ABCまとめ1


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もしも後一年で世界が滅びてしまうとして

あなたはそれを教えてもらうか 知らないままでいるか

どちらが幸せだと思うだろうか?

知らないままならば、ある日突然自分が死んだことすら理解出来ずに、意識の欠片まで消滅する
痛みも何もなく、ただ無に還ることが出来る

だけれど、もし知ってしまったら?

絶望に嘆き悲しむ人もいれば、腹を括って正面から受け止める人もいるだろう
これで最後なんだと好き勝手に犯罪を犯すような人もいるかもしれない

まあ、結局はひとりひとりの思想や意見があって、そんなの想像したって詮無いことなのだろう



……お前はどうなんだって?

俺は、教えられたうえで全てを受け入れさせられた
全てが無駄だと理解させられた

どこに行っても絶望に先回りされていたから
せめて、最後は平穏な日々を過ごしていたいと願った

だけれど、もうすぐそれも終わる


世界の滅亡まで、あと一週間

それを知る人間は、俺だけだ








「ふふふふーふーんふふふーふふーふーふーん」

早朝の台所に微妙なリズムな鼻歌を響かせながら野菜を洗うのは、いつも家庭内で料理を担当してくれている美優では無い。
ファンシーなイルカの刺繍つきエプロンを着た俺だ。

こんな可愛いエプロンは似合わないが、美優が昔使っていたものしかなかったのだから仕方ない。(無断で)借りているのだから文句は言えないが。
小さい上に古いので、イルカの刺繍の上についていたはずの『DOLPHIN』の内OLPHINがとれて『D』だけしか残っていない。
Dだけとれるならわかるが……。このイルカは峠でも攻める気なのだろうか?

まあそんなイルカ談義に華を咲かせたりしている内に野菜を洗い終わり、切ったりむしったりでサラダが完成した。
ただしトマトは豪快な四分割で、無造作に積み上げられたレタスの頂上に鎮座している。
男の料理と言うには、少々醜い。

……少々っつーのも多少自らの色目が入ってるかもしれないけどな。

「ま、口に入っちまえば一緒か」

次はスクランブルエッグだ。
スクランブルエッグとサラダとトーストで鉄板だよね。
うん、スクランブルエッグ最高。
「スクランブル……エッグ?」
ゆとりっぽく首をかしげてみる。
……スクランブルエッグってどうやって作るんだ?

「目玉焼きにするか」
妥協は大事だね、うん。
妥協ばっかりの人生は嫌だけどね、うん、仕方ないよね。
へたれた政治家ばりに心の中で言い訳を繰り返しながら、卵を手にとって……砕いた。
「…………」
なんという繊細な卵だ。もうちょっと殻を鍛えておくべきじゃなかろうか。
責任転嫁ですね、そうですねすいません。
まあとりあえずべとべとになった手と洗い場を水で流し、次の卵を手に取る。
「……よし!」
見事に黄色い半球がフライパンの上に落ちて……落ちて?
あれ、その前にやらなくちゃいけないことがあったような……。あ。
「フライパン温めるの忘れてたよ」
まあなんとかなるだろと火力最大、ファイガくらいの勢いで。

数分後

ガスコンロは ファイガを唱えた! 卵は 炭になった!

「………………外の空気でも吸うか」
換気扇を回して逃げた。
慣れないことはするもんじゃないな。

「あつ……」
六時ちょい過ぎと言っても日差しは微妙に温かく、さっさと新聞を取って家の中に戻ろうと思ったのだけれど。

「ふっ! はっ! たぁっ!」

庭の方から気合の入った掛声が耳に届き、俺は光に引き寄せられる蛾のようにふらふらと引き寄せられる。
……自分で自分を蛾と例えるのはどうなんだ?

「ていっ!!」

レンが、メイド服のまま剣を振り回していた。
相変わらず、女性に軽々と振り回せそうには見え無い剣を構えながらの軽やかな足さばきと振りの速さには目を見張るものがある。
しかし、何故メイド服のままなんだろうか。この張りつめた雰囲気の中でその格好は微妙にしまらないと思うのだが。
まあ見ていて面白いのは確かだし、しばらく見学させてもらおうと背景に徹しようとしていたら、背後から「ヒロトさん」と声をかけられた。

「え?」
思わぬ方向からの声に振り向いてみれば、そこにはユリアがいて、心が温かくなるような笑みを浮かべながら「おはようございます」と挨拶をしてくれた。
「あ、ユリア……」こんな朝早くに珍しいなと思いつつ挨拶を返そうとすると、
「姫様!」

「……にヒロト殿、いつからそこに?」レンがこちらに気付いて鍛練を中断して、こちらに近寄ってくる。
邪魔しちゃったな……、完成された芸術を崩してしまったかのような気がして、少しばつが悪い。
「ああ、えーっと、二人とも、おはよう」
二人の間に視線を泳がせながら言えば、レンはまずユリアに丁寧に頭を下げてから、こちらにもおはようと返した。
うん、美しい主従関係。
レンの中では一にユリア二にユリア、三四がなくて五にユリアだからな。それを念頭に置いているのは変わらないにしても随分と丸くなったもんだけどな。
「おはよう、レン。私は先ほど散歩から帰って来たの、ヒロトさんはその少し前から見てたみたいよ?」
「見ていた、だと? 用があったのなら声をかければいいだろう」
それについて、見蕩れていたとは正直には言いにくい。言えばレンは顔を赤くして切りかかってくるに違いないからな。
それはそれで面白そうではあるけれども、リアルに命を危険に晒すことになるのはやっぱり避けたかった。
そう、自殺のような行為は良くない。例えもうすぐ全てが終わるとしても。
「別に用があったってわけじゃないよ、ただ新聞を取りに出たら声が聞こえてきて……その、見学してたんだ」
「見ていて面白いものでも無いだろうに」
その言葉はおおいに否定したかったが、レンには先述の通り逆効果になるだろうからやめておく。
「それにしても大翔殿がこんな時間に起きているのも珍しいな」
「そうかな?」
まあ、そうかもしれない。
「そうね、いつもは寝ているみたいに死んでいらっしゃって全然起きないって美羽さんもぼやいてますし」
それ永眠ですよね。逆ですよね。
「姫様、それを言うなら死んでいるように寝ているではないでしょうか」
訂正するのも馬鹿らしいと思ってしまう言い間違いも、レンは決して笑うことなく、あくまで主人の為を思って進言する。
「あら、そうでした」
「あはは……まあ、別に大した理由でもないんですけどね。……いろいろと……」
そこで言い淀んで俯くと、ユリアも少し声のオクターブを落としながら俺の言葉を継ぐ。
「後、一週間ですものね」
と。



そう。
逃げ続け、目を逸らし続けていた現実と向き合わなければいけない。

後一週間で世界が崩壊してしまうという現実と――。




「兄貴、最近太ったんじゃない?」

始まりは美羽のそんな一言だった。
確かに初夏というのに真夏が前倒しになってやってきたような暑さにうんざりとしながらアイスばっかり食べて運動してなかったけれど。
「そんなことあるわけないだろ、こやつめははは」と笑い飛ばしながら体重計に乗ってみたら絶望した! アイスのカロリーの高さに絶望した!
うん、ごめん、おかしいと思ってたんだ……。
俺の六つくらいに割れたカニ腹の肉が掴めるわけなかったんだよ。だけどわかっていて何もしなかったのだから自業自得だ。


そうして俺はこれ以上太るわけにもいかず、毎朝ジョギングを行うことになった。いや、行わせられることに、だ。
美優は「わ、私も一緒に走ろうか?」なんて慈愛に満ちた言葉をかけてくれたけれど断腸の思いで断った。
こんな苦行を妹に行わせるわけにはいかない、犠牲になるのは俺一人で十分。

とかやってたら美羽に「さっさと行け」と尻を蹴られたのは過去の話。


そして事が起こったのは、早朝ジョギングを始めて一週間が経った頃だ。
いくら早朝とはといっても少し暑い、だがそれも昼間に比べれば北海道と沖縄程差があると言っても良いくらいに気温差を体感していた。

そんな中、この一週間で知り合いになったジョギング仲間のおばちゃんに挨拶したり、近所のやたらと吠えてくる犬に喧嘩を売ったりしながら河川敷まで走ってみれば。

「えぇ……」

あまりにもありえない、……いや、ありえなくはないのだろうけれど、ミスマッチというか、阪神スタンドにいる巨人ファンとか……いやもうわけがわからない。
とにかくこんな日本の片田舎の河川敷の早朝で普通に生活していたら絶対にお目にかからないものを見てしまったのだ。


ドレス姿の金髪の女の子と、メイド服姿の黒髪の女の子を。


二人とも、川沿いの芝生に並んで倒れていて、気を失っている……ように見える。
ど、どうする? どうするよ? 俺! 助けてライフカード!



選択

1 放っておく
2 助ける
3 気を失っている隙にチョメチョメする





見て見ぬふりって、なんだか今時の現代人って感じだよな。
いや、今時の現代人って言葉から既にいろいろ怪しいが……。

触らぬ神に祟りなし、これが普通の考えのはずだ。

「……いやぁ、今日もいい天気だな」
止めていた足を再び動かしてジョギングを再開しようとして、それを俺の中に僅かに息づく良心が止めた。
「やっぱり、放っておけるわけないか」
神の意思に反して悪いが、ここはどれを選択しても同じだから諦めてくれ。



「やっぱり、助けるべきだよな」
どこか怪我をしてるかもしれないし、俺がほうっておいたせいで大事になったりしたら後味が悪い。

そんな消極的感情ばかりが理由でもないけれど、どうにもなぁ……。



……気絶してるなら、何してもよくね?

「ぐへへへへっへへへへっへへへへへへへへへへへへへっへへへへへほひっ」

手がわきわきと動く、この手の動きはやばい、というか俺がやばい。でも自覚してても止まらない。


ヴァチコーン!!


『ぐおっ!』
な、なんだ、なんか俺の心の中で何かが始まったぞ!
『やめなさい! 気絶している人にそんなことをしていいわけないでしょう!』
『うるせー! どうせこんなコスプレしてる女は自分から誘ってるんだよ!』
『怪我をしているかもしれないじゃないですか! 助けるべきです!』
……わー、天使と悪魔だー。
なんという古典的な手法、これは間違いなく手抜き。
『やることやったら助けてやるよ! どうせこんな早朝だ、誰も来やしねぇ!』
『仕方ありません……ファイナルゴッ○マーズ!!』
『ガイヤーーーー!?』

天使がとんでもない力技で勝ったらしい。
俺の手の動きが止まった。

「……助けるか」
物凄くくだらないことに時間を浪費した気がする。





どれ選んでも合流



「あの~、大丈夫ですか~?」
とりあえず、メイド服の女の子の方の肩を軽くゆすってみる。
……こっちの子は、なんだか遠くから見たら男と間違えそうな髪型だな。
服装のおかげでそう間違えはしないけれど、これで学ランなんか着てたらモテモテな感じになりそう……だっ!?
「いでっ!」
あれ、何で俺、仰向けに……ってうぁっ! なんだっ! 剣、剣がのど元にっ!
「貴様、何者だ」
いや、それはこっちが訊きたいです!
「い、いや、そう、言われましても」
メイドさんに剣を突き付けられドスの利いた声で脅されたこの世界で初の人間となった俺だが、そんなことはうれしくも何ともなくただ怯えることしかできない。
「どこかの間諜……? ……いや……ここは…………」
メイドが突き付けていた剣を引き、すっと立ち上がってきょろきょろと周囲を見渡す。
その表情は先ほどの怒りから戸惑いに、そして次には歓喜へと移り変わった。
「ひ、姫様! 我々の力だけでも成功しました! 起きてください、姫様っ!」
喜びの勢いに任せてメイドが『姫様』の肩をがんがんと揺する。そりゃもう首が取れそうな勢いで。
忘れられた俺はとりあえず上半身を起してその様子を観察していたのだけれど、どうにも理解できないところが多すぎる。

「う、うーん」
そうこうしている内に、『姫様』が目覚めた。
「レ、レン、首が痛いです……」
眠たそうな瞳のまま、眠たそうな声で呟くと、メイドは「も、申し訳ありません!」と肩から手を放し、片膝をついて跪く。
『姫様』の方は、んーと見ていて気持ちのいい程真っすぐな背伸びをして、
「おはようレン。私、先ほどまで牧場で羽の生えたうさぎさんと戯れる夢を見ていたの……」
「そ、それは素晴らしい夢ではありますが、今はそれどころではありません! 異世界への転移に成功したのです!」
「あら?」
メイドの恐れ多くもと前置きがつきそうな進言に、姫様は河川敷の斜面に少しよろよろとしながらも立ち上がって周りを見渡した。
「……まあ、ここは……!」
「はい、我々の目標としていた世界で間違いありません」

なんか姫様も喜びだしてる。
そろそろパープル○イズの人並に空気扱いされだしてる俺にも説明が欲しいところなのだけれど。
……はっ! そうか、これはそういうロールプレイなのか?
異世界からやってきた姫とメイド、そういう『設定』なのか!?
だったら俺も役に徹しなければ!
「あら、ではそちらの方は?」
はっ、姫様がこちらに気付いた!
「……こちらの世界の住人ではないかと」
メイドは謝ることも忘れていたのに気付いて少々気まずそうに視線を逸らしたが、とりあえず俺は気にせずに言った。
「こ、ここはアリアハンの街です」
「は?」
「まあ、親切な方」
メイドは首を傾げ、姫様は少々間の抜けた返答をした。
……あれ、台詞間違ったかな。
「ぶ、武器や防具は持っているだけじゃ意味がないぜ!」
「貴様、何をわけのわからんことを……」
裏目った。
なんかまた剣もってにじりよってきてる!?
「レン、やめなさい。ここがあの世界で、この人が私の出会った最初の住人であれば……わかるでしょう?」
姫様が、毅然とした口調で諌め、メイドは即座に剣を引いて「申し訳ありません、姫様」と頭を下げた。
先ほどまでと同じの温厚そうな表情のままではあるが、その物腰や態度からは普通の人間には出せない魅力と気品を感じる。
姫様が立ち上がって、腰を抜かしたままへたれている俺に向かって手を差し伸べた。
「お立ちになれますか?」
「あ……ど、どうも」
今まではその衣装などにばっかり目が向いて意識していなかったけれど、とんでもなく奇麗だ、この人。
整った目鼻立ちに、朝日を受けて輝くブロンド。一つ一つが、神によって造られた芸術品のように美しい。
なんだかこちらも恐れ多く感じながら、手を取らせてもらい立ち上がる。
「……あの、それで……」
向かい合うと、その吸い込まれそうな瞳を直視できずに俯きがちになってしまう……と思っていたらメイドが間に入る。
「先ほどは失礼した、転移魔法のショックで記憶が混乱していたのだ。……貴殿の名前をお聞かせ頂きたい」
先ほどまでとは打って変わって馬鹿丁寧な口調でメイドが言う。
「結城大翔……だけど……」
君たちは一体何者なんだ? と質問しようとして、メイドが俺が口を開く間も無く続けた。
「ユウキ殿、これから貴殿には全く信じてもらえないような話をするが、腰を折ったりせずにまずは聴いてもらいたい」
「え」
「良いか?」
「……わ、わかりました」
気おされて、ついつい頷いてしまう。
どうやら、俺の減量へのロードは妙な方向に曲がってしまったらしい。

「この世界は……」
メイドがこほんと間を置いてから真っすぐにこちらを見つめ、今までの俺の中の常識を簡単に破壊するその一言を。
今までの生活を、まるで紙屑みたいにけし飛ばしてしまいそうなその一言を、言い放った。

「後一年で、崩壊する」


姫とメイドの言い分はこうだ。
世界というのはいくつも存在する。
宇宙に星がいくつもあるように、世界という『星』がいくつも隣り合ったりして存在しているのだ。
だけれどその世界という空間の概念を観測するには魔法の力が必要であり、まだ魔法が発見されていないこの世界の人間がそれを知ることはない。

そして、世界にはそれぞれ長い短いの違いはあれど寿命というものが存在するらしい。
空間が膨張を続け、ある日突然に消滅してその世界のすべてが無に還るのだという。

そして、この世界にもその寿命の時期とやらが近付いているという。
姫達の世界ではそれを察知しており、隣り合う世界を救う為の救済計画などの案が出されることもあった――が、結局それが実行されることはなかった。


何故か?
救済を行うことによるメリットがまるでないからだ。
それに、六十億を超える人間なぞ収容できるわけもないし、食糧だって足りない。
そういったことを考えたとしても千人弱が限界だった。


六十億人の内その程度しか助けられないというのなら、何も知らせないままに世界の終りを迎えさせた方が良い。そんな結論に至ったのだという。


だけれど、姫はそれに納得がいかずに説得を続けた。
例え少しだとしても、助けられる命を放っておくなんて出来ないと。
だがその言葉は決して聞き入られることはなく、姫はメイドと共に国を出て、勝手にこちらの世界に移動してきたらしい。



「ですが、結局私達の力だけで救えるのは二人だけなのです……」
汝隣人を愛せよというが、愛だけでは何も出来ない。
「結局、私達のエゴであることはわかっています。だけれど何もしないままに後悔したくなかったんです」
六十億の内二人だけを助けて何の意味があるんだろうか?
「だから、私達がこの世界で初めて出会った人にこのことを明かして……」
「あー、ありがと、もういいよ」
ちょっと真面目に考えたりしたけれど、あくまでそれは『作り話』として、だ。
いくらこの人が奇麗でメイドがいて最もらしく話したとしても、そんなのすぐに信じられるほどに俺はいい人じゃない。
そういうのは夢見がちな中学二年生にでも話してやってくれ。


よっこらせと立ち上がって背を向ける。
姫のすがるような目つきが少し気になったけれど、そんなのしかたないじゃないか。
俺は逸れ始めていた減量への道を修正しようとしているだけだ。
「待て」
だけれど、それをメイドが止めた。
俺が「何?」と少し呆れ気味に振り向いてやれば、メイドは先ほどまでと変わらず真剣な表情でこちらを見据えている。
「信じてもらえないことなどわかっていた。だから手段を用意してある」
「手段?」
何をするのかと思えば、メイドが再び剣を構えて今にもこちらに切りかからんと睨みつけてくる。
しゅ、手段って、脅しですか!? お、俺は暴力には屈しないぜガンジー! 非暴力絶対服従! ……って駄目じゃないか。
「ユウキさん、私達は決してあなたを脅そうとしているわけではありません」
ひ、姫の言葉も言い訳にしかきこえない。この部下の暴挙をさっさと止めてください。 公僕ヘルプ! 一応税金払ってるからー!
「殺したりはしない。記憶を流し込むだけだ」
そ、そんなこと言われても理解できません。
「理解できないことを、理解させるための、魔法だっ!」
光を受けてきらきらと輝く剣の軌跡が、俺の目前で十字に結ばれる。
髪の毛をかする程の距離でそんなことをされれば、誰だって眼を瞑ってしまうに決まっている。
これで平然としていられるやつなんて東京ドームの地下くらいにしかいないに違いない。



そして、光が届かない筈の瞼の奥に一筋の光が灯った。
「……?」
その光の筋は段々と、少しずつこちらに近づいてきて、「うわ……!?」驚きの声を上げようとする頃には、俺は決壊したダムのごとく押し寄せて来た光の奔流に巻き込まれていた。

「な、んだ……これ……!?」

俺は、見渡す限り緑が生い茂った草原の上に立っていた。
膝ほどまでの背丈の草原は、爽やかな風が通る度、道を作るかのように倒れ、また起き上がる。
見上げた空には雲がひとつもなく、透き通った青が地平線の向こうにまで広がっている。

瞼を閉じていた筈なのに、何で俺はこんな物を見ていられるんだ……?

「にしても、奇麗な場所だな……」
風も気持ち良くて、昼寝をしたらいつまでもぐでぐでと居座ってしまいそうだ。
だけれど、その世界に突然の異変が起き始めた。

ぽつんと、地平線に重なった虚空に、黒い点が出来た。
「……?」
世界が、歪んでいる?
……いや、引き寄せられているのか? あの黒い点に!
「ひっ……!」
周りの景色が、まるでチョコレートのように溶けて流れていく。
黒い点は溶けた世界をどくどくと飲み込んでいき、その勢力を拡大させていく。
やがて自分が立っている場所さえなくなって、飲み込まれた世界と共に空中に投げ出された。
「うああああああああっ!」
全てが、無に還る。

――理解した。

理解、させられた。

これが、世界の崩壊ということか。

突然にやってきて、全てを奪い去っていく。
天災と同じく、人にはどうしようもないこと。

避けようがないということ、どれだけいろいろな人が力を尽くして来ても阻止することが出来なかったという事実だけが記憶に、心に、精神に、脳髄に、刻まれていく。


「っ……!」
カメラのストロボのような閃光が一瞬きらめいて、また眼を閉じる。
次には何を見せられるのだろう、おそるおそる眼を開けば、そこは俺がジョギングにやってきていた河川敷だった。

どうやら、戻ってくることが出来たらしい。

先ほどまで浮いていた体も、今ではしっかりと河川敷の芝生を踏みしめている。

「ご覧になりましたか?」
はっと顔を上げれば、姫が心配そうな顔でこちらを見ていた。
「い、今のは、何なんだ? 俺は、何を……!」
「今貴殿が見たもののは、人間がいない世界で観測された世界崩壊前の記憶だ」
人間が、いない世界って……いなかったのか……それは、良かったけれど……いや、良くないのか?
もし、あんなことが実際に起きるのだとしたら……。
いや、『起きる』ことは『決まっている』んだ。
俺はそれを無理やりに理解させられた、どれだけ思考を重ねても、結局は崩壊という壁にぶち当たる。

「本当に、あんなことが……起きるのか?」
「ああ」
メイドの言葉に迷いはない。
当たり前だろうな、隠したって意味がないし隠す理由もないんだ。
「でも、このことは他の人に話してほしくないのです。あなたが、後一人……助けようと決めた人以外には」
そんなの、とんでもないエゴだ。
「俺は……俺はこんなこと知りたくなかった! なんて余計なことをしてくれるんだよ!」
「知ろうが知るまいが、崩壊はやってくる。だが、自分は助かるのだから良いだろう」
「レン!!」
メイドの言葉を、姫が一喝して止めた。
姫の眼は静かな怒りを称えていて、メイドは一瞬本気で恐怖を感じたようだった。
……いつも優しい人が怒ると一番怖いっていうのは、どうやら本当らしいな。
「私は、こうして勢いだけでこちらにやってきたような無鉄砲な人間です。……だけれど、こうして来てしまった以上、自分が出来ることをして帰りたい。
 自分勝手だって、理解しています。二人だけ助けて何になるんだろうって、私も思います。だけれど――」
姫はそこで口をつぐんだ。
何か言いたいことがあるようなのだけれど、どう言葉にしていいかわからない。
そんな顔だ。……ああ、俺も昔そんな感覚を味わったことがあるからわかる。
悔しいんだよな、自分が情けなく思えてくるんだ。気持ちを伝えることすらできなくて、どうにもならないから。

「……わかった。もう、喚くのはやめるよ」
不理解から、一気に諦観の念へと至る。
……異常、だよな。記憶を刻み込まれるって。
「ユウキさん……」
「でもさ、後一年あるんだろ? だったら、約束してほしいことがあるんだ」
「約束してほしいこと、だと?」


――世界が滅びる一週間前までは、そのことを忘れて、普通に生活させて欲しい。



「あの時は、ホント驚いたよな……。まさか、一年間もウチに泊まることになるなんて思わなかったし」
「力のチャージにそれだけの期間が必要だということを、話忘れていたからな……」
レンが、過去の失敗を思い返して少し苦い顔をした。
「ヒロトさん……」
ユリアはさっきからずっと心配そうな顔をしているけれど、それほど気にすることじゃないのにな……。
「ユリア、確かに目をそらしていたかもしれないけれど……ずっと覚悟はしていたから。少し、真剣に考えてみるだけだよ」
「……はい」
はいの前に何か言いかけた言葉があったようだけれど、ユリアはそれを飲み込んで、少し笑った。
「私達も、最後まで笑ってなければ、いけないですからね」

「ああ」

鷹揚に頷くと、家の中から「なんじゃこりゃーーー!!」と爆音に近い程の叫び声が響いて来て耳を驚かせる。

「……どうかしたんでしょうか?」
ユリアが目をぱちくりさせながら俺の顔を見る。
多分、というか絶対に、俺が原因だろうな……。
あの台所を見ての叫びに違いないし。
「何にしても、そろそろ時間だし中に戻るべきだろう」
「……ああ、そうだな」
多分美羽との私刑執行限界バトルが繰り広げられることになるんだろうけど。
ふん、妹なぞこの俺が片手で捻りつぶしてやるけどな! 兄より強い妹などいないのよ! ふははははは!


「こんの馬鹿兄貴っ!!」
「げぼぁっ!」
開始三秒で試合終了のゴングが鳴った。

結城大翔【×-○】結城美羽
 決め技 タワーブリッジ

「『美羽』は『大翔』よりも強い、んっんー、名言ねこれは……」
「て、てめぇ美羽っ……どけっ……!」
それは敗者の運命とも言うべき末路だと言えるだろう。
負けた者は勝った者の言うことをきく、これが結城家に置ける私刑執行限界バトルにおける最も重要なルールだ。
そして、今俺は美羽の椅子として、無様に四つん這いになっている。

助けを求めようとレンやユリアの方を見るが、レンは我関せずと紅茶を飲んでいて、ユリアは「あらあら」なんて微笑ましい顔をしてらっしゃる。


この家の中に俺の味方はいないのか!?
いや、いる! あ、あいつがまだ!

「お姉ちゃん……可哀そうだよ、お兄ちゃんだってわざとやったんじゃないんだし……」

慈愛に溢れた声が美羽を諌める。
お、おお、俺の救いの女神が来た! 美優……!
「んー、でもねえ? 台所をあれだけ汚して結果的に美優の仕事を増やしてさ、どんなことにせよ相応の罰はいるじゃない」
対して美羽の返事には悪意が満ち溢れている。
「で、でも……」

頑張れ美優、俺の腰の為にも。

美羽と美優は、この結城家に置いての光と闇! 陰と陽! 水と油! ……最後だけおかしいか?
とにかく、二人がいて初めてバランスが取れるんだ。

「お兄ちゃん、苦しそうだし……」
「う……」
美羽が少したじろぐ。
ああ、顔は見えないけどきっと美優は少し泣きそうなんだろう。

美優は身内に対しても弱気な口調で、話しているとこちらが悪いことをしているような気分になってくるからな……。
まあそこに保護欲がかきたてられるというか、まさに守ってあげたくなる妹タイプなのだ。
全世界妹コンテストにでたら間違いなく上位を狙えるね。

「そ、それに、もうすぐトースト焼けるし……」
「わかった、わかったよ、もう。美優は兄貴に甘いんだから」

腰にかけられていた鉄のごとき重量感がやっと失せて、ああやっぱり自由はいいなと「誰が鉄より重いって!?」思う間も無く美羽のドロップキックによって床に沈んだ。
しまった……モノローグを口に出すとは、主人公として二流のことを……。

「わ、わわっ……。お兄ちゃん、大丈夫……?」
「……ああ……致命傷ではない……」
「そ、そんなの当たり前……じゃなかもしれないけど、大丈夫なら良かった……」
昔、一度だけ致命傷になりかけた出来事があったことを思い出したのか、美優がちょっと苦い顔をする。
あの時は酷かったな。部屋が赤く染まって、俺は真冬に血の海で寒中水泳だった。
思い出すだけでぞっとする。

「でもお兄ちゃん、何で料理なんてしようとしたの? いつも私がやってるのに……」
美優が倒れ伏せたままの俺に治療を施しながら言った。
「あー、まあ、気分転換……のつもりだったんだけど、あまりスマートに行かずにあんな感じに」

炭の目玉焼きと、割れたままの卵と無駄に山盛りのサラダ、出しっぱなしの調理器具。
あの台所は一言で表現すれば『惨状』だった。

「う、うーん……。お料理やるなら私が教えてあげるから、次からは勝手にやっちゃ駄目だよ?」
めっ。
と額を指で小突かれる。
うう、染み渡るでぇ、美優の優しさが五臓六腑に染み渡るでぇ……。
これが美羽だったら額の秘孔を突いて兄の暗殺を謀るに違いない。

……まあ、本当に気分転換というか、らしくない行動のせいで迷惑をかけたのは事実だし、気をつけないとな。
実はただ妹達に感謝の気持ちを表したかっただけなんだけど。裏目ったら意味がないよなあ。



「ちなみにミウ、人を椅子にすることに何か意味があるのか?」
「古来よりこの国には、『兄の上にも三年』って諺があってね……」
「まあ、博識ですね! ミウさん!」

外野は少し自重しててくれたら助かるな。



そんなこんなで、いろいろありすぎた朝食の時間も美優のおかげでなんとか終了する。
その他諸々の身だしなみや着替えも済ませ、皆で学校に向かうことになったのだが……。
「兄貴、どしたん?」
レンも姫も美優も、皆玄関の外で待っている。
多少腹部に疼痛が残って食べるのが遅れた俺と、廊下で待ってくれていた美羽だけがまだ家の中にいるのだが。
「どうしよっかな……」
その中で俺は悩んでいた。

学校に行かずに考えてみるのも、いいんじゃないだろうか。
『どうせ無駄になる』なんて言わない、最後まで平穏に過ごすことも大事なんだ。それはわかるけれど……。

「ねえ、兄貴!」
「……何? 美優達と先に行っててくれていいよ?」
もう少し考えてから決めようと思っていたので、美羽に家を出るよう促して言う。
すると美羽の方はむすっとした顔になって、「何さ、ちょっとは悪いと思って……」何かぶつぶつ言ってる。
だがそんな自分が馬鹿らしくなったのか、俺に対しての不満を募らせるのも意味が無いと悟ったのかは知らないが。
「勝手にしたら!」と残してさっさと靴を履き替えて出て行ってしまった。

「……どうしようね」


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