が大翔の家に行けば万全とは行かなくともおよそポーキァ程度なら取り押さえられる。それだけの実力者と布陣を備えているのだ。
「問題は、あの家の住人を相手にどれだけ私の嘘が通用するか、ということだな。まったくヒロト君も面倒な事を頼んでくれたものだ」
 苦笑する。あの家に揃っているのは大切なものを一度ならず数度失った者達だ。それだけに、そういった気配に関しては特に敏感なところがある。大翔が向かうのは間違いなく死地だ。それを送り出した自分に対して後ろめたさがないはずもない。さて、それを悟られた時に自分が口を割らずにいられるかどうか。それ以前に、大翔が夜に帰らなければ不審に思うだろう。
「ミユを誤魔化しきる事ができれば、事は成したも同然なのだがねぇ」
 乃愛も美優の深い過去までは知らない。だが深い喪失と後悔がそこにあることは何となく察している。
「ま、なるようになるしかないのかもしれないね」
 立ち上がり、夕日に染まる職員室を後にする。
 今夜がひとつの山場になるだろう。そこでどのような事が起こるか次第で、あるいはこの世界の運命、ひいては乃愛自身のこれからさえも左右することになり得る。
 ――どくん。
 視界が、脈打つように歪んだ。
「?」
 眉間を指で押さえる。が、もうその現象は起きない。
 首を軽く傾げた。
 何か。
 嫌なものが、自分の中にいるような感覚を覚えたのだが。
ツールボックス

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